〜 Hero (King of Kings)
TRPG総合開発研究サイト



 人生の達人 

キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
黒い復讐


 帝国北部辺境域の勢力図に微妙な変化が現れ始めたのは、夏を間近に控えた頃であった。『グラナダの乱』以降、治安悪化が目立ち、人口流入と資源不足に北部辺境域は悩まされていた。強力な指導者のいない北部辺境域は混乱を極めていた。



 ディマジオ子爵の死とアルマージョ男爵の遺領継承は、少なからず辺境域に震撼を齎していた。比較的穏やかに統治が成されていたディマジオ子爵領が、かつて帝国元帥府に所属していた元参謀に引き継がれた事に周辺諸候は不安と動揺を隠しきれないのであった。
 アルマージョ男爵が大勢の兵を保有しているだとか、周辺諸候を襲うだとか、帝国中央のスパイだとか、グラナダを模した大反乱を起こすだとか、ディマジオ子爵が殺害されたとか、様々な憶測と噂が飛び交っていた。
 何れにせよ昨年のヨッヘンバッハ男爵によるブラックホーク男爵弑逆に次ぐ大事件であった。



M L

 噂が現実のものとなるのに一週間と掛からなかった。アルマージョの軍勢が隣領のアドモ男爵領を制圧した、と云う一報が駆け巡った。アドモ男爵は【グラナダの乱】で戦死しており、執政マコダインが政務を執り仕切っていた。マコダインは自身が男爵位を得ようと受勲要請をしていたが、今となっては遅かった。アルマージョ男爵の大軍勢に制圧され、マコダインと取り巻きは捕らえられ所領権違反の名目で極刑に処せられた。
 ジョルジュは直後にアドモ男爵領とウモ男爵領を併呑した旨を宣下した。何故、ウモ男爵の領土迄?誰もが思った疑問だが、これも直ぐに分かった。ウモ男爵が何者かに殺害されたのだ。併呑した際にジョルジュが語った内容では、民衆弾圧による報復が男爵弑逆を実行させ、既に犯人は捕らえて極刑に処し、民衆の要請でアルマージョ領への併呑が決定した、との事である。虫の良い話だが、北部貴族間では十分な正当性を保持していた。兎も角、大規模な領地がジョルジュの支配下に置かれたのは事実であった。
 近隣諸候で最も早くこれに対応したのはバーグ男爵であった。北部辺境域において通商を主軸とした物流と情報網を有する彼にとって、情報部隊を率いるアルマージョ男爵は外交的に無視する事の出来ない存在であった。既にヘイルマンが動いている事もあり、彼は自らジョルジュの下にやって来た。

◇バーグ

「お久し振り。覚えておられるかな、アルマージョ男爵?」
 貴族らしからぬラフな格好、しかし、どれも仕立ては良い。

ジョルジュ

「否、正直覚えてはいない、がこの地に来て思い出したよ、バーグ男爵」

◇バーグ

「ははっ、思い出して貰って光栄ですよ。そうそう、男爵赴任祝いにこんなもんを持って来ましたよ。好みが分からんかったんで品はないんですけどね、まぁ、一番使い勝手があるでしょう」
 自分の部下を手招きして木箱を持って来させる。木箱を開けると中は大量の金貨で満たされていた。

ジョルジュ

「嘗めてるのかね、男爵?こんなもんで私の気を惹くつもりじゃなかろうな?」

◇バーグ

「…否々、これは挨拶がてらに持って来た迄の事ですよ。これからアルマージョ男爵とは仲良くして頂きたいんでね〜」

ジョルジュ

単刀直入に云う。挨拶がてらで大金をパッと出せる君の通商ルートとネットワークを私は欲しい。私は財力と軍事力の両面を以て征服者たろう、と欲している。このまま我が支配が進めば、やがて否応無しに君とぶつかる事になるだろう

◇バーグ

「!?…随分と明け透けに物を云うね男爵。グラナダの時と大分印象が違う様だが…」

ジョルジュ

「“枷”が外れたのだ。そんな事より、私にとって君の存在はどちらかでしかない。味方となって我が偉業の礎となるか、敵となって滅ぼされるか、二つに一つ!」

◇バーグ

「!!…何て大胆な!闇雲に噛み付いては何れ疲れ、枯渇し、迷走するぞ」

ジョルジュ

「端からこの地で死ぬつもりはない。則ち、我が意に守りは無い。因って、攻めるのみ!奪われ破れ失う物無き我が意志を、益して挫き潰そう者等在りはしない!!」

◇バーグ

「なっ!!?あんた本当にあの参謀か?何つぅ蛮勇…信じられん!気が狂れたか!?」

ジョルジュ

「どう取っても構わん。二つに一つ!軍閥出のパープルワンズに付き、残りカスで安泰し細々暮らすか、狂気に取り憑かれた私に与し、栄華を掴むか二つに一つ!!」

◇バーグ

 (何と云う奴!?北部貴族と根本が違う!俺では手に負えん…しくじったか…)
「…分かった…あんたに付こう…」

ジョルジュ

「それで良い…危うく惜しい人材を失う処であった」

◇バーグ

「なっ!!!?あんた、俺を殺るつもりだったのか!?」

ジョルジュ

「敵となるぐらいであれば今の内に芽を刈り取る迄の事。君の才覚を敵に与えては厄介だからな」

◇バーグ

「…ははっ、どうやら始めから器が違った様だったな〜。分かったよ、このヒュルトブルグ(バーグの本名)、今からあんたに与する。何でも頼みな。この辺りの事なら大抵知ってるさ」

ジョルジュ

「シラナー男爵を懐柔してくれ。私より付き合いの長い君からの説得の方が上手く行くだろう。所領安堵を約束する旨を伝えてくれ」

◇バーグ

「あぁ、分かりましたよ。しかし…あんた、何処迄計算してたんだ?激昂したかと想えば冷静沈着。どっちが本当のあんたなんだい?」

ジョルジュ

「時には太陽の如く戦士の様に、時には月の如く詩人の様に…共に私だ。只一つ云えるのは、これからの私は“ライジングサン(昇れる太陽)”である事だ!」

M L

 ヨッヘンバッハ領での兵士殺害事件は未だ続いていた。集団行動を取る事によって毎日の様な被害は減ったが、一度事件が発生すると複数人が惨殺されていた。事件発生以来、死者行方不明合わせて38名に迄及んでいた。有効的な犯人捜索の手段がなく、兵士達の不満と不安は混迷を極めていた。

ゲオルグ

「ぬお〜っ!どーすれば良いのだ〜!何故、見つけられんのだー!!」

ジナモン

「男爵、短気になるなよ。冷静に有効な手立てを考えよう」

ゲオルグ

「200人もの兵を動員しているのに何故見つからんのだー!イシュタル、何か良い方策はないのか〜?」

◇イシュタル

「兵達は捜索には向いておりません。斥候や捜索のプロを雇えば良いのでしょうが、予算的に厳しいです。犯人が村周辺の森林を動き回っているとすれば、我々素人が発見するのは難しいです。又、集団による捜索が返って犯人にこちらの動きを予測させてしまうのかもしれません。犯人は我々よりも土地勘のある者かもしれません」

ゲオルグ

「そ〜云えばジョルジュの処には情報部隊があった様だが、彼に頼むのはどうかな?条約を結んだから何とかなるかもしれんぞ〜」

◇イシュタル

条約?アルマージョ男爵と条約を結ばれたのですか?

ゲオルグ

「ン?云っとらんかったかの〜?条約を結び、公式文書も届いたぞ、ほれ」

◇イシュタル

 ヨッヘンバッハから書類を受け取り目を通し愕然とする。
「閣下!?こ、これにサインをなされたのですか?」

ゲオルグ

「?そうだが、何か問題でも?」

◇イシュタル

「この内容は用意周到に作り上げられた内容です…両者が領主として健在で統治に支障がない場合に於いて不可侵の誓約を立て、これに両者は違反してはならない、とありますが、第三者の審判の無いこの誓約はどっちとも取れます。又、領主並びに領代の任じた公式な使者以外の往来を禁ずる、とありますが公式と認めるか否かについての記載がなく、違反した際の罰則規定もありません。更に此処には、信教参拝は除く、とありますが白の女神参拝を名目として彼等は自由に我が領に入れる事を意味しております。共闘を目的とした兵力、指揮官、資金、物資の情報公開や自領内での分法優先、関税の自由設定等々両国の国力が均等でなくなった場合、我々にとって不利となります」

ゲオルグ

「案ずるでない。穿った見方をすれば不利ともなろうが、万事をこなせば有利に働くであろう?それに俺とジョルジュの仲だ、大丈夫大丈夫」

◇イシュタル

「しかし…この条約を見るに…自領内の問題には関与出来ないのでは?内政不干渉とありますが?」

ゲオルグ

「否々、重大な事態には共闘するとある。大丈夫大丈夫」

M L

 アルマージョ領では活気付いていた。城の増築と城下町の再開発、旧アドモ領と旧ウモ領との街道整備、領内五つの村の整備、農地開発等が行われていた。
 西部戦線で得た成果で最も大きいのは資金ではなく、建設の知識と経験であった。彼の地では戦場においての仮設建築や土地改善等の土木作業が重要であった。文句を云う傭兵達に云う事を聞かせ、その知識と経験の基礎を学ばせたのが領土開発に役立っていた。
 又、ジョルジュ自身も民衆と共に働いていた。木を切り、石を持ち、土を耕し、荷物を運び、共に働く領主。しかも、その姿は絶世の美形、時折奇跡の技を用いる。民衆が新たな領主を気に入るのに然程時間は掛からなかった。
 民衆の噂は瞬く間に広がり、天使の様な御仁、奇跡の御方、太陽の如きお人柄等まことしやかに流れ、いつしかジョルジュを『
ライジング・サン』と呼ぶ様になっていた。これは全てジョルジュの策であった。民衆の支持を得る為に親しみ易さを与え、同時に神秘性を与えて尊崇の念を抱かせる為の行為であった。噂は情報部隊を巧みに動かし、自然と広まる様に仕組んだのであった。尤も、ジョルジュ本人は忙しく働く事が元々好きで朝昼は民衆と共に汗を流し、夕夜は法案作成、統治計画、事務作業をこなしていた。彼はやる事が多ければ多い程活力を漲らせる人物であった。
 そんな中、ヨッヘンバッハ領から早馬が着いた。使者の持って来た書簡には至急協力を要請したい旨と用件が簡潔に記載されていた。

◇ヘイルマン

「ヨッヘンバッハからの書簡には一体何が記されていたのですか?」

ジョルジュ

「全く下らん内容だ、見てみよ」
 書簡をヘイルマンに手渡す。

◇ヘイルマン

 書簡に目を通し、溜息を一つ吐く。
「自領の事件の解決の為に我々を頼るとは!あの男爵は我々を嘗めているのか!!」

ジョルジュ

「…否、素だろうよ。策や謀の出来る器量は持ち合わせておらんさ。まぁ、引き受けてやるさ」

◇ヘイルマン

「何ですと!?この様な虫の良い協力要請を御承諾なされるのですか?」

ジョルジュ

「条約や同盟を締結した者には全面的な協力を惜しまない、そうした事実と情報を流布せしめる事が出来れば今後の外交戦略が楽になるであろう」

◇ヘイルマン

「しかし、捜索に協力するとなれば情報部隊をかなり割かねばなりません」

ジョルジュ

「否、お前達は引き続き領民のマインドコントロールを徹底させよ。捜索要求には俺自ら出向く」

◇ヘイルマン

「御自身で行かれるのですか?しかし、その様な件で自らお受けなさるのは…」

ジョルジュ

「俺自身が動いた方が効果がある。大丈夫だ、謝礼はきっちり頂く」

M L

 カノンの技を用いて、昼過ぎにはウルハーゲンを伴い、ジョルジュはヨッヘンバッハの館に赴いていた。
 要請の早馬を放ったイシュタルは驚いていた。自分の出した伝令が舞い戻るよりも早くアルマージョ男爵自らがやって来たのだ。驚きと不安を抱きながらヨッヘンバッハと共に謁見室でジョルジュを待っていた。

ゲオルグ

「おおっ!良く来てくれたジョルジュよ。余りにも早かったので何の準備もしておらんのだが、早速宴の準備に入ろうではないか」

ジョルジュ

「ハハッ、宴は結構だよ。それより、要請内容と状況を確認したい」

◇イシュタル

「私の方から御説明致しましょう」
 これ迄のヨッヘンバッハ領内で起こった事件の詳細を事細かに話す。

ジョルジュ

「なる程な。で、我々はその容疑者二名を発見すれば良いのだな?」

ゲオルグ

「うむうむ、見つけてくれるだけで良いのだ。捕らえるのは特別捜査官のジナモンがするのでな」

ジョルジュ

「相分かった。で、謝礼の事だが宜しいかな?」

ゲオルグ

「おうおう、謝礼の方だが…金貨、ごひゃ…300枚でどうかな?」

ジョルジュ

「先ず要請協力に対する謝礼として食糧50トンと馬5頭、牛10頭、羊20頭、兵装20組、農具30式、建設用具50式を頂きたい。容疑者発見の一翼を担えた時には、更に食糧20トンと馬2頭、牛5頭、羊10頭、労働力として一年間我が領内での働き手20名、金貨200枚と我が方の有事の際の協力要請に無償での協力の誓約を頂きたい」

ゲオルグ

「?…??ふむ、良いだろう」

◇イシュタル

「!?ヨッヘンバッハ様、よくお考え下さい」

ゲオルグ

「良いだろうイシュタル。金貨そのものをやるより物のが安上がりだろう。良いぞ良いぞジョルジュ、その条件で謝礼を出そう」

ジョルジュ

「宜しい。では、準備の為、客間をお貸し願えるかな?」

ゲオルグ

「おうおう、一番良い客間を使い給え」

M L

 客間に通されたジョルジュとウルハーゲンは、部屋に仕掛けがないかを探す。カノンも現れ、魔術的な仕掛けや諜報員がいない旨を告げた。

ジョルジュ

「さてと、カノン。今日一日で終わらせるぞ。探せるか?俺もオド(*1)濃度の違いで探してはみるがな」

◇カノン

「お易い御用です。対象者が姿形在り、“
”を残す者であれば捜せぬ者等決してありませぬ。この程度の領域でしたら、ものの数分と掛かりますまい」

ジョルジュ

「そうか。ならば発見したら俺も“そいつ”を見てみるとするか」

◇カノン

「分かりました。それでは発見しましたらジュルジュ様とウルハーゲン殿をお連れ致しましょう」

M L

 同じ頃、ヨッヘンバッハは私室でイシュタルとジナモンと話をしていた。

ジナモン

「しっかし、驚いたな〜。あいつ、男爵になったんだろ?自分で来るとは思わなかったな〜。男爵、って〜のは皆暇人なのかな?」

ゲオルグ

「何を云っとるのか!貴族ともなれば皆忙しいものなのだぞ。あやつも忙しいのだろうが、俺とあやつの仲だ。自ら出向くのが筋、それが貴族の礼儀と云うものだよ」

ジナモン

「男爵、あんた前にダイアモントーヤには借りを作りたくない、って云ってたじゃないか?」


ゲオルグ


「それはあやつが貴族になる前の話だ。共に帝国貴族ともなれば、立場は同じ。今回は正式な要請だし、謝礼も払う。益してだ、困った時はお互い様だろう?」

◇イシュタル

「ヨッヘンバッハ様。その謝礼につきましてですが…あれ程の物資をお渡しして宜しかったのですか?」

ゲオルグ

「良かろう?資金的に苦しいのだろ?金を出すよりは物資のが安い。万々歳じゃ〜ないかね?元々、金貨500枚くらい出すつもりだったから、それに比べれば物凄く安上がりだったろう?」

◇イシュタル

「左様ですが、周辺では傭兵流入による人口増加現象と物価高騰が懸念されている様です。つまり、物資不足に陥る危険性があるのです。私も余り詳しくはないのですが、安いから良い、と云うのは危険かもしれません。それに有事の際の無償協力と云うのは、余りにも大胆ではありませんでしょうか?」

ゲオルグ

「イシュタル〜。このまま事件が未解決のままであれば、どんどん兵士が殺害されるんだぞ?被害が広がるのを防ぐ事が出来れば、協力等惜しくはないだろ〜?」

◇イシュタル

「左様でしたか。失礼致しました。そこ迄お考えでしたらこのイシュタル、口を慎みます」

ジナモン

「そ〜云えば、馬って七頭もいるの?犯人発見したら七頭渡すんだろ?」

◇イシュタル

「我が方の軍馬は、閣下と私、ジナモン殿の三頭と各隊長の六頭、合わせて九頭おります」

ゲオルグ

「む〜、そ〜だったのか?やっぱり軍馬じゃなきゃ駄目だよな〜?仕方あるまい、最悪隊長達の馬と、ジナモン、君の馬をやるしかあるまい」

ジナモン

「おいおい!?そりゃないだろ?俺の馬は元々、自分のだぜ!あんたのをやれよ!」

ゲオルグ

「馬鹿者!男爵の俺が馬がないのでは話にならんだろ〜!」

◇イシュタル

「お争いなさいますな。私の馬を差し上げますから御安心下さい」

ゲオルグ

ジナモン

「…助かるよ、すまんな〜」

M L

 ジョルジュは客間の窓から村を見渡す。何とも貧相な村であった。見るからに活気がない。それに比べて、“白の女神”の神殿と云うものがやけに目立つ。その神殿そのものの規模や造り、装飾が凄い訳ではなく、ここが町であれば十分程度といった代物。だが、この如何にも貧しそうな村にあっては違和感を感じざる負えない。男爵の館は前領主の副産物だろうが、同程度、或いはそれ以上の規模の建築物をこの村に造るとは、ヨッヘンバッハの統治が如何に危険かを知る目安であった。

 程なくしてカノンが姿を現す。そう、カノンはこの短時間で既に犯人を発見したのであった。恐るべき遣り手、恐るべきは“
フォビア(*2)”。

◇カノン

「見つけ出して御座います。如何なさいますか?」

ジョルジュ

「…全く恐るべき早さ、御苦労であった。直ぐにそやつの下へ出向くとするか」

M L

 カノンは頷くと、いつもの様に巨大な渦巻き状の影を壁にこぼつとその中に歩み入る。もう慣れたとは云え、この影の穴を抜ける時は背筋をヒヤリとしたものが走る。並の精神の者であれば、恐らく極度の疲労感を感じざる負えないだろう。
 時間的な流れは殆ど感じない。それこそ、歩いた距離に準ずる程度の時間で客間を後にした。次に目にしたのは森林の中であった。その先には確かに黒尽くめの鎧武者がいた。しかし、ウルハーゲンとは違う。全身鎧を着込んだ者である、と分かるのであった。ウルハーゲンは寧ろ着込んだ感じとは違う。
 カノンは直ぐにジョルジュの影へと文字通り身を潜めた。ジョルジュとウルハーゲンは黒尽くめの男へと歩む。ウルハーゲンはいつもの様に音を立てない、全身鎧であるにも関わらず。
 ジョルジュの立てた僅かな足音に黒尽くめの男が気付いた。金属の全身鎧を纏っているのに軽やかに戦斧を持ち、構えた。兜から覗く眼光は鋭い、まるで獲物を狙う猛禽類の様に。

ジョルジュ

「君かね?兵を次々と殺害して行く凶悪な殺人鬼と云うのは?」

◇・・・

「ヨッヘンバッハの兵士如きに此処まで近付かれるとはな…」
 鈍く黒光りするその巨大な戦斧は、まるで処刑人の持つ様な代物。握る手に力が込められた。

ジョルジュ

「慌てるな。私はヨッヘンバッハの兵ではない」

◇・・・

「…誰であろうと関係はない。俺を犯人と見抜いた者は皆殺す!」

ジョルジュ

「逸るな下郎!我が名はアルマージョ男爵家当主“ライジング・サン”ことジョルジュ・ダイアモントーヤ。無闇やたらに斬られる身に非ず。人の子ならば名があろう、素養あらば話出来よう、違うか?」

◇・・・

「…いいだろう。俺の名は
クロイツァー・クラウス、通り名は“処刑人”、あざなは“ブラックイーグル”」

ジョルジュ

ブラックイーグルだと!?此処の前領主はブラックホーク…身内か?」

◇ブラックイーグル

「察しがいいな、此処の阿呆男爵とは違う様だな。俺はブラックホークの弟だ」

ジョルジュ

「…で、その弟が仕返しか?」

◇ブラックイーグル

「仕返しなんて生易しいもんじゃない、復讐だ!!兄者がされた以上の仕打ちと恐怖を以てヨッヘンバッハを地獄へと叩き落とす!奴の素っ首を叩き落とし、その頭蓋を祝杯に奴の血を啜ってやるわ!!」

ジョルジュ

「復讐か…それで兵を殺害し続けているのか」

◇ブラックイーグル

「そうだ!兄者とその兵全ては皆殺しにされた上、串刺しにされ晒された。俺は奴の周りを一人ずつ殺り、奴等が絶望し、恐怖に怯え、奴が見捨てられ一人になった時、無様な言い逃れを聞きながら奴の頸椎に渾身の一撃を見舞ってやるのだ」

ジョルジュ

「…何とも堕落した欲望だな。聞いてて胸がむかつくな」

◇ブラックイーグル

「フン!そのむかつきも直になくなる。俺がその綺麗な顔を砕いてやるよ」

ジョルジュ

「二対一で勝つ気かね?お前が殺して来た連中とは訳が違うぞ」

◇ブラックイーグル

「ハッ!俺には頼もしい弟が居てな。既に貴様の額を狙っておるわ!!」

ジョルジュ

「ハハッ、試してみるかね下郎?」

◇ブラックイーグル

「云われんでも殺ってやるわ!!」
 軽々と戦斧を振り回すと凄まじいスピードで距離を詰めた。

M L

 稲妻の様な戦斧の一撃がジョルジュを襲う。ジョルジュは俯いたまま、腕組をして微動だにしない。
 ガギィッ!
 戦斧は突然、妨げられる、馬上槍によって。ウルハーゲンの切っ先無き暗黒の馬上槍は斧の刃に触れずに、しかし、確実に妨げていた。
 ヒュッ!ヒュッ!ヒューッ!
 ジョルジュの後方から空気を裂く音。削り出された黒曜石の飛礫が飛来する。ジョルジュはやはり、微動だにしない。足下の影が緩やかな暗黒のベールとなってもたげ、飛礫を妨げる。影に触れた飛礫は静止し、勢いなく地に落ちる。
 腕組を解いたジョルジュは、その手を軽く捻ると小さな電撃をパリパリと何度かブラックイーグルに投げ掛ける。金属の全身鎧を小さな電撃が走り抜ける。

◇ブラックイーグル

 電撃の激痛に片膝を地に着き、
「お、己ぇ〜術士であったか!」

ジョルジュ

「聞け、ブラックイーグル!後ろの奴もだ!復讐に燃えるも結構、憎悪を力とするのも結構。だが、それだけでは生きては行けない。相手を知れ、周りを見よ、人と接しろ。心を閉ざしたままでは希望を叶える事等出来ぬ」

◇ブラックイーグル

「知った風な口を聞くな!兄者を、我等を知らぬ己が何をほざく!」

ジョルジュ

「知らぬ!だが、推測出来る。ヨッヘンバッハの言を鵜呑みする訳ではないが、ブラックホークは暴君であったのだろう。あの見窄らしい村にあって似つかわしくない館は余程の重税を課していたのだろう。尤も領有権を認められている貴族が自領において如何なる分法を敷いても自由。故にどれ程暴虐不仁に振る舞おうともブラックホークを責める云われは何人にもない。しかし、彼に落ち度があるとすれば只一つ、迫り来る危機に対処する準備を怠った事、則ち“弱かった”事だ。私が彼を擁護せず、その非を責めるのであればその一点、弱さによる脆弱さだ!脆弱な者が人の上に立ち続ける事等許されぬ。引き摺り落とされるは至極当然。
 お前達も同様だ。計画なく、準備なく、展望もないまま、相手を見極める事もせずに噛み付くは野犬と変わらん!先ずは己を見つめ直すが良い」

◇ブラックイーグル

「…ヨッヘンバッハの偽善を正当化するには足りぬわ」

ジョルジュ

「ヨッヘンバッハを擁護して等おらん。奴の偽善等周知の事実。しかし、奴自身はその偽善を正義と信じ疑わない。云わばタチの悪い思い込みが奴自身を領主たらしめているのだ。さっきも云ったが、その偽善も独善も奴が貴族で自領に在る限り、帝国法はそれを保証する。例外があるとすれば中央行政府や司法府による大執行か、或いは保証と同じく“奪う”権利を有する貴族のみ。それ以外は粛正の対象にしか過ぎん」

◇ブラックイーグル

「…何が云いたいのだ?誘っているのか?」

ジョルジュ

「否、現段階では誘う価値すらお前には無い。だが、復讐にも様々な形が在る、と云う事だ。お前自身がそれに気付き、その言動に大儀ならずとも一片の理でもあれば、周囲の見方は自ずと変わる。獣ならず、人なればそれが嗜みだ。強くなれ。そして、それ以上に優しくあれ」

◇・・・

「兄者!絆されるな!!そいつはヨッヘンバッハを擁護してるだけだ」

ジョルジュ

「騒ぐな下衆!此処迄云って分からぬ輩であれば、期待さえ持てぬ。下衆の明日を奪う事等、造作も無い」

◇・・・

「ハッ!やってみろ!!俺の暗琉飛礫で蜂の巣にしてやる!」

◇ブラックイーグル

「…待て!ブラックファルコン、この者の云う事、尤もだ」

◇ブラックファルコン

「何を云うか兄者!忘れたのか?あの惨劇を!長兄と兵共のあの無惨な姿を。ヨッヘンバッハを生かしたままのうのうと生きる事等俺には出来ぬ!」

◇ブラックイーグル

「忘れ等するか!だが、今のまま復讐を成し遂げたとしてもこの者の云う通り空虚なだけだ」

◇ブラックファルコン

「俺はそれでもいい!奴の素っ首を叩き落とせればそれでいいわ!」

◇ブラックイーグル

「…アルマージュ男爵、あんたが正しい。俺達は既に何も見えなくなっている様だ。だが、今回、この復讐を中途で終わらすのであれば、それこそ目も当てられん。雌雄を決す。その結果がどうであれ、もし、俺が生き残っておれば、男爵、あんたの云う通り別の道を探してみるつもりだ。止めんでくれ、頼む」

ジョルジュ

「良いだろう。そこ迄の覚悟があるのであれば最早止めはせん。だが、報告はする。それが義務と云うものだ。
 只、これだけは覚えておいて欲しい。我が言霊に触れ、自身を見つめ直すに至った君の素養は何物にも代えられん。優秀な人材をなくすは惜しい、帝国の損失、否、私にとって耐え難き事件だ!生き残り世に出て貰いたい。何れ、又違った場所で会えるとしたら嬉しく思う。その時、尚もヨッヘンバッハと雌雄を決したいのであれば、その時こそ、立会人としいて同席しよう」

◇ブラックイーグル

「…感謝する。狂気に取り憑かれた俺を一人の人格として扱ってくれた事を」

ジョルジュ

「さらばだ!又会おう。お互い、更なる高みに於いてな」

M L

 謝礼用の物資を用意してみると、存外大量である事が実感出来た。加えて、収穫前の物資を集めるのが意外と苦労するものである事が分かった。イシュタルはその見識、特に軍需の見識に造詣が深かったので想像は容易かったが、ヨッヘンバッハやジナモンは疎かったのだ。

ジナモン

「こんなにも多いのか?って云〜か、よくこれだけあったもんだな〜、此処に!?」

ゲオルグ

「む〜、確かにの〜。俺も全く知らんかったの〜?」

◇イシュタル

「左様ですか…これは私が最低限の軍運用と維持の為に取っておいた物資です」

ジナモン

「この食糧ってどれぐらいなもんな訳?」

◇イシュタル

「場合にもよりますが、凡そ1000名の兵士を約一年間運用出来る量に御座います。理想論でしかありませんが、我が領内であれば全ての領民を数年飢えさせずに済む量に匹敵致します」

ゲオルグ

「ン?我が国庫の備蓄は後どれくらいあるのだ?」

◇イシュタル

「…全兵士を収穫時迄無償で喰わせる程はあります」

ゲオルグ

「そーかそーか、それなら良い。収穫時に値下がりした食糧を買い込めば良かろう」

M L

 夕刻前にヨッヘンバッハの私室を兵士がノックする。何でもアルマージョが伝えたい事があるそうだ。夜の宴を催す予定であったので、ヨッヘンバッハはその席で話を聞く旨を告げたが、急ぎの用事との事で嫌々受ける事にした。イシュタルとジナモンを呼び寄せ、謁見室へと出向いた。

ゲオルグ

「む〜、急ぎの用件とは何かねジョルジュ?宴迄それ程時間は掛からんぞ」

ジョルジュ

「宴は結構だと云ったろう?それよりもだ、報告をしに来たのだ」

ゲオルグ

「報告?…はて、何の報告だね?」

ジョルジュ

「兵士殺害犯の発見とその報告にだよ。私が来たのはその為であろう?」

ゲオルグ

「何と!!?もう見つけたのか!?俺達が数週間掛けても見つけられなかった者達をか!!」

ジョルジュ

「驚く事ではあるまい。私は情報将校であったのだ。だからこそ、君も私を頼ったのであろう?」

ゲオルグ

「む〜、まあそ〜なんだが。で、何処でどんな奴であったか?」

ジョルジュ

「彼等は二人、近隣の森林を姿を隠しながら移動し、村を見張っておったよ。彼等の身元は明らかとなった。一人はブラックイーグル、処刑人と渾名される男、もう一人はブラックファルコン、兄弟だ。兄の方は重戦士、戦斧を獲物とした強者。弟の方は軽戦士、飛礫の達人で姿を隠すのが巧みだ。共にかなりの手練れで君に強い恨みを持っておる。兵士一人一人全員の殺害を目論み、最終的には君を殺そうとしておる」

ゲオルグ

「ブラック?一体何者なのだ!人に恨まれる筋合い等ないぞ」

◇イシュタル

「…もしや、前領主と懇意にある者ですか?」

ジョルジュ

「そうだ。前領主ブラックホークの実弟達だ」

ジナモン

「ブラックホークに兄弟がいたのか?男爵、あんた知ってたのか?」

ゲオルグ

「む〜、知らなかったぞ。そやつ等を捕らえれば良いのだな?そーと判れば、良し、皆でそやつ等を捕らえるぞ!ジョルジュも手伝って貰えるかな?」

ジョルジュ

「…それは協力要請かね?余分に謝礼を頂く事になるが?」

ゲオルグ

「む〜、どうするかねイシュタル?」

◇イシュタル

「残念ですがこれ以上は…」

ジョルジュ

「では、謝礼を頂き帰るとしよう。品々の運搬は君達の部下にお願いしよう。私が確認次第、直ぐに出立して頂く。宜しいかな?」

ジナモン

「ちょっと冷たくないかい、アルマージョ男爵?」

ジョルジュ

「冷たい?領主自ら要請に応え、こうして事件解決の根本を探った私が冷たいと?」

ジナモン

「あんた、ヨッヘンバッハ男爵の友達だろ?友達なら助けるのが当たり前だろ?」

ジョルジュ

「…友人と思うのは勝手だが、私は領主なのだよ。こちらの問題は本来、領主ヨッヘバッハの問題であって、これを解決出来ないのであれば領主としては失格だ。益して、前領主弑逆に付随したこの事件は領民には関係の無い話。正に北部貴族らしい問題と云えよう。ジナモン、君はそこ迄分かった上で云っているのかね?」

ジナモン

「そんな事知らないけど、冷たくないかい?」

ジョルジュ

「個人主義と偏見は結構な事だが押し付けがましいのは良くない。君にも想いがある様に私にも領民にも想いがある。勿論、利害関係もだがね。もう少し考えてから軽口を挟み給え」

ジナモン

「小難しい話はよく分からんけど、でも変だろ?」

ジョルジュ

「…利己的な上に排他的でもあるな。此処にはお誂え向きだな。精々、長生きする様頑張り給え」

ジナモン

「へっ?もしかして馬鹿にしてるのか?」

ジョルジュ

「…君には信念はあるのかね?目標でも良いが?」

ジナモン

「信念?強くなる事が目標だ!」

ジョルジュ

「強くなる事?何故かね?」

ジナモン

「戦士だから強くなりたいのは当然だろ?」

ジョルジュ

「恐ろしい程幼稚だな、危険な程に。ヨッヘンバッハ、今後此奴を一切、私の領土に近づけてはならない。使者としても駄目だ。我が領内に入った時点でジナモン、君を犯罪者として捕らえるので覚えておき給え」

ジナモン

「へっ?何でだよ!?関係ないだろ?勝手に決めるなよ!」

ジョルジュ

「我が領内の法は私なのだよ。流れ者に共通する利己主義者は危険なので我が領にはいらん。秩序を乱す上、実力行使を第一に選択するタイプだよ君は」

ジナモン

「ひで〜なー!男爵、あんたから何か云ってやってくれよ」

ゲオルグ

「ジナモン、君は利己主義者であったのか?それは駄目だな〜、周りを見なくては。うむ分かったジョルジュ、ジナモンを君の領土に行かせない様にしよう」

ジナモン

「なっ!?あんたもかよ!ったく、分かったよ」
 謁見室を後にした。

ジョルジュ

「ヨッヘンバッハ、彼の様な者は危険故に気を付け給え。悪意無く害を齎す愚か者に共通する思考性を有している。言動に一貫性がなく、刹那的な判断の下、行動を起こすタイプだ。自分の欲望に忠実であるが為、事件を巻き起こす輩だ」

ゲオルグ

「む〜、考えておこう。今回は有難う。謝礼の方はちゃんと送るので確かめ給え」

M L

 ヨッヘンバッハからの謝礼を確認し、自領への搬入の出立を見送ってからジョルジュはカノンの術で戻った。夕刻過ぎに自領に戻ったジョルジュは直ぐにヘイルマンを呼び寄せた。

◇ヘイルマン

「どうなさいましたかジョルジュ様、何かお忘れ物でも?」

ジョルジュ

「否、解決して今戻った処だ。お前には報告せねばなるまい?」

◇ヘイルマン

「!!もうお済みになられたのですか!?」

ジョルジュ

「驚くには値しないぞヘイルマン。それより謝礼が二、三日以内に到着する。グラナダ、西部戦線と奴等の物資を調査把握済だったのが功を奏した。謝礼として殆どの物資を吐き出させた。ヒュルトブルグに早馬を出し、物価と通商制限を掛けさせるのだ。それでヨッヘンバッハは意のままに操れる」

◇ヘイルマン

「それは御目出度う御座います。そうそう、そのバーグ男爵から早馬が参りました。シラナー男爵の件、上手くいったそうです」

ジョルジュ

「ほう、ヒュルトブルグの奴、なかなか遣りおるな」

◇ヘイルマン

「左様ですな。バーグ男爵の物流支配と我が軍の精強振り、そして領内整備とジョルジュ様御自身の噂は如何に質実剛健なシラナー男爵とて、首を縦に振らざる負えなかった事でしょう」

ジョルジュ

「うむ、そうか。これで漸く揃ったな」

◇ヘイルマン

「?何がで御座いますか?」

ジョルジュ

「フッ、パープルワンズ攻略の糸口をだよ」

◇ヘイルマン

「!!パープルワンズ侯爵をですか!?しかし、我等がこの地に訪れて未だ一月余り。地盤がしっかりしている上、3000名にも及ぶ私設軍を有する大諸候パープルワンズ侯が相手では分が悪いです!今は小勢力を併呑しつつ、自領の発展に努めるのが得策かと存じ上げます…」

ジョルジュ

「ヘイルマン、暢気な事をやっていてはいつ迄経っても田舎貴族留まりだ。我等が飛躍する為にはそれなりの獲物が必要なのだ。軍閥出の大諸候ともなれば打って付けであろう?」

◇ヘイルマン

「ですが、戦闘貴族(*3)として財を成したパープルワンズは著名な軍閥の一門の出。引退したとは云え、北部辺境域に身を置き、保有兵数制限の限界迄の私兵を有し、周辺諸候に睨みを利かす彼の者は武骨過ぎます。兵力を揃える迄、せめて計略を用いて混乱を与えなくては動くのは得策ではありません」

ジョルジュ

「ヘイルマン、時間を掛けてしまえば奴に我等の情報を探らせる機会を与えてしまう事になる。我等を知らぬ早い時期こそがチャンスだ。元帥府に所属していた俺は経歴を探られ易い。今のうちに神秘性を纏っておきたい。故に兵力で劣っていても奴を打倒する偉業らしきものを成す必要がある。それに奴の領地の名産のワインが頗る旨いと云うではないか。是非、飲んでみたいものだ」

◇ヘイルマン

「ジョルジュ様、風評や願望で彼の者と争うであればお止め致します」

ジョルジュ

「ハハッ、ジョークだよ。尤も半ば本気だがね。ヒュルトブルグとシラナーを交えた会議で煮詰めてみせよう。ヒュルトブルグとシラナーに早馬を出し、会議出席を命じよ。早急にだ!」

M L

 ヨッヘンバッハ領では徹底した兵士の外出禁止令を敢行していた。それが功を奏したのか、ブラックイーグル兄弟の凶行も止んでいた。だが、それは長くは続かなかった。アルマージョ男爵が去ってから丁度四日目の昼時、館内を慌ただしく兵士達が駆け回り、ヨッヘンバッハの下に伝令がやって来た。
 昼食に舌鼓を打っていたヨッヘンバッハは不機嫌そうに対応していたが、伝令の報告を聞いて慌てた。
 館前の広場にブラックイーグル兄弟が現れ、兵士達と交戦中だと云うのだ。ヨッヘンバッハは慌てて、軍装を纏い、ジナモンとイシュタルを引き連れ、館の外へと赴いた。外に出た時には既に凄惨な光景が広がっていた。既に八名の兵士が絶命し、三名の兵士が負傷していたのであった。

ゲオルグ

「むおっ!何たる事か!!む〜、許さんぞー!イシュタル、直ぐにマクストラルフェイスを呼んで参れ!我が兵士達よ、彼奴等を取り囲むのだ。ジナモン、頼むぞ」

ジナモン

「よし、斧の方をやる。軽装の方は男爵、あんたに任す!」

M L

 兵士達が展開するのと同時にジナモンは段平を抜きつつ、ブラックイーグルに駆け寄った。鋼の段平は寸での処で戦斧で妨げられ、激しく火花を散らす。
 ヨッヘンバッハも白の剣を抜き、両手を大きく開いて掲げる。

ゲオルグ

「反逆者めが!暴君の縁者が逆恨みとは甚だ愚かなり!我こそはこの地を大統治せしめんゲオルグ・ヨッヘンバッハ男爵!“白の女神”の神官にして天翔る戦士。いざ、尋常に勝負!!」
 勢いよくブラックファルコンに突撃する。

M L

 削り出され磨かれた黒曜石の飛礫がヨッヘンバッハを襲う。女神の彫られた盾で辛うじて弾き、見直すとブラックファルコンは兵士の群に飛び込んでいた。

 ブラックイーグルの軽やかな一撃がジナモンを襲う、強烈。受けた段平毎体が持っていかれ捻り、重心が崩れそうになる。何と云う剛の者であろうか、ジナモンはそう悟り、跳び退き構え直す。

ジナモン

俺の名はマーストリッヒャー・ジーン・アモン。“ブリンク・スラスト(瞬き突きの)”ジナモンだ!殺された兵士に成り代わり成敗してやる
 ギュッ、と柄を握り直す。

◇ブラックイーグル

「ヨッヘンバッハに付く者は皆殺しだ!」

M L

 ブラックイーグルは水平に構えた戦斧を突き出し、突撃した。ジナモンは大きく左に体を躱し、段平を振り下ろす。柄で受け止めたブラックイーグルは、力いっぱいジナモンを弾き飛ばす。戦斧を垂直に構え、握った右手を軸に素早く左手を前後させ、細かな斬撃を繰り出す。ジナモンに掠り傷が刻まれる。

 兵士の群に紛れたブラックファルコンを追うヨッヘンバッハに一人の兵士が突き飛ばされて来る。受けめ様とした瞬間、兵士の顔面に大穴がこぼち、漆黒の飛礫がヨッヘンバッハを襲う。一瞬、首を傾け、頬に傷を作りながらも飛礫を躱す。

ゲオルグ

「むお〜!我が兵を人壁にするとは〜!!許さんぞー!!!」

M L

 飛礫が足下を襲う、低空の投擲。何と戦い慣れている事か。寄り縋る兵士をものともせず、次々と飛礫をヨッヘンバッハに投擲して来る。盾の一部が欠け、ヨッヘンバッハ自身が兵士の陰に身を潜める事態になっていた。

 ブラックイーグルの斬撃の嵐を段平を手首で回転させ、左右に受け流し接近、スピーディーな唐竹割を繰り出す。その一撃を斧の平で受け流し、石突でジナモンを突き飛ばす。瞬発力はジナモン、技量はほぼ互角、膂力ではブラックイーグルが勝る様だ。恐らく、持久力と判断力、経験、そして気力が彼等を分かつ事になるだろう。

 ブラックファルコンは四方八方に低空投擲を行った。兵士達の足を次々と打ち、砕き、薙ぎ、一斉に倒れる。ヨッヘンバッハに兵士がもたれ掛かり、ブラックファルコンの姿を一瞬見失う。周囲に倒れ込む兵士を後に横跳びして距離を取ったブラックファルコンは無数の飛礫を打ち出した。
 足下への攻撃は躱しにくい。しかし、ヨッヘンバッハには秘策があった。それが誰にも真似出来ない跳躍《
翔躍術》であった。

ゲオルグ

「どうだー、これが天翔る戦士たる所以だー!」
 上空高く舞い上がり、ブラックファルコンを見下ろし確認する。

◇ブラックファルコン

「ハッ、馬鹿め!俺の暗琉飛礫の恰好の餌食だ!!」

M L

 上空に舞い上がったヨッヘンバッハだが、翔躍術は飛び回る事が出来る訳ではなかった。ブラックファルコンは飛礫を連射し、ヨッヘンバッハを打つ。体を捻り、盾を構えて飛礫を妨げるが、左太腿、左脇腹、左上腕に直撃、右顳かみ、左脹ら脛、右膝に掠り傷を負った。
 ヨッヘンバッハが下降して来ると、今度はブラックファルコンが跳び上がり、上空から飛礫を放り、又しても左脇腹、左肩に直撃が、左臑、右踝、左頬、右上腕に掠り傷を負った。体力自慢のヨッヘンバッハとはいえ、これ以上飛礫を食らってしまっては反撃する事が出来なくなる。接近しようと力強く踏み出すが、ブラックファルコンは尚も兵士の群に紛れたのであった。

 ジナモンとブラックイーグルは一進一退の攻防を繰り広げていた。重い全身鎧を纏うブラックイーグルは体力消耗と敏捷性でジナモンに劣っていたが、経験の多さとその判断力で勝り、激しい戦闘となっていた。血を流しているのはジナモンの方だが、どれも掠り傷であり、致命傷ではなかった。金属鎧に護られたブラックイーグルは傷こそ負ってはいないが、重くのし掛かるその鎧の為に息が荒くなってきていた。
 突然、ジナモンは背の左脇に激痛を覚えた。黒曜石の飛礫、ブラックファルコンからの攻撃であった。
 目の前の強敵との闘いに必死になっており、状況確認を怠っていたジナモンが改めて周囲に気を配ると、苦痛に顔を歪める大勢の兵士達と致命傷こそ見当たりはしないが傷だらけのヨッヘンバッハが軽快に動き回るブラックファルコンに翻弄されている事に気付いた。間髪入れず、ブラックイーグルの戦斧がジナモンの背を襲う。傷は浅いが出血が酷い。かなり不味い展開であった。この兄弟、協力して闘う際の空間把握能力が圧倒的に勝っている。人数比がまるで役に立っていない。
 そこへ現れたのが彫刻の様な姿をした白の女神の番人であった。

◇マクストラルフェイス

「助太刀致す!」

M L

 イシュタルが呼んで来たマクストラルフェイスは寺院防衛の戦士である。重い体は敏捷性に欠くが頑強で力強く、何より人ならざるその特性は疲れを知らない。
 イシュタルは複数人の兵士に命じ、一斉にスリングをブラックファルコンに投擲した。マクストラルフェイスはジナモンの近く迄やって来て、ブラックイーグルと対峙した。
 イシュタルは兵士に命じ、スリング投擲と半包囲展開をさせ、ブラックファルコンの行き場を遮る。ヨッヘンバッハはそれに乗じてブラックファルコンへの接近を試みていた。同じく、ジナモンはマクストラルフェイスと共にブラックイーグルに向かい合っていた。
 形勢は逆転した。イシュタルの用兵術は小規模部隊の展開さえにも力を発揮し、軽快に動き回っていたブラックファルコンを追い詰め、歴戦の猛者であるブラックイーグルもジナモンとマクストラルフェイスの両者相手では分が悪かった。

◇ブラックイーグル

「…此処迄の様だな…ブラックファルコン、退くぞ!!」

◇ブラックファルコン

「なっ、何を云うか兄者!未だ未だこれからだ!!」

◇ブラックイーグル

「仕損じたのだ、このままでは共倒れ。退くのだ!」

M L

 ブラックイーグルは懐から小瓶を取り出し、炎を放って投げつける。小爆発と煙を上げたその陰に紛れ、ブラックイーグルは走り抜ける。
 続いて、ブラックファルコンも同じ様な小瓶を投げ出し、煙幕を張り、兵士達から離れる。

ゲオルグ

「ぬおー、逃さ〜ん!!」
 翔躍術を用いて天高く跳び、ブラックファルコンを視認し、目掛けて襲う。

M L

 上空からの急降下攻撃がブラックファルコンを襲う。
 ギャッ。ブラックファルコンの痛ましい絶叫。ヨッヘンバッハの体重を乗せた一撃がブラックファルコンの背筋に致命的な斬撃を与えた。
「ファルコン!」
 ブラックイーグルは振り返り様叫ぶ。しかし、決して踏み止まる事はせず、走り去る。膝を付いたブラックファルコンは夥しい程の吐血で辺りを染め、ヨッヘンバッハに虚ろな眼差しを向け、
「貴様に栄光はない!!クラウス一族万歳!!!!」
 絶叫と共に絶命した。兄ブラックイーグルの姿は既になく、皆が跪き息絶えたブラックファルコンを凝視していた。

ゲオルグ

「む〜、ブラックイーグルを捜すのだー!ファルコンを広場で晒し、反逆者はこうなる事を知らしめ、ブラックイーグルを追い詰めるのだー!!」

ジナモン

「そんな事して大丈夫なのか?」

ゲオルグ

「此奴等は我が兵士を50人以上殺害した凶悪犯だ!許してはおけーん!!」

M L

 ブラックファルコンの遺骸が晒され、ブラックイーグルに金貨100枚の懸賞金を掛ける事で、一連の凶悪事件に一応の幕を引いたヨッヘンバッハは、領内の警戒態勢を強化し、同時に兵士の募集を公募した。無論、兵士は集まる筈もなく、ブラックイーグルも捜し出せず、後味の悪さとヨッヘンバッハへの畏怖だけが残る結果となった。

 アルマージョ領にはバーグ、シナラー両男爵が訪れていた。
枢密院貴族閣議、と銘を打った会議が招集され、両男爵他アルマージョの主立った面々が揃い、対外的な公式会議が開かれた。

ジョルジュ

「バーグ男爵、シラナー男爵、遠い処わざわざ足を運ばれ有難く思っています。皆の者も良く集まった。この会議は北部辺境域の統治について話し合う重要なもの。今後、この会議を枢密院貴族閣議と名付け、定期的に催すつもりなので宜しく。取り敢えず、初めて開かれた今回の議長は私という事で宜しいかな?」

M L

 シラナー男爵以外の全ての出席者が過剰にその旨を称賛した。

ジョルジュ

「有難う、有難う。それでは早速議題に入らせて頂こうかな」

◇シラナー

「…アルマージョ男爵、その前にお訊ねしたい事があるのだが…」

ジョルジュ

「何ですかな、シラナー男爵?」
 黄金に輝く瞳でシラナーを見据える。

◇シラナー

「この会議が北部辺境域の統治姿勢を決定する程重要なものであれば、他の諸候へも参加の打診をすべきではなかったのでは?爵位を持つ者が三名だけでは重大な事柄への決定権がない様に思えますが?」

ジョルジュ

「ヨッヘンバッハ男爵は自領の問題でこの度の会議への出席要請は見合わさせて頂いたのですよ。又、これは議題にも関与してくる事なんですが、パープルワンズ侯爵に至っては私の統治を快く思っていない御様子」

◇シラナー

「…失礼ながら貴殿の行った他領併呑は、少なからず快く思っていない諸候がいるのは事実です。又、ディマジオ子爵からの領有権継承にも疑問を抱いている者も多いのです。名声、実力共に大諸候のパープルワンズ侯であれば近隣での貴殿の行動に注目するのは必然と云えるでしょう」

◇バーグ

「否々、シラナー男爵。それは道理とは云えないね〜。その発想だと後輩は何も出来ん事になるだろ?元々、帝国貴族は権利を買ってる様なもんだし、実力主義なんだから周りがとやかく云うもんじゃないだろ?」

ジョルジュ

「シラナー男爵、私はパープルワンズ侯を攻略すつもりだ」

◇シラナー

「!?…どう云う事です?何故、パープルワンズ侯を?」

ジョルジュ

「私の方が彼よりワインの味が判るからだよ」

◇バーグ

「ははっ、そりゃ傑作だ!」

◇シラナー

「笑い事ではないですぞバーグ男爵。パープルワンズ侯の所領はワインの名産地。アルマージョ男爵の云い様では、その名産を我がものとせんが為の侵略以外の何ものにも聞こえませんぞ!」

ジョルジュ

「その通りだが、何か問題でも?大義名分等幾らでも付け加えられるが、私が欲するのは名産と広大な所領、それを支える多くの民衆、そして実績だよ」

◇シラナー

「!?…先程、この会議は北部辺境域の統治姿勢を定める重要なものと位置付けたではありませんか!貴殿の話は御自身の野心を語るだけに過ぎず、会議の体を成してはおりませんぞ」

ジョルジュ

「ハハッ、シラナー男爵。北部辺境域を私は支配下に置くつもりなのだよ。従って、その統治姿勢を決定するこの話合いは重要なのだよ。バーグ男爵もこれには賛成してくれておるが、君は反対かね?」

◇シラナー

「賛成、反対の問題ではなく、それは妄想の域を出ていないではありませんか?成し遂げてもいない統治機構の話合い等空論に過ぎませんぞ!」

ジョルジュ

「だからこそ、制覇を成し遂げる為にこうして話ておる。何か問題でも?」

◇シラナー

「問題だらけですぞ!野心だけで統治等出来る筈もない」

ジョルジュ

「北部辺境域には強力な指導者が必要なのだ。戦乱に伴う傭兵とその家族達の流入による人口増加、付随して人口過密による治安悪化と失業率上昇、物資不足が巻き起こり物価高騰、打開策無き諸候達の民衆締め付け、諸々から来る社会不安。己の身を案ずるだけの貴族と知識人不足は北部辺境域の危機以外の何ものでもない。私であれば、それらを全てクリア出来る上、更に豊かにする事が出来る」

◇シラナー

「ば、馬鹿な…一体、何を根拠にその様な大それた事を」

ジョルジュ

「色々と大学時代に学んだ事があってね。勿論、元々軍人であるが故に軍事力無しでは語れんがね。兎も角、これを見てくれ給え。我がアルマージョ領内の新法と周辺域の統治システムだ」
 十数冊分の書類をシラナーの前に放る。

◇シラナー

 幾つかに目を通し、驚きの表情を浮かべ、
「僅か一月足らずでこれだけの法案作成とアイデアを?貴殿が考えたのか?」

ジョルジュ

「そうだ。君に断りもなく、君の所領との兼ね合いやシステムを考案したのは悪いとは思っているのだが、理想論は常に実際より先に考えて置かねばならないのでね」

◇シラナー

「…なる程…貴殿の町がこれ程活気付いている訳が分かった気がする…しかし、パープルワンズ侯攻略ともなれば話が違う。此処に記されている兵力を見ても明らかに彼の者の方が勝っている。貴殿自身の記述であれば存じておろう?パープルワンズ侯は近隣でも随一の兵力を有する軍閥だ。北のムルワムルワ公よりも多いのですぞ!」

ジョルジュ

「勿論、存じておりますよ。ですが、心配はない。私は野戦が得意でね。益して、軍略だけなら兎も角、政略を乗せた戦ともなれば得意中の得意。私が統治者となり、自身が赴き用兵を駆使すれば、軍閥風情に負ける事等決してない。断言出来る」

◇シラナー

「その自信は一体何処から?お聞かせ願おう」

ジョルジュ

「近隣の物流ルートを確保しているのはバーグ男爵だ。そのバーグ男爵には既にパープルワンズ領への交易をストップして貰っている。パープルワンズには北の交易もあるが、そのルートはムルワムルワ公が有しており、互いに牽制し合う間柄で彼はどうあってもバーグ男爵の交易ルートを奪いに来るだろう。バーグ男爵の私兵は200名前後、懇意にあるシラナー男爵麾下の私兵が300名程度、合わせて500名ちょっと。パープルワンズがその攻略に繰り出す兵数は最低でも三倍、つまり1500名前後と予想される。理由は戦わずに降伏、或いは撤退させるのが目的だからだ。元来、パープルワンズが保有兵数限界迄に私兵を有するのは、戦をする為ではなく威圧外交を行う為にある。戦をしたがる人物であれば、彼は元々戦闘貴族であるのだから引退して北部辺境域に来る事自体意味不明であるし、そもそも必要物資が掛かり過ぎる。つまり、彼の兵士は職業軍人と云うより治安警固の衛兵に近いと推測出来る。
 又、北のムルワムルワ公の有するダークライオンと云う凡そ2000名の傭兵団の存在を鑑みるに、パープルワンズがバーグ男爵やシラナー男爵の所領を支配下に置くとは考え難い。威圧降伏を促し、物流と交易ルートのみを確保するのが目的となろう。そうすれば私の領土と接する事もなく、南方へのガードとして使えるからだ。
 以上の事から鑑みて、我が方が取る行動はこうなる。ヨッヘンバッハ男爵との協定により有事の際の協力を取り付けている。バーグ男爵への侵略行為が予想される旨を伝え、援軍を要請する。ヨッヘンバッハ男爵の援軍は100名強だろう。我が方の情報部隊200名もバーグ男爵領に入れ、計800名強となる。同様に我が本軍1700名強を率いてパープルワンズ領に迂回して入り、バーグ領内に入ったパープルワンズ軍を挟撃する。降伏勧告を促し、決戦を避けて敵将を押さえ、以てパープルワンズ領内攻略戦に臨む」

◇シラナー

「…しかし、そう上手く行くのものだろうか?如何に援軍等を加えたとして800名強で1500名前後の兵を押さえられるであろうか?益して、本当に攻め入ってくるのだろうか?」

ジョルジュ

「ヨッヘンバッハ軍を先に動かす事でバーグ男爵が警戒して備えている情報を流せば動く。我が情報部隊は様々な策を有し、又実行出来る。兵数を誤魔化す事等造作もない。しかも、ヨッヘンバッハ男爵が援軍を送るとすれば軍師イシュタルも動く。彼の者の実力は君も存じておろう?勿論、様々な戦略と計略を兼ね備え行うよ」

◇シラナー

「…それでもし、もしもパープルワンズ侯を攻略したとしたら、貴殿はどうするつもりなのです?」

ジョルジュ

「広大な所領と豊かな財力、精強な軍事力とを以て、威圧外交、併呑、攻略を重ね、この枢密院貴族閣議への参加貴族を増やし、大規模所領への統一見解を示す。それは今ある社会不安全てを払拭させ、余って豊かに過ごせよう。大平和前の小混乱に協力せよ、シラナー男爵」

◇シラナー

「…全く以て雲を掴む様な話ですが…貴方に賭けてみましょう。ですが、暴君と見受けられれば全力を持って貴殿を討ちますぞ」

ジョルジュ

「結構だ!我が絶対統治には領民の力と信頼なくしては成り立たん。領民を豊かにしてこそ国は富む!民草無くして支配は出来ん、益して統治等!」

M L

 ブラックイーグルを捕らえる事は未だ出来てはいなかったが、あれ以来事件も治まり、ようやくヨッヘンバッハ領にも束の間の平和が訪れていた。平々凡々とした日常が続くかに見えたその矢先、アルマージョ男爵から早馬が訪れたのであった。

ゲオルグ

「一体どうしたと云うのだ?ジョルジュから早馬とは?」

ジナモン

「そー云えば、いつもあいつ本人が来てたから、早馬ってのも珍しいな〜?何か火急の用事でもあんのかな?」

◇イシュタル

「こ、これは!?大変で御座います、ヨッヘンバッハ様!」

ゲオルグ

「ん?何かあったのかね?戦でもあるのかね?」

◇イシュタル

「アルマージョ男爵と同盟を結んでいるバーグ男爵の所領がパープルワンズ侯爵に狙われているそうです。アルマージョ男爵は援軍をバーグ男爵に派兵されるそうです。男爵は我等にも増援を求めております。如何いたしましょう?」

ゲオルグ

「バーグ?パープルワンズ?良く分からんが、ジョルジュとは条約を結んでおるし、この前約束したからな〜。援軍を送らない訳にはいかんだろ〜。それに我が兵士は弛んでおる。戦場で鍛え直す必要があろう。それにジョルジュからは何も貰えんだろうが、運が良ければバーグってのから貰えるかも知れからの〜」

◇イシュタル

「左様ですか、分かりました。では、準備に取り掛かりましょう」

M L

 アルマー城(元ディマジオの小城)の私室。窓を閉じ、燭台の灯も落とした暗がりで一心不乱に体を鍛えているジョルジュ。時折、暗がりから覗くその体にはうっすらと汗が滴り、筋肉が張り詰めている。
 暗がりの一際暗い影から濡れたローブを引き摺り、不気味な三つの眼差しが怪しく冷たい言葉を投げ掛けて来た。

◇カノン

「それにしても…全く疲れと云うものを知らぬ御仁ですな、貴方様は。フォビア使いの私が舌を巻く程です…しかし、いきなりパープルワンズ侯とは。彼の者に何かあるのですかな?」

ジョルジュ

「…否、何も無い。グラナダ攻防戦の時にチラッと見ただけだ。それよりも、彼の地で取れるワインの品種は稀少でな。他の葡萄より粒が小さく糖度が高い上、寝かすとこの上なく芳醇な味わいを醸すと聞く。何よりその実は真っ青なんだと。是非、見てみたいもんだ。そうは思わんか?
 …人が何かを決める時等、この程度の事さ。それで大勢の者が犠牲になる…浅ましいものだな人間なんて。フォビア使いのお前には分からんか?
 まぁ、お前にも飲ませてやるさ」

◇カノン

「…左様ですか…では、怨恨ではないのですな?」

ジョルジュ

「…何の事か見当もつかん…」

◇カノン

「パープルワンズ侯はドーベルム元帥の遠戚に御座います。御存知ないとは思えませんが?」

ジョルジュ

「…ブラックイーグルとやり合った時、聞いてたろ?復讐や怨恨で俺は動かん。昨日を見ず、明日だけを見つめる!それが俺の原動力だ。パープルワンズは俺の前に横たわる始めの障害だ。俺の前に立ち塞がる者は何人であっても排除する。そう云う意味では、パープルワンズはパープルワンズであるが故に俺の敵なのだ。下らん事を考えるなカノン。そんな暇があったらパープルワンズの内情を探って来い!」

◇カノン

「…はい、お易い御用です」

M L

 帝国北部辺境域が俄に震え出す。強烈な個性が現れいでて、呑み込もうとしている。擡げられた鎌首は、獲物に噛み付く迄下げる事をしないだろう。
 漆黒の復讐者は何処に姿を消したのだろうか?事件そのものが歴史の闇に消えるのと同じく、彼も又闇へと消えたのだろうか?復讐の炎は未だ消えてもいないのに?暗く深いその息吹は静かに、密に時を待つ。     …続く

[ 続く ]


*1:元素魔術を用いる為の最小物質。五感で認知する事は出来ない超自然的構成物質。
*2:どの様な理屈で働くかは全く謎の魔術、或いは能力。その正体は全くの謎とされている。
*3:西部戦線にのみ存在する特殊な職、及びその俗称。帝国貴族の利点を用いて、一神教の国から
 奪った土地を帝国に買い取って貰う事で財を得る特殊な軍閥、若しくは武装集団。

TOP

Copyright (C) Hero 2004-2005 all rights reserved.