〜 Hero (King of Kings)
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 人生の達人 

キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
要塞消滅(プロローグ:予兆と蠢動、そして始まり)後編


 殺風景な寝所、装飾調度品の類はなく、代わりに上等な金属鎧が一式、美しく磨かれた一振りの剣に小さな王錫。寝台の天蓋から垂れるカーテンの向こうから何とも華奢なシルエット。甘い香りだけが仄かに漂い、石畳を覆う。
 ノックの音。寝台から秀麗で透き通る天使の如き声で入室を促す。ノックの主が静かに扉を開ける。均整のとれた体躯に色素の薄い金髪、トルマリンの如き瞳は様々な色合いを投げ掛ける。
「とうとう、攻めて参りました」
 ゆっくりとシルエットは動き、カーテンの隙間からそのか細い指先を露にし、
「お行きなさい」
 軽やかにその金髪を弾かせ振り返り、
「お任せ下さいますよう。必ずやお方様の御悲願、果たしてご覧に入れましょうや」
 体躯は僅かに紅潮し、血管は浮き出、筋肉の一筋一筋迄露にし、部屋を後にする。影も残さずに。



 戦は予期せぬ形で始まった。元帥を向かい入れた諸貴族連合は野営地をよりグラナダ要塞近くへ移動の際、一部の貴族が偵察と称し、部隊の一部を先行させた処、敵偵察部隊と交戦を開始、済し崩し的に戦闘が始まった。
 小規模な戦ですぐに敵偵察部隊は引いたが、血の気の多い一部の貴族が深追いし、城塞から矢弾を射かけられ犠牲者を多数出した。ボンボラーダ男爵は深手を被い、指揮を執るのに支障をきたした。
 野営地を建設し、ボンボラーダの私軍は元帥直下として配置された。指揮系統の乱れ、と云うより貴族の独断的な判断がいきなりの敗戦を招き、元帥は機嫌を損ねていた。デイドラ男爵、ジュラン男爵、アドモ男爵、ノルトゲイヴ子爵ら戦闘を招いた貴族を呼び付けると、彼らから軍規違反金を徴収した上に思い切り殴りつけた。
 これを切っ掛けに貴族達の間では親元帥派と反元帥派が露になった。反元帥派はストレイトス公爵を筆頭にグィーナパス侯爵、オットールタック侯爵、ドブロッゾ伯爵、ミストクライン伯爵、ディマジオ子爵、ノルトゲイヴ子爵、ゲバダン男爵、ヴェイド男爵、ボンボラーダ男爵、デイドラ男爵、ジュラン男爵、アドモ男爵、ピーピーボギン男爵、ウモ男爵、そしてヨッヘンバッハ男爵らで、彼らは『
16方位義爵連盟』を結成し、形的に元帥麾下にありながらも、第27軍団との連携を独自に行う独立軍議を持つ事にしたのだった。



M L

 初戦敗戦から三日目早朝、諸貴族連合の野営地(現在、こちらが大本営)の元帥宿舎で小さな軍議が開かれていた。
 ここに居るのは元帥、その
副官パスカヴァル、参謀のカールとシヴァ、そしてジョルジュの五名であった。元帥の機嫌は頗る悪く、重い空気が漂っている。軍議として集められてはいたが、もう長い事沈黙が続いている。元帥は机に足を放り出し、天を仰いだまま。

ジョルジュ

 一歩前に歩み出て、
「閣下、野営地の仮設は終了致しました。今日からでも戦闘に入れる状態にありますが、如何いたしましょうか?」

◇シヴァ

「それよりもだ、ジョルジュ殿。要塞を四方八方から攻め入る君の案では野営地建設がしばしばとなる訳だが、先の貴族共の独断を鑑みるに、見直した方が良いのではあるまいか?又、先走る連中が現れないとも限らない」

ジョルジュ

「貴族共は軍規を守らせるべく、より厳格な態度で接すれば良いだけの事。厳罰なり、違約金増額なり、指揮権没収なりを駆使すれば問題はないでしょう」

◇カール

「しかしだね君。貴族の間では我々に異を唱える連中迄現れていると聞く。更に度々、野営地建設ともなれば資金的にも厳しくなりましょう。取り返しのつかなくなる前に再検討の必要があるのではあるまいかな?」

ジョルジュ

「資金調達は貴方の役目でしょう。端から無理であったのならば作戦協議の際に云うのが筋であろう?やってみて出来ないではお話になりませんな」

◇カール

「君は分かっておらんのかね?此処辺境での資金調達が如何に難しいものであるかを全く理解しておらん様だね。やたらに浪費されては幾らあってもたまらんのだよ」

◇ドーベルム

 放り出した足の踵で机をガンガンと叩きながらゆっくりと話し出す。
「ごちゃごちゃうるせぇ〜な、お前ぇら。俺が気に喰わねぇ〜のは、勝手にヤり出した事でも負けた事でもねぇ〜の!つまんねぇ〜小競り合いで火蓋を切っちまった事がムカツくだけだよ。ど〜すりゃ面白くなるか考えてるだけだぜぇ〜、俺はよ〜」

◇パスカヴァル

「では閣下、こうしてみては如何でしょうか?我々を無視した罰として貴族共だけで要塞に攻め込ませるというのは?」

ジョルジュ

「何を申されているのです、パスカヴァル殿。無駄に兵力を損なうだけで全く意味のない事です。貴族共への厳罰は軍規を改め施行すれば良いだけの事。戦略戦術に則らない指示は、無闇に反感を増長させるだけに留まらず、我らも危うきに追いやられますぞ」

◇ドーベルム

「うんうん、悪かねぇ〜なぁ、パスカヴァル。だが、まだ今一つ面白みに欠けんだよなぁ〜」

◇カール

「閣下。失礼ではありますが、これはジョルジュ殿の云う通りに御座いますぞ」

◇ドーベルム

「よっしゃ、ならこぅしよ〜ぜ。貴族共の私軍を各々バラバラに要塞に攻め込ませよ〜ぜ。功績挙げた奴にゃ〜褒美やって、しくじった奴から〜軍権取り上げよぅぜ!」

ジョルジュ

「なっ!!何をおっしゃっておられるのですか閣下!貴族の私兵は大隊から連隊規模が殆どです。各々統制なく要塞攻略に等当てさせたら犬死にさせる様なものですぞ!」

◇ドーベルム

「おもしれぇ〜じゃねぇ〜か!ピンチの中だったら奴らもギャンギャン文句云わねぇ〜だろぅし、変に見栄なんぞ張れねぇ〜だろぅしなぁ。もしかしたら、すんげぇ頑張るかもしんねぇぞ〜?ワーッハッハッハッ!!」

ジョルジュ

「断じて反対です!!その様な理に適わぬ戦い方、何の意味も持ちません!断じて反対申し上げます!!」

◇ドーベルム

「つまんねぇ〜事云うなよ〜、ジョルジュぅ〜。戦に理もへったくれもありゃしねぇ〜ぜぇ!なぁ、パスカヴァルよ〜」

ジョルジュ

「断固反対致します!!元々、兵力で劣っている我々は、例え貴族共の私軍とて有効的に用いるべきなのです。閣下の御意見はまともな用兵とは考えられません!」

◇ドーベルム

「まともな用兵なんざ、端からする気はねぇ〜よ!おもろけりゃいぃ〜の!」

ジョルジュ

「軍法会議に挙げますぞ、その様な愚挙に及べば!」

◇ドーベルム

「うっるせぇなぁ〜!元帥府から来てんだから軍法会議もクソもねぇ〜だろ?軍務省に掛け合うってか?スウェーデンボルグのとこ迄話行く頃にゃ〜、こんな戦、終わっとるぜぇ〜」

ジョルジュ

「…お好きになさい!最早、私は知りません!」

◇ドーベルム

「ハッハー、好きにするぜぇ〜ぃ!お前も仕事しろよ〜、元帥府付の参謀なんだからよ〜!」

M L

 遅めの朝食を取っていたヨッヘンバッハの宿舎に慌てた様子でジナモンがやって来た。いつもの様に練兵場で訓練していた処、伝令の内容に驚き、急いでやって来たのであった。

ゲオルグ

「騒々しい!何を慌てておるのだね、我が友ジナモンよ?食事中は邪魔しないで貰いたいものだな〜」

ジナモン

「何を呑気な事云ってるんだ男爵!大変だぞ、あんた知ってんのか?」

ゲオルグ

「あぁ、俺は何だって知っておるぞ〜。で、何をだね?」

ジナモン

「…今さっき聞いたんだが、要塞への攻撃を貴族軍だけでやる事になったんだぞ!」

ゲオルグ

「はて?別に良いではないか。元々、聞いておった作戦では元帥が率いるとか云っておったが、奴の子飼いは二千ちょいだろ?主力となるのは我々、貴族連合軍じゃないか。何も変わらんよ」

ジナモン

「違う違う!貴族軍各々各自で攻め入れ、って命令らしい。成果は各貴族軍毎に査定されるらしい」

ゲオルグ

「ふ〜、それが何か問題でも?元々、軍の功績は各々によって定められるのだから関係ないだろうに?それにうちには俺が見込んだ軍師イシュタルがおるではないか」

ジナモン

「イシュタル殿は北部辺境軍団の方に行ったままだろう!それに上からの命令がなけりゃ、他の貴族達と連携取れないじゃないか!」

ゲオルグ

「む〜、確かにイシュタルがおらんのは痛いな〜。しかし、連携なら大丈夫だぞ!何せ、俺は『16方位義爵連盟』に名を連ね、“東南東位”を預かっておる」

ジナモン

「とーなんとーい?よく分からんけど、大丈夫なのか?」

ゲオルグ

「大丈夫、正義は勝つ!!と云う訳で食事中なので又、後でな。我が友よ」

ジナモン

「おいおい、いいのか?他の貴族達は鎧着込んで出立準備整えてるんだぞ!ドブロッゾ伯やデイドラ男爵はもう出発したらしいぞ」

ゲオルグ

「何と!こうしてはおれぬ。よし、俺も行くぞ!支度だ、支度しろー!!」

M L

 要塞南東方向から貴族軍が要塞目指して進軍していた。遠目で見れば要塞を目指して行軍しているので統制が取れている様にも見えるが、その実態は指揮系統が一本化されていない徒党の群れであった。
 貴族軍は帝国正規軍の軍隊構成単位に当てはめれば、各々大隊から連隊程度の規模であり、少ない訳ではないが圧倒的な兵力差がある上に難しい要塞攻略、しかも多くの貴族軍は攻城兵器を保有していない、という状況で全く以て無謀であった。
 城壁上層から雨霰の様に降り注ぐ矢弾に死傷者を闇雲に重ねるだけで城壁に辿り着く事さえまま成らない様子。多くの貴族軍が後退を余儀なくされていた。ヨッヘンバッハ軍も例に漏れず、何ら要塞攻略に有効な兵器や戦術を持ち合わせてはおらず、夕刻前には野営地に戻って来ていた。
 要塞城門に唯一、辿り着く事が出来たアドモ男爵の軍は迎撃に現れた敵精鋭部隊『グラナダの星』によって散り散りにされ、ほぼ壊滅状態となり、当のアドモ男爵も行方知れずになっていた。
 翌日も朝早くから要塞に向けて進軍するも城壁から一斉に射かけられる数千本にも及ぶ矢弾の嵐には成す術もなく、昼過ぎには全貴族軍は撤退を余儀なくされていた。
 この日も、城門迄に達する事は出来ない迄も突出して要塞近辺に進軍していたピーピーボギン男爵の軍が、やはり迎撃に現れた『グラナダの星』によって殲滅状態に追いやられ、男爵の消息は不明となった。
 次の日は要塞南方への野営地移動日に当てられ、アドモ、ピーピーボギン両男爵の残党を元帥直下に配備し直し、野営地設置に時間を費やした。
 幕僚本部宿舎のジョルジュの元にヘイルマンがやって来たのは丁度、その日を終えた夜半過ぎの事だった。

◇ヘイルマン

「密偵よりようやく情報が届きましたので御報告に上がりました」

ジョルジュ

「御苦労、で分かったかのか?」

◇ヘイルマン

「はい。まず、アドモ、ピーピーボギン両男爵は打ち取られた模様。何れも『グラナダの星』の実質的指揮官ディエゴ・ダン・サナレスによるものだそうです。ディエゴは相当な剣の達人らしく“ラ・ソンブラ(影)”と渾名される人物で、その剣捌きの速さを追える者はおらず、皆彼の影を追う事しか出来ない為、こう呼ばれているとの事です。敵の軍師はフォエイロ・フォビエラと云う人物で異邦人です。連合王国出身の雇われ軍師らしく大胆な策を講じる事で知られ、籠城を選択したのは彼の提案によるものと思われます。他に特出すべき人物は現在の『息吹永世』を軍事面で統括する将軍ダロア・アルダンデラレホ、傭兵団『雄牛の蹄』の団長ホセ・バレンサス、同じく傭兵団『墓守と手酌酒』の団長イイイ・ドンブー、凶悪なテロ組織『北部解放戦線』の実質的な指導者“斧爆弾のジェラドガイナスXYZ、と云った処でしょうか。

ジョルジュ

「…政務を取り仕切る者はおらんのか?」

◇ヘイルマン

「政務…ですか?いえ、その様な人物の情報は届いておりません。情報不足か、特出する程ではなかったのかは定かではありませんが」

ジョルジュ

「紛い也にも旧王朝の王位継承権を詐称し、独立とその支配権を主張する者が、勝つにせよ負けるにせよ、統治における政務執行者なしでは話にならんだろ?それとも只の賑やかし的な反乱か、それともやはり何者かの演出で演じて見せているだけか…」

◇ヘイルマン

「如何致しますか?情報の全てを元帥や他の参謀にもお伝え致しますか?」

ジョルジュ

「ああ、お伝えしろ…但し、サナレスの事だけは伏せておけ。何か引っ掛かる」

◇ヘイルマン

「はっ!分かりました」

ジョルジュ

 (ラ・ソンブラ…影か…)
「…ところで、“Toxic”の準備の方は進んでおるのか?」

◇ヘイルマン

「はい、着々と。御安心下さい」

ジョルジュ

「…そうか。で、“どれ”にしたんだ?」

◇ヘイルマン

「はい、“
ザ・ブライド”に」

ジョルジュ

「…なる程、“
異性”の方が巧く行く…そう云う訳か。任せたぞ!」

M L

 早朝、訃報が届いた。消息不明の両男爵の戦死の報は一気に貴族達の間を駆け巡り、憤慨する者、怯える者、落胆する者、ほくそ笑む者、何とも思わない者等思い思いの衝動を与えるに至った。
 ヨッヘンバッハの陣にも当然、その報は届いていた。

ジナモン

「信じられんな。一週間と経たずに指揮官一人が戦線離脱、二人が戦死だなんて。しかも、両男爵は一日と空けずに討たれてる。拙いんじゃないか男爵?」

ゲオルグ

「う〜む、困ったな〜。ど〜したら良いものか」

M L

 その時、部下の兵士が駆け込んで来た。手には封書が握られ、北部辺境軍団の野営地から早馬で持って来たのである。
「男爵、イシュタル様からの密書に御座います」

ゲオルグ

「むっ!どれどれ、ふむふむ、なる程。ほ〜、そうかそうか」

ジナモン

「男爵、それには一体、何て書いてあるんだ?イシュタル殿は何て?」

ゲオルグ

「うむ、他言は無用だぞ!どうやら、攻城兵器の試作が出来たらしい。試作の精度を確かめる為にも一度、これらを戦場で試す提案をイシュタルはしたらしい」

ジナモン

「試作?どういう事だ?」

ゲオルグ

「ふむ、つまり、攻城兵器各種の第一号を試作として我が軍に回す、と云う事だ。試しに使ってみて問題なければ量産する、と云う事らしいが、俺が見込んだ軍師イシュタルはガラクタ等作りはせん。つまり、他のどの部隊や軍に先んじて攻城兵器を手に入れる事が叶う訳だ」

ジナモン

「おお、本当か!?それならば、これからの戦いがし易くなるぞ!」

ゲオルグ

「三日後には試作機を搬入出来るとの事だ。今日明日戦い、明後日が野営地移動日、早ければ明々後日の戦には間に合う公算だな〜」

ジナモン

「よーし、そうと聞けば気合いが入るな!今日明日、気合いで攻めるぞ〜!!」

ゲオルグ

「…何を云っとるのだ、我が友よ?気合いなんて入れなくて良いぞ」

ジナモン

「へ?どうして?」

ゲオルグ

「下手に気合い等入れて損害を受けたら馬鹿を見るじゃないか。今日明日は傍観するだけで良い。本当は出陣も控えたい処だが、流石に他の貴族達の手前、一応出立はするが、戦う必要はない」

ジナモン

「…あんたって本当…」

ゲオルグ

「さてと、正義の為に戦いに行くとするかな〜」


M L


 要塞南方から各貴族軍は攻め上がった。移動日を挟んだ事と戦死者を出した事があるからだろうか。血気盛んに攻め上がる貴族もなく、冷静、或いは腰の引けた様な進軍であった。敵迎撃部隊との交戦も殆ど回避し、損害は微少で済んだ。
 翌日も又、同じ様な展開であった。ゆっくりとした前進と素早い後退は茶番劇宛らであり、要塞から迎撃部隊が出る事もなかった。損害も皆無に等しく、傷を負った者は“運が悪かった”と揶揄された。
 翌々日は要塞南西方向への野営地移動に宛てがわれた。要塞南方に設置した野営地同様、極めて簡素な宿営所の建設なので手間は掛からなかった。その為なのか何なのか夕食時に急遽軍議を開くとの旨があり、貴族達は元帥宿舎に呼び集められる事となった。

◇パスカヴァル

「お集り頂けましたな。それでは元帥閣下、御挨拶を」

◇ドーベルム

「おう、おめぇ〜ら!!何、グズグズ戦ってんだ、あ〜?死ぬ気でヤらねぇ〜奴ぁ、俺がブチ殺すぞ!!」

◇ストレイトス公爵

「失礼ですが、宜しいかな〜?元帥殿からの指示もなく、又、参謀諸君からの戦術案も受けていない私共が如何様に戦えとお考えかな〜?」
 青年、否、少年とも見てとれる外見。しかしその実、齢100歳を遥かに超える面妖なる公爵。他の貴族達も一目置く存在。

◇ドーベルム

「馬鹿野郎ぉ〜!!そんなもん、てめぇ〜で考えろ!っつ〜か、考える暇があったら死に物狂いで戦いやがれ!!」

◇ドブロッゾ

「と申されても、我々から見れば元帥閣下の方こそ、やる気をお見受け出来ないのだが如何なのですかな?」

◇ドーベルム

「あぁ?なら、明日から俺らも出てやる!ただ〜し、お前らが前衛、俺の部隊は後衛だ!敵と当たって逃げ帰って来た奴らは俺の部隊が駆逐する。俺が後退の合図を出す迄、お前らは自陣に戻れない。勝手に後退した奴もブッ潰す!分かったな、以上!!」

ゲオルグ

「ちょ、ちょっと待ってくれ!明日はちょっと、届き物、と云うかそのだな…いろいろあってだ〜、明後日からにしてくれんかね?」

◇ドーベルム

「おめぇ〜、ほんとナメてんだろ?よし分かった、おめぇ〜の軍を重点的に監視してやっから覚悟しとけ!以上」

M L

 軍議の翌日、要塞南西方向からの戦闘は熾烈を極めた。朝から自陣では角笛が吹き乱れ、慌ただしい様子で出陣が促された。諸貴族の軍を前衛に配し、後方に元帥の軍が待機し、ゆっくりと進軍を開始した。城壁に程近い低い丘に元帥は陣を張り、合図の角笛で一斉に貴族軍が突撃を敢行した。
 ヨッヘンバッハの軍もその貴族軍の左翼後方にあったが、その軍装に未だ攻城兵器は見受けられなかった。

ゲオルグ

「む〜、イシュタルは何をやっておるのか!約束の期日になっても試作機が届かぬではないか!それどころか、遅れるの一言もないとは。ぬ〜」

ジナモン

「一つ気になったんだが男爵。野営地の移動の事を封書が来た時に返事したのか?」

ゲオルグ

「?否、そんな返事は返しておらんが〜…」

ジナモン

「え〜!?なら、場所移動しちまったんだから分からないだろ?前も移動した翌日に伝令が来たじゃないか!段々、軍団野営地から距離開いて来てんだからマメに連絡取らなけりゃヤバいだろ?」

ゲオルグ

「むむ〜、分かった。これから気を付けねばなるまいな〜」

M L

 前方から甲高いラッパの音が谺す。是は『グラナダの星』が迎撃に来た証。
 彼らは軽騎兵からなり迅速な展開を仕掛けて来る。貴族や帝国正規軍の用いる騎馬より一回りは小柄な彼らの馬は、小回りが利く上、思いの外タフだ。彼らは縦横無尽に疾走しながら短弓を射て、近づいては幅広で反りのきつい片刃の段平を振るい、駆け抜ける。
 貴族軍の多くは歩兵であり、指揮官や隊長クラスが騎乗する程度。速さがまるで違う。まして、貴族軍の弓が大柄な上重く、殺傷力こそあれ、彼らを捉える事が出来ないでいる。今回は元帥軍が後方に待機している為、長距離援護射撃があるものの、状況は著しく悪く、今も又、ヨッヘンンバッハ軍の前方を行軍していたジュラン男爵の私兵は掻き回されていた。

ゲオルグ

「む〜、ジュラン男爵の軍が危ない!こうなれば致し方あるまい。突撃してグラナダの連中を撃退するぞ!」

ジナモン

「よし、なら俺は敵の隊長を斬る!」

ゲオルグ

「皆の者、正義の為、このヨッヘンバッハの為、俺に続け〜!」

M L

 突然、今迄後方待機にあったヨッヘンバッハ軍が突撃を敢行した。ジュラン軍を駆け巡る様に包囲していた『グラナダの星』は一瞬、虚を付かれ転進出来ず、乱戦模様となった。乱戦ともなれば機動力が在ろうと無かろうと関係がなく、そこかしこで刃鳴りと血煙が舞う泥試合の様相を呈した。
 ジナモンは勢いよく突進し、幾人かと鍔迫り合いをした後、一際気魄の目立つ男を目の当たりにする。鞣した皮鎧は蝋で塗り固められ、肩当てからは短刀が幾つも吊り下げられている。青く染められたバンダナで顔の大半は覆われてはいるが、その瞳はトルマリンの如く様々な色合いを見せ、ジナモンの脳裏に焼き付く。鉢金には古代語が刻まれ、色素の薄い金髪が風にそよぐ。男は他の者とは違う細身で反りの少ない片刃の長刀を持つ。鍔はない。男に隙もない。

ジナモン

「何者だ、あんた?こいつらの指揮官か?」

◇サナレス

「ディエゴ!ディエゴ“ラ・ソンブラ”ダン・サナレス。“
ステラ・グラナード(星の一番)”の称号を持つ」

ジナモン

「俺の名はマーストリッヒャー・ジーン・アモン。“
ブリンク・スラスト(瞬き突きの)”ジナモンだ!」

◇サナレス

「恨みは無いが死んで貰う」

M L

 ジナモンは自慢の鋼の段平を抜き、正眼に構え、一声叫ぶ。サナレスは長刀を白鞘に収めたまま、右手で斜に構え突き出し静かに睨む。
 ジナモンの気合いの一撃、振り被らずに切っ先が撓る。左手首のみを返す電光の幹竹割り。素早く空気を切り裂く一撃は右手の支えで速さ以上の威力に満ちあふれる。しかし、鮮血が舞う事も刃鳴りさえも聞こえない。素早く態を返し、振り返るジナモン。丁度、態を入れ替えたかの様にサナレスも振り返る。

ジナモン

「出来るな、サナレス!」

◇サナレス

 斜に持つ白鞘をじわりとジナモンに向け、柄紐を解き、
「“ラ・ソンブラ”とは“
”の意。誰一人、俺の姿を追う事は出来ぬ。そなたも俺の影を追う事になろう」

M L

 ジナモンは足運びを慎重に間合いを計る。段平の切っ先はサナレスの眉間を追尾し、ぶれない。鐘木に開いた右足を軸足と並行に揃える。サナレスは思った以上に素早い、重心を深く取っていては追い付けない。
 サナレスが一歩踏み出す。間髪入れずジナモンの打ち下ろしの一撃、瞬き付く暇なく二太刀、横殴り真一文字。土煙立ち籠める刹那に擦れ違う二人。振り返り様にジナモンは大上段に構え直し、叫ぶ。サナレスも遅れて振り返ると微かな音を立て、いつの間にか柄を握った左手が鞘に近づく。
 大上段に構えた筈のジナモンの段平が力無く正眼の姿勢を維持するに留まる。見れば左上腕に一筋の赤い糸、滴る鮮血が足元に垂れ、ジナモンの影が映り込む。

ジナモン

「掠り傷だ。掛かって来い!」

◇サナレス

「俺の剣に鍔が無いのは“受け太刀”をしない故。ひとたび、抜刀すれば相手の動きを止めてみせる。そなたも又、例外ではない」

ジナモン

 (左利きか…どうりで間が取り辛い訳だ。ならば!)
「行くぞ!!」

M L

 サナレスと呼吸を合わせ、ジナモンは右へ跳ぶ。サナレスも自身の左側へ動く。急接近、ジナモンは姿勢を低く袈裟斬り。サナレスは目を見開き、鞘走らせ弾き流し、右手の鞘で打ち据える。ジナモンは右膝を落とし重心を後ろに掛け、柄頭を裏拳に乗せ、振り返り様にサナレスの鞘を打ち止める。サナレスは圧の掛かった鞘から右手を放し、瞬時に左腰に帯びた短剣を抜き様に逆袈裟。ジナモンの右肩から迸る血飛沫。
 両腕に力が入らない。左右に剣を構え、腰元に下げて開き、膝を付くジナモンを見下ろすはサナレス。

◇サナレス

「苦痛は与えぬ。さらばだ」
 高く掲げた二刀が頭上でX字を描く。

ゲオルグ

「待て待て待て〜い!俺が相手だー!!」

M L

 純白の刀身に血糊を付け、ヨッヘンバッハが躍り入る。その剣は“白の女神”を司る聖なる刃、尤も今は未だ力はないが、本来の機能は十二分。小枝でも振り回す様に剣を振るい、ジナモンの処へ駆け寄る。その後ろからは数人の部下が槍や剣を携え、付き従う。

◇サナレス

「命拾いしたな…再び相見えるその時迄、その命預けておこうぞ」
 白鞘の組紐に爪先を引っ掛け弾き上げると、長刀を収め、振り返り様、駿馬に駆け跳び、去り抜ける。

ゲオルグ

「待て待てー!臆したか小悪党めが〜。大丈夫かね、我が友よ」

M L

 戦が終結したのは夕暮れ近くの頃であった。傷を負ったジナモンは一足先に陣に運ばれていたが、ヨッヘンバッハ軍は初戦の勝利で士気を高め、果敢に戦った。“グラナダの星”を追い、城壁近く迄攻め入ると落とし穴に嵌り、更に包囲されたもののドブロッゾ伯、ノルトゲイヴ子爵、シラナー男爵、パープルワンズ侯らに救われ、多少の犠牲を出したものの退却は適った。ヨッヘンバッハは無傷であったが、助け出したジュラン男爵の方は片足片目を失い、戦闘不能に陥っていた。
 野営地に戻った元帥は頗る上機嫌であった。今迄の戦闘で最も激しく、多少の戦果も上がっていた。但し、その分貴族軍の損害も少なからずあり、ジュラン男爵とランドナ男爵の兵は元帥直下に配属される事となった。
 幕僚宿舎では参謀達が集まり、戦果報告をまとめていた。

◇カール

「…酷い有様ですな…」

◇シヴァ

「一部の貴族共は祝勝会らしきものを挙げているとか?敵の首級も上げぬまま、多少まともに戦っただけで勝ったつもりとは片腹痛い。損害は我々の方が大きい」

◇カール

「閣下がこの様に貴族共へ威圧指示をし続け、今日の様な戦い方を繰り返せば、一月と経たずに貴族軍は霧散するであろう」

ジョルジュ

「放っておいても平気でしょう。元帥の遣り方には納得いかない処か憤りさえ覚えるが、図らずしも元帥自ら出陣する様になれば本来の“カルテット・ディストラクション”を取り戻す。その証拠に敵迎撃部隊も深追いして来ておりますしな」

◇シヴァ

「何を云っておるか?貴族共を犬死にさせるこの闇雲な突撃を閣下が選択なされた時点で君の戦略は狂ってしまっておるのだよ」

◇カール

「ジョルジョ殿だけでなく、私達もですぞ、シヴァ殿。この愚かな用兵を続け、要塞攻略の糸口を失えば、元帥諸共、我々は処罰される事になる。何とか打開策を打たねば!否、何とか責任を逃れねば」

ジョルジュ

「…然様ですか。しかし、勝てば良い。勝てば如何様にでもなる」

◇カール

「しかし、しかし策を講じねば!」

ジョルジュ

「御安心なさいませ参謀長殿。既に手は打っておりますれば」

◇カール

「何と!?してどの様な…?」

M L

 夜明け前、伝令がヨッヘンバッハの元に訪れた。例の封書を手にしている。
「男爵、イシュタル様からの密書に御座います」

ゲオルグ

「ふむふむ、なる程。搬入が遅れ、今日の夕刻過ぎとなるのか〜。まぁ、仕方あるまいな。ジナモンも養生させねばなるまいし、今日の戦は後方待機でお茶濁しだな。お!そうだ、君は戻ってイシュタルに伝え給え。俺達は野営地を数日おきに移動しながら戦っておるので、そちらから斥候を出し、よく確認する由と」

M L

 この日の戦いも元帥は満足行くものであった。ヨッヘンバッハ軍は昨日とは打って変わってもの静かであったが、代わりにゲバダン、ヴェイド、アロボレスト、ミュンヒスト男爵らの攻勢が戦を活気付けていた。アンノスポデス子爵の軍は壊滅したが、元帥預かりとなっていた各貴族の私兵をまとめ、その指揮権を子爵に譲渡した。
 野営地に戻ったヨッヘンバッハ軍の宿舎近くには、既に攻城兵器の数々が届いていた。真新しい複数種の攻城兵器が一式づつ揃って並べられていた。男爵軍の規模から考えて多くも少なくもない、丁度良い数でイシュタル自身による使用解説書も添付されていた。明日は要塞西方への野営地移動日に宛てがわれているので、解説書を読むのに十分であった。尤も完全に上手く利用出来るか否かは使ってみてからの話であったが、取り敢えず要塞攻略の糸口ともなる新兵器を携えるに至ったのは男爵軍にとって幸運であった。
 翌日、要塞西方への行軍となった。この位置に野営地を敷く事で辺境軍団野営地と丁度、反対の場所となり、今迄の野営地を含めれば東から南回りの西までをこれから自由に行軍出来る事になる。つまり、南方からの進軍は何時でも何処からでも行う事が出来るのである。もし、各野営地に割くだけの兵力があれば半包囲が成された事を意味している。但し、兵力は乏しく、今の処、要塞側に際立った損失を与えていないのが現実であった。
 野営地設置が終わって夕刻遅くに参謀達は元帥に呼び出された。

◇ドーベルム

「おう、お前ら。今日はちと大事な話があって呼んだ迄よ」

◇カール

「如何なさいましたか、閣下?」

◇ドーベルム

「実はだな〜、思う様に戦果が上がってねぇ〜のよ。まぁ、貴族共は戦の素人だからしょ〜がねぇんだけどよ。んでだ、お前ら奴らに従軍してやってくれや」

ジョルジュ

「今更何ですと!?我々が貴族共の従軍参謀ですと?」

◇ドーベルム

「しょ〜がねぇーだろぅ?奴らにゃ〜、碌な軍師が付いていねぇんだからよ〜」

◇カール

「しかし我らは元帥府直下第一統合幕僚本部付の参謀ですぞ!貴族共の従軍参謀とは余りにもご無体な…」

◇ドーベルム

「バ〜カ!俺がいいっつってんだか、いいに決まってるだろ?文句あんのか?」

ジョルジュ

「…それで配置はどうなさるおつもりですか?」

◇ドーベルム

「え〜となぁ、先ずカールはドブロッゾのとこな〜。あいつ血気盛んで勇猛だから知恵者置けばもっと戦果上げんだろぅからよ。んで、ジョルジュはヨッヘンバッハのとこな〜。あいつんとこに昨日、攻城兵器届いててよ〜、何でもイシュタルの奴が試運転させたいんだとよ。攻城兵器作れって云ったのお前だから丁度いいだろ?」

ジョルジュ

「ヨッヘンバッハの処ですか…それでシヴァ殿は?」

◇ドーベルム

「あ?あぁ、シヴァには残って貰うぜ。参謀全員回しちまったら俺が困んじゃねぇ〜かよ。それに貴族共に参謀を付けろって提案したのはシヴァだからよ〜」

ジョルジュ

「…然様ですか…相分かりますれば、これにて失礼!」
 元帥宿舎を静かに後にした。冷たい怒りの焔をその瞳に携えて。

M L

 翌朝、起床の角笛に起こされたヨッヘンバッハは支度を早々に済ませると宿舎脇に置かれたの攻城兵器を見に行った。秘密兵器と云っても過言ではない攻城兵器を用いて戦える事に心躍らせていた。
 その攻城兵器置き場には先客がいた。参謀ジョルジュである。解説書を読みながら兵器を弄っていた。

ゲオルグ

「むっ!何故、君が此処におるのかね?これは俺の兵器だぞ」

ジョルジュ

「お早う、男爵。云っておくが、この兵器は君のではない。帝国軍の所有物だよ。君は正規軍に先んじて預かっているだけに過ぎない。試しに使用してみて報告をせねばならないんだろ?故に私が参った訳だ。暫くは君とその軍に従軍するので宜しく」

ゲオルグ

「む〜、だが使用許可は俺が下す!いいな?」

ジョルジュ

「構わないさ。但し、軍の戦術展開及び用兵使役は私に任せて頂く。宜しいかな?」

ゲオルグ

「指揮官は俺だぞ!」

ジョルジュ

「分かっているとも。君が指揮官だ。私は戦術顧問に過ぎない」

ゲオルグ

「うむ、それならば善し。正義の為、このヨッヘンバッハの為に頑張るのだぞ〜!」

ジョルジュ

「フッ、帝国の為、勝利の為に働こう、此度だけはな」

M L

 要塞西側からの進軍、ヨッヘンバッハ軍は中央中程に配されていた。今日から参謀による指揮統制が取られ、全体像はシヴァが取り仕切っていた。中央に配置された貴族の面々を見ると、その中核は『16方位義爵連盟』が成していた。何とも分かり易い配し方であった。
 ヨッヘンバッハ軍は『16方位義爵連盟』と連携を取り、城壁近く迄行軍し、陣を敷くと、いよいよ攻城兵器を使用した。攻城用投擲兵器を用いて要塞城門打撃を与えると明らかに城壁上層に配備された敵兵に動揺の色が見て取れた。
 これを機にオットールタック侯とウモ男爵は城門に突撃を敢行した。敵の矢弾が飛んで来ない隙を付いての行動であった。しかし、事態は思わぬ展開を示した。城門は敵勢によって開かれるや否や、敵の大軍勢が姿を現したのであった。今迄の遊撃的な迎撃とは明らかに異なり、諸貴族連合と元帥軍を凌ぐ程の兵力が姿を現した。
 『グラナダの星』の騎兵が先行していたオットールタック候とウモ男爵の軍の後退いを妨げ、『息吹永世』本隊が一斉射撃を射掛けた。無惨に射抜かれる軍を救うべくヴェイド男爵とグィーナパス候、デイドラ男爵らが突撃を仕掛けた。敵本隊の左翼と右翼が迎え打ちに迫り、戦闘が始まった。

ゲオルグ

「どうすれば良いのだ、ジョルジュ?攻めるか?」

ジョルジュ

「…既に我が部隊は先行している。このまま攻撃をすれば混戦が予想され、小規模な我々が巻き込まれれば壊滅は免れないであろう」

ゲオルグ

「では一体、どうすれば?」

ジョルジュ

「全ての攻城投擲兵器と弓を射掛けるがよい」

ゲオルグ

「な、何を馬鹿な!オットールタック、グィーナパス両侯爵にウモ、デイドラ両男爵が居るのだぞ!その様な事、許されはしない!」

ジョルジュ

「フンッ!なら好きにするがいい。俺は引く!!」
 (…どいつもこいつも…)

ゲオルグ

「ちょ、ちょっと待てジョルジュ、待ち給え!くっ、引けぃ、引けぇ〜い!!」

M L

 惨敗であった。元帥軍の奮闘で後半巻き返したものの、貴族軍の損害は甚大であった。今日一日の戦いで貴族の戦死者は5名に及び、兵の死傷者は二千名に及んだ。
 野営地迄引いたものの、火を放って放棄し、更に8マイル後方に新たな野営地を設置した。夜半近く迄掛かり設置した野営地で休む暇なく、参謀達は元帥に呼び集められた。

◇ドーベルム

「このボケ共!!何してんだてめぇ〜ら!俺らの作戦バレてんじゃんねぇのか?」

ジョルジュ

「…それはそうでしょう。これ程規則正しく野営地の移動と攻撃を行えば、我々の次の行動が見透かされるは必然です。まして、辺境軍団から真逆に位置するこの西側の予測をしておれば、援軍の無い孤立無援の我々を叩くのは雑作もない事」

◇ドーベルム

「あぁ?誰が惨敗を分析しろっつった?おめぇ、さっさと軍を後退させやがって。土手っ腹剥き出しにされて突っ込まれたから戦況崩れたじゃねぇ〜かよ!」

ジョルジュ

「フンッ!何を馬鹿な…私は敵味方の区別なく全弾一斉射撃を提示したが“あやつ”が他愛無ない情に絆され従わなかっただけの事。況して、大隊程度の貴族の私兵一つで戦況が転ずるものでもない。云い掛かりは止めて頂こう」

◇ドーベルム

「てめぇ〜、いつからそんなでけぇ〜口叩くよーになったんだ、あぁ〜?」

ジョルジュ

「フッ、最早お前は司令官としては失格だ!この戦は俺一人の力で勝ってやる!」

◇ドーベルム

「あぁ?“トクシック”とか云うヤツでか〜?」

ジョルジュ

「…何故それを…」

◇ドーベルム

「ハァ〜ッ!!シヴァから聞いておるわ!」

ジョルジュ

 (チッ!この屑共が…)
「戦が終わる迄は従ってやる!だが、それで終わりだ」

M L

 真夜中、馬の嘶きで目を覚ます。
「男爵、イシュタル様からの密書とお届け物に御座います」

ゲオルグ

 フワ〜ッ、と大あくびをしながら、
「ふむふむ、“連弩”とな?何々、予めクォラルをセットしておくと連射出来る弩とな!?ほほ〜、これはこれは素晴らしい。流石は俺が見込んだ軍師イシュタルよの〜」

M L

 静まり返った夜更け、時折、痛みに悶える兵士の声が天に谺す。自分の宿舎にヘイルマンを呼び寄せたジョルジュは、珍しく弓の手入れをしていた。

◇ヘイルマン

「お呼びでしょうか、ジョルジュ様」

ジョルジュ

「休んでいた処をすまない。実は“Toxic”を早めたい」

◇ヘイルマン

「何と!今暫くお時間を頂きとう存じ上げます。せめて後三、否、二週間!」

ジョルジュ

「今直ぐにと云う訳ではない。次の戦、次にドーベルム自ら指揮を執るその日に仕込めればそれで良い」

◇ヘイルマン

「次の戦…に御座いますか…」

ジョルジュ

「此度の戦の爪痕は思いの外大きい。しかし、ドーベルムの性格上、敵の首級一つも挙げずに辺境軍団と合流する筈もない。負傷者の傷が多少也と癒えるのを待ち、決戦を挑むだろう。早ければ一週間以内になる。その時に“Toxic”を打ちたい」

◇ヘイルマン

「何故、お焦りなさいますかジョルジュ様」

ジョルジュ

「…ドーベルムは何かを待っている…俺の立案を採択した様に見せて実は違う。定期的な行軍と要塞南方一帯に築いた野営地は、俺の案とは微妙に違う」

◇ヘイルマン

「待っているとは、一体何を…?」

ジョルジュ

「分からん…援軍か何かかも知れぬ…俺の立案とイシュタル、他二人の参謀との作戦で決定的に違う箇所がある。分かるか、ヘイルマン?」

◇ヘイルマン

「…何で御座いましょうや…戦闘範囲が広い事でしょうか?兵力分散で御座いましょうか…私には分かり兼ねます」

ジョルジュ

「俺の案と他の者の案で決定的に違うのは、戦の序盤で損害を被る軍だ…つまり、俺の案は元帥が配置を指示する限りに於いて、被害は貴族軍のみ、と云う訳だ。帝国正規軍に被害はなく、負けても帝国の威信は傷付かない。序盤戦が終わる頃に何かが起こる。そして、それはもう間もなくだろう…ヘイルマン!次に元帥が指揮を執る戦で“Toxic”を放て!」

◇ヘイルマン

「…御意」

M L

 あれから二日が過ぎた。仮設の野営地には物見櫓が設置され、要塞方面を隈無く警戒している。その物見櫓を遠目に剣を振るうはジナモン。もうすっかり傷は癒え、練兵場で熱心に剣を振るう。
 そこへ珍しい来訪者、ジョルジュであった。

ジナモン

「珍しいな、あんたがこんな処に来るなんて」

ジョルジュ

「…ジナモン君…でしたかね。別に珍しい事ではありませんよ。自軍の兵士の練度を見る、是も参謀の仕事なのですよ。それよりも傷の方はもう大丈夫かね?」

ジナモン

「…ああ、大丈夫だ。腱に迄は達していないからもう完治したよ」

ジョルジュ

「それは良かった…ところで、君が戦ったと云う者について詳しく聞かせてくれまいか?」

ジナモン

「…ああ、サナレスの事か。構わん、話そう」

M L

 更に二日が過ぎた処で野営地が慌ただしくなる。物見櫓から鐘が打ち鳴らされ、又、北北東から狼煙が上がった。明らかな異常事態。直ぐに事態は判明する。
 敵の大軍勢がこちらに向けて進軍して来ているのであった。北方の狼煙は斥候部隊からのものだが、援軍にはとても間に合いそうもない。大軍勢の戦闘を切って向かって来るのは傭兵団“雄牛の蹄”であった。
 元帥は早急に迎撃の指示を出し、パープルワンズ候、ミストクライン伯、ストレイトス公、シラナー男爵、
カレビス男爵を差し向けた。今迄の休息期間に攻城兵器がそれなりに納入され、要塞攻略には準備が整って来てはいたが、野戦においてはそれ程効果を現さないと思われた。それでも軽カタパルトやバリスタ、短槍射出機は役立つ様に思われた。
 ヨッヘンバッハ軍も準備を整えるとドブロッゾ伯の軍と共に南東方向に繰り出し、雄牛の蹄傭兵団の側面を突く様行軍した。しかし、攻城兵器を運搬しながらの行軍は極めて遅く、先行していた斥候部隊が雄牛の蹄傭兵団の後方に寄り添う様に進軍して来る“墓守と手酌酒”傭兵団を発見した時には、逆に半包囲される状況下に陥ってしまった。ヨッヘンバッハ軍の後を追う様に出立したノルトゲイヴ子爵とバーグ男爵は未だ大分後方にあり、何とかこの二つの傭兵団の半包囲に耐えなくてはならない状態となった。

ゲオルグ

「どうすれば良いのだ〜、ジョルジュ〜!」

ジョルジュ

「先ずは落ち着け!敵両傭兵団は我が方とドブロッゾ軍の二倍以上の兵力だ。軽カタパルトとバリスタを敵本陣に射掛けろ。乱戦となったら兵器は捨て、指揮官目掛けて突撃し、そのまま北側へ抜ける。この際、被害は考えず、切り抜ける事だけ考えろ」

M L

 圧倒的な兵力差により東西を固められ、ドブロッゾ、ヨッヘンバッハ両軍は袋の鼠と化していた。速射困難で機動性の乏しい攻城兵器をいよいよ諦め、突撃の時が迫って来た。

ジナモン

「俺が戦闘で道を開ける!男爵と参謀は援護を頼む!」

M L

 ジナモンの切っ先が振り下ろされるや、敵の額は割れ、腕は飛び、人壁が崩れる。ヨッヘンバッハの重い一撃は敵の楯毎腕の骨と肋骨を砕き、ジナモンに続く。その後方から眉間目掛けて正確に弓を射るジョルジュ。更に情報部隊の一団が続き、ヨッヘンバッハの兵がその後を追う。
 猛烈な勢いで先頭を行くジナモンは突出し、いつしか敵本隊の真っ只中に踏み入っていた。墓守と手酌酒傭兵団の団長イイイ・ドンブーは巨大な鎚鉾を小枝の様に振り回し、数人の護衛と共にジナモンに襲い掛かる。ジナモンは素早く身を躱して一人、又一人を斬り、団長には目もくれず脇を駆け抜けた。他の護衛が追い縋るが一突きで絶命せしめ、距離を取って振り返る。
 大分後ろから白刃を振り回すヨッヘンバッハの姿が見える。ヨッヘンバッハは団長ドンブーの姿を見ると、突然、挑み掛かった。

ゲオルグ

「己が悪党の大将だな〜!我が名はゲオルグ・ヨッヘンバッハ男爵!“白の女神”の神官にして天翔る戦士。いざ、尋常に勝負!!」

◇ドンブー

 金属の棘が無数に付いたその巨大な鎚鉾を軽々と振り回しながら、
「ぶ、ぶ、ぶぶ、ぶぶぶぶぶぶっ、ブッ殺ォーす!!!」

M L

 パワーファイター同士の戦いは壮絶であった。白の剣は鎚鉾とぶつかる度に火花をあげ、嫌な音を立てた。薙いだ切っ先がドンブーの面頬を吹き飛ばすと、今度は振るった鎚鉾が男爵の盾を砕き飛ばす。骨に迄響く衝撃。力自慢の対決では剣より棍棒に分がある様子。それでも男爵の刃は団長の籠手を砕き、十分な威力を誇っている。
 団長の護衛が二人に近づき、槍で男爵の脇腹を突き刺す。男爵は突き立てられた槍を握り、片腕で護衛を持ち上げ吹き飛ばす。しかし、その時に鈍痛が左肩に走る。ドンブーの鎚鉾が左肩にめり込んでいる。更に近くにいた護衛が短刀で男爵の胸を切り裂く。周囲はすっかり傭兵団の男達に囲まれていた。

ゲオルグ

「グワ〜ッ!!誰か助けろ〜!!」

M L

 ヒュッ、ヒュッ、ヒュン!風を切り裂く音がする度、傭兵達が無言で倒れる。頸動脈、眉間、口蓋、喉元、次々と矢で射抜かれる護衛達。後方からジョルジュが弓を射掛けていた。護衛が倒れ、隙間が出来た瞬間、猛烈なスピードで突進して来たジナモンが鋼の刃を翻し、別の護衛の首を刎ねる。

◇ドンブー

 涎を撒き散らしながら、
「み、み、みみ、みみみみみみっ、皆殺しだァーッ!!!」

ジナモン

「“ブリンク・スラスト”ジナモン、参る!」

M L

 団長の豪壮な一撃を軽やかに躱し、目にも止まらぬ突きを繰り出す。野性的な感からなのか、獲物の太さも功を奏してジナモンの突きは鎚鉾の金属棘に阻まれる。阻んだままその膂力で振り回すがジナモンはステップして横に重心をずらし、跳び上がる。ドンブーも鎚鉾の先端で突きを繰り出す。真下に振り下ろす峻烈な幹竹割り。突き出した鎚鉾を縦に割り、ドンブーの眉間からドス黒い血が吹き出す。
「グオォォォォォーッ!!!」
 眉間から血霧を上げながら、鎚鉾を思い切り振り被る。ジナモンは間髪入れず右腕を真横に薙ぎ払い、その遠心力でドンブーに背を向け、男爵に向き直る。
「ゴ、ゴボッ、ゴボゴボゴボッ」
 喉元から延髄に至る迄の致命の一撃。口から血の泡を吹き、次いで喉からパッと鮮血が舞うと、もんどりうって団長は倒れた。
「う、うぉ〜!」
 その光景を見ていた幾人かの護衛が雄叫びを上げて向かって来たが、此処ぞとばかりに男爵は“連弩”を構え、瞬く間に矢を打ち出し、護衛を串刺しにした。
「うわぁ〜!?」
 数名の逃亡が周囲に伝播すると、士気は一気に低下し、墓守と手酌酒傭兵団は蜘蛛の子を散らす様に逃亡し始めた。

ゲオルグ

「むっ!今なら殲滅出来るのではないか〜!」

ジョルジュ

「止めておけ。今は切り抜ける事だけを考えろ。被害を最小限に抑えれば、未だ軍として十分機能を果たす」

ジナモン

「それに男爵、あんたは手傷を負っている。今、深追いはしない方がいい!」

ゲオルグ

「むむ〜、分かった」

M L

 ヨッヘンバッハ軍は敵首領の首を上げる思わぬ幸運に助けられ、傭兵団を潰走させる事に成功した。北東方向から北周りの進軍は、ストレイトス公やパープルワンズ候等の先発隊と敵『息吹永世』本隊との戦場に鉢合わせたが、追随するドブロッゾ、ノルトゲイヴ、バーグの軍らの威容を援軍と勘違いしたのか、敵本隊は転進に転じ、先発隊の危機も救う幸運にも恵まれた。
 昼下がりには激しく短い戦いは終わり、野営地に到着していた。野営地に戻ると、そこは夥しい数の負傷者に満ち溢れ、悲嘆した溜息と痛みに泣き叫ぶ兵士の声に満ちていた。ヨッヘンバッハ軍は敵将の首を上げた事から勝ち戦の如く、喜び騒いでいたが、カートで運び込まれたドブロッゾ伯と参謀長カールの遺骸を見ると、悲観し落胆した。
 負傷者の数は3000名を超え、戦が始まって以来、戦死者及び行方不明者は2000名に上った。敗色濃厚なこの有様を見て、貴族軍の士気は前にも増して下がり、不平不満が渦巻いた。
 ジョルジュはヘイルマンを呼び出し、状況を伝えた後、静かに切り出した。

ジョルジュ

「“Toxic”は放ったか?」

◇ヘイルマン

「…はい。ですが、上手く行く保証はありません」

ジョルジュ

「“ザ・ブライド”はしくじった事がないと伝え聞く。早ければ数日以内には結果が出るだろう…それから、ヘイルマン。ディエゴ・ダン・サナレスの詳細とグラナダ王室の情報を調べてくれ。前者は騎士団領、後者は…グライアス王国経由…でだ」

◇ヘイルマン

「…はい。暫くお時間掛かりますが、それでも宜しければ…」

ジョルジュ

「ああ、構わない。戦が終わる、その前であればな…」

M L

 翌日は休息日となった。兵達の疲労はピークに達し、野営地は妙に静かであった。元帥は軍議を開き、現状を考えて辺境軍団と合流する事を決意し、その旨を告げた。昨日の様な襲撃を避ける為にも長居はせず、明日出立し、南西、南、南東の各野営地を南周りで経由する。野営地では負傷者を考え、一日の休息してから行軍を繰り返す。従って、丁度一週間後に辺境軍団と合流する事になる。
 行軍は順調であった。途中一度、敵偵察部隊との交戦はあったが、傭兵団といえど指揮官を失った事で敵も慎重となり、迎撃を控えている様であった。予想された待ち伏せもなく、僅かの脱落者を出すに留まり、行軍と休息の繰り返しが続けられた。

 予定通りの行程で辺境軍団の野営地に到着すると、悲痛な面持ちで軍団長が迎えに現れた。半数以上の負傷者を抱える貴族軍の様相を見て、軍団長は野営地周辺の警戒を強め、軍議を提案したが、その日一日、元帥は休息を取った。
 翌日、昼前に軍議が開かれたものの、元帥は欠席し、代わりに副官のパスカヴァルが現れ、辺境軍団は引き続き攻城兵器の製造を、貴族軍には手当を命じた。貴族軍の散々たる姿を見た辺境軍団の士気は低下し、三日が過ぎた。
 ヨッヘンバッハの左肩の傷は思ったより重く、未だ癒えない。ヘイルマンからの音沙汰がないジョルジュもいらいらしながら、ジナモンと共にヨッヘンバッハ軍の練兵に当たった。
 三日目早朝、軍議が招集された。暴力的な精力を取り戻した元帥の指示は、三日後に要塞へ総攻撃を仕掛ける、と云ったものであった。軍団長は焦りながらも要求に応え、全部隊を招集した。元帥自ら練兵に当たり、仕立て上がったばかりの攻城兵器を勇壮に並び上げた二日目の夕刻には、軍団の士気はすっかり高揚していた。
 翌朝、元帥を先頭に辺境軍団、貴族全軍は要塞へ向けて進軍した。要塞を見据えるその場所で陣を敷くと角笛が吹き鳴らされた。突撃陣形が敷かれ、攻城兵器に弾丸が籠められた。要塞からはラッパの音がけたたましくなり、城門を開き、『息吹永世』本体が現れた。城壁には敵の弓兵が構え、明らかに攻撃側より兵力は勝っていた。元帥の合図で一斉に鬨の声を上げると、敵軍もそれに応えて手に手に凶器を掲げた。

ゲオルグ

「いよいよ始まるのか!」

ジナモン

「男爵、手負いのあんたは下がっていな。この戦いは激しい」

M L

 緊迫した空気に包まれた戦場。ヨッヘンバッハの陣営も例外ではない。息を潜める様に状況を見つめる。
 突然、慌ただしくなる。ジョルジュの下にヘイルマンが駆け込んで来たのだ。慌てた様子で息を荒くし、ジョルジュに報告する。
「ジョルジュ様!ジョルジュ様ぁー!!」

ジョルジュ

「らしくないな、ヘイルマン。ようやく報告に来たか」

◇ヘイルマン

「違います。南方に、南方に夥しい数の兵が…!!」

ジョルジュ

「何だと?敵か、味方か?」

M L

 膨大な、膨大な、とにかく膨大な数の兵。咽びかえる程に、南方を埋め尽くす程に、整然と、そして悠然と、太陽の輝きをその軍装で反射させながら、ゆっくりとゆっくりと行軍してくる。流れ聞こえる軍楽の音に、攻め手も守り手も暫し耳を傾け、怒気を沈め静まり帰る。
 高く高く掲げられた旗頭は風にそよぎ、どよめきが巻き起こる。10万、20万?否、30万を超える軍勢!!この軍勢は!あの旗頭は!

ジョルジュ

「…そうか…そう云う事だったのか…」

M L

 戦場を撫でる春風は、何と云うものを運んで来たのか!大地は揺れ、空気は震え、その場に居合わせる全ての者に衝撃を与える脅威!それは…       …続く

[ 続く ]


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