〜 Hero (King of Kings)
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 人生の達人 

キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
要塞消滅(プロローグ:予兆と蠢動、そして始まり)完結編


 薄衣を纏うだけの妖艶な姿で、その美女は寝所に忍び寄る。蝋燭の明かりに揺れ、天蓋から垂れたシルクのカーテンに近づき、寝台に語りかける。
「陛下、今宵のお供に参りました」
 カーテンを引き、寝台に入る。瞬間、パッ、と一筋の鮮血がカーテンを染める。
「デル・クリオか!?」
「鼠風情に語る価値はありません」透き通る声。
「…その命、頂く」
 勢いよく扉が開く。薄く光る金髪を振り乱し、色めくトルマリンの瞳に怒りの炎を燃やし、反りの小さな片刃の長刀を翻す。
「売女め!許さぬ」切っ先が走る。
 寝台の奥へと女は跳ねる。背に激痛、シーツと寝台の主に血飛沫がかかる。足元のカーテンを縫い、石畳に着地。力の入らない足でもう一度、跳ねる。追いすがる白刃が太腿をかすめる。跳ねた先の窓を砕き、女は飛ぶ。下が堀である事は知っている。着水と同時に腕だけで掻き、潜水。逃れるのに必死。微かに聞こえる警笛。失敗、明らかなる失敗。
 伝えなくては…事実を。
 遠のく意識に鞭打ち、底近くの鉄格子を抜け、打ち捨てられた古い下水道へと逃れた。
 月明かりさえない深夜の出来事であった。



 巨像の群れの如く、地鳴りと土煙。見事な程整った行軍、否、行進。埋め尽くさんばかりの夥しい数の兵士達。翻る旗頭に縫われた“帝国”の印章。一際目立つそれには“皇帝”の紋章。
 辺境軍団と貴族連合に激震が走る。【
皇帝】自らが現れたのだ。しかも、その数は30万を優に超える軍団。帝国史上稀に見る大事態。辺境地の反乱に皇帝自ら出陣等聞いた事がない。あり得ない。
 第27北部辺境軍団長マゼラン伯爵の元に先遣部隊の一団が現れた。何とそれはかの
帝国筆頭戦士団コロッセウム』の一隊、しかも御大、帝国のカリスマ、“黄昏の七騎士第1騎士サロサフェーン・ド・プーライその人だった。
 サロサフェーン曰く、今後の反乱鎮圧の指揮は皇帝直下に置かれ、辺境軍団及び元帥軍は休息を取って良い、との沙汰であった。事実上、指揮権剥奪を意味していた。
 血気に逸るグラナダの軍勢にも云い様のない動揺が走り、全てが退却するその前に城門を閉じる程であった。最早、戦いの大局は決していた。グラナダの寄せ集めの軍に10倍する帝国の精鋭軍、明らかに勝敗は決していた。
 城塞外に取り残された形のグラナダ兵は投降し、元々結束力の乏しかったグラナダ軍に不満と焦燥感が巻き起こっていた。既に『
息吹永世』は、その数程、軍として機能し得なかった。その悲哀は帝国軍に迄聞こえていた。
 しかし、帝国軍の一部でも悲壮感は漂っていた。それが第27辺境軍と元帥軍であった。


M L

 グラナダ兵の投降が相次ぐ話を聞き、休息と云う名の待機処分を下された辺境軍並びに元帥軍、貴族連合内では意気を削がれて消沈していた。
 元帥軍、貴族連合が築いた城塞の東から西に掛けての南方一帯の野営地をベースに帝国正規軍が陣を配置していた。
 その最中、元々の鎮圧軍として公式な最後の軍議が開かれていた。

ゲオルグ

「伯爵、全く聞かされていなかったぞ!」

◇マゼラン

「軍務省から何の連絡もありませんでした。私も聞かされておりませんでした。責任者として諸卿等には大変、申し訳なく思っております」
 憔悴しきった伯爵の顔色は悪い。まるで死人の様だ。

◇ストレイトス

「責任はどうなされるおつもりかな〜?まぁ、それは軍務省にお任せするとして、元帥殿は何故、黙っておられたのでしょ〜か?」
 怒っているのか、ほくそ笑んでいるのか、その表情からは窺い知れない。

◇ドーベルム

「ぁあ?黙ってるもへったくれも、知らなかったんだから仕方あんめぇ?」

ジョルジュ

「存じていたでしょう?南方一帯に築いた野営地は、あの大軍を招き入れる為の布石だったのでしょう?」

◇ドーベルム

「ぁあ?知らねぇ〜ぞ!あれはお前の案を執った結果だろ〜が?」

ジョルジュ

「フッ、そんな筈はあるまい。私の案とは全く違う。お前は待っていたのだろう、正規軍の到着を!」

◇ドーベルム

「ぁあ?云っておくが、俺は城塞周り全方位に野営地を築くつもりだったぜ。そぅすりゃ、攻め易いだろ〜が?」

ジョルジュ

「…本当に知らなかったのか?」

◇ドーベルム

「まぁ〜、知って様が知らねぇ〜様が、俺の用兵に大差はねぇがなぁ〜!!」

ジョルジュ

「…もう、戦は終わったも同然。お前の指揮下から離れる」
 議場を後にした、静かな決意の眼差しで。

M L

 議場を出た処でヘイルマンが息を切らし、慌てた様子でジョルジュの下で訪れた。
「ジョルジュ様!ジョルジュ様ぁー!!」

ジョルジュ

「らしくないな、ヘイルマン。お前程の男が慌ててはならない」

◇ヘイルマン

「…しくじりました」

ジョルジュ

「なにっ?…本当か?」

◇ヘイルマン

「…はい。それにはこう云う訳が“………”」

ジョルジュ

「“………”だと!?…で、“ザ・ブライド”は今何処に?」

M L

「我々の宿舎におります。深手を負った為、休ませております」
「会いたい。“礼”をせねばなるまい」
 宿舎へと二人は向かい、ブライドの休む部屋へと向かう。
 間に合わせの簡素なベッドの上に疲弊しきった女性が寝かされている。美女、一言で云えばその言葉が先ず思い浮かぶ。その彼女が恐るべき刺客、しかし任務に失敗した。初めての事だ。

ジョルジュ

「ブライド…か?」

◇ブライド

 目を開き、辛うじて顔だけをジョルジュに向け、
「はい…卑しい身の私の様な者の処へ御依頼主御自身がいらっしゃって頂くとは…この度は申し訳…」

ジョルジュ

「此度は御苦労であった。“………”と云うのは本当の事か?」

◇ブライド

「はい、“………”は真実です。しかし、任務の失敗とは関係御座いません。全ては私が未熟であった故…」

ジョルジュ

「あまりじゃべるな、体に障る。いい傷薬を持っている」
 そっと近づき、ブライドに触れる。

◇ブライド

「有難き幸せ……!!!?」

M L

 ブライドの体が薄紫のエネルギーに包まれる。電撃が走り、肉の焦げた様な嫌な匂いが周囲を覆う。
 低い呻き声。ブライドの体から全ての力が抜け、呼吸は必要なくなった。
 只の肉の塊となったそれを冷たい視線で見下ろし、ジョルジュは片付ける旨を伝えた。

ジョルジュ

「サナレスとグラナダ王室の情報収集は続行してくれ」

◇ヘイルマン

「…御意」

M L

 帝国正規軍が到着して三日目早朝、城塞に向けて小規模ながら攻城兵器による一斉射撃が行われた。同時に降伏勧告を促していた。
 投稿者と脱走者が後を絶たないグラナダから返答があった。降伏勧告を呑む、との事であった。しかし、それには条件が添えられていた。金で雇った兵達をグラナダは解散。又、城塞も明け渡す。但し、“
グラナダの星(反乱の主謀母体)”は解放を要求。代表デル・クリオ“ブリッツ”グラナダの身柄と処分は、公開一騎打ちを要求。
 この虫の良い要求を帝国軍は受諾した。しかし、条件変更が定められていた。一騎打ちの公開に伴い、その勝敗によりグラナダの星の解放、捕縛の是非を決定する旨を告げた。グラナダ側はこれに承諾した。
 この話はすぐに広まり、帝国軍は結集していた。勿論、辺境軍団と元帥軍、貴族連合もその場に集結していた。

ゲオルグ

「一騎打ちとはの〜。傷さえ癒えておれば、あの悪党の首領を俺自ら蹴散らしてくれ様ものを〜、口惜しや〜」

ジナモン

「否、男爵。皇帝自ら率いる正規軍がいるんだ。俺達に出番はないさ」

M L

 一騎打ち公開は二日後となった。
 当日、一つの城門が開け放たれ、グラナダの星が現れた。帝国の膨大な数の兵士の群れが相対する。両軍の中央に八角形状に杭と縄で仕切られた空間が作られている。
 グラナダの星から歓声が上がる。宝飾に彩られた美しい金属鎧に身を包んだ均整の取れた体躯の男が現れる、デル・クリオ“ブリッツ”グラナダ。フルフェイスの兜で顔を全て覆ってはいるが、覗く瞳は不思議と様々な色合いを見せる。仕切られた一騎打ち会場に一足先に訪れた。
 グラナダ側の歓声は、より圧倒的な歓喜の渦に掻き消された。悠然と現れいでるは帝国の若き英傑サロサフェーンその人。まさか、辺境の反乱軍の首謀者との一騎打ちに彼程の男が登場するとは。
 軽装で現れたサロサフェーンは抜き身の一振りの剣だけを握り会場近くに歩み出、拳を高々と掲げた。追随して夥しい数の帝国兵が拳を突き上げ叫ぶ。
「サロサフェーン、サロサフェーン!サロサフェーン!!サロサフェーン!!!」
 既に会場内に入っていたデル・クリオは、冷ややかな視線を投げ掛け、静かにその白鞘を右手に持ち、斜に構え突き出したままたじろぐ事なく微動だにしない。

ジナモン

「あ、あいつは!!」

ゲオルグ

「ん?知り合いかね?」

ジナモン

「ああ、知ってる!多分…“あいつ”だ!!」
 一気に走り抜け、張られた縄を飛び越え、会場に躍り込む。

M L

 辺りはどよめきに包まれた。一騎打ち会場にサロサフェーンではなく、誰だか分からない男が入って来た。サロサフェーンが入る、その前に。
 デル・クリオが突然の来訪者を覗き、睨む、兜の隙間から。

ジナモン

「俺の目は誤魔化されないぞ!」

◇グラナダ

「何のつもりだ…グラナダの生死を分かつ、この神聖な場所に割って入るとは」

ジナモン

「約束したろう、預かり受けた命、返しに来たぞ…“影”よ」

◇グラナダ

「…良かろう。オードブルには打って付けだ!」
 斜に掲げた白鞘をサロサフェーンに向け、一声叫ぶ。
「サロサフェーンよ!先ずはこの跳ねっ返りの相手をしてやる。その後にそなたの相手をしてやろうぞ。暫し、そこで見ておれ!畏れおののき逃げ惑う事無き様…」

M L

 サロサフェーンは、その端正な顔で静かに頷く。帝国軍の一部から怒号が放たれたが、サッと手を挙げ、サロサフェーンが制止する。一気に周囲は静まり返り、数十万の瞳が一点に注がれる。

ゲオルグ

「何と、大それた事を」

ジョルジュ

「否、見物だ。これで分かる…“影”の字の意味が」

ゲオルグ

「おお、君か。何を云っておるのだ?」

ジョルジュ

「心地良い程鈍いな、君は。黙って見て居り給え」

M L

 八角形に敷かれた会場内で静かに睨み合う両者。何一つ動きは見せない。
 先に口を開いたのはジナモンの方であった。

ジナモン

「手の内は分かっている。最早、先刻の様には行かない。全力で掛かって来なければお前の負けは必至!」

◇グラナダ

「何も分かってはいない…死ね」

M L

 柄紐を解き、白鞘から鍔無き片刃を左手で抜く。続き様、左腰に帯びた短刀を右手で抜き、両刀を構えて腰を落とす。
 ジナモンは鋼の段平を大上段に構え、全身の筋肉を緊張させる。
 絶叫。ジナモンは絶叫と共に渾身の一撃を繰り出す、目にも留まらぬ速さ。火花が散る。デル・クリオの右手の短刀が段平を遮る、片手で。

ジナモン

「なっ!?う、受けた…俺の一撃を片手で…利き腕は左の筈、受け太刀はしないと?」

◇グラナダ

 両刀は鈍く光り、ぶれている。錯覚ではない。
「軽い…軽過ぎる」

ジナモン

「そんな筈はない!喰らえーッ!!」

M L

 怒りの一撃。空気を切り裂き、デル・クリオを襲う。が、しかし、又も短刀に遮られる。いとも容易く。

ジナモン

「何故?」

◇グラナダ

「背負うもの無きそなたの太刀は軽い。受け太刀したのはその証明」

M L

 ジナモンの両腕、両足の関節程近くから鮮血が迸る。いつの間にか斬られている。

ジナモン

「ば、馬鹿な!?…これ程迄とは」

◇グラナダ

「真の一撃とはこう云うものだ。死を以て知るが良い、さらばだ!!」
 左手の長刀が翻る。

M L

 ブーン、鈍い音がする。デル・クリオの一撃は、横から突き入れられた切っ先によって阻まれている。光り輝く切っ先の主はサロサフェーン。磁石同士が反発するかの様にデル・クリオとサロサフェーンの刃は、1インチの距離を空けて留まる。

◇サロサフェーン

「もういいでしょう。“騎士技”を用いた上で立場を語るとは“卑劣”です」

◇グラナダ

「痺れを切らしたか、サロサフェーン!よかろう、相手になろうぞ」

ジナモン

「待て!まだ、やれる!」

◇サロサフェーン

「いえ、止めておいた方が宜しいでしょう。貴方と彼では、相性が悪すぎます」

ジナモン

「否、待て!奴の正体は…」

◇サロサフェーン

「静かに!それ以上語ってはいけない。“名誉”が損なわれる」

M L

 ジナモンは会場を後にせざるを得なかった。残った主役達に視線が集まる。揶揄の声はない。静まり返った中、デル・クリオとサロサフェーンが対峙する。

ゲオルグ

「むむ〜、負けてしまったな〜、ジナモンの奴。意外と腑抜けよの〜。しかし、流石に王位継承者を名乗るだけはあるの〜、グラナダは」

ジョルジュ

「…節穴かね、君の目は。まぁ良い。ヘイルマン!ヘイルマンはおるか?」

◇ヘイルマン

「はっ!お側に」

ジョルジュ

「出て来ている筈だ。必ずグラナダの星の中に紛れている。すぐに探し出すのだ」

◇ヘイルマン

「御意」

ジョルジュ

「注意しろ。“あいつ”が斬られた瞬間の表情が鍵だ!逃すなよ」

ゲオルグ

「ん?何を云っておるのだ?」

ジョルジュ

「心地良い程鈍いな、本当に。長生きするよ、君は」

M L

 二人の距離は付かず離れず、緊迫している。お互い、未だ只の一度も剣を交えていない、ジナモンを救ったその時以降。
 二人の視線が交錯し、息があったその刹那、サロサフェーンの剣の輝きが一層増し、真一文字に胴斬りを放つ。デル・クリオは態を入れ替え交わそうと右に回るが切っ先の勢いは止まらず追い縋る。何と云う伸びか?遂にデル・クリオは左手に握る長刀で受け太刀をした、本気の受け太刀。ぶつかり合った刃は僅かな距離で静止し、鈍い音を立て、閃光が迸る。二人を中心に光りの輪が周囲に広がった。

◇グラナダ

「!!?…この俺に本気で受け太刀をさせるとは、初めてだ!流石は、サロサフェーン」

M L

 一撃を放ったサロサフェーンは、留められた剣を引き、ゆっくりと後退すると、突然、踵を返した。

◇グラナダ

「!?何のつもりだ、サロサフェーン!」

◇サロサフェーン

「貴方の事は生涯忘れは致しません。好敵手として、名誉に誓って…」
 振り返らぬまま、会場の縄を越える。

◇グラナダ

「どう云うつもりだ、サロサ…!!」

M L

 デル・クリオの腹に黄金の一筋がまとわりついている。受け太刀をした時、その位置はサロサフェーンの一撃の延長上。輝く一筋が薄れ行くと、それは真っ赤に変化した。緩やかに、確実にそれは血を露わにし、やがて激痛が襲い、膝を着く。

◇グラナダ

 飲んでも飲んでも血が出て来る。溢れ出て来ているのだ、腹の底から。
「お、俺の負けか…」
 苦痛に歪み、吐き出す様に自らの敗北を知る。

◇サロサフェーン

 会場から出た処で振り返ると、両膝を着いたデル・クリオを見据え、
「我が好敵手よ…最後にお聞かせ下さい…貴方の御名を」

◇グラナダ

 溢れ出す血の海に囲まれ、息を荒くしながら、
「お、俺の名は…ディ、ディエ………デル・クリオ・グラナーダ!!グラナダ王朝正当王位継承者、デル・クリオだー!!!」
 短刀で喉を突き、自らその命を絶った。

◇サロサフェーン

「…お見事…」
 深々と一礼をし、暫し黙祷を捧げると悠然に踵を返し帝国兵に手を振る。

M L

 大歓声が辺りを包み、空気が揺れる。堰を切った様に帝国兵がグラナダの星を取り囲んだ。蜘蛛の子を散らす様に逃げ惑い抵抗したが、軍としての機能は最早無く、戦の勝敗は全て決した。

 混乱冷めやらぬ最中、野営地から離れた林の中でジョルジュはヘイルマンを待っていた。程なくヘイルマンと部下達は、布を被せて誰とも知れぬ者を連れて来た。華奢な体躯。ジョルジュの指図を待って、布を解く。金髪の女性、その瞳は決意に燃えているかの様。

ジョルジュ

「お初にお目に掛かる、陛下…否、未だ殿下でしたかな?」

◇・・・

「早く処刑なさい!」
 透き通る様な天使の如き声には気品と風格がある。

ジョルジュ

「お焦りなさいますな。お名前をお伺いしたい」

◇・・・

「…」

ジョルジュ

「…ヘイルマン。所持品で変わったものは?」

◇ヘイルマン

「こちらを」
 大きな角張った黄金の印鑑を差し出す。
「玉璽に御座います」

ジョルジュ

 受け取った玉璽をまじまじと見つめ、
「…偽物だな」

◇・・・

「何を馬鹿な事を云うのです。伝来の玉璽を偽物ですって!?」

ジョルジュ

「私の養父は皇室付の宝飾職人でね、自ずとある程度、美術品は分かるのだよ。これは偽物だ。黄金はメッキ、その製法は帝国暦200年以降のもの…刻まれた文字も古代語を模してはいるが、この彫金の仕様は帝国語のそれと同じだ。帝国創成以前の古王朝の伝来の品が何故、帝国成立以後の作品なのだ!」

◇・・・

「そ…そんな!?」

ジョルジュ

「担がれた様だな。誰に譲り受けた?話を持って来たのは何処の誰だ?云うのだ!」

◇・・・

「………グッ!!」
 パッ、と口元から鮮血が舞う。

ジョルジュ

「!舌を噛み切ったか?ヘイルマン!

◇ヘイルマン

「…既に舌が巻き込んでしまっております」

ジョルジュ

「何としても生かせ!死なれては厄介だ。上手く行けば、帝国の腐敗を暴ける」

◇ヘイルマン

「御意」

ジョルジュ

「クソッ!こうしてはおれん。俺は城塞北部に向かい脱走兵と接触を図る。ヘイルマンは調査を続行せよ」

M L

 勝敗決し、尚も混乱は続いていた。極少数ではあるが、城塞内においてゲリラ活動で抵抗を試みる者が未だいるのだ。恐らくは『
北部解放戦線』の連中だろう。彼らは基本的にグラナダに従う事以前に反帝国主義者なのだ。
 この城塞内での掃討戦に辺境軍団と元帥軍、貴族連合が駆り出されていた。しかし、イシュタルの提言により、ヨッヘンバッハ軍はこれに参加しなかった。

ゲオルグ

「大丈夫かね、ジナモン?」

ジナモン

「ああ、大丈夫だ、これぐらい」

ゲオルグ

「しかし、あのサロサフェーンとか云う若者は凄まじいの〜」

ジナモン

「ああ、凄かった…よし、決めたぞ!」

ゲオルグ

「ん?何をかね?」

ジナモン

「俺は帝国筆頭戦士団『
コロッセウム』に入隊するぞ!」

ゲオルグ

「おお、そうかそうか。頑張り給え、我が友よ。応援しとるぞ。さてとイシュタル、どうするかね、これから?」

◇イシュタル

「暫く待ちましょう。完全に戦が終結する迄、領土に戻るのは得策ではありません」

ゲオルグ

「うむ、そうだな。恩賞が出る迄待とう」

M L

 城塞北方、森林地帯。城塞南方は完全に帝国軍に掌握されていた為、戦意の無いグラナダ側に雇われていた傭兵達は、北部へと逃れていた。帝国軍も脱走者を追う事はせず、寧ろ放っておいた。親しい者達は約束した訳でもなく、地の利を活かし、森林地帯に集まっていた。その数、1500有余名。
 その森林地帯に何故かジョルジュの姿があった。森林地帯に忽然と広がる広場の様な空間で夥しい傭兵達を見つけたジョルジュは、天然の巨石に跳び乗り、悠然と見下ろしていた。

ジョルジュ

 傭兵達を暫し眺めてから徐に、
「聞け〜い、諸君!!」

M L

 疲れ切った眼差しで巨石の上で叫ぶ美しい男を見据える傭兵達。

ジョルジュ

「俺は帝国正規軍の参謀を務めるジョルジュと云う者だ!!」

M L

 ざわめき、どよめき、敵意の視線を投げ掛ける。

ジョルジュ

「皇帝陛下自ら率いた帝国正規軍を敵にした諸君等は、如何に傭兵として雇われているだけと云えど、今後、帝国内で雇い主が見つかる可能性は極めて低い。西部戦線とて例外ではない!今更、傭兵が戦の職を失ったら生きられまい?」

M L

「だったらどーすれば良い?」
 ざわつく中から質問の声が幾つか飛び交う。

ジョルジュ

「この俺がお前達を丸ごと養ってやる!」

M L

「金は持ってんのかー?」「敗走兵だからって安く叩くつもりじゃあるまいな〜!」
 疑心の念が渦巻く。

ジョルジュ

「黙って話を聞け!俺が雇うのではない。お前達を率い、新たな傭兵団として食い扶持と活躍の場を与えてやる!」

M L

「帝国正規軍の、益して参謀が何故、俺達を?私軍としてなら金払え!!」
 口々に疑念を開く。

ジョルジュ

「話を最後迄聞けーい!!俺は正規軍を除隊する。俺自身も傭兵に身を投じ、お前達と立場を共にする。お前達は敗走兵故、格好が付かぬ上、指導者もおらん。しかし、帝国正規軍の参謀であった俺であれば、高く売れる上、すぐにでも傭兵団として機能させられる。得さえあれ、損はあるまい?それとも、このまま山野を彷徨い、賊にでもなるか?」

M L

 ざわついていた傭兵達が静まり返る。損得勘定で生きる多くの傭兵達は、この提案が真剣に受け止めるに値する、と考え始めていた。
 しかし、後方かた野次が飛ぶと再びざわつき始めた。
 目を懲らせば、後方にいて目立つ男が目配せをしている。

ジョルジュ

 (なる程な)
「俺を指導者と認めたくない者がおるらしい。何なら相手をしてやっても良いぞ」

M L

「おもしれ〜じゃねぇーか!相手してもらおーか?」
 血気盛んな傭兵が凶器を携え、歩み出る。

ジョルジュ

 弓を取り出す、装飾の込んだ見事な一品。しかし、欠陥品か?弦がない。益して、矢を取り出す素振りもない。
 弦無しの弓だけを歩み出た男に向けると、矢も無いのに右手で絞る格好をする。うっすらと光る弦と矢の形状が露わになると、右手を放す。
 シュバッ、と光の軌跡が男を射抜く。
「我が“
天弓”にて射抜かれたい奴、他にもいたら前に出ろ!」

M L

「子供の玩具だな。俺が出てやろう」
 後方で目配せをしていた傭兵が、のそりと歩み出る。頑強そうな体躯、周りの傭兵より一回り大きい。両手にぶら下げた斧が歴戦の修羅場を思い浮かばせる。

ジョルジュ

「現れたな。貴様の名は?」

◇ガローハン

「通り名はガローハン。貧弱そうなその素っ首、叩き落としてやる!」
 逞しい二の腕は硬直し、筋肉がはち切れんばかりに膨れあがる。

ジョルジュ

 弓を足下に置き、左手を突き出し、手招きをする。
「ガローハンとやら、貴様如きに天弓は勿体ない。素手で十分だ!」

◇ガローハン

「随分となめた真似してくれるな。ブッ壊してやる!!」
 怒号と共に突進する。

ジョルジュ

「ハハッ、これでも喰らいな《神の怒り》」
 強烈な轟音と共に手元付近から雷光が轟き、稲妻が迸る。

◇ガローハン

 猛烈な稲妻の直撃を受け、もんどり打って倒れる。
「!?ガハッ…てめぇ〜、法術士か…」
 俯せに倒れ、辛うじて上半身を起こす。

ジョルジュ

「違うな、奇跡の力だよ。信じようが信じまいが関係ない。望むのであれば我が奇跡の技の数々を披露してくれよう!」

M L

 ガローハンが倒されたのを見た傭兵達は怯んだ。帝国の中枢にある者は有能なだけでなく、奇っ怪な技や恐ろしい術を使う者もいる事を彼等は知っていた。無駄に逆らい傷を負うくらいなら少しでも得になりそうな事に従う素振りをするのが、敗走兵として得策であった。
 取り敢えず、その女の様な美貌を有する金髪金眼の男の言葉に従う事にした。

 一方、ヨッヘンバッハの陣営では不満の声が渦巻いていた。
 帝国から恩賞が支払われないとの専らの噂が流れていたのであった。ヨッヘンバッハの私設軍は、その全てが傭兵であった。給金の半分が前払い、戦後に残り半分が支払われる約束をしていた。高名な軍師イシュタルの信用性は高く、傭兵達もその条件を受け入れており、通常通りに行けば約束は履行される筈であった。しかし、帝国正規軍の登場により事態は一変し、貴族軍の従軍は義務化され、尚且つ、貴族連合として功績を挙げるのに不十分であった為、恩賞を得る機会は失われていた。
 ヨッヘンバッハは資金が不足していた。男爵位の保有兵数限界迄を雇い入れた上、その全てが高給取りの傭兵で賄われ、遠征に次ぐ遠征で約束していた給料を支払う事は不可能であった。

◇イシュタル

「ヨッヘンバッハ様、如何致しましょう?とても兵達に約束した給金を支払えません。死傷者の数も多く、不満の声に満ちております」

ゲオルグ

「むむ〜、碌に働きもせず、金ばかりせがむとは、このヨッヘンバッハを何と心得るか!」

◇イシュタル

「ヨッヘンバッハ様、彼等は傭兵です。契約によって私達に従っているので、約束を守らなければ反発を招きます。死傷者への見舞金も必要です」

ゲオルグ

「む〜、今まともに動ける兵共はどれくらいなのだ?」

◇イシュタル

300名程度に御座います」

ゲオルグ

「ならば、残り200人の死傷者分の金を廻そう。約束の金には足りないが、働きが足りないのだから良いだろう」

◇イシュタル

「しかし、それでは死傷者に対して申し訳が…」

ゲオルグ

「と云う訳で頼んだぞイシュタル。俺はこれから会食に出掛けてくるのでな」

M L

 野営地に戻って来たジョルジュは、報告書をまとめに宿舎の執務室にいた。食事も取らず、膨大な報告書をまとめていた時、ヘイルマンが訪れた。
「大変遅くなってしまいましたが…」

ジョルジュ

「サナレスとグラナダ王室の事か?気に病むな、報告してくれ」

◇ヘイルマン

「…はい。先ずサナレスですが、騎士団領で叙任の記録が見つかりました。“剣鬼ワインガードナーと云う『独立騎士』の弟子であった為、調査が遅れてしまいました。当時、サナレスは騎士団領に少女を連れて訪れており、推薦状のなかった彼は独立騎士に弟子入りするしかなかった様で、連れの少女の事を周囲には“”だと紹介していたそうです。彼はその“妹”を特別な宝物でも愛でる様に大事にしていた、との証言を得ました。“妹”はクレアと呼ばれていたそうです」

ジョルジュ

「…そうか。で、グラナダ王室は?」

◇ヘイルマン

「…はい。グライアス王国の史書と公式文書を照らし合わせて分かった事ですが、グライアス王室とグラナダ王室は遠戚に当たるそうです。地理的な関係から両王室は当時、婚姻を何世代にも亘って取り交わしていた様です。グライアスが深い山並みの盆地にあり、比較的外敵からの侵略が少ないのに対し、平地にあったグラナダは侵略者からの防衛の為、その国王は戦王でなくてはならず、父系の世襲と騎士号の叙任が王位の絶対条件であったそうです」

ジョルジュ

「なる程。グラナダ王は男子に限り、それも“騎士”でなくてはならなかった訳だな?」

◇ヘイルマン

「はい、左様で御座います。男子にはデルの称号が、女子にはデラの称号がそれぞれ与えられていた、との事です」

ジョルジュ

「そうか、それで?」

◇ヘイルマン

「はい。そこで騎士団領の騎士叙任者リストを遡り、デルの称号を冠した者を探した処、グラナダ王国滅亡後、少なくともここ400年はおりませんでした。勿論、デラの称号を冠する者もおりませんでした。ですが、騎士叙任者の身内、或いは後見人、紹介者、主君に迄調査範囲を広げてみると、一件だけ該当者が見つかりました」

ジョルジュ

「…うむ、それが…」

◇ヘイルマン

「…はい。それがディエゴ・ダン・サナレス…主君の名はデラ・クレア

ジョルジュ

「そう云う事であったか。王位継承とその正統性を主張する為にどうしても“”が必要であったか…で、あの女の容態は?」

◇ヘイルマン

「はい、何とか持ち堪えさせました」

ジョルジュ

「今から話を聞きに行くぞ。まともには喋れんだろうが、それでも掴める筈」

M L

 ジョルジュとヘイルマンは、宿舎にある医務室に歩を進めた。情報部隊の衛士が医務室前を警固しており、ジョルジュとヘイルマン以外の何人であっても中に入る事は許可されない。
 室内には簡素なベッドが置かれ、そこに女性が寝ている。舌を噛み切ったあの女性であった。

ジョルジュ

「そろそろ話を聞かせて貰いますよ、殿下」

◇・・・

「…」

ジョルジュ

「…?」

◇ヘイルマン

「…ハッ!?」
 慌ててベッドに駆け寄ると首筋に手を当て、
「ジョ、ジョルジュ様!亡くなっています!!」

ジョルジュ

「何だと!」
 毛布を剥がし、閉じた目を開く。瞳孔に反応はなく、呼吸が止まっている事を確認すると外傷を探す。

M L

 何一つ死因らしきものはない。しかし、シーツを握る手は固く閉じられ、爪が欠けている。他殺の可能性が高い。

ジョルジュ

「…情報部隊の我々に気取らせずにこの様な真似が出来る者…帝国最深部の匂いがする」

◇ヘイルマン

「どうなされますか?調査致しますか?」

ジョルジュ

「…否、無駄だ。先手を打たれては何も出来ない…残念だが諦めよう」

◇ヘイルマン

「…御意」

ジョルジュ

「…ヘイルマン。大事な話がある。聞いてくれるか?」

◇ヘイルマン

「はい」

ジョルジュ

「俺は軍を除隊する」

◇ヘイルマン

「な、何ですと!?」

ジョルジュ

「今回の戦は帝国のデモンストレーションだった。反乱の規模の大きさも陛下自らの出陣も、我々先遣隊の失態も、その全てが予定済みだったのだ。年始めの中心州での帝国全軍のエキシビションも迅速な行軍と集結をする為の布石であったのだろう。
 それでも軍規は然るべき、俺達の処分は明らか。降格処分は免れまい。中枢にあるこの俺が、益して参謀の様に表に立たぬ者が一度でもこの様な処分を受けてしまっては、最早エリートからは転落。この先、たかが知れている。
 俺自身のミスであれば仕方あるまい。だが、この様な示威運動の辻褄合わせで尻拭いをさせられ、我が人生を凡庸なものにされるのは願い下げだ!
 もう顔色を窺いながら己を殺す役目等終わりだ!窮屈な役人稼業を捨て、俺は俺自身の力を以て世に出でて、世の趨勢と己が運命を自らの手で切り開く!!」

◇ヘイルマン

「し、しかしジョルジュ様。今迄苦労なされ築かれたお立場をこの様な下らない戦ごときでお捨てになられるのは勿体なく存じ挙げます」

ジョルジュ

「地位や立場に執着する程、愚かではないぞヘイルマン。
 あまり年も変わらぬサロサフェーンは、帝国首脳の演出で英雄扱いだ。俺は俺自身の力を以てあいつを超える!作り上げられた英雄等に負けてたまるか。やがて、帝国中がこの俺を注目し、必要とするその日迄、俺は走り続ける。そして、影で牛耳る権力者共を根絶やしにしてくれる!!!
 ヘイルマン、お前は優秀な男だ。今回の処分等、次の機会で払拭出来る。俺よりも実直な者に仕えれば、お前の栄光は確約されるだろう」

◇ヘイルマン

「お立場を捨て、これからどうするおつもりですか?」

ジョルジュ

「グラナダの敗走兵を纏め上げた。自軍を以て勢力を拡大し、やがて起つ。
 ヘイルマン、後は頼んだぞ。情報部隊の活躍を期待している」

◇ヘイルマン

「お待ち下さい、ジョルジュ様…私も、いえ、私達も着いて行きます。
 諜報員達を情報官として今の立場に迄高めて下さったのはジョルジュ様のおかげ。見返りは少なく、それでいて危険な任務に赴く事の多い我々に保障と権利を与えて下さったジョルジュ様をお一人で行かせる訳には参りません。我等全員除隊し、ジョルジュ様にお供致します」

ジョルジュ

「しかし、今度は何の保証もしてやれぬぞ」

◇ヘイルマン

「関係ありません。我々はジョルジュ様に御奉公致したいので御座います」

ジョルジュ

「…分かった。ならば着いて来い!お前達にも夢を見せてやる」

M L

 ヘイルマンは情報部隊へ伝える為、足早に部屋を後にした。
 ジョルジュはベッドに横たわる亡骸に一礼をした。作られた戦に踊らされた、古き想いに身を投じたる者。事実を知る者は少ない。遙か追憶に心を馳せ、ジョルジュの頬を涙が伝う。
 暫くしてジョルジュは鋭い眼差しを携え、医務室を後にした。全身に湧き起こる力は今迄のどれよりも満ちている。道無き道への扉が開け放たれた。足取りにも力は漲り、神経が研ぎ澄まされていた。執務室前に戻ると参謀として最後の職務を執りに中へ入った。
 執務に集中し始めたジョルジュの背筋に寒気が走る。振り返ったそこにはずぶ濡れた暗黒色のローブを纏った者が佇んでいる。

ジョルジュ

 振り返り様に机脇に立て掛けておいたサーベルを抜き、
「何者だ…ノックもなしで入って来るとは?」

◇・・・

「お会い出来て光栄です、ジョルジュ殿」

ジョルジュ

「質問に答えるつもりがなければ消し炭にするぞ?」

◇カノン

 濡れた暗黒のフードを取る。蠢く黒髪と青白い表情、驚く事にその眉間には第三の瞳が濡れて開く。
「私の名は
カノン。人々から“三つ目のカノンと呼ばれております」
 瞳は刺青でも装飾ではなく、紛れもなく本物。暗い三つの眼差しでジョルジュを見据える。

ジョルジュ

「…で、その三つ目が何の用だ?」

◇カノン

「貴方にお仕え致したく、遙かいにしえよりこちらに参った次第」

ジョルジュ

「…そうか。それは御苦労だったな」
 サーベルを手にした逆の手をカノンに向けると、パッと閃光を放ったその瞬間、カノンは薄い紫色の輝きを放つ焔に包まれる。

◇カノン

 焔に包まれていたが、やがて焔の輝きは失われ、焔の揺らめきは影の様なエネルギーの塊に取って変わる。
「お止め下さい。貴方様の魔術は効きません」

ジョルジュ

「!?なら、これでも喰らいな!」
 サーベルを突き入れる。

◇カノン

 体に突き刺さった部分が影の様なスポットの中に吸い込まれる。血が溢れ出る事がない。
「お止め下さい。貴方様は“
フォビア”を御存知ではない御様子…益して、私は本心から貴方様にお仕え致したく参ったので御座います」

ジョルジュ

「何故だ?何が目的で俺の下に訪れた?」

◇カノン

「貴方は極めて怜悧にして大胆、冷静でいて激しい御方…私の様な性分でも、その能力が有用と分かればきっとお側に置かれる筈…益して、帝国中枢を離れる決意をした今であれば」

ジョルジュ

「悪党め…誰が俺を分析しろと云った?いつから俺を監視していた?」

◇カノン

「人は悪党と呼ぶでしょう。分析ではなく、判断。自身を側に置いて頂く主を探す為故。この戦が始まったその日から…帝国中の有能な者が集うこの戦は人材の坩堝…」

ジョルジュ

「…忘れるな、正規軍を辞め、帝国中枢部に不信感を抱いてはいても俺は帝国人。皇帝陛下に仇なす気は毛頭無い。口振りからして貴様は帝国を敵視している様だが、一旦俺の下に着いたら貴様の意志等無用。俺の与えた任務に100%応えなければならない。適わぬと思えば捨て去るのみ!」

◇カノン

「結構で御座います。私めに無駄な邪推を考える暇をお与えなさいますな」

ジョルジュ

「ならばデラ・クレアを殺害した者と命じた者を探れ。俺に気取らす事なく現れた貴様なら出来るだろう?」

◇カノン

「分かりました、お易い御用です」
 影と共に消え去った。

M L

 城塞内の混乱もようやく沈静化に向かい、正規軍がグラナダ入りを果たし、終結宣言がなされた。
 マゼラン伯爵は辺境軍団長の任を解かれ、新たな軍団長にはストレイトス公爵が指名された。グラナダ要塞は城壁を打ち砕き、帝国直轄となった。ドーベルムは元帥号を剥奪され、予備役軍団長に降格となった。
 ジョルジュは中隊長に降格処分が決まっていたが、処分が下される前に除隊願いを出し、受理されていた。
 深刻な資金不足に悩むヨッヘンバッハは、何度か帝国軍に資金提供を掛け合ってみたものの、一向に良い返事は貰えずにいた。
 そんな中、ヨッヘンバッハの下にジョルジュが現れた。

ゲオルグ

「おお、君かね。帝国軍を辞めたそうだが、何か用かね?」

ジョルジュ

「特に用と云う訳ではないのだが、ジナモンは元気にしておるかね?」

ゲオルグ

「ふむ、未だ完治迄はしておらぬが元気ではある」

ジョルジュ

「そうか、それは良かった。それにしても君の処は死傷者が多く、大変そうだな?何でも資金不足に喘いでいると伝え聞く」

ゲオルグ

「むむっ!心配無用。正義を説けば皆、着いて来るものぞ」

ジョルジュ

「そうか、杞憂であったか。ならばこの話は別の貴族にでもしよう」

ゲオルグ

「むっ!何の話かね?」

ジョルジュ

「否々、結構。資金不足を解消する為の話故に無粋な事だよ。又の機会にしよう」

ゲオルグ

「む〜、話だけなら聞いてやっても良いのだが…」

ジョルジュ

「フッ、では話をするかな。西部戦線は存じておるかね?」

ゲオルグ

「…西部戦線?ああ、西部戦線ね〜」
 名前だけは聞いた事はあるが全く知らない。愛想笑い。

ジョルジュ

「彼の地では断続的に戦が続いている。故に志願兵の受け入れは常時募集されている。それが軍ともなれば存在価値は大きく、貴族の私団が義勇軍として参戦すれば名声上がり、名誉な事だろう。更に云えば、長い年月による志願兵受け入れの体制はシステム化されており、資金、物資、恩賞、環境等は整然と確約される。資金調達には持ってこいの戦場と云えるだろう。君の処にいる軍師イシュタルは、彼の地で名を知らしめた。存じておろう?」

ゲオルグ

「む〜、そうなのか〜…しかし、何故君がその西部戦線とやらの話を持ち掛けておるのだ?」

ジョルジュ

「軍を除隊し、傭兵となったのだよ」

ゲオルグ

「なんと!正規軍の参謀であった君が傭兵稼業に身を投ずるとは、何ともまた哀れよの〜。して、俺の処に職を探しに来たのかの〜?」

ジョルジュ

「否々、結構。今は傭兵団を率いる身でね。連携を組めるパートナーを探しておるのだよ」

ゲオルグ

「ほ〜、傭兵団ね〜。御苦労な事だの〜。それでその傭兵団とやらはどの程度の規模なのだね?傭兵団と名乗るであれば、50人ぐらいはおるのかね?」

ジョルジュ

「ハハッ、実質的な兵力は1500名程度。情報部を含めれば1700名は下らない。練兵と編成はこれからだが、実経験から成る傭兵のみを率いるので慣れれば著名な傭兵団にも引けは取らないだろう。私はこれに“太陽の旅団”と名付けた。以後、お見知り置きを」

ゲオルグ

 (!!?…何と!我が軍の6倍近い兵力か!!)
「おお、是は是は頼もしい限り!そうかそうか、それならば我が軍と連携し、西部戦線に向かおうではないか?」

ジョルジュ

「ふむ、ではこの話を他の貴族にも伝えて頂けるかな?今回の戦で恩賞を得る事が出来ず、不満に思っている方々が良い。兵力のある貴族より、寡兵でも多くの貴族が連携出来た方が良いので宜しく」

ゲオルグ

「うむうむ。よ〜し分かった!正義の為、帝国の為に頑張るぞ〜!」

M L

 ヨッヘンバッハと別れた直後にジョルジュの下にカノンが現れた。

ジョルジュ

「何の用だ?任務は与えた筈だが?」

◇カノン

「はい、早速御報告にあがりました」

ジョルジュ

「何っ!やけに早いな、で?」

◇カノン

「はい、デラ・クレア暗殺の実行者を追跡した処、帝都に辿り着きました。私の追跡を振り切るのを鑑みますに【宰相】の息が掛かった者と思われます。この度のグラナダ王室継承者問題で内務省と外務省では意見が割れていた様なので、かなり内密な行動であったと思われます。これは予想の域を出ませんが、恐らく暗殺実行にはエースキラーが当たったものと思われます」

ジョルジュ

「何だと!!あの暗殺部隊がか…余程の知られてはいけない事があったのだな…」

◇カノン

「はい。ですが今の段階であまりこの件に深く関与すると多くの敵を作り兼ねません。真相を探る事は私一人で十分ですが、全ての敵から貴方様を護る事は出来ません。ここは気付かぬ振りをして暫くは置いておくのが得策と存じます」

ジョルジュ

「…悔しいが仕方あるまいな。分かった、此処は馬鹿の振りをして捨ておこう。だが、いずれ究明して突き止めてやる。カノン、俺に着いて来い。俺の部隊を見せてやる。やがて帝国中を震撼させる俺の宝だ!全てを捨てたこの俺が、自由を得て始めて得た至宝を以て飛躍する!我が人生が歴史を創る!人より一つ多い、貴様のその三つ目をしっかと見開いて、我が生き様を凝視しろ!」

M L

 戦は終わった、夏を前にして。辺境の反乱は皇帝の登場で治まり、その偉業が新たに史書に書き記された。多少の犠牲も混乱も、その全ては偉業と呼ばれる演出で掻き消され、平穏無事に過ぎて行く。大いなる帝国の常であり、勝者の歴史が綴られる。
 しかし、いつもとは違っていた。未だ知られざる英雄達の蠢動が、形無いまま現れいでて聞こえて来る。辺境の、然程重要でもないこの土地とこの事件が、後に大きく関与してくる。

 【
帝国】はやがて訪れるであろう混沌の足音を聞く事になる…尤もその足音に気付いている者は未だ少ない…やがて満たされるであろう、この微かな震えに… …続く

[ 続く ]


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