〜 Hero (King of Kings)
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 人生の達人 

キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
赤い衝撃


 冷涼な帝国北部域辺境にも夏の足音が聞こえて来た。生い茂る森林の緑は一層増し、幻想的なベールを東西に投げ掛けている。
 春先の『
グラナダの乱』以降、治安が悪化しているのが目に付く。大勢の傭兵を雇い入れ、尚且つ死傷者や解雇、契約違反が相次ぎ、グラナダの敗走兵の一部が賊化したのを加え、人口過密と物資不足が深刻化していた。
 元々、北部域の貴族達は野心的な者達が多い場所として知られている。栄枯盛衰の移ろいが激しいこの地方では貴族然とした者が多く、能力至上主義を掲げる帝国の縮図と云うに相応しい。
 帝国の貴族位は称号として与えられるものではない。金品で買う名誉号なのである。一年毎の更新を常とした分限者への特権として、所領保有、兵力所持、分法制定、代理徴税権等を与えられる。又、直轄地と中央官吏の行政区以外では領有権の主張を自由に行える。是は則ち、貴族間の紛争や武力行使が
帝国法で認められている事を意味している。特に北部域は広大な領土が手付かずの状態で残っている。北部域に移り住む野心的な貴族にとってはこれ以上魅力的な地は、帝国広しと云えど存在し得ないのであった。



 昨年から戦続きであった帝国北部辺境域は疲弊していた。強力な指導者が存在せず、利己的な貴族同士の抗争は止まず、民衆は疲れ果て、気力は失せていた。グラナダの乱』制圧は北部域に恩恵ではなく、代償をもたらすだけに終わり、人口過密と失業、物価高騰、治安低下、物資不足、民衆への締め付け、と云う社会不安を巻き起こした。


M L

 ヨッヘンバッハ軍が自領に戻るのは数ヶ月振りの事であった。凱旋と呼ぶには余りにも淋しいもので、出迎えもなければ歓迎もない。しかしそれは当然の事であった。自領の統治を任せる者がいない為、半ば無政府状態が続いていたのであった。救われたのは、ヨッヘンバッハ自身が探し出して連れて来た“白の女神”とその社があった事だろう。優しい女神は民衆の心を癒すのに十分であった。
 問題は山積していた。先ず差し迫った問題はやはり、資金面であった。西部戦線での失態、浪費、遠征費用等諸々差っ引くと残金は無くなってしまった。赤字にならなかったのが奇跡的、と云えるだろう。
 そもそも、グラナダ討伐も資金確保を目論んでいた為であり、問題を後回しにして来た結果がツケとなってしまった。流石にイシュタルも焦れてヨッヘンバッハに切り出した。

◇イシュタル

「ヨッヘンバッハ様、事態は切迫しております。国庫には殆ど資金が残されておりません。軍を維持するどころか、このままでは来年度の男爵位維持費の捻出も厳しいものとなります」

ゲオルグ

「む〜、困ったものよの〜。何とかならんものかの〜、イシュタル?」

◇イシュタル

「軍学以外はお役に立てそうに御座いません…大変、申し訳ありません」

ジナモン

「小難しい話はよく分からんけど、金が掛かるんだったら兵を辞めさせればいいんじゃないか?」

ゲオルグ

「それは出来ん!今でも200強しかおらんのだ。増やす事はあっても減らす等以ての外!何かあってからでは遅いだろ〜。もっと、マシな意見はないのかね?」

◇イシュタル

ヨッヘンバッハ様、“白の女神”の神殿建設を取り止めては頂けないでしょうか?費用が掛かり過ぎている気がします」

ゲオルグ

「何を云っとるんだ、イシュタル!神殿を建設する約束は既にしておるし、神殿が出来なければ信者が増えん。信者が増えねば女神の力は戻らんだろう?そしたら何の為に俺は入信したんだ?駄目だダメだ!」

ジナモン

「来年の男爵位は諦めればいいんじゃないか?」

ゲオルグ

「なぁ〜にを馬鹿な事を云っておるか!!これだから一介の戦士風情は困る」

ジナモン

「なら、ダイアモントーヤに頼んで金を借りたらいいんじゃないか?西部戦線で沢山儲けてたから貸してくれるんじゃないか?」

ゲオルグ

「む〜、あやつに借りは作りたくないの〜…仕方ない。新たな税金を掛けて、税率を上げよう」

◇イシュタル

「大丈夫ですか?現在の税率は決して低いものではありません。ブラックホーク統治下での重税に喘いでいた民衆にとって、心中穏やかなものではありません」

ゲオルグ

「それ程高くしなければ大丈夫だろう?それにだ、是は正義の為だ。正義の為であれば民衆とて文句は云えんだろう?」

◇イシュタル

「分かりました。その方向で何とかやってみます」

M L

 かつてのグラナダ要塞は、周りの取り囲んだいた城塞をすっかり取り除かれ、帝国直轄地の地方都市とされていた。しかし、元々帝国の物流を考えた際、このグラナダは北部州からも離れ過ぎている上、戦乱と城塞除去に伴い、重要性が全く無く、程なく第27北方辺境軍団の管理下に置かれる事となった。現在の第27軍団の軍団長はストレイトス公爵である。齢100歳を越える人物である。にも関わらず、外見は少年とも青年ともつかぬ容貌を持っている。彼は何度かこの辺境軍団長に就任している。繋ぎ的な役が多く、恐らく今回もその様な状態であると考えられている。
 ジョルジュの率いる“
太陽の旅団”がグラナダに舞い戻ったのは、ヨッヘンバッハが自領に戻るのと同じ頃であった。西部戦線での活躍から西部域での長期滞在を予感させたが、早々に北部域に戻って来たのには訳があった。ジョルジュは組織作りを目論んでおり、既に古参組の多い西部域より不安定な北部域の方が自勢力を構築し易い事を知っていた。短期間で契約を打ち切り、莫大な恩賞を受け取り、グラナダに戻って来たのであった。
 ジョルジュは今後の指針について傭兵団の首脳を集めて会議をしていた。

◇ヘイルマン

「現在の資金を持ってすれば当面問題はありません。ここグラナダに本拠を構えれば、北部域は勿論、西部域迄の遠征も可能かと存じます」

ジョルジュ

「否、根無し草では無理だ。西部でなら兎も角、うちの規模程の傭兵団を北部貴族は雇えん。それどころか畏れ、敬遠するだろう。故に俺は俺の国を持つ!」

◇ガローハン

「おお、本当か!国取りをするって〜のか?腕がなるな〜」

ジョルジュ

「手っ取り早く領土を得る為には、未開地開拓等してはいられない。弱小な貴族を強襲し、それを元に拡大政策を執るつもりだ

◇オッペンハイム

「しかし、貴族を強襲し、その土地を奪うのは賊として粛正の対象となります。北部貴族だけに留まらず、北部域正規軍も敵に回す事に成り兼ねません」

ジョルジュ

「大丈夫だ。ヨッヘンバッハがおったろう?奴はブラックホークとか云う男爵を殺してその領土を掠め取った経緯がある。明らかに違法行為だが捨て置かれている。俺はもっとスマートに、又、法的に問題なく奪う迄」

◇ガローハン

「どーするつもりだ?そんな方法あんのか?」

ジョルジュ

「フッ、任せておけ。オッペンハイム、北部貴族で兵力が最も脆弱で、それでいて領土の広い者は誰だ?子爵以上の者が良い。又、世襲も除く」

◇オッペンハイム

「私の記憶に間違いがなければ、アンノスポデス子爵、ディマジオ子爵、ノルトゲイヴ子爵、ダックルフェデノン子爵、ギリアム子爵等が挙げられます」

ジョルジュ

「ダックルフェデノンとギリアムの名は始めて聞くな。グラナダ討伐軍に参加していなかったな、ヘイルマン?」

◇ヘイルマン

「はい、元々小勢力であった為、自領を離れられなかったのでしょう」

◇オッペンハイム

ノルトゲイヴ子爵は外交上手で、現北方辺境軍団長ストレイトス公爵とも懇意にあります

◇ヘイルマン

「アンノスポデス子爵の軍はグラナダで壊滅し、元帥預かりになった経緯があります。戦力的には最も少ないと思われます」

◇ガローハン

「ならその何とかポデスでいいんじゃね〜か?」

ジョルジュ

「否、ディマジオだな。戦で軍が壊滅したのは勇猛であったからだろう。手腕は兎も角、攻撃的な性格の持ち主だろうな。又、俺達が留守にしていた一月余りで新たな私兵を雇っているだろう。ならば、不確定要素が多く、調査に多少時間が掛かる。ディマジオの私兵は既に知っている」

◇ヘイルマン

「しかし、ディマジオ子爵の領土はヨッヘンバッハ男爵の領土に近いのですが?」

ジョルジュ

「…構わんだろう?邪魔なら排除すれば善い。では、これから計画を云う。心して聞け!」

M L

 税率を上げる旨を発表したヨッヘンバッハ領では、予想に反して民衆の反発は少なかった。これは説得が上手くいったからではなく、長年の重税に喘いで来た民衆の諦めと無気力とから成っていた。領主が変わっても生活は変わらない、学はなくとも経験から民衆はそれを知っていたのであった。
 ヨッヘンバッハ領では別な問題が起こっていた。兵士が何者かに襲われる事件が多発していたのであった。治安の悪化が顕著で、寧ろ民衆はそれに怯えていた。

ゲオルグ

「全く何と云う事だ!このヨッヘンバッハの衛兵を襲う不逞の輩がおるとは!」

◇イシュタル

「賊の仕業でしょうか?兵士ばかりを狙っている様です。目撃者もなく、被害者は皆亡くなっております。如何致しましょう?」

ゲオルグ

「警固を固めよう。なるべく単独での外出は控える沙汰を出すのだ!」

ジナモン

「おいおい、兵士の警固って変じゃないか?兵士は男爵の警固をしてるんだろ?それに外出は控えろ、って子供じゃないんだから」

ゲオルグ

「む〜、仕方ないだろ〜。目撃者もないのだから。よし、村民に協力を要請しよう。目撃者を募るのだ〜」

ジナモン

「小難しい事はよく分からんが、税金上げて反感買ってるのに協力的になるかい?」

ゲオルグ

「犯罪者を野放しにしておいては、民衆とて不安だろう。それに見て見ぬ振りをする者がいたとしたら幇助と変わらん!そう云う輩は厳しく罰せねば!」

◇イシュタル

「ヨッヘンバッハ様、厳罰を以て協力を強制するのは流石に…」

ゲオルグ

「むむ〜、ならば目撃証人には恩賞を与えよ!それで万事上手く行く!」

ジナモン

「…俺も探してみるとするかな」

M L

 ヨッヘンバッハ領からそれ程離れていない処にディマジオ子爵の所領がある。これと云った名産品も産業もないが、自給自足は十分成り立ち、統治機構が上手く機能している。ディマジオ子爵は神経質で気位が高く、用心深い。しかし、武力で威圧する様なタイプではない。比較的高めに設定した税率は、豪遊する為ではなく、民衆を生かさず殺さず管理する為の彼なりの策であり、兵士を雇う事で威圧するのではなく、官吏を用いる事で隈無く徴税している。ディマジオ自身が北方第3州グリエンレールの官吏出身であり、概ね趣味は貯金と庭園造り、時折、貴族趣味のパーティーを催すと云った具合である。野心的な貴族の多いこの北部辺境域では比較的大人しく、それでいて貴族らしい人物である。

 そのディマジオ子爵の下に物々しい姿のジョルジュが現れたのだから大事件であった。ディマジオの小さな城に200名の兵士を連れてジョルジュは現れた。
に染め上げられた軍装は如何にも派手で一種異様な姿であった。ディマジオ自身の兵士と云えば100名前後しかいない。城のテラスから覗き込み、悩み考える。
 ディマジオの下に部下が急ぎ伝えに来た。ジョルジュが話をしたい、との事。不安気にも会う事を承諾するが、ジョルジュ一人だけを城の中に入れる旨を伝えた。ジョルジュもこれに承諾し、間もなく謁見室で二人は会見した。

ジョルジュ

「お久し振りですな閣下、覚えておられるかな?」

◇ディマジオ

「…これは驚いた。私の方こそ覚えておられぬのでは、と心配しておりましたよ。ところで一体今日は何用ですかな?」

ジョルジュ

「私が正規軍を辞めた事は御存知ですかな?」

◇ディマジオ

「ええ、伝え聞いてはおりましたが…今は何を?」

ジョルジュ

「しがない傭兵稼業を。行動を共にしておる者達は正規軍時代からの部下達です」

◇ディマジオ

「確か…偵察部隊でしたかな?」

ジョルジュ

「…まぁ、似た様なものです。で、ですな、今日こちらへ参ったのは、良からぬ情報を耳にしたからなのですよ」

◇ディマジオ

「良からぬ情報?それは一体?」

ジョルジュ

「グラナダの残党がこの地を狙っている、との事です」

◇ディマジオ

「…?まさかその様な事?グラナダから遠く離れたこの辺鄙な土地を狙う等とは一概には信じられませんな」

ジョルジュ

「グラナダが籠城する前にはこの地域迄彼等は略奪しに来ていたでしょう?それに残党であれば辺境軍団の鎮座するグラナダを直接襲う事はしないでしょう。信憑性を疑うのであれば偵察を出すのが得策でしょう」

◇ディマジオ

「…真実として、貴方達は何故此処に?」

ジョルジュ

「それが本題です。我々をお傭い下さい」

◇ディマジオ

「…しかし、あの派手な200名もの兵士を雇うのは問題がね〜」

ジョルジュ

「賃金の事でしたら問題ありません。我々もグラナダには恨みがあるのです。私が正規軍を辞した要因がグラナダ攻防戦ですからね。心付けだけで結構です」

◇ディマジオ

「なる程…では協力者として向かい入れよう。偵察を出し、脅威が去った事を確認出来る迄、私の領地にいて構いません。但し、官吏ではないので特権や権限はありません。協力者として協賛金を支払いますが、領地内にあって領民扱いである為、税を天引きしますが、それでも宜しいかな?」

ジョルジュ

「結構、それではこれから宜しくどうぞ」

M L

 ヨッヘンバッハ領では相変わらず兵士を狙った殺害事件が続いていた。目撃証人は何人も現れてはいるが、その全てがまちまちで当てにならなかった。

◇イシュタル

「どうも目撃者の話が食い違っております。複数犯かもしれませんが…恩賞目当ての偽情報かもしれません」

ゲオルグ

「む〜、何と嘆かわしい事か!犯人が見つかった時、目撃情報が明らかに異なっていた者は厳罰に処さねばなるまい」

◇イシュタル

「はい。しかし、それ以前に何かもっと別な手段を講じなければなりません」

ゲオルグ

「よし、新たに兵士を募集しよう。兵を増やして警備を強化するのだ!」

◇イシュタル

「しかし、その予算がありません。他に何か策はありませんか?」

ゲオルグ

「困ったものよの〜。よし、ジナモンを特別捜査官にして犯人検挙を命じよう」


M L


 一方その頃、ジナモンは頼まれた訳でもなく、単独で犯人捜しをしていた。尤も何の手掛かりもなかったので、村をふらつくぐらいしか出来なかった。
 そんな中、村外れの林で偶然にもヨッヘンバッハの兵士の遺骸を発見した。頭蓋を砕かれたその遺骸が誰かは判別つかなかったが軍装からして兵士である事が分かる。

ジナモン

「これは酷い。恐らく反撃さえも出来なかっただろう。一撃でやられてる」
 遺骸に近づき、損傷を見る。

M L

 頭蓋骨は砕かれていたが、棍棒の様な鈍器による打撃とは違う様だ。鉈か斧の様な角度の鈍い刃による一撃だろう、と予想される。頭部以外に損傷はなく、恐らく一撃で致命だろう。

ジナモン

「これは並外れた膂力の持ち主の仕業。しかも、かなりの技量の持ち主。一刻も早く男爵に伝えねば」

M L

 ディマジオ子爵の小城に入るのが許されたのはジョルジュとヘイルマン他数名の部下達だけであった。客間を宛がわれ、半ば軟禁状態に置かれていた。
 部屋の仕掛けがない事を確認するとヘイルマンは窓のカーテンを閉める。

◇ヘイルマン

「かなり疑われている様ですが、如何致しましょうか?」

ジョルジュ

「それはそうだろう。だが大した問題ではない。兵士の数、質共に貧弱、知恵者も置かず、魔術的配慮も諜報員もない。よく所領を維持して来れたものだ」

◇ヘイルマン

「探りましょうか?」

ジョルジュ

「うむ、城の構造と兵の指揮系統を調べよ。例の書類はお前が持っていろ。早急に、と云いたい処だが、その前にお前に紹介したい者がおる」

M L

「紹介したい者?」
 ヘイルマンは怪訝な表情を浮かべる。
「…宜しいのですか?」
 ジョルジュの足下の影から密やかな声。
「うむ、姿を見せよ」
 不気味な影はやがて形を露わにし、一層不気味な男へと変貌を遂げた。
「お初にお目にかかります。“
三つ目のカノンと申します」

◇ヘイルマン

「幻術士?否、妖術士か!?」

ジョルジュ

「否、“
フォビア”の使い手だ。お前にはもっと早くに紹介するつもりであったが、こうした機会がなかったので遅れてしまった。許して欲しい」

◇ヘイルマン

「一体何なのですか?何時からいたのです?」

ジョルジュ

「グラナダの乱が終結し、デラ・クレアが殺害されたその日からだ。突如現れ、俺に仕えたい、とほざいて来た」

◇ヘイルマン

「…失礼ですが、信用出来る者なのですか?」

ジョルジュ

「否、全く信用しておらんよ。俺はこやつの能力だけを利用し、こやつも俺の在り方だけを利用している。只それだけの関係だ。俺が成功し続ける限りにおいて、こやつは俺の意に背く事はないだろう。故にお前達に紹介したのだ。他の者達には未だこの事については黙っていてくれよ」

M L

 ヨッヘンバッハの館でジナモンは、村外れで発見した兵士の遺体の話をしていた。確証はないものの、単純な賊の仕業とは思えない旨を男爵に伝えたのであった。

ジナモン

「兵士の遺体から金はなくなっていたが、装備品等には手を付けていなかった。物取りの犯行としてはちょっとおかしいと思うんだが」

ゲオルグ

「む〜、そうか〜。目的が全く分からんの〜。何故、我が兵士ばかり狙うのか?」

ジナモン

「何か心当たりとかは無いのか、男爵?」

ゲオルグ

「い〜や、人に恨まれる事等思い当たる節はま〜ったくないの〜。お、そうだそうだ、ジナモン。君を今回の犯人捜しの特別捜査官に任命したいと思うのだ」

ジナモン

「へ?俺がか?」

ゲオルグ

「イシュタル、説明してやってくれい」

◇イシュタル

「はい。30名の兵士を捜査部隊としてジナモン殿にお渡し致すので、犯人検挙の為に自由にお使い下さい。何か分かりましたら、私か閣下にお伝え下さい。情報が入り次第、随時捜査部隊に増援致します」

ジナモン

「うーん、分かった。じゃあ、三人一組で行動させよう。犯人は大分、腕が立ちそうなんで」

ゲオルグ

「よ〜し、良し良し。期待しておるぞ〜」

M L

 ジョルジュの軟禁状態が解かれたのは二日後の事であった。ディマジオの方から話をしたい、と切り出され、再び謁見する事になった。

ジョルジュ

「どうなされましたかな閣下?何か問題でも?」

◇ディマジオ

「どうやら貴方の申していた話は事実であった様だ。お疑いしてしまい申し訳ない。実は見回りの兵数人が数日前から行方不明だったのです。今日、残党偵察に向かわせた兵士が郊外の林で見回りの兵達の遺体を発見したのです。巡回は定期的にしており、行方不明となったのは貴方達が来る前の話。不覚にもお疑いして大変申し訳なく恥ております」

ジョルジュ

「否々、結構。領主ともなれば慎重に成らざるを得ない。それよりも早々に対策を講じねばなりますまい。詳細な周辺地図を用意して貰いたい。又、警備上の打ち合わせをしたいのですが宜しいかな?緊急時に閣下の執務室、並びに私室への立ち入りの許可も得たいのだが…?」

◇ディマジオ

「では、すぐにでも用意させよう。会議を行いたいので出席して頂けますかな?」

ジョルジュ

「結構。出席に際し、このヘイルマン以下数名の部下の同席をお願いしたい」

◇ディマジオ

「ええ、勿論。それでは早速準備に掛かりましょう」

M L

 ヨッヘンバッハ領内での犯人捜索は三日目になっていた。小さな領内とは云え、なかなかその全てをカバー出来るものではなかった。新たな兵士の遺体が三名見つかった事と有力な目撃証言が無い上、捜査部隊からの報告が上がって来ない事で男爵は苛ついていた。ジナモンを呼び出し、詰問し始めた。

ゲオルグ

「一体ど〜なっとるんだ、ジナモン?全く報告がないどころか、一向に犯行が収まる気配すらない。弛んどるのではないか〜?」

ジナモン

「ちょっと待ってくれよ男爵。未だ三日しか経っていないだろう?それに犯行が続いているのは治安警固部隊の問題だろ?これ以上、兵士の殺傷事件を増やさない為にも一人での外出は禁止してくれよ」

ゲオルグ

「そちが云ったのであろう?兵士の警固や外出禁止はおかしいと」

ジナモン

「状況が変わったんだから仕方ないだろ?それに領内捜索に30名は少ない。もう少し増やしてくれ」

ゲオルグ

「む〜、どうかの〜、イシュタル?増やせるかの〜?」

◇イシュタル

「そうですね…分かりました、倍にしましょう。捜索部隊を60名として調査をして下さい。治安警固に100名を私が率いて村と周辺を巡回致します。残りの兵全てはヨッヘンバッハ様の警備に当たらせましょう」

ジナモン

「もっと早くからそうしてくれよ〜」

ゲオルグ

「馬鹿者!イシュタルは忙しいのだぞ。内政軍務全般から統制、事務、庶務、経理までを一手にこなしておるのだからな〜」

ジナモン

「男爵、あんたは何してんだよ、普段?」

ゲオルグ

「俺も忙しいのだ!女神の話し相手や神殿建設を指導せねばならないからな〜」

ジナモン

「…はいはい。分かったよ、何とか捜してみるよ」

M L

 ディマジオとの会議を終えるとヘイルマンは城外の部下達との連絡に奔走した。ジョルジュは暫く城内を散策した後、ゲストルームに戻り、周辺地図の写しと城内構造の図面を眺めていた。自身の手記に要点をまとめ、領内とその周辺域を頭に叩き込み、一通りの作業が終わると習慣としている運動を始めた。一人になり、事務作業を終えると彼はいつも体を鍛えている。強さを求めるものではなく、人に見られる事を意識しての体造り。彼は人前に出た時、第一印象が如何に外見によって左右されるかを知っている。彼は心理学と行動学にも精通しているのだ。
 夜半前にヘイルマン等数名の部下が部屋に戻って来た。準備が巧くいったのか、充足感に満ちた表情を浮かべている。

◇ヘイルマン

「手筈は全て整いまして御座います。準備、連携、計画共に万全に御座います。今直ぐにでも事は起こせます」

ジョルジュ

「そうか、それは御苦労。だが、事を起こす際には最も適した機会と云うものがある。明日正午に決行せよ。日が頂点に達したその時こそが相応しい。それ迄は十分な休息を取り、明日以降の激務に備えるのだ」

◇ヘイルマン

「はい。ところでジョルジュ様は如何なさいますか?決行前に脱出致しますか?」

ジョルジュ

「否、決行時、俺はお前達と共にディマジオの側に居る。それが最も効果的で、最も俺らしい。案ずるな、成功はこの城に入った時点で定められていたのだ」

M L

 ヨッヘンバッハ領に衝撃が走る。治安警固の巡回と捜索部隊の強化が成されたその日の夜、捜索部隊の一組が行方不明となったのだ。夜間捜索は危険と判断したイシュタルは翌日早朝からジナモンと連携して行方不明の三名捜索を開始したが、それは意外な形で明らかになった。
 村に幾つかある広場の一つに大きめの井戸が設置されている。この公衆井戸の櫓に昨夜行方不明になった捜索部隊三名の惨殺死体が串刺しにされ、吊されていたのであった。遺体の一つには、直接皮膚に刀傷による文字が刻まれていた。
 (
ヨッヘンバッハに付く者は皆殺し)
 犯行声明と見て取れるその文字は、犯人による始めての意志表示であった。イシュタルとジナモンは急ぎ男爵の館に戻り、その状況を告げた。

ゲオルグ

「ぬ〜、この俺に対してのこの所業、許せぬ〜!」

ジナモン

「男爵。あんた恨まれる覚えねぇ〜、って云ってたけど、あれってあんたを恨んでる奴の犯行じゃないか?あんな事するぐらいだから、かなり恨まれてるよ」

◇イシュタル

「私も同意見です。警固と捜索を強化した直後にあれ程の仕業…犯行に及んだ者の執念の様なものを感じます」

ジナモン

「こりゃ〜、本気で何とかしないと更にヤバい事になりそ〜だぞ?」

ゲオルグ

「許さん、許さんぞ〜!この俺を侮辱しおって〜」

M L

 そこへ部下が駆け込んで来た。目撃者がいたのである。しかもそれは、今迄と違ってかなり信憑性がありそうであった。
 連れて来られたのは小汚い村民。未だ若いのだろうが、見窄ったらしい格好でやけに老け込んで見える。

ゲオルグ

「むっ、目撃者とはそちか?」

◇・・・

「へぃ、オラ見ただス、両の眼でしっかとサ!」
 薄汚れた袖口で鼻を拭って男爵に近づく。

ゲオルグ

「むぉっ!近寄らんでいい、臭いが移るわ。して、そちの見た者とはどの様なものであったか?事細かに申すのだ!」

◇・・・

「へぇ、明け方、犬っこさつれて羊ども追っかけてっど、林がら三つばものっこさ引っばって村ぁ入ろどす者サおったども、おかしかぁ〜おもっで見どっだば、おったまげった〜、骸さぶんら下げで入ンべサ〜す。オラ、あンとんねスだバ、ひっさかむいて、わーきゃのンさぁてぇてェ〜そぃて…」

ゲオルグ

「お、おいおいお〜い!何云っとるか全〜っく分からん!興奮せずに申せ

◇・・・

「へぇ、明け方さぁ〜、犬っこさ連れて羊ども追っかてっど〜、奥サ林がら三つばものっこサぁ〜引っばっで、吾が村ぁサ〜入ろどす者サ〜おったども、まンずおかしかぁ〜思っどっで見どっだっだば、こすサぁ〜抜かスか程〜おったまげった〜…」

ゲオルグ

「もう良い!誰か話を聞いてやるのだ」

M L

 部下が話を聞き、通訳をした結果、要約するとこうであった。
 黒ずくめの装束を纏った大柄な男が兵士三人の亡骸を引き摺って村に現れ、井戸に吊した、と。巨大な斧を背負っていて、その男の顔を見た、云う。

ゲオルグ

「む〜、これは信頼出来る証言だの〜。うむ、良し。して、そちの名は?」

◇ゴッヘ

「へぃ、オラはゴッヘ云いいますだ。羊ばこ〜て生きとるだス」

ゲオルグ

「良し、ゴッヘ!お前は犯人の顔を覚えておる重要な証人だ。此処に残って捜索の手伝いをして貰う」

◇ゴッヘ

「そっだばこつ云っでも、仕事サ〜あンのだス。はだらがねば〜なんね〜のス」

ゲオルグ

「うるさい!金を出すから残って手伝うのだ!犯人捜しがそちの仕事だ!!」

◇ゴッヘ

「へ、へぇ〜、分がっただス」

M L

 ディマジオの小城が俄に慌ただしくなる。物見の者が町外れに所属不明の大軍を発見したのである。町中の鐘が打ち鳴らされ、戒厳令が布かれた。ディマジオの兵士達は武装し始め、城内で伝令が届く迄待機した。
 弓矢を射かけられ満身創痍の偵察兵が戻った。千名を超える武装集団が現れ、町に向かっているとの事であった。武装集団はボロ切れの様なローブを纏っており、何処の何者かも分からず、所属や名称を示す旗も無く、ゆっくりと町を包囲する様に進軍して来ていると云う。
 あまりの大軍の登場に慌てふためいたディマジオは、隣接する他貴族へ援軍要請をする為、早馬を出した。町を捨て、城に立て籠もる旨をジョルジュに示すとジョルジュの全兵を城内に呼び入れ、自身も軍装を纏い、ブツブツと意味不明な言葉を発し、せわしなく執務室を歩き回っていた。

◇ディマジオ

「何と云う事だ!あれ程の大軍とは…何故、今迄あれ程の軍がおると気付かなかったのだ!ジョルジュ殿、打開出来る何らかの公算はありますかな?」

ジョルジュ

「敵は閣下と私の兵を合わせたものの三倍強、難しいですな。例え周辺貴族が援軍を出したとしても辿り着く迄、城が保つかどうか?此処は交渉術を用いて、巧みに攻撃させない手立てを講じるのが得策でしょう」

◇ディマジオ

「…それで何とかなるのだろうか?」

ジョルジュ

「何とかしなくてはなりますまい。敵軍勢を城近く迄引き寄せ、敵領袖と閣下自ら交渉するのが得策です。テラスから訴えかける事で町側にも閣下の存在をアピール出来ますから、やり過ごした後の統治にも支障はない筈。敵領袖も閣下自らの交渉には無碍には出来ますまい。交渉に際しての助言は私が行います。城下からではテラス奥の我々迄は気付きませんでしょうし、そもそも彼等は私が閣下に加担している事も、私の兵力も知りますまい」

◇ディマジオ

「う、うむ。分かった、そうしよう。頼むぞ、ジョルジュ殿!」

M L

 程なく町中を進軍して来た大軍に城はぐるりと囲まれた。ボロ布を纏った敵勢の数はおよそ1500。偵察より伝え聞いた数より遙かに多い。
 ディマジオは完全に舞い上がっていた。拭い去れない恐怖に怯えていた。

◇ディマジオ

「何と云う事だ!賊と片付けるには余りにも多過ぎる…」

ジョルジュ

「斥候が兵数を把握するのは難しい事です。経験の浅い者では見誤るのは致し方ありません。兎も角、五倍ともなると交渉術も難しいものです。閣下が望むのであれば交渉法を変え、身の安全を第一とする事も」

◇ディマジオ

「…お任せ致します」

M L

 城を取り囲む敵勢の首魁らしき者が大声で叫び始める。
「ディマジオー!!姿を現せ!」
 ジョルジュに促されてテラスに出たディマジオは、虚勢を張って、
「予がディマジオである」と。
 取り巻く敵勢は凶器を打ち鳴らし息巻く。
「抵抗するな!!然もなくば、町を焼き、城を壊し、財を奪い、貴様の遺体を切り刻んでバラ撒くぞ!」
 ディマジオは忙しなく振り返り、ジョルジュの意見を聞きたがる。

ジョルジュ

「御自身の身の保証を良く説くのです」

M L

 ディマジオは恐怖を隠しながらも貴族然とした態度を崩さず、敵首魁とテラスの上から交渉し続けた。
 保身だけを説く見苦しい交渉ではあったが、敵首魁も妥協し、城の明け渡し、町と所領の明け渡し、国庫の財産引き渡し、戦闘の放棄、地位の委譲等の条件と引き替えに子爵個人の財産の保証と身の安全を確保する旨を定めた。是等を書面に認め、約条を取り交わす事となった。

ジョルジュ

「必要書類は用意しております」

◇ディマジオ

「何と、用意が早いな!」

ジョルジュ

「書面での条件締結はこちらが提案しようと考えておりました。敵はグラナダの残党で賊であるが故、閣下が記載した条件要項は帝国公式文書形式に従う限り、無効となります。書式での取り決めは敵を信用させる為だけの策となりましょう」

◇ディマジオ

「うむ、良し分かった。私が記述すのは此処だけかね?」

ジョルジュ

「はい、サインだけで結構です。後は私が補足し、必要事項に敵領袖がサインするだけで済みます」

M L

 サインし終わった書類をジョルジュに渡すとディマジオはテラスに出て敵勢にその旨を語った。敵勢は相変わらず息巻き、汚らしい言葉を子爵に投げ掛けている。
 暫くして書面を作り上げたジョルジュがテラスに迄出て来て、ディマジオの隣にやって来た。横柄な態度でディマジオに書類が整った事を告げる。
 書面を確認したいと告げるディマジオの意向を無視してジョルジュは書類を高々と掲げ、テラス下にアピールをする。
 惚けた表情を浮かディマジオが聞く。
「何事だね、ジョルジュ殿?」

ジョルジュ

 面倒臭そうにディマジオに振り返ると、射る様な冷たい視線を向け、
「終わったんだよディマジオ。安心しろ、この俺が今迄以上にこの地を盛り上げる」

◇ディマジオ

「…?何を云っておるのだね、ジョルジュ殿?」

ジョルジュ

 テラスの下に手を振りながら、
「ディマジオ、たった今お前は子爵位を放棄し、所領と財産その全てを敵領袖に委譲したんだ。条件通り、命は保証してやる。だが、個人財産はお前が身に帯びる事が出来る範囲内である事を覚えておけ」

◇ディマジオ

「?何を云ってるのか分からんぞ?」

ジョルジュ

「それもそうだな」
 テラス下の夥しい数の兵に向かって合図を送り叫ぶ。
「お前等!見せてやれ、その姿を!!」

M L

 城下を取り囲む兵士達が一斉に叫び、身に纏っていたボロ布を脱ぎ捨てる。露わとなったその軍装は、見事に染め上げられた緋色の装束。何とも派手、見事な統一感。陽光を浴びて一層、を帯びるその兵士達を見たディマジオがハッとする。

◇ディマジオ

「あの真っ赤な軍装!お、おのれ〜、図ったな!」

ジョルジュ

「“太陽の旅団”…俺の兵だ!案ずるな、ディマジオ。俺は爵位を購入し、この書類通りに所領権を履行する。公式文書だ、問題ない」

◇ディマジオ

「無効だ!騙して掠め取る様な真似、許されはせん!無効だ!!」

ジョルジュ

「ならどうする?ヤり合うつもりかい?云っておくが、俺達の軍装が深紅で統一しているのには訳がある。徹底的に戦えば、全てを紅蓮の炎で包む、と云う意志表示。端から城だろうと町だろうと灰燼に帰す事さえ出来たのだ!」

◇ディマジオ

「ぬくく〜、皆の者、出合え出合え〜!」

ジョルジュ

「無駄だ!隊長格の連中は既に抑えている。城内にも俺の兵がおる事を忘れたか?」

◇ディマジオ

「…くそっ!この私が…私ともあろう者がこの様な下衆な連中に…」

ジョルジュ

「下衆で結構!グリエンレールで汚職にまみれて掴んだ汚い金で買った爵位を元に財を成したクソ貴族の言等畏るるに足りず!腐敗した己の精神を恨むが良い!」

◇ディマジオ

「…このディマジオ!一度生を受け地位を成したからには堕ちて朽ちるを潔しとはせぬ!さらばだ!!」
 テラスが身を投げ、自らの人生に終止符を打つ。

ジョルジュ

「…愚かな…堕ちるを恥て投身とは、笑えもせん。所詮はその程度の男。俺は堕ちても必ず這い上がる。意気が違う!」
 テラスから手を振り、悠然と兵を見下ろし、拳を高々と突き上げる。
「俺達の国だ!!!」

M L

 の軍勢が一気に拳を振り上げ歓喜した。
 ディマジオ亡き後、抵抗する者も殆どなく、城も若干の公共施設も全て掌握し、完全にジョルジュの支配下に町は入った。
 ヘイルマンに素早く国庫の調査をさせ、その財産を押さえるとジョルジュは爵位を買う旨を告げた。

ジョルジュ

「ヘイルマン、俺はこれからカノンと共に帝都に向かい男爵位を購入して来る」

◇ヘイルマン

「今から帝都ですか?」

ジョルジュ

「カノンの術で帝都第三層迄一瞬で行ける。爵位購入に時間を掛けている暇はない」

◇ヘイルマン

「左様ですか。しかし、男爵位ですか?保有兵数制限に引っ掛かります。財産と蓄財は十分にあるのですから伯爵位を購入なされては?」

ジョルジュ

「男爵で十分だ。情報部隊のみを私兵扱いとし、ディマジオの残党は官吏、太陽の旅団本隊は建設の為の労働者として扱えば良い。馬鹿正直に申請する必要はない」

◇ヘイルマン

「はい、分かりました。それでは、これからの優先事項をお聞かせ下さい」

ジョルジュ

「先ず、ディマジオの財産の半分はプールしておけ。1/6をお前達と太陽の旅団とで均等に分け、恩賞として与えよ。更に1/6を民衆にバラ撒け。残る1/6を城の増築と町の再開発に回せ。後に法整備を整えるが、現状では外地への往来を禁じ、領民の掌握を徹底しろ。又、近隣諸候の調査をし始める事。オッペンハイムと手分けをして万事上手くこなせ。太陽の旅団はガローハン等に任せ、町で気前良く豪遊させよ。金を使わせ、民衆受けを良くさせるのだ。支配者としての奢り、略奪、現行法を無視する事は許さん。破った者は極刑に処す旨を伝えよ。是は指揮官クラスでも同様だ」

M L

「御意」
 ヘイルマンはそう答えると足早に部下の元へ向かった。
 ジョルジュも直ぐに身支度を調え、爵位購入に必要な金貨を用意するとカノンを呼び、帝都迄の不可思議な瞬間移動を行った。

 一方その頃、ヨッヘンバッハ領での兵士殺害事件は未だ治まる気配がなく、益々凄惨な事件が相次いでいた。目撃者である村民ゴッヘを連れ、ジナモンは領内を隈無く詮索していた。
 苛立ったヨッヘンバッハは、イシュタルとジナモンに告げずに兵士10名を連れて捜索に出た。村外れから林に入り、小高い丘に差し掛かった時、ヨッヘンバッハの一団に向けて石飛礫が投げつけられた。飛礫と云っても、その威力は強力なもので連れていた兵士一人の額が割られた。慌てた兵士二人が飛礫を打った方向に駆け寄った。姿の見えなくなった兵士の絶叫が木霊したのは間もなくしてからだった。危険を悟ったヨッヘンバッハは一目散に逃げ去る。村に入り、巡回兵と合流した時、更に二名の兵士が脱落していた。
 イシュタル、ジナモン等にヨッヘンバッハは怒られた。勝手に行動し、五名もの兵士を失ったのは大事件であった。

ゲオルグ

「む〜、お前達がしっかりしないから俺自身が捜しに行ったのだ」

◇イシュタル

「マクストラルフェイス殿にも協力を要請してみては如何ですか?」

ゲオルグ

「既に頼んだが断られた。女神の警固に忙しいのだよ、彼は」

ジナモン

「もしかしたら犯人は一人じゃないのかもしれないな〜?」

◇イシュタル

「白の女神にお伺いを立ててみれば?」

ゲオルグ

「む〜、よし聞いてみよう」

M L

 館から程近い丘に建設中の神殿に急ぎ向かい、ヨッヘンバッハは女神への謁見に赴いた。ヨッヘンバッハは“永久番人マクストラルフェイスを除き、人間の信者では最も高位にある神官であった。“白の女神システィーナは、ヨッヘンバッハが見つけ出し、神殿発掘を行って以来、ヨッヘンバッハ領で保護されている。

ゲオルグ

「システィーナはおるか?」

◇マクストラルフェイス

「控えよ、ゲオルグ。不信心であるぞ」

◇システィーナ

「どうなさいましたか、ゲオルグさん?」

ゲオルグ

「実は俺の兵士達が訳の分からん輩に殺されておる。犯人が分からんので何とかならんもんかな?」

◇システィーナ

「困りましたね。私には皆目見当が付きません」

ゲオルグ

「む〜、何とかならんのか?予言とか千里眼とか出来んのか?」

◇システィーナ

「…すみません、そう云う事は出来ないのです」

ゲオルグ

「むむ〜、全く糞の役にも立たないの〜」

◇マクストラルフェイス

「口を慎め、ゲオルグ!不敬であるぞ」

◇システィーナ

「いえ、ゲオルグさんの云う通りです。私には全く力がありませんから…そうですね。それではマクストラルフェイスさん、手伝ってあげて下さい」

◇マクストラルフェイス

「しかし、身辺警固が…」

◇システィーナ

「大丈夫です。私を襲う方等おりませんよ。ゲオルグさんに力をお貸ししてあげて下さいな」

◇マクストラルフェイス

「…分かりました」

ゲオルグ

「ふむ、宜しく頼むぞ!」

M L

 カノンの奇術で帝都迄やって来たジョルジュは、急ぎ勲爵院に出向き、書類と男爵位購入の資金を納入した。事務処理に多少時間が掛かる為、カノンと合流し、人材探しに費やす事にした。
 機関や組織を用いずに行う人材募集等有り得ないのだが、帝都は人口密集地である為、ジョルジュは募集の立て札を掲げた。帝都下層域であれば大勢集まるのだが、敢えて中高層域での募集を行ったのは質を重視しての事であった。
 しかし、北部辺境域の一貴族、しかもこれから受勲される者の下に訪れる者はなく、無駄に時間が過ぎていた。

ジョルジュ

「当然と云えば当然だな。帝都に居た時、田舎貴族への仕官等考えもしなかった」

◇カノン

「左様ですな。しかし、スラム街であれば事情は違いますぞ」

ジョルジュ

「フッ、カノンよ。俺は端から第2層に住んでいた訳じゃない。スラム街でストリート・ギャングをしていた事もあった。スラムは活気に満ちてはいたが、優秀な者はほんの一握り。後はクズばかりさ。俺が募集をして集めても破落戸しか来ぬ」

M L

 受勲の処理が終わると想定される時間が近づいて来た。周囲の冷たい視線を浴びながらもジョルジュは人材募集を続けていた。殆どが無視してはいたが、それでも何人かの者達が集っていた。その全ては兵士であった。辺境貴族の多くは兵士を求めている事を彼等は知っていたし、ジョルジュがつい最近迄、帝国正規軍の元帥府で参謀をしていた事を知っている者達であった。
 しかし、ジョルジュ当人にとって兵士は眼中になかった。兵士は既に十分揃い、非戦闘時には金食い虫以外の何者でもなかったからだ。そこで集まった兵士の中で最も腕の立つ者を一人選抜する事にした。集まった兵士は、口々に自分こそが一番だ、と語りはしたが、決して争う事はしなかった。
 そんな中、遠巻きに覗き込む人集りから全身黒尽くめの鎧武者が現れた。その異様な姿はジョルジュの心を一瞬、捉えて放さなかった。

ジョルジュ

「そこの全身鎧の者、こちらに来い。其方の様な者を待っていた!」

M L

 既に集まっていた兵士達が一斉に文句を云い始めた。突然、後から訪れた鎧武者に仕官が決まる事に腹を立てていた。当然の事であった。兵士達の憤りは黒尽くめの鎧武者に向けられた。

ジョルジュ

「其方、名は?」

◇ウルハーゲン

ウルハーゲン…“黒騎士”と呼ばれています」

ジョルジュ

「ウルハーゲン!そいつらをブチのめせ!」

◇ウルハーゲン

「はい、分かりました」

M L

 殆ど一瞬の出来事であった。黒騎士の手に握られた馬上槍には切っ先が無い。にも関わらず、そのランスを小枝の様に振るうと、無い筈の切っ先部が兵士に触れてもいないのに悉くを突き飛ばし、あっと云う間に全員を片付けてしまった。
 圧倒的な技量。そして不可思議。見れば重そうな全身鎧を纏っているにも関わらず足下が地面から浮いている。足音も立てず、緩やかに滑らかに彼は動いた。呼吸を荒げる事もない。

ジョルジュ

「ウルハーゲン、俺に着いて来い!」

◇ウルハーゲン

「はい、分かりました」

◇カノン

「ジョルジュ殿!危険に御座います。此奴、素性が分かりませぬ」

ジョルジュ

「氏素性が分からぬ点に置いてはお前も同じだろう?」

◇カノン

「しかし、此奴…全く読めぬ…」

ジョルジュ

「らしくないな、カノン。読めぬ相手がそれ程怖いか?安心しろ、俺からすればお前も此奴も大差ない。それより、この俺が理屈抜きで此奴を気に入った事に少なからず驚きを禁じ得ない。お前の時と同じだよ。人材探しは一旦置いておき、叙勲の確認をしに行って来る。戻ったら直ぐに領地に戻る故、準備しておけ」

M L

 相変わらず犯人捜索に手こずっているヨッヘンバッハ陣営であったが、イシュタルの率いる巡回兵が容疑者らしき者を目撃し、戻って来たので事態は好転した。話を聞くと、どうやら犯人は二人いるらしい。二人はバラバラに行動しており、共に黒尽くめで一方が斧を持ち、もう一方が飛礫を使う事が確認された。これ迄の被害者は兵士だけ18名が殺害されている。そろそろ何とかしないと危険な状態になって来ていた。村民にも動揺が広がっていたのであった。

ゲオルグ

「此処迄来ては俺も捜すしかあるまいの〜」

ジナモン

「そうだな〜、男爵に恨みを持っている奴だから危険だけど、手分けして捜した方が良さそうだな」

ゲオルグ

「ふむ、では俺とイシュタルで飛礫の方を、ジナモンとマクストラルフェイスで斧の方を捜す事にしよう。目撃者の村民は斧の方を見てるからジナモンが連れて行くのが良いだろう」

M L

 自領に戻ったジョルジュは直ぐに部下達を集め、男爵位の受勲が滞りなく授与された旨を告げ、所領の引き継ぎと権利主張を再確認した。

ジョルジュ

「ディマジオの領土引き継ぎと爵位叙勲が許可された。ディマジオに敬意を表し、俺はジョルジュ・アルマージョ・ダイアモントーヤと改名した。これからはアルマージョ男爵としてこの地に君臨する」

◇オッペンハイム

「御目出度う御座います、閣下。ところでそちらの鎧武者はどちら様でしょうか?」

ジョルジュ

「あぁ、此奴は“黒騎士”ウルハーゲン。帝都で拾った俺の新たな護衛だ」

◇ガローハン

「ところでこれからど〜すんだ?俺等は統治とかよく分からんぞ?」

ジョルジュ

「大丈夫、だが忙しいぞ!俺はこれから近隣諸候に威圧外交を行う。その為には太陽の旅団の力が必要不可欠だ。便宜上、労働力としてはいるが徴兵招集の名の下に直ぐに戦力展開を行う。ヘイルマン、近隣諸候の情報は?」

◇ヘイルマン

「はっ、この辺りには多くの独立貴族がおりますが、我が領に隣接する貴族領は五つ。シラナー男爵、アドモ男爵、バーグ男爵、ウモ男爵、そして、ヨッヘンバッハ男爵の五名です。皆、グラナダ攻防戦に参加しております。アドモ男爵は彼の戦いで戦死しており、現在執政のマコダインが代理で治めているそうです。厄介なのは、バーグ、シラナー両男爵の北に位置する諸候です。パープルワンズ侯爵やムルワムルワ公爵は私軍の規模が段違いに多い様です」

◇オッペンハイム

「シラナー男爵は清廉潔白にして勇猛な人物として知られております。人気も高く、信頼され、周辺諸候にも一目置かれている存在です。バーグ男爵は外交手腕と商売上手で知られ、豊かな私財と局地情報網を有しています。アドモ執政マコダインは小者、私欲に走り、身の保身に終始するだけの男。ウモ男爵は血の気の多い人物で喧嘩っ早く暴力的。民衆弾圧傾向にあり、暴君の相です。ヨッヘンバッハは…」

ジョルジュ

「其奴の事は知っている。では、先ずオッペンハイムは行政代行として城に居れ。ヘイルマンはバーグ男爵に接近し、情報網を奪え。外圧を掛けて良い。ガローハンはガラミスと共に1000名の兵を率いてアドモ男爵領を制圧せよ。ロン、ケルトー、ボウマンは残り、オッペンハイムの下で治安警固と建設指揮を執れ。俺はヨッヘンバッハの処へ行って来る。他の諸候には今の処、手出しするな」

M L

 ジョルジュはカノンの奇術を再び使い、ウルハーゲンを伴ってヨッヘンバッハの領土に飛んだ。
 自領より更に辺鄙なヨッヘンバッハ領に驚きつつ、それらしき館へと向かう。兵士達の慌ただしさに警戒しつつ、館に着くと取り次ぎを要求する。
 すると、一人の兵士がウルハーゲンを指差し叫ぶ。
「黒尽くめの者!?あやつが犯人だー!!」
 一斉に兵士七名が周りを取り囲む、槍先を向けて。

ジョルジュ

「…教育が成ってないな…相手を確かめずに槍先を向けるとはな」

M L

「黙れ黙れ!怪しい奴め!お前等が犯人だろ、許さん」
 兵士の一人が槍の石突きでウルハーゲンを小突いて来た。しかし、ウルハーゲンは何の反応もしない。

ジョルジュ

「…早くヨッヘンバッハを呼べ」

M L

「うるさい!男爵が来る前に俺達で成敗してやるぜ!!」
 別の一人の兵士がウルハーゲンに槍を突き入れて来た。やはり、ウルハーゲンは何の反応もしない。

ジョルジュ

「…面倒な事を…蛆蟲共が。カノン、ウルハーゲン、殺れ!」

M L

 一瞬の出来事。ウルハーゲンが馬上槍に手を掛けた直後、三人の兵士の胸、腹、顔に大穴がこぼつ。同じくジョルジュの足下の影が三人の兵士にまとわりつくと、カラカラに干涸らびて絶命した。残った一人の兵士は、余りの恐怖の為に声も上げずに腰を抜かし倒れ込む。ジョルジュは手の平を向け、一言二言呟くと、兵士の全身が震え出し、体中の穴という穴から血液が霧となって噴き出しだ。
「カノン、遺体を全て消去しろ。ウルハーゲン、扉を打ち壊せ!」
 カノンは一瞬で遺体を消し去り、ウルハーゲンが館の扉を吹き飛ばす。兵士や家人の応答を待たず、ジョルジュは館内に入った。

 犯人捜しの準備に追われていたヨッヘンバッハの下に慌てた様子で兵士が飛び込んで来た。怪しげな二人組が館に押し入って来た、と云うのである。しかも一人は黒尽くめの鎧を纏っていると云う。今、館には大勢の兵士が居る。しかし、ジナモンとマクストラルフェイス、イシュタルは犯人捜索で留守。ヨッヘンバッハは兵士を呼び寄せ、自身は女神の剣を持ち、最も広い謁見室で待ち受ける事にした。
 やがて、兵士の怒号が響き、静まると謁見室の扉が外から開かれる。数十名の兵士に周囲を守らせ、待つ。しかし、扉を開けて現れた男は見覚えのある者、ジョルジュであった。

ゲオルグ

「おおっ、ジョルジュじゃないか〜。全く驚かさんでくれ給えよ」

ジョルジュ

「相も変わらず部下の教育が成ってないな…まぁ、良い。今日、来たのは他でもない。挨拶をしに寄ったのだ」

ゲオルグ

「ふむ。御機嫌よう」

ジョルジュ

「…私も男爵位を得る事となった」

ゲオルグ

「おおっ!そ〜云えば君の父上は男爵とか?継いだのかね?」

ジョルジュ

「否、父アルマー男爵とは別に私は改名し、アルマージョ男爵を名乗る事となった。所領はここの隣り、故ディマジオ子爵の遺領を継承した」

ゲオルグ

「なんと?ディマジオ子爵は亡くなったのかね?何故君が?遠戚か何かね?」

ジョルジュ

「否、遺領を託されたのだよ。君とは不可侵条約を締結しに来たのだ。両者が領主として健在の間は互いの領土には一切手を出さず、公式な使者以外その往来さえ禁じ、互いの利益を損なう危険性が生じた重大な事態には共闘する、と云うものだ」

ゲオルグ

「良かろ〜。俺と君の仲だ、条約を結ぼ〜」

ジョルジュ

「フッ、では公式文書作成に移ろう。宜しいかな?」

ゲオルグ

「む〜、実は今忙しくての〜。事件を解決せねばならないのだよ」

ジョルジュ

「ならば書類は私の方で作成し、後で送ろう。サインだけ頂けるかな?」

ゲオルグ

「ふむ、分かった。これからも頼むぞ、ジョルジュ」

M L

 手短な会談を終了し、ジョルジュは立ち去った。ヨッヘンバッハも支度を済ませ、捜索に出た。後に館の門番をしていた兵士7名が行方不明である事を知り、これで25名の犠牲者が出した事になった。被害拡大を抑える為、多くの兵士がこの小さなヨッヘンバッハ領を駆け回った。

 自領に戻ったジョルジュは、ディマジオが使っていた執務室をそのまま受け継ぎ、そこで法整備と改正、将来ビジョンを試行錯誤していた。その時、ふとカノンが話掛けて来た。

◇カノン

「ジョルジュ様、私にも任務をお与え下さい。護衛の方は当面、ウルハーゲン殿で十分かと存じます」

ジョルジュ

「うむ、そうだな。では、ウモ男爵の暗殺を命ずる。奴は能力、人格共に使い道がない。消し去り、その遺領を早急に吸収するつもりだ」

◇カノン

「はい、お易い御用です」

ジョルジュ

「それにしても…初めて俺を“”付けで呼んだな。主と認め始めたのか?」

◇カノン

「…始めからお仕えしております」

M L

 帝国北部辺境域の小領土で巻き起こる事件。狙う者、狙われる者、人の数だけ想いがあり、やがて現実のものとなって露わになる。二つの貴族領はどうなるのか?
 
深紅に染め上げられた軍装で統一した兵士の群が、やがて一帯を震撼させる。それは正しく“赤い衝撃”となって帝国を揺るがすのであった。     …続く

[ 続く ]


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