〜 Hero (King of Kings)
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 人生の達人 

キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
帝王の器


 蜘蛛の巣城陥落のニュースは北部辺境域に広がった。公爵領が襲われる事等滅多にない事であったからだ。尤も、新たな支配者がヨッヘンバッハの血筋、それも長男による所有権奪取の事実が知れると、皆一様に興味を失った。兄弟間の醜い闘争等、北部辺境域の貴族の間では珍しくはなかった。
 ユルゲン打倒に協力したババリアの山賊が多くの財宝を持ち立ち去ったとは云え、蜘蛛の巣城の国庫には十分な資金が残されていた。ヨッヘンバッハは、実母の葬儀を領葬とし、大々的に行う事にした。しかし、町の火災や暴動は未だ治まらず、蜘蛛の巣城内での葬儀を余儀なくされていた。
 葬儀を終えたヨッヘンバッハは、実母の亡骸を埋葬する為、ユルゲンが建設中であった金字塔へ傭兵達に守られながら向かうものの、代々の金字塔は打ち壊され、中の財宝は盗掘にあっていた。仕方なく、一時的に城内中庭に埋葬した。
 間もなく、ユルゲンに仕えていた重鎮、農商連理事長イファンと獄長ブードゥバー、幾人かの文官達を捕らえる事に成功した。皆、麻薬と奴隷市場に従事していた者達であり、ヨッヘンバッハは躊躇なく、この者達に極刑を言い渡し、公開処刑が行われた。ユルゲン統治下の軍首脳陣や
ヴィッヒバック教(*1)の者達は姿を眩まし、ヨッヘンバッハはこれらの者達に懸賞金を掛けた。
 ヨッヘンバッハは、国庫の資金が十分であると判断し、自身が公爵位を継ぐ決意をする。継ぐと云っても新たに公爵位を購入しなければならず、帝都に向かう意を発する。イシュタルは、火災や暴動の沈静化に力を注ぎ、町の復興に着手すべき、と提案するも、公爵領としては手狭とは云え蜘蛛の巣領を統治するには男爵位の兵数制限では心許なく、対外的にも良くないと判断し、ヨッヘンバッハは意見を変えなかった。又、人手が足りない事を危惧したヨッヘンバッハは帝都で人材登用も行うつもりであった。
 兎も角、ヨッヘンバッハは旅路の支度を始めた。ヤポンは自分が留守にしている間の森林地帯の様子が気になるとして留まり、ラウも又、ヤポンとの交流に努めたい旨と世界最大の人口密集地である帝都へ向かう事への不安感から領内に留まるとした。結局、旅慣れたノルナディーンとブルンガーの二人が道中を共にする事となり、何はともあれ、帝都へ向けて出立したのであった。



 第2回目の枢密院貴族閣議ダイアモント城で開かれていた。アルマー城で開かれた第1回枢密院貴族閣議より参加者は遙かに増えていた。主な参加者は、議長としてアルマージョ公爵、副議長としてオッペンハイム男爵、後見人としてパープルワンズ侯爵、御意見番としてバルボーデン子爵、参加貴族はプエルトリコ子爵、マスカルフォーゼ子爵、ノルトゲイヴ子爵、ダックルフェデノン子爵、フォーディス男爵、プルトラー男爵、ヘイルマン男爵、バーグ男爵、シラナー男爵、ゲバダン男爵、モンバザン男爵、マゼラン伯爵夫人マレーナ、ウェーバー男爵、ウェコピカ男爵、ナランカ男爵、アンゾワープ男爵、ミュンヒスト男爵、ジェマイソン男爵、ラオ男爵、ディサンダー男爵、ランドナ男爵、ヴェイド男爵、アロボレスト男爵、グィーナパス侯爵代エジントン、ミストクライン伯爵代マシュート、バヒュモーテン伯爵代スリンチュラ等であり、書記官にクームーニン、軍部よりソルとガローハンが参加していた。
 閣議では多くの議題が上り、その殆どがアルマージョ公によって採決された。先ずは旧グラナダ要塞への遷都に対し、各貴族から100枚の金貨を徴収。各貴族の私兵より50名を枢密院預かりとし、1500名からなる
閣議軍を編成、パープルワンズ侯爵が団長、プルトラー男爵が副団長に就任。閣議軍は閣議参加者数で平等に割った分を負担、ダイアモント城に常駐し、各所領への巡回と警固を自由とした。各諸候負担による駅馬車を通し、関税の排除と自由往来を決定。各所領での昇陽教の布教と領教とする旨を採択。次回枢密院貴族閣議開催時、『北部貴族連盟』を発足させる旨を示し、その協力を取り付ける。旧グラナダ要塞での北方辺境第27軍団長就任祭への出席の要請。各所領紛争問題におけるアルマージョ公爵の調停権獲得。閣議の定めた外敵への共同戦線への参加義務とアルマージョ公爵による総指揮権移譲。各所領の情報提供義務と監察官の常駐。マゼラン伯の娘セナとメイファー子爵の息子カーロスの婚儀によるマゼラン伯爵領のメイファー家継承とメイファー子爵領のアルマージョ公爵預かりの是認。閣議への参加義務等、凡そ60数項目の議案を採択した。
 この時点で北部辺境域でのアルマージョ公の権威は揺るぎないものとなっていた。第27軍団を除いたアルマージョ公爵の自由に運用出来る兵士達は1万名を超え、北部貴族ではかつてない程の力を掌握する事になっていた。


M L

 ジョルジュがグラナダ入りを果たしたのは、枢密院貴族閣議から一週間後の事であった。国民位代表ダーベンバーグから軍団長任官の辞令を受けた時点でグラナダへの遷都を考えていた。
 グラナダは、所謂、北部辺境貴族の所領群からは南西(*2)方向に向かい、かなりの距離がある。北部貴族の大半は、北方四州に比較的近い場所に所領を持つのが常である。これは帝国行政への申請や関与、比較的狭い範囲に人口密集地が存在、歴史的に整備がなされているからである。現に、辺境軍団の駐屯地も前々代マゼラン伯の時迄はその所領群に配備されていた。現在の様に駐屯地が旧グラナダ要塞に移ったのは『
グラナダの乱』以降の事であり、これは前代ストレイトス公がグラナダ復興の為に取った施政であった。

 ストレイトス公は自領の開発整備と北部貴族の所領群での領有問題よりグラナダを優先させていた。それは一時的とは云え、グラナダとその周辺域が帝国の直轄地になった事に端を発している。ストレイトス公は長寿であり、その統治も長く、財産も十分、北部貴族の多くから一目置かれる重鎮であった。彼はその長きに亘る北部貴族としての嗜みから、よりスマートで、よりエレガントな選択をした。それは帝国直轄地を拝領した、と云う自負と権威をその姿勢に現し、自らを“
グラナダ総督”と称する程であった。勿論、軍団長任官に伴い拝領されたグラナダは直轄地からは外され、帝国中央行政とは何等関係ないのだが、軍団長と云う軍部の要職を持つ者がグラナダ総督と名乗れば箔が付く。帝都や中央官吏に連なる者に取ってはお笑い種だが、少なくとも周辺貴族や民衆への効果は絶大である。中には本当に勘違いして新たな官職の一つとしてグラナダ総督を受け入れる者も少なくはなかった。全てが順調であったストレイトス公にとって、只一つの誤算であったのがアルマージョ公の存在であった。
 帝国軍部中枢にある元帥府出身のアルマージョ公にとって権威は何の意味も持ち合わせていなかった。義父を貴族に持つアルマージョ公の遣り口は、実に荒々しいものの北部貴族のパワーゲームにマッチしていた。彼は北部貴族の遣り口を研究した上で大胆な政略を取ってみせた。勿論、彼が軍部出身であった為、その多くは軍略によって成し遂げられていたが、ディマジオ子爵弑逆を転じさせ、自身の名に冠す事で敬意を表した上で領有権を継承した遣り方は、僅か前にブラックホーク男爵弑逆を行ったヨッヘンバッハ男爵の暴挙とは比較にならなかった。北部貴族達がアルマージョ公を受け入れた切っ掛けである。しかし、アルマージョ公は根本的に北部貴族達と異なっていた。見てくれの豪奢さや参謀時代の官吏然とした態度は嘘の様に、時に怜悧、時に激昂し、周囲に混乱を巻き起こした。周辺貴族達は、一度北部貴族と認め、認識してしまった為、北部貴族的な固定観念に於いてアルマージョ公に対応し、続けた。結果、
戦闘貴族(*3)を彷彿させる大胆さに圧倒され、僅かな期間で北部辺境域最大版図を領有する諸候に育て上げてしまった。
 ストレイトス公の辺境軍団長とグラナダ総督と云う二枚看板の権威は、アルマージョ公を鼻白ませるには及ばず、寧ろアルマージョ公の威勢を良くさせてしまった。結果、内情はともあれ、軍団長の座はアルマージョ公に引き継がれ、転封の憂き目にあってしまった。

 ジョルジュがグラナダに遷都を考えた理由はストレイトス公のそれとは明らかに違っていた。政略的にも戦略的にもグラナダを拠点にした方が良いと考えたのであった。グラナダは先の内乱からも分かる様に軍事拠点とする事も出来る上、都市構造上、人口集中地に育てる事が出来る。北方四州からは多少遠くなるが、これは則ち西部に近くなる事を意味している。勿論、それでも北方四州のが遙かに近い訳だが、交易や傭兵働き等西部に対する外貨獲得が容易になる。又、北部で唯一隣接する外国
グライアス王国を真北にする事で輸出入を他諸候に先んじて独占出来る。何より、帝国成立以降、誰一人として本格的な開発を行った事のないこの土地はジョルジュにとっては魅力的であった。
 グレイザー城(旧グラナディア城)に入ったジョルジュは、早速、北方辺境第27軍団の要職にある者達と接見した。

ジョルジュ

「諸君等に会うのは久し振りだな。以前会った時は未だ元帥府付の参謀長心得であったが覚えておるかね?」

◇シシリア

「はい、覚えております閣下。目紛しい状況変化と著しい混乱相次ぎ、私達も驚きを禁じ得ませんが、以後宜しくお願い致します。私、北方辺境軍団軍団長補佐に当たりますシシリア・フィオレンティーノ子爵と申します。もし宜しければ、引き続き軍団長補佐に当たりたく、閣下のお側に副官として置いては頂けませんでしょうか?」
 ジョルジュとそれ程年の変わらぬ若い女性士官。軍人とは思えない美しさと気品を携えている。

ジョルジュ

「僅か半年で軍団長が二人も変わったのだ。そこへ来て軍団人事迄変えてしまっては軍隊の機能を欠いてしまう。軍団人事は以前通りのまま継続し、私の指示に従って貰おう。尤も、私の遣り方は前任者とは大きく異なると思う故、心して貰いたい」

◇シシリア

「はい、心得ております閣下。それでは各連隊長を御紹介致します。先ず、こちらに控えておりますのが第1連隊長アイゼルボーン子爵、隣りにおりますのが第2連隊長パックロック男爵、続いてそちらが第3連隊長エイリン男爵、更に第4連隊長ハースゼーベール男爵、そして第5連隊長のガプロットに御座います。皆、優秀で閣下の御就任を心待ちにしておりました。何なりとお申し付け下さい」

ジョルジュ

「宜しい、先ずは就任祝いとして諸君等に銀貨5枚を授けよう。各大隊長には銀貨4枚、各中隊長には銀貨3枚、各小隊長には銀貨2枚、各員には銀貨1枚を与える。又、今夜は各員を集め、ささやかながらパーティーを開こう。後に大規模な就任祭を用意する故、許して欲しい」

◇シシリア

有難き幸せに御座いますれば閣下、各員への下賜や祝賀会を催すとその経費は金貨にして数百枚にも及びます。論功行賞成らざるはお控え下さります様…

ジョルジュ

「ハハッ、勘違いするな。私の私財から出すのだ。新たな軍団長からのささやかなプレゼントだ。私の下す命は厳しい故、楽しめる時に楽しんで貰いたい。明日からは熾烈とも苛烈とも取れる任務を与える故、その旨、軍団各員に伝えてくれ給え」

◇シシリア

「…はい、分かりました。そうお伝え致しましょう」

M L

 軍団要職との接見の後、ジョルジュは文官達との協議に入った。軍団長就任とグラナダ拝領は唐突であった為、施政の修正に文官達との会議が多く開かれていた。

◇オッペンハイム

「ストレイトス公旧領の国庫には夥しい程の金塊と財産が残されておりました。どうも、彼等の転封は無理矢理させられた様です。恐らく重鎮達も亡くなり、運び出す財産の量が限られた模様に思われます」

ジョルジュ

「全く期待していなかったものだな。金塊は此処に運び蓄財としよう。残る財産はアバロン(*4)との街道敷設に用いる。同様にグライアス王国への街道整備にも用いる。アバロンとの街道には宿場町を幾つか置き、駅馬車を通す。主要な街道には街道警備隊を置き、巡回させよう」

◇ハイドライト

「そんな事よりこのグラナダの復旧を急ぎましょう。ストレイトスは碌に修復を行っていなかったのです。瓦礫の中に埋もれた町のままでは首都機構は成り立ちません」

◇ロンタリオ

「いやいや、クームーニン君、此処グラナダでは収穫量が不足しておるのじゃよ。修復も必要じゃが、先ずは住民に安定供給出来る得るだけの食糧の確保と農地開拓、その区画整備を優先させようじゃないかね?」

◇ハイドライト

「何を愚かな事を!収穫期を迎えたこの時期に農地開拓と区画整備とはっ!その様なものは後で良いのです。先ずは修復と改築を実施し、行政の中心とすべき土台を築き、大号令を発す準備を優先させるべきですぞ!グラナダだけを見ていては施政は成り立ちますまい。公爵閣下の所領は遙かアバロンに迄広大な封土を持つのですぞっ!お忘れか?」

◇ロンタリオ

「カッカッカッ、大望を論ずるは良いが危うきは視野の狭さかな。衆の望むるは行政の有無に非ず。安寧こそを求むるが衆なれば、何を以て先と成すかは自ずと分かろうものじゃが?」 

◇メルトラン

「まぁまぁ、御両人。どちらが先かを論じ争うのは無用です。どちらも必要、どちらも重要なのですから。先ずは公爵閣下の御意見をお伺い致しましょう」

ジョルジュ

「食糧調達の手筈は整えてある。バーグとコペンに安く調達させたのだ。同様に傘下貴族共にも打診しておる。余剰はあっても足らぬ事はまずない。区画整備と修復は一環事業として行うつもりだ。既にソルにグラナダ要塞の略図を送ってある。軍事拠点としての原案をソルが、交易並びに首都機構としての修正を俺が行う。現在のグラナダの最外壁を更に2マイル程広げ、帝国州都に匹敵する程の都市展望を目指す。定住納税者10万人を当面の目標とし、自給自足が可能な都市に育て上げる。広く移住者を募るが、それより先に『北部貴族連盟』を設立し、北部貴族共の悉くを傘下に置き、人口過密気味のアバロンからの流入を促す」

◇五芒星

 五芒星の一人、コロンバスが語る。
「成る程。ですが、同時進行で事を運ぶには莫大な予算が掛かりますが?」

ジョルジュ

「資金は十二分にあろう?必要であれば俺の私財も出そう。国庫から10万枚の金貨を自由にして良い。足りぬのであればその都度、申請せよ」

◇五芒星

 五芒星の一人、フォアマンが語る。
「おおっ!分かりました。それ程の予算を組んで頂けるのであれば実施出来ます」

ジョルジュ

「尤も諸君等に断っておくが、俺は物価を抑えるつもりだ。物価を下げ、金銭の重要性を低減させる。原始回帰だ」

◇ハイドライト

「!?どう云う事です?故意にデフレを起こすのですか?アバロンではインフレだと云うのにですか?」

ジョルジュ

「金銭は元来、代用物にしか過ぎん。無論、外交や交易にこそ金銭は重要だが、領内に於いては物資の生産に努め、その価値を低下させるつもりだ」

◇メルトラン

「しかし、領内に限ると云っても税収の低下や他領からの買い占めに遭う危険性が伴います。外貨収益のみで大丈夫でしょうか?」

ジョルジュ

「であるからこそ規制がし易く、領民把握が出来る。領籍を与え、我が領民を区分すれば、他領の者、旅行者、行商人、スパイ等の判別が容易くなろう?外貨収益と蓄財は現状以上にすれば、政策では劣らず、領内においては物価が安く安定すれば、他領の貧困に喘ぐ者達が集まり、人口が増える。職を与え、監督さえすれば貧民とて十分労働力として成り立つ。又、貧民達の方が昇陽教の信徒にし易い。人の群こそがパワーの源となる」

◇ロンタリオ

「ほほ〜、それは良きお考えじゃな。なれば早急に領籍審査基準を定め、土地と人口調査に努めねばなりませんの〜。忙しくなるの〜」

ジョルジュ

それから、新たな産業等のアイデアを出しておいてくれ。既に我が版図は帝国でも有数、今迄の様な土着の生産物では話にならん。
 俺は『北部貴族連盟』設立の為に邪魔な奴を排除してくる

M L

 蜘蛛の巣領に訪れたゼファは絶句した。朦々と立ち昇る黒煙は遙か先からも見え、町のあちこちで火の手が上がっている。蜘蛛の巣領の兵士と思われる者達が家屋を打ち壊し、類焼を防ごうと努力していた。しかし、見れば暴徒化した民衆も暴れ回り、混乱を窮めていた。
 ゼファは事態を伝える為に蜘蛛の巣城を目指した。物々しい警備と瓦礫の山、戦争の爪痕甚だしい城を前にし、ゼファは愕然としていた。想像していた公爵の居城とは大分違う様だ。
 警固に当たる兵士に声を掛けるも暫くの間は無視されていた。ガラの悪い兵士は、恐らく傭兵か何かであろう。懇切丁寧に身分を示し、城内への謁見を頼み、夕刻前に漸く謁見が叶った。尤も、公爵は留守しているとの事であった。代わりに謁見する者は領代のイシュタルと云う人物であった。

ゼファ

「お初にお目に掛かります。私は
ゼファ・スヴァンツァ・ファンデンホーヘンツワイスと申します。騎士修行中の身であり、師よりこの地の公爵閣下のお噂を聞くに及び知るに至り、参った次第に御座います

◇イシュタル

「…然様ですか…残念ながら当領主ヨッヘンバッハは帝都への出仕で留守にしております。貴殿にお時間がありますれば、当領主が戻るその日迄、当地にて御滞在致されては如何でしょうか?城内に客室を御用意致しますし、滞在費はこちらで持ちます事をお約束致しましょう」

ゼファ

「それはそれは親切丁寧な御対応有難う御座います。それでしたら私に出来る事等ありましたら御協力致しますので、何なりとお申し付け下さい」

◇イシュタル

「いえいえ、こちらこそ有難いお話です。当地は未だ混乱冷めやらない状況下にありますので、頼もしい限りです。是非、宜しくお願い致します」

ゼファ

「大災害にでも見舞われたのでしょうか?あちこちで火の手が上がり、多くの家屋が倒壊し、暴徒化した民衆もおるようですが?

◇イシュタル

「…似た様なものです。人手が足らず大変ではありますが何とか致します」

ゼファ

「そういう事であれば私も手伝いましょう」

M L

 太陽城と名を変えたグレイザー城のジョルジュの私室に親衛隊が集められていた。そこにはカノンも姿を現し、先日カノンに紹介された二人のフォビアの姿もあった。
 ジョルジュは親衛隊とフォビア等を前に静かに語った。

ジョルジュ

「軍団長となり、グラナダを拝領するに至り、アバロンに居座り続け、今迄の様に睨みを効かす事が出来なくなった。故に早急に『北部貴族連盟』を成立させ、憂いを断つ必要がある。その為に外圧を掛けてはいるが、どうしても反応しない者がおる。それがムルワムルワだ!
 俺の権勢にも威勢にも何等反応を見せぬ食えぬ奴。ストレイトスよりも慎重にして剛胆。奴の飼うダークライオンとか云う傭兵団についても情報が少ない。
軍団長ともなり、真っ向勝負の戦を仕掛けても負ける気は微塵も感じんが、奴の態度が気に食わん。そこでだ、再び大胆な策を以て仕掛ける!」

◇カノン

「ジョルジュ様、その策とは一体?」

ジョルジュ

「俺を含め、お前達全てが刺客なり!!」

◇ロックマン

「!!?なっ、何ですと!?ジョルジュ様を含め、我々全員が刺客とはっ?」

ジョルジュ

「額面通りの意味だ!我等でムルワムルワの首を取る!」

◇炎の踊り手

「!!し、しかし、上手く行くでしょうか?あの慎重なムルワムルワを相手にして?」

ジョルジュ

「プエルトリコの魔術部隊とヘイルマンの情報部隊を既に展開させておる。領境近くにはプルトラーの軍を配備しておる。何かあれば直ぐにでも越境出来る」

◇舞姫

「だが、危険が伴いますぞ。況して、ジョルジュ殿も行かれるとあらば益々。返り討ち等遭えば立場が逆転。今、この時点でそれ程危険な選択をする迄はないかと?」 

ジョルジュ

「否、今でなくてはならない。ストレイトスが転封に遭い、時が経てば俺とムルワムルワの力の格差は益々開く。そうなってからでは遅いが為、奴は何らかの手段を講じて来る筈だ。此処迄、情報をひた隠して来た連中が何らかの奇略と共に奇襲に討って出て来た場合、アバロンを離れている俺がそれに対処するのは厄介だ。故に先んじて、俺の方から討って出る!大軍勢を抱える俺への警戒と云えば、軍の運用だろう。まさか、少数の共のみを率いて襲って来ると迄は予想出来まい」

◇ローボズ

「成る程な、それは面白い。力を貸そうではないか」

ジョルジュ

「そうか、良しっ!ならば直ぐに決行するぞ!カノン、いいな?」

◇カノン

「御意!」

M L

 
帝都ライムハイム。不吉なその名を冠する帝国の首都にして皇帝の居。世界最大の都市であり、凡そ1000万人とも云われる人口を有する。幾重にも層を成すこの都は正に世界最高の都市であり、計算し尽くされた町並みと城壁、その佇まいは美しさと共に雄大であり、あらゆる者達の希望に満ち溢れている。実力ある者には未来が待っている。しかし、力無き者には悲惨な結末が待ってもいる。これ程裕福な都市にあっても貧民街が存在している事がその証明であった。
 ジナモンが帝都に訪れたのは三度目であった。未だ、若い頃に一度、士官の口を探して訪れた事がある。二度目は今年の初頭、ヨッヘンバッハと共に訪れ、“
百の剣”への入隊試験を試みたものの、見事な迄に不合格となってしまった。今回は帝国筆頭戦士団“コロッセウム”への入隊を望み、やって来た。三度目の正直を狙ってジナモンは燃えていた。
 帝国筆頭戦士団コロッセウムは定員2000名からなる最精鋭部隊である。一人一人の武勇も然る事ながら、指揮官としての才覚も問われる、実に入隊へのハードルの高い部隊である。純粋な兵士としての能力以外にも品性や人格をも問われる上、一般常識への筆記試験もある。
 しかし、ジナモンは端から武勇一本での勝負に掛けていた。指揮の真似事ならした事はあるが、本格的な指揮等執った事もなく、品性や人格等の判断は試験官に任せるつもり、筆記は端から捨てている。兎に角、コロッセウムの宿舎“
コロッセオ”に歩を進めた。
 本来であれば願書の届け出や入隊試験資格基準規定の審査、入隊試験費用の納入、身元審査、推薦人並びに後見人の確認等入隊試験受験以前に複数項の必須条件をクリアしなければならない。只、今回は
サロサフェーン本人が滞在している事と本人自らが試験官となると云う幸運からジナモンの必須項目の件は免除された。

◇サロサフェーン

「…確か…貴方は…ジナモン…さんでしたかね?」

ジナモン

「おおっ!?覚えていてくれたんですね?これは有難い。是非ともコロッセウムに入隊したいので宜しくっ!」

M L

 先ずは筆記試験から実施された。帝国人であり、一般的に教育を受けていればそれ程難しいものではない。続いて性格判断の面談、身体検査、運動能力テストが続く。その後、ようやく実習となる。初めは
フラッグマッチと云う集団模擬戦。六人一組となり、陣取りゲームの様な集団戦を行う。志願者が指揮を執り、本人は指揮を執るのみとなる。五人の部下は試験用に用意された一般兵で徒手空拳。これらに作戦と指揮を与え、相手方の旗を取り合うのである。300ヤード程度のフィールドには様々な障害物が用意されており、兵達の手に塗したチョークの粉は相手方の額(顔)に塗りつける事でその相手を集団戦から除外出来る。志願者は旗の後ろに位置し、フィールド内には入れない。勝敗は相手方の旗を取るか、相手チームの全てにチョークを塗り、全員を除外するかで決められる。勝敗タイムも審査の基準となる為、審査官の砂時計からは目が離せない。一定時間、争っても勝敗が付かない場合、ドローとなる。
 ジナモンはこの集団模擬戦で散々な目に遭う。指示をする際、味方の兵を凝視して大声を張り上げる為、障害物に隠れている兵士が悉く見付かってはチョークを塗られ、これと云った作戦もない為、兵達はバラバラに動き、複数対個人の様な状況が多く見られた。挙げ句、自軍が一人となった時には隠れて移動する事を指示すると、あっ、という間に敵軍の兵に旗を奪われた。恐らく、これ迄の多くの志願者の中でこれ程あっさりと負けた者等いなかったに違いない。

◇サロサフェーン

「いよいよ最後は個人戦となります。今迄の事は気にせず、全力を尽くして最後迄、正々堂々と戦い抜いて下さい」

ジナモン

「おおっ!個人戦は得意中の得意っ!頑張るぞ〜っ!!」

M L

 個人戦は志願者全員がトーナメント形式で戦い抜く。模造刀は木の根の周りに鞣した動物の革で包み、その上に紙を幾重にも重ねた張り子の様な代物。切っ先はたんぽで覆われている。志願者は黒っぽい着衣を纏い、急所にのみ木製の防具を装着する。模造刀の刃部にはやはりチョークが塗され、一定量のチョークを相手に塗る判定勝利と負けを認めさせるか気絶させるかによるKO勝利によって勝敗は決する。
 今回の試験は偶発的なもので志願者数は少ない。その為、三回勝ち昇れば優勝となる。尤も、多くの試験との兼ね合いなので、優勝する事が重要な訳ではなく、寧ろ試合内容の方が問われる。
 一回戦、二回戦と順調に勝ち昇ったジナモンの決勝戦の相手は
独立騎士(*5)と名乗るアレウス・ダイナマクシアと云う男。両者の勝ち方は対照的であった。ジナモンは一気に仕掛けて僅かな時間の判定で勝ち昇って来た。ダイナマクシアの方はたっぷりと時間を掛け、カウンターでKOして勝ち昇って来た。共に一回戦、二回戦は余裕で勝利して来ただけあって、試験官や審査官、審判達も注目していた。
 いざ、試合が始まると予想に反した試合展開となる。
 ジナモンの鋭い突きをアレウスはギリギリで躱すとディザーム(武器落とし)を試み、ジナモンの模造刀を叩き落とす。ジナモンが再び拾い上げては突きを繰り出し、又もアレウスはディザームを行う。何度も何度もそれは繰り返され、両者の着衣にチョークが付着する事もなく、どちらからも試合を放棄する旨は聞かれない。
 やがて、審判からアレウスに積極的な試合をする様、注意が与えられた。しかし、尚も試合展開は同じく、ジナモンの突きを躱すアレウスによるディザームで落とされた模造刀をジナモンが拾う姿が続いた。
 ジナモンは突きに終始していた。ディザームは士気を下げる狙いと見ていた。体を入れ替え突きを躱すのとディザームで模造刀を叩き落とすのでは、突きが決まる方が確率が高い。降伏せず、攻め続ければ、やがて自分が勝つとジナモンは信じていた。
 本来であれば、試合が膠着していると判断した場合、審判は試合を止める権限を持ち合わせていたが、サロサフェーンが試合の続行を促していた。
 どちらか一方の集中力が切れるか、疲れからの判断力低下が起こる迄、永遠に繰り返される試合展開を誰もが予想した時、予想外の結末を迎えた。
 ジナモンの突きにアレウスが突きを合わせたのである。たんぽの着いた切っ先同士が激しくぶつかると、直後にジナモンの握る柄元近くで模造刀は折れ、アレウスの切っ先がジナモンの喉を突いた。ジナモンはむせびながら退き、喉を押さえる。

ジナモン

「ゲホッゲホッ!くそっ、模造刀そのものの強度がものによって違うんじゃフェアじゃない!替えを頼むっ!」

◇アレウス

「…どうぞ。彼に替えの模造刀を」

◇サロサフェーン

「…いえ、此処迄にしておきましょう。時間も時間だけに…試合結果はドローと云う事で宜しいでしょうか?」

◇アレウス

「…ええ、結構です」

ジナモン

「否っ、待ってくれっ!まさか模造刀が折れるとは思ってもなかったけど、今度は大丈夫な筈っ!」

◇サロサフェーン

「いえ、そろそろ審議に入りませんと、かなり時間も押しているので」

ジナモン

「う〜ん、そ〜か〜。分かった、残念だが仕方ないな〜」

M L

 サロサフェーンとコロッセウムの面々は審議に入った。志願者達は暫く待たされたが、それ程時を開けずにサロサフェーン等は戻って来た。

◇サロサフェーン

「皆さん、大変お待たせ致しました。この度のコロッセウム入隊試験の結果をお伝え致します。この度の合格者は一名、アレウス・ダイナマクシア殿と致します」

◇アレウス

「…有難き幸せに御座いまする」

◇サロサフェーン

「こちらこそ、宜しくお願い致します。全ての試験をトップで合格されましたので期待しております」

◇アレウス

「…有難き幸せなれど、此度は御辞退させて頂きたく存じ上げまする」

◇サロサフェーン

「…何ですと!?如何致しましたか?」


◇アレウス


「愚生、修行中の腕試しとして此度の入隊試験に挑みまして御座いまする。皇帝陛下の御側にお仕えしたいとの願望もありまするが、未だ未だ若輩者故、今暫く、修行に殉じるつもりに御座います。大変、失礼ながら此度は御辞退願いまする」

◇サロサフェーン

「…然様ですか。分かりました。御意志が堅い御様子であれば、誠に遺憾ではありますが、留め立てし得る事も出来ますまい。修行の成就相成りました暁には再びお立ち寄り頂ける事を切に、切に願っております」

◇アレウス

「誠に勿体ない御言葉、胸に染み渡りまする。願わくば愚生に代わり、彼の者を御入隊させて頂かれてみては如何でしょうや?」
 アレウスは静かにジナモンを指差す。

◇サロサフェーン

「…相分かりました。本来では有り得ない事なのですが、彼を補欠合格として予備役扱いで仮入隊させましょう」

ジナモン

「おおっ!!合格かっ!ヤッタ〜ッ!!」

◇サロサフェーン

「これから隊員としての規律や軍規、一般教養、訓練等を学んで頂きます」

ジナモン

 (帝国精鋭部隊2000名の一人にとうとう選ばれたぞっ!ヤッタ〜ッ!!)
「おおっ!分かった!頑張るぞ〜っ!!」

M L

 森林地帯に聳える禍々しい様相を成す
ディアボロ城。村々からは離れて建つこの城は軍用砦と一体化した物々しい城塞である。
 ムルワムルワの所領は、他の北部貴族とは一線を画していた。地形的からなのか、その嗜好性からか、或いは政略からか、より原始的で古めかしい景観を見せていた。
 それなりの人口を有する所領にも関わらず、集落の規模が村程度に抑えられ、森林地帯の各所に点在している。街道もなく、小径のみが走る。領主ムルワムルワの居城は、それらの集落からは離れた森林の奥深い場所に位置し、城と砦が一体化している。他諸候の様な集落内に位置する宮殿や館の様な城とは異なり、集落とは独立した城への潜入は困難である。又、村落しか存在しないこの所領では、余所者の出入りが容易に判断出来る。
 情報部隊や偵察部隊を多数有するジョルジュであっても探るのが難しい理由がこのムルワムルワ公爵領には秘められていた。他諸候が帝都様式であるのに対し、辺境の所領に則した作りは思いの外強固な情報管理に向いていた。更に大規模な兵員を保有するのではなく、少数での行動を得意とする傭兵団を配備する事で効率的な警固や行軍が可能となる。一見する限り、ムルワムルワの統治体制は完璧に見えた。
 ディアボロ城を覗く事出来る森林の中にあってジョルジュ一行は息を潜めていた。

ジョルジュ

「よく考えられた所領統治、拠点配備だな」

◇ホークアイ

「探って参りましょうか?」

ジョルジュ

「否、必要ない。あの居城の規模と機能性を考えるに1000名程度の兵員を配するのが妥当だ。他の連中は各村近くの詰め所に少人数で配備させているのだろう。なかなか優れた運用だが、恐らくムルワムルワ本人は軍運用の知識は乏しいだろう」

◇ソードマスター

「ど〜云〜事ですかね〜?」

ジョルジュ

「既にヘイルマンとプエルトリコに指示してあるが、集団攻撃に対してはほぼ完全な防衛線を張っており、内情を掴ませない工夫を随所に凝らしてはいるが、却って未整備のこの森林地帯が自分の首を絞める事になる。各所で火災を起こし、自然災害を装い、混乱を誘発する」

◇アクロ

「動きますかね〜?ムルワムルワが典型的な貴族であれば、城塞に閉じこもるだけになりそうですがね〜?」

ジョルジュ

「奴が小諸候なら保身の為にもそうするだろう。しかし、奴は大諸候。益して、その統治体制から計算された集落の配置を行う程の者が大災害に成りかねない火災に際して動かぬ筈はない。この時期の火災等有り得ないので焦るであろう。奴が動員を行った時こそ、潜入のチャンスだ」

M L

 ディアボロ城付近に潜伏して半日、カノンの報告で南方の森林地帯各所から火の手が上がっている事を確認した。森林の中からでは火災や煙を確認する事は出来ないが、城では物見がそれを確認したらしく、慌ただしい様子で三組の小隊が城を後にした。暫くすると伝令の早馬が頻繁に城を出入りし、やがて二小隊が出立した。

ジョルジュ

「各所で出火した火災を把握出来ないでいるな?少数の部隊を各所に派遣し、状況把握に躍起になっている様だ。次に派遣される小隊を襲い、成り済ますとするか」

M L

 頻繁に城を伝令が出入りし、いつしか城門は開け放たれたままとなった。三小隊が出立した後、続いて一小隊が遅れて出立した。
 30名程度の小隊をジョルジュ一行は追跡し、城から十分離れた森林地帯で襲い掛かった。ダークライオンと云う傭兵団が何処で活躍する連中かは分からなかったが、帝国北方人である事は明らかであった。良質の装備を纏い、相当な訓練を受けてはいたが、ジョルジュ一行の敵ではなかった。
 ムッチャル四兄弟は、その変幻自在の巧みな連携体術で確実に一人を倒す。ホークアイとロックマンは共に行動し、背後や頭上から忍び寄っては敵を倒す。炎の踊り手は弓矢で射抜き、ソードマスターは奇っ怪な舞刀術で翻弄する。アクロレイター、マリアッチ、ニナの三人は共闘して傭兵を倒す。ウルハーゲンは無言で馬上槍を振るい、カノンは影で敵を覆う。ローボズは恐るべき魔剣で敵を滅殺、フィールボスは知られざる術で敵を縛る。舞姫は目にも留まらぬ抜刀術で敵を次々と斬り刻む。圧巻であったのがサルウである。圧倒的な膂力で振るう剣は迫り来る傭兵達を砕かんばかりに打ち倒していた。ジョルジュも連弩を発射し、傭兵一人を射抜く。
 あっと云う間に敵小隊を滅ぼし、ジョルジュ一行は傭兵達の装備を纏い、徐にディアボロ城に赴いた。到着直前、二小隊とすれ違う事になったが、カノンの術で森林に隠れ、やり過ごす事が出来た。
 城に入った一行は、火の手が思いの外早く周り、各地で類焼している旨を告げ、増援を要求した。混乱している城内の兵達は小隊分隊問わず、次々と出立して行った。
 ジョルジュ一行は城内を奥に進み、上階へと歩む。二階から三階へ向かう途中、幾人かの傭兵達に止められたが、既に城内にあるジョルジュ達は身を隠す云われはなく、半ば虐殺して上階に歩を進めた。階下から混乱極まる騒ぎが聞こえて来たが、階段で階下からの増援に対し、ウルハーゲン、ローボズ、フィールボスを残し、更に上階に進んだ。四階から五階に昇る処で傭兵達と小競り合いをしたが、ジョルジュ一行の敵ではなかった。五階の通路を真っ直ぐ進むと大扉が重く閉ざされていた。不気味な装飾の施された鉄扉の閂を舞姫の見事な抜刀術で斬り落とすとサルウ、ロックマン、マリアッチ等で押し開き、部屋の中に躍り入った。
 部屋の中は謁見の間程ありそうな大部屋で壁や床、調度品全てが不気味な装飾を施され、黒を基調に統一されていた。一見して邪悪な雰囲気が漂っている。奥には黒色のシルク製のカーテンで仕切られた空間がある様で、何やら薄気味悪い呪文の様な詠唱が聞こえてくる。

ジョルジュ

「そこに居るのはムルワムルワか?初だな。アルマージョ・ダイアモントーヤだ、姿を見せろ」

M L

 仕切られたカーテンの隙間から細い腕が伸びる。異常に伸びた爪は歪んでねじ曲がり、奇っ怪な仕草で手招きをする。皺の刻まれた細い腕はドス黒く醜い。

◇ムルワムルワ

「ッヒッヒッヒッ、とうとうやって来よったかえ、アルマージョ公?」

ジョルジュ

「顔は見せられんのか、ムルワムルワ?」

M L

 手招きの仕草を止め、カーテンの隙間を軽く持ち上げ、ムルワムルワが現れる。その容貌は奇っ怪と呼ぶよりはおぞましい姿であった。ざんばらに伸ばした薄汚い髪を振り乱した老婆。黴の着いたボロボロのローブを纏い、皺だらけの肌は所々黒く変色し、瘤やできものが目立ち、粘液質の体液でヌラヌラと覆われている。その左顔には蟹足腫が広がり、唇が吊り上がり、瞳は濁り、半ば崩れている。乱杭歯が目立ち、左頬近くの口元の皮膚を貫き、犬歯状に変形した奥歯が突き出している。呼吸は荒く、時折、甲高い音を発する。不自然に節くれ立った関節からも低い音が鳴る。

ジョルジュ

「…成る程な。その姿では人目を避けるは当然か」

◇ムルワムルワ

「ッヒッヒッヒッ、口だけは達者なようじゃな。のこのこ現れおるとはの〜」

ジョルジュ

「お前はもう終わりだムルワムルワ。恭順しなかったお前が悪い」

◇ムルワムルワ

「ッヒッヒッヒッ、この儂を見くびっておるようじゃな。何も知らぬとはの〜」

ジョルジュ

「お前が“化け物”だって事は知っている」

◇ムルワムルワ

「イ〜ッヒッヒッヒッ、ならば見せてたもう儂の力を」

M L

 老婆はその細い腕を広げ、嗄れた声で詠唱する。
「呪われし御霊よ、千早振る荒霊よ、儂の声に応えよ“
亡霊招来”!!」
 周囲の熱気は急速に奪われ、息が白くなる程。不透明でぼんやりとした白色の塊が幾つも現れ、宙を蠢き泳ぐ。
「?何だこれは!?」
 ジョルジュの屈強な親衛隊ですらたじろぐ程の不気味な存在。

ジョルジュ

「!?こ、これは…実体がない!?霊魂か?此奴、
負司術師(*6)か!?」

◇ムルワムルワ

「ッヒッヒッヒッ、愚か者の割には察しが良いの〜。しかし、もう遅いわ。亡霊共に取り憑かれて呪い殺さるるがよい!」

M L

 実体を持たない霊魂を攻撃する術等ジョルジュ一行は持ち合わせていない。魂を直接、触れて来る様な悪寒と腹の底から沸き上がる様な吐き気、気の遠くなりそうな眩暈等に苛まれながらも耐えるしかなかった。

ジョルジュ

「クソッ!負司術師とはっ!!カノンッ!何とかならんか?」

◇カノン

「私のフォビアは影に潜み得る精神のエネルギー故、亡霊共には何ともなりませぬ」

◇ムルワムルワ

「イ〜ッヒッヒッヒ〜ッ、フォビアも居ったかえ?じゃが、フォビアなぞ先天異能に過ぎぬわ。研究に研究を重ねた儂の負司術の敵ではないわ〜っ!」

◇舞姫

「如何な高位術士たろうと、その術を破る術なかろうとて、本人を伐てば同じ事」

M L

 舞姫が鋭く歩み入り、電光石火の居合いを老婆に打ち掛けた。
 ギャッ、と悲鳴を上げ、老婆は後退する。
「踏み込みが甘かったか」
 舞姫は体勢を整え、二撃目に備え様としたが、飛び交う亡霊が前を塞ぐ。それを見て、サルウとホークアイが間合いを詰め、老婆に接近した。

◇ムルワムルワ

「ぬくぅ〜、雑魚共が調子に乗りおって〜!なれば、これを見るが良いわっ!!」

M L

 老婆は黒シルクのカーテンを一気に引っ剥がした。大きく仕切っていた黒シルクが剥がされると奥には数段の平階段が広がり、低い中二階には妖しく輝く物が置かれた台座が見え、その上空には何とも異質で不気味な肉塊が天井からぶら下がっていた。
 天井からぶら下がる巨大な肉塊には脈打つドス黒い血管が浮かび、その醜悪な様相はさながら巨大な食虫植物の芽か得体の知れない昆虫のさなぎの様。下部の襞状の肉壁からは変色した紫色の太い触手が伸び、気色悪くうねっている。薄黄色の半透明の体液がこぼれ落ち、大理石の床を僅かに溶かす。
「!?なっ、何なんだアレはーっ!!?」
 ジョルジュの親衛隊が驚愕の声を上げる。
 老婆とは思えぬ程の速さで階段を跳び上がり、中二階の台座に触れる。振り返り、狂気に色めく瞳をジョルジュ等に向け、叫ぶ。

◇ムルワムルワ

「イ〜ッヒッヒッヒ〜ッ、未だ早いのじゃが、こうなれば見せてたもう!我が子“キモ”じゃ〜っ!!」

M L

 舞姫に斬られた肩口の血を握り、爪から台座に置かれた妖しい輝きを放つ物体に鮮血を注ぐ。見知らぬ発音不明の言語を口にした老婆の周囲を暗い光が包み、台座の物体がけたたましい音、否、叫び声を上げる。すると、上空の肉塊が花弁の様に四方に開き、中から羊膜に包まれた得体の知れない生命体らしきものが落ちて来た。
「呪われ禁じ閉ざされた虚空の彼方よりいでし我が子キモよ!飢え乾き満たされる事無きその腹に、彼奴等を貪り、喰い尽くし、贄とするのじゃ!!」
 羊膜を突き破り現れたのは、黒褐色の肌に内骨格を透かす奇形の人間型生物。人間型とは云っても頭部は異常に腫れ上がり、瞳は爬虫類の様に膜を張り、口は縦横に大きく裂かれ、針状の犬歯が大量に剥き出しになっている。くっきりと露わになった背骨には突起状の瘤が突き出し、皮膚病を思わせる爛れが体中を覆い、紫色の鱗と暗灰色の毛が斑に点在する。脚は動物の様に踵から長くくの字に折れ、爪は歪んで黄色く、浮き上がる血管は心音とは無関係に脈打つ。吐き気がする程の異臭は放ち、深緑色の体液を滴らせ、紅色の寒天状の物質をこびり付かせている。正に化け物。

ジョルジュ

!!?まっ、まさか…これ程の邪気に瘴気…此奴、悪魔召喚師(*7)でもあるのか!!!?

◇ムルワムルワ

「イ〜ッヒャッヒャッヒャ〜ッ、そち等は皆、肉も骨も魂さえも、“御館様”と儂の子の贄となるのじゃ〜っ!」

◇舞姫

「肉を持って現れいでた悪魔の申し子は術士を伐っても止まらぬ!打つ手無しか!!」

◇カノン

「悪魔に取り憑かれたあの実体にも私のフォビアは通じません。奴の精神は元より腐っておるのです」 

◇ニナ

「でも、生物相手ならこれで倒せるって!」
 スポーク状のニードルを奇形生物に投げ付ける。突き刺さったニードルから猛毒が混入される。

M L

 ニナの毒針を喰らった奇形生物は、一瞬藻掻き苦しむ様な仕草を見せたが、やがて濁った体液をしたたらせると、突き刺さった箇所が膨れ上がり、鱗状の角質が形成され、口腔状の穴が現れ、気味の悪い触手が覆った。
「ッヒッヒッヒッ、我が子キモに毒とは笑止!栄養素として取り込むだけぞ!」
 亡霊が飛び交い、悪魔の寄生した奇形生物が躙り寄る。天井からぶら下がる肉塊も脈打ちながら触手を伸ばす。見れば、老婆の傷も癒えている。尤も、その癒え方は不気味なもので、悪魔を彷彿させる惨たらしい癒着であった。

◇ムルワムルワ

「イ〜ッヒッヒッヒ〜ッ、亡霊とキモだけではないぞえ。儂自らもそち等の魂を抜き取ってくれようぞっ!ッヒッヒッヒッ、痛みはないぞえ、冷たいだけぞ」
 へしゃげた指をくねる様に曲げ、ねじ曲がった爪をジョルジュ等に向ける。

ジョルジュ

「これ程迄の化け物とは!!!?俺ともあろう者が見誤ったか!!」

M L

 ジョルジュ達の背後の鉄扉が突然、開く。階段で傭兵等の相手をしていた三人が入って来たのだ。
 ウルハーゲンが切っ先無き暗黒の馬上槍を亡霊に突き入れる。脳に直接響く様な金切り声を上げて亡霊は霧散した。ウルハーゲンは亡霊を難なく倒したのだ。
 ローボズとフィールボスは悪魔の寄生した奇形生物に走り寄る。フィールボスが得体の知れない術で奇形生物を縛り上げ、動きを封じる。続いて、ローボズがその恐ろしい魔剣で奇形生物に斬りつけた。

◇フィールボス

「悪魔を滅ぼすのは難しい。だが、肉持つ悪魔はその肉体を砕けば活動が止まる。故に皆で此奴を討ち滅ぼすのだ!その後、我が無限迷宮にて活動出来ぬ此奴を閉じ込めてやるっ!!」

M L

 サルウとロックマン、ソードマスター、マリアッチ、舞姫が一斉に奇形生物に襲い掛かる。炎の踊り手とホークアイ、ムッチャル四兄弟は天井の肉塊に襲い掛かった。急激に盛り返したジョルジュ達を見たムルワムルワはたじろぐ。

◇ムルワムルワ

「ヒッ!?なっ、何者じゃ?あの鎧武者は一体!!?こ、此奴等は術士か?フォビアか!?」

M L

 中二階近くにアクロレイター、ニナ、カノン、そしてジョルジュがムルワムルワを追い詰める。
「化け物の息子には効かなかったけど、母親の方はどうかしら?」
 ニナの毒針が老婆の崩れかけた左目を貫く。
「ッヒギャーッ!!?ゆ、許さんぞえ小娘ぇ〜っ!喰らえ〜っ“
削魂妖爪”!!」
 ギィィンッ!アクロレイターの左の鉄義手が老婆の爪を防ぎ折る。
「いや〜、すまんね〜婆さん。作り物の手じゃ、魂ってもんないからね〜。ああ、職人の魂なら込められているんだろうがね〜」
 老婆は毒が回り始め、痙攣して涎を垂らす。
「聞こえていますかね術士よ?さき程はいい様にやってくれましたが、貴方、未だ精神全てが侵蝕されている訳ではなさそうですね?ならば、本当の恐怖を御覧なさい」
 カノンの影が老婆の右目を焼く。老婆は泡を吹き、頭髪を真っ白くさせ、抜け落ち、血液が逆流し、体の半分が即座に壊死した。
 ジョルジュは周囲のオドを召喚し、元素魔術の詠唱を始める。小さな火種が現れ、やがて大火と変貌を遂げる。

ジョルジュ

「ストレイトス然り、お前も然り、北部貴族の重鎮はどいつもこいつも化け物だ。人を統べる者が化け物であってはならない。我が炎にて浄化せよ」

◇ムルワムルワ

 混濁した意識を振り絞って言葉を紡ぐ。
「ま、待たれよアルマージョ公!わ、儂は
レットバルダに担がれて諸候になっただけなのじゃ。征服欲処か統治にさえ興味はないぞえ!見逃してくだされば、儂の力をお貸し致しますぞえ。大公家やグルスカル・ハーンへの取り次ぎも致そう。何なら彼奴等の秘密も教えますぞえっ!」

ジョルジュ

「…良く喋る婆だな?負司術だけなら救ってやらん事もないが、悪魔召喚に手を染めている貴様を、どうして救えるものか?儀式の犠牲となった者達への懺悔を胸に滅び去るが良いっ!!!」
 呪文を唱え、爆炎をムルワムルワに投げ付ける。

M L

 老婆は炎に包まれ、絶叫を上げる。燃え盛る炎の中で藻掻き苦しむ老婆は最後に、
「わ、儂を殺すと、こ、後悔する事になるぞーっ!!!!」
 灰燼と化した老婆の残骸が散る。
 台座に置かれた妖しげな物体をアクロレイターが砕き、ジョルジュは火種を天井の肉塊に投げ掛けた。奇形生物はフィールボスの無限迷宮に封印され、悪夢に終止符を打った。
 難敵ムルワムルワを屠ったジョルジュ一行は、改めて城内制圧に乗り出した。

 
帝国東方辺境域。そこはジャラルディン騎士団領と接し、竜帝の国迄繋がる広大な大森林地帯に囲まれた旧体勢を維持し続ける平穏な土地。帝都中心三州を除けば、此処程穏やかな土地はないだろう。
 しかし、この平和な東方辺境域で暴れ回っていた男がいた。名を
ライゾー・ダテ南武三ヶ国の一つ、ブラウ・ブロンの国出身のこの猛者は、酔狂な宰相府のお遊びによるくじ引きで『巡検使』に選出された。
 巡検使として帝国中を旅し戻った彼は、報賞として東方に所領を所望した。北部辺境域とは対照的に、東方辺境域では諸候達の争いは殆どない。そこに目を付けたライゾーは、徐に勢力拡大を図り、所領拡大に乗り出した。だが、思慮深くして剛胆な
東方大公は、辺境域と云えど混乱を許さず、釘を刺して来た。剛毅なライゾーも東方大公の威にはたじろぎ、一時所領拡大を断念し、恐怖政治による内治に力を注いだのであった。
 “
覇者”を目論むライゾーにとって今は耐えるしかなかったが、その野望の眼差しは常に周囲を睨んでいた。

ライゾー

ダルタ・ダルタよ。このまま燻り続ける俺ではない!この東部で勢力を伸ばせぬのであれば、遙か北部辺境域に迄、我が力を見せ付けてやろうではないか?」

◇ダルタ

「ふむ、その意気や良しっ!聊かもその野心に曇りはないようじゃな?宜しい、ヌムヌムに起案させ、これからの政略を考えようではないか!」

◇ヌムヌム

「では、アモルシャット等“緋の火”の軍勢を北部に送り込み、略奪を行わせましょう。略奪行為を正当化する為に男爵位を購入すれば問題ないでしょうな」

ライゾー

「緋の火を送り込んでは領内警固はどうする?」

◇ダルタ

ブラフマンのシビリアンコントロールは上手く行っておる故、大丈夫じゃろう」

◇ヌムヌム

「北部辺境域は大きく東西に区分されています。略奪を敢行出来得るは東域に限られましょう。東域は未開発地帯が多く、弱小諸候しかおりませんが、ヨッヘンバッハ公に代表される邪悪な連中もおるので緋の火を全軍投入する必要がありますな」

ライゾー

「ヨッヘンバッハ?何者だ?」

◇ヌムヌム

「何でも北域での麻薬及び人身売買を一手に取り仕切っておる貴族らしいですな」

ライゾー

「ほ〜、それは面白そうだな。ならば、それを我が支配下におくとするか?」

◇ダルタ

「ほほう、北域に飛び地を持ち、物流支配を目論む訳じゃな?宜しい、ならば遠征費を捻出し、その準備に取り掛かろうではないか!」

ライゾー

「楽しみだ。久し振りに暴れさせて貰うぞっ!!」

M L

 ムルワムルワ領は併呑された。プルトラー、ヘイルマン、プエルトリコ等によって領内は抑えられられた。ダークライオンの面々は、ムルワムルワの奇っ怪な肉の芽によって支配されていたが、ムルワムルワの死でその呪縛は解けた。ダークライオンはアバロギア出身の傭兵団であった。1500名程度の残存兵力は取り込まれ、アバロン留守居部隊の指揮下に入った。
 領内の森林伐採が始まり、ディアボロ城は廃城とされ、国庫の財産はダイモント城に移された。
 グラナダではジョルジュの軍団長就任祭が催されていた。150名を超す貴族達が集い、大規模な祝賀会が成された。多くの貴族が参加した為、臨時ではあるが第3回の枢密院貴族閣議が招集され、『
帝国北方大貴族連盟』が発足された。当初、予定していたものより規模が大きかった為、急遽連盟の内容は書き換えられた。
 帝国北方大貴族連盟の名目は、北方辺境域の治安維持や相互協力を謳い、自己負担を減らす事を目的としている。しかし、その実体はアルマージョ公による支配体制の確立でしかなかった。圧倒的な軍事力と財産は、最早他貴族の対抗しうるには及ばず、その支配力を以て北部辺境全域を支配下に置く事を目論んでいた。

ジョルジュ

「ようやく北部全域統治の第一段階が終わったな。だが、これからグラナダ統治法を施行せねばならん。いよいよ忙しくなる」

◇ハイドライト

「貴族達は生かさず殺さず、我が領大統治の礎作りの為にも多くの資金提供を募り、グラナダ統治法を遵守させねばなりません。貴族等の文官達の中で使えそうな者がおれば引き抜き、或いは連盟付きの陪臣として置くのが宜しいでしょう」

ジョルジュ

「貴族共の監視は監察官の常駐と地域毎に巡見使を派遣、後は連盟軍を創立し、睨みを利かせば良いだろう。必要であれば貴族共の身内をグラナダに人質として置くのも良かろう。経費算出等は任せるぞ」

◇メルトラン

「第27軍団と私軍との資産を明確に分ける必要がありますが、如何致しますか?」

ジョルジュ

「何等問題ない。辺境軍団の諸費は帝国からの経費内に抑える。それより、私軍を充実させる事が肝要だ。辺境軍団は所詮は借り物。俺は俺の軍だけで十分、支配域を治める事が出来る」

◇ロンタリオ

「職務怠慢にならぬ様、気を付けなさるるのじゃ。罷免にでも遭おうものならストレイトスの二の舞じゃて」

ジョルジュ

「フッ、安心しろ、抜かりはない。辺境全域の治安警固と巡回、対策は練る。逆にかつての様な貴族共の紛争全てを軍団義務として抑えてやるさ」

◇五芒星

 五芒星の一人、デフォーが語る。
「それで閣下はいつ帝都へ出立なされますか?任官式に間に合わなくなりますが?」

ジョルジュ

「帝都へは直ぐに行ける故、気にするな。それよりも出来る限り早く、グラナダに行政の中心を移行し、統治体制を確立せねばな」

M L

 帝都で基本的な学問と隊規を学んでいたジナモンは既に飽き飽きしていた。戦士として生きて来た彼にとって学問は無縁の存在、又、今迄宮仕えをした事がなく、兎に角退屈していた。暫くすると新たな軍団長の就任式が帝都で催される為、その警固等の準備にも追われていた。ジナモンは予備役仮入隊である為、最重要警固からは外されてはいたが、出席並びに警固が義務付けられていた。
 聞けば最後迄争い入隊を譲ってくれたダイナマクシアが皇帝親衛隊“百の剣”の入隊試験も受け、見事合格したそうだが、やはり入隊を断ったそうである。酔狂な人物もいるもんだ、とジナモンは当初関心を示さなかったが、退屈な日々に遣り切れず、アレウスに会いに出向いた。
 アレウスは第四層のそれ程質の良いとは云えない旅籠に宿泊していた。ジナモンの突然の来訪にも嫌な顔一つせずに出迎えてくれた。彼は左太腿と左肩口から右脇腹に掛けて包帯をしていた。恐らく、百の剣の入隊試験の際に負った傷であろう。

◇アレウス

「先日はどうも。今日はどうなさいましか?コロッセウムの方は慣れましたか?」

ジナモン

「いや〜、どうもどうも。しかし、あんた凄いな〜。百の剣の試験にも合格したんだろ?って事はあのガチャンガルの斬撃に耐えたって事だろ?いや〜、強いんだな〜」

◇アレウス

「いやいや、愚生等未だ未だです。世の中には本当に強い者達がそれこそ大勢おります。願わくば彼等と肩を並べ、剣で思う存分語り合いたいものです」

ジナモン

「そんなに沢山の強者がいるものなのか?どんな奴等がいるんだ?」

◇アレウス

「それはもう大勢おります。山籠もりをしていると伝え聞く稀代の大剣豪“黒鉄マクスウォゼや盲目の身でありながら騎士叙任最短六ヶ月と云う記録保持者“剣王マヤジーン、コルラヴァード最強十二神将第一位“神玉剛剣ウワルス、武芸者最強の呼び声高い“九十九刃ジルファンガー、“武王ハイベルオーメ、“勝武師シャーベルスターク、“剣客ブレード・ヒルド等々挙げたら切りがない。中でも最強と呼ぶに相応しいのは、やはり“剣聖レッド・バトラーでしょう。尤も剣聖が今でも御健在なのかどうか、全く分からないが」

ジナモン

「そうなのか!それ程多くの強者達が世にはいるのか!?」

◇アレウス

「世界は広いのです。だからこぞ精進し、自身の腕を磨かねばなりません」

ジナモン

「…そうか、俺も修行をせねばっ!強く、強く在りたいっ!」

M L

 遙々、帝都にやって来たヨッヘンバッハは、ノルナディーンとブルンガーを連れ、勲爵院へと急いだ。
 いつもにも増して活気付く帝都は人波に揺れ、ヨッヘンバッハは昂揚しながら歩を進めた。勲爵院を訪れたヨッヘンバッハは驚く。勲爵院が臨時休業していたのである。一度しか訪れた事がないとは云え、行政府が臨時休業とは考えにくい程珍しい。
 早く爵位を購入したい、と逸る気持ちのヨッヘンバッハは不快な表情を浮かべ、ノルナディーンに話掛けた。

ゲオルグ

「久々に帝都に来たが、前にも増して賑やかだの〜。にしても、勲爵院が臨時休業とはの〜。何かあるのかの〜?」

◇ノルナディーン

「新たな軍団長の就任式があるらしいな。まぁ、俺達は出席なぞ出来んから、お披露目の時にでも覗きゃいいさ」

ゲオルグ

「む〜、そ〜なのか〜。軍団長ともなると、こ〜して帝都で盛大な祝賀が開かれるものなのか〜。羨ましいの〜。俺もいつかこの様な祝賀会の主賓になりたいの〜」

◇ノルナディーン

「フッフッフッ、お前じゃ未来永劫無理だろ?帝国にはそれこそ内外問わず、途轍もなく優秀な人物を発掘、抜擢するんだ。お前が帝国の重職に抜擢され様ものなら、それは帝国の終焉を意味するだろうさ。フッフッフッ」

ゲオルグ

「何を申すか!正義の為、民の為に尽力を尽くしておれば、必ずや俺にも大役が回って来る筈だっ!爵位を購入するのも帝国の財政の為なのだーッ!」

◇ノルナディーン

「フッフッフッ、まぁ、頑張れよ。俺はお前が何になろうと関係ない。貰えるもんさえ貰えれば文句はね〜よ。後は自由気まま、炎の如く自由に激しく盛んにな」

M L

 グラナダに行政を移行し終え、新たな体勢を整えたジョルジュは、カノンと共に帝都へ赴いた。ジョルジュは就任式に部下を一人も連れて来なかった。就任式等の式典よりも実務を優先させた結果であった。
 カノンを帝都第三層に残し、只一人で式典に赴いた。ライジング・サンの象徴である黄金の鎧を身に纏い、出迎えの衛兵に引き連れられ、帝都第一層に入った。
 帝都第一層は貴族でさえ入る事の出来ない帝都の聖域である。然るべき許可や役職に就いていなければ決して足を踏み入れてはならない場所である。今回は軍団長就任の式典故に入れるのである。尤も、ジョルジュはこの第一層に何度か足を踏み入れている。養父
ロベルト・アルマー・ダイアモントーヤ皇室御用達宝飾美術品献上男爵と云う変わった立場の貴族であった。官職ではないが、半民半官の様な立場で美術品や宝飾品、調度品等の献上を一手に賄っていた。勿論、皇宮を出入りする程のものではない為、只単純に第一層に出入り出来るに過ぎなかった。ジョルジュ自身の力で入るのは勿論初めてであった。
 皇宮前の皇帝記念広場、式典は厳かに始まった。帝国中枢の重職にある者達が無数に集まっている。帝国宰相府最高行政機関十二省庁最高幹部
十三人衆の面々と帝国法を守る最高の文官百官、軍務省元帥府の三元帥と高級軍人、帝国筆頭戦士団コロッセウム、皇帝親衛隊ハンドレッドソード、帝国神官戦士団ハーフムーン、帝国教導兵団ナインヘッド近衛第一軍団帝国魔術軍団帝都三軍団、多くの軍団長各位、そして帝国筆頭家老黄昏の七騎士が控えていた。帝国重鎮の長い長い祝辞と激励が永遠と続き繰り返されたが、予行練習をしていないにも関わらず、ジョルジュは完璧な作法と礼節とを以て接した。
 式典は緩やかに厳かに、慎重に神聖に執り行われていった。辺境の一軍団長の就任式にこれ程の式典が催された事はかつてない、と云う。どう云った理由でこれ程の式典が催されるに至ったか、ジョルジュにさえも理由は分からなかったが、兎も角式典は進行した。
 式典の最後には皇帝記念広場の大階段を新軍団長が昇る事になる。大階段の左右中頃には黄昏の七騎士が居並んでいる。何と、七騎士達は黄金の鎧を纏っている。何でも黄昏の七騎士の正装であるそうだ。黄昏時の黄金の陽光を現していると云う。ジョルジュの纏う黄金の鎧が七騎士の正装と被ってしまうとは流石に知り得なかったが、臆する事なく、堂々と歩を進めた。先ずは左手に第四騎士
オルスウォーゼ・スウェーデンボルグ。帝国全軍総司令にして大元帥。帝国のありとあらゆる軍隊の指揮権の頂点に立つ人物。右手には第三騎士ガチャンガル・シス。名門シス家の女当主リーゼンテリアを妻に持つ帝国最強の猛者。皇帝親衛隊“百の剣”を支配する無敵の大戦士。続く左手上段には第二騎士ミディウス・ムーンムーン教団(*8)の筆頭位にありながら黄昏の騎士となった初めての者。帝国神官戦士団“半月刀”を率いる名門ムーン家当主。最後、奥右手上段に第一騎士サロサフェーン・ド・プーライ。帝国筆頭戦士団“闘技場”の指揮官にして帝国の英雄、臣民達のカリスマである。
 黄昏の七騎士に上下はない。ナンバーは空位となった席を埋める為だけに便宜的に設けられているに過ぎない。彼等は帝国法外に存在する唯一の家臣にして臣民である。彼等は皇帝にのみ責務を負い、皇帝だけが彼等に命じる事が出来る至高の存在であった。
 (これ程の式典、主立った重臣全てが居並ぶ中、何故“
”だけいないのだ…)
 ジョルジュの疑問は至極当然であった。現職の七騎士は五名。帝国成立時から第五騎士の座を有し、成立時から帝国行政のトップに居続ける者【
宰相カリオストロス・ダ・キケロニウスの姿が見えない。ほぼ自身の部下と云っても過言ではない十三人衆は姿を見せているのにも関わらず、本人がいないとは。そもそも三百数十年にも亘って帝国の宰相で在り続ける者が一個人なのか、或いは名誉職的に名を継承するのか、全くの謎である。尤も、それは帝国大君主にも云える事であったが。
 大階段を昇り、七騎士から祝賀の品として幸福、知勇、勝利、忠義の葉飾りを貰い受け、最上段を目指す。と云っても最上段に足を踏み入れてはいけない。そこには帝国大元首【
皇帝】が鎮座しているのである。その御名を口にする事さえ臣民には出来ない。皇帝と云う代名詞は只一人、帝国大元首を指し示し、彼固有の名は彼自身の署名にのみ用いられる。三百数十年に亘って、世界最大版図の大国家の大元首として君臨し続ける大英雄が正に今、鎮座しているのである。
 これ程迄、皇帝に接近した事はジョルジュはない。名家出身でもなければ高級官僚の親類も持たないジョルジュが接見出来るチャンス等、帝都出身のエリートであっても叶わなかったのだ。
 階段を一歩一歩昇りながら、ジョルジュは無限とも思える程の語彙を用意した。自身の意見を、実力の程を、壮大な夢を、大いに語らうと決めていた、少しでも皇帝の覚えを得ようと。
 ジョルジュの瞳に飛び込んで来たのは鎧姿の皇帝、その人であった。涼風が舞うかの様な一瞬の出来事。無限に考えた修飾の讃辞と意志が真っ白に掻き消された。最上段一歩手前迄進み出る筈の足が竦む。吐き気を催す程に燻り募る自己の野心の悉くが洗い流され、無邪気な童心が辺りを包む。爽やかな心に満ち、潔さが香る。
 凄まじい神気が押し寄せる。しかし、威圧感とは違う。辛うじて歩を進め、眩暈がする程のオーラを浴びながら、何とか金色の瞳を見開く。最上段玉座に座した皇帝が立ち上がる。徐に、何とも無防備に皇帝は階段に、ジョルジュに歩み寄る。
 何と云う程、美しい男か。造形がではない。物腰が、態度が、瞳の光が、表情が、その全てが、神々しい、しかして、心地よく、親しみさえも覚える程。何と云う事か。これ程の者が自身の仰ぐ唯一絶対の君主であったとは。
 頬が触れ合う程、その髪が掛かる程、唇が付く程、顔を寄せるは帝国大元首。

ジョルジュ

「……………!!?」

◇皇 帝

「…ゾルジ(*9)よ………朕は其方を………愛しておる」

ジョルジュ

!!!!!?……………」

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 沈黙、無言の対話が暫し続く。瞳と、耳と、感覚とが、交錯しては飛び交い、悠久とさえ思う程の時を紡ぐ。何を感じたか自分でさえ分からない汗が首を伝う。
 痺れにも似た感覚を舌に感じていたジョルジュが、言葉を、否、言霊を正に今、発しようとしたその時、皇帝は踵を返し、玉座へと向かい再び座した。
 何を云うつもりだったのだろうか。自分でさえ分からない程に混乱、否、意識はなかった。
 玉座に鎮座した皇帝からは意識が消えてなくなる程に冷静怜悧、或いは彫像の如く冷たい気配を漂わす。生気がない程に、冷たく寒い。他国から恐怖の対象としてしか見られない帝国の正に象徴にして絶対君主の威。恐怖の大君主がそこに座す。
 ジョルジュは意識を取り戻す、本来の自分を。踵を返し、階段を降りる。力強く、何も畏れず、活力に満ち満ち溢れ、自身の想いを遙か高みに掲ぐ。

 長い式典は終わりを告げた。祝賀会とお披露目パーティーが第二層の迎賓館で行われる事になっていた。第一層の式典会場から物々しい警備と賓客等の長蛇の列を作り、迎賓館に入ったジョルジュ達は帝国の重鎮達との語らいを迎えるに至った。
 祝賀会でも段取りがあり、ある程度の祝辞や式典があったが、後に自由な立食パーティーへと移行すると、直ぐに多くの者達がジョルジュに寄って来たが、中でも一際大男が周りを押しのけやって来た。

◇ガチャンガル

「おうおうっ!ジョ〜ォルゥゥゥジュ〜ゥ!おめぇ〜、おもろいやっちゃな〜、ぁあ?まさか、軍団長が俺等とおンなじ恰好して来るとは思わなかったゼよ!?ガ〜ッハッハッハッハーッ!!」
 8フィートはあろうかと云う大男。羆程もある二の腕に大皿を抱え、貪る様に食事をする。薄汚く全身に傷を持ち、厳つく下品だが、何故か嫌味を感じない。

ジョルジュ

「!?ガチャンガル殿ですな?なに、何れ私もあの大階段に居並ぶ身故、先んじて七騎士殿の風貌になってしまっただけの事。少々、勇み足でしたかな?」

◇ガチャンガル

「!?ガ〜ッハッハッハッハーッ!!やっぱ、おもろぃやっちゃな〜、おめぇ〜!北部ですげぇ〜、でっかい庭持ってお殿様してんだって〜?おめぇ〜みたいに愉快な奴が居る限り、帝国は安泰だなぁ〜、ぁあ〜?ガ〜ッハッハッハッハーッ!!」

ジョルジュ

「ハハッ!やがて、その庭も帝国随一となる事でしょう。皇太子殿下も大公猊下も我が庭園に比ぶれば箱庭同然。これも偏に皇帝陛下への忠の賜物!」

◇ガチャンガル

「ガ〜ッハッハッハッハーッ!!そりゃ楽しみだゼ〜ッ!北部にゃ、俺の馴染みが居っから仲良くしてヤッてくれやっ!ぉおっ、そうだ、紹介するゼ、俺のかみさン、リーゼンテリアだッ!宜しくな〜!!」

◇リーゼンテリア

「お初にお目に掛かります、リーゼンテリア・シスと申します。軍団長閣下には末妹シャメルミナがお世話になっている様で、誠に有難う御座います」
 何とも美しい女性。気品と知性と美貌とを見事に融和させた帝国屈指の才女にして名門シス家の家長。夫ガチャンガルとは正に美女と野獣。しかし、帝国一、二を争うオシドリ夫婦。向かう処、敵無しの夫婦である。

ジョルジュ

「否々、こちらこそ助かっておりますよ。彼の才女程を何の断りもなく、遠く文化のない辺境に迄連れて行ってしまい大変、申し訳なく思っておりました」

◇リーゼンテリア

「とんでも在りませんわ。シャメルミナから届く手紙を見るに、彼女が大変、楽しく過ごしている様子が伺えますわ。格式ばって叙事的な文言を連ねる書式から今では感情豊かで伸び伸びとした散文的な文章を読むに至り、彼女の成長の跡が見えますわ。私では彼女にこれ程の教育は出来ません。極僅かな期間でこれ程迄の成長を与える事の出来る軍団長閣下には感謝の気持ちを抑えられません」

ジョルジュ

「そうですか、それは良かった。何分、辺境では書物と云うものがない為に自分で考え、作り出すしかないもので、想像力のみが試されるものなのです。彼女にはその想像力を養って貰えると、私も助かります」

◇ガチャンガル

「ぉう、そ〜云ゃ〜、おめぇ〜ンとこにウチのドムホークが行っとるだろ?嬢ちゃんの護衛に、って付けたンだが、上手くヤッてるかい?

ジョルジュ

「ああ、ドムホークですか?シャメルミナと皆とも上手くやっていけてます。只、ちょっと心配なのが私の親衛隊のサルウと云う者と反りが合わない様で聊か手を焼いておりますが、大丈夫でしょう」