〜 Hero (King of Kings)
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 人生の達人 

キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
金色の将/前編:お嫁サンバ


 帝国北部辺境域、そこは巨大な帝国からして見れば何の魅力もない広大な荒れ地。帝国は元々、アバロギア(北部中心州)に端を発した専制国家であった。現在の帝都ライムハイムを中心として今在る帝政が成って以来、兎も角辺境域は捨て置かれた土地であった。アバロギア時代、幾つかの小国が存在し、帝国拡大期に滅ぼされ併呑した後には、文化的に衰退し、多くは爵位購入者のパワーゲームの舞台としてだけ存在し、帝国の中央行政からは目もくれない存在であった。
 今現在に於いてもその存在価値は変わらず、三流の才覚者が己の野心を満足させるのに必死になっているのであった。
 しかし、何かが変わり始めて来ていた。やがて、帝国全土が注目せざる負えない大事件の予感が燻り始めたのであった。



 パープルワンズ侯爵領を併呑したアルマージョ公爵の勢いは留まる事を知らなかった。
 アルマージョ公爵は麾下にあるヘイルマン、オッペンハイム両男爵に同盟関係にあるシラナー、バーグ両男爵の兵を合わせ、今や5000名を遙かに超える軍を有していた。ガローハンに一部の兵を預け、西方に位置したゲバダン、モンバザン両男爵領を強襲すると同時にピーピーボギン男爵の遺領をも強制的に併呑した。ヘイルマン男爵は新たに300名を情報部隊として訓練し始め、総勢500名から成る諜報大隊の創設に力を注いでいた。
 アルマージョ公爵は、ダイアモント城の地下牢に閉じこめられていた
サルウ・マアン・ギィに恩赦を与え、自身の護衛として手元に引き取った。同時に『昇陽教』と云う新たな宗教を作って、これを領教とした。昇陽教ではアルマージョ公爵本人が“ライジング・サン”と云う至高神であり、現人神として所領を統治する、と云った途轍もなく大それた内容であった。更に領内に居た豪商コペン・ハーゴンを出仕させ、北回りの通商ルートの開設と行商権を与え、バーグ男爵と共に領内の商業発展に努めた。蓄財を惜しみなく使い、城下の発展やワイン畑の拡大、街道整備等に多くの人足を雇い入れ、新たな職種が生まれる様に盛り立てた。その一つに「駅馬車」が挙げられる。各村や町と街道筋の宿場町に定期的に馬車を通し、物流と人の流れをスムーズに整えたのであった。小領土が乱立していた時には、とても真似出来ないものであった。傭兵流入に伴う人口増加の生んだ失業率の問題をアルマージョ公爵は逆手に取り、領内での働き手としてフルに用い、活気付いていた。

 何もかもが順調に見えたその最中、前北方辺境軍団長マゼラン伯爵の病死に伴い、遺領問題が生じた事で列強諸候が介入して事態は一変した。特に現第27軍団長ストレイトス公爵の介入は大きな問題であった。
 この時、パープルワンズ侯爵の隠居宣言から未だ二週間足らずでの出来事であった。



M L

 マゼラン伯爵には娘がいた。もし、グラナダ攻防戦がなければ、娘は婿を貰い、遺領問題等起きなかったに違いない。しかし、グラナダでの失態から辺境軍団長の任を解かれ、一辺境貴族に成り下がってしまったマゼラン伯爵には、娘の婚儀を進める程の力は残されてはいなかった。
 マゼラン伯爵の娘セナの婚約者カーロス・メイファーは、未だ若いが第27軍団の中隊長である。西部傭兵出身の祖父ロベータは、財を成して子爵位を買って北部に移り住み、現在は父マウリーシオが爵位を継ぎ、北方第2州
スピンアイで司法官を勤めている。メイファー子爵家は北部辺境域に極小さな領土を持っている。しかし、メイファー家はスピンアイで生活をし、自領は領代に任せていた。カーロスは、祖父の強い要望で少年の頃より武官の勉学の為、東方中心州ザーナディーに留学し、士官学校を経て、第12軍団長ランガーオ・クリューガーの近習となり、後、中隊長として抜擢された。
 メイファー子爵家は、初代ロベータと二代マウリーシオとの間で考え方の違いが顕著であった。ロベータは軍人肌で諸候として土地所有を望んでいたが、マウリーシオは文官として都会的な仕官を望んだのであった。孫のカーロスは、ロベータの自慢であり、武官の道を歩ませ、将来的には諸候にさせようと考えていた。そんな中、当時第27軍団長であったマゼラン伯爵の娘セナと婚約をさせたのであった。マゼラン伯爵も四代に亘って爵位を有し、豊かな土地を持つ云わば名門であり、軍団長ともなれば格調高い貴族と云えたが、グラナダでの失態が致命的であった。マウリーシオの徹底的な反対もあり、婚約は白紙に戻されてしまったのであった。
 病に冒され、疲れ切っていた伯爵は娘の婚約破棄を聞くと失意のうちに病床に伏せ、間もなく他界した。豊かな遺領は若いセナと母に託されたのであったが、此処に来て多くの介入が始まった。
 初代ロベータと懇意にあったパープルワンズ侯爵は、カーロスとセナの婚儀を後押ししていた。現メイファー当主マウリーシオは、ミストクライン伯爵に協力要請をし、婚約解消の支持を取り付けていた。マゼラン伯爵の従兄弟にあたるドワイゼン男爵は、遺領の継承権を主張し、隣領のジェマイソン子爵とラオ男爵は境界線問題と称し、遺領問題に首を突っ込んで来ていた。更に厄介なのが現第27軍団長のストレイトス公爵であり、部下(カーロスの事)の身辺問題で辺境域の治安を損なう危険性を主張し、遺領を一時預かる旨を発表したのだ。
 本来であれば全く関係のないこの遺領問題をアルマージョ公爵に持ち掛けたのは、隠居したパープルワンズ侯爵ではなく、バーグ男爵であった。
 早馬でダイアモント城に駆け付けたバーグ男爵は、滑らかな口調で経緯を語った。

◇バーグ

「…と、云う訳ですよ公爵。感想をお聞かせ願いたいですな〜?」

ジョルジュ

「あまり魅力を感じん話だなヒュルトブルグ」

◇バーグ

「あら?この手の話が好きなもんとばかり思ってましたよ?」

ジョルジュ

「勘違いするなヒュルトブルグ。俺は貴族の薄汚い陰謀劇に全く興味はない。利だけを追求し、利によってのみ動く。利と欲は違う。自領を富ませるのに尽力しておるのは、強い軍を作る為だ。強い軍を作るのは最善手ではないにせよ、俺の意思表示を具現化するのに足る十分な力と云えるからだ。分かるか?」

◇バーグ

「心得てますよ。だからこそ、この遺領問題に介入するんですよ」

ジョルジュ

何がしたい?どの様な利を得られると想像するのだ

◇バーグ

「はいはい、先ずは公爵は隠居したパープルワンズの立場を踏襲するんですよ。スピンアイに籠もりっきりのメイファーの現当主と一人では何もしないミストクライン伯なら、公爵の威を畏れて婚約破棄を強く主張出来ませんよ。婚儀が上手く行けば、メイファー前当主とマゼラン伯爵夫人も喜ぶ訳で筋違いのドワイゼン男爵も退かざる負えんでしょ?ジェマイソン、ラオの両男爵としても幾ら離れているとは云え、マゼラン伯の後ろ盾が公爵と知れば、やはり武威にたじろぐ訳ですよ。婚儀を成功させれば、喜んでマゼラン領は公爵に恭順しますよ。マゼラン領はちっとばっかし離れてますが、南回りの通商ルートを関税無しで通せば儲かりますよ〜。マゼラン領迄の道筋に所領を持つ小貴族にこれを話せば簡単にまとまりますよ〜。どうです?」

ジョルジュ

「ストレイトスにはどう対処するつもりだ?」

◇バーグ

「ま〜、多少厄介ですけど、ストレイトスの大義は治安維持の為の遺領預かりですから、婚儀をまとめ継承が上手く行き、マゼラン領周辺で戦が起こる気配がなければ名目を失いますよ。それにいくら部下とは云え、帝国正規軍の第27軍団の隊長格のプライベート迄首を突っ込めば、品位と人格を疑われますよ。尤も、正規兵達の忠義心を失う事になるでしょうけどね」

ジョルジュ

「成る程、なかなか的を射ておるが未だ足らぬ」

◇バーグ

「あらら?未だ足りませんかね〜?何でしょ?」

ジョルジュ

「俺であれば先ずマゼラン領にパープルワンズを送り込む。メイファー前当主と懇意にあるパープルワンズ本人を送り込む事で俺が本気で遺領問題に介入している事を広く知らしめる事が出来る上、婚儀もし易くなるだろう。又、かつて豪壮だったパープルワンズを俺が完全に操れる事を示す事も叶う。
 婚儀には条件を下す。カーロスが伯爵位を継承し、家名をメイファーとする。代わりにメイファーの小領土をマゼラン領とし、カーロスとセナの間に生まれた二人目の男子が成人するその日迄、その小領土は俺が預かる。又、両領土には我が領内法を適用し、領教を昇陽教とする。これ等を全て呑ませる。
 南回りの通商ルート開設に伴い、道筋の貴族全ては枢密院貴族閣議に出席する義務を下す。又、駅馬車も通し、各貴族にこれを負担させる。
 ストレイトス対策として奴の名目である治安悪化の予想に伴う行動に信憑性が欠落している事を見せ付ける為に、北西部で小戦を仕掛ける。南東方向のマゼラン領とは真逆に位置する場所での治安悪化に奴が動くかどうかで大義の有る無しが決まる」

◇バーグ

「ン〜、なかなか厳しい条件を付けますな〜。確かにそれなら利がありますね〜。で、動かれますか〜?」

ジョルジュ

「うむ、ヒュルトブルグ、オッペンハイムと協力し、お前が指揮を執れ。お前とオッペンハイムは俺より遙かに北部貴族に詳しい」

◇バーグ

「ン〜、何とかやってみましょ〜。バックアップは頼みますよ〜」

M L

 二人が会談中、部屋をノックして兵士が入って来た。
「ジョルジュ様!ジョルジュ様にお会いしたいと云う者が居るのですが?」
「私にかね?何者か聞いておるのか?」
「ジョルジュ様と旧知の仲と嘯いておりました。名は
プルトラーと云います」
「何っ!?プルトラーだと!!今直ぐに此処へ通せ!」
「はっ!」
 一旦、退出した兵士は暫くして一人の男を連れて来た。精悍な顔付き、短く刈り込んだ黒髪に青みがかったグレーの瞳、引き締まった肉体は僅かに日焼けし、隙無く着込んだ鎧は淀みなくフィットしている。

◇プルトラー

「久し振りだなダイアモントーヤ。と云っても五ヶ月程しか経っていないか?」

ジョルジュ

「こんな辺境迄良く来てくれたプルトラー。何の連絡もせずに悪かった」

◇バーグ

「え〜と、公爵。どちら様ですかな〜?」

ジョルジュ

「ああ、こいつは俺が士官学校時代からの友でスカイ=ロン・ジン・プルトラー。第2軍団で大隊長をしている。実に優秀で実直、何にも増していい奴さ」

◇プルトラー

「否、大隊長は辞して来たよ」

ジョルジュ

「何!?何故辞したのだ?」

◇プルトラー

「話は聞いたぞダイアモントーヤ。先の戦いで責任を問われたそうではないか!あの様な茶番劇でお前程の男を手放すとは、軍務省の意向には全く承服出来ん。聞けば傭兵団を組織し、北部辺境域で独立諸候として奮起しているお前をどうして放っておけるものか!直ぐに退役し、駆け付けたんだが、流石にダイアモントーヤ。僅かの間にこれ程の勢力を築き上げているとは、恐れ入った」

ジョルジュ

「…らしくないなプルトラー。お前程堪え忍び、怺える事の出来る男が、俺如きの為に大役を辞するとは………有難う」

◇プルトラー

「お前こそ、らしくないぞダイアモントーヤ。俺は俺の意志でお前の下にやって来たのだ。お前が何等責を負う必要はない。お前が許すのであれば、俺を配下の末席にでも置いてくれ」

ジョルジュ

「ああ、勿論だともプルトラー。俺は堪え性が無いんでお前の様な男がいると何分助かる。これから頼むぞ」

◇プルトラー

「では、これからは臣の身故、敬愛を込めてアルマージョ公爵と呼ばせて貰おう」

◇バーグ

 (ほ〜、ヘイルマンといい、こいつといい、随分まともな奴とも仲が良いんだな)
「どうもどうもプルトラー殿。俺は公爵に恭順してるバーグ男爵ってもんですわ。まぁ、気軽にヒュルトブルグって呼んで下さいよ」

M L

 一方、ヨッヘンバッハ領では深刻な資金不足と物資不足に悩まされていた。
 相次ぐ戦争への出陣による出費はいよいよ国庫の限界を迎え、最早立ち直せる術は残されていないかの様であった。

◇イシュタル

「ヨッヘンバッハ様、我が領の軍資金は既に限界に差し掛かっており、一刻の猶予も御座いません。早急に対策を講じませんませんと手遅れになります」

ゲオルグ

「む〜、そんなに切迫してるのかねイシュタル?」

◇イシュタル

「資金的には金貨300枚を割り込んでいます。物資はより厳しく、収穫を待って徴収しても買い足さなければ何ともなりません。最早、軍を動かす事は出来ません」

ゲオルグ

「むむ〜、来年の男爵位維持費さえもなくなってしまったのか〜。シラナー、バーグ両男爵とアルマージョ公爵からは何か届いておらんのか?」

◇イシュタル

「それぞれ感状が届いております。ヴァイオレット・ローズ産のワインが3本添えられておりましたが…」

ゲオルグ

「む〜、やはり誰か知恵者を雇わねばなるまいかの〜?」 

◇イシュタル

「無理です。雇い入れる資金も、又新たなアイデアを実施するにも資金不足が足枷となっております。抜本的な改革か、大胆な策を練るしかありません」

ゲオルグ

「むむ〜、何かあるかの〜イシュタル?」

◇イシュタル

「…ヨッヘンバッハ様は元々、父君も諸候であらせられたとお聞き致しましたが?」

ゲオルグ

「ふむ、父ヴィルフリートは暴君として君臨しておった故、俺は相続を破棄し、今は弟のユルゲンがその公爵領を継いでおる。しかし、碌でもない奴だ」

◇イシュタル

「例えば、ですが…その父君の領有権を主張してみては如何でしょうか?」

ゲオルグ

「ど〜ゆ〜事だ?」

◇イシュタル

「公爵領ともなれば、国庫には十分な資金と物資が納められている筈です。巷ではマゼラン伯爵の遺領問題に揺れている様ですし、ヨッヘンバッハ様が弟君の継承権を是としなければ領有権を主張出来ます。弟君のユルゲン公が民衆に支持されない暴君であれば、長兄ヨッヘンバッハ様の帰還を皆、期待している筈です」

ゲオルグ

「なる程〜。よ〜し、そ〜しよう!真のヨッヘンバッハ領を取り返しに行くぞ!!」

ジナモン

「おいおい、男爵!この村と領地はど〜するんだい?」

ゲオルグ

「ふむ、ひとまずは置いておくしかあるまい?な〜に、システィーナがおるのだから襲う者等おらんだろ〜?」

ジナモン

「ン〜…流石に納得いかないな〜。今迄、領民の為に、って事で税金掛けたり、労働させたり、女神の神殿造ってたりしたんだろ〜?なのに、金がないからってほったらかしにして出て行くのはおかしいんじゃないか〜?戦争ばかりで碌に統治してなかったし?」

ゲオルグ

「馬鹿もン!!縁起でもない事をほざくでない!ブラックホークの悪政から解き放ち、安心して暮らせる様にしてやったのだぞ!それにだ、暴君がのさばっておると分かって、黙っておる奴がおるか〜!正義の為、世の為、敢えて弟を討ちに行くのだ!!!分からンのか?」

ジナモン

「いや〜、小難しい話はよく分からんけど、あんたの親父や弟が暴君だってのは端から知っていたんじゃないのか〜?それにやっぱ兄弟相争うのは良くないな」

ゲオルグ

「む〜、これだから一介の戦士風情は駄目よの〜。為政者の苦悩をち〜っとも理解出来んとは!全く以て嘆かわし〜!」

ジナモン

「ン〜、分かったよ。出て行くさ。やっぱ何かおかしいしな。それにそろそろ帝国筆頭戦士団“
コロッセウム”に志願したい、と思ってた処だったし」

ゲオルグ

「む〜、今迄喰わせてやって来た恩義を忘れるとは、何と云う碌で無し!顔も見と〜ないわ、出てけ出てけ!!」

ジナモン

「又、いつか何処かで会おう。さらばだ」

M L

 ダイアモント城に西の戦地から戻ったばかりのガローハンがやって来た。働き詰めであったが、傭兵としての性か勝ち戦に興奮するガローハンに不満の様子は微塵もなかった。

◇ガローハン

「おう、大将、今戻ったぜ!ン?そっちの奴は誰ですかい?」

ジョルジュ

「よく戻ったガローハン。流石は“太陽の旅団”の将、お前の働きは随一だ!
 で、紹介しよう。こいつはプルトラー。俺の仕官学校時代からの友人だ。帝都軍団である第2軍団大隊長の職を辞して俺の助けをしてくれる事になった」

◇ガローハン

「ほ〜、帝国中央正規軍のエリートじゃないですかい。そりゃ、すげ〜な〜」

◇プルトラー

「否、君の方こそアルマージョ公爵から話を聞き、素晴らしいと感嘆していた処だ。一千名を超える用兵を苦もなく扱える将等、そうはいない。これから宜しく頼む」

ジョルジュ

「ガローハンよ、これから益々忙しくなるぞ!領土が広がり、兵が増えるのと同時に敵も多くなる。その為にも様々な人材が必要となり、新たな役を負う事となる。俺には多くの人材が必要だ!お前もそれを分かってくれ」

◇ガローハン

「おお、任せておけ!俺は傭兵だったんだぜ。いろんな連中と出会っては別れを繰り返して来たんだ。問題は起こさね〜し、起こさせはしね〜よ。安心しな大将!」

ジョルジュ

「よし、ならば直ぐに新たな任務を与える。ガラミスと共に1500名を率いて北西部の小諸候を攻略せよ。早馬を出し、シラナーからも援軍を出させる故、安心して戦え。但し、ストレイトスが動いた場合は早急に撤退せよ。
 プルトラーはバイオレッド・ロードに残る軍に帝国正規軍の遣り方を仕込んでくれ。補佐としてロンを付ける。ヘイルマンは引き続き、領民のマインドコントロールと情報収集に取り組め。加えて、新たに人材登用に動い
てくれ。
 俺は帝都に飛び、仕官志望者の選定に行ってくる」

M L

 例の如くカノンの奇術で瞬く間に帝都に向かったジョルジュは、ウルハーゲンとカノンを引き連れ、仕官志望者を滞在させる為に借りたホテルへと向かう。途中、勲爵院に赴き、
辺境伯の叙勲要請とプルトラーに叙任させる為の男爵位を一つ購入する手続きをした。
 ホテルには大勢の仕官志願者が待っていた。以前と異なり、辺境の一貴族とは云え、破竹の勢いであったアルマージョ公爵に仕官を望む者は格段に増えていた。
 最も募集に力を入れた文官の志願者の数が多かった。第一大公
レットバルダに仕えていた文官ハイドライト・クームーニン、武官から転向して文官となったメルトラン・フォーディス男爵、帝国大議会元議員にして労働党幹事長を務めたロンタリオ・バルボーデン子爵、40代からなる五人の超党派『五芒星』の面々、クームーニンに従う若い文官20名、バルボーデン子爵の息子パオロ、その他百有余名の文官が居並んでいた。強者として志願して来た者には“ホークアイ”と呼ばれる間者、“ロックマン”と云うサバイバルの達人、軽業師のムッチャル四兄弟、“炎の踊り手”又は“神の目”と呼ばれる銃と飛び道具の名手、“ソードマスター”と渾名される舞刀術の使い手、“舞姫”と称す抜刀術の達人、他数十名が集っていた。魔術師として志願して来たのはプエルトリコ子爵とその配下50名であった。芸術家は十数名、美女達は百名以上集まっていた。何故か美女の志願者の中に子供が一人混ざっていた。
 各仕官志願者は銘々特技を披露したり、経歴を発表したりとアピールをし、全てを見終わるのに数時間を必要とした。

ジョルジュ

「予想以上に多く集まった様だな。しかし、やはり魔術師は集まり難い様だな」

◇カノン

「致し方ありますまい。元素魔術の使い手であれば、多くは帝国法術庁付か、或いはアクシズ(*1)の魔道士に大別されます。元素魔術の独立魔術師は稀少です。ジョルジュ様の方が珍しいのですぞ」

ジョルジュ

「フッ、まぁそうだな。さて、誰を雇うかだが、先ずプエルトリコ子爵とその配下の術士達は雇おう。元素魔術の効果を引き出すには多くの術士が必要だからな。それから強者共は私の直接の護衛、つまり親衛隊になって貰う事になる。近衛隊を組織する訳ではないので兵卒は除き、個々の能力と際だった特技や知恵を有する者を選ばせて貰う。則ち、ホークアイ、ロックマン、ムッチャル四兄弟、炎の踊り手、ソードマスター、舞姫の9名を合格者とする。
 芸術家は彫刻家の
ミャズ・ペルタペト一人を合格とする。理由は、他の者達が写実的で繊細、美しいと分かるのに対し、ペルタペトの荒々しさと力感は私には全く理解出来ない作品だ。今回、私は芸術と云うものを“理解出来ぬもの”と判断した故にペルタペトを宮廷芸術家とする事にした。
 宮女としては
ルーシー只一人を合格とする。やや下品だが顔付き、スタイル、身のこなし、多くの者達が一様に美しいと称するに足る女性だからだ。教養を学び、節制に努めれば、私の宮廷を飾る花に相応しい。
 で、美女に志願して来たお嬢さんなのだが…」

◇・・・

「なんであたしがこんなケバい女に負けるのよ!絶対、私の方が綺麗になるのに!!」

ジョルジュ

「…お嬢ちゃんはいくつかね?」

◇・・・

「お嬢ちゃんじゃない!
シンディールと一緒にするな!!あたしは6歳だ!」

ジョルジュ

「…未だちょっと美女と呼ぶには早くないかな、お嬢ちゃん?パパママが心配してると思うから早くお家に帰った方がいいよ」

◇・・・

「あ!今、すご〜く馬鹿にしたでしょ?子供扱いしたでしょ?親なんかいないもン」

ジョルジュ

「…そうか、両親がいないのか、可哀相にな…分かった、お嬢ちゃん、私の処に来るが良い。生活に不自由させず、しっかりとした教育も受けさせてやろう」


◇・・・


「お金あるから不自由ないもン。あたしに教育なンて必要ないもン」

ジョルジュ

「分かった分かった。私の家はかなり遠いが悪くはない。長旅になるだろうから気を付けるんだよ。そう云えば、名前は何て云うのかな?云えるかな?」

◇シャメルミナ

「云えるに決まってるでしょー!シャメルミナ!
シャメルミナ・シスだよ!忘れないでよね」

ジョルジュ

「…シャメルミナ?シスだと?何処かで聞いた事がある姓名だな…」

◇カノン

「ジョルジュ様、
シス家と云えば帝国の名門中の名門です。確か帝立図書館奥の書院の書庫番をしておる者が年端も行かぬシス家の令嬢と聞きましたが」

ジョルジュ

「…お嬢ちゃん、もしかして君はシス家の末妹かい?」

◇シャメルミナ

「そーだよ、何か文句あンの?かンけーないでしょ」

ジョルジュ

「私の事は知っているのかい?」

◇シャメルミナ

「知ってるよー!だから来たンじゃン!!帝国暦316年12月25日生まれ、帝立大学理工学部に飛び級で11歳で入学、学位取得後編入して法学部を17歳で首席卒業後、帝立高等士官学校に編入、21歳で同校卒業。宗教学・政治経済学・経済軍需学・有事心理学・文化人類学・経済心理学・近代理論軍学・帝国総合法学・理論法術学の九つの博士号取得、“
ドクトル・ノイン”と称される。政治結社『魔戦党派』を主催。帝国元帥府付作戦参謀室に入室、後、帝都防衛情報局近代軍学研究室次長就任、第一統合幕僚本部特等参謀歴任、参謀長心得としてグラナダ戦役に臨み、現在、田舎貴族!」

ジョルジュ

「…良くまぁそんな長い台詞をつっかえずに云えたね〜。見事だね、帝国の公式記録に記載されている事は殆ど網羅している様だね。なる程、ではシャメルミナ、君も正式な臣下と認めよう。但し、宮女ではなく文官の一員としてだよ」

◇シャメルミナ

「え〜!宮廷付の美女がいい〜!フルーツ食べて、お洒落して、フラフラしてたい」

ジョルジュ

「駄目だよシャメルミナ。ぐうたらな大人になってしまう。才女としてしっかり働き、記憶だけでなく創造し得る才覚を身に付けるのだ!分かるかい?」

◇シャメルミナ

「ブーブー、分かったよー」

ジョルジュ

「さて、と。文官の方だが、文官は多ければ多い程良い。此処に集まった文官志望の者全てを雇う事にする」

◇ハイドライト

「お待ち下さい、アルマージョ公爵。長らく待ち続け、挙げ句これと云ったテストもなく全員雇い入れるとはどう云う事ですかな?」

ジョルジュ

「私の求めている文官は、知識量や経験、経歴ではない。私の発想と思惑とを実質的な施政に具現化、反映し、淀みなく、滞りなく執行する事が出来るか否かに掛かっている。則ち、実務を執り行い、それにそぐう者だけが残り、足らん者は弾く。政務は 軍務と異なり、刹那の時で考え行うものではなく、百年千年先を見据えて執るもの。故に判断はこの場での一瞬ではなく、実際の職務で判断する。益して、遠く離れた我が領で骨を埋める覚悟なくして、仕える事等出来まい?」

◇ハイドライト

「云っておきますが、私はレットバルダにも噛み付いた者ですぞ。権威や武威に気圧される事等決して御座いません。お扱い召されますかな?」

◇ロンタリオ

「儂とて同じじゃ。未だ未だ若いもんには負けんぞ〜。そちが愚かな政をしでかそうもんなら、四六時中、説教してくれるわい!」

ジョルジュ

「フッ、頼もしい限りじゃないか。戦は戦場だけで起こっているもんじゃない。政でも戦は巻き起こる。俺の遣り方が気に入らなければいつでも噛み付いて来い!」

◇メルトラン

「それではこれから我々はどうすれば宜しいのでしょうか?」

ジョルジュ

「私は爵位の叙任を待ってから出立するが、君達は皆で先に出立してくれ。兎に角、遠いんで集団で行動し、出来る限り急いでくれ給え」

M L

 ヨッヘンバッハ領では忙しく事が進められていた。収穫前だと云うのに食糧の強制徴収が行われ、同時に健康な成人男性が徴兵されたのだ。
 村民からは非難の声が上がったが切迫していたヨッヘンバッハ男爵は聞く耳を持たなかった。徴兵して二百数十名になった兵士達と神殿建設費と喜捨された金銭、国庫の全ても運び出し、村を後にした。
 弟ユルゲン・ヨッヘンバッハ公爵領は北部辺境域と云っても東北部に位置している。東北部へは未開発地帯や大森林地帯を抜ける北回りか北方四州を抜ける東回りのルートが考えられるのだが、自勢力の規模から考えて、北方州を抜ても大丈夫と判断し、東へと行軍した。
 東回りにした理由がもう一つある。ユルゲンの私兵の規模が全く分からない上、流石に200名ちょっとの軍では対処出来ないと想定し、イシュタルが傭兵団を雇い入れる予定を立てたのであった。
 北方第1州
ブルーローズに辿り着いた一団は、イシュタルの手引きで300名の傭兵団を雇い入れた。資金等殆どない為、前金で金貨250枚を渡し、成功報酬として後に金貨500枚を支払う約束を取り付けた。これは破格の高値であったが、多くの傭兵が北部辺境域西北部に向かっている為、何とか雇い入れる為に仕方なく提示した条件であった。尤もイシュタルの高名のおかげで雇う事が出来た訳であり、そうでなければ傭兵そのものが集まらなかっただろう。
 本来であれば編成や練兵をしなければならないのだが、資金もなければ敷地もない今のヨッヘンバッハ軍には不可能であった。早々にブルーローズを経ち、東北部に位置するユルゲン・ヨッヘンバッハ公爵領を目指した。

ゲオルグ

「イシュタル、大分強行軍でやって来たが、もうそれ程遠くはないぞ」

◇イシュタル

「左様ですか。かなり山がちな場所ですね。殆どが丘陵地帯と云っていいかもしれません。これだけアップダウンが激しいと兵達の体力消耗も著しいでしょうから休息を与えた方が宜しいでしょう。又、進軍が縦長になる為、部隊分けをしておいた方が良いでしょう。この度、雇い入れた者の中で隊長として指揮出来そうな人物をピックアップしてみました。セルヴンテス、グライスター、ボルトハイ、トーガ、ディスタロムの五名です。各々百人隊長に指名して指揮させましょう」

ゲオルグ

「ふむふむ、で、ゴッヘはどうしておる?」

◇イシュタル

「ゴッヘ?…さんですか、徴兵して部隊に組み込んでおりますが」

ゲオルグ

「ゴッヘを十人隊長を命じよう」

◇イシュタル

「!?いえ、しかし、彼の者は軍役も教養もなく、体格的にも見劣りし、戦闘経験も皆無、何よりも性格的に指揮官には向いておりませんが…」

ゲオルグ

「否々、新しく雇った者達ばかりを指揮官にしても信頼がおけん。少しでも馴染みの奴にそれなりの地位を与えねば」

◇イシュタル

「…左様ですか、分かりました。ゴッヘ殿を十人隊長に命じましょう」

M L

 ダイアモント城に一っ飛びで戻ったジョルジュは、数週間後に訪れるであろう多くの部下達を招き入れる準備に取り掛かった。
 コペンに命じ、多くの職人と人足を雇い入れ、ダイアモント城内に臣下の部屋を用意させるべく改修を行った。自身は朝昼には町に出て昇陽教の説法と人材登用、夜は新たな法案作成と昇陽教の編纂、領土拡大計画、事務等に没頭した。合間に
黄金の鎧の発注をコペンに頼んだ。ライジング・サンのシンボルにするつもりであった。
 乗馬術の長けたボウマンをプルトラーの下に付け、本格的な騎兵の創設に当てさせた。そんな最中、ヘイルマンが忙しい身であるにも関わらず、自らジョルジュの下に現れた。何でも凄い人材を発見した、と云うのだ。

ジョルジュ

「らしくないなヘイルマン。お前程の男が慌ててはならない」

◇ヘイルマン

「ジョルジュ様、途轍もない人物と遭遇しました!」

ジョルジュ

「途轍もない人物だと?一体、何者だ?」

◇ヘイルマン

「実は呼んでおりますれば、暫しお待ちを」
 一旦、執務室を後にし、直ぐ様、誰かを引き連れて舞い戻る。
「こちらがその方に御座います」

◇ソル

「お初にお目に掛かります。私の名はソル。人からは“噛み砕く者”等と呼ばれております」
 見た事もない装束を纏っている。鋭い眼光は並々ならぬ才覚を内包している様だ。

ジョルジュ

「…失礼だが、何者なのかね?」

◇ヘイルマン

「遙か北方に位置する王国レスタークの英雄に御座います。ソル殿は、レスターク・チルドレンの一人に御座います」

ジョルジュ

「レスタークだと?グライアス王国の山脈を越えた北に横たわるあの鎖国国家か?」

◇ヘイルマン

「左様に御座います。遙かレスタークよりこの地に参った処を運良くお会い出来た訳に御座います」

ジョルジュ

「一体、何故そのレスタークの英雄がこの様な辺鄙な場所へ参ったのですかな?」

◇ソル

「国家の安寧を見届けるに至り、未だ足らぬものがあるのではないかと諸国を巡り、修行中に御座います。コルラヴァード、帝国西部を抜け、こちらに参りました。
 軍才有る者とは多く合いましたが、君主としての器有る者とは出合えず、流れて参りましたが、此処に来てアルマージョ公を知り、訪ね参った訳に御座います。
 願わくば、こちらに置いて頂けはしないでしょうか?」

ジョルジュ

「こちらこそ、異国の技と知恵には大変興味がある。是非、私に仕えてくれ給え!」

◇ソル

「宜しくどうぞ。私は用兵術と軍学を学んでおります。特に攻城戦を得意としておりますので、火急の際には是非、御活用頂ければ幸いです」

ジョルジュ

「これは頼もしいな。私はちょっとしたトラウマがあって攻城戦に苦手意識がある。其方を攻城軍師に任命し、以後重要な都市包囲戦や市街戦を任せよう」

M L

 ユルゲン・ヨッヘンバッハ公爵領は小高い丘陵地帯に囲まれた盆地にある町を中心にした領土であった。公爵領と呼ぶには聊か手狭でこぢんまりした土地だが、周囲を取り囲む森林地帯と丘陵地帯から豊富な動物資源と植物資源を得る事が出来た。土壌も良く、日照時間も長い為、耕作面積に対して比較的豊富な農作物を収穫する事も出来た。商業地としては向かないが農耕地としては十分であり、一見すれば牧歌的な土地に見えた。しかし、その内情は違っていた。ヨッヘンバッハ家は四代に亘り、この土地を所有し続けて来たのだが、その支配体制は熾烈を極めていた。
 初代ルートヴィヒ・ヨッヘンバッハ伯爵は、
ヴィッヒバックと云う阿片の独自改良品種の栽培を成功させ、この麻薬を売買する事で莫大な富を得た。二代目エメリヒ・ヨッヘンバッハ侯爵は、麻薬売買から一歩進め、薬付けにした者達を領内に集め、奴隷を多く作り、奴隷市場を領内に開いた。“ヨッヘンバッハ闇市”と云えば、当時北部辺境域では人身売買の代名詞的存在であった。三代目ヴィルフリート・ヨッヘンバッハ公爵、則ち、ゲオルグとユルゲンの父は、奴隷市場から女性を分け、一大娼婦街を築き上げた。娼婦にも客にも麻薬を安価で売り付ける事で領内に釘付けさせた事から“蜘蛛の巣領”と渾名された。現在のユルゲンの居城が『蜘蛛の巣城』と呼ばれる所以である。四代目、則ち現当主でゲオルグの実弟ユルゲンは、娼婦街に改革を齎し、男娼や児童売春、同性売春等の遊郭を作った。領内の税率は八割を超え、滞納者は全て奴隷に貶められ、人身売買の商品か遊郭での働き手に転じさせられていた。麻薬の輸出制限を掛ける事で自領に客を呼んでは滞納や未払を理由に奴隷や売春に身を陥れ、農耕地とは思えない程の莫大な財産を築いていた。邪悪ではあるが商才に長けた一族とも云えた。農作物への税率は100%であり、食糧は配給制であった。その配給される食糧には微量の麻薬が混入され、民衆の思考能力を低下させ、コントロールするのに十分であった為、この恐ろしい蜘蛛の巣領では一揆が勃発した事はない。多くの犯罪行為には審議の余地なく極刑が下されていた。又、歴代の当主は金字塔と呼ばれる大墳墓を築き、それを墓所としている。今迄三つ完成し、歴代当主がそこで眠り、現在四つ目が建設中であった。
 現当主ユルゲンは、ラングリスト伯爵家現女当主メルティとの縁談を進めていた。ラングリスト家は五代も続く名門であり、北部貴族間に信頼されたファッション・コーディネーターの大家であった。名門貴族の当主が若い女性であり、その特殊な立場に目を付けたユルゲンは、自領の財力を用いて一気にラングリスト家の家名を高め、北部貴族での立場を揺るぎないものにしようと画策していた。ラングリスト領に大量の麻薬を流し、領内の多くの者達を薬漬けにすると脅し、半ば強引にメルティとの縁談を推し進めていた。

 蜘蛛の巣領周辺の森林地帯に到着したゲオルグの一団は息を潜め、潜伏した。ゲオルグがこの地を離れて大分経つ為、現在のユルゲンの兵力や組織の情報は一切無かった。偵察を出すにも盆地と云う地形から発見され易く、イシュタルも二の足を踏んでいた。そんな中、珍しくゲオルグが提案した。

ゲオルグ

「よ〜し、ここは俺自ら赴いて探って来てやろ〜!」

◇イシュタル

「何ですって!?ヨッヘンバッハ様自らがですか?危険に御座います!顔を知る者が多いでしょうし、どの様に潜伏するお積りですか?」

ゲオルグ

「ふふふ〜、堂々と正面からユルゲンに会いに行くのだ、イシュタル」

◇イシュタル

「何と!!?それこそ危険、否、無謀過ぎます!!」

ゲオルグ

「分かっておらんの〜イシュタル?ユルゲンめはラングリストとか云う女伯爵と婚儀を結ぶのであろ〜?実兄である俺が祝言を挙げに訪れるのがそれ程に危険かね〜?後に行われるであろう婚礼に際しての打ち合わせと称し、取り入るのであれば訳もない。俺が貴族になっておらんのであれば疑いもするだろ〜が、男爵として所領を有する身なれば、納得する処であろ〜?」

◇イシュタル

「成る程、一理あります。ですが、今迄疎遠、絶縁状態にあった兄弟の間柄に、そう上手く事が運ぶでしょうか?」

ゲオルグ

「そこはほれ、俺の話術で何とかしよ〜」

◇イシュタル

左様ですか。失礼致しました。そこ迄お考えでしたらこのイシュタル、口を慎みます

M L

 突然、兵士達が慌ただしく騒ぎ立てる。何者かが、ヨッヘンバッハ軍の潜伏している森林地帯に訪れたのであった。
 捕らえようと試みた兵士達の幾人かが殴り倒され、事態は緊迫していた。慌ててゲオルグとイシュタルは現場に走り、乱暴な来訪者を確認しに向かった。
 そこには薄汚いボロ切れを纏っただけの坊主頭の男が立っていた。

ゲオルグ

「己ぇ〜、何者ぞ!我がヨッヘンバッハの兵士と知っての振る舞いかー!!」

・・・

「ヨッヘンバッハ?否、知らなかった。野盗か山賊の類かと思った、悪い」

ゲオルグ

「悪い、で済むかー!我が兵を野盗山賊風情と一緒にするとは何と不届きな奴!貴様は何者だー!!」

ラウ

「ラウ。ラウ・シュウラン。“森の淑女”の弟子で精霊(しょうろう)魔術(*2)の使い手だ。廻国修行中で師匠からこの辺りにヤポンと云う徳の高い山男が住んでいる聞き、会いに来たのだ。知らないか?」

ゲオルグ

「…ヤポン?知らんわー、そんな奴!謝れ、謝罪しろ、この野蛮人!!」

ラウ

「ンー、すまなかった。でも、先に手を出して来たのは彼等の方だ」

ゲオルグ

「馬鹿もン!そンな薄汚い恰好でうろついておれば怪しいに決まっとるだろ!!そンな事も分からんのか!」

ラウ

「ンー、そうか、悪かった。なら何か手伝おう。ゴライオン、ゴライオ〜ン!」
 突然、森林の奥から白地に黒の模様を持つ巨大な虎が現れた。

ゲオルグ

「…!!!!?ぬ、ぬわ〜ッ!!!なっ、何だその猛獣はーっ!」

ラウ

「ン?こいつはゴライオン。俺の友達だ、宜しくな」

ゲオルグ

「むむ〜…その猛獣は人を襲わンだろ〜な?」

ラウ

「ン?俺が襲えって頼まなければ襲わない。安心しろ。で、手伝う事あるか?」

ゲオルグ

「む〜、ちゃんとそやつを抑えておけよ!そ〜だな〜、よし、俺に付いて参れ。今から町に降りるので一緒に来い」

ラウ

「ン?分かった。付いて行く」

M L

 ダイアモント城にバーグ男爵が駆け付けたのは、ソルを雇い入れた二日後の事であった。

◇バーグ

「や〜、公爵〜。旨く行きそ〜ですよ、マゼランの遺領と南回りの通商ルート。婚儀は本格的にまとまりそ〜で、早ければ来月にでも婚礼の儀を行えそ〜ですよ。現地入りしたパープルワンズの爺さんが目を光らせてるんで順調なんですわ〜。現マゼラン領迄のルートにある小諸候ウェーバー、ウェコピカ、ナランカ、アンゾワープの各男爵も条件をのみ恭順の意を示してます。ストレイトスの圧力もなく、全てに於いて順調ですな〜」

ジョルジュ

「…何か引っ掛かるな。パープルワンズの言を借りるのであれば、ストレイトスは北部辺境域の勢力バランスを齎す存在と聞いている。しかも、今あやつは第27軍団長の立場にある。何故何も仕掛けて来ない?」

◇バーグ

「何ででしょうね?お家事情が良くないとか?意外と噂だけが先行してて力無いのかも?若く見えても爺だから暑くて動けないのかな〜?な〜んてね〜」

ジョルジュ

「…探りを入れた方が良さそうだな。遠方故に諜報活動を後回しにしていたが、やはり大諸候故、偵察しておいた方が良さそうだ。意思表示をせぬ輩は不気味故、色々勘ぐってしてまい、目の前にある諸問題に集中出来ん」

◇バーグ

「俺の方でも探りに出しましょうか?」

ジョルジュ

「否、お前は今迄通りオッペンハイムと共にマゼラン、メイファーの婚儀と南回りの通商ルート拡張に全力を尽くせ。偵察は俺の方でやる」

M L

 ゲオルグはゴッヘとラウを引き連れて森林を下った。イシュタルと五人の百人隊長達はいざと云う時の為、森林に潜む兵達と共に残った。
 森を下る獣道を足早に進んでいる三人と一匹の前に不思議な男現れた。綺麗に剃り上げた頭にラウ程ではないにしろぼろぼろの簡素な服を纏い、何より両肩と頭に乗った小人達が奇っ怪な様相を呈している。
 男はゲオルグ一行を見るなり話掛けて来た。

◇・・・

「迷っている訳ではありませんぞ。散歩をしているのです」
 男が話した直後、続け様、三匹の小人が甲高い声で喋る。
「迷ってるんだYo、助けてYo」
「迷っている訳ではありませンぞぇ。森林浴をしてぃるのレす」
「迷ってしまったんじゃなくて、迷ってるの。さまよってるの。まいってるの」

ゲオルグ

「…!?な、何なんだ、こいつはー!?珍妙な生き物を連れおって、怪しい奴!」

ラウ

「ン?もしや、貴方が“生命の”ヤポン殿では?」

◇ブルンガー

「否々、私はブルンガー、“七つの秘術を持つ男”」
 直後、続け様、三匹の小人が甲高い声で喋る。
「Yeah!Yeah!俺は右の小人。胸に七つの傷を持つ男前!」
「嫌々、わらわは左の小人ぞぇ。“七つの秘密を持つ女”なの」
「否々、小生は真ん中の小人。七つの秘術を持つの。持ちたいの。持て余してるの」

ゲオルグ

「む〜、小馬鹿にしておるのか〜?このヨッヘンバッハ男爵を〜!」

ラウ

「俺はラウ。ラウ・シュウラン。“森の淑女”の弟子で精霊魔術の使い手だ。廻国修行中で師匠からこの辺りにヤポンと云う徳の高い山男が住んでいる聞き、会いに来たのだ。知らないか?」

◇ブルンガー

「すまんのだが私は知らんのだ。縁が在れば出合える筈です」
 直後、続け様、三匹の小人が甲高い声で喋る。
「知らね〜、知らね〜、知らね〜Yo!¥を出したら教えてやるYo!」
「すまンが知らンのレす。運が良ければ合えるぞぇ、運が悪けりゃ死ぬだけサ〜♪」
「知らないんじゃなくて、知らない振りなの。知らんぷりなの。知ったか振りなの」

ゲオルグ

「ぬ〜、いい加減にしろ〜!迷っておるのなら俺に付いて来くのだ!但〜し、その気色悪い生き物を黙らせるのだ〜!!」

◇ブルンガー

「黙らせたいのは山々なのですが、無理なのです」
 直後、続け様、三匹の小人が甲高い声で喋る。
「黙らせたいならYeah!ま〜、Yeah!ま〜、黙ってやるYo!」
「黙らせるのは山ぁり谷ぁりぞぇ。ムリッ!っぽぃなのレ〜す」
「黙らせたいんじゃなくて、黙りたいの。黙り込みたいの。駄々っ子なの」

ゲオルグ

「む〜…何か異常に疲れるの〜。分かった分かった。兎に角、付いて来るのだ!」
 (暫く留守にしておる間にこの森には訳の分からん奴等が住みついてしまったな…)

M L

 四人と四匹?になったゲオルグ一行は森林地帯を抜け、丘陵を下り、町へと急いだ。町に入ると巨大な虎に恐れおののく民衆を尻目にユルゲンの居城蜘蛛の巣城へと赴き、徐に衛兵に話し掛け、ユルゲンへ取り次ぐ様、命令をした。門番をしている衛兵はゲオルグを知らなかったが、後に現れた隊長格の兵士は流石にゲオルグを覚えており、間もなく客間に通された。勿論、巨大な虎は城内には入れては貰えず、兵舎近くの広場に鎖で繋がれた。ラウは虎を鎖で繋ぐ事を必死で反対したが、当然聞き入れられる筈もなかった。
 暫くすると四人の下に兵士が訪れ、謁見の間でユルゲンが会う用意が出来た旨を告げた。広いとは云えないが、やたらと装飾過多な廊下を歩み、謁見の間へと案内された。大勢の衛兵が居並ぶ謁見の間には豪華な絨毯が敷かれ、豪華な玉座に端正だが癖のある笑みを浮かべた男が座っている。玉座の前には、堂々とした鬣を携えたライオンが寝そべっており、その獰猛そうな眼差しを見知らぬ来訪者に向け、喉を鳴らす。

ゲオルグ

 (む〜、相変わらず生意気そうな奴め…にしても金回りが良さそうだな〜)
「おお〜、ユルゲン、我が弟よ!久し振りだな〜。元気にしておったか?」

◇ユルゲン

「…お久し振りですな兄上。兄上の方こそ元気そうで何よりですな。で、この度は突然、如何なさいましたかな?」

ゲオルグ

「ふむ、何でもラングリスト伯爵との縁談を進めておると聞いて、祝言を挙げに来たのだ。婚礼の打ち合わせもしたいと思っている」

◇ユルゲン

「…これはこれはわざわざ有難う御座います。そうでしたか、婚礼の儀に際しては兄上にも御出席願える様、御連絡致しましょうな」

ゲオルグ

「どうだ、募る話もあるので久し振りに二人で話でもせんか?」

◇ユルゲン

「…山々ですが、余りにも突然の来訪でしたので、職務が残っておるのですよ。今日は長旅の疲れでも御緩り取られ、明日以降にでもお話致しましょうな。宴の支度は間に合わないでしょうが、それでも心ばかりの食事を御用意、お運び致しましょう。心行く迄御堪能あれ。それでは私は未だ職務が残っておりますれば、この辺で…」

M L

 僅かな時間で謁見は切り上げられ、半ば無理矢理退出させられたゲオルグ一行は、客間に戻ると、取り敢えず寛いだ。

◇ゴッヘ

「久しぐ会っでながったば兄弟ぃサ、御対面ねば感動だばしで涙サこらえで語らばねばなんね〜のス。ンだばしょっで、いぎなりだどか忙しぃどか関係っこサね〜のんス。オラ、腹がだっで腹がだっで、ぃでもだっでもぃられながっだっサ〜」

ゲオルグ

「今一つ何を云っておるのか分からんが、ま〜そうよの〜。それよりもゴッヘ、そちはその訛りを取る様に努力するのだぞ〜」

ラウ

「此処へ来たのは何の為だ?あんた、偉い奴なのか?」

ゲオルグ

「此処へは兵力と状況を探りに来たのだ。俺は偉いぞ〜、正義の為、世の為、こ〜して危険を顧みず、潜入をしておるのだからな〜」

◇ブルンガー

「しかし、此処の当主とは兄弟なのですよね?危険とは一体?」
 直後、続け様、三匹の小人が甲高い声で喋る。
「兄弟なのかYo!俺達はBrother、お前はBoo!Other!危険と隣り合わせYo!」
「兄弟なのレすか〜?危険があるとは恐ろしいぞぇ、助けてたも〜」
「危険なんじゃなくて、危険っぽいの。棄権したいの。聞けないの」

ゲオルグ

「弟のユルゲンは、父ヴィルフリート同様、大悪党なのだ。民衆を圧政から解放し、救いださえばならんのだ。それが出来るのは兄である俺だけなのだ〜」

ラウ

「そっか、悪い奴は懲らしめないとな。平和の為に俺も手伝おう」

M L

 客間の扉をノックして衛兵が現れ、食事が用意出来た旨を告げた。給仕がワゴンに載せた多くの食器をテーブルに並べ始め、食事の支度が進む。

ゲオルグ

「む〜、本当に宴はないのか〜。客間で食事をさせるとは、礼に失するの〜」

M L

 給仕達が、すみません、と頭を下げ、それなりに豪華なディナーが揃う。

ゲオルグ

 (ムホッ♪そうだ、此奴等家人からそれとなく情報を聞き出そう)
「ふむふむ、なかなか美味いの〜。処でそち達は仕えてどれくらいになる?俺の事は知らんのか?」

M L

「私は未だ御奉公に上がり二年に御座います。お噂は兼々お伺いしております」
 給仕はそう答えて次の食事を運ぶ。

ゲオルグ

「そ〜かそ〜か。留守にして大分経つからの〜。それにしても、俺が居った頃よりも家人が増えておる気がすのだが、今はどれくらい居るのだ?」

M L

「そうです、家人だけで2000名以上いるかも知れません。ですが、半分以上は衛兵と治安警察です。ゲオルグ様はこちらにはお戻りになられないので御座いますか?」

ゲオルグ

「否々、俺は自分の所領を持っておるのでな〜、今の処戻る予定はないぞ。それで今、将軍職には誰が就いておるのだ?」

M L

「あっ、御存知在りませんでしたか?大将軍はジュエルマイン・ザラライハ様に御座います。左将軍にはヤーナハラ・ジェベ様、右将軍にはバンバン・ビィ様です。頼もしい御方達に御座います。スープのおかわりは如何致しましょう?」

ゲオルグ

「ふむ、頂こうかな。父上の時代には顧問や相談役が居ったのだが、今は誰も置いておらんのかな?謁見した際、弟の回りにそれらしき者がおらんかったのだが?」

M L

「あれ、いらっしゃいませんでしか?大老のゲルノート・アイゼンバウアー様と獄長のブードゥバー様、宮廷魔術師のノルナディーン様、大主教のゼム・ゼノ様、農商連理事長のイファン様等錚々たるお歴々がいらっしゃいます。メインディッシュは仔牛か鹿肉のステーキのどちらになさいましょう?」

ゲオルグ

「ふむふむ、両方くれい。そ〜か、アイゼンバウアーは未だ生きて居ったのか。で、最近はど〜なのだ、景気は?上手く行っとるのか?」

M L

「はい、左様に御座います。北部辺境域西北部の人口増加に伴い、需要が増える事を想定し、農地を拡大、来月には収穫、精製出来ますから領内は潤うと思います。今月中には領内の税率が九割に引き上げられる予定ですから市場の商品や遊郭も賑わう事でしょう。お食事の後のデザートは如何致しましょう?」

ゲオルグ

「ふむ、貰おうかな。成る程な〜、相変わらず、と云うか前以上に凄まじい事に成っている様だな〜。ふむふむ、料理は美味かった。これはチップだ、取っておくのだ」
  金貨一枚を家人に投げ渡す。

ラウ

「金を払うのか?あんたの生家だろ?」

ゲオルグ

「全く田舎もンの野蛮人はマナー一つも知らんのか!貧乏人のお主等は銀貨一枚程度で良いから渡すのだ。サービスに対する心付けだ、覚えておけい」

◇ゴッヘ

「そっだらこつ云っども、オラ、一文無しだス」

◇ブルンガー

「すまないのだが私も生憎、持ち合わせがない。大変、申し訳ないです」
 直後、続け様、三匹の小人が甲高い声で喋る。
「ノーマネーだYo!すっからかんだYo!最高の女とベッドでドン・ペリニヨン?」
「すまないのレす。おけらなの。ツケてちょ〜だい。ツケでも飲みたい気分なの!」
「持ち合わせがないんじゃないの、持たないの。モテないの。勿体ないの」

ラウ

「俺も今は持ってない。隠し場所に行けばある」

ゲオルグ

「ぬぬ〜、そち達は乞食か〜!分かったわ、俺が渡しておくわい」
 金貨をもう一枚、家人に投げ渡した。

M L

 活気溢れるダイアモント城では急ピッチで改修、増築、開発、開墾が成されていた。定期的な市を開く事で領内の行商人の行き交いが盛んになり、商業地としての盛り上がりも見せていた。
 ヘイルマンがジョルジュの執務室を訪れたのは夕刻過ぎの事であった。

◇ヘイルマン

「ジョルジュ様、二つ報告があり、参りました」

ジョルジュ

「何かあったのか?」

◇ヘイルマン

「先ず一つはサルウの事に御座います。時折、城を抜け出す事があるので付けました処、スラムと化した区画で殺人行為をしておりました。如何致しましょう?」

ジョルジュ

「…あやつは殺人癖、と云うより殺人衝動に駆られる事がある。それを抑圧していると凶暴化し、手が付けられなくなる。故に俺が許可を与え、スラム街か犯罪者に限り、一人だけ殺人行為を見逃す事にした。一度、殺人を犯す度、三日ずつ衝動を抑える期間を延ばし長くする様、云い付けておる。治療の一環と理解してくれ。奴の武力はそれ程、凄まじいものがある」

◇ヘイルマン

「左様で御座いましたか。それではもう一つの報告ですが、隣領ヨッヘンバッハの事なのですが、強制徴収と徴兵を行って全軍を率いて東方へ出立したとの噂です。今は蛻の殻との話ですが?」

ジョルジュ

「そうか、では条約に基づき併呑する。プルトラーに併呑の為に兵を預け、宣下させよう。丁度良いのでプルトラーに領有権を与えよう」

◇ヘイルマン

「それは良きお考えに御座いますが、一つ問題があります。彼の地には“白の女神”の社があります。ヨッヘンバッハは女神を置いたままにしておりますが?」

ジョルジュ

「白の女神か。ヨッヘンバッハが語るにはいにしえの土地神との事だが、恐らくは忘れ去られた土着の民間信仰の成れの果てだろう。だが、この辺り一帯を支配する上では役立つ時も来るかもしれん。我が昇陽教の神々の一柱としてその存在を認知し、昇陽教のシステムに取り組むのだ」

◇ヘイルマン

「左様ですか。ですが、女神自身が存在し、その番人も居るとの事です。ムーン教(*3)の勧誘も断っていると聞きますし、一筋縄ではいかないと思われますが?」

ジョルジュ

「面白い、では俺自らが説得するとしよう。
 …で、何か用かカノン?」

◇カノン

「よく私が戻ったのがお分かりになりましたな」

ジョルジュ

「…何となくだが、直感的にだ。それで?」

◇カノン

「はい、ストレイトス公の件なのですが、どうやらグラナダを留守にしている様ですな。念の為、ストレイトス領も探りましたがやはり留守にしておりました。又、第27軍団も慌ただしく動いておりました。まるで戦支度でもしている様に」

ジョルジュ

「…何をしているのだストレイトスめは…」

◇カノン

「探りましょうか?その気になれば近日中には探れますぞ」

ジョルジュ

「否、よい。それより、お前はフォビアの仲間はおるのか?」

◇カノン

「仲間ですか?仲間とは呼べませんが、全てのフォビアを存じておりますが?」

ジョルジュ

「知っているフォビアを呼び寄せてはくれまいか?俺はもっとフォビアを知りたい」

◇カノン

「御意。お安い御用に御座います」

ジョルジュ

「ヘイルマン、近々枢密院貴族閣議を開きたい。今の仕事と平行して諸候達に出席を促せ。お前も爵位を持つ者として参加するのだ」

◇ヘイルマン

「御意」

M L

 蜘蛛の巣城の客間、ヨッヘンバッハの休むその部屋に新たな来訪者が訪れたのは、食事が終わって暫くしてからの事だった。
 複数人の衛兵を引き連れて訪れたのは、うら若き乙女といった感じの娘。光の三原色を巧みに用いて染め上げた髪に左右異なる色の瞳を持つ娘は、鮮やかだが幼さの残る表情を浮かべ、部屋に入って来た。

◇メルティ

「御機嫌よう。私はメルティ・ラングリスト、ラングリスト伯爵家の当主で御座いますわ。ヨッヘンバッハ公の兄君のゲオルグ・ヨッヘンバッハ男爵は貴方ですね?」

ゲオルグ

「ふむ、そうだが…確かラングリストと云えば、ユルゲンの婚約者かな?」

◇メルティ

「…その様ですね。それについて折り入ってお話がありますの。お人払いを」

ゲオルグ

「ふむ、大丈夫だ。この者達は俺の部下だ、他言はせぬぞ」

◇メルティ

「…そうですか、ではお話致しますが、単刀直入に云って私は弟君との縁談等望んではおりません」

ゲオルグ

「はて?そなたはラングリスト家の当主なのだろう?親の決めた事なら兎も角だ、自分で決めれる立場にある君が望んでいないのに此処におるとはど〜云う事かね〜?」

◇メルティ

「脅されているのです、貴方の弟君に。此処に居るのも縁談についての協議と称してお呼ばれし、一週間も半ば軟禁状態にされておりますわ」

ゲオルグ

「何と!そ〜であったのか?しかし、脅されているとはど〜云った事でだ?」

◇メルティ

「私の所領に大量のヴィッヒバックを流すと云うのですわ。そんな事をされたら、いつものヨッヘンバッハ公の手口で私の所領は消失してしまいますわ」

ゲオルグ

「いつもの手口?一体、ユルゲンはどんな事をしておるのだ?」

◇メルティ

「??貴方の曾祖父の時代からの伝統的な手口ではないですか!タダ同然で膨大なヴィッヒバックを他領の歓楽街に流し、中毒者が増えたら高値に釣り上げる。今回みたいに諸候へ恐喝する場合は、輸出制限を敷いて他領に流さなくする。そうすると、常用者はこのヨッヘンバッハ領に出向き、そのまま帰らせず奴隷にされる。常用者の流出を防ぐ為に領外出向禁止令を発令しても犯罪や暴動を招き、どうにもならない。貴方の一族が他領を陥れる時の十八番ではないですか!」

ゲオルグ

「むむ〜、そんなにも悪い事をしておったとは、知らなかった。俺はそんな事は絶対にしないぞ!」

◇メルティ

「だったら何とかしてよ!私は早く自分の所領に帰りたいのですわ。それに婚儀なんてまっぴらですわ。今夜にでも抜け出したいのです。何とか脱出の手引きをしては頂けないかしら?お願い!」

ゲオルグ

「む〜、何とかしてやりたいのは山々だが、ユルゲンの婚約者であるそなたを逃す手伝いをしたとなれば、俺の立場も危なくなるではないか。すまんの〜」

◇メルティ

「何て情けない男なのかしら!いいのですか?云っときますが、弟君は貴方を心良くは思っておりませんのよ。貴方が戻って来た事で自分の立場を脅かすのではないかと疑心暗鬼なのですわ。恐らく貴方達の食事にも麻薬を混入している筈ですわ」

ゲオルグ

「!?な、何だと〜!!俺の食事に麻薬を混ぜてあると申すか!ぬくく〜、ユルゲンめ!!」

◇ゴッヘ

「オ、オラ、のごさずぜ〜ンぶ喰っぢまっだだ〜!」

ラウ

「わぁ〜っ!俺も酒以外はペロッといってしまったよ!」

◇ブルンガー

「私もです。腹が減ってたんでついつい、いつもより多く摂ってしまいました」
 直後、続け様、三匹の小人が甲高い声で喋る。
「俺もだYo!ど〜りでハイな気分な訳だYo!ドラッグ最高ォ〜〜〜っっっっ!!!!」
「わらわもレす。何か酔って来たみたい。わらわを酔わせてど〜するつもり?」
「摂ってしまったんじゃなくて、摂ったの。摂りたいの。トビたいの」

◇メルティ

「私は此処に来る時、念の為に自分で食糧を持って来ましたのよ。ですから、一切此処での食事には手をつけてないのですわ。此処の遣り方を御存知でしょ?」

ゲオルグ

「ぬぬ〜、何と云う奴だ!我が弟ながら許せん!分かった、そなたの脱出を手伝ってやろ〜!今夜半、決行する故、それ迄に支度をするのだ。俺達も脱出するぞ!」

◇メルティ

「分かりましたわ。弟君は用心深い御方なのでお気を付け遊ばせ。では又後で」

M L

 ラングリストの若い女伯爵が部屋を後にした後、ゲオルグ達は脱出の相談をし始めた。蜘蛛の巣城の事なら大抵分かってはいるつもりではあったが、増改築を繰り返して来たであろうと予測され、慎重に検討しなければならなかった。
 ラングリスト伯爵が部屋にやって来れた事から比較的城内の往来は自由が利く。ゲオルグは古い記憶を辿り、幾つかの隠し通路や連絡通路を思い出し、その中でも特に古く余り知られていない隠し通路での脱出を試みる事にした。
 城内に設置された古井戸の中に隠し扉があり、城外裏手の石像の台座に迄通じている。過去の記憶では、この古井戸の改修はされていない。
 トイレに立つ振りをしてラングリストに脱出経路を伝え、夜半過ぎに古井戸に集まり、決行した。ゲオルグ達が来たその日に逃げ出すとは思っていなかったのか、警固の者も殆どなく、易々と古井戸に辿り着き、中へ降りた。
 蝋燭に灯を灯し、未だ涸れていない古井戸の水面近く迄降りると、壁面に錆び付き半ば崩れた鉄格子に遮られた小さな通路が見つかった。
 無理矢理、鉄格子を外し、通路へと入る。この時期、使われていない古井戸にはボウフラが湧き、暗くジメジメした通路にも気色の悪い蟲がビッシリとこびり付き、鼠のものと思われる白骨や訳の分からない粘液状の物質の中を這って進む。ラングリストとそのお付きの侍女、ブルンガーの小人達はワーキャー騒ぎ立てながらも何とか進み、かなり長い時間を掛けて出口へと辿り着いた。
 裏手の石像の台座から出た時には、皆、蟲の体液や得体の知れない粘液状のもので染みを作り、汗だくになって疲れ果てていた。そんな中、ラウは虎を助け出すと云って聞かず、皆の制止を振り切って、兵舎へと走り去った。

 ゲオルグ達は直ぐに町外れと向かって走り出した。町を出て、丘陵地帯に入る頃には朝日もすっかり昇り、疲労もピークに達していた。丘陵を昇り、森林地帯に入ればゲオルグの兵達の野営地がある、と云って聞かせても疲れ切っているラングリストは駄々を捏ね、仕方なく一旦、丘陵地で小休止を取る事にした。
 そんな折、突然、木陰から押し殺す様な笑い声が微かに聞こえた。

ゲオルグ

「?誰か居るのか?居るのであれば出て来い!」

・・・

「クックッ、クフフフフッ、緊張感の無い奴等。あんまりにも滑稽だから、思わず笑っちゃったよ」
 木陰から現れたのは、手足の長い痩身の男。濡れた様な黒髪をざわめかせ、小さな丸い鼻眼鏡越しに下目使いでゲオルグ達を値踏みする。

ゲオルグ

「!?気味の悪い奴!貴様は何者ぞ?名を名乗れ〜い!」

ドンファン

「クフフフッ、一匹足りん様だが、お姫さんもいる様だし、ま、いっか。いつもなら名乗る様な真似はしないんだけどサ〜、まぁ、今日は特別。俺の名はイ・ドンファン。コードネームは“烏跳人(カラスハネト)”。所謂、殺し屋サ」

ゲオルグ

「!!?ぬぬ〜、付けて来おったのか〜、悪党め〜!成敗してくれるわ〜!!」

ドンファン

「クフフッ、ユルゲン様と違って直ぐに頭に血が上るんだね〜。出会って直ぐにさよならじゃ切ないけど、まぁ、仕事だから許してよ」
 手には何も持たず、長い手を大きく前後に広げ、不思議な構えをとる。鋭く磨かれた長い爪が鈍く光る。

ゲオルグ

「皆は下がっておれい!
 悪党めが!素手で俺を相手にするとは度胸だけは認めてやろ〜。だが、俺を相手にするのは10年早いわ!その針金みたいな体を膾に斬ってくれるわ〜!!」

ドンファン

「クックックッ、やってみなよ。あんたの皮を削いでやるよ」

M L

 ゲオルグは勢いよくドンファンに接近し、女神の白刃を振るった。僅かの処で白刃は空を切る。立て続けに二太刀め。しかし、これも又、ドンファンに寸での処でた躱された。

ゲオルグ

「ぬ〜、チョロチョロと逃げ回りおって〜!許さ〜ん!!」

ドンファン

「クフフッ、凄腕の戦士と聞いていたが、ど〜やら美味いもんでも喰い過ぎたみたいだな〜?そんなすっトロいんじゃ、蚊も殺せないゼ!」

M L

 ドンファンが抜き手で突き入れて来た。辛うじて躱し、頬に切り傷を作ったゲオルグに「ラッセラー、ラッセラー!」の掛け声と共に無数の突きを繰り出すドンファン。躱す事が出来ないと悟ったゲオルグは、咄嗟に腕をクロスさせてガードする。肘から甲にかけて血塗れになったゲオルグだが、致命傷はない。間合いを詰め過ぎた事に気付き、翔躍術で飛び跳ね、距離を置こうと試みた。しかし、驚く事にドンファンもその驚異的な跳躍に付いて来たのだ。

ゲオルグ

「!!!?なっ、何ぃ〜っ!!貴様も出来るのか〜!?」

ドンファン

「あんただけが翔躍術を使えると思ったら大間違いサ!俺は烏跳人だゼ〜!!」

M L

 上空でドンファンは鋭い蹴りを繰り出した。受け止めたもののゲオルグはバランスを崩し、地面に叩き付けられた。着地の失敗と蜘蛛の巣城からの脱出で疲労困憊していたゲオルグは、流石にきつく片膝と剣を地に突き、立ち上がるのが困難であった。

ドンファン

「クックックッ、パルムサス(*4)の一撃に耐えた程の男でも、徹夜の脱出劇の疲労には勝てなかった様だね〜。可哀相だけど、死んで貰うよ男爵!」

M L

 ドンファンは鋭い爪を高々と掲げた。その時、後方で猛獣の鳴き声が聞こえた。虎の唸り声。
「待て!俺が相手だ!!」
 聞き覚えのある声、そうラウだ。
 奇妙な仕草で詠唱らしきものを呟くと、口から煙状のエネルギー塊を出し、それを両手拳に纏わり付かせ、ドンファンに向かって一気に間合いを詰めた。

ドンファン

「クフフッ、もう一匹が自ら現れるとは好都合だゼ。素手同士の勝負を挑むとは呆れた奴ぅ〜」

M L

 鋭く右抜き手で突きを繰り出すドンファン。その抜き手を左の上腕を肘からV字に曲げ、ラウは受け止めた。直後、ラウの右拳が唸りを上げてドンファンを襲う。サッ、と左手の平でそれを受け止め、
「遅せ〜ゼッ!」
 みしり、鈍い音が響く。拳の衝撃が甲を突き破り、指が在らぬ方向に曲がる。
「!!?ぃッ、ぃぃぃいで〜!!いでででっ!痛てぇ〜〜〜っっっ!!!」
 間髪入れず、ラウは左拳を放つ。痛みに悶えるドンファンは躱す事が出来ず、モロに腹に食らい、すっ飛ばされて後ろの木に叩きつけられる。血液の混じった嘔吐をし、涙と鼻水を垂れ流す。

ドンファン

「グフ〜ッ、痛てぇ〜ょ〜。ちっくしょ〜、何ちゅ〜怪力だ!?」

ラウ

エクトプラズム(精霊)を拳に乗せた一撃は岩をも砕く!」

ドンファン

「精霊魔術師か!クッソ〜ッ、覚えてやがれ〜っ!!」

M L

 ドンファンは一目散に逃げた。ラウも追おうとはせず、ゲオルグの手当を優先した。何はともあれ、凶悪な殺し屋から救われ、一行は小休止をした。
 暫く休み、体力を回復した処で再び丘陵を登り、森林地帯へ入り、ようやく、イシュタル達に合流出来た。
 傷だらけのゲオルグと余りに早い帰還にイシュタルは驚き、心配した。

◇イシュタル

「大丈夫ですか、ヨッヘンバッハ様!?」

ゲオルグ

「逃げ延びる途中、ユルゲンの刺客に襲われたが大丈夫だ」

◇イシュタル

「然様でしたか。それでそちらの方々は?」

ゲオルグ

「こっちの薄汚い男はブルンガー。ユルゲンの処へ行く途中、拾った者だ。そっちのお嬢さん達はラングリスト伯爵とその付き人。軟禁されておったので救い出した」

◇イシュタル

「ラングリスト伯爵ですって!?弟君の婚約者ではありませんか?」

ゲオルグ

「ユルゲンめは、思っていた以上のワルだ!あやつは懲らしめねばならん。しかし、かなり兵力が多い。俺達だけでは何ともならんかもしれん」

◇メルティ

「だったらババリアの山賊を頼ってみたら如何かしら?」

ゲオルグ

「婆ぁ?山賊ぅ〜?そんな輩に頼むのか〜?」

◇メルティ

「ババリアの山賊は義賊ですわ。私、彼等と連絡取れますの。此処で休ませて頂いた後、所領に戻る途中にでも接触を取ってこちらに来させますわよ?」

ゲオルグ

「む〜、しかし、山賊はの〜」

◇イシュタル

「この際、妥協なされてみては如何でしょうか?我々の戦力だけでは不安なのでしたら致し方ありません」

ゲオルグ

「むむ〜、仕方ないの〜。山賊如きに頭を下げるのは嫌だが、ユルゲンを懲らしめる為だ、仕方ない。良し、ラングリスト伯、その山賊共を呼んで来てくれい!」

◇メルティ

「分かりましたわ。その前に休ませて下さいね」

M L

 混乱止む事を知らない北部辺境。救いようのない野心家達の狂宴は、真夏の日差しよりも蒸し暑く、淀んでいる。人々の心を救い出す者はいるのだろうか?
 時の流れは留まる事を知らず、荒んだ歴史が刻まれる。誰も知らないその場所で。本物の祝言は何時聞かれるのか?眠れる英雄の吐息だけが漏れ聞こえた。  …続く

[ 続く ]


*1:魔道都市と称される都市国家。“魔道士”と呼ばれる魔術師達により支配されている。
*2:精神力をエクトプラズマ化させ活性化させる原始的な魔術形態の一種。半ばシャーマニズム的扱いを受け、極小規模な局地的民間信仰の一種として扱われる事が専らである。
*3:帝国国教に迄なっている多神教。歴史は古く、帝国だけに留まらず大陸中にその信徒を持つ。
*4:剣の魔神と呼ばれる帝国北部国境付近に住まう恐るべき魔神。初代妖帝(あやかしのみかど)に仕えた生ける伝説。大陸を寸断し兼ねない程の力を持つ驚異の存在として知られる。

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