〜 Hero (King of Kings)
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 人生の達人 

キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
青い果実


 帝国北部辺境域では不確かな情報と危うげな噂が飛び交っていた。動乱の兆しあり、噂の出所ははっきりとはしなかったが、確かに諸候達は慌ただしく自軍を動かしていた。『グラナダの乱』の混乱覚めやらぬこの時期に再び動乱とは。北部貴族の野心とは何処迄も浅ましく、満たされる事が無い程貪欲に思えた。少なくとも冷静にこれを見て感じる事の出来た者は、疲れ窶れ切った民衆だけであったかもしれない。日差しは正に強く、夏のそれになっていた。



 ヨッヘンバッハ軍の行軍は緩やかなものだった。アルマージョ男爵の要請に応え、バーグ男爵領への援軍として進軍していた。しかし、冷涼な土地とは云え、夏の日差しは強く、防具を鎧った兵士達にとっては過酷なものであった。
 何よりもヨッヘンバッハ男爵の兵士達の士気を低下させている要因は、この暑さだけではなく、休暇の無さにあると云えた。パルムサス動乱、男爵領奪取、グラナダ攻防戦、西武戦線遠征、領内大量殺戮事件、次々と巻き起こる事件の度に引っ掻き回され、所謂まとまった休暇を誰一人手にしてないのであった。その上、給金支払いの滞りに加えて、恩賞のカット、警備や訓練の義務化等待遇は著しく低下していた。何より、最高500名在籍していた兵士が戦死や事件により200名足らずになっている事実があった。
 今回、ヨッヘンバッハに従軍するこの援軍は170名。かつての威勢は感じられなかった。



M L

 バーグ男爵領に到着したヨッヘンバッハ軍は、簡単な野営地を作り休息を取った。話ではシラナー男爵とアルマージョ男爵からの援軍も到着するとの事だが、どうやら一番乗りしたのはヨッヘンバッハ軍の様であった。
 バーグ男爵から丁重な挨拶を受け、ヨッヘンバッハ男爵、軍師イシュタル、副将ジナモンの三名はバーグ男爵の居城に出迎えられた。
 居城バーガー城は、小城とは云え、流石は交易で私財を得ているだけはある。装飾こそ少ないが、十分な居住空間と機能を兼ね備えている。ヨッヘンバッハ領での収入では小城さえも建築出来ないのだから、これは驚きである。

◇バーグ

「や〜や〜、お久し振りですなヨッヘンバッハ卿。わざわざお越し下さって有難う。頼もしい援軍と男爵自ら率いていらっしゃって下さるとは有難い有難い」
 軽快な口調で持て成しの言葉を述べる。

ゲオルグ

「ふむ、久し振りであるな〜男爵。しかし、聊か緊張感に欠ける様だが〜?」

◇バーグ

「いや〜、戦いの前から緊張してますと体も心も保たんのですよ〜。何より、こうして頼もしい援軍にお越し下さった皆さんの姿を見てましたら、一時の安心感も得ますしな〜」

ゲオルグ

「わっはっは〜、それもそうですな〜。俺が来たからには大船に乗った気でいてくれて構わんですぞ〜。わっはっはっは〜」

◇イシュタル

「失礼ですがバーグ男爵、御自身の兵力と援軍とを合わせるとどれ程の数になりましょうか?又、防衛施設や武具の方は?パープルワンズ侯がどう云ったルートで如何程の兵力で攻め入って来るか等の情報は掴んでおりますか?」

◇バーグ

お〜、そうですな〜。直に盟邦シラナー男爵とアルマージョ男爵の援軍も到着するでしょうから、その折に会議を開くと致しましょう。先ずは皆さんの労を労いたく思いまして、ささやかながら食事の用意をしておりますのでどうぞどうぞ

ゲオルグ

「おうおう、それは男爵、気が利きますな〜。では、食事をしながらお話でも致しますかな〜」

M L

 アルマージョ男爵の本軍はシラナー男爵領を経由してパープルワンズ領に入り込める森林地帯で姿を潜め、密に野営地を築き、待機していた。
 アルマージョ本軍はヘイルマン率いる情報部隊200名と留守居役のオッペンハイムに預けた100名を除く約1700名であった。内訳はガローハン率いる
太陽の旅団1500名とディマジオ子爵、アドモ男爵、ウモ男爵の私兵残党の混成軍約200名であった。オッペンハイムに預けた兵は新兵で、建築作業等を見て健康で遣る気のある者を新たに家人扱いで召し抱えた者達であり、ボウマンを留守居役指揮官とし、民衆から選抜したサントーヘと云う若者とサリーと云う女性を補佐に当たらせた。

ジョルジュ

「此処からは慎重に行動するのだ。又、これからは部隊毎に命を下す。ガローハン、ガラミス、ロン、ケルトー各々旅団の300名を率いよ。俺は残る300名に混成軍200名を加えた500名を率いる。均等に距離を置き、偵察を行い、定期的に報告せよ。パープルワンズの軍を発見しても動いてはならない。奴等がヒュルトブルグ領に十分入り込む迄決して動くな。動く時は俺から合図を送る。分かったな?」

◇ガローハン

「おお、任せておけ!奇襲戦と乱戦はグラナダと西部戦線で相当鍛えられたから大丈夫だ。兵共も堪えが利く様になったから任せろ。大将の合図を持つぜ!」

M L

 シラナー、アルマージョ両男爵の援軍が到着したのはほぼ同時刻であった。シラナー男爵の援軍は約300名で男爵自らが率いて来た。アルマージョ男爵の援軍は200名からなる真っ赤な出で立ちの兵でヘイルマンが代将として率いて来た。
 シラナー男爵と代将ヘイルマンは挨拶もそこそこにバーグ男爵の下に訪れ、作戦会議を開く旨を告げた。バーグ男爵は食事を切り上げ、ヨッヘンバッハとイシュタルを誘い、作戦会議に出席する様告げた。ジナモンも副将と云う事で出席が許された。

◇バーグ

「いや〜、良くお集まり下さった、有難う有難〜。このバーグ、心より感謝致す」

ゲオルグ

「ちょっと宜しいかな〜?え〜と、確か〜、ヘイルマン君とか云ったっけかね、君?ジョ…アルマージョ男爵はど〜したのかね?姿が見えない様だが〜」

◇ヘイルマン

「…閣下は大変多忙の為、今回こちらには来れません。ですので私が代わりに援軍を率いて参った次第に御座います」

ゲオルグ

「何と!人に援軍要請を出しておきながら、自分は忙しいから来ないとは…む〜、全く嘆かわしい事だな〜」

◇ヘイルマン

「…ヨッヘンバッハ男爵には世話になる、と閣下は申しておりました」

ゲオルグ

「ふむ、ま〜領主ともなれば色々と難儀な事もあるだろうし、仕方あるまいな〜。アルマージョ男爵に代わって俺が奮闘してやろ〜」

◇イシュタル

「処でバーグ男爵、味方の軍勢はこれでどのくらいになったのですか?」

◇バーグ

「そうそう、俺の私兵が200ちょいで〜、シラナー男爵の援軍が約300、アルマージョ男爵の援軍が200、それでヨッヘンバッハ男爵の援軍が170で、900弱、と云う処ですかな〜」

ジナモン

「パープルワンズって奴はどれくらいの兵士を持ってんの?」

◇バーグ

「あ〜、パープルワンズの私兵は凡そ3000とも云われてるな〜」

◇イシュタル

「どれ程の兵力で攻め上がって来ると思われますか?情報はありますか?」

◇バーグ

「今の処、情報はないんですな〜これが〜。ヘイルマンさんと俺とで協力して確認しますよ。まぁ、尤も1000は下らないでしょ〜な〜」

ゲオルグ

「しかし、又何でパープルワンズ侯は侵略等をして来たのかね〜?」

◇バーグ

「権益目当てでしょうな〜。俺は南周りの交易ルートとキャラバン、コネクションを持ってますからな〜」

◇シラナー

「兎も角、迎撃に備え、配置と準備を行おう。イシュタル殿、ヘイルマン殿、御協力頂けるかな?」

◇イシュタル

分かりました。想定して計画を立てましょう

M L

 アルマージョ男爵本軍では緊張が走っていた。斥候によれば、パープルワンズ軍が悠然とバーグ男爵領に向けて行軍中であり、その数は凡そ1500名、その後を追う様にやはり悠然と約300名の軍が従っていた。予想よりも多い数の軍勢であった。
 暫くすると伝令が訪れ、後方の小軍が方向を変え、シラナー男爵領に向かっている事が分かった。

◇ガローハン

「何なんだ?何でシラナーん処に向かってんだ?」

ジョルジュ

「シラナーの援軍を自領に引き戻す為の陽動作戦だろう。シラナー以外の周辺諸候が
ヒュルトブルグの援軍に来る事を警戒してシラナーを自領に釘付けする為のものだ」

◇ガラミス

「どうなさるんです閣下?シラナー男爵の兵力が無いとバーグ男爵の防衛戦は厳しいですぞ」

ジョルジュ

「否、陽動部隊への攻撃は行わん。一気に殲滅出来る確証はなく、多少でも長引けば挟撃の機会を失う。益して、陽動部隊を仕損じた場合、挟撃そのものが不可能になる。1500名の大軍を先に抑え、陽動部隊はその後、ヒュルトブルグ、シラナーの連合軍を向かわせれば良い。略奪行為や立て籠もりを行う事等出来ないだろう」

◇ケルトー

「どーします?直ぐに大軍の方を追いますか?」

ジョルジュ

「未だだ!ヒュルトブルグの防衛軍と戦いが始まる迄は動かぬ」

M L

 バーグ男爵領では防衛の準備が急ピッチで行われていた。北の街道には防護柵が組まれ、街道外れには落とし穴が作られていた。高台にはバリスタやカタパルト等の攻城兵器が設置され、油樽と火矢が大量に用意された。町の城門は閉ざされ、堀には十分な水で満たされ、ヘイルマンの率いる援軍は迷彩の軍装に変え、街道周辺の森林地帯に身を潜めた。ヘイルマンの部隊が始めに纏っていた派手な朱の軍装は木組みで人を模したものに纏わせ、居城の城壁に配置し、兵数の増大化を狙った策に利用された。イシュタルはシラナー、バーグ、ヨッヘンバッハの兵達に北方から迫り来る敵勢に対し、最も有効な射撃ポイントと迎撃行動が取れる策を講じていた。
 着々と準備が整って来ていた時、ヘイルマンの部下から伝令が入る。それは敵勢の確認とその規模、そして小部隊がシラナー男爵領に向かって進軍中と云う事実であった。

◇バーグ

「なにーっ!チッ、予想より多いじゃねぇ〜かよ!!しかも、シラナーの処に迄兵を差し向けるとはよ〜」

◇シラナー

「…そうか、我が領に進軍中なのか…予想出来なかった訳ではないが、いざやられると、やはり動揺を隠し切れん」

ゲオルグ

「!!せ、1500ぅ〜!?かなり多いではないか〜!シラナー男爵の領土に向かっておるのも合わせれば1800名であろう?我が方の二倍にもなるのかね?」

◇イシュタル

「いえ、この程度の兵数差は大した問題ではありません。問題なのはシラナー男爵領へと進軍中の小部隊です。町を中心とした防衛戦に徹底すれば大軍であろうとも撃退出来ますが、シラナー男爵領を占拠され、東方から後方を抑えられると厄介です。それにシラナー男爵の兵達の士気も気掛かりです」

◇シラナー

「ヘイルマン殿!アルマージョ男爵はお気付きだろうか、この事を?」
 声を顰めてヘイルマンに耳打ちする。

◇ヘイルマン

「はい、シラナー殿の領土を抜けて行っているのでジョルジュ様が気付かない訳は御座いません」
 同じく声を顰めてシラナーに答える。

◇シラナー

「アルマージョ男爵は対処してくれるのであろうか?」

◇ヘイルマン

「…シラナー殿、落ち着いて聞いて下さい。ジョルジュ様はパープルワンズ攻略を念頭に置いておられます。バーグ男爵領防衛戦として考え、益して援軍をこれ以上想定する事が出来ない場合に限り、イシュタル殿の思案通りですが、ジョルジュ様はあくまでもパープワンズ領の占領を想定しております。その場合、この場での挟撃を絶対に成功させようとお考えになる筈です。その為にはシラナー殿の領土に進軍した敵勢を放っておく事が予想されます」

◇シラナー

「それではむざむざと我が領を差し出す様なものだ…」

◇ヘイルマン

「落ち着き下さい。これは陽動作戦なのです。敵は我等がパープルワンズ占領を目的としており、大軍勢を展開しているとは想定しておりません。シラナー殿の領土に小軍を送ったのを見れば分かります。敵はシラナー殿の兵力を知った上で小軍を送り、バーグ殿の領内から撤退させる事を目的とさせています。ジョルジュ様の見解通り、敵は戦って勝利するより、兵力差による威圧外交を目論んだ展開を望んでいるのです。だからこぞ、陽動には乗らず、此処で徹底抗戦を行い、挟撃を敢行すれば我等の勝利は揺るぎないものと成り得るのです。ジョルジュ様が軍略だけの戦より政略を乗せた戦が更に得意と云う訳はこれにあるのです。辛抱して下さい」

◇シラナー

「…分かった。一度、信じると約束したからには、このシラナー、最後迄信じてみよう…」

ゲオルグ

「シラナー男爵、大丈夫かね?安心し給え。我が軍師イシュタルを信じれば勝利は容易い!此処を防衛した暁には、このヨッヘンバッハ正義の為に、君の領土も奪還、否、防衛に協力するぞ」

M L

 パープルワンズの大軍勢の行軍は緩やかだった。ゆっくりと街道を行軍し、バーグ領に歩み入るその進軍は、まるで凱旋行進でも行っているかの様であった。
 街道を閉鎖する形で組み上げられた防護柵からたっぷりと距離を置いた地点で行軍を止めたパープルワンズ軍は、大げさに陣を整えると仰々しくラッパを吹き鳴らし、恰も威圧する体で降伏勧告を促して来た。
 応じる素振りを一切見せないバーグ連合軍を見て取ったパープルワンズ軍は、一斉に防護柵に向かって進軍し、破城槌での体当たりやバリスタを射掛け、一気に柵を砕くと、再び緩やかな行軍をし、町に迫った。
 のうのうと進軍し、やはり町の城壁からたっぷりと距離を置いた地点で派手に陣を展開する。恐らく、町を半包囲でもするつもりであったのだろう。街道から大きく離れた荒れ地や草地に迄足を踏み入れた小部隊が徐に落とし穴に嵌る。自らの陣立で無闇に罠に掛かり、勝手に小規模な混乱を来していた。
 小さな混乱とは云え、イシュタル程の軍師がこれを見逃す筈がない。城壁からの一斉射撃と高台に配備した攻城兵器による攻撃で混乱を煽った。流石に敵勢も愚かではなく、一瞬の混乱はあったものの、最小の犠牲にこれを止め、城壁から更に距離を置き、身を引き締めた。先程の様な鈍重さはなくなり、軍隊らしい動きで展開し、陣を立て直したのであった。

ゲオルグ

「む〜、さっきのはチャンスじゃなかったのかイシュタル?射掛けた後に迎撃に出れば、大打撃を与えられたのではあるまいか?」

◇イシュタル

「いえ、敵勢の指揮官の能力や軍隊統制を見るだけに止めた方が得策です。我等は寡兵故に一瞬の隙が命取りになります。先ずは状況と敵勢の能力を見極めなければなりません」

ジナモン

「で、どうなの、敵軍の実力は?強いの?」

◇イシュタル

「未だ分かりません。もし、あの軍勢を率いるのがパープルワンズ侯その人であったとすれば少々厄介ではあります。彼の御仁は戦闘貴族として一時は西部戦線で名を馳せた事も御座います。年老い引退したとは云え、経験が無くなる事はないのです」

◇シラナー

「パープルワンズ侯を御存知なのですか?」

◇イシュタル

「はい、直接面識がある訳では御座いませんが、西部出の者であれば名前ぐらいは知っている、そう云う御仁です」

◇バーグ

「これからどうするんだい、イシュタル殿?」

◇イシュタル

「先ずは敵を見極める為にもじっと待ちましょう」

M L

 依然としてパープルワンズ軍に目立った動きはなかった。降伏勧告はけたたましく放ち続けてはいるが、攻勢に出る様子はなく、夕刻前には退き、防護柵のあった付近で野営地を作り始めた。
 翌日も早朝から降伏勧告の檄が飛ばされた。小部隊だけを前進させての降伏勧告であり、本隊は野営地から出ず、ラッパの音を掻き鳴らしているだけであった。
 小部隊に対して城壁からの射撃と高台からの攻城兵器投擲を行ったが思う様な効果は上がらず、威嚇にしかならなかった。

ゲオルグ

「む〜、何なのだあやつ等は?攻めて来る訳でもなく小うるさいの〜」

◇イシュタル

「変ですね。見抜いているのだろうか?それとも…?」

◇シラナー

「どう云う事ですか?」

◇イシュタル

「高台を襲いに来ないですね。あそこには罠を仕掛けているのですが、偵察さえも出していない様ですね。印象的な筈なのですが」

◇バーグ

「それで何か分かるのかい?」

◇イシュタル

「はっきりとした事は云えませんが、私の計略に掛からないのには大きく分けて二つ考えられます。一つは、計略に対する相当の知識や経験を持っている者の存在、もう一つは…戦う気の無い者…です」

ジナモン

「何だ、あいつらヤル気ないのか?だったら迎撃に出よー!」

◇イシュタル

「それはなりません。焦れて迎撃に出ては寡兵の我が方は不利になります」

◇シラナー

「しかし、時間が経てば不利になるのは我々では?我が領が占領されれば一気にこちらへ迂回され、退却路も補給路も奪われる事になりますまいか?」

◇イシュタル

「はい、分かっております。ですから、偽伝令と偽退却を打とうと考えております」

ゲオルグ

「??何だそれは?」


◇イシュタル


「当初、我が方の軍勢を多く見せ掛けておりましたが、敵の動きに合わせると云う形でシラナー男爵が自領に戻る、と云う偽りの撤退を行います。同様に偽りの情報を伝令に乗せて不定期に流す策を弄します」

ジナモン

小難しい話はよく分からんけど、手伝える事あったら云ってくれよな」

M L

 昼間際にシラナー男爵の援軍は撤退し始めた。と云ってもこれは偽りの退却であった。敵勢に見える東側の城門から出立し、南回りで敵勢の死角となる南側の城門から入り直したのだ。
 パープルワンズ軍はシラナー男爵の軍が出立したのを見ていたにも関わらず、追撃部隊等は出さず、相変わらずの降伏勧告を突き付けて来ていた。
 シラナーの軍が迂回し終わり、再び町に入り、警固に戻り、日が落ちるのを待ってイシュタルは最初の偽伝令を放った。内容はシラナー男爵の軍が自領へと撤退中、と云う簡単なものであった。
 夜半近く、パープルワンズの野営地近くで火の手が上がった。ヘイルマンの部隊が遊撃を敢行したのだ。迅速な遊撃の為か、敵勢の作戦のせいかは分からないが、戦火を交える事はなく、ヘイルマンの部隊に一切の損害も無いが、パープルワンズ軍の被害も微少であった。僅かな混乱のみで終結し、二日目も終わった。
 翌朝、又も同じ展開であった。小部隊のみが城壁近く迄進軍し、昨日と同じく降伏勧告を呼び掛けるだけであった。

ジナモン

「何なんだよー、あいつ等はー!何もして来ないくせに降伏しろ、ってそんなんする訳ないだろが〜!!」

◇イシュタル

「しかし、これで確信が持てました。敵勢にパープルワンズ侯はおりません」

ゲオルグ

「はて?何故分かるのだ、我が軍師イシュタルよ?」

◇イシュタル

パープルワンズ侯は引退したとは云え、戦闘貴族だった者なのです。西部戦線とは実利主義者と狂信者の戦いなのです。お互いに決して相容れない存在な訳です。ですから、降伏する事があるとすれば、それは待った無しの状況、ギリギリの線迄有り得ないのです。
 引退して時が経つとは云え、経験と云うものは糧に成ると同時に在り方や遣り方、考え方を定め、一つの固定観念を作り上げる事になるのです。つまり、パープルワンズ侯自らが率いる軍であれば、如何に損害を少なく抑えたくとも我々にそれなりの被害を与え、自身の戦果を確かめてから降伏勧告を出す筈なのです。闇雲に降伏勧告を促すこの敵勢の将は、恐らく損害を最小限に抑える事を命じられていると推測出来、故に戦意を露わにはせず、攻め手であるにも関わらず守り手の様な戦略を練った、と思われます。だからこそ、誘いに乗らない為、私の計略が空転したのでしょう

◇シラナー

「なる程。では、具体的にはどうするのが良いとお思いですか?」

◇イシュタル

「敵勢の姿勢が分かった以上、守り手に徹するのは得策ではありません。迎撃の為に出撃致しましょう。外に在るヘイルマン殿と連携を組み、城壁近く迄やって来ている部隊を撃破致しましょう」

ゲオルグ

「おうおう、ではとうとう俺の出番と云う訳だな〜イシュタル〜」

◇イシュタル

「はい、バーグ男爵の兵はこのまま守りを固めて頂き、ヨッヘンバッハ様とシラナー男爵の混成軍で出撃します。連携してヘイルマン殿の軍が遊撃に加わって挟撃すれば、突出して降伏勧告しに来ている部隊の殲滅も可能でしょう」

ジナモン

「よーし、腕が鳴るなー!撃退してやるぞ!」

M L

 昼過ぎに町の城門が開かれた。500名弱の防衛軍が勢いよく迎撃に現れたのだ。降伏勧告を突き付けていたパープルワンズの小部隊は、反応が遅れ、撤退出来ずに乱戦に持ち込まれた。
 鏑矢の音に反応し、街道外れの森林からヘイルマンの遊撃部隊が現れ、小部隊の退路後方を塞ぎ、一斉に弓矢を射掛けた。
 突然のバーグ連合軍の攻勢に慌てふためいたパープルワンズの先遣隊は、隊としての機能を全く働かせる事も出来ず、瓦解し、逃走した。
 後方待機していたパープルワンズ本隊が野営地を出て、進軍し始めたが時既に遅く、約200名の先遣隊は壊滅した。
 出撃したヨッヘンバッハ、シラナーの両男爵混成軍は、敵先遣隊を潰走せしめると直ぐに転進し、町に戻り城門を閉ざした。ヘイルマンの遊撃部隊も再び森林地帯に入り、行方を眩ました。あっ、と云う間の戦闘でバーグ連合軍は勝利し、元の防衛網に復帰したのであった。
 間髪入れず、イシュタルは二回目の偽伝令を放った。内容はシラナー男爵領にてシラナー軍とパープルワンズ別働隊が交戦中、と云うものであった。

ゲオルグ

「わーはっはっはっは〜、完勝完勝!我等に被害は殆ど無いぞ〜」

◇イシュタル

「ヨッヘンバッハ様、それ程お喜びになる成果は上げておりません。壊滅出来たとは云え殲滅出来た訳ではありませんので、敗走せしめた先遣隊の半数は本隊に合流し、復帰して来るでしょう」

◇バーグ

「何はともあれ、先ずは大勝利。兵に休息を与え、今後を考えましょ〜や」

◇イシュタル

「そうですね、取り敢えず明日は様子を見ましょう。今日の迎撃と偽伝令によって敵勢も戦略を変えて来るでしょうから」

ジナモン

よく分からんけど、手伝える事あったら云ってくれよな

M L

 翌日、パープルワンズ軍は今迄の緩やかな動きを一変させた。
 潰走した先遣隊と輜重部隊、医療班を除く凡そ1200名強の兵士が町の城門に向けて進軍し、門壊に全力を注ぎ始めた。
 予想していなかったバーグ連合軍は対応に遅れ、休息していた兵士を半ば無理矢理復帰させ、北門の防衛に駆けつけた。町の城門は侵入者を防ぐには十分な代物ではあったが、1000名を超す軍隊の総攻撃に耐える程の強度は持ち合わせてはいなかった。城壁からの一斉射撃でパープルワンズ軍を牽制するが、状況は芳しくなかった。

◇バーグ

「まずいな〜…こりゃ〜、城門保たんな〜。保って3日、下手すりゃ明日には壊されるぞ〜、このままじゃ」

◇イシュタル

「損害を気にせず攻勢に出て来られるのが一番厄介だったのですが、いよいよ敵も本腰を入れて来た様ですね。この城門での攻防戦で出来得る限り損害を与え、城門が破壊された後には籠城戦に移行しましょう」

ジナモン

「何か大変そうだけど、手伝える事があったら云ってくれよな」

M L

 翌日も又、パープルワンズ軍は大攻勢を仕掛けて来た。1100名強の敵勢は、昨日にも増して強烈に門壊を押し進めて来た。

◇シラナー

「城門だけではなく、基部である城壁そのものも限界に来ている。このままでは堰を切った様に雪崩れ込まれ、乱戦になってしまう。今のうちに城内に退去せねば」

◇イシュタル

「いえ、もう少し耐えましょう。此処で少しでも多く損害を与える事が後々、重要になって来ますから」

ゲオルグ

「うむうむ、イシュタルがそう云うなら頑張るぞ〜!」

M L

 パープルワンズ軍の猛攻は凄まじく、バーグ連合軍の一斉射撃にもたじろがない。城門は悲鳴を上げ、正にその役目を終わらせようとしていたその時、遙か北のパープルワンズ残留軍から奇声が発せられた。
 突如、深紅に染め上げられた軍装を纏った夥しい数の兵士の群が現れ、パープルワンズ残留軍に襲い掛かった。残留軍は慌てて城門攻撃に出撃している本軍に合流しようと町に向かって転進するが、森林地帯から現れたヘイルマンの率いる遊撃軍に妨げられた。
 300名弱の残留軍の多くは負傷兵であり、その他も輜重部隊や医療班であった為、若干の射撃をされた時点で降伏せざる負えなかった。
 ヘイルマンの遊撃軍が残留軍の武装解除と監視を行い、朱の軍団は町へと進軍し始めた。1700名にも及ぶ緋色の群は、パープルワンズ軍本隊の後方から弓矢を射掛け、半包囲し始めた。

ジナモン

「なんだ、あれ!!すげ〜数の軍がパープルワンズの連中を攻撃してるぞ?」

◇イシュタル

「!?…あの軍装!アルマージョ男爵の軍では!」

ゲオルグ

「おお〜!ジョルジュの奴ぅ〜、援軍に来おったのだな〜」

◇イシュタル

「密集射撃を敢行した後、迎撃に出ましょう。城門は開いたままに一撃離脱をし、追い縋る敵勢は誘き寄せ、密集攻撃で殲滅致しましょう」

M L

 城壁から一斉に集中射撃を行い、城門から出撃してパープルワンズ軍に突撃を行った。挟撃されたパープルワンズ軍は指揮系統が麻痺し、組織的な行動は出来ない程混乱を来していた。
 数で劣り、混乱極まるパープルワンズ軍にアルマージョ軍から降伏勧告が発せられ、夕刻にはパープルワンズ軍は全面降伏したのであった。何ともあっけない幕切れであった。
 パープルワンズの指揮官クラスを捕虜として城内に入れ、会議を行った。

◇バーグ

「いや〜、快勝快勝〜。一時はど〜なる事かと思いましたよ〜。アルマージョ男爵のお陰ですな〜」

◇イシュタル

「全くです。籠城戦に突入した場合、かなり長期に亘って戦をせねばなりませんでしたから。何より北回りで挟撃とは驚きました」

ジョルジュ

「それよりもだ、シラナー男爵の領土に向かった陽動部隊300名を何とかせねばなるまい。直ぐに編成し直し、パープルワンズ別働隊を討たねば」

◇シラナー

「おお、有難い御言葉!して、如何にして?」

ジョルジュ

「先ず、降伏させたパープルワンズ軍の仮編成を行う。負傷兵を除く凡そ1200の兵の内、150をシラナー男爵の軍に編入、100をバーグ男爵の軍に編入、100をヘイルマンの遊軍に編入し、残り800強を我が軍に編入する。シラナー、ヨッヘンバッハ両男爵とヘイルマンでパープルワンズ別働隊を討ちに行く。バーグ男爵は自領の治安とパープルワンズの負傷兵の治療及び監視を行ってくれ。俺はパープルワンズ領に進軍し、別働隊の退路及び予想される援軍の進路を遮断する」

ゲオルグ

「俺の処に編入出来る兵はおらんのかね〜?」

ジョルジュ

「君の軍は死傷者を差っ引くと150を下回る。無闇に編入すれば、混乱を来しかねない。それでもと云うのであれば構わないが?」

ジナモン

「いいんじゃないか男爵?人数がいれば勝てるって訳でもないし、気心知れた奴等の方が頼りになるだろう?」

ゲオルグ

「そーだな〜、よし分かった。編入はいらん。よ〜し、パープルワンズ別働隊を討ちに行くぞ〜!」

◇イシュタル

「処で、今回パープルワンズの侵攻部隊を率いていた総指揮官ドワーダ・アボラバンの処遇は如何致しますか?」

ジョルジュ

「私の編入部隊の一員として連れて行く。パープルワンズ領内の水先案内人となってもらおう」

◇シラナー

「よし、それでは早速編入と出立の準備に取り掛かろう」

M L

 イシュタルの指揮により編入は迅速に行われた。アルマージョ男爵の提言により捕虜達の扱いは緩やかに行われ、負傷者への治療や配給も平等に支給された。
 ほぼ混乱無く編入は行われ、翌昼過ぎにはシラナー、ヨッヘンバッハ、ヘイルマンの混成部隊がパープルワンズ別働隊の迎撃の為に出立し、遅れて夕方にはアルマージョ男爵の大軍が北を目指して出立した。
 居残ったバーグは、城門や城壁の修復とパープルワンズの捕虜への再教育を忙しなく行っていた。

 二日後にシラナー領に到着した混成軍は、“
鉄の町”と呼ばれるシラナー領の町を包囲するパープルワンズ別働隊を発見した。パープルワンズの別働隊は、町を攻撃する訳ではなく、降伏勧告を町側に突き付けていた。守備兵の殆どいない町は、今にも降伏しかけていたが、高潔なシラナー男爵を信じ、粘っていたのであった。
 パープルワンズ別働隊は、自軍の三倍にも昇るシラナー混成軍を発見すると機動防衛の形を取りながら、北へと転進し始めた。ヘイルマンの部隊は再び遊撃軍として退路を断つべく、迅速に行動し、シラナー、ヨッヘンバッハ両男爵の軍が突撃を仕掛けた。パープルワンズの別働隊は反撃もそこそこに北東方向に撤退し、丘陵地帯に逃げおおせた。
 混成軍は深追いせずに、退路を断つ様に陣を敷き、パープルワンズ別働隊を追い込むべく、見張っていた。

ゲオルグ

「よ〜し、ここは朝日を待って一気に攻め滅ぼすぞ〜!」

◇イシュタル

「いえ、お待ち下さい。ここはバーグ男爵領での防衛戦同様、偽伝令を出しましょう。戦火を交えず、降伏させる事が出来るかもしれません」

◇シラナー

「ならば、一旦私は町に戻り、城内に居残る部下に会って安心させておこう」

M L

 翌早朝、イシュタルは偽伝令を発した。
 内容はパープワンズ本隊が壊滅した、と云うものであった。尤もこれは半ば事実であったが、敵に事実を知らしめる事で精神的に追い詰める効果を狙ったものであった。
 効果は覿面であり、丘陵地帯に陣取ったパープルワンズの別働隊は動こうとはせず、投降兵が現れる程であった。夕刻にイシュタルはもう一報、偽伝令を放った。降伏したパープルワンズ本隊の捕虜がシラナー軍に配備されている、と。これも又、事実であった。

ゲオルグ

「うむうむ、勝利は目前よの〜、イシュタル?」

◇イシュタル

「はい、ですが此処で気を抜いてはなりません。偽伝令による自軍の危機的状況を客観的に見せる術と降伏勧告を交え、彼等の士気を削ぎ、戦いをせずに勝敗を決するのが得策です」

◇ヘイルマン

「イシュタル殿、宜しいかな?敵勢の投降が100名を超えた時点で私はジョルジュ様を追尾致します」

◇イシュタル

「分かりました。その頃には大丈夫だと思われます。アルマージョ男爵の援軍として御出立下さい」

ゲオルグ

「うむ、何かあったら直ぐに俺も駆け付けるぞ〜!」

M L

 パープルワンズ領内深くに迄進軍したアルマージョ軍は、城下町ヴァイオレット・ローズの南南東5マイルに位置する丘陵地帯に野営地を築き始めた。
 通常であれば見回り兵が巡回しても可笑しくない距離ではあるが、兵の大半を遠征させた上、城下町の警固や北西のムルワムルワ公爵への備えから明らかに領内南部は手透きになっていた。
 編入に伴い今や2500名強に昇るアルマージョ軍は、パープルワンズの残存兵力の二倍を上回る程。しかし、降伏させ、編入したての800名強の兵が何時裏切るとも限らない。もし、この編入したばかりの兵達が裏切れば、そのまま兵力は逆転し、窮地に追い込まれるのは必至であった。
 そこでアルマージョは、ディマジオ子爵攻略の時同様、大胆な策を講じる事にした。

ジョルジュ

「ドワーダ!貴様が本当にこの俺に降伏し、従うのかどうか試す時が来た!!」

◇アボラバン

「何を仰せられるか閣下!一度敗戦にて頭を垂れて御助命頂いたこの身であれば、この貰い受けた命、閣下の為に捨て去る事等造作も御座いません」

ジョルジュ

「殊勝な事をほざく奴だな。ならばドワーダ、貴様先行してヴァイオレット・ローズに入り、内からパープルワンズを討ち滅ぼせ!」

◇アボラバン

「!?…どう云う事ですか?」

ジョルジュ

「編入した内、200と我が太陽の旅団から500、計700の兵を以て帰参せよ。バーグ男爵領攻略に失敗した旨を告げ、敵勢、則ち残る我が軍勢1800強の追撃を受けている為、即刻対処すべく仕向けるのだ。呼応して内外からの攻撃で一気にパープルワンズを討ち滅ぼす!」

◇アボラバン

「!!危険過ぎます!賭けの様な策略に御座います…」

ジョルジュ

「分かっていない様だなドワーダ?これは提案ではなく命令だ!意見等求めていない、意気だけを確認するのみ!俺も貴様と共に退却軍の一員として前乗りする」

◇アボラバン

「!!?…閣下もですか…分かりました。そこ迄おっしゃるのであれば…」

M L

 一方、シラナー男爵領ではパープルワンズ別働隊を丘陵地帯に追い詰め、更に三日が経っていた。投降兵も100名を遙かに超え、凡そ半数に迄別働隊は兵力を低下させ、ヘイルマンの部隊はパープワンズ領へと出立していた。
 投降兵は捕虜として“鉄の町”において監視されていた。小部隊とは云え、シラナー男爵にも余裕はなく、町と包囲網を小隊が行き来していた。
 イシュタルは偽伝令を放ちながら、丘陵地帯周囲に捕縛用の罠を仕掛け、逃亡者を出さない様に手を打っていた。

ゲオルグ

「イシュタルよ〜、そろそろ掃討戦に討って出ても良いのじゃ〜ないか〜?」

◇イシュタル

「いえ、未だ敵勢は組織的な行動を取る事が出来ます。無闇に動いては思わぬ損害を被り兼ねません。此処はもう暫くこのままにして、相手の戦意を完全に削ぎ、降伏を促すのが宜しいかと存じます」

ジナモン

「いろいろあるみたいだけど、手伝える事があったら云ってくれよな」

M L

 ヴァイオレット・ローズの城門を開け、向かい入れた約700名の兵士は疲弊していた。軍装の至る処に傷や乾いた血糊が付いていた。慌てた様子で伝令が飛び交い、パープルワンズ侯は居城シーダー城に将軍アボラバンを呼び寄せた。
 シーダー城は他の諸候達の小城とは違い、正に居城と呼ぶに相応しい規模であった。調度品や装飾、装いその全てが大諸候の財力を見せ付けていた。豪勢な謁見の間には衛兵が立ち並び、玉座の如き豪華な椅子にその男は座していた。
 齢60を超えて尚豪壮な
ダーシード・デア・パープルワンズは、とても引退した身とは思えない偉丈夫。鉄で拵えた軍配を軽々と扇ぎ、白髪交じりの顎髭をしごきながら、獲物を狙う犬鷲の様な鋭い眼差しで呼び寄せた将軍アボラバンを見据えた。

◇ダーシード

「何とも無様な帰還だなドワーダ?期待を裏切るとは、嘆かわしいにも程がある。それでうぬの隣りに侍るその輩は何者だ?」
 鼻の上に刻まれた刀傷が、かつての雄姿を思い浮かばせる。

◇アボラバン

「この度の軍師に御座いまする閣下。此度の戦では思わぬ敵援軍の出現に伴い、如何なる術をも封ぜられ、速やかなる撤退を余儀なくされてしまいました。如何様なる処分も甘受致しまするが、先ずは追い縋る敵勢の撃退に尽力を注ぎたく存じまする」

◇ダーシード

「ふん!無能とは云え、事態が事態故、急ぎ持ち場に戻り指揮を執れ!」

◇アボラバン

「はっ、御意に御座りまする」

◇ダーシード

「…で、そっちの軍師とやらには話がある。人払いをして、早々に戻るが良い」

◇アボラバン

「!?しかし、指揮には軍師の知恵が…」

◇ダーシード

「聞こえなかったのかドワーダ?さっさと立ち去れい!」

M L

 謁見の間からアボラバンと衛兵達が立ち去り、パープルワンズ侯と軍師の二人きりになる。云い知れぬ緊張感と僅かな時の流れが互いの視線の交錯させ、やがて峻烈な意志が放たれる。

◇ダーシード

「うぬは何者だ?」

・・・

「ゾルジ・アーダイン、軍師に御座います、閣下」
 何の変哲もないパープルワンズ軍の装備を纏い、片膝を付いて静かに答える。

◇ダーシード

「儂の軍にうぬの様な目を持つ者はおらん!」
 鉄の軍配を力一杯撓らせながら問う。

・・・

「…色素が薄いのもので…普段は色眼鏡を着用しております」
 琥珀色、否、金色の瞳を俯いて伏せる。

◇ダーシード

「馬鹿にしておるのか?うぬ程ギラついた眼差しを持つ者は儂の部下におらん!もう一度だけ聞く。何者だ、うぬは!」

・・・

「…滅相も御座いません。生来、目つきがきついものでして…気を付けます」

◇ダーシード

「巫山戯るな!何処かで聞き覚えのある声色、その瞳…あれは確か…そう、グラナダだ!ドーベルム元帥に侍る三名の参謀の内の一人。その一人は今独立し、南方で急速に勢力を拡大しておると聞く。そうか、何と大胆な奴!」

ジョルジュ

「…流石に元戦闘貴族、察しがいいな。ディマジオとは役者が違う様だな。そう、俺こそがジョルジュ・アルマージョ・ダイアモントーヤ。“ライジング・サン”と称し、北部辺境域全土を遍く照らす太陽たろうと欲す征服者なり!」

◇ダーシード

「フッハッハッハッハッハッハーッ!若い、若いな〜小童!何一つ、北部の事を知らんと見える。大風呂敷だけ広げても周りが見えておらん様では何も出来まい」

ジョルジュ

「何の事だ!」

◇ダーシード

「北部辺境域と云っても東西に広く延びる大版図。東西は未開発地帯と大森林地帯で分かれ、人口密集地は此処西北部となる。此処西北部は、北部四州と流通があり、多くの諸候が覇を競い合っておる。しかし、それは大前提のルールに従う迄の話。本気で覇権を争う事等以ての外、否、見当違いも甚だしい」

ジョルジュ

「…何だと?」

◇ダーシード

「例えば、うぬはムルワムルワ公爵を知っておるか?」

ジョルジュ

「…そいつが何だと云うのだ?」

◇ダーシード

「ムルワムルワ公は第一大公(*1)が送り込んで来た傀儡諸候だ。第14軍団長“首刈りグルスカル・ハーンとも懇意にある。奴は北部域での勢力拡大に躍起になっている。だが、儂やストレイトス公の様に力ある独立諸候に抑えられ動く事が出来ず、今の様な勢力図が出来上がっておるのだ。うぬの様に何も知らぬ小童が藪から棒に辺りをつつき、無駄に混乱を煽るのが一番邪魔だ!」

ジョルジュ

「フッ、勿体振ってほざくから、どれ程の事かと思えば下らん。所詮は引退した狒々爺の発想だな!」

◇ダーシード

「何だと小童〜っ!!」

ジョルジュ

「貴様の云い様では、まるで第一大公を貴様が抑えているかの様にほざいているが、何の事はない。後ろ盾があるにせよ何も出来ん無能なムルワムルワと兵数だけを揃え戦争ごっこに興じる隠居の爺のじゃれ合い。事実、貴様等に何等脅威を感じん!今、こうして俺が貴様の前に居るのがその証拠だ」

◇ダーシード

「フッハッハッハッ!状況が把握出来ておらん様だな、衛兵!衛兵っ!!」

M L

 謁見の間に衛兵達が雪崩を打った様に躍り入って来た。将軍アボラバンも現れ、不敵な笑みを浮かべている。

◇ダーシード

「フッフッフッ、ドワーダを懐柔したつもりだろうが、そうは甘くない。そやつは無能だが、どちらにつけば良いかは弁えておる。経験が浅いな、小童!」

ジョルジュ

「…所詮は屑か。一貴族の凡庸な将の生き残る術か」

M L

 アボラバンの合図で衛兵達が周りを取り囲む。手にした槍やポールアーム、弓矢が一斉にジョルジュに向く。しかし、何故か玉座にも向けられていた。

◇ダーシード

「?何のつもりだ、これは?」

◇アボラバン

「クックックッ、お前もだよパープルワンズ!もう人に仕えるのは飽き飽きなんだよ!」

◇ダーシード

「!?野良犬めが!今迄飼ってやっていた恩を忘れたのか!」

◇アボラバン

「お前に恩等ないわ!人を人とも思わぬその態度、心底むかつくわ!」

ジョルジュ

「フッ、飼い犬に噛まれるとは笑えんなパープルワンズ?」

◇アボラバン

「貴様もだ小僧!尊大な態度で俺様を見下しおって、許さん!」

◇ダーシード

「止めておけドワーダ。うぬの器では君主は務まらん!」

◇アボラバン

「ほざけ!軍の力で縛り上げて来た己の戯言等誰が聞くか!」

ジョルジュ

「覚えているかドワーダ?俺の兵士達も城内におるぞ」

◇アボラバン

「貴様を殺れば兵士共等どうにでも出来るわ!」

◇ダーシード

「うぬではムルワムルワの相手は出来ん。蹂躙されて終わるだけだ!」

ジョルジュ

「ドワーダ、君は人の上に立てる人物ではない。精々、兵士達に発破を掛けていろ」

◇アボラバン

「うるさい!!お前等二人共ブチ殺してやる!」

ジョルジュ

「まぁ、好きにしろ…」
 息を呑み、透き通る声で
「ウルハーゲン!!!!」

◇アボラバン

「!?誰かを呼んだつもりか?部屋の外にも俺の部下共がおる。貴様の兵士共にそのか細い声等聞こえんわ!」

ジョルジュ

「つくづく己の尺度でしか物を量れぬ奴だな君は。長生き出来んな」

◇アボラバン

「…この期に及んで未だそんな減らず口を敲きおるか小僧〜?その綺麗な面を切り刻んでやる!お前等、爺と小僧を叩きのめせ!!」

M L

 取り巻く衛兵達が一斉に二人に襲い掛かって来た。
 長大なポールアックスがパープルワンズを襲う、がパープルワンズは腰も上げずに鉄製の軍配でその凶刃を受け止める。受け止めた刃を弾き流し、徐に鉄軍配で衛兵を打ち据える。
 複数の槍先がジョルジュを襲う。刹那にジョルジュは飛び跳ね、高々と上空で伸身で捻り、体を入れ替える。放たれた矢がジョルジュを狙うが首だけ捻ってそれを躱し、後方の衛兵の胸に突き刺さる。

◇アボラバン

「何をやっとるかーっ!サッサと始末しろ!!」

M L

 白兵武器を携えた衛兵達は間合いを詰め、射撃武器を持つ者達は狙いを定め始めた。躙り寄る衛兵達に間合いは奪われ、ジョルジュは玉座のパープルワンズに近付く。
 突如、けたたましい轟音を立てて謁見の間の扉が吹き飛ぶ。一斉に振り返る衛兵達の視線の先に黒尽くめの鎧武者が立つ。切っ先の無い馬上槍は揺らめき、音さえ立てずに全身を鎧う者は滑る様に歩み入る。

◇アボラバン

「!?何だ貴様はーっ!!」

M L

 目にも留まらぬ一振り。
 ドウッ、という鈍い音が辺りを包む。
 切っ先の無い馬上槍がアボラバンの胸とも腹ともつかぬ箇所を貫き、串刺ししたまま掲げ、瞳無き兜をジョルジュに向ける。
「カノンッ!!!!」
 ジョルジュの叫びが壮絶な光景に釘付けとなっていた衛兵達を振り返らせる。
 ジョルジュの足下の影が容積を持ち始め、緩やかに形取る。やがて影は一人の人間型の個体へと変貌を遂げ、瞬く間に濡れたローブを纏う奇っ怪な人物を露わにする。その面妖な人物の額に、ある筈のない三つめの瞳を衛兵達が見てとった時、全ての衛兵達は驚愕の表情で凍り付き、干涸らび、絶命した。声も上げずに。

 呆然とその凄惨な光景を眺めていたパープルワンズは、思わず唾を飲み込み、鉄軍配を床に落とす。その音で我に返ったパープルワンズは、辛うじて自我を保ち、座り直す。
 床に落ちた鉄軍配をジョルジュは拾い上げると、ウルハーゲンに近付き、槍で抱え上げられたアボラバンを覗き込む。
 ゴボッゴボッ、と血の泡を噴くアボラバンの瞳には虚ろな光が仄かにちらつき、ヒューヒュー、と苦しそうな息を吐く。
「未だ生きておるのか?楽にしてやろう」
 鉄軍配で思い切り喉仏を打ち据える。鈍い音が微かに響くと、アボラバンの心音は永遠の静寂に取って代わられた。

ジョルジュ

「さて、と」
 鉄軍配を扇ぎながら、
「話の続きをしようじゃないか、パープルワンズ?」

◇ダーシード

「…何と云う恐ろしい男…最早、儂の時代は終わったか…」

M L

 玉座に座るパープルワンズは別人の様に小さくなっていた。威風堂々たる腰掛けの筈の玉座が、今では老人の腰を支える手助けをしているかの様。覇気が失せたのだ。

◇ダーシード

「…お主に儂の全てを譲ろう…好きにするが良い」

ジョルジュ

「フッ、物分かりがいいなパープルワンズ。安心するが良い。お前が此処で築いたその全てを、俺が有効に使ってやる。でだ、先ずは宣下して貰おう」

M L

 突然の事だった。シーダー城前の広場に民衆や兵士が集められると、テラスからパープルワンズ侯が演説をし始めた。自領の統治権と財産その全てをアルージョ男爵に移譲する旨を告げ、自身は隠居すると発表した。
 直後にアルマージョ男爵がテラスに現れ、移譲を受諾した旨を告げ、城下町ヴァイオレット・ローズ(スミレ色の薔薇)の名称を
バイオレッド・ロード(命赤き君主)と改める事を発表した。
 町にアルマージョ男爵の軍も入り、3700名を超す兵士達が新たなアルマージョ統治に祝福の敬礼を捧げ、ジョルジュを讃えた。
 簡略した継承の式典を行い、パープルワンズから財産や分法、税調の書類等を譲り受けた後、ジョルジュは城内を案内された。
 既に支配者の面影を失ったパープルワンズは、まるで執事の様に一通り城内を案内し終えると、静かな口調で語り始めた。

◇ダーシード

「未だ案内しておらん場所がある…地下牢だ。殆ど使ってはおらんのだが、只一人だけ牢に繋いである者がおる。そやつは凶悪な犯罪者だが、同時に儂の秘密兵器とでも云う者だ。結局、使う機会に恵まれず、その機会が訪れたとしても儂に使いこなせるかは甚だ疑問だったが、お主なら何とか出来るだろう。会ってみるかね?」

ジョルジュ

「成る程、面白そうだな。会ってみよう」

M L

 固く錠で閉ざされた重い金属の扉を軋ませ開け放つと、暗く地下へと降りる石階段が伸びていた。壁付燭台の蝋に火を灯し、湿った階段をゆっくりと下りて行くと、再び扉がある。と云ってもその扉は鉄格子であり、やはり固く錠が掛けられている。
 錠を外し中に入ると片側に真っ直ぐと伸びた石造りの廊下が続き、代わる代わる左右の壁に鉄格子が施され、幾つもの牢屋が並んでいる。
 全ての牢屋には目もくれず、パープルワンズは先へと進み、一番奥左手の壁際で立ち止まる。そこには鉄格子ではなく、頑丈そうな金属の扉が一つあり、金属製のプレートに、領主の許可無く開けるべからず、と文字が刻まれている。
 その金属プレートを上方向に回転させると小窓が現れ、軽く覗き見た後、パープルワンズはジョルジュを手招きした。
 軽く警戒しながらも、ジョルジュもその小窓を覗くと薄暗い小さな石造りの独房の中に拘束衣を複数枚重ね着され、尚且つ天井や壁と繋がれた鎖で雁字搦めにされた大男が木製の小さな椅子に座らされていた。

ジョルジュ

「?…何者だ、あやつは?」

◇ダーシード

「そやつの名はサルウ・マアン・ギィ。ナハトト族の戦士だ。“弑坊主”と渾名されるナハトトの聖職者でもあるが、殺人癖が祟り、部族を追放された。その後、皇帝親衛隊“百の剣”に入隊するが、余りにも素行が悪くガチャンガルによって追い出された。一人で百人の戦士を相手にしても負けない恐るべき猛者、否、野獣だ」

ジョルジュ

「百の剣?それ程の猛者を如何様にして捕らえたのだ?」

◇ダーシード

「確かパレールと云う名の愚者が賞金目当てに酒で酔わせて捕らえたのだ」

ジョルジュ

「パレール?賞金を掛けていたのか?領内で暴れていたのか、あやつは」

◇ダーシード

「正確に云えば暴れていた訳ではない。しかし、こやつを野放しにしておくのは危険であったのだ。もし、“野盗七福(*2)”とこやつが出くわしていたら途轍もない被害を出すだろうし、万が一意気投合等してしまえば七福が八福にも成り兼ねん。その為に賞金を掛けたのだ。勿論、戦士としての力量を見越した上で何とか手に入れたいとも考えておったが、如何せん、手に負えなんだ」

ジョルジュ

「成る程な。分かった、あやつは俺が飼い馴らす」

M L

 パープルワンズによる全権の移譲と隠居の事件の翌朝、ジョルジュはウルハーゲンを連れ、カノンの術で帝都に赴いた。目的は爵位の購入である。
 今後、パープルワンズ領からシラナー領、バーグ領、旧ディマジオ領、旧アドモ領、旧ウモ領と広大な土地の支配者となるには流石に男爵位では窮屈であった。その為、公爵位を購入し、保有兵数制限を5000名に迄拡大するのが効果的であった。公爵位の年間維持費は男爵位の10倍、金貨にして5000枚もの大金が必要であったが、パープルワンズの財産をも手に入れたジョルジュにとっては大した額ではなかった。
 一瞬で帝都へと時空旅行をし、男爵位購入時と同じ様に勲爵院に訪れ、叙勲要請の旨と購入費を納めた。勲爵院の役人達も僅か一月足らずで男爵位と公爵位を購入するジョルジュに驚き、ドリンクとスイーツでの持て成しで向かい入れた。今回、男爵位とは別に公爵位を購入する為、男爵位が一つ空く事になる。そこでジョルジュは、改めてもう一つ男爵位を購入し、一つをオッペンハイムに、もう一つをヘイルマンに叙勲させる手続きを取った。
 前回同様、叙勲迄には多少時間が掛かる為、仕官公募を行う事にした。しかし、前回とは異なり、帝都第三層の豪勢なホテルの部屋を幾つか長期に亘って貸し切り、ある程度の期間募集し続ける事にした。仕官応募者との面接は次回、帝都に訪れた時にする事にし、その間はホテルへの滞在を許す旨を告げた。人足を雇い、第三層から第五層迄酒場やホテル、宿屋、公衆広場でアルマージョ公爵の名で仕官を広く呼び掛けさせる様にした。第二層には自ら足を運び、バーやブティック、ホテルに仕官公募の情報を流す様、動いた。募集する人材は、第一に文官、第二に強者、第三に魔術師、第四に芸術家、第五に美女であった。本格的な宮廷造りの為に広く様々な人材を募集したのであった。
 夕刻には晴れて公爵位の叙勲が叶い、早々に帝都を後にし、
ダイアモント城(元シーダー城)に舞い戻った。
 ジョルジュは部下を集め、公爵位を叙勲された旨を告げ、本格的な所領統治を行う事を告げた。バーグ、シラナーの両男爵と留守居役のオッペンハイムに早馬を送った。又、支配権移譲の旨を知らないパープルワンズの別働隊にはパープルワンズ直筆の書簡を送った。念の為、ケルトーに500名の兵士を授け、シラナー男爵領に向かわせる事にした。戦があるにせよ、ないにせよケルトーに渡した500名は旧ディマジオ領のオッペンハイムの下へと移動させる事にしたのであった。

 シラナー領内、丘陵地帯での包囲戦は未だ続いていた。敵勢の数が少なくなれば、それだけ各人を把握する事が出来る為、投降者は減っていた。しかし、士気低下は著しく、最早時間の問題であった。しかも、シラナーの下に訪れた早馬が全てを終結させる決定的なものであった。

◇シラナー

「ヨッヘンバッハ男爵、イシュタル殿、戦争は終結致しました。大変、御苦労様でした。後は我が軍だけで十分に御座います」

◇イシュタル

「確かに敵兵力は衰え、指揮系統も機能停止状態にあるとは思われますが、終結と云うのには、聊か早急過ぎる気が致しますが?」

◇シラナー

「いえ、違うのですよイシュタル殿。先刻、早馬が参りまして、それによりますとアルマージョ男爵がパープルワンズ侯を攻略しまして、全権の移譲があったとの事なのです。ですから、事実上パープルワンズ軍と云うものはなくなった訳です。丘陵地帯の敵勢は未だこの事実を知らない為、籠もっておりますが直に分かります」

ゲオルグ

「?パープルワンズ侯に勝ったのかね、ジョ、アルマージョ男爵は?」

◇シラナー

「左様です。公爵位を叙勲され、今後アルマージョ公爵として旧パープルワンズ領も統治なされるそうです」

◇イシュタル

「!?…そうですか。それではヨッヘンバッハ様、私達も自領に戻りましょう」

ゲオルグ

「む〜、そうだな〜。よし、俺達は帰るとするかの〜」

◇シラナー

「事態が収拾致しましたら改めて御礼の御挨拶に上がりますので」

ゲオルグ

「うむうむ、分かった。それでは失礼する」

M L

 それから程なくして事態は終息した。ケルトーの軍とパープルワンズ直筆の書簡で丘陵地帯の別働隊も全面降伏し、戦は終結した。
 バイオレッド・ロードに合流したヘイルマンと旧ディマジオ領の留守居役オッペンハイムの両者に男爵位が叙勲され、アルマージョ公爵の新たな統治が始まった。オッペンハイム、シラナー、バーグから親書が届き、新たな統治体制への恭順と祝福とが述べられていた。

 新たな統治体制を宣下した後、ジョルジュは城下にある小さなワイン畑を視察しに現れ、熟す前の葡萄の小さな
青い実を見て語った。

ジョルジュ

「カノン、見てみろ。この真っ青な葡萄の実を…不思議なものだ。この実を使ってワインを造っても、やはり深いルビー色のワインになるのだよ。決して青くはならんのだ。この実の青さは一体、何処へ行ってしまうものなのだろうか?」

◇カノン

「…どうなさいましたか?お疲れになりましたか?」

ジョルジュ

「否、全く疲れて等いない。只、この葡萄も俺も同じなのだ、と感傷に浸っていただけだ」

◇カノン

「…葡萄とジョルジュ様がですか?」

ジョルジュ

「ああ、見てくれは変わっているが本質は何一つ変わらない。表面的な差異等何等意味を持たない。しかし、それでも多くの者達は上っ面だけでしか物を見ない、見ようとしない。ならばこそ、俺は俺を飾り立て、彼等に分かり易い演出をする迄の事だ。
 カノン、俺は“
”になるぞ!盲目的な程に蒙昧な連中にとって最も分かり易い畏敬の念、それが神仏への信心。君主が人であればこそ不満も募り、打倒したくもなる。だが、君主が神たれば畏れ敬い、傾倒する。忠義ではなく、信心こそが急速に雄飛する俺に相応しい。その為にカノン、お前の力が必要だ!俺に付いて来い!!」

◇カノン

「…常人の考え方は“フォビア(*3)”の私には分かりません。ですが、私が貴方様に付いて行く事だけは分かっております。神に成るのでしたら、お成り下さい。私は只、お仕えするのみ」

ジョルジュ

「お前が常人の考え方等学ぶ必要はない。この俺がお前達“フォビア”の考え方を解する迄の事だ。我が金色の瞳で全てを見てやる!」

M L

 劇的に帝国北部辺境域が変わりつつあった。只の勢力図の塗り替えではない。旧体制の崩壊の予兆、それが今聞こえて来たのだ。
 果たして、
青い果実は幸運を齎す希望の果実なのだろうか?それとも、触れてはならない禁断の果実なのであろうか?その真相を知り得る者は未だいない。
 北の太陽は正に頂点を目指し、昇る。その日差しは強く、激しく、思いの外、柔らかだった。              …続く

[ 続く ]


*1:大公家は全部で四つ。帝国における真の貴族であり、帝国創成期から世襲によって受け継がれている。四人の皇太子を各々世話するお守り役で、各地方中心州の行政長官も司る特権階級者。
*2:北の野盗と畏れられる賊。猛者揃いとして知られ、特に筆頭の七人は怪獣の様におっかない。
*3:どの様な理屈で働くかは全く謎の魔術、或いは能力。その正体は全くの謎とされている。

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