〜 Hero (King of Kings)
TRPG総合開発研究サイト



 人生の達人 

キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
金色の将/前編:ス・ト・リッ・パー


 ユルゲン・ヨッヘンバッハ公爵領周囲に広がる森林地帯は僅かな躍動感に溢れていた。メルティ・ラングリスト伯が立ち去って間もなく、ババリアの山賊が現れたのであった。
 ババリアの山賊は義賊として知られていた。悪名高いヨッヘンバッハ領の襲撃とあって彼等は喜んでラングリスト伯の要請に応えたのであった。しかし、手助けをする方もヨッヘンバッハと聞いたババリアの山賊達は警戒をしていた。
 高名な軍師イシュタルの存在と国庫の部分解放、麻薬栽培及び売買の破棄、奴隷市場の一部閉鎖を条件にババリアの山賊はゲオルグに協力する事となった。馳せ参じたババリアの山賊は1200〜1700名の兵力を有するとし、味方にさえその規模を明かそうとはしなかった。彼等は代表者を置かないとし、その意志決定が何処にあるかさえ謎であった。何れにせよ、その規模は著名な傭兵団にも引けを取らない程のものであった。不確定要素の多い中、イシュタルは周到な計画を練る必要性に駆られ、蜘蛛の巣領攻略に備えたのであった。



 ダイアモント城に激震が走った。消息不明と伝え聞いていたストレイトス公爵が僅かな部下を引き連れ、バイオレッド・ロードに乗り込んで来たのであった。しかも、その情報を聞きつけた時には北方辺境第27軍団が境界線を超えてアルマージョ領に進軍して来たのであった。
 アルマージョ陣営には未だ嘗てない緊張感が走り、軍首脳は戒厳令を敷く事を提案したが、ジョルジュは市や通商、土木工事の一切を普段通り行う事を指示し、慌てた様子を微塵も出さなかった。



M L

 齢百歳を超え、尚も青年にしか見えない面妖な公爵は宝飾品に彩られた飾り鎧に身を包み、僅かな供を引き連れ、馬をダイアモント城に乗り付けた。
 出迎えの者が訪れるより先に、ストレイトス公はまるで自城にでも帰還したかの様に入城した。
 ジョルジュは速やかに謁見の間に誘導する様、部下に命じると自身は仕立て上がったばかりの
黄金の鎧を纏い、親衛隊を引き連れ、玉座に着いた。
 間もなく謁見の間にやって来たストレイトス公は衛兵の再三再四の武装解除の要請に応える事なく現れ、ぶっきらぼうに語り始めた。 

◇ストレイトス

「御機嫌よう、ジョルジュ君!『グラナダの乱』以来だね〜?」
 屈託のない笑顔で話掛ける。

ジョルジュ

「…お久し振りですな公爵。わざわざ遠い処迄自ら足をお運びとは恐れ入る。何でしたら出迎えの馬車でも用意したのですがね…で、今日は如何なる御用件かな?」
 支配者らしい横柄な態度で玉座に深く腰掛け、足を組む。

◇ストレイトス

「ホッホホホッ、いや〜しかし、盛況そうで何よりだね〜ジョルジュ君。今回、こちらに来たのはだね〜、北部貴族の嗜み、と云うか、そう“在り方”と云うものをだね〜、まぁ、先輩諸候として教授しに来た訳ですよ〜」
 まるで声変わりしていないかの様な甲高い声。いやに耳に付く。

ジョルジュ

「…それはそれは又、その様な些細な事で御足労頂いたとは光栄の極みですな。ですが生憎、忙しいもので…それに私は“帝国貴族”であって“北部貴族?”ではないのですよ。たまたま所領が北部にあるだけの話。その内、東部だろうと西部だろうと、遙か南部だろうと足を運ぶつもりですよ」

◇ストレイトス

「ホ〜ッホッホッホッ、元気な若者ですね〜。ですけどね〜、元気過ぎるのも考え物ですよ〜。大怪我をする事にも成り兼ねませんからね〜。良き大人が注意を払わねば立派な大人にはなり得ませんからね〜」

ジョルジュ

ハハッ、若者も若者なりに考えるものなのですよ。年寄の小言は時に窮屈で、未来を見据える若者にとっては邪魔なだけなのですよ。年寄は隠棲して昼寝をするのが似つかわしいですぞ

◇ストレイトス

「オ〜ッホッホッホッ、大人に成りたがる若者の多くは口だけ達者で経験不足、多くは道を誤るものですよ〜。況して大人を嘗めて掛かる嫌いがある。誠に以て嘆かわしいですね〜」

ジョルジュ

「フッ、いつ迄も口出しする年寄は先行き不安な自身を嘆くあまり、偉ぶる事でしか充足感を得ないものなのですよ。年寄りの冷や水と云う言葉もありますしな。棺桶に片足を突っ込んで息巻いても、有望な若者は畏れはしないでしょう?」

◇ストレイトス

「オ〜ッホッホッホッホ〜ッ…云いますね〜ジョルジュ君。さてさて、挨拶はこの程度にして、人払いを宜しいですかな〜?」

M L

 ジョルジュとストレイトスの部下それぞれが謁見の間を退室し、二人だけとなる。

ジョルジュ

「…で、改めてお訊ねしよう。如何なる用件か?」

◇ストレイトス

「ホホッ、ジョルジュ君、君、遣り過ぎですよ。諸候の承けが良くありませんよ〜」

ジョルジュ

「別に仲良くなりたい訳じゃない。それに貴方が気に食わないだけだろう?他の諸候共の意向等、貴方の思惑通りになろう。違うか?」

◇ストレイトス

「ホホッ、まぁ、そ〜なんですがね〜。兎も角、これ以上勝手は許しませんよ〜。あまりにも悪戯が過ぎると私も本気になりますよ〜?」

ジョルジュ

「フッ、なら安心してくれて結構だ!俺は端から本気だ。悪戯でこんな事はしないさ。いつでも本気で掛かって来てくれ給え」

◇ストレイトス

「…ホホッ、私は現第27軍団長なのですよ〜、君〜?これが何を意味するかは御存知なのかな〜?君を朝敵として粛正の対象にし、軍団2万を動かす事等容易いのですよ〜。現に辺境域での展開等思うが儘。暫くすれば此処にもやって来ますよ〜?」

ジョルジュ

「それがどうした?今、展開させている軍団の諸費はお前の私財か?軍団に割り当てられた経費からであれば巡回しか出来まい?朝敵として俺を打倒したければ手続きが必要だろう?軍務省に伺いは立てたのかね?」

◇ストレイトス

「ホホッ、存じておらんのかな〜?辺境軍団は火急の際には軍団長の采配で動かす事が許容されているのですよ〜。事実関係等後から捏造すれば良いだけですよ〜」

ジョルジュ

「…成る程な…貴族共の重鎮でありながら、お前が場繋ぎ的にしか軍団長に就任出来なかった訳が分かったよ。公私混同も甚だしいな。尤もその立場の威を以てしか外圧を掛けられん無能者故、俺への制止も遅れ、軍務省も敢えて気に止めず放置しておいたのであろうがな。哀れな老人だな、小者故に地位を与えられ喜ぶとは」

◇ストレイトス

「ホッ!?………小僧〜、儂を嘗めるなよ!七度に亘って軍団長に就任し得たのは帝国広しと云えど後にも先にも儂一人のみ!箱庭程の小領土しか持たん若輩者共を平らげた処で儂の相手をする等、百年早いわ!!」
 今迄の甲高い声とは打って変わって嗄れ声。老人のドスの利いた声そのもの。

ジョルジュ

「フッ、奇っ怪なのは不老長寿だけの様だな?その歪んだ思考回路は典型的な北部貴族以外の何者でもない。そうと分かれば益々我が敵には成り得ん。今直ぐにでも引導を渡してやってもいいが、軍団長がいなくなっては軍団が混乱を来すだろう?早々に立ち戻って合流し、我が領の攻略の糸口と朝敵せしめんとす大義名分を組むが良かろう!」

◇ストレイトス

「…小僧〜、後悔する事になるぞ!儂を怒らせたらこの北部辺境域では生きて行けんぞ〜!!うぬの配下諸共、八つ裂きにし、腑引き摺り出し、豚の餌にしてくれるわ!」

ジョルジュ

「分かったから、俺の気が変わらん内にさっさと出てけ。爺の息は臭くて堪らん。忠告しておくが、既に我が領内に展開している軍団は一度戻らせた方が良い。巡回程度の兵装では我が軍と城を攻略出来ん。況して長期戦になった場合、物資が足らんだろう?万全の準備をして掛かって来い。そうでなくては張り合いがない!」

M L

 見送りの兵もなく、急ぎ馬を飛ばし、ストレイトス公は城を後にした。
 ストレイトスの去った後、ジョルジュの下に部下達が訪れ、状況説明が行われた。

◇ヘイルマン

「しかし、ジョルジュ様、ストレイトスを直接相手にするのは早過ぎます。正規軍を敵に回すには情報が足りません。何れにせよ、各地に散る者達を呼び集めなければ」

ジョルジュ

「ヘイルマン、真っ向勝負を挑むつもり等毛頭ない。それ以前に奴には俺を攻略する事等出来んよ。奴が今日此処に出向いたのは、積極的な外圧を行う為ではなく、俺が奴に対して何のアプローチもしなかった故、反応を探りたい為に焦れただけだ。つまり、奴は俺に根負けしたんだ。俺が一歩も退かん事を知れば、奴も本気になる。だが、奴は長寿故時間を掛ける傾向にある。則ち、奴が能動的に行動するのは遙か先の事になる」

◇ソル

「私も同意見です。帝国の法に詳しくはありませんが、外圧そのものを成功
させたいのであれば、端から町を正規軍で取り囲めば良いのです。わざわざ、先にやって来たと云う事は、正規軍の越境は示威行為でしかない事を表している様なものです

ジョルジュ

「直に帝都で雇った部下達も到着する。新体制を敷き、盤石の姿勢で臨む。
 ヘイルマン、刺客を雇い、ストレイトスを混乱させよ。ストレイトス本人ではなく、奴の重鎮達を襲うのだ」

M L

 北方第1州
ブルーローズに居を置く秘密組織『殺しの口付け』。400年近くの伝統と歴史を持つ古くからの組織である。帝国成立以前には各旧王朝に、帝国成立後は北部貴族達にその秘密の技と力を以て信頼されている組織である。
 イ・ドンファンはこの組織に属している。属していると云っても彼は外陣である。組織によって育てられた内陣ではない。内陣と異なり、外陣の多くは北部で仕事をする為、利用する、若しくはやむなく所属するのが大半である。
 イ・ドンファンはユルゲン・ヨッヘンバッハに直接仕えていた訳ではない。ユルゲンが組織に刺客を手配する様頼んだのである。ドンファンは任務の達成を失敗した為、身の危険を感じ、組織に戻ったのである。刺客達にとって、任務の失敗は死に直結する為、自分の身を案じる判断力が重要となる。ドンファンの取った行動は、自分の株を下げはするが、生き残る上では間違ってはいない選択であった。とは云え、報告義務を怠り、任務を放り出した彼に仕事の口は暫く期待出来なかった。
 そこへヘイルマン男爵が複数名の刺客を募集して来た。特に指定はなかったが、ヘイルマンの名で集められる場合、必ず背後にアルマージョがいる。アルマージョと云えば、今北部辺境域で最も勢いのある人物だ。様々な風評が一人歩きしている状態で名君なのか暴君なのか誰にも分からず、未だにその素性は詳らかにはされていない。
 ドンファンはその話をいつも連んでる仲間達から聞いた。仲間と云っても組織の外陣であるが故に情報交換をする連中であり、心を開いている訳ではなかった。

ドンファン

「んで、そのヘイルマン男爵ってのはアルーマージョ公爵の配下にある訳なの〜?んなら、運が良ければその公爵ってのに直接仕える事も出来る訳だよな〜?」

◇ニナ

「そうね、でも気を付けた方がいいわ。ヘイルマン男爵ってのは、帝国軍部中央で諜報官をしていたそうよ。それにアルマージョって男は情報将校だったそうよ」
 
グライアス・マウンテン・スネーク(ガラガラ蛇)ことニナ・ドライバー

◇アクロ

「イ君、君はヨッヘンバッハ公の下を飛び出して来たろう?あまり高望みすると又、身を危険に晒す事に成り兼ねんぞ」
 “
隻腕”ことスタンリー・アクロレイター

◇エル

「どの道、“ザ・ブライド”の時とは違い臨時の任務ではなさそうだ。向こうが気に入れば長期に亘って雇われるだろうさ」
 “
エル・マリアッチ(流しの歌い手)”、名は誰も知らない。

ドンファン

「お前等、皆行くのか〜?」

◇アクロ

「今回、どんな奴を欲しがってるのか全く見当が付かんからな。取り敢えず会いに行って話をしないと分からんからな」

◇エル

「恐らく俺達以外にも組織の外陣、多くの連中が行くだろう。長期雇用は稀少だろう?皆、必死だろうさ」

◇ニナ

「噂ではアルマージョ公って男は典型的な帝都人、つまり実力至上主義者だそうよ。だから何かしら実力をアピールする必要がありそうね」

ドンファン

「成る程ね〜。クフフッ、なら話が早い!俺独自の戦闘術を見せればいいだけだ!」

M L

 バイオレッド・ロードに200名にも及ぶ一団が到着したのは、ストレイトス公の突然の来訪後、二日目の事だった。
 一団は真っ直ぐダイアモント城に向かうと、自分達がアルマージョ公に帝都で雇われた旨を告げ、入城の許可を要請した。当然、ジョルジュは許可を出し、謁見の間で出迎える事にした。

ジョルジュ

「長旅、御苦労であった。ようこそ、我が大地へ!これからはお前達の土地でもある。先ずは疲れを癒す宴の支度を調えよう。役割については明日以降伝える故、宴の際にでも城内の家人や我が部下達と親交を深めてくれ給え」

◇ハイドライト

「我々のが先に帝都を出立したのに先にお戻りとは結構な事です。ですが、宴は結構です。直ぐにでも仕事を頂きたい。仕事が無ければ、この地に馴染む為にも資料や情報を御提示頂きたい」

◇ロンタリオ

「ま〜ま〜、クームーニン君、そんなに焦らずとも良いじゃろうて。疲れを癒し、リフレッシュしてからの方が仕事も捗るもんじゃよ」

◇ハイドライト

「何を暢気な事を!この地に来てから行く先々で領民があくせく働いておったでしょう?これ程、前向きな姿勢は上に立つ者も見習い、寧ろ我々こそが手本とならなければならない!長旅で疲れた、と云った処で只、移動して来ただけの事。仕事に臨む姿勢、その第一歩が肝要なのですぞ!」

◇ロンタリオ

「カッカッカッ、上の者が働き過ぎては下の者達に気を使わせてしまうものなのじゃよ。個ではなく、衆を見なくては治むるとは云わんのじゃよ」 

◇ハイドライト

「何を悠長な事を!この地に入ったばかりの処で辺境軍団が越境していたでしょう?明らかな示威行為、直に控えた収穫期と相俟って気がどうの等云っておる場合ではない!速やかなる対処と施政、方策を以て臨まねば!」

◇メルトラン

「まぁまぁ、御両人。晴れて公爵領に辿り着き、久方振りの我等が御主君を前に相争うのはお止め下され。先ずは初めの命として我等は疲れを癒し、旧来の臣下の方々との親交を深め、互いを理解し、早くに信頼される様努力し、益々の発展を願い語らいましょう」

ジョルジュ

「ハハッ、疲れを感じさせん程に元気で頼もしい限りだ。各地に派遣しておる部下には追々伝えるにして、取り敢えずは居残る者達と仲良くしてくれ給え」

◇シャメルミナ

「すっごい疲れてるンですけど〜?旅の間中、クームーニンとバルボーデンの爺ちゃんは喧嘩してるし〜。フォーディスのおっちゃんがいなけりゃ、ど〜なってた事か〜?プエルトリコのおっちゃんと舞姫のおっちゃんは我感ぜずだし〜」

◇ハイドライト

「小娘っ!私を呼び捨てにするな、と云ったろ!何度云っても聞けない者は愚か者だ!シスだろうが何だろうがバカは馬鹿だ!」

◇シャメルミナ

「馬鹿、って云う方がバカだもン!」

◇ロンタリオ

「カ〜ッカッカッカ〜ッ、お嬢ちゃんの方が一枚上じゃの〜。ま〜、儂からすればお主も小童じゃがの〜」

◇シャメルミナ

「おい、爺ぃ!お嬢ちゃんじゃない!何度云っても分からない爺ぃは耄碌だ!若い時に凄かろ〜がボケは呆けだ〜!老い耄れ〜!」

◇・・・

「おぃおぃ、シャメルミナ。あまり口汚い科白を吐くな!俺が怒られる」

ジョルジュ

「…全く賑やかな事だな。処でシャメルミナ、隣りに立つその大男は何者かね?」

◇シャメルミナ

「あぁ、こいつ〜?あたしの荷物運び〜、名前は
ドムホーク。でっかいから沢山食べるけど宜しくね〜」

◇ドムホーク

「誰が荷物運びだ?俺は“
双刀のドムホーク。“百の剣”の副長を務めとる。隊長の命令で、って云うかリーゼンテリア様の頼みもあったんで付いて来た訳よ。まぁ、教育係みたいなもんかな〜?」

◇シャメルミナ

「誰が教育係よ?護衛でしょ?付き人でしょ?お姉ちゃんの回し者でしょ!」

◇ドムホーク

「うっせ〜っ!あんま騒ぐと木に吊すぞ〜!こいつね、高い処苦手なんよ。ガキでしょ〜?」

ジョルジュ

「そうかそうか、宜しく頼む。富国強兵こそが我が領のスローガン。諸君等のこれからの活躍、大いに期待しておるぞ」

M L

 ジナモンは、帝都を目指し、街道沿いを南下していた。広大な帝国の道中移動は街道を使えば間違いはない。にしても、広いので時間が掛かる。馬を取り上げられてしまったジナモンは徒での移動を強いられ、孤独だが力強く歩み続けた。
 途中、立ち寄った宿場町の外れに鉄枠の檻が木から吊り下げられ、その中には端正な顔立ちだが無精髭で薄汚れた男が大声を張り上げている。
「馬鹿野郎〜っ!サッサとこっから出せ〜っ!!」
 檻の下、木の根本付近に置かれた、これまた汚ならしいザックと装備品、剣等が置かれていた。男の物であろうと一目で分かり、ジナモンは檻に近付いた。

ジナモン

「ど〜した?何故、囚われているんだ?」

◇・・・

「おーおー、いいトコに来たな〜あんた!出してくれよ〜、錠が意外と固いんだよな〜、これ!?」

ジナモン

「何か悪さをしたんだろ〜?事情を知らずに出す事は出来ない」

◇パレール

「俺の名は
パレール。最高の剣士な訳なんだがよ〜、リーリンベルっつ〜質の悪い娼婦と寝たらよ〜、寝てる間に金取られちったのよ!俺は余分に金持たね〜主義だからよ〜、酒場でシコタマ飲んで喰ってして金払う時にねぇ〜訳よ、俺のなけなしの金がよ〜!!そしたら、ほれこの通りよ!最高の戦士も酒が入るとな〜」

ジナモン

「だらしない奴だな〜。ま〜、そう云う事情なら仕方あるまい。呼んで来るから事情をちゃんと説明するんだぞ」

◇パレール

「ち、ちょ、ちょっと待ってくれ!先に出してくれよ!あいつら頭に血が上ってるから俺の話なんか聞きゃ〜しないゼ。今はマジで金ねぇ〜けど、必ず払うから取り敢えず出してくれ〜!もう丸一日これで体中が痛いんよ。最高の武芸者もこれじゃ形無しだゼ〜」

ジナモン

「分かったよ。でも、この錠、かなり頑丈そうだ、剣では刃こぼれしそうだ」

◇パレール

「俺のザックの中に黒っぽい木枠の小箱あるから開けて見てみ〜?そん中に金属のツールが沢山あんだろ〜、ちと見してみ〜、お〜、それそれ!その三っつを使って開けるんだよ。俺の指示通りやるんだぞ〜。先ずはそれを差し込んで、そうそう!」


ジナモン


「難しいな…手先は器用な方なんだが、こんな事した事ない…ン!?おっ!開いた!!!」 

◇パレール

「おお〜っ、エクセレントッ!やれば出来るじゃんか〜、恰好いい〜」
 檻からそそくさと出て、手足を伸ばし、軽いストレッチをする。

ジナモン

「よし、それじゃあ、これからちゃんと説明しに行くぞ」

◇パレール

「おう、分かった、話に行こ〜…ン?アレッ?ハッ!?無いっ!!俺のブローチがねぇ〜!あれはお袋の形見なんだよ〜!!探せ〜、あんたも探せ〜っ!!!」

ジナモン

「なにっ!?そんな大切なもんがないだと?分かった、探そ〜」

◇パレール

「くっそ〜、騒いでたから檻の下に落ちちまったかもな〜っ!あんた、檻ん中、も〜一回見てくんねぇ〜か?俺は下を重点的に探してみっからよ〜」

ジナモン

「見当たらないな〜?どんな形だ〜?色は〜?」

M L

 ガチャリッ!鉄檻の錠が閉じる音。振り返ったジナモンは呆然とする。
 悠然と装備品を整え、ザックを拾い上げるパレール。手には見覚えのある小袋が。そう、それはジナモンのサイフであった。

ジナモン

「なっ、何のつもりだ〜!?」

◇パレール

「結構、持ってんのな〜!?金貨30枚!!!お前、こんな大金持ってウロウロしてたらアブないゼ〜?どっかの金持ちか〜?」

ジナモン

「きっ、貴様ぁ〜!端からこれを狙っていたのか〜!!さっきの話も嘘だったのか〜!!」

◇パレール

「まぁ〜、嘘っちゅ〜訳でもねぇ〜よ。さっき云った売女に金取られたのはマジよ〜!尤も、スリリングな“
体験”をして〜って事だったから、この檻見つけて大自然の中、ま〜宿場も近いって事で刺激的な“プレイ”を楽しんだ訳だが、目ぇ〜覚めたらあのアマ、いねぇ〜のよ〜!?んで、俺の大切な銀貨12枚とテンの皮サイフがねぇ〜って寸法よ!腹は立つは、風呂入りて〜は、飯喰いて〜は、体中痛てぇ〜はで、本当、助かったゼ〜」

ジナモン

「何て奴だっ!此処から出せ〜っ!」

◇パレール

「大丈夫だって、俺だって淋し〜思いしたんだから、ま〜、俺みたいにカモが来んの待ってりゃ、ぃぃコトあるサ〜♪んじゃ、最高の格闘家はこの辺で!アデュ〜」

M L

 檻に閉じこめられたジナモンを後にパレールは去っていった。やがて、日は暮れ、遣り切れない気持ちを抑える事が出来ず、ジナモンは脱出や救援を試みた。虚しさだけが募っていった。

 ダイアモント城には又、来訪者の一団十数名が訪れた。皆一癖も二癖も在りそうな外見で目つきが厳しい。そう、彼等こそ『殺しの口付け』からやって来た刺客達なのだ。普段は人目に付かない様に動く彼等も今回だけは違っていた。要請された刺客の数は複数、しかし、今回やって来たの十数名、つまり、自身をアピールして雇われる必要があったのだ。
 一行は大きな客室に通された。通常、雇い主、今回の場合はヘイルマン男爵、が刺客と直接対面する事はない。客室で待っていたのはクームーニンと云う片眼鏡を付けた痩身の男と衛兵達でった。

◇ハイドライト

「執事長のクームーニンです、宜しく。今回ヘイルマン男爵閣下が貴所に要請された人員は数名の筈ですが?随分と大所帯で参りましたな〜?」

◇アクロ

「まぁ、今回は長期雇用とのお話ですので、我々としても是非、と云う者が多く、この様な数になってしまった訳ですよ。そこで是非、男爵閣下御自身でお選び頂ければ幸い、と考えております」

◇ハイドライト

「成る程、そうですか。分かりました。では、閣下自らに選んで頂きましょうかね。その前に…貴方、そこの貴方、いらない!トッとと出て行きなさい」

M L

 後ろの方でくつろいでいた刺客を指差し、クームーニンは退出を命じた。
「!?何でだよ!未だ何もしてねぇ〜だろ〜がっ?早く男爵呼んで来いッ!!」
 指差された刺客が息巻く。

◇ハイドライト

「集中力の欠いた刺客等聞いた事が御座いません。仮に居たとしても大した役目を与える事等出来ますまい?早々に立ち去り、精進なさい」

M L

「てめぇ〜、巫山戯た事ヌかすな!男爵に会う迄ぜってぇ〜帰んねぇ〜からなっ!!!」

◇ヘイルマン

 客室の扉を静かに開けて入り、
「クームーニン殿の云う通りです。立ち去り給え」

M L

 呆気に取られた刺客はブツブツ文句をタレながら、扉に蹴りを入れて汚い言葉を吐いてから客室を出ていった。

◇ハイドライト

「それでは諸君等の力を見たいのだが、何か披露するものはありますかな?」

ドンファン

「クックックッ、ちょっといいかいクームーニンさん?」

◇ハイドライト

「何かね?男爵閣下も居るのだ、遠慮なく申し給え」

ドンファン

「なら遠慮なく…茶番は止めて貰いたいね〜。俺達はアルマージョ公に仕えに来たんだゼ〜?別に所属が何処になっても構わないが〜、長期雇用って話なら是非とも公爵閣下に会いしたいんだがネ〜?」

◇ヘイルマン

「…成る程、私ではお気に召さない様だな…だが、公爵のお目通り等10年早いぞ!」

ジョルジュ

 ノックもせず扉を勢いよく開け、踊り入り、
「まぁ、いいだろうヘイルマン。でかい口を叩くだけの実力があるかどうか、私自ら見て進ぜよう。お前達も居るのだ、良く見ておこうではないか」

ドンファン

 (ほ〜、こりゃ噂以上の美貌の持ち主だな〜…見てくれだけだろ〜がな)
「なら、篤とご覧あれ!俺達の妙技の数々を!!」

ジョルジュ

「その前に…後ろの四名、帰って良し!後、その脇の貴様、帰って良し!」

M L

 茫然とする五人の刺客達。慌てて一人が理由を尋ねると、
「インスピレーションだ!」
 斬って捨てる様な云い様。そこ迄云い切られると呆れて怒る気にもならない。指名された五人の刺客は、ブッ垂れた表情のまま、客室を後にした。
 残った者達は次々と自分の特技を口にした。大らかに語る者もいれば、ちょっとした技を披露して見せたりした。見守る衛兵達の幾人からは感嘆の声が洩れていた。

ドンファン

 (クフフッ、そろそろいいかな?俺の虜にしてやるゼ!)
「俺の名はイ・ドンファン。コードネームは“烏跳人”。俺は工夫に工夫を重ねた結果、徒手空拳で人を暗殺する術を身に付けた!人呼んで『
烏龍工夫(ウー・ロン・クン・フー)』。凶器を持たずに暗殺出来る故、チェックの厳しい場所でも自由に入り込み、任務を達成する事が出来る。確実に仕留める場合には付け爪に毒を仕込み、ターゲットの致命の点穴に突き入れ、完璧に絶命させる事が出来る。しかも!!」
 助走なく、爪先だけで跳ね上がり、天井に髪を擦り付け、
「これぞ翔躍術!!究極の跳躍力を学んでいるが故、立体的な戦術が可能!有りとあらゆる角度から敵を抹殺する事が叶う!」

ジョルジュ

「…ほ〜、それは凄いな。いいものを見せて貰った…で、次の者は?」

◇ニナ

 右目に眼帯をした金髪の大女。6フィート3インチの長身は堂々としていて見事なプロポーション。妖艶な口元と左目のエメラルドは、見ている者を吸い込みそうな程。
「あたしはニナ・ドライバー。グライアス・マウンテン・スネークって呼ばれてるわ。あたしの自慢?そ〜ね、閣下には及ばないけど、このブロンドかしら?
 あたしってほら、デカいから潜入とか向いてないのよ。でも、毒の調合出来るから問題ないかな?後はダーツと投げナイフが得意かもね?後は引っ掻くとか噛み付くとかかしら?最近の悩みは、合うサイズの服がなかなか見つからなくて、どれ着てもキッズサイズになっちゃうの!ほンと、笑っちゃうでしょ?」

◇アクロ

 テンガロンハットにサングラス、皮のチョッキとチャップスを隙なく着こなした中年男。さっぱりと整えられた口髭に嫌味はなく、渋い声で静かに語る。
「私の名はスタンリー・アクロレイター。コードネームは“隻腕”。左肩のこっちからは義手なんですよ。な〜に、難儀な事はこれっぽっちもありません。特技と云えば、馬を走らす事でしょうかな?これは趣味と云った方がいいかもしれませんな?
 得物は、まぁ、傍にあるもん何でも使うんですが、ロープやローハイド(生皮の鞭)、ナイフ、後はこのスパー(拍車)ですかな?最近ではディスカスやブーメランも気に入ってますな。尤も、一番得意なのは
ラバック(*1)なんですがね」

◇エル

 褐色に日焼けした男。天然のウェーブが掛かった髪は深い紫を携えた黒に輝き、彫りの深い端正な顔立ちは、刺客にあるまじく一度見たら忘れない程に印象深い。
「俺はエル・マリアッチと呼ばれている。ギター奏者で歌い手でもある。音感には多少自信がある、が、こんな事を聞きたい訳じゃなさそうだな?
 一番得意にしてるのは銃だ。だが、耳を痛めるのが嫌なんで余り使う気にはならない。だから、ボウガンで代用だな。剣は有り物でいいが、出来れば刀身が細い方がいい。細身の剣なら指先で軌道を変化させられるだろう?それに重い剣を下手に振って手首でも痛めたら、演奏に支障を来すからな。何はともあれ、全てはリズム感だな」

M L

 一通り紹介の終わった刺客達を見据えたアルマージョ公爵は、クームーニンやヘイルマン男爵に相談する素振りも見せずに話し始めた。

ジョルジュ

「なかなか頼もしい連中だな。全てを雇いたい処だが、我が領もそろそろまともに機能させる必要がある。そこで今回、雇い入れる者は三名とする。クームーニン、分かるか?」

◇ハイドライト

「そうですね、現状に必要な人材と閣下の求め得るに足る人材、能力と将来性、信頼性と忠義心を望み得るかどうか、態度、集中力、眼力、物腰、それからヘイルマン男爵から譲り受けた刺客達各々の経歴を鑑みますに…スタンリー・アクロレイター、エル・マリアッチ、ニナ・ドライバーの三名で決まりでしょう」

ジョルジュ

「ヘイルマンは誰だと思う?」

◇ヘイルマン

「分析とは別な視点から感覚的、いえ、経験的な観点から思いますに…クームーニン殿の挙げた三名で間違いはない筈です」

ジョルジュ

「フッ、二人とも見事だ!
 アクロレイター、マリアッチ、ニナ。お前達三名を我が臣下とする。アクロレイターはボウマンと共に馬廻衆とし、宮廷カード師とする。マリアッチは宮廷楽士として仕え、城内警固にも務めよ。ニナは宮女とし、素養と身のこなしを学び、宮中警固に励むと同時に『昇陽教』の聖職者として教義を学び、その奥義を守れ。
 又、今回採用を見送った者達にも短期契約の任務を与えたいと思う。任務を上手くこなす事が叶えば陪臣としてヘイルマンの麾下に置く。興味のある者だけ残れ」

M L

 選ばれた三人も含め、刺客達全てがその采配に唖然とする。そして、誰も立ち去ろうとはしなかった。そんな中、ドンファンが納得いかない様子で口を開く。

ドンファン

「ちょっと待てくれっ!俺は長期雇用って話だから来たんだ。単発任務に興味はないゼ!合格した三人と俺と、何が違い気に入らなかったか云って貰おうじゃねぇか?」

M L

 煙たそうな表情でクームーニンが割って入り、
「その様な理由等述べる義務も聞く必要もありません。そもそも雇用と臣下とは…」
「まぁ、いいだろう。話してやろう」
 それを制してアルマージョが話す。

ジョルジュ

「君達の殺人術に興味がある訳ではないのだよ。刺客が殺人術に長けているのは誰だって知っている事だ。故に私は人間性ではなく、人間味を以て選んだ訳だ。残念だが君には魅力を感じ得なんだ。縁がなかった、と割り切って貰おう」

ドンファン

「クックックッ、人間味だと?俺達は刺客だゼ?人を殺るのにそんなもン必要なかろう?感情をコントロールし、機械的に始末する、それが一流の刺客ってもンだゼ!公爵さンよ〜、ちょっと甘いンじゃないか〜い?」

ジョルジュ

「云いたい事はそれだけか、下衆?浅はかな上に底の浅い屑よの。誰が好き好んで叛骨の相を持つ者等雇う?況して下衆等笑止千万!蛆蟲の面等見たくない、去ね!!」

ドンファン

「クフフッ、貴族ってのはどいつもこいつもお高く纏いやがるネ〜。ま〜、いいサ。その代わり、後で吠え面かくなよ?この俺の芸術的な殺人術を欲しがっても、もう遅いゼ!一生後悔するゼ〜!!」

ジョルジュ

「駆け引きのつもりか?三流の刺客が四流の策士を気取るとは目も当てられんな。恥の上塗りをする前に失せろ!もう少し、人を見る目を養う事だな下衆!!」

M L

 怒りに震えながらも冷静さを装い、ドンファンは客室を後にした。
「どいつもこいつも俺を虚仮にしやがって、痛い目に遭わしてヤるッ!」
 ドス黒く歪んだ怒りがドンファンを満たす。その欲望を満たす為、ブルーローズへの帰路には着かず、グラナダ、そうあの面妖な軍団長の居へと歩んだのであった。

 ドンファンのいなくなった客室のアルマージョは、いつもの冷徹なジョルジュに戻っていた。居並ぶ刺客を前に任務について語り始めた。

ジョルジュ

「アクロレイター、マリアッチ、ニナを除く君達に行って貰いたい任務はさして難しいものではない。要はストレイトス公の重鎮暗殺、だ」

M L

 騒然とする。ストレイトス公と云えば北部貴族の重鎮、しかも現在は北方軍団長。それに『殺しの口付け』を贔屓にしてくれている大物。果たして、そんな大物の、部下とは云え、暗殺等行って良いものだろうか。刺客達が考え込む。

ジョルジュ

「第27軍団所属の正規軍首脳には手出ししない事。ストレイトス公子飼いで要職の立場にある文武官、何れでも構わん。一人一殺、これで相場の二倍払おう。加えて任務達成の暁にはヘイルマン男爵の麾下に入り諜報官としての立場を与え、我が陪臣とする。どうだ?」

M L

 刺客達は考えていた。リスクに対する報奨は十分だろう。任務を達成出来れば、その日暮らしとおさらば出来る。どの道、失敗すれば仕事は回って来ないのだから、答えは簡単であった。全ての刺客が同意し、任務を遂行する旨を告げた。居残った刺客は即決した三名を除く六名。六名の刺客は速やかに行動すべく、客室を後にした。
 クームーニンは雇い入れた三名の刺客にルールを教え込むべく、三人を引き連れ客室を後にした。衛兵達も退去し、客室にはヘイルマンとジョルジュの二人だけ。

ジョルジュ

「カノン、聞いておったか?」

◇カノン

「勿論に御座います。何か御用でしょうか?」

ジョルジュ

「重鎮暗殺に向かわせた六名全員を追跡せよ。任務不達成の者は処分しろ。又、全て達成させても六名の暗殺では少ない。失敗する者の尻拭いを含め、最低10名を暗殺して来い。ストレイトスに恐怖を教授してやろう」

◇カノン

「お易い御用です」

◇ヘイルマン

「それでジョルジュ様。それだけの大規模な暗殺を行いますと、ストレイトスの報復が考えられますが、如何なる対策を講じましょう?」

ジョルジュ

「先ず『殺しの口付け』本拠を張っておくのだ。ストレイトスの使いであれば、接触前に排除せよ。又、内陣に話を付けるのも良い。説得出来ずとも交渉中であれば、ストレイトスは刺客を雇えん。加えて、ストレイトス領からの入領を禁じ、検問を実施せよ。グラナダは戦の爪痕が酷く、生産性が乏しい故に物資を購入するしか手立てがない。奴の自領だけでは賄えないだろうから東部の通商封鎖を敢行すれば切迫するだろう。軍団の備蓄物資に頼る事になれば奴は自滅する」

◇ヘイルマン

「御意に御座います。では、バーグ男爵、コペン殿と共に通商封鎖を実施致します」

ジョルジュ

「うむ。ヒュルトブルグは遺領問題を解決させる迄動かせぬ故、細かい点は“五芒星”と打ち合わせをし、必要であれば兵も動かして構わん。クームーニンとフォーディスにも伝えておく故、広域的に判断し、動くのだ」

M L

 ジリジリと肌を刺す真夏の太陽光は天然の拷問と云っても過言ではない。宿場町から程近いと云うのに人っ子一人現れない。街道を行き交う者もいない。大木から吊り下げられた鉄檻に閉じこめられ二日半、ジナモンは無意味な脱出法に疲れ果て、ぼんやりと東の空に沈み行く夕陽(*2)を眺めていた。
 夕陽が正に沈もうとしていたその最中、街道に人影が見えた。装飾は抑えてあるが美しい鎧を纏い、蒼く染め上げられたガーブを翻し、色素の極めて薄い金髪を短くすっきりと刈り込み、端正な顔立ちの男が白馬に跨っていた。
 鉄檻から助けを叫ぶジナモンに気付いた男は馬首を返し、近付いて来た。白馬から降りて鉄檻に近寄り、男は話し掛けて来た。

・・・

「どうしたのです、この様な処に閉じこめられて?何かしたのですか?」

ジナモン

「嵌められたんだ!トンでもない盗人に嵌められて、サイフはスられるは、荷物は持ってかれるは、こんな檻に閉じこめられるは、で酷い目に遭ってるんだ。助けてくれよ!嘘じゃない!ほら、その証拠に俺は剣を差してるだろ?罪人を閉じ込めておくのに剣を帯びたままにするのはおかしいだろ?」

・・・

「成る程、確かにその通りですね。では、身の潔白が真実であるのでしたら、私の目を見て貴方の嘘偽りない名を云いなさい」

ジナモン

「ああ、勿論いいとも!俺の名はマーストリッヒャー・ジーン・アモン。“瞬き突きの”ジナモンだ!」

・・・

「…嘘ではない様ですね。分かりました。本当は事実を確かめなければなりませんが、衰弱し切っている者を放っておく事は出来ません。私が責任を負いましょう。では、錠から離れて下さい」

M L

 男は鞘から磨き上げられた剣を抜くと、呼吸を整え、握った剣を大きく振りかぶり、「ハァッ!!」と大きく息を吐いて錠に向かって切っ先を振り抜いた。
 ギュインッ、鈍い音と火花が立ち、錠が吹き飛んだ。しかし、男の手に握られたその磨かれた剣も切っ先1フィートの処で折れていた。折れた切っ先は10ヤードも先迄飛び、大地に突き立った。

ジナモン

「おお!?有難う!」
 そそくさと檻から這い出し、
「でも、大丈夫か〜?剣、折れちまったじゃないか〜?」

・・・

「人の命が助かるのであれば、剣一振等惜しくはありません。少ないですがこれを路銀としてお持ちなさい。これからは十分気を付けて旅をするのですよ」

ジナモン

「あんた、すげぇ〜いい奴だな〜!?名前、聞いてもいいか?」

ゼファ

「私ですか?名乗る程の者でもないのですが、聞かれて答えぬのは無礼故。私の名はゼファ・スヴァンツァ・ファンデンホーヘンツワイス

ジナモン

「長いな〜…あんた、何者だい?何処へ行くんだ?」

ゼファ

「私ですか?“北に乱の兆し在り”と師に仰ぎ知るに至り、公爵なる者に会いに行く途中に御座います。騎士修行中の身故、単身にて旅路に着いておるのです」

ジナモン

「へ〜、そりゃ残念だな〜。俺はこれから帝都目指して南下するんだよ。サロサフェーンに会いに行くんだよ。んで、帝国筆頭戦士団コロッセウムに入隊するつもりなんだ。ま〜、お互い頑張ろ〜な!」

ゼファ

「…サロサフェーン…ですか。お気を付けて。入隊叶う事を切に願っております」

ジナモン

「あんたも気を付けろよ〜。パラ〜ラだか、バ〜バラだかって云う盗人には特に注意しろよ〜。んじゃ、又何処かで会おう。さらばだ」

M L

 北方第27軍団駐留地であるダラナダに訪れたドンファンは、真っ直ぐにストレイトス公の仮住まいであるグレイザー城(旧グラナディア城)に向かった。
 突然の来訪、しかも素性の知れない者の訪問にも関わらず、ストレイトス公は謁見に応じた。軍団長としての余裕からなのか、北部貴族の重鎮として君臨して来た度量からなのか、兎も角、ドンファンとの謁見を快諾したのであった。
 グレイザー城の規模はアルマージョ公のダイアモント城を遙かに凌駕していた。グラナダはその気になれば10万人の住居を敷き、尚、十二分な敷地を有する程であり、十分な資金と綿密な計画さえあれば、地方州の州都に匹敵する程であった。しかし、先の内乱や永続的な統治者がいない為、朽ち果てた城塞都市として行商の中継点としてしか扱われていなかった。先の内乱後、一時的に帝国直轄地として置かれ、都市を囲う城壁全てを砕き捨て、一見すると瓦礫の中に町がある様にさえ見える。ストレイトス公がグラナダを拝領したにも関わらず、自城より遙かに巨大なグレイザー城を居城にせず、仮住まいにしている訳は、内乱によって激しく打ち壊された廃城の修復に手こずっていたからであった。
 兎も角、巨大な城の中に通されたドンファンは、これ又広大な謁見の間に通され、ストレイトス公と対面する事となった。何とも豪奢な玉座に座し、周囲に侍る半裸の美女達が孔雀の団扇で扇ぎ、純銀のトレイの果物を公爵に食べさせ、見知らぬ弦楽器を奏でたり、水煙草を吹かしたり、何とも妖艶な雰囲気だ。

◇ストレイトス

「ホッホホホッ、どちら様ですかな?本来であれば予定のない謁見はしないものなんですよ〜?今日は頗る上機嫌なので特別ですよ〜?」

ドンファン

 (何とも薄気味悪ぃ〜な…これが本当に百歳を越えた爺か?十代後半にしか見えン)
「お初にお目に掛かりますな〜公爵閣下。俺は『殺しの口付け』に所属する刺客で名をイ・ドンファン、コードネームを“烏跳人”」

◇ストレイトス

「ホホッ、その烏君が私に何の用ですかな〜?『殺しの口付け』に刺客を調達した覚えはありませんよ〜?それとも今では不況で組織も“殺しの押し売り”でも始めたのですかな〜?オ〜ッホッホッホッ」

ドンファン

 (クッ、コイツもイケ好かねぇ〜ヤロ〜だゼ〜!ま〜、我慢スっか?)
「いやいや、違いますよ〜、公爵閣下。今回は組織とは無関係でお邪魔したんですよ〜。是非、俺の力を御活用頂きたいと思いましてネ〜」

◇ストレイトス

「ホ〜ッホッホッホッ、仕官の口をお探しかな〜?なれば私の処ではなく、“山海の珍味(*3)”にでも紹介を頼んでみれば如何かな〜?オ〜ッホッホッホッ」

ドンファン

「クフフッ、いやいや、俺は刺客として、そっちの方で株を上げたいんですよ〜、公爵閣下。それでネ〜、最近何かと話題のあのアルマージョ公の首でも獲ろ〜かな〜、なンて考えているンですわ。でもネ〜、雇われずに只殺るのでは犯罪者でしょ〜?ですからネ〜、賛同して頂いて、契約結べる方を探していたンでスよ〜。それにはやっぱり大物の方がいい訳で〜、ま〜、この辺ではストレイトス公とムルワムルワ公ぐらいしかいないンでネ〜」

◇ストレイトス

「…ホホッ、烏君、君、大それた事を云うもんじゃないですよ〜。仮にも帝国貴族の命を軽んずる様な発言じゃないかね〜、ん〜?君にはそんな芸が出来るのかネ?」

ドンファン

「クフフッ、勿論、云うに足るだけの技芸と自信がありまスよ〜。そ〜でなければ、貴族様のお命を頂こ〜なンて滅相もないっ!」

◇ストレイトス

「ホホッ、それで君〜、ムルワムルワ公の御意見は如何だったのかね〜、ん〜?」

ドンファン

「クフフッ、序列から考えても実力から考えてもストレイトス公に先にお話するのが筋でしょ〜?ですから、未だ出向いてはおりませンよ〜」

◇ストレイトス

「オ〜ッホッホッホッホ〜ッ、然様か!よしよし、分かったぞよ。成れば私が君と契約を結んで進ぜよ〜。その力、十二分に発揮させよ〜」

ドンファン

「クフフッ、勿論ですとも〜。で、上手く事が運んだ暁には、是非とも、公爵閣下のお側にお仕えしたいンでスがネ〜?」

◇ストレイトス

「ホホッ、いいともいいとも。期待しておるよ〜、烏君」

M L

 ダイアモント城にプルトラーが戻って来た。ヨッヘンバッハ領の併呑を順調にこなし、報告しに来たのであった。

◇プルトラー

「ヨッヘンバッハ領の併呑、滞りなく済ませた。領民からも歓迎ムードで出向かえられ、少しばかり驚いた」

ジョルジュ

「そうか、御苦労だったな。それでヨッヘンバッハ領の様子と女神の社は?」

◇プルトラー

「うむ、領主の館は蛻の殻であった。衛兵も家人一人として残っていなかった。国庫もガランとしており、完全に打ち捨てられていった後の様であった。始め、領民も酷く怯えておったが、事情を説明した後に物資を施したら歓迎され、どうやら俺達を受け入れて貰えた様だ。社には手を出してはおらんが、俺一人出向き、番人と話をした結果、問題なく新統治を受け入れる事となった。布教活動はしていない様なので特に心配はないと思う。一度、時間があったら覗いて見るのが良いだろう」

ジョルジュ

「流石だな!武門に留まらず、細心の注意を払い施政と宗門を覗くとは。でだ、お前が留守の間に帝都で雇った新たな部下達がおる故、適当に挨拶をしておいてくれ。それよりもだ、ストレイトスの奴がいよいよ動いて来た。亀の歩み程に鈍重な動きだが、奴の動向は周囲の阿呆貴族にも影響を与える。小諸候等問題ないが、北のムルワムルワ迄刺激されると厄介だ。そこで北方に兵を配備し、小砦を新たに築いてくれ。領境の警固と北方方面の治安警固、後にムルワムルワ攻略の糸口とし、攻略後は北回りの通商ルートの要所とする予定だ。頼むぞ!」

M L

 蜘蛛の巣領には緊張が張り詰めていた。ゲオルグとラングリスト伯の脱走劇はユルゲンの警戒意識を最高に迄高め、治安部隊による偵察や哨戒を遙かに厳重なものにしてしまった。
 予断を許さない状況に陥ったゲオルグ軍とババリアの山賊達は、森林の奥深くに息を顰め、イシュタルの命を待った。緊張に耐えられないのか、或いは緊張感がないのか、居ても立ってもいられない様子でゲオルグはイシュタルをせっついた。

ゲオルグ

「お〜い、イシュタル〜!未だ計画は立たんのか〜?ぐずぐずしとると見つかってしまうぞ〜?」

◇イシュタル

「…はい、ですが、此処迄警戒されますと下手に動く事は出来ません。弟君の兵達は軍隊と云うより警察機構に近い様です。つまり、陣立をして戦術を振るうより極局地的に集団展開し、緻密だった組織運用が得意に見えます。公爵領は周囲を丘陵地帯と森林地帯に囲まれた盆地で手狭、それ故彼等に適していると思われます。これを意識的に創設し、訓練を施した者がいるとすれば、かなり手強い相手となります。
 それに我々は戦いに勝っても民衆を味方にしなければなりません。その為には通常の様な用兵を展開しては町と農作地に甚大な被害を与えてしまい、収穫期を控えた現在では選択出来兼ねます。ババリアの山賊達の正確な実数も知らされておらず、土地勘も敵方にあり、我々は極めて不利な状況に置かれております」

ゲオルグ

「む〜、そこを何とかするのが軍師の務めであろう〜?天才軍師と誉れ高きお前の腕の見せ処だろ〜!何とかせい!!」

◇イシュタル

「…然様ですか…分かりました。本来であれば周到な準備と計画とを以て攻略に臨みたかったのですが、確かに今のままでは時が経てば益々不利になりましょうから危険ではありますが、電光石火の夜討に賭けてみましょう」

ゲオルグ

「?ようち?幼稚??…何なのだそれは?」

◇イシュタル

「夜襲に御座います。陽動や陣形を一切排除した散開突撃を仕掛けるのです。軍隊戦に勝利するを目的とせず、唯々、敵大将、則ち、弟君の御首を上げる事にのみ集中するのです」

ゲオルグ

「むむ〜、イシュタルよ〜。その様な闇雲な攻めで良いものかの〜?流石にそれでは納得出来んの〜」

◇イシュタル

「ヨッヘンバッハ様、是は決して闇雲な行動ではありません。危険が付き纏うので第一候補としては挙げたくはなかったのですが、この夜討には高度な戦術と用兵術が必要不可欠なのです。
 夜間の用兵は、先ずそれだけで難しく、丘陵地帯から農耕地、市内、城内に至る迄、散開し続けながら突撃し、中心に攻め入るのは大変高度な用兵術を必要とします。更に攻め入る我々の目的を気取らせぬ為には時間との勝負になりますから事、実行に移せば伝令や斥候、伝達、命令の一切が使えないのです。つまり、計画と打ち合わせを済ませ、実働した場合、一息で計画を遂行する腹積もりがなければならないのです。万が一、我々の目的、則ち、大将首を取る事を悟られでもし、籠城等されたら我々の負けです。部隊を纏め上げ、次の計画を練るには地形的に不向きなのです」

ゲオルグ

「む〜、成る程〜。しかし、それ程難しいのであれば山賊共に出来るものかの〜?」

◇イシュタル

「これはあくまでも推測に過ぎませんが、寧ろ彼等には向いていると思います。彼等は確かに大規模な徒党ではありますが、組織としての集団と云う意味では弟君の兵達より遙かに劣るでしょう。
 例えば、傭兵団と帝国軍が同数であった場合、勝敗は兎も角、より組織だった動きを見せるのは帝国軍でしょう。これは目的意識の問題ではなく、個と集の差、命令及び伝達系統による判断の差なのです。ですから、一般に乱戦には傭兵が有利、展開戦術では正規兵が有利なのです。
 況して、彼等山賊は戦争を生業にしている訳ではありませんから陣立して野戦を仕掛け、戦術を振るうよりは乱戦に近く、個々の判断に任せたこの遣り方のがあっている気がします。迅速さが必要ですから、返って代表を置かないと嘯く彼等に向いていると思われますが、如何でしょうか?」

ゲオルグ

「おお〜、流石は我が軍師!そこ迄考えておったのであれば、最早何も云う事はないの〜。良し、それで行こ〜!」

M L

「まさか、こんなにも早く、この糞忌々しい処に戻って来るとは思わなかったゼ!」
 夜更け過ぎのバイオレッド・ロードに立つはドンファン。こんな深い時間にも関わらず、未だ町の灯は落ちてはいない。活気ある町の証拠。歓楽街を避けた通りには流石に人通りはなく、足早にダイアモント城を目指した。
 呆れた事にダイアモント城の正門は昼間同様、開け放たれていた。衛兵が詰めてはいるが、何と不用心な事か。
「クックッ、クフフフフッ、てめぇ〜で刺客を雇う癖してこの有様とは、所詮はクソ貴族!どっか抜けてヤがるゼっ」
 城の裏手に回り、警邏の衛兵をやり過ごし、その尋常ではない跳躍力で二階のバルコニーに跳び上がると、窓硝子を音もなく切り裂き、物音一つ立てずに室内に侵入した。シーダー城時代の地図は手に入れている。増改築を盛んに行っているとはいえ、それ程月日は経っておらず、基礎が同じであれば大して地図と差異はないだろう。それに長年培って来た刺客としての勘がある。支配者と云う人種は、先ず間違いなく高層階の奥に寝室を持つ、と相場が決まっている。地図と照らし合わせ、勘を頼り、息を殺し、静かに、一歩ずつ確実にこの城の主の場所に近付く。
 ドンファンがアルマージョの寝室と予想した部屋に続く廊下に迄辿り着いた。足音を立てぬ様、慎重に慎重に一歩ずつ近づく。ドンファンは、この緊張感が何とも好きであった。部屋に近付いた時、隣接する部屋から灯りが洩れているのに気付く。
 ヤロ〜、起きてやがるのか?ドンファンは寝室の方に近付き、扉のノブを拈る。勿論、鍵が掛けてある。特殊な工具を懐から取り出し、その長い爪とを器用に使って静かに解錠、ゆっくりとドアを開く。半身だけ中に入れ、寝台に目を凝らす、いない、隣りか?
 多くの貴人達は、寝室の隣りや近くに護衛の詰め所を構えている。この夜更けに寝室の主がいないのには二通り考えられる。一つは女の処に出向いている、もう一つは執務中。尤も、執務と云っても趣味に興じるか酒を呷るかが妥当な処だが。
 さて、何処だ?ドンファンはアルマージョの為人や風評、状況をシミュレーションした。新興で急速に勢力を伸ばし、蓄財を惜しみなく領内発展に投資、神を自称する剛胆さ、元帝国軍参謀の情報将校等々から想定するに、女にかまけるタイプではなく、仕事を優先するタイプだと思われる。仮に仕事を優先する者であれば、この時間に執務室か私室で執務ではないにしろ起きている可能性が高い。
 灯りの洩れている隣室の扉に耳を当てる。静かだ。詰め所ではなさそう、私室の可能性が高い。ノブに手を伸ばす。何と、鍵が掛けられていない。ゆっくり、慎重にドアを僅かに開き、手鏡で中を写し見る。
 居た!奥正面に本棚と無数の書籍に囲まれる様に大きな黒檀のデスクに向かい、何か書類を認めている。軽く室内を手鏡で見回す。調度品やオブジェの甲冑、本棚、ソファーに硝子の丸テーブル、暖炉、観葉植物、健康器具、アコーディオンカーテン、
黄金の甲冑、特に問題はない。ドンファンは、素早く室内に体を滑り込ませた。

ドンファン

 室内に入って直ぐに後ろ手で扉の鍵を閉める。
「クフフッ、こんな夜更け迄、精が出るネ〜、公爵さン?」

ジョルジュ

 机の書類を認め続け、顔も上げずに、
「ノックも挨拶もアポもなしかね?」

ドンファン

「クーックックックッ、今夜殺しに行きまスよ〜、って連絡してやった方が良かったのかい、ン〜?」

ジョルジュ

 やはり、机に向かったまま顔を上げず、
「うむ、次からはそうしてくれ給え」

ドンファン

「クックックッ、公爵さン、次はねぇ〜ンだよ〜!」

ジョルジュ

「ああ、そうだな、次はないかもな」

ドンファン

 扉から数歩歩み、ベルトのバックルから小瓶を出す。キャップを開けて中のドロッ、とした液体を付け爪に塗る。
「水牛をも殺せるアオテクロシタヤドクガエルの猛毒だよ!南部にしか生息しない小さな蛙だ。先ず北部で血清は手に入らないゼ」

ジョルジュ

「成る程。だが、大丈夫だ。毒をよく使う者は血清も常備しているのが常だ」

ドンファン

「クッ、何処迄も人をおちょくりやがるネ〜。ま〜、その減らず口も今夜で終わりだゼ!嬲り殺してヤるよ!」

ジョルジュ

「しかし、本当に三流、四流、否、それ以下の刺客だな。後ろと天井を見てみろ?」

M L

 ドンファンは慌てて振り向く。入って来た扉側の壁の左隅のアコーディオンカーテンの向こうに僅かに見えるロッキング・チェアに腰掛ける人影、そして、扉上部の天井近くの梁にへばり付く様にしている者。
 いつの間に!自分の冷や汗を感じつつ、再び振り返りアルマージョを見る。机から顔を上げ、右手には小型の連射式ボウガンが握られ、ドンファンを狙っている。

◇アクロ

「いや〜、正直驚いたよ。内陣なら兎も角、外陣同士なら、何時かヤリ合う事もあるだろう、とは思っていたけど、こうも早く、しかもイ君、君ととはね〜」
 ロッキング・チェアからゆっくりと体を起こし、立ち上がる。深々と被ったテンガロンハットのポジションを気にしながら、歩み出る。

◇ホークアイ

「貴方が城内に侵入したその時から附けてきましたが、どうやら潜入は得意ではない様ですね。その程度では隠密を撒く事は出来ません。帝都であれば貴方、もう何度も命を落としている処です」
 梁の僅かな厚みに爪先で乗り、左手にアセンガナイフ、右手にフンガムンガ(共に短剣の亜種)を握る。

ドンファン

 (こ、こいつ等…いつの間に!?)
「…クフフッ、ヤるじゃないか〜。なら、三人まとめて始末してやるよ!」

M L

 ドンファンは横跳びし、アクロレイターに肉薄し、その勢いのまま蹴りを繰り出した。テンガロンハットを右手で押さえたまま、上体を反らして蹴りを躱す。時を置かずしてドンファンの左手の突きが繰り出される。その鋭い突きを、体を捻りながら回転させ、アクロレイターは辛うじて躱す。
「遅せ〜ゼッ、おっさん!」
 突き入れた勢いを殺さぬままに時計回りをしたドンファンは、右手刀を鎌型に外向けに曲げ、アクロレイターを襲う。
 ドスッ。鈍い音が響く。ドンファンの毒爪がアクロレイターの左上腕部に深く突き刺さる。

ドンファン

「獲った〜!!クックックッ、おっさん、猛毒にもがき苦しみながら逝きな!」

M L

 梁から飛び降りたホークアイがフンガムンガを投げつける。ドンファンは手刀を引き抜かないまま、しゃがんでその短剣を躱す。標的を捉え損なったフンガムンガは、曲線軌道を描き、ブーメランの様にホークアイの手元に舞い戻る。
「俺をそんなすっトロい投げナイフで倒せっかよ!」
 立ち上がったドンファンは手刀を引き抜き、ホークアイへ接近しようとする、が手刀が抜けない。アクロレイターの左上腕に突き刺さったまま、ピクリとも。
 ズンッ。ドンファンは右脇腹に熱を感じた。追って鈍く重い痛みが体を駆け巡り、下半身に痺れが走る。ナイフが突き立てられている、その柄を握るのはアクロレイターの左手。
 アクロレイターは徐に右手で左肩を鷲掴むと軽く捻る。ガチャリ、と僅かな音を立てるとドンファンの手刀が突き立てられたままの左腕がズルりと抜け落ちる、義手。その下から新たな左腕が露わになり、それはドンファンの脇腹に突き立てられたナイフをしっかりと握っていた。

◇アクロ

「イ君、きみ、私が“隻腕”と呼ばれている事を忘れたのかね?まぁ、隻腕と云うのは真っ赤な嘘だがね」

M L

 アクロレイターは今迄ののそりとした動きが嘘の様に機敏に半身をとり、そのまま小さな軌道で後ろ回し蹴りを繰り出す。ブーツに填められた拍車がドンファンの頬を切り裂き、軌道途中で膝を捻って爪先で鼻に蹴りをブチ込む。
 もんどり打って吹き飛ばされたドンファンは、挫かれる事なくバック転をして上体のバランスを保つ。直後、背中に激痛。ホークアイのフンガムンガが背中に突き刺さっていた。
 激痛に襲われるドンファンに向かって、アクロレイターとホークアイがゆっくりと間合いを詰める。

ドンファン

 (痛てぇ〜っ!すげぇ〜、痛てぇ〜っ!!クソッ、こ〜なったら…)
「お、おめぇ〜ら、見とけよっ!絶望に身を捩りやがれっ!!」
 付け爪をパキりと折り、振り返り様、アルマージョに投げ付ける。

M L

 カツンッ、乾いた音。ジョルジュに向かって放たれた毒爪が弾かれた。オブジェの甲冑が動いたのだ。甲冑の籠手に握られた切っ先の無い馬上槍が滑らかに動き、ドンファンに向けられる。同じく数本のクォラルがドンファンの腕と腿を貫く。アルマージョのボウガンが放たれたのであった。

ジョルジュ

「哀れなチンピラだな。碌に調べもせずに俺の命を狙うとは。で、どうする?未だ続けるかね?返答次第では見逃してやってもいいぞ?」

ドンファン

 (ヤ、ヤバいっ!マジ、ヤバい!!意識が遠くなってきやがった)
「…な、なんだってンだ?」

ジョルジュ

「雇い主は誰だ?ムルワムルワか、ストレイトスか?或いは、それ以外か?」

ドンファン

 (クフフッ、そンな事かよっ!あ〜、いいゼ、答えてヤるともっ!)
「…ムルワムルワだ」 

ジョルジュ

「そうか、分かった。ならば、立ち去れ。二度はないぞ!」

M L

 傷だらけのドンファンは、力の抜けつつある両の足にありったけの力を込めて窓に突進した。窓硝子を割り、満身創痍の刺客は姿を消したのであった。
「附けますか?」
 ホークアイがフンガムンガに付着した血糊を抜きながら静かに問う。

ジョルジュ

「いや、附ける迄もない。奴を雇ったのはストレイトスだろう。今迄、気取らせずにいるムルワムルワが、あれ程明け透けな刺客を送り込むとは考え難い。長寿自慢のストレイトスであれば、暗殺の成否に関係なく、俺に釘を刺すつもりで送り込むのも容易であろう。
 まぁ、良い教訓になった。刺客対策を講じるとしよう。加えて、『
殺しの口付け』にあのチンピラに処分を下す様、働き掛けよう。又、隠密を雇う事にするか。俺の諜報部隊は頭脳組織故、肉体派の別組織が必要だろう。ホークアイよ、お前のツテで呼び集めてくれ」

M L

 梟の声が木霊する。静かな夜だ。これから巻き起こる凄惨な光景等、誰が想像出来ただろうか。蜘蛛の巣領の警戒は厳しいが、月明かりのない今夜は夜討には絶好の機会であった。
 ババリアの山賊と綿密な打ち合わせをしたイシュタルは、丘陵地帯から吹き下ろす風を待って夜討の合図を発した。
 丘陵地帯、森林地帯を抜け、ババリアの山賊達とヨッヘンバッハの傭兵達は町に向けて突き進んだ。陣形も編隊もない、この進軍は敢えて行ったものであり、もし、上空から見る事が出来るのであれば、まるで餌に群がる蟻の様に乱雑に思うだろう。しかし、陣を敷かないこの乱雑さは、蜘蛛の巣領の物見や警備に発見されるのを遅らせるのには十分であった。
 警備兵達の笛や物見の鐘が打ち鳴らされる頃には、既に町中に迄進入していたババリアの山賊達が暴れ始めていた。夜半過ぎのこの時刻に蜘蛛の巣領の兵達も混乱し、組織防衛に手間取っていた。それ処か、個々バラバラに攻め入って来る敵勢に混乱していた。夜間の、しかもこれ程無秩序な侵略は概要を掴み辛く、蜘蛛の巣領の軍の上層部には誤った敵兵力の報告が幾つも届いていた。
 ヨッヘンバッハは、ラウとブルンガー、巨大な虎と行動を共にしていた。混乱する町中を横断し、蜘蛛の巣城を目指し、ひた走っていた。

ゲオルグ

「よ〜しよし!いいぞ、いいぞ〜!このまま一気に城に突入し、ユルゲンめを討ち倒してくれよ〜ぞ!!」

M L

 町中を抜け、いよいよ蜘蛛の巣城に切迫したその時、在ろう事か、寸での処で城門が閉ざされてしまった。同じ様に町の壁門も閉ざされてしまった。城門を閉ざす、則ちこれは籠城戦を意味する。今回の夜討では迅速さが勝負であった。目的である大将首を上げる事を悟られ、籠城されては作戦は失敗する。
 今回、この夜襲は上手くいっていた。迅速、且つ効果的に乱戦に持ち込めた。しかし、あまりにも上手く行き過ぎた為、予想以上にユルゲンの兵達が混乱し、その混乱の収拾と冷静な分析を欲した軍首脳が城門を早くに閉じて、反撃の機会を窺う様に仕向けさせてしまった。
 ラングリスト伯との脱出行で抜け道を使ってしまった事で、ユルゲンが隠し通路や抜け道を警戒している事は容易に見当がつく。固く閉じられた城門に隙はなく、ヨッヘンバッハは途方に暮れていた。

ゲオルグ

「…ぬ〜、何と云う事だぁ〜!?後、一息で城に入れたものを〜…」

ラウ

「どうするんだヨッヘンバッハ?入れないって事は失敗なのか?」

ゲオルグ

「む〜、うるさいっ!黙っておれ〜い!!何とか城門を取っ払う術を考えておる処だ」

◇ブルンガー

「それならば私の秘術の一つで何とか出来ると思いますが?」
 直後、続け様、三匹の小人が甲高い声で喋る。
「俺の秘術でYo〜!クールにキメてヤるゼ?」
「わらわの秘密のベールが幕を開けるぞぇ!恥ずかス〜♪」
「小生の秘術で出来るの。出来たの?出来心なの」

ゲオルグ

「なに〜っ!出来るのか?一体、どの様なものなのだ〜?」 

◇ブルンガー

「中空からの雪崩式の隕石落とし!その名もバックドロップ!!」
 直後、続け様、三匹の小人が甲高い声で喋る。
「Hey!バックドロップはYo〜!ヘソで投げるンだYo!」
「わらわはジャパニーズオーシャンサイクロンスープレックスを披露するのレす」
「隕石を落とすんじゃなくて、落ちるの。堕ちたの。オチないの」

ラウ

「…バックドロップ?それって“岩石落とし”なのでは?」

ゲオルグ

「む〜、何だか分からんが、城門を何とか出来るのであれば試してくれ〜い」

M L

「それでは暫し、お待ちを」
 ブルンガーは懐から小汚い小石を取り出す。人差し指と中指の二本だけを立て、小石の上を一文字に横へ動かし、ヒュッ、と一息吐く。すると、小石はぼんやりと光を発し、小刻みに震え出す。その小石を上空高くに思い切り投げ付けると、
「私の唱える呪文を御二方とも繰り返し唱えるのです!」
 上空に投げ付けた小石に向かって、ブルンガーも飛び跳ねる。上空に留まった小石は震えながら一段と光を増し、やがて巨大な光球へと変貌を遂げる。その光球をブルンガーはがっぷりよつに抱えると、更に上空へと舞い上がる。一頻り上空に昇ると静止し、大声で叫ぶ。
「てじな〜にゃ!!!」
 呆気にとられるヨッヘンバッハとラウに向かってブルンガーから催促が掛かる。
「何をしておるのです御二方!早く唱えるのです!行きますぞ〜、てじな〜にゃ!!!」
 仕方なくヨッヘンバッハとラウも続く。
「…てじな〜にゃ!!?」
 ブルンガーは抱えた光球を持ち上げる様にして背面へ倒す。ブリッジをした様な恰好で光球を下へと投げ捨てた。すると、光球が激しく砕け散り、無数の隕石のごとき火球が凄まじい弾道を描いて、町の壁門や城の城壁、城門、家屋、協会、広場、ありとあらゆる場所に降り注ぎ、爆発炎上し、粉微塵に砕き尽くした。

ゲオルグ

「ぬお〜っ!!こらっ、こら〜っ!町を破壊するつもりか〜っ、ブルンガ〜っ!!?」

◇ブルンガー

「御二方の詠唱が遅れた為にコントロールが甘くなってしまったのです」
 直後、続け様、三匹の小人が甲高い声で喋る。
「Yo!Yo!リズム感がないYo!ノリが悪いゼ、メ〜ン?」
「肩の調子が悪いのレす。ストライクゾ〜ンの違いのせぃぞぇ〜」
「甘くなったんじゃなくて、甘いの。甘えたいの。あっ!まぁ〜いぃの」

ゲオルグ

「ぬぬ〜!反省をせんかっ、反省を〜!とんでもない被害を出したのだぞ〜!」

ラウ

「ま〜ま〜。兎に角、城門は砕いたのだから早く城内に乗り込もう」

M L

 城門の砕けた勢いで城内の衛兵達の幾人かは巻き込まれて死亡していた。負傷している者も多く、進入したヨッヘンバッハ達は急ぎ奥を目指した。
 隕石群の衝突でダメージを負った城内は散乱していたが多くの衛兵が詰めており、直線的な突破は難しく思えた。そこでヨッヘンバッハは、隠し通路を再び使う事にした。城外からの抜け道や隠し通路は警戒されているだろうが、城内の隠し通路は生きている筈と考え、一階奥にある一番小さな客室を目指した。しかし、ラウはゴライオンと離れるのを極端に嫌がり、味方の到着を待ってから正面突破を狙う事にした。
 数名の兵士との小競り合いを勝利し、奥の客室に到着したヨッヘンバッハとブルンガーは、室内に設置された暖炉の中に入った。暖炉の中には上へ昇る為の小さな梯子状の手摺があり、それを伝って登り始めた。
 床蓋を開けるとそこも暖炉の中。この暖炉の煙突は最上階迄続いている。ヨッヘンバッハとブルンガーは煤にまみれながらも各階を登り切り、いよいよ最上階に到着した。客室から廊下に出て、慎重に進んだ。

 一方、ラウは突入して来たババリアの山賊と共に正面からの突破を目指した。城内の衛兵達の数は相当であったが、突然の隕石群の落下による負傷と混乱で組織だった行動が取れずにいた。遅れてやって来たイシュタルと十数名の傭兵達と合流したラウは数十名の山賊と共に上階を目指した。
 二階に昇る巨大な二本の階段を有したエントランスには多くのユルゲン兵が詰めていた。イシュタルは傭兵と山賊達を巧みに指揮し、ユルゲン兵と対峙した。ラウの連れている猛獣ゴライオンも次々と衛兵を襲い、混乱に湧く敵勢に恐怖を与えていた。

 最上階の廊下を進むヨッヘンバッハの行く手に皮鎧を纏った軽装の男が立っていた。何の飾りもない白木の中型の弓を構え、険しい表情を浮かべていた。

ゲオルグ

「む〜、お前は何者だ?黙ってそこを通せ!」

◇・・・

「此処はユルゲン殿の火急の際の退避路。何故、どの様にして侵入されたか分かりませんが、此処より先には通す訳には行きません」

ゲオルグ

「むむ〜、何と云う愚かな奴!ならば、強行突破するぞ〜っ!」

M L

 ヨッヘンバッハは、ブルンガーにサポートを頼んだ。ブルンガーはスリング・スタッフという投石用吊革の付いた棍棒を構えた。ヨッヘンバッハは背負っていた女神の顔が彫り込まれた盾を構えた。
 白木の弓を引き絞る男の表情は厳しい。否、苦悩の表情とも見て取れる。尤もアドレナリンを大量に分泌している今のヨッヘンバッハに男の表情を読み取る余裕等なかった。それよりも避ける物のないこの通路を一気に駆け抜け、仮に数本の矢を受けたとしても致命的な箇所にさえ喰らわなければ良い、と覚悟を決めていた。
「我こそはゲオルグ・ヨッヘンバッハ!ヨッヘンバッハの真の継承者なりっ!正義の為、民の為、悪を討つ!!」
 ヨッヘンバッハは得意の翔躍術を推進力として用い、一気に廊下を駆け、男に接近しようと試みた。
 苦悩の表情を浮かべた男は、ヨッヘンバッハの言葉に心打たれ、手元に躊躇の遅れが生じたものの、一度矢を放つと矢継ぎ早に続けて二本の矢を放った。
 初めの一矢は盾の縁を削る様に外れ、弾かれた矢が壁に突き刺さる。続け様に放たれた矢は盾の真ん中を正確に捉え、貫通させ腕に固定している金具を弾き壊し、続く二本目が貫通してこぼつ穴を通し、ヨッヘンバッハの左腕を突き刺す。余りにも正確な
射撃は威力こそ劣ってはいたが、ヨッヘンバッハは痛烈な痛みから盾を手放してしまった。
 盾を失ったヨッヘンバッハの眉間はガラ空き。男の弓術の腕であれば、それを射抜く等造作もない事。しかし、再び此処で躊躇した。間髪入れず、ブルンガーのスリング弾が男の右脇腹にメリ込む。苦痛に体を折り曲げる男。
「ぬおぉ〜っ!!!」
 肉迫したヨッヘンバッハは、その突進力を活かし、ショルダーチャージを仕掛けた。弓持つ男はモロにその体当たりを受け、弾き飛ばされた。13フィート近く吹き飛ばされ、壁に激突した男は口から血を吐き、意識朦朧としていた。

◇・・・

「グ、グフッ…せ、正義…た、民の為…と…」

ゲオルグ

「そうだ!動くなよっ!手向かえば容赦はしないぞ!そこでじっとしておれ〜い」

M L

 壁にもたれ倒れた男をそのままに、ヨッヘンバッハとブルンガーは先を急いだ。

 ゴライオンの驚異の突破力を用いてラウは一気に三階に迄駆け上がった。追い縋るユルゲン兵に肘鉄や膝蹴りを喰らわし、一息吐いて辺りを見回す。
 グルルルル〜ッ。三階の広間に獰猛に喉を鳴らすライオンが放たれている。謁見の際に居たユルゲンのペットだ。凶暴そうな口元からは鋭い犬歯がギラつく。
「ゴライオ〜ン!こいつを倒せっ!」
 グァ〜ルルルルゥ〜ッ!巨大な白虎とライオンが激しく飛び付き、互いをその獰猛な牙で噛み合う。百獣の王を決める大決戦。恐ろしい戦いが繰り広げられる。
 ラウは猛獣の戦いの横を擦り抜け、四階へと駆け上る。そこには驚異の人物が鎮座していた。
 オレンジに発光する髪を逆立て、炎の眼球を眼窩に灯し、光沢ある赤いローブを幾重にも重ね着した男。小さな木製の椅子に腰掛け、眼球代わりの炎の揺らめきでラウを見据える。

ラウ

「何者だ?此処を通させて貰うぞっ!」

◇ノルナディーン

「フッフッフッ、“炎を愛し炎に愛される男ノルナディーン。此処を通す訳にはいかんな〜。酔狂なものでね〜、一応宮廷魔術師なものなのでね〜」

M L

 ノルナディーンの腰掛けていた椅子が突然、パッと燃え上がる。炎は一気に火力を強め、ノルナディーンを包み支える様に持ち上げる。まるで炎の玉座の様。
 ノルナディーンの周囲に無数の火の粉が撒き揚がる。その火の粉は意志でもあるかの様にフワりと動き回り、一つがラウのボロボロの衣服に燃え移る。
 ラウは口から不透明な白色の煙状の物体を吐き出し、燃え移った衣服に吹きかける。エクトプラズムがラウの肉体を覆い、火傷を起こさせない。
 口元を釣り上げ、楽しそうにノルナディーンが炎を弄ぶ。

◇ノルナディーン

「フッフッフッ、術士の様だね。さっきの“隕石招来”は君の仕業かね?面白い。あれ程の芸当を見せられては俺も黙ってはおれんな〜。見ろっ!我が力の程を!!」

M L

 炎の椅子に座したノルナディーンは徐に両手を広げると、火の粉が火球へと変貌し、やがて炎の渦となってのたうち回り、炎の激流が作り出される。一気に室温が上昇し、ノルナディーンの吐息すら炎へ化し、広げた両手を胸元に引き戻すと、一息大きく息を吐き、思い切り両手を広げた。余りにも眩しい光と共に真っ赤な炎の天蓋がノルナディーンを中心とした輪状に広がる。途轍もない早さで輪状の赤い光は周囲に伸び、城内の壁という壁を貫き、外へと炎が放出された。
 驚愕のエネルギー量に圧倒されたものの、ラウは不安に駆られ、窓に向かい外を覗く。その光景は地獄絵図の様。ノルナディーンの発した赤い輪状光は、城を中心とした恐ろしい程広範囲の町並みを包み、爆炎へと変貌したのであった。敵も味方も町民も関係なく、恐るべき劫火に包まれ、もがき苦しむ姿が見えた。

◇ノルナディーン

「どうだ?ノルナディック・ファイアーバーンの威力は?お気に召したかな?」

ラウ

「お、おのれぇ〜っ!ゆるさんっ!!!」

M L

 エクトプラズムを両の拳にまとわり付かせ、ラウは強烈な一撃をノルナディーンの顔面に叩き込む。だが、小さな円盤状の炎の幕がノルナディーンの顔近くに現れ、拳の衝撃を吸収してしまった。そのまま炎の幕はラウの拳にまとわり付いた。

◇ノルナディーン

「…何のつもりだ?下らん精霊魔術の野蛮な遣り方は止めろ。術比べだ!さっきの様な得体の知れない術を披露してくれっ!」

M L

「うお〜っっっ!!!」
 ラウは再び拳を振るった。しかし、先程と同じく炎の幕に遮られ、両の拳共に炎に覆われてしまった。

◇ノルナディーン

「…どうやら勘違いをしていた様だな。ま〜、いい。本物が現れる迄、貴様をいたぶり尽くしてやろう」

M L

 階下で轟音を聞いた二人は先を急いだ。かつては奥の間として使われていた部屋の前に迄やって来たヨッヘンバッハとブルンガーは、思い切り扉を打ち壊し、中に踊り入った。
 扉近くにいた衛兵は吹き飛ばされ気絶し、近くにいた他の衛兵もブルンガーの棍棒による打撃で卒倒した。多くの衛兵達が詰めていた為、ヨッヘンバッハとブルンガーは共に背中を合わせ、戦った。ヨッヘンバッハもブルンガーも幾ばくかの傷を負ったものの、数の劣勢をものともしなかった。
 広い部屋は中頃過ぎ辺りから平階段で中二階へと続く。ヨッヘンバッハとブルンガーの強さに驚いた衛兵達は逃げ惑い、平階段の側にいた大老ゲルノート・アイゼンバウアーは慌てふためいていた。
「悪党めっ!成敗してくれるわ〜っ!!」
 ヨッヘンバッハは白刃を振り上げ、アイゼンバウアーに躙り寄る。
「そこ迄だ、ゲオルグ!」
 階段の最上部中二階にユルゲンが現れた。傍らには小さなソファが置かれ、何者かが座らされている。

ゲオルグ

「現れおったな〜、ユルゲンめ〜!」

◇ユルゲン

「フンッ!そこ迄にしろっ!アイゼンバウアー翁から離れよ」

ゲオルグ

「悪党の言葉等聞けるか〜っ!こうしてくれるわ〜っ!!」

M L

 女神の白刃を振り下ろし、アイゼンバウアーの首を刎ねた。刃の血糊を振り落とし、階段を歩み上がる。
「何と云う短気…やはり、貴様では人の上には立てんな。これを見ろっ!」
 ソファーに座らされている者の髪を掴み、前に突き出す。
「こいつを良くみろっ!」
 ユルゲンに髪を鷲掴みにされている者は年老いた女性。それは紛れもなくゲオルグの母であった。

ゲオルグ

「な、なにぃ〜っ!?母上っ!母上なのか〜!?生きておられたのかーっ!!」

◇ユルゲン

「フンッ!我が母君が父上と再婚なさる時、この婆が邪魔になったのだ。病死と発表したものの、寛大なる父上はこの婆を生かしておいたのだ。尤も塔に幽閉していたのだがな。俺も何れ貴様が現れるのを目論み、こうして生かしておいたのだ」

ゲオルグ

「ぬ〜、ユルゲンッ、母上を放すのだ〜っ!」

◇ユルゲン

「フンッ!つくづく自分勝手な男だな。家督と統治をほったらかしたかと思えば力ずくで奪いに来る。父上の意を悉く背き、葬儀さえも欠席しては中傷と非難とをほざきまくり、先代からの忠臣アイゼンバウアーを血も涙も無く一刀の下に斬り捨て、貴様の実母だけは助けろとはな。虫が良過ぎて笑えもせん。偽善にさえもならん貴様の言動を今、ここで終わらせてやる」

M L

 ユルゲンの背後からユラりと黒尽くめの鎧武者が現れる。その男は紛れもなくブラックイーグル、その人であった。
「ブラックイーグル、奴を殺せっ!!」
 巨大な黒塗りの戦斧を斜に持ち、階段を一歩一歩降りる。重く響く鎧が階段を踏みしめ、黒い影を落とす。

ゲオルグ

「ぬ〜、ブラックイーグルめ〜!悪い奴同士が組むとは〜、許さ〜ん!!」

M L

 ヨッヘンバッハは白刃を握り締め、階段を駆け上がる。
 ブラックイーグルの戦斧が振り下ろされる。白刃で滑らせ躱すと、斧は階段を砕き、火花を上げる。ヨッヘンバッハは剣を握り直し、真一文字に薙ぎ払う。ブラックイーグルは重い鎧を着ているのにも関わらず、階段上段に跳ね上がりヨッヘンバッハの一撃を躱す。
「ぬお〜っ、逃さ〜ん!!」
「ゲオルグッ!貴様、こいつがどうなってもいいのかっ!」
 髪を掴み上げ、ゲオルグの母の喉元に短剣を突き付けるユルゲン。
「ぬくく〜、卑怯者め〜」
 ヨッヘンバッハは女神の剣を下ろし、母を見つめる。中二階に程近い場所でブラックイーグルは戦斧を大上段に構える。鎧の上からでも筋肉の張り詰めた様子が分かる程に力が籠められている。復讐と憎悪のエネルギーが響く。
 ヒュンッ、ヒュンッ!カンッ、カーンッ!
 階下のブルンガーのスリング弾が放たれ、ブラックイーグルの兜にヒットした。
「チャ〜ンスッ!ぬおおお〜りゃ〜っ!!!」
 翔躍術を推進力にしたチャージ。ヨッヘンバッハの体当たりが、斧を高々と掲げたブラックイーグルのガラ空きのドテッ腹にブチ当たる。凄まじい衝撃でブラックイーグルは吹き飛ばされ、中二階の窓を突き破り、城外へと弾き落とされたのだった。
 金属鎧への体当たりでヨッヘンバッハの肩は脱臼したが、利き腕は生きており、白刃をユルゲンに向ける。
「ここ迄だユルゲン!母から離れるのだ〜っ!」
 口元を歪め、微かに笑みを浮かべたユルゲンは短剣をスピーディーに挽く。パッ、と鮮血が舞い、ヨッヘンバッハの顔を赤く染める。
「!!!!!?はっ、母上ぇ〜〜〜〜っっっ!!!!!!」
 喉笛をカッ切られたゲオルグの母は、叫び声さえ上げる事も出来ず、頭を後ろにもたげ、絶命した。噴水の様に鮮血が吹き出し、瞬く間に中二階を血で染めた。
「フーッハッハッハッハーッ!貴様が悪いのだっ!貴様が刃向かうからこうなったのだ!貴様が殺したも同然だ〜っ!!フハハハハハハーッ!」
 ユルゲンは装飾の施されたレイピアを抜き、床と平行に構える。
「貴様も直ぐに母親の下へ送ってやるっ!」
 ハァッ。掛け声と共に目にも止まらぬ速さの突きを繰り出す。ヨッヘンバッハの左肩にレイピアは深々と突き刺さる。続け様に突き入れようとするユルゲンであったが、肩に突き刺さったレイピアが抜けない。
「!?な、なにぃ?」
「っっっゆるさんっ!!!!天誅ぅぅぅ〜〜〜っっっ!!!!!!」
 ヨッヘンバッハの白刃が唸りを上げる。ドンッ!頭蓋から脊髄、股間を縦真一文字に抜けた白刃の剣圧が床を砕く程の衝撃。遅れてユルゲンの肉体が左右へと倒れ、爆発するかの様に血液が舞い散った。
 凄まじい一撃を放ったヨッヘンバッハは、自分の利き腕の肘を亜脱臼する程であった。ソファーにもたれた母の亡骸を抱え、階段を降りる。

ゲオルグ

「ブルンガー、階下におりるのだ。ユルゲンを討ち取った事を告げるのだ」

M L

 言葉を発する事なくブルンガーは頷き、部屋を出る。ゆっくりとヨッヘンバッハも後を追った。

 城内四階では壮絶な光景が繰り広げられていた。ラウと白虎のゴライオンは炎の縄で縛り上げられ、昇って来た傭兵と山賊達が火達磨になっていた。幾つもの人型の炭を作っては、ノルナディーンは高笑いをあげていたのであった。
 五階から四階迄の階段に足を踏み入れたブルンガーとヨッヘンバッハが炎を纏うノルナディーンに制止の声を掛けるものの、全く聞き入れず、寧ろ挑発して来た。

◇ノルナディーン

「フッフッフッ、ようやく真打ちの登場だね?早く術比べをしようじゃないか?」

ゲオルグ

「何をほざいておるか〜!術比べ等必要ないわ〜!既にお前の主を倒したのだ〜!!」

◇ノルナディーン

「我が主だと?我が主は“あの御方”だけだ。ユルゲンを倒したとでも云いたいのか?見たかったね〜、兄弟が相争い殺し合う姿を!で、あいつらはどうしたのだ?」

M L

「その者達の云う通りです。ユルゲン殿は討たれたのです。抵抗をお止めなされ」
 四階を見下ろす事の出来る五階の廊下縁の手摺にもたれ掛かる男。皮鎧を纏い、口元を血で染め、荒い息をするその男は、隠し通路を抜けたヨッヘンバッハと対峙した廊下を守っていた者であった。
ヤポンか?別にユルゲンが討たれ様が討たれまいが関係ないがね」
 嘯くノルナディーンは、ヨッヘンバッハとブルンガーを炎揺らめく瞳で覗く。確かに満身創痍。今のこの者達を屠っても何の楽しみもない。熱気を帯びたその眼差しからは興味が薄れ、ノルナディーンは術を解き、炎を収めた。
 時を置かずして、四階に複数名の傭兵を引き連れ、イシュタルが登って来た。五階から老女の亡骸を抱き、階段を降りて来るヨッヘンバッハを確認すると、城の大半を占拠した旨を告げた。混乱を極め、隕石の落下と大火災に揺れる最中、ユルゲンの重鎮達の大半を逃がしてしまったが兎も角は勝利した模様であった。ヨッヘンバッハもユルゲンを倒した事を告げ、階下に降りた。これからが大変であった。無惨な状況をこれから知る事になるのだ。

 ダイアモント城に報告に現れた六人の刺客達は自信に満ちあふれていた。見事な迄にストレイトス公の重鎮暗殺を成功させて来たのである。ジョルジュも刺客達を褒め称え、約束通りの金子を与え、ヘイルマンの配下に置く事を告げ、下げさせた。
 刺客達が立ち去った後、室内の影から徐にカノンが現れる。 

ジョルジュ

「どうであった、カノン?上手く行ったか?」

◇カノン

「御意。あの者達もそこそこ頑張ったと褒めておきましょうか。上手く連携をして重鎮六名を殺害しておりました故。私も隙を狙い、九名の文武官と三名の隠密、十数名の兵を殺害して参りました。ストレイトス本人もですが、何より取り巻き共が慌てふためいておりました。彼の者は最早、その立場や力を振るう程の人材がおりません故、暫くは何も出来ますまい。尤も、軍団を動かすとなれば別ですが」

ジョルジュ

「然様か。よくやった。では、今暫く休んでおれ。直ぐに新たな任務を与える故」

◇カノン

「はい、その前にですが、以前に頼まれておりましたフォビアの件ですが」

ジョルジュ

「おお、どうなった?呼んで来たのか?」

◇カノン

「はい。遠方の者が到着するのは遙か先になりましょうが、近場におる二人を呼び寄せました。今、連れて来ておりますがお会いになられますか?」

ジョルジュ

「うむ、取り敢えず会ってみよう」

M L

 カノンは再び影に身を潜めた。ジョルジュはカノン以外のフォビアを見た事がなかった為、用心して結界を張った。物理的な衝撃のみを弾く結界だが、オドを召喚しておけば術の行使が容易であった。
 部屋の扉が開き、カノンが入って来る。後ろから二人の男が付いてきた。その様相は違和感を感じざる負えなかった。鎧を着込んだ男とローブを纏った男の周囲からは底知れぬオーラが漂い、危うさと緊張感が周囲を覆う。

◇カノン

「御紹介致しましょう。“魔戦士ローボズと“迷宮管理人フィールボスです」

ジョルジュ

「…お初にお目に掛かる。私がジョルジュ・アルマージョ・ダイアモントーヤだ」

M L

 云い知れぬ危機感。二人から感じるのは恐怖と云うよりは危機感が先行する。
 ローボズの鎧の隙間からは蒸気、否、瘴気が立ち上っている。結界がまるで役に立たない。調度品の鉄の金具が腐食する。一体、如何なる能力なのか。フォビアは形態のない術、違う、生来の特異能力か。オドとは無関係。認識が甘かった。危険だ。

ジョルジュ

「…これからいろいろ頼む事もあると思う。連絡の取り易い場所にいてくれると嬉しい。以後、宜しく頼む」

M L

 極僅かな謁見で二人を退出させたジョルジュは椅子に座り、極度の緊張感からの解放で一息吐いた。
 二人を見送ったカノンが戻り、ジョルジュを覗き込む。

◇カノン

「どうなさいましたかジョルジュ様?お気に召さなかったのですか?」

ジョルジュ

「否、大変気に入った。しかし、臣下には出来ん」

◇カノン

「!?どう云う事です?あの者達の実力は折り紙付きです。余人であれば喉から手が出る程の人材。ジョルジュ様程、人材収集に興味のある御方が彼の者達を手元に置かないとは一体?」

ジョルジュ

「今の俺では奴等をコントロール出来ん。万が一、問題が起きた場合、対処のしようがない。もう少し俺に実力が付いたら迎えに行く。それ迄は協力者としての関係が良いだろう」

◇カノン

「然様ですか。分かりました。では、彼等とは直ぐに連絡が付く様に致します。又、登用されぬ様、細心の注意を払っておきましょう」

M L

 蜘蛛の巣領では甚大な被害が生じていた。隕石落下に伴う瓦解と爆炎による大火災は町の2/5を焼き尽くし、尚も広がりを見せている。ユルゲンの残党や一部の市民、奴隷は暴徒化し、略奪や殺人が横行していた。
 城内にあったヨッヘンバッハは、事態の内容を把握出来ずにいた。城内を完全に掌握する迄城下には出なかった。イシュタルが城内の掌握を行い、完全に支配下においたのは五日後の朝の事であった。
 ラウは火傷が酷く寝たきりで静養していた。ヨッヘンバッハは左肩と右肘の調子が思わしくなかったが、実母を領葬に付すと云い、傭兵達を使い準備をし始めていた。
 夜討から一週間が過ぎた頃、ババリアの山賊は引き上げる旨を告げ、国庫から大量の財宝や金品を持ち出し去ろうとしていた。ヨッヘンバッハは山賊達に居残る様、説得を試みたが、葬儀の事で持ち切りだったゲオルグの言を信用せず、元々定住しない彼等の意志は固く、同日中には蜘蛛の巣領を後にしていた。
 去り行く山賊達を目の当たりにしたヨッヘンバッハは焦り、城内で軟禁状態にあるヤポンとノルナディーンを訪れた。尤も、ノルナディーンは気まぐれに居残っていただけであった。

ゲオルグ

「やぁやぁ、二人共、元気かね〜?」

◇ノルナディーン

「何をヘラヘラしてやがる?今日はお前が食事を運んで来るのかい?」

ゲオルグ

「否々、違うのだ。今日は折り入って大切な話をしに来たのだ。実は其方達を雇いたいのだ。どうだ?」

◇ノルナディーン

「フッフッフッ、俺を雇いたいだと?この俺様を?フッフッフッ、面白い。弟殺しを厭わぬ男は何処か違うものだな。いいだろう、その代わり俺は自由にさせて貰うぞ。それから毎月金貨100枚よこせ。分かったな?」

ゲオルグ

 (む〜、金貨100枚か〜…ちと高いが、此奴の能力は凄まじいからの〜)
「む〜、よし分かった。そちを月、金貨100枚で雇お〜。で、其方は?」

◇ヤポン

「…命を助けられた身である故、お任せ致します」

ゲオルグ

「ムホッ♪そ〜かそ〜か。よ〜しよしよしっ。では、そちは…む〜…よしっ、月に金貨20枚で雇お〜」

◇ノルナディーン

「フッフッフッ、何と呆れた男だ。まぁ、いいだろう。俺は自由にさせて貰うさ」

M L

 ダイアモント城では枢密院貴族閣議の準備に追われていた。以前より規模が大きくなり、より具体策が検討出来ると予想された。準備に追われはしていたが、多くの文官達を雇い入れた事によりジョルジュの雑務は減っていた。代わりに民衆へのアピールやパフォーマンスが増え、昇陽教の細部が定まって来た。時間の都合が出来た時には城のテラスから“有難い御言葉?”と“光翼(*4)”が披露された。
 常日頃から不思議な言動の多いジョルジュであったが、此処に来て益々、理解不能な言動が増えていた。今日もシャメルミナを呼んで得体の知れない話をする。

ジョルジュ

「シャメルミナよ。前に頼んでおいた件だが、調べは付いたか?」

◇シャメルミナ

「え?前に頼まれた…?え〜!もしかして“神様”になる為の方法ってヤツぅ〜?」

ジョルジュ

「そうだ。それ以外、君には頼んでおらんだろ?」

◇シャメルミナ

「そんな方法ないよ〜。帝都で見た本にも載ってないもン。もし、あるとしたらムーン教団(*5)くらいだよ〜。それにも〜いいじゃン?みンな、ライジングサン、ライジングサンって呼ンで神様扱いしてくれてるじゃン?」

ジョルジュ

「愚かな。偽る神に力等ない。俺が云いたいのは、白の女神と俺との差だ。向こうには信徒がおらんのに間違いなく神性が在り、俺には信徒がおるのに神性が無い。神の力は信徒の数と信仰心に裏打ちされたエネルギー量によって決定される事迄は知っている。一体、何が足りぬのだ?肉体と心魂の差か?儀式に魔術要素が必要か?」

◇シャメルミナ

「分かンないよ〜、そンな事〜!そンなの本に載ってないってば〜」

ジョルジュ

「兎に角、手掛かりになりそうなもの、全てを探すのだ。歴史的事実や神学、宗教学、秘学に俗学、古い民間伝承等、手掛かりになりそうなものであれば、些細な事まで調べ上げておくのだ。分かったな!」

M L

 話し合いの最中、ノックがした。扉を開ける事なく家人が告げる。
「閣下、失礼致します。帝都から御使者様が参られました」
「帝都だと?クームーニンがおるだろう。任せておけ」
 扉の方には目もくれず、ジョルジュは答えた。
「はい、ですが御使者様は
国民位代表の御方に御座います」
 ジョルジュは、ハッと顔を上げ、扉を開く。
「国民位代表だと!?何故、そんな奴が此処へ!」
 ジョルジュは慌てた様子で部屋を出る。
「国民位代表でしょ?慌てる事ないじゃない。無官の者には害無いって〜」
 シャメルミナの言葉に頷き、ジョルジュは心を落ち着かせる。いつもの平常心を取り戻し、冷静沈着、大胆不敵、そして高飛車な態度で歩を進めた。
 力強い足取りで謁見の間に入ったジョルジュに薄笑いを浮かべた男が会釈をしてきた。クームーニンがジョルジュを玉座に誘い、端に控える。玉座に腰掛けたジョルジュを舐め回す様に見た男が話掛ける。

◇・・・

「お初にお目に掛かりますな〜、公爵。入って来られた瞬間に分かりましたよ。いやはや、大した御仁だ。既に為政者としての風格さえ漂っておられる」

ジョルジュ

「世辞は結構。で、貴公は?」

◇ダーベンバーグ

「これはこれは、申し遅れました。私、帝国国民院を取り仕切ります代表“大貧民”ことゲルト・ダーベンバーグと申しまする。以後、お見知り置きを」

ジョルジュ

「国民位代表ともあろう貴公が、何故この様な辺境迄来たのですかな?」

◇ダーベンバーグ

「はい、此度は帝都中央行政府より貴殿に辞令をお持ちした由に御座いまする」

ジョルジュ

「辞令だと?一度、帝都を離れたこの私に辞令とは笑止」

◇ダーベンバーグ

「貴殿を北方辺境第27軍団長に任官したい。お受け頂けますでしょうな?」

ジョルジュ

「!?…なにっ?第27軍団長だと?ストレイトス公は如何した?」

◇ダーベンバーグ

「ストレイトス公は西部に転封と相成りました。つきましては、軍団長就任に伴い、貴殿の所領にストレイトス公の元所領と旧グラナダ要塞、及び周辺域を貴殿に加増致したく思いまする」

ジョルジュ

「…何故だ?何故、辺境の一軍団長の辞令を伝えるだけの事にわざわざ貴公が?」

◇ダーベンバーグ

「帝国広しといえど軍団長の椅子は30席のみ。どれ一つを取っても欠かす事の出来ない帝国の要職。手抜かり等出来ますまい?それで…お受け頂けますでしょうな?」

ジョルジュ

「…相分かった…謹んでお受け致そう」

◇ダーベンバーグ

「おお、然様ですか、それはそれは誠に良かった。では、軍権委任状と軍団杖をお預け致しましょう。他下賜される品々は後に届きましょう。又、帝都にて就任祝賀会が催されます。必ず御出席下さいます様、お願い致しまする。これには任官式もあります。任官式には我等の偉大なる大君主、不可侵なる皇帝陛下との面通し他、筆頭家老黄昏の七騎士お歴々も御出席致しまする故、お忘れ無き様、お受け止め下さい」

M L

 ダーベンバーグの去った後のダイアモント城は祝賀ムードに沸いていた。城にいた多くの部下は喜んでいたが、当の本人は深く考え込んでいる様に見えた。
 プルトラーとヘイルマンはジョルジュを案じ、部屋に訪れた。

◇プルトラー

「どうしたのだ?辺境軍団とはいえ軍団長だぞ!嬉しくはないのか?」

ジョルジュ

「…この北部辺境全域を支配下に置くつもりであったのだ…」

◇プルトラー

「?何を云っておる?軍団長に就任した方が遣り易いだろう?」

ジョルジュ

「…否、違う。軍団長という餌は俺を縛る為の首輪の様なものだ。これ程早くに繋がれるとはな」

◇ヘイルマン

「どう云う事でしょうか、ジョルジュ様?」

ジョルジュ

「軍団長は軍務省に連なる官職だ。爵位とは根本的に異なる。官人となれば帝都の云いなりにならねばならない。一貴族と異なり、自由の範囲が帝国法以前に官吏としての権限に制限されてしまう。幾ら所領を増やしても国土省監督下において減封、転封には従わなくてはならない。軍団維持費や最低限度の維持費は支給されるものの、いざ実戦の際の超過費用は軍団長負担となる場合もある。これは軍団長の私財を管理する事も出来る。完全に飼い犬とされてしまう」

◇プルトラー

「そこ迄考えていたのであれば、何故、断らなかったのだ?」

ジョルジュ

「断らなかったのではない、断れなかったのだ。国民位代表自らがやって来たのだ。奴は軍務省でもなく、宰相府でもなく、中央行政府の名を出した。これは軍部と文官との間で協力関係が出来上がっている事を意味する。俺が任官を承諾する以前にストレイトスを降格させ、転封迄してお膳立てしていたのだ。拒否は出来ない状況に追い込まれていたのだ」

◇ヘイルマン

「ではこれから如何なさるおつもりですか?」

ジョルジュ

「否、此処迄お膳立てされたのであれば、奴等に俺の全てを見せてやるっ!その代わり奴等の全てを見てやるっ!」

M L

 “北に乱の兆し在り”。ゼファは北方第3州グリエンレールに迄やって来た。公爵なる人物を捜している。しかし、その公爵なる人物の殆どの情報がない為、途方に暮れていた。ゼファは手近な者に訪ね聞く事を続け、又、目の前の三人組に声を掛けようとしていた。
 三人組は見るからに怪しげな連中であった。何の飾りもない木製の仮面を付けた戦士風の男二人を傍らに連れたローブを纏った悪徳魔術師風の三人組。こんな怪し気な連中に話し掛ける者等、殆どいない。しかし、ゼファは外見で人を判断しない好人物である。ゆっくりと近付き話し掛けた。

ゼファ

「すみません、ちょっと宜しいでしょうか?突然、この様な質問をするのも変ですが、ここ最近この北方で話題になっている公爵を御存知でしょうか?」

◇・・・

 悪徳魔術師風の男が答える。
「…?私もこちらに着いたばかりで、その詳細迄は知らんのだが、巷で話題になっておるのはヨッヘンバッハ公爵かな?その所領を兄弟で相争い、隕石は落ちる、大火災は巻き起こる、暴動は起こる、支配者は入れ替わる等凄まじい動乱に見舞われたそうだ。真偽の程迄は分からぬが」

ゼファ

 (ヨッヘンバッハ?名前が違う気が…しかし、動乱と云う事であれば…)
「これは丁寧に有難う御座います。分かりました、多分、その公爵です。私の探している人物は。私はゼファ・スヴァンツァ・ファンデンホーヘンツワイス。もし、宜しければ、お名前をお聞かせ願えませんか?」

◇クーパー

「名前?まぁ、宜しいでしょう。私は“七曲がりのクーパー。共の者は、こちらがウー、こちらがクー。まぁ、お互い機会があれば、又、会いましょう」

M L

 三人組に聞いた話が真実であるかどうかは分からない。しかし、噂として上る程、混乱を窮めているのであれば見ておく必要がある。それにしても、師が語っている程の人物なのであろうか。帝都にあってエリートであった男が遠く離れた野蛮な辺境域で一から地位を築く、それも極短期間で。挫折から立ち直るその術は何処にあるのだろうか。どの様にして自我を保ち、生きるのであろうか。その僅かばかりでもヒントを得る事が出来れば、自分も立ち直れる筈だ。この苦悩から解放される筈だ。
 ゼファの足取りは軽い。疲れ等微塵も感じない。力強く歩み出し、その公爵、ヨッヘンバッハ領を目指し、北東へと進むのであった。

 やがて、収穫期を迎える北部辺境域。収穫を終えれば人々は自由になる。その自由が果たして良い事なのであろうか?
 多くの思惑が集い、惑い、そして混ざり合う。裸にならなきゃ始まらないショーの始まり、そう思わせる夏の終わりであった。               …続く

[ 続く ]


*1:カードゲームの一種。マックと云うカードを用いる。カードの種類や枚数、ルールこそ地域によって異なるが、多くの場所で簡単に楽しむ事が出来るギャンブル。ポーカーに比較的近い。
*2:帝国では東西を逆に呼ぶ。全世界的には東西は通常通り。帝国ならではの呼称。
*3:帝国で最も良く知られた人材派遣会社。広大で実力主義の帝国ならではの会社組織。
*4:ジョルジュの放つ光のヴェール。その正体は元素魔術による光度と温度、音楽、芳香等微妙に調整した心地良い現象。フォトンテラピーとも。
*5:帝国国教に迄なっている多神教。歴史は古く、帝国だけに留まらず大陸中にその信徒を持つ。

TOP

Copyright (C) Hero 2004-2005 all rights reserved.