〜 Hero (King of Kings) 〜
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 人生の達人 

キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
太陽粛正/後編:北に乱の兆しあり!


 老将ハンダーフィルドは南の空を見つめる。

 長い人生に於いて、これ程の使命を帯びた事は無い。人生の黄昏に臨み、これ程の重圧。名将の定め、運命。大公猊下にお仕えし、この責務、武門の誉れ。神に等祈った事も無いが、これだけは感謝しよう。そして、今と云う時にフィルドで在った事を。

 老将ハンダーフィルドは南の空を見つめる。その下に広がる一千万の悲鳴を予感して…



 太陽の旅団を率いるジョルジォが戦場から8マイルに差し掛かった時、偵察から戦況を聞く。
 既に天照州本隊と元帥ブラッカン率いる帝国軍は戦端を開き、一進一退を繰り広げている。ドーベルムは期待以上に良くやっている。数で勝る天照州軍を率い、攻め手に回りたい気持ちを抑え、守勢に終始し、質で勝る帝国軍に何もさせずにいる。帝国軍は戦況打開の為に、遙か後方に配置した第13軍団を前線へ展開すべく伝令を放ったとの事。
 ジョルジォは勝利を予感した。

 その日は朝からオド(*1)が不安定だった。北方辺境荒野ならではの冷たいスコールの兆し
 ジョルジォが動く。南南東方向に行軍を開始。カノンに伝令の役を与え、本隊のドーベルムに合流する旨を告げる。但し、それは“ある作戦”の決行後の事だ。
 偵察から帝国軍の陣容を聞いたジョルジォは、奇襲を仕掛ける策を立てた。
 穿ち抜けと一騎駈け。
 敵左翼第11軍団に強襲を仕掛ける。攻城部隊からなる左翼は機動性に欠け、強襲に脆い。視覚に頼らないウルハーゲンに豪雨の中、一騎駈けを敢行させ、タルトムラを伐つ。仕損じたとしても、混戦を嫌うタルトムラであれば、立て直しを図る。突き崩せば、敵右翼第12軍団の脇腹を突く事が出来る。騎兵で構成される右翼の左側は弱点。本隊ドーベルムがこの混乱に乗じ、攻め入れば敵は総崩れとなる。

 予想通りのスコール。敵影が霞む程の雨脚の強さ。
 敵左翼は前衛と後衛とに僅かな距離を保つ。編成の違いがそうさせているのだろう。前衛から一個大隊強の一団が独立行動し、天照州本隊に突撃する。兵力を切り離したその地点に敵将はいる。
 ウルハーゲンを放つ。一直線に戦場を駈ける。影さえ残さぬその突進を止めだて出来る者等いない。豪雨に霞む敵影に僅かなたじろぎを見て取る。時を置かずに敵影から抜け出す黒い騎兵。馬上槍に串刺しとなった人影。
 敵将タルトムラを伐った!

 ジョルジォは号令する。朱に染め上げられた一団が突撃する。
 将を失った第11軍団は脆かった。元々、編成上、守勢に脆い敵左翼は、完全に分断された。
 左翼を分断した太陽の旅団は、勢いそのまま第12軍団の脇腹に突き入る。
 敵右翼が騎兵として運用されていれば、第12軍団もこの一撃で分断されていたに違いない。だが、ブラッカンの修正案を実行していた第12軍団は、騎馬歩兵としての編成に切り替えていた。左翼への奇襲を知ると下馬し、左翼方向に向かって密集防衛の策を執って見せた。

 天照州本隊を率いるドーベルムは好機を見逃さない。分断された敵左翼前衛と脇腹を見せる敵右翼に攻勢を仕掛ける。左翼前衛は壊滅的損害を被ったが、流石に第12軍団を率いるランガーオはしぶとく、騎馬を天照州本隊側に配置し、盾とした。
 この見事な采配により、右翼は半包囲されるものの損害を最小に抑え、元帥ブラッカンの支援を待つ事に成功する。

 ブラッカンの判断は苛烈であった。緩い采配を執れば、左翼右翼共に多大な損害を被り、今後の作戦に致命的な支障を来し兼ねない。
 ブラッカン率いる直属部隊は左翼方向に突進。自軍左翼後衛攻城部隊を薙ぎ払う勢いそのまま、太陽の旅団に突き入る。

 敵右翼に持ち堪えられた事を悟ったジョルジォは、方円の陣を取り、ブラッカン直属部隊の攻撃を受け流しながら後退する。太陽の旅団の後退にいち早く気付いたソルは、敵右翼の兵力を奪う事より盾代わりに用いて来た第12軍団の騎馬に損害を与える様、仕向ける。
 ドーベルムは後退する太陽の旅団と敵右翼の間に割って入り、ブラッカン直属部隊に攻撃を仕掛ける。第12軍団は、敵軍からの攻撃の圧が減った事を知ると南東方向に後退した。
 ブラッカンも又、敵本隊の攻撃を受け始めると南南東方向に退き始め、やがて、ランガーオを右翼、自身を左翼として布陣しつつ、退いた。

 帝国軍の後退を感じたドーベルムは深入りをせず、太陽の旅団を収納しつつ、指揮系統から逸脱した帝国軍の小部隊を駆逐、殲滅しつつ、後退。こうして、両軍の激しい戦闘は終結した。


M L

 帝都外壁付近のスラム街。
 世界随一を誇る帝国の首府“ライムハイム(*1)”。それは即ち、大陸一巨大なドヤ街を意味する。
 幾重にも張り巡らされた街壁は、見事な同心円を無数に描き、その裾野に殺風景な街並みを築き上げている。その最外郭の周囲に位置する貧民街に、男はいた。

 体が重い。自分ではないように。
 頭痛に吐き気。こんなに酷い気分なのは初めて。いや、一度だけ似たような事があったか?
 そう、目の移植手術を受けた直後、だ。今程ではないか?そう、違う。今程ではない。
 体中を意識する。病気の時に感じるアレだ。疼くように、意識せざるを得ない。
 それにしても虚ろだ。
 目の前に広がる何気ない風景が、色褪せて見える。霞がかったような、フィルターを通したような。違う、色覚が失われてるのだ。
 最早、何もかも違う。私は変わってしまった。
 授けるだと?巫山戯るな…私は、私は“奪われた”。

 スラム街を足下覚束ない様子で歩むアルベルト。暫くすると近付く小男あり。
 小柄な傴僂の男は、頭髪は疎らで左腕が極端に肥大し、左眼は極度の斜視、鼻はひん曲がり、三ツ口。跛をひき、小さな杖を頼り、アルベルトに話し掛ける。

◇・・・

「ベイダーさん、だね?に

アルベルト

「…誰かね?」

◇ズイワク

「あたしは“蟲下し”のズイワクあの御方より遣わされ参りました」

アルベルト

「目的は何かね?監視、かね?」

◇ズイワク

「何をおっしゃいます。あたしは、あの御方の命により、貴方様をお助け差し上げる為に参ったのです」

アルベルト

「ふっ…不快だ…考える事さえ不快。着いてくればいい。
 しかし、邪魔をすれば、いつでも貴方を切ります!」

◇ズイワク

「今の貴方には“目標”が必要。な〜に、直ぐに機会は訪れます。それ迄に“慣れて”貰いませんとな」

M L

 天照州本隊と合流を果たした太陽の旅団は、新たな簡易砦を築き始めた。
 生い茂る北方の密林から切り出して来た材木を運んで来た太陽の旅団を中心に、木柵を張り巡らし、櫓を組み上げる。実に手慣れた様子。

 合流を果たしたスーパー・ワンは、軍首脳陣を集め、早々に作戦会議を開いた。

◇ヤーナハラ

「御目出度う御座います、閣下。此度の大勝利、閣下のご采配の賜物に御座います」

ジョルジォ

「俺の士気を鼓舞する必要はない、ジュベ。我々が勝利したか否かは、先方の決める事だ。彼等が負けていない、と考えているのであれば、我等も勝利してはいないことに等しい。
 その程度の戦果しか挙げてはいない」

◇プルトラー

「否、それ程悲観するものでもない。軍団長タルトムラを伐ち、第11軍団はほぼ壊滅。今回の戦に第11軍団の再編は間に合わん。それは十分な勝利、と云える」

ジョルジォ

「第12軍団への損害を、思った程挙げられなかった。
 元々、第11軍団は後詰め部隊。第12軍団を半壊させねば、彼等にも能動的な用兵の余地を与えてしまう。第14軍団を呼び寄せ、前面に展開されれば、やはり戦力は拮抗してしまう」

◇ドーベルム

「それだけじゃね〜ぜ。第10軍団とコロッセウムも来んぜ。今の内に片付けちまえるトコは片付けちまっておかね〜とな〜?」

◇ガローハン

「!?めんど〜だな〜。次々と援軍がやって来やがる、っつ〜のは気が滅入るゼッ」

◇ソル

「どうなさりますか閣下?今後の展開は如何致しましょうか?」

ジョルジォ

「戦況が不利になる事は分かってはいるが、一つ明らかになった事がある。
 ブラッカンの用兵は、ドーベルムにのみ向いている。故に、ブラッカンのブラッカンらしさが引き出され、より頑強になる。しかし、それは寧ろ、好都合。
 士官学校時代に作り上げた戦略理論“零和導作法(*2)”がブラッカンの用兵術を映し出す鏡となる。
 ブラッカンはドーベルムを敵に回す事で、よりタイトな指揮を執る様になった。それは即ち、より理想的な用兵を顕わにし、理想的な指揮を揮う。理想的な指揮を執る用兵家は、帝国においても3人のみ。スウェーデンボルグ(*3)、ハンダーフィルド、そして、ブラッカンだ。この3人を負かすのが難しいのは、堅実且つ実直、頑強、そして、最善手を過不足なく選択し得る洞察力と決断力がある事。
 しかし、これら理想的な指揮を執るが故、理想式に照らし合わせた時、最も読み易い相手、と云える」

◇ザラライハ

「どう云う事ですか閣下?」

ジョルジォ

「俺自身が零和導作法によりブラッカンと対峙すれば、ブラッカンを負かすのは難しいものの、負ける事もない。つまり、ブラッカンは俺との戦術に釘付けとなる。
 俺がブラッカンとやり合っておる間にドーベルムがクリューガーやグルスカルハーンを撃破すれば良い」

◇プルトラー

「そう上手く行くかね?ブラッカンが自軍の戦術に終始するとは思えない。
 第10軍団とコロッセウム到着迄は、より消極的な策を取るのではないか?」

ジョルジォ

「その通りだ。零和導作法で読めば、その線も当然、推測の内。読めるが故、俺はその線を消す。理想的な用兵は千日手の様相を取り、決定打を放つ事が困難となる。
 しかし、我々にはドーベルムがいる。零和導作法で読めぬ用兵家ドーベルムがな」

◇ドーベルム

「褒めてんのか貶してんのか分からんが、まぁ、俺は感じるままに敵を伐つだけよ」

◇ソル

「膠着からの各個撃破は分かりましたが、しかし、その後はどうなさりますか?第10軍団とコロッセウム到着後、戦線は厳しくなりましょう」

ジョルジォ

「その時は俺とドーベルムが入れ替わる。
 俺の機略に最も相性の良いガーデルハイドを、俺自身で攻略する。補給路も輜重も奪われた帝国軍は進退窮まり、空腹を満たす為の唯一の方策を取る」

◇ガプロット

「帝国軍が取る唯一の方策??何ですか、それは?」

ジョルジォ

停戦、だ!」

M L

 第11軍団は最早、軍隊として機能させる事は出来なかった。
 軍団長補佐のホスナーは戦死。連隊長のエルゼノラとティグナイツホーンは行方不明。同じく連隊長のダーキュインとモルテンレセナは重傷、とても指揮を執れる様な状況ではない。
 大隊長クラスの多くも負傷し、何よりも兵の半分は失った。残る半分も殆どが負傷兵。その中でジナモン自身が負った傷が、然程、重くなかったのは不幸中の幸い、と云えた。
 今となっては致し方ない話だが、第14軍団を辺境諸侯所領群からの州防衛に置いて来たのが悔やまれる。
 実戦に投入出来る兵数が少な過ぎる現状では打開策が見当たらない。
 予想外である第13軍団を戦場に呼び寄せる手筈は取ったものの、第10軍団やコロッセウム他援軍が到着する迄、どれ程の対応が出来るであろうか、全く検討も付かない。
 そんな最中、ブラッカンはジナモンを呼び寄せた。

ジナモン

「俺に用って、何ですか元帥?」

◇ブラッカン

「傷の方は大丈夫かね、ジーン・アモン君?」

ジナモン

「あ〜、いや〜、まだ本調子じゃないけど、動けるには動けますよ。負けたまんまじゃ、帰る訳にはいかないでしょ?」

◇ブラッカン

「うむ。確か君は、謀反首謀者アルマージョの北方での用兵を見知っているのだろう?そこでだ、某の下にあって意見を求めたい。良いな?」

ジナモン

「いや、全然いいんだけど、用兵、って全く知らないんだけど…」

◇ブラッカン

「うむ。知っている事を話してくれれば、それで良い。今から参謀を呼ぶので、彼等に応えてやってくれ給え」

M L

「入れ」
 ブラッカンの呼び掛けに応え、三人の参謀が元帥のテントに入って来る。
 一人はブラッカンとそれ程年の変わらない円熟した男性、もう一人は30代と思しき聡明そうな男、そして、最後に現れたのは20代後半と云った感じの女性。
 特徴と云える様な特徴はないものの、皆一様に落ち着いた面持ちで、見識豊かなそれを感じる。

◇ブラッカン

「この三名が某の参謀だ。
 年長の者が首席参謀のバイラト、真ん中の者が次席参謀のピッツォッラ、末席の女性が参謀代のツィギー。
 この者達に応えてくれ」

◇ピッツォッラ

「早速ですがアモン君。謀反領袖の北方域での動向を尋ねたい。
 退役後のアルマージョは、積極的な強襲や小部隊での奇策を講ずるが専ら、と聞くが、これに相違ないかね?」

ジナモン

「強襲とか奇策とか分からないが、先頭切って戦ってる姿を見たから、あいつは戦士なんだろう。個人で強いかどうかは知らんけど、弓が上手かったのは間違いないな」

◇バイラト

「ふむ、戦士、と云う印象かね?成る程…
 で、彼奴は戦場で計略を用いるかね?例えば、火計や落とし穴等、罠の類だ」

ジナモン

「?否、見た事ないな〜。そーゆ〜のはイシュタルがよくやってたよ。アルマージョのすげぇ〜トコは、いきなり敵の後ろにいたりとか、知らない内に城を落としてたり、ってゆ〜感じだな〜」

◇ツィギー

 手帳の様な小さな書を手に眺めながら、
「やはり、報告通りですね。プロファイル通りと考えられます。
 元帥府にあった時、緻密で理想的な計画書や作戦立案をしており、確かに軍学者としての相が色濃くはあったものの、その言動の積極性は以前からありました。
 つまり、実兵力を保有し、実行力を伴った時点で、以前からの積極性に拍車が掛かり、計画よりも行動を選択する嫌いが現れ、野心を顕わにした時点でその暴走を止められなかった、と推測されます。
 従って、将として兵を指揮する際、驍将、としての振る舞いを執る傾向にあり、しかし、実態は猛将としての性が強いのでは、と考えられます」

◇ブラッカン

「ほう。参謀出でありながら猛将、と考えられるのか。タルトムラとは異質の将、と考えるべきだな」

ジナモン

「…?否、あいつ、色々考えるヤツだぞ!小難しい事ばかり云うんだよ。色々やった上で攻めるの早ぇーぞ!」

◇ピッツォッラ

「成る程。作戦参謀、としての性は性として残している訳か。それは即ち、猛将として最も強味となる決断際、一瞬の判断を理性に頼る、要は、迷いが生ずる、と云う事を意味する。結果、一流の猛将、とは云い難い」

◇バイラト

「ふむ。と云う事は、ランガーオ殿を前面に押し立て、その采配を期すれば、類似した用兵を執り拮抗しつつも、その判断力・決断力の差で我が第12軍団の方が戦況は有利に働く。従って、元帥閣下は逆賊ドーベルムとの対峙に集中出来る、と云うもの」

ジナモン

「…??元帥はアルマージョとは戦わないんですか?ドーベルムを相手にすんの?」

◇ツィギー

「その方がより良い、と云う事ですよアモンさん。
 逆賊とは云え、ドーベルムは押しも押されぬ帝国三元帥の一人であった訳で、最もプロファイルし難い用兵を行う人物なのです。特定の規則性を持たない用兵をこなすドーベルムを相手にした時、それを御す事が出来るは“万の戦術を知る”元帥閣下御自ら対峙なされた方が、戦略的勝利に近い、と云えます」

◇ブラッカン

「うむ。では、援軍が到来する迄は第12軍団で謀反首謀者アルマージョを、後、合流を果たす第13軍団と某とで逆賊ドーベルム本隊を主として戦う。
 ジーン・アモン君は、某の下で戦い給え」

ジナモン

「ああ、分かった!敵はドーベルムか〜、腕が鳴るゼッ!」

M L

 帝都へ向けて街道を進むヨッヘンバッハ一行は順調に南下していた。
 途中、何度か小兵団と出会したが、恐らくはスーパー・ワンを退治しに行ったのだろう、と捨ておいた。
 帝都への最短ルートはアバロギアを抜けて行く街道を通るのが良いのだが、何故か北方中心州は封鎖しており、迂回を余儀なくされた。
 大きく迂回せざるえを得なかったが、何事も起こる事なく、平和な旅を続けた。
 途中、コロッセウムの一団が北上するのを見かけたが、特別、何かを考える事もなく歩を進め、やがて、帝都周辺州に入った。
 帝都周辺州に入ってしまえば、帝都迄は訳ない。久し振りの帝都に、何故か心を躍らせるヨッヘンバッハは、次第に歩を早めた。
 そんな最中、帝都方向からやって来る二人組を目にする。
 一人は小柄な傴僂の男。もう一人は隻眼の男。傴僂の小男は跛を、隻眼の男はフラフラと歩む。

ゲオルグ

「む〜、憐れよの〜。戦の被害者か〜?
 可哀想にの〜。そら、恵んで進ぜよ〜。それっ、拾うが良い」
 銅貨を数枚、二人組の足下に放る。、事対峙しかとたが、に

ラウ

「!?おぉ、やっぱヨッヘンバッハ、あんたはいい奴だな!よし、俺も恵んでやろう」
 腰紐に括った革袋から焼き米を一掴みし、二人組に近付き、
「喰え、喰え!腹減ってるだろ?喰っていいぞ。ホラッ」

アルベルト

 薄汚い未開人の様な格好の男が握る焼き米を思い切りはたき飛ばし、
「ふっ、ふ、巫山戯るなァーーーッ!このクズ共がぁぁぁぁぁ〜〜〜ッッッ!!」

ゲオルグ

「むぅ〜!何とゆー粗野なヤツ。人が親切にしてやっておるにも関わらず、まっこと粗暴な。畜生の如き振る舞い、熟、憐れよの〜」

アルベルト

「くっ、こ、この私を、この天才の私を掴まえ、憐れ、とはッ!クズに同情される身等、持ち合わせてはおらぬわッ!」

ゲオルグ

「む〜、この高貴な俺を屑呼ばわりするとは…何と云う卑しい片端め。此処が俺の領土であれば、直ぐにでも極刑にしてやる処だっ!」

◇ズイワク

 アルベルトに近付き小声で囁く。
「ベイダーさん、まだ辛抱しなされ。力を試すのは、周辺州を出てからの方がいいですぞ。それに、相手が多過ぎですわ。最初は少ない方が宜しいぞ」

ドンファン

 ヨッヘンバッハに近付き、
「公爵さんよ、関わらん方がいいって。直、帝都に着くんだから、何もこんな処で見窄らしい奴なんぞ相手にせず、さっさと行きましょ〜や」

ゲオルグ

アルベルト

「く〜、覚えておれ!今度会った時は、タダじゃ済まさんぞッ!」

M L

 スーパー・ワンの陣中にあって、捕虜の扱いをどの様にするか検討されていた。
 始め、スーパー・ワンは帝国軍捕虜の全てに肉刑を処し、捕虜としたままジョルジーノに送る手筈でいた。しかし、ドーベルムは、全捕虜を処刑し、カタパルトで敵軍に打ち込め、と主張した。
 そのドーベルムの主張を聞きつけたゼファは、陣中のジョルジォに接見を求め、訪れた。

ゼファ

「閣下、僭越ながら帝国軍捕虜の扱いに対し、何卒、ご検討頂きたく存じます」

ジョルジォ

「…検討、か?無論、検討はするが…貴殿はどうするのが得策、と思うかね?」

ゼファ

「…私ですか?…そうですね…捕虜の中で高位の者はおりますでしょうか?」

ジョルジォ

「第11軍団第1連隊長のティグナイツホーンと同じく第4連隊長エルゼノラ。この両人が今回の捕虜の中では最も高位だな」

ゼファ

「そうですか。それでは、その両名と兵卒達とに各々、約束をさせるのです。
 兵卒達には捕虜として従う限り、両連隊長の命を保証し、両連隊長にも捕虜として従う限り、兵卒達の命を保証する、と。
 両連隊長には限定的で結構ですから、ある程度の自由をお与え下さい。両連隊長は、私が責任を持って監視致します。
 限定的な自由とは、両名に発言の機会をお与え下さる、と云うものです。これからの戦において彼等の意見は重要です。それに、無闇に処刑を断行すれば、立ち処に怨嗟の声に包まれましょう。捕虜には、何卒、広い心で御接し下さい」

ジョルジォ

「成る程、悪くない提案だ。しかし、甘い。
 両連隊長の内、生かしておくのは何れか一方のみ。他方は処刑する。一方を生かし、一方を処刑する事で、捕虜の目は私への怨恨だけではなく、生かされた連隊長への不信感を煽る事が出来る。こうなれば、その連隊長が何か企んだ時に、その声に従う捕虜の数は抑えられる。
 また、兵卒等は2人1組で戦い競わせる。勝った方に権利を与える旨を伝える。しかし、これは謀。戦い競い負けた方のみ、命を助け捕虜とし、勝った者は処刑する。助かりたい一心で勝ち急ぐ者は裏切る公算が高い故にこうするのだ」

ゼファ

「!!?しかし、それでは余りにも惨い!人の心を、戦いに敗れた者の心を踏みにじる様な行為はお止め下さいッ」

ジョルジォ

「これは妥協案だ!捕虜を生かし続けるにも食糧は必要であり、監督する人員も割かねばならない。戦いが進めば、益々、捕虜は増えるだろう。
 本来、最善手はドーベルムの主張するそれだ。捕虜に物資も人員も割いている余裕等、今の私の軍にはない。しかし、貴殿の云わんとする事も分かる。
 なれば、私と私の軍に極力負担を掛けさせず、且つ、恨みの矛先を反らす必要がある。捕虜達の心理状態を、助かった、から、助けられた、と転化させれば、反骨意識は薄まる。
 そうなれば、それは最早、敵軍の捕虜ではなく、私の信奉者に成り得る切っ掛けとなり、やがて、私の兵となる可能性を示唆する。分かるか?」

ゼファ

「!!?そ、そこ迄お考えとはッ!……………」
 (す、凄い!…し、しかし、何と恐ろしい…師は何故、これ程迄に恐ろしい男を私に勧めたのだッ???)

M L

 スーパー・ワンの採決通りに捕虜は扱われた。
 連隊長エルゼノラは処刑され、ティグナイツホーンが残された。理由は語られはしなかったが、恐らく、エルゼノラが都市貴族であった事に起因しているのだろう。
 捕虜達は強制的に争わされ、勝者ではなく、敗者の命が安堵された。捕虜達の心境を探る事は出来ない。
 処刑は速やかに実行されたが、その後、黄金教による略式葬が上げられ、埋葬される事となった。戦場の中にある荒野である為、材木を割っただけの簡素な墓を拵え、土葬された。この共同墓地周辺には「戦場ヶ原」と名付けられた。


 西へ進軍するのは、ライゾー率いる“緋の火”。
 進軍の目的?謀反軍の討伐、そんな事はどうでも良い。そもそも、討伐軍が指揮され、全土に有志を募る以前からの行軍。
 求めるのは只一つ。
 この混乱に乗じて、北部に飛び地を持つ事。
 以前、北部辺境域東部に攻め込み、略奪行をした時は、ヨッヘンバッハの軍師イシュタルと北部第27辺境軍団に阻まれてしまった。
 しかし、今回は違う。少なくとも、辺境軍団は動ける状態ではない。
 イシュタルを擁するヨッヘンバッハ領には攻め込まず、弱小貴族のみを飲み込めば全て上手く行く。

 逸る気持ちを抑え、緩やかな行軍を心掛ける。
 そんな中、既に北方域に放っていたスライスランが戻って来た。


◇スライスラン


「御館様、只今、北部より参戻りまして御座います」

ライゾー

「うむ、どうであった?」

◇スライスラン

「やはり、ヨッヘンバッハ公には触れぬ方が宜しいかと。
 以前に増して兵卒の数は増え、且つ、その総指揮には、あのグラムが就いておる模様です」

◇ガーベラム

「!?なんだとッ!グラムのおっさん迄付いてんのかッ!」

◇フェイドック

「参りましたな…
 イシュタルの策にグラム殿の用兵が加わったとすれば、ヨッヘンバッハは正に脅威、と云えましょう」

◇エルデライク

「しかし、グラム殿は引退したのでは?竜騎兵も殆ど引退した筈?何故、今再び軍役に復帰したのでしょう?」

◇ガーベラム

「そー云や、竜騎兵共は解散しちまったんだよな?なら、脅威、っちゅ〜程のもんでもあんめ〜か?」

◇アモルシャット

「てめぇ〜はアホか?西部離れて寝ぼけやがったか?
 グラムのおっさんの精強さは、竜騎兵が居るも居ね〜も関係ねェ〜だろーがッ!ナメてかかったら俺等が全滅だゼッ」

ライゾー

「そやつはそれ程の猛者なのか?」

◇アモルシャット

「ああ、強ぇ〜おっさんだゼ。モノホンの軍人、っちゅ〜ヤツだな。
 俺が青二才ん時にゃ、既に西部で名を馳せていたんだゼ。
 竜騎、っちゅ〜子飼いの奴等がいなくても戦かっちゃ〜なんねぇ〜おっさんだな」

ライゾー

「…うむ、此度はヨッヘンバッハには構わぬ故、そやつの事は考えずとも良い」

◇フェイドック

「まあ、そうですな…
 処でスライスラン。帝国軍の動きはどうなっておりましたかな?」

◇スライスラン

「第11、及び第12州軍団は、元帥ブラッカンと共に旧グラナダ要塞に向け出立した模様。
 第13軍団が留守居役の様です。第14軍団は南に行軍を執った模様。
 州軍団の目は北方辺境域西部とグラナダ方面に向いております。従って、北方辺境域東部に意識を注ぐ者は、ほぼ皆無、と推測されます」

ライゾー

「そうか。ならば、切り取り自由だな。存分に我が旗印の下に封じてくれるわ!」

◇エルデライク

「…しかし、第14軍団が南に進軍とは??
 一体、どんな大戦を始めるつもりだ、帝国は?」

◇ガーベラム

「かんけーねぇ〜だろ?ヨッヘンバッハをつつかなきゃ、今回は上手くいくゼッ!」

◇アモルシャット

「よっしゃ!ンなら出立だっ!
 今回こそは緋の火の恐ろしさをバカ貴族共に見せつけてやろ〜ゼッ、なっ!」

M L

 数日の間、冷たいスコールが激しく降り続き、その間、小康状態が続いた。
 再び、帝国軍と天照州軍が激しい戦闘状態に入ったのは、久し振りの快晴を迎えた日差しの強い日の事。

 後退して野営地を設けた帝国軍に対し、天照州軍が攻め入って来たのだ。
 第11軍団を半壊させ、軍団長タルトムラを伐って士気が高まっているとは云え、本拠ジョルジーノから益々遠ざかる様な進軍を行うとは、予測していなかった。

 雪崩を打って攻め入る天照州軍に機先を制された帝国軍は、半ば無条件に戦闘状態への突入を余儀なくされ、混沌とした中、陣立に紛糾した。

 ブラッカン直下の軍は、コマンド特殊部隊6,000名と帝都三州名士会貴兵団12,000名、帝都義勇団4,000名、そして、半壊した第11軍団の1個連隊強約5,000名、計27,000名程。
 そのブラッカン元帥直属軍の前に現れたのは、朱に染め上げられた軍装で統一された約16,000名の軍。その旗頭には金色に輝く日輪。それは即ち、グライアス王国の簒奪者にして大帝国への謀反首謀者アルマージョ公その人の直属部隊“太陽の旅団(*4)”であった。

◇メレンドルフ

「ふんっ!凡そ、半数程度の兵力で強襲とは、逆賊めが、狂いおったわ!!」
 帝都三州名士会貴兵団団長リヒャルト・フォフ・メレンドルフ侯爵。皇帝親衛隊の一員として、又、帝都第3軍団第1連隊長を務めた経験もある軍閥の名門。

◇グロッカム

「良かろう。ドーベルムを伐つ前に、先ずは青二才の大将の方を叩いてくれるわ!」
 帝都義勇団団長バッファ・グローサム・グロッカム。前大元帥ゴープ(*5)に鍛え上げられた元近衛第一軍団第4連隊長。

ジナモン

「お二人さん、気を付けて下さいよ!アルマージョを嘗めちゃイケないって!」

◇ピッツォッラ

「大丈夫です、アモン君。既にお二方は元より、下士官に至る迄、アルマージョの戦術分析結果を渡しております」

◇ツィギー

「情報収集力B+、情報解析力C-、状況判断力E、部隊収拾力D+、部隊維持力C-、戦況把握力D-、戦況打開力E-、突進力D、展開力D+、知力A+、知略C-、忍耐力E-、そして、総合D-の判定、となります」

◇バイラト

「ふむ。加えて、現状おる兵力は9:5と圧倒的に敵謀反軍が不利。
 朱の軍装で統一してはおるものの、そもそも短期間に寄せ集められた質の劣る北部傭兵からなり、縁もゆかりもなく連帯性の乏しい集団。
 士気、練度、装備、実績、状況の全てから云って、敵謀反軍及びその領袖には、万に一つの勝機もない」

ジナモン

「…小難しい話は分かんねーけど、気を付けてくれよ」

M L

 元帥軍は鶴翼の陣形を以て、太陽の旅団を半包囲するべく展開した。
 謀反軍は緩やかに魚鱗の陣を執り始めた為、ブラッカンは中央を厚く保ち、素早く衡軛の陣立に変える。
 呼応する様に偃月の陣立を執り始めた謀反軍を見て取り、元帥は雁行の陣に展開し、僅かに後退する。

 白兵戦は行われず、陣立が終わった直後に射撃戦のみが展開された。
 謀反軍の射撃武器の有効射程が上回っている為、元帥軍は左右後退を繰り返し、一定距離を保ち続けた。

ジナモン

「?一体、何をしてるんだ?元帥は戦う気があるのか?」

◇ピッツォッラ

「ふふ、完璧ですよ、アモン君。
 強襲して来た謀反軍が、我等に有効的な損害を与える事が出来ないでいる」

ジナモン

「でも、第12軍団の方は、圧倒的に数の多いドーベルム本隊と戦ってるんだぜ?
 早くこっちをやっつけて、助けに行かないとマズいだろ?」

◇バイラト

「ふむ。だが、クリューガー将軍は機動力を活かし、戦場を積極的に動かしておる。
 一見、激しい戦闘を繰り広げている様に見えるが、正面からの衝突を避け、主力同士での戦闘を回避し、受け流しておるのだ。
 徒ばかりの謀反軍本隊では、致命的な戦局を第12軍団に齎す事は出来まい」

◇ツィギー

「その通りです。そして、元帥は待たれているのです。
 そう、敵謀反軍の集中力が切れる、その瞬間を!」

M L

 幾度となく陣立を変えて、即かず離れずの距離を保っている元帥軍と謀反軍。
 その均衡が崩れたのは、謀反軍が方円の陣を執った時の事。

 そもそも緩やかな陣立であった謀反軍が、鋒矢の陣形を執った元帥軍に対し、いつもにも増して緩慢な展開をし、それが方円の陣となった。

 ブラッカンの号令は早かった。
 今迄以上の早さで鶴翼の形へと移行し、且つ、前進した。
 あっ、と云う間に謀反軍を半包囲し、総攻撃の機を捉えた。

◇ブラッカン

「待っておったぞ。攻勢であって叱るべき強襲において、寡兵にも関わらず、消極的な守勢の用兵。この機を逃すな!」

ジナモン

「!?何だか分からんが、よっしゃ、行ってヤるゼッ!」

M L

 元帥軍の両翼が、謀反軍を包み、閉じる。
 半包囲から謀反軍前衛、両翼を打ち崩し、半壊させるに十分な状況。

 元帥の号令は正しく機を掴み、完璧な用兵が展開された。
 しかし、おかしい。
 自軍の左翼が敵軍右翼方向深くに入り込み過ぎている。否、それ処か、右翼の伸びが悪い。
 確かに半包囲している筈なのに、元帥本隊と両翼のバランスが崩れている。
 鶴翼の陣であった筈が、奇妙にも彎月に変化している。
 しかも、元帥本隊の位置移動はない。なのに左翼は敵陣右翼方向に引き摺られ、右翼が本隊正面近く迄来ている。
 これでは自軍の右翼が邪魔をし、最精鋭のコマンド部隊が攻撃を仕掛けられない。

◇ブラッカン

「!?何だこれは?何故、命令を遵守しない!?
 左翼が突出し過ぎ、右翼が展開しない!?指揮系統に混乱が生じたか?」

◇ピッツォッラ

「ここは一旦、後退致しましょう。
 左翼に功を焦った者がおるやも知れません。それが突出し、その相対バランスが陣形そのものを左翼方向へ比重が偏っているもの、と推測されます」

◇バイラト

「いや、ここは我等が右翼方向に回り、再度、鶴翼を取って包囲を続行すべし!」

◇ツィギー

「いえ、それでは左翼方向との連携が損なわれます!
 前方にある右翼を中核としたまま我等は右後方に進み、雁行を敷いて、左翼前方に陣を進ませ、敵右翼を切り取りましょう」

ジナモン

「なに云ってンだよっ!もう先頭は戦っちまってんだぞ!
 陣なんか動かしてる暇ないだろ?このまま押し切って攻め入ろう!」

◇ブラッカン

「…慌てるな、諸君。
 本隊を左前方に押し進める。両翼が左翼方向に流れただけの事であろう。
 左翼方向に本隊を差し込み、鶴翼を維持すべく回り込めば良い。それだけの事」

M L

 元帥本隊は左先方へと動き始めた。
 自軍の両翼の基部に陣取る為の展開。しかし、見当たらない、両翼の交錯点が。

 いつの間にか、伸びきった左翼と右翼が敵軍を包囲する程に長大な彎月を描き、宛ら、獲物を締め上げる大蛇の様に謀反軍に絡み付いている。
 敵軍の外縁部に纏わりつく様に両翼は円を描き、尚且つ、左翼方向に移動を続ける。まるで、敵軍の周りを回るかの様に。

「!!?退けッ!退却せよッ!!」
 いきなりの退却命令。
 元帥の目付きは尋常ではない。一気に手綱を引き、馬首を翻し反転、コマンド部隊は左後方に退く。

 間髪入れず、謀反軍の方円が解かれる。
 全包囲する形で薄く敵軍に纏わりつく元帥軍左翼、右翼の悉くに楔でも打ち込むかの如く、敵隊が突出し、時計回りする途切れた自軍のケツに食らい付き、宛ら、蛇を丸呑みする麝香猫の様。

「反転っ!東北東方向に全軍、集中射撃ッ!!」
 一旦退いたコマンド部隊は、自軍のしんがりに食らい付く一隊に弓矢で集中砲火を浴びせる。後、食らい付く敵軍の一部の隙を突き、自ら自軍に突出し、このまま呑み込み、無理矢理、左前方に大きく導いた。
 脇腹を見せた元帥軍に謀反軍の矢弾が襲い掛かるも、強引に、しかし、一気に進み逃れ、包囲していた自軍の一部を救い出した。
 だが、コマンド部隊と対極にあった自軍は、食らい付き渦巻く謀反軍に呑まれ、右前方へと離れていった。

 やがて、両軍の距離は開き、熾烈な戦いに暫しの休息が迎えられた。

◇ガローハン

「ワーッハッハッハーッ!負けね〜戦、っちゅーから、長い事対峙し続けるかと思ってたが、見事に勝っちまったな〜っ!流石は、大将だゼッ!!」

ジョルジォ

「前にも云ったろう、ガローハン。勝ち負けは先方が決めるもの。
 今回殺ぎ取った敵兵力は、名士会貴兵団が主だ。元帥直下のコマンド部隊への損害は軽微。故に頭数を多少減らした事以外、何等戦略的勝機も見出してはいない」

◇ガラミス

「しかし、これで我々と元帥軍の戦力はほぼ拮抗。
 畏れる事なく、積極的な戦を仕掛けられます!」

ジョルジォ

「否、ブラッカンは潰さんし、潰れんだろう。
 それにだ、読み違えた事がある
 第14軍団がこの戦場にいない、と云う事実。今回の戦いでも姿を見せぬと云う事は、あの軍団の性質上有り得ない。つまり、この戦場にいない事を意味する。
 アバロンにも姿を現した、と云う報を聞かぬとあらば、俺の読みにない動きを取っている。故に、俺は戦場をよりジョルジーノに近付ける為に後退する必要がある。
 それに第13軍団。この位置に迄攻め入って尚、斥候に掛からないと云う事は、この軍団も又、戦場から遠い。
 僅か、7万弱の兵でこの荒野に進軍して来たとは…読み違えた」

◇ロン

「だが、第11軍団を粉砕し、豚っ鼻をぶっ殺し、ブラッカンの兵も削り、当然、クリューガーの方にも損害を与えてる訳だ。
 確実に奴等を追い詰めてるんだ!そんな悲観する事ないだろ、大将?」

ジョルジォ

「…否、元帥ブラッカン。やはり、喰えない男。
 “竜の火”がこちらに来た事で戦略兵器が使い物にならなくなった事を悟った時点で、あの驍将は戦略を変えたのだろう」

◇ケルトー

「戦略を変えた?どのような事です?」

ジョルジォ

「援軍が到着し、戦力集中を図るその前迄に、我等の実力を実戦で推し量りに来たのだろう。
 より正確には、今の俺の用兵を推し量る為に」

ゼファ

「…どう云う意味です?閣下の用兵を推し量るとは…」

ジョルジォ

「進軍前、或いは先の戦い以後、元帥の参謀達は勝利の方程式を描いた筈だ。
 その仮説通りに、理論式通りで事が済めばそれで良し。実証出来なくば、元帥自身が俺を見分する。
 例え、犠牲が出たとしても。戦後、その犠牲の為に自身の責を問われ、元帥の椅子を逐われても、確実な見極めをし、勝利を得んが為に如何なる努力も惜しまない。
 ブラッカン程の男を前にして、焦ったか…“太陽の陣”を見せるのは早かった」

◇ガラミス

「ですが、全ては見せていません。戦えば勝利は確実です!」

ジョルジォ

「勝つのは分かっている。問題は勝ち方
 辛勝でもなく、快勝でもなく、只管に勝ち過ぎぬ勝利を積み重ねなくては」

M L

 帝都三州名士会貴兵団はほぼ壊滅、団長メレンドルフ侯爵は行方不明。
 僅か一度の交戦で、これ程の損失。
 過去、ブラッカン元帥自ら率いた戦で、この短時間でここ迄兵を失った事は只の一度もない。

 大きく後退し、損害こそ少ないものの疲弊し切った第12軍団と合流した元帥軍は、計画にない野営地を設け、緊急の会議を開く。

◇クリューガー

「元帥閣下、誠に申し訳御座いません。
 敵本隊を前にして、何一つ、有効な戦術を展開する事が出来ませんでした。
 密集陣形の大軍と長射程弓兵の一斉射撃の前に、我等は機動力を活かす事が出来ず、騎馬歩兵としてまともな交戦さえままならず、逃げの一手に終始するのがやっと、と云う為体。
 申し開きも御座いませぬ」

◇ピッツォッラ

「今回は謀反軍の思わぬ奇襲により後手に回り、当初の計画を遂行出来なかった、と云う事実があります。
 クリューガー将軍が悪い訳では御座いません」

◇ツィギー

「その通りで御座います。
 寧ろ、数倍の兵数を誇り、且つ、あのドーベルム率いる軍を前に、損害軽微であらせられるクリューガー将軍の手腕、誠に見事、と賞賛されるべきで御座います」

◇バイラト

「ふむ、然様。
 今回の戦いで、彼等は機動性に富む兵力に有効的な策を何等持たぬ事を露呈した、と云える。コロッセウムが到着すれば、第12軍団を活用し、謀反軍を無力化できよう事が容易に推測出来る、と云うもの」

ジナモン

「…?負けたのに、何褒めてんだ??それに、元帥軍の方が被害でかいじゃん?」

◇グロッカム

「小僧ッ!口を慎めッ!!
 奴等は第11軍団を破った事で士気が上がり攻勢を仕掛けて来ただけに過ぎんわ!
 時が経てば奴等は疲弊し、大胆な行動も取れぬ。この一瞬だけに奴等は浮かれ、云い逃れ出来ぬ敗北の序曲で、奴等は奈落の底へと堕ち行くのだ!」

◇ブラッカン

「…諸君、ジーン・アモン君の云う通りだ。
 どうやら、某を含め、ここに居る者全てが謀反軍、否、謀反首謀者アルマージョを見誤っていた様だ。認めねばならん」

◇ピッツォッラ

「!?何をおっしゃられますか、元帥閣下。
 アルマージョの分析は十分に行っております。読み違いは御座いません」

◇ブラッカン

「読み違い等問題ではない。過小評価、しているのだ、アルマージョを」

◇ツィギー

「いえ、元帥閣下!プロファイルは相対評価に基づき解析しております。従って、評価が状況に左右されるものでは御座いません。
 用兵家としてのアルマージョの実像は掴んでおり、これに外れる事は考え難いもので御座います。
 今回の戦において予測と擦れが生したのは、プロファイルし難いドーベルムが謀反軍に加担した事で、謀反軍やアルマージョそのものにも何等かの衝動を齎し、それが歪みとなって現れたもの、と推測されます。
 従いまして、ドーベルムを徹底的にプロファイリングし、これを基準とし予測すれば、謀反軍の用兵を馭すは可能、と相成ります」

ジナモン

「だからさ〜、それがイケないんじゃない?」

◇ブラッカン

「その通りだ、ジーン・アモン君。
 某を含め、謀反軍の動向にドーベルムが深く関与している、そう思い込むのがそもそもの過ちなのだ。
 謀反を起こしたのはアルマージョであり、ドーベルムではない!ドーベルムは懐柔されただけであり、謀反軍からすれば駒の一つに過ぎん。
 そもそも、粛正の対象はアルマージョとその謀反勢力であり、開戦間際迄ドーベルムは我等の下にあった。同様に、竜の火も手元にあり、粛正そのものは雷獄と共に活用する手筈であった。
 元帥府の武器庫から竜の火の持ち出しがドーベルムに許可されたのは、ドーベルムがアルマージョに絆されぬ存在であると共に共謀の可能性がゼロであったからだ。同様に、アルマージョがドーベルムを懐柔したのは、粛正決定から開戦迄の僅かの間。
 ドーベルムがプロファイルし難いのは誰もが知っている。故に、謀反軍に付く事等、誰一人想像していなかった。
 しかし、それを実際に行動し、今ある事実を作り上げたのはアルマージョだ。
 優れたブレインがいるのかも知れない。だが、何れにしてもそれを採択し、現勢力を築いたのはアルマージョ本人。
 そのアルマージョの存在を見ずに、軍功と実績の数だけでドーベルムに注目し、戦術論だけを語っていては、我等に勝ち目はない。
 アルマージョは、あのグライアスを攻略した男だ。タルトムラを伐ったのもあの男。ドーベルムの名に惑わされてはならん!」

◇ピッツォッラ

「…ですが、あのドーベルムですぞ!
 現役の将の中で、最も実戦を経験している男!戦王の称を持つ男なのですぞッ!!」

◇クリューガー

「いや、参謀殿。元帥閣下のおっしゃる通りでしょう。
 ドーベルム元帥の活躍は皆知っています。あの御方程、頼りなる将は帝国広しと云えど、他に居りますまい。
 しかし、アルマージョ公は、僅か一年余りで帝国最大版図の封爵となり、グライアス王国を陥落させ、その王位を簒奪、パルムサス伯の猶子になった男。
 帝国300数十年の歴史を紐解いてみても、彼の様な傑物、他に居りますまい」

◇ツィギー

「…ですが将軍。両者を前に置き、その目に見えない圧力は、明らかにドーベルムにこそあるのです。
 彼を攻略しなければ、それは即ち、謀反軍の制圧には至りません」

ジナモン

「小難しい話は分からないけど、謀反軍を操ってるのはアルマージョなんだから、やっぱり、アルマージョを倒さなきゃダメだろ?」

◇ブラッカン

「その通りだ。
 ドーベルムに気を取られてはならぬ。ドーベルムと云う虚像に惑わされてばかりいては、その後ろに控えるアルマージョと云う人物を見逃す事になる。
 あの者が執った陣形を見たであろう。あれが分かる者はおるか?」

◇ピッツォッラ

「…方円陣です…我等の右翼左翼が混乱しなければ、取るに足らない陣立、です」

◇ツィギー

「…竜渦(*6)…でしょうか?実際に見た事はありませんが、防衛の陣ではなさそうです」

◇バイラト

「…ふむ、只の竜渦ではなさそうだ。我等の陣形が流され崩れたのには訳がある筈」

◇ブラッカン

「陣立一つとっても読み切れぬであろう。違うか、諸君?
 あの者を過小評価してはならん!
 第14軍団からの連絡も閉ざされ、今、実戦に投入出来るのは残る処、第13軍団のみ。だが、第13軍団を参戦させても打開は出来ぬでろう。
 アルマージョ、ドーベルム両将を敵に回しては、第13軍団では役不足。第10軍団の到着迄は防衛戦に集中し、戦線維持に努めなくてはならぬ」

ジナモン

「元帥!俺、クリューガー将軍の下で戦っていいか?
 馬に乗って攻めた方が、戦えると思うんだ。あいつらの弓、強力だから、一気に接近しないと何も出来ないからサッ」

◇ブラッカン

「良いだろう。君は、元帥府を去った後のアルマージョを知る唯一の正規兵。クリューガーの下で存分に働いてくれ給え」

M L

 帝都に到着したヨッヘンバッハ一行は、外務省の本館を目指し、歩を進めた。
 と云っても、ヨッヘンバッハは外務省が何処にあるのか知らない。同行者誰一人、外務省の場所が分からない為、各所に置かれた地図掲示板を頼りに、網目上の街道を一層一層、登って行く。

 帝都の幾重に亘る階層を中心部へ進み、第二層に入るゲートで衛兵に止められる。
 第三層に入る際にも止められた。しかし、ヨッヘンバッハが公爵位をちらつかせただけで許可された。
 今止められた二層への門では、公爵である旨を述べても全く通す様子がない。
 イライラし始めたヨッヘンバッハに、ビルテイルは外務省からの召喚状を見せる様、伝える。
 ヨッヘンバッハは、くしゃくしゃになった召喚状を背嚢から無造作に取り出し、衛兵に突き付ける。すると、衛兵は態度を一変さえ、二名がヨッヘンバッハ一行を外務省に迄、案内する事となった。

 案内が付いた事で気分を良くしたヨッヘンバッハの足取りは軽く、衛兵達に軽口を叩いていたが、衛兵達が口を開く事も、笑みを浮かべる事もない。
 やがて、外務省に到着したが、ヨッヘンバッハ一行は、その宮殿の様な外務省の館に度肝を抜かれる。
 見た事のない装飾と建築物、凡そ帝国とは思えない景観を、圧倒的なスケールで具現化したその洋館は、御伽の国に出て来る宮殿宛ら。とても、官庁の建物とは思えない程、贅の限りを尽くされているかの様な趣。尤も、世界最大の財力を誇る帝国であれば、これでも些細。
 あまりにも美しい外務省の建物に心躍らせたヨッヘンバッハは、無邪気にはしゃぎ、館内に踊り入る。

 開け放たれた外務省のエントランスには、南海のそれを思わす見事な調度品で飾られている。
 瑠璃や玻璃、珊瑚で飾られたディスプレイに、硝子越しに取り入れた陽光が虹色に輝き、見た事もない巨大な魚や獣の剥製を照らし出す。
 エントランス脇に置かれた巨大な白亜のテーブルに座る美しい女性の受付が柔らかに声を掛けて来る。
「ようこそ、帝国外務省へ。どちらにご用でしょうか?」
 透き通る程白い肌に輝く金髪と澄み切った青空の様な瞳の女性に、健康的な褐色の肌に瑞々しい新緑を思わせる黒髪と何とも魅惑的なエメラルドの瞳の女性、神秘的な顔立ちに紅の様なウェーブのかかった髪と燃える様なルビーの瞳の女性他。全て、異国人か?

 二層に入った際にヨッヘンバッハから渡された召喚状を手にビルテイルが下卑た笑みを浮かべながら、説明に赴く。
「あちらにおわすのがゲオルグ・ヨッヘンバッハ公爵猊下にあらせられる。我々は、親愛なるヨッヘンバッハ公の臣下。ご担当の者とお取り次ぎ願いたい」
 受付の女性達は、先程の笑みとは打って変わって冷たい表情を浮かべ、机に置かれた小型のラッパの様なものに口元を近付け、何やら呟く。

 瞬く間に、エントランスに武装した衛兵と職員が集まって来た。
 ヨッヘンバッハ一行を取り巻き、職員の一人が書類を突き出し、語る。
容疑者ゲオルグ・ヨッヘンバッハ公爵!公務怠慢、背任、公職権濫用、斡旋収賄、贈賄、供賄、強要、公文書偽造、虚偽公文書作成、封土侵奪、事後強盗、強盗致死傷、業務上横領、遺失物等横領、脅迫他、公務にありながら国益の保全に勤めず、著しく怠慢且つ保身に走った罪により、貴公を拘束する!」
 抵抗する余地もなくヨッヘンバッハは取り押さえられ、奥へと連行された。
 残った者達も拘束され、一行は引き裂かれた。

 ヨッヘンバッハは、地下に連行されると、重い鋼鉄製の扉が付いた石造りの部屋に放り込まれる。
 僅かな燭台の明かりに照らされた室内は思いの外広く、中央に革張りの椅子が一つ置かれている。
 やけに湿気の多い部屋を見回すと、部屋の上方に迫り出した二階席の様な張り出しが、ぐるりと周囲を囲んでいる。
 暫くすると、その二階席、恐らく、そこが地上一階に当たるであろう箇所の各所に職員の気配がする。仄暗い中、十数名を超えるであろう職員が、用意されていたであろう椅子に着席した模様。やがて、前方の方から声が掛かる。
「着席せよ、容疑者ヨッヘンバッハ」

ゲオルグ

 階上前方に目を懲らし、
「一体、どー云うつもりダァーーーッ!一等次官のこの俺をこんな薄汚い処に閉じ込めるとは何事だぁぁぁっ!!」
 と叫びつつ、着席。

◇グオォル

「静まれ、ヨッヘンバッハ。
 私は統合外交戦略局局長ンドゥ・ヌクレカ・グオォル。今回、君を訴追するか否かの権限を委譲されておる検察官だ」
 細いが筋肉質な赤褐色の肌。上半身はほぼ裸の様な恰好をしているが、異国の物と思える無数の装飾を着用している。その多くはピアシングされており、痛々しい程の装飾品が、仄かな燭台の灯りを受けて煌めく。

ゲオルグ

「何故、生粋の帝国貴族であるこの大ヨッヘンバッハが、そちの様な異邦出身の小役人風情に公訴されねばならんのだァァァーーーッ!」

◇グオォル

「…全く立場を理解してはおらんようだな、ヨッヘンバッハ?
 君には多くの容疑が掛けられてはおるが、その中でも特出すべき罪状は、辺境軍団長アルマージョ公の独断によるグライアス王国外征と云う暴挙を、次官とは云え、外務省に連なる身であるにも関わらず、何等手立てを講じなかった点だ。
 現地に居り、誰よりも先じてその情報を掴む機会がありながら、怠慢から情報集積を怠り、彼の者を止め立て出来なかった。これは由々しき事態」

ゲオルグ

「む〜!ジョルジュのヤッた事等、俺にはカンケーないっ!!
 俺は俺で頑張っておるのだ!日々忙しいこの大ヨッヘンバッハが、いちいち辺境軍団の行動に目を光らせ、聞いた事もない異邦地に侵略しただのしないだのの話に付き合っとるヒマはっ、ぬぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜いぃぃぃッッ!!!」

◇グオォル

「暇が無い??では君は、現地で何をしていた、と云うのかね?」

ゲオルグ

「それはっ!下々の者共の幸せと安寧を願いッ、皆が平和に暮らして行ける政、粉骨砕身、日々努力しておるのだぁ〜ッ!
 民草を救うこの大ヨッヘンバッハの絶対正義の前では、ジョルジュの愚行等取るに足らん小事。女神の愛と俺の正義が、帝国全土を駆け抜けるぅぅぅ〜〜〜ッ!!!」

◇グオォル

「…民?辺境域に帝国臣民はおらん。いるのは、無用無価値な農奴だけ。
 農奴に目を掛けるのは所有者である諸侯の権利の範疇ではあるが、要は己の欲望を満たす為に、帝国の国益を蔑ろにした、と自ら告白しておるではないか?
 教養の無い田舎貴族の愉悦に浸った哲理等、帝国法の前では微塵も存在せぬ!
 しかし、これで決定した。容疑者ヨッヘンバッハは自白を以て、自らの罪を認めた。よって我々は君を公訴する。
 君は弁護士を雇う権利がある。雇い入れるだけの金がなければ、帝国の温情により、国選弁護人を付ける。有り難く思うが良い」

ゲオルグ

「ぬぁ〜ンだとォーーーッ!
 認めん、認めんッ、認めンぞぉぉぉーーー〜〜〜ッ!!!」

◇グオォル

「君の意志は無用だ。
 容疑者を勾留せよ。尚、弁護人以外、何者をも容疑者に接触させてはならん。以上、これ迄っ!」

M L

 帝国軍と天照州軍は暫く睨み合いを続け、共に後退した。
 天照州軍は戦場ヶ原迄後退し、帝国軍も大きく後退した。
 帝国軍は第12軍団を前衛に置き、戦線を維持しつつ、元帥軍は更に後退し、第13軍団の到着に備えた。
 太陽の旅団は戦場ヶ原近くに陣取り、天照州本隊は更に後方に位置し、遠くジョルジーノを隠す様に野営地を張った。

 降ったり止んだりを繰り返す北のスコール
 雨が上がったばかりの朝靄の中、第12軍団の軽騎兵斥候は、太陽の旅団から発せられた斥候を発見すると、急速に接敵し、攻撃を仕掛けた。
 謀反軍の斥候は、長弓による射撃で反撃しつつ後退した。
 軽騎兵により謀反軍の斥候は包囲され、しかし、白兵に迄は及ばず、緊迫した状態が暫く続いた。

 やがて、北北西方向の大地が朱に染まる。
 太陽の旅団本隊が自軍斥候を取り巻く軽騎兵に迫った。
 多勢に無勢で、帝国軍の軽騎兵は、ほぼ一瞬で太陽の旅団の弓矢に射抜かれ、斥候は回収された。
 斥候を回収して程なく、大地が地響きで揺れる。
 東南東から無数の馬の嘶きが聞かれ、やがて、砂煙が巻き起こる。

 太陽の旅団は旋回し、一気に後退する。
 しかし、間もなく馬影が視認出来る程の距離に詰まり、旋回し敵影に表を向けざるを得なくなる。

ジナモン

「!?おーッ!ほンとだっ。将軍の云った通り、アルマージョがこんなトコに迄出て来てる!?」

◇クリューガー

「うむ、先に対峙した時、感じた。彼は必ず、前線に現れる、と。
 残念だが、元帥の下におられる参謀方ではアルマージョ公の相手は出来ん。タルトムラ殿が読めぬ将を相手に知恵比べは不用。感ずるがまま、思うがままの用兵比べを挑まねば、彼の影さえ追えぬであろう。
 ガウガメラ、お主はどう見る。一気に駈けるか?」

◇ガウガメラ

「いえ、周囲に逃げ場がある此処では、突撃が躱される可能性が高く、奴等の射撃の餌食になるだけ。
 ここは圧を掛け、奴等を墓所に迄追い詰め、背後の自由を奪って攻めましょう」
 ランガーオの副官“タイゴン(*7)”ガウガメラ

ジナモン

「??墓所って何処?」

◇クリューガー

「タルトムラ殿が伐たれた戦での戦死者を葬った墓所を彼等は築いた。
 良いだろう。彼等の築いた墓所を、そのまま彼等の墓場にしてくれよう」

M L

 急速な接近の後、第12軍団は緩やかな歩みに移行、距離を保ちながら、太陽の旅団にプレッシャーを与える。
 第12軍団は第11軍団の残兵を加え23,000名程。内、騎兵は18,000騎程。対する太陽の旅団は15,000名程度。内、騎兵は1,000騎前後。
 人馬併せて四万を超える帝国軍の群れは、ブラッカン率いる元帥軍を遙かに凌ぐ圧力があり、流石に士気旺盛な太陽の旅団であっても、じわりじわりと後退せざるを得なかった。

 夕刻を迎えた頃、太陽の旅団は戦場ヶ原に迄後退を余儀なくされ、第12軍団は一定の距離を保ちながら、確実に歩を進めて来る。

ゼファ

「どうなさりますか、閣下?
 これ以上後退すれば、戦場ヶ原の墓標群が展開の妨げとなります。墓所を避け、左右に展開すべきではありませんか?」

ジョルジォ

「よく抑えの効いた軍団だ。ブラッカンの混成軍より遙かに統制が利くと見える。
 しかし、それが返って仇となる。
 展開はしない。このまま緩やかに後退し、機を見て一気に墓標群に退く」

ゼファ

「!?何ですって?死者を祀った墓所に、軍装を纏ったこれ程の兵卒達を踏み入らせるのですかッ!?
 我々だけでも多いのに、あの帝国軍の騎兵が押し寄せたら、墓所が荒らされてしまいます!死者への鎮魂に報いる事が出来ません」

ジョルジォ

「目を懲らして見てみよ。騎兵共が鎧のブラケットを解き、槍を手にし始めている。
 あれは以前の戦いの様な騎馬歩兵としての用兵ではなく、騎兵として突撃を仕掛ける旨を示唆している。
 我々が突撃を躱そうと左右に展開する事を目論み、奴等は鶴翼、乃至は逆馬蹄の陣形で突撃、と云う変わり用兵を行うつもりであろう
 気圧されず、真っ直ぐ退くが勝利と知れッ!」

M L

 押し太鼓の音が轟く。
 戦場ヶ原を背にした太陽の旅団目掛け、堰を切った様に第12軍団の大騎兵隊が押し迫る。
 第12軍団は太陽の旅団目掛け、大きく翼を開いた猛禽類の如く、V字型の陣形で猛烈に突撃して来た。
 太陽の旅団は楔型の密集陣形を敷き、その底辺を墓所に埋める様に後退しつつ、長弓による一斉射撃を敵軍中央に向け射掛けた。

 帝国軍左翼右翼が迫り来る直前に、戦場ヶ原の墓標群に太陽の旅団は進入し、辛うじて長距離を駈ける強力なチャージを躱す。
 しかし、第12軍団の押し太鼓の音は止まない。
 障害となる筈の墓標を薙ぎ倒し、尚も執拗に追い縋った。
 墓標群を避けながら後退する太陽の旅団の歩みは鈍い。墓標を蹴散らし迫る騎兵が、謀反軍を捉える正にその瞬間、至る所で騎馬の嘶きが。

 戦場ヶ原に踏み入った騎兵の悉くが、墓標を支えるべき大地に呑まれた。
 騎馬は脚下、或いは背迄大地に埋もれ、騎手はその勢いを殺す事が出来ず、前のめりに放り出された。
 各所で騎馬は大地に嵌り、引き続き、後続の騎兵は動けなくなった騎馬や放り出された騎手に脚下を奪われ、雪崩の様に倒れ込み、連鎖して混乱を招いた。

ジナモン

「!!?うわぁ〜っ!?前の連中がコケやがった!」
 V字陣形の中央部でランガーオと馬首を並べ疾走していたが、速度を落とす。

◇ガウガメラ

「な、なにぃ〜ッ!?罠かっ?
 墓所に落とし穴だとッ!?クソッ!穴を騎馬で埋めて足場にし、突撃せよっ!!」

◇クリューガー

「待てッ!落とし穴ではない!!!
 退却っ!退却せよッ!!前方にある者は墓標を避け、各自墓所外れに近い左右に旋回転進。墓所前にある者は急速左旋回し、脇を固めつつ離脱。退却ッッッ!」

M L

 ランガーオの判断は実に的確で早かった。
 もう少し指示が遅れていたら、確実に軍団は半壊していただろう。

 墓所への侵入が他より先んじていた左翼右翼各連隊は混乱を免れはしなかったが、それでも半数は離脱し、中には騎馬を打ち捨て、戦場ヶ原から退却した。
 太陽の旅団も退却する第12軍団を逐う事はせず、戦場ヶ原に取り残された兵士や騎馬から振り落とされた者のみを処断した。

ゼファ

「…一体、何が起こったと云うのです!?いつの間に罠を仕掛けたのですか??」

ジョルジォ

「フッ、罠か。罠、ではない」

◇ガローハン

「?落とし穴じゃね〜のか、コレ??」

ジョルジォ

「いつ俺が落とし穴を作れ等と命じた?此処は墓所だ。死者の眠る地、それだけ」

ゼファ

「…しかし、では一体、何故…?それも、帝国軍だけが??」

ジョルジォ

「死者を埋葬した後、どれ程スコールが続いたと思う、貴殿は?
 戦場での略式葬。埋葬する為に掘り起こし、埋めた土を固めてはおらん。又、掘り起こした土の一部は、各々の墓標を立てる為に盛り土をしている。
 つまり、掘り起こし埋葬した箇所は、表面こそ夏の日差しで乾いてはいるが、中は密度が他の箇所よりも低く、大量の水分を含み、泥化していたのだ。
 況して、我々は徒であるが故、墓標を避けて撤退するは必然。仮に泥濘が酷かったとしても、我々が嵌る危険性は少ない。だが、騎馬を駈り、直線的に猛進して来る騎兵では、避けられ様筈がない。
 騎馬と騎手、鉄蹄、それに軍装の重みに耐えられない埋葬箇所は、敵勢の足を奪い、我等に迫る奴等を押し止めたのだ。
 やはり、死者を踏み躙る様な冒涜はしない方が良い。奴等にとっても良い教訓、となったであろう?」

◇ロン

「おぉ〜!墓地も計略に組み込んじまうとはッ、流石、大将!!」

ジョルジォ

「フッ、褒められたものではない。たまたま、戦場ヶ原に近かっただけだ。これを見越して墓所を作った訳ではない。
 それより、墓所に嵌った騎馬と打ち捨てられた騎馬を回収せよ。一個連隊を賄う程度の軍馬は居るだろう」

ゼファ

「!?騎馬を回収…分かりました…」
 (い、一体、何処迄見越していたんだ、この男…追撃をしなかったのは、軍馬を回収する為であったのか!!?)

M L

 外務省の地下室で勾留され、三日ばかり経過した。
 帝都での優美な待遇を期待していたヨッヘンバッハであったが、いきなりの抑留に怒り、罵倒し、喚き、草臥れ、困惑し、後悔し、やがて、意気消沈した。

 仄暗い地下室に軟禁され、食事と云えば得体の知れない肉切れが僅かに入った臭いスープばかり。抑留されて三日しか経っていないと云うのに、疲弊していた。

 そんな最中に国選弁護人が訪れたのだが、事務的な物言いの弁護士は、裁判の見通しが暗い事を告げては、癖なのか溜息ばかりつき、やたら忙しなく瞬きをしては下品なおくびを繰り返し、ヨッヘンバッハを益々、消沈させた。

 更に二日が過ぎた頃、ヨッヘンバッハの下に客が訪れる。
 その客とは、外務長官百目アシュナー・フォル

◇アシュナー

「初めまして、ゲオルグ・ヨッヘンバッハ公爵。
 私は外務省の責任者をしておりますアシュナー・フォルと申します。この度は、貴公にとって、大変、良いお話を持って参りました」
 浅黒い肌に目鼻立ちのくっきりした端正なマスクの紳士。南海の簡素な装身具を身に着け、一見、呪術師の様な出で立ちをしてはいるが、洗練された知性と気品を合わせ持つ。最も新しい十三人衆のメンバーでもあり、外務省のトップである。

ゲオルグ

Ass Hole(ケツの穴)??三国人は珍妙な名をしておるの〜?名があるだけマシか?
 それにしても、外務省は異邦人の収容施設か?民度の低い卑しい不可触賎民如きが、この高貴な帝国貴族大ヨッヘンバッハに提案とは、342年早いわっ!」

◇アシュナー

「お元気そうで何よりです。
 お話とは他でもありません。貴公に司法取引へ応じては貰えないか、と参った次第であります」

ゲオルグ

「このケツメドめがッ!司法取引とは何事だぁ〜っ!!
 そんなものに応じると云う事は、この大ヨッヘンバッハが罪を認める事になるではないくぁぁぁーーー〜〜〜っっっ!
 云われのない罪でこの大ヨッヘンバッハが裁かれる等有り得んし、認めンッッ!!!」

◇アシュナー

「然様ですか。では、残念ながらこのお話はなかった事に致しましょう」

ゲオルグ

「むっ!?ヤケに物分かりが良いではないか!この大ヨッヘンバッハは無罪であるっ」

◇アシュナー

「その旨は、弾劾裁判で申し開き下さい。
 凡そ、国益を損なった貴公の罪状から鑑み、帝国中央刑務所で永久拷問が求刑される事でしょう。お労しい」

ゲオルグ

「む〜、司法取引は裁判が始まった後でも出来るものなのかね?」

◇アシュナー

「弾劾裁判は集中審議となります。一度始まれば、取引を行う時間は一切、御座いません。又、司法取引は被告の都合で為されるものではなく、貴公には酌量の余地は皆無、提案に応えるのか否かはこの場で即決して頂きます」

ゲオルグ

「むむ〜…で、司法取引とは、どの様な内容かね?」

◇アシュナー

「内容の如何ではなく、司法取引に応じるか否かだけにお応え下さい」

ゲオルグ

「むむむ〜、相分かった。応じる、応じるわっ!だが、アナル長官!そち、俺をよきに計らうのだぞッ!!」

◇アシュナー

「結構。では、後日、私共の会議にお呼び致しますから、暫しこちらでご自身の罪を懺悔なさい」

ゲオルグ

「むっ!これ、アナル!!此処から今直ぐ出せ〜い!取引に応じてやるのだから、サッさと出さぬくァァァーーー〜〜〜ッッッ!!!」

M L

 第13軍団が元帥、第12軍団と合流を果たした。
 合流を果たした現在でも帝国軍は謀反軍に規模で遙かに及ばす、積極的な軍事行動が出来る様な状態ではなかった。
 コロッセウム率いる援軍と第10軍団の到着は、それ程先ではない。しかし、謀反軍がこれを待つ筈もなく、再び両軍は睨み合う形になっていた。

◇ブラッカン

「諸君、我々は極めて厳しい状態に置かれている。しかし、謀反軍の粛正に遅れを取る事は許されない。
 諸君等の知恵を借りたい」

◇ガーデルハイド

「正直、驚いております。
 ここ迄戦況が困難とは想像しておりませんでした。第14軍団とは未だ連絡が着かず、もしかしたら敵辺境軍団と戦闘状態にあるのかも知れません」

◇クリューガー

「元帥。僭越ながら、現状我々の戦力では、謀反軍を攻略するのは至難。
 援軍が到着する迄、防衛戦に徹し、損害を抑えるべきかと」

◇ピッツォッラ

「お待ち下さい、将軍。
 今ここで消極的な展開をすれば、敵は益々、意気盛ん。確実に期待出来る援軍の兵数を加えても謀反軍に及ぶかどうかと云う現状で、士気低下を招く戦略は命取り」

◇ツィギー

「その通りで御座います。
 ここは、機動力に勝る将軍の第12軍団を遊軍とし、敵を攪乱、第13軍団と元帥軍とで正面から圧力を掛けます。
 謀反軍でまともな兵力は、あの朱の軍装を纏った隊のみです。あの隊を叩けば、敵は崩れます」

ジナモン

「ヤメた方がイイッて!
 皆で固まってないと、又、ヤラれちまうって!」

◇バイラト

「ふむ、確かに各個撃破の対象とされては堪らん。
 だが、粛正対象たる謀反軍を前に受動的な防衛戦では申し開きが立たない。より能動的な戦略を立てるべき」

◇ガーデルハイド

「参謀方々。戦後処置を意識した戦略をお考えでしたらお止め頂きたく存じます。
 我々の被害は甚大です。戦後責任より、目の前にある危機に憂慮して下さい」

◇グロッカム

「ガーデルハイド女史。戦後責任ではない!
 帝国は、いつ如何なる時であっても叛徒を許さない。叛徒には、帝国の力を見せつけ叩き潰し、決して模倣犯を出させてはならん。
 従って、攻めの姿勢を貫き、全力を以て叛徒を殲滅させねばならないっ!」

◇ガウガメラ

「ですが団長、謀反軍は精強です。
 情報部からのデータは悉く間違っており、全く役に立っておりません。その上、ドーベルム元帥が謀反軍に付くといったイレギュラーも加わり、当初の予定を果たす事はほぼ不可能です。昨年のグラナダの乱鎮圧とは根本的に異なり、全てにおいて後手に回っているのです。
 威信を守るより、現状を分析、何が得策かを冷静に判断されるべきです」

◇ブラッカン

「諸君等の意見は分かった。
 総合的に解釈し、攻勢を貫く旨とする。が、しかし、兵数で劣る我々が更に兵力を分散するのは得策にあらず。故に、戦力を集中し、正面に圧を掛け続け、戦線を北西へと押し込むべく争う。
 只、この戦略に打開策はなく、あくまでも援軍到着とサロサフェーン殿のご到着迄の戦況、とする。
 万が一、今ある我々が援軍到着前に敗れる事があれば、雷獄の砲を開き、謀反軍共々、この地に果てるを覚悟せよ!」

ジナモン

「!?おぉッ、凄い!元帥、俺に何か出来る事があったら云ってくれよな」

◇ブラッカン

「結構。では、第13軍団と行動を共にせよ。そして、ガーデルハイドの身辺警護に務めよ。
 謀反軍は遅かれ早かれ、確実に輜重隊を襲うであろう事が予想される。君は将軍を護り、輜重を守護せよ」

M L

 小雨が降りしきる中、帝国軍と天照州軍は、幾度となく小競り合いを繰り広げていた。
 両軍とも激しい展開はせず、機敏な陣形替えを繰り返しながら、時に帝国軍が攻勢に出、時に天照州軍が攻勢に転じ、一進一退を繰り広げていた。
 どちらが優位に立つと云う事もなく、攻めては守り、守っては攻めを共に仕掛け、その膠着状態が数日続いた。

ジョルジォ

「いよいよ、だな」

◇ドーベルム

「あン?いよいよ、って何がだ?」

ジョルジォ

「帝国軍の配備と弱点が分かった。少し時間は掛かったが、敵輜重部隊を攻略する」

◇ソル

「敵が集結している今、輜重部隊に攻撃を仕掛けるのは危険です。恐らく、読まれています。
 もし私であれば、寧ろ、積極的な閣下の行動を読んだ上で、故意に隙を作り、閣下を誘き寄せる罠を張ります。閣下の率いる兵は分かり易く目立ちますから」

ジョルジォ

「…成る程。ソルの云う通りだな。
 分かった。太陽の旅団の軍装をプルトラーの部隊と交換し、通常軍装で強襲を掛ける。敵輜重部隊に打撃を与え、敵援軍がそのまま奴等の首を絞める様、仕向ける」

◇プルトラー

「否、ダイアモントーヤ(*8)、止めておいた方がいい。
 帝国軍が警戒している今、輜重部隊に狙いを定めるのは危険だ」

ジョルジォ

「警戒しているからこそ、軍装を替え、敵の虚を突き、尚、攻め入る。
 奴等は俺の影を畏れ、細心になり、しかしそれでも、俺を逐えない。その事実を焼き付ける事で、挫折感を覚えさせる。役者が違うのだ、と云う事実をな」

◇ドーベルム

「ジョルジュ〜、止めとけ!プルトラーの云う通りだ。焦る事ぁ〜、ねぇ〜」

ジョルジォ

「ナニッ!?焦る、だと?焦って等いない。これが最強最善手だ!」

◇ドーベルム

「あぁ、言葉が気に喰わなかったか?
 お前ぇ〜の云う通り、なかなかグッドなアイデアだゼ!だが、何も此処でヤル事ぁ〜、ねぇーよ!
 面白ぇ〜アイデアだから、とっとけ、つってんだよ」

ジョルジォ

「取っておく?刹那の判断を取っておく事程、愚かな真似はない!
 今、と云う時は二度と訪れん。タイミングが重要だ」

◇ドーベルム

「そ〜だゼ?だからよ、このタイミングじゃねぇ〜、つってんだよ!
 輜重をヤルのに軍装替えるなんざ、賊でもすんゼ?お前ぇ〜は、命張って賊の真似事するつもりか?あぁ??
 総大将が偽って特攻仕掛けるなんざ、それで戦を終ぇ〜にすっ時でいいゼ!」

ジョルジォ

「…ならどうしろと?雁首揃えて力圧しを続けろ、とでも?
 兵力差に感けての力圧し等凡将の所業。次々と湧き起こる戦の旋律、智の源泉、勝利の律動を、どうして止める事が出来ようかっ!」

◇ドーベルム

「くぉ〜の薄らぶォけェがぁーーー〜〜〜ッ!!!!
 考えねぇ〜で勝てる戦をッ、何で負けちまう可能性がある方を執ンだよっ!
 輜重の強襲?お前ぇ〜なら成功させる可能性あンが、失敗する可能性だってあんだろ〜が??何でわざわざリスキーに戦う?勝ち急いで、っからだろ〜がぁ!!!
 総大将、つ〜もんはよ〜、鼻でも掻っ穿じりながら、アホ面引っ提げて後ろで、ドンッ、と構えてりゃいいんだよ!

ジョルジォ

「……この俺に愚将の真似をしろ、と!!?
 凡庸な将がッ、誰もが執り得る様な愚行、俺はせぬッ!」

◇ドーベルム

「てめぇ〜!誰でも出来る、っつ〜事を、てめぇ〜自身は出来ね〜のか、アホッ!
 帝国の陣容を見てみろ!ありゃ〜、背水の陣だ。ブラッカンは本気になってんだよ!お前ぇ〜の用兵を、試して驚き、たじろいで認め、とうとう挑んで来やがった。
 百戦錬磨の男が、後先考えねぇ〜程、熱くなってんだ!分かるか?
 ブラッカンは、負けねぇ〜戦から、負けてもいいからお前ぇ〜を倒す戦に切り替えた。云っとくが、ブラッカンがてめぇ〜のスタイル捨てるなンざ、考えられね〜話なんだゼ?
 お前ぇ〜が、奴に“覚悟”させちまったんだよ」

ジョルジォ

「!?何?覚悟、だと?
 そこ迄の損害は与えてはいない。勝ち過ぎてはいない筈?」

◇ドーベルム

「お前ぇ〜、意外と自分の事、分かってね〜な?
 お前ぇ〜のヤッてる事は、前代未聞なんだよ。お前ぇ〜の器量では、それをふつ〜に考えてンのかも知れねぇ〜が、他のヤツにしてみれば、どれもこれもビックリしてんだよ。
 ブラッカンは誰からも賞賛される程の将才の持ち主だが、それでもお前ぇ〜に着いてけね〜の!でも、アイツは元帥だ。それに責任感は人一倍強ぇ〜。
 ヤツが勝てね〜、って判断したら、そりゃ〜、捨て身になる。それに、ヤツの判断、正しいしなっ!」

ジョルジォ

「…雷獄を使う可能性がある、と云う事だな?」

◇ドーベルム

「そ〜云うこったわな。
 勝ち過ぎてね〜、つ〜からには、お前ぇ〜も当然、帝国を追い込まね〜様に戦って来たつもりだろ〜が、人にゃ〜、それぞれ器、つ〜もんがあっからよ。
 お前ぇ〜も云ってたじゃね〜か?勝った負けたは相手が決める、って?
 帝国の威信を一手に背負ってヤッて来たブラッカンにとっちゃ〜、タルトムラが死んじまった時点で、っつ〜か俺がお前ぇ〜んトコに来た時点で、とっくの疾うに敗北しちまってたンだよ!
 考えてみろ?帝国が内乱鎮圧如きで、元帥と軍団長失う、って有り得るか〜?」

ジョルジォ

「……成る程。ドーベルムの云う通りだな。
 雷獄を使わせない為には、ブラッカンが腹を決める前に、サロサフェーンが到着しなければならない、と云う事か。
 その為には、生命線である輜重部隊の攻略はせず、勝ち負け定まらない戦を展開させる必要がある、か」

◇ドーベルム

「ま、そんなトコだわな。
 尤も、他にも理由があんゼ。分かるか?」

ジョルジォ

「………否、見当もつかん」

◇ドーベルム

「ンなら教えといてやっが、お前ぇ〜、もっと部下を使え!
 何でもかンでもお前ぇ〜がヤッちまったら、部下が手柄挙げられね〜だろ?
 全部が全部、お前ぇ〜に任せちまったら、部下共はバカになっちまう。お前ぇ〜にホントの器量があンなら、部下に任せるだけの度量を示せ、つ〜こった。
 部下共の失敗も成功も、丸事引っ括めて、お前ぇ〜の器量、っちゅ〜こった」

ジョルジォ

「…器、か…以前にも別人から云われた事がある(*9)…考えておく」

M L

 帝国中枢議会
 週一度、定例議会を持つ、12官庁の長と13人衆筆頭による政務における帝国の最高決定権を担う議会。
 会議の内容によっては七騎士大元帥元帥大公総督軍団長等が同席する場合もある。基本的に13人衆他、議会出席者の多数決によって議題は成立する。此処には当然、宰相が出席する事あり、その場合、特別な指示が宰相より下される。
 この中枢議会の決定は、七騎士にのみ停止権限がある。勿論、議会の決定が皇帝に何らかの拘束力を有する事は決してない。

 ヨッヘンバッハはこの帝国中枢議会に呼び出されていた。
 その議場は、帝国の最高統治機構であるにも関わらず、それ程巨大な空間ではない。勿論、十分な席数と空間、世界最高峰の調度品が揃えられてはいるが、どちらかと云えば、密室と云うイメージである。

 外務省から移動するヨッヘンバッハは、囚人さながら、頭部には皮の装帯で目隠しされた上、麻袋ですっぽり覆われ、腕は後ろ手で縛り上げられ、足にも小股で歩くのがやっと、と云う程度に両足を繋がれていた。
 視界が奪われていた為、何処に向かって移動したかは全く分からないが、途中、馬車に乗せられた。

 議場に着いたヨッヘンバッハは拘束を解かれ、長テーブルの下座に着く様、促される。
 暫くすると、16名の老若男女が現れ、テーブルに着く。遅れて、老人が現れる。
 上座に着いた老人は珍しく自分から話しを切り出した。

◇カリオストロス

「御機嫌よう、諸君。色々あるんでな〜、今日も出席したぞい。
 さて、今日はゲストがお出ましじゃったな。フォルから紹介願おうかの?」
 大帝国政務の頂点に立つ宰相カリオストロス・ダ・キケロニウス黄昏の七騎士(*10)の第五騎士でもある。帝国成立以前から皇帝に仕えて来た知恵者であり、帝国建国の雄であるが、今此処にいる老人がその人と同一人物であるかは定かではない。

◇アシュナー

「下座におりますのが、容疑者ゲオルグ・ヨッヘンバッハです。
 今回の司法取引に快く応じる、との事に御座います」

ゲオルグ

「む〜、快諾なんぞしてないぞ、アナル長官(アシュナー・フォルの事)!
 致し方なく協力してやろ〜、と云うこの大ヨッヘンバッハの温情であ〜るぅぅぅ」

◇オメガゼット

「のぁ〜んですか〜、この卑猥なメンズは〜?
 のぁ〜んにも才能がのぁ〜い癖にっ、デラ偉そ〜な態度を取るとは〜っ!
 司法取引等、やはーり、不要Death!ゼぇ〜ット!!」
 内務長官混沌法オメガゼット。筋肉ムキムキ、タイツピチピチ、ド派手なマントに奇っ怪なマスクを装った、最早、怪人。最強の文官、と呼ばれる程の腕っぷし。

◇メトロ

「否々、オメガゼットさん。
 司法取引の提案は、既に採択された議案。一時の感情で、無効の旨を口にするのは、大法を無視するかの如き云い種ですぞ?それでは、この者も浮かばれますまい?
 そうだ君、飴ちゃん、食べる?」
 国土長官土竜メロウ・メトロ。骨太の黒人で、髪はもじゃもじゃ、服装はラフ、と労働者階級の様な軽装。ヨッヘンバッハに飴玉を差し出す。

ゲオルグ

 差し出された飴玉を受け取って口に放り込み、
「それで司法取引の内容を聞かせては貰えんかね〜?
 な〜ンにも聞かされておらなんだから、気構えもクソもないの〜」

◇ダーベンバーグ

「今一つ、自分の立場を理解出来ないでおる様ですなヨッヘンバッハ?
 確かに、縁も所縁もない帝国上層部に、貧困に喘ぐ一辺境諸侯風情が訪れては、教養文化振る舞いの違いに、慌てふためくのも分かるが、今一度状況把握に努めるのが帝国臣民のあるべき姿、と云うものでしょう?理解出来ますかな?」
 国民院代表大貧民ゲルト・ダーベンバーグマシーンヘッドの愛称で
13人衆から呼ばれる冷徹な知恵者。しかし、帝国一のボランティア活動家、として知られる。

◇バロズ

「ま〜ま〜、内容を知らずに此処へ連れて来られ、混乱しているのでしょう。責めても仕方ありません。
 司法取引の内容を伝えましょう。ヒュトララさん」
 立法院代表閃きウィンザック・バロズ

◇ヒュトララ

「はい、それでは司法取引の内容をお伝え致します。本取引の内容は以下の通り。
 北方辺境第27軍団軍団長ジョルジュ・アルマージョ・ダイアモントーヤ公爵の監視を命ずる。
 監視目的は、当公爵の行動が帝国国益を損なう畏れがある為、これを監視、記録、報告義務をヨッヘンバッハ、貴公に下す。
 尚、当公爵の行動が著しく国益を侵すものと貴公が判断した場合、特に指示がなくとも、当公爵を排除、乃至、誅殺する権限を授けるものとする。但し、この際、帝国への公的な支援要請等はないものとし、又、帝国は如何なる公的な支援を貴公に下す事はないものとする。
 当目的において、貴公に公的な立場、役職は一切生じない。従って、帝国法の許容する限りにおいての、貴公所有の爵位における私的財産、並びに私的権利において、これを負担するものとする。
 また、公的機関並びに特権者に対し、当目的及び本取引における内容の質問、意見等一切の問い合わせは禁じ、これを破れば本取引は失効する。同様に、本件を外部に漏らす事も禁じ、違反すれば本取引は失効する。
 本件を以てこれを遵守し、勤め上げる事で、これ迄の貴公への容疑、並びに罪状を一切、問わないものとする。
 以上です。お分かりになりましたかな、ヨッヘンバッハ公?」
 13人衆筆頭天秤クイーンサー・ヒュトララ帝国中枢議会進行役兼政務監査役。まだ若く、アシュナーに次いで在職期間は短いものの、この長身の女性は、既に13人衆筆頭としての貫禄さえ漂う。

ゲオルグ

「!?ぬ〜、この大ヨッヘンバッハに、ジョルジュを監視せよ、と云うのか〜?
 む〜、その様な下衆な役回り、この俺には似付かわしくないの〜!
 他にないのかね?この大ヨッヘンバッハに似付かわしく、高貴で気品溢れ名誉ある華々しい役目は〜?」

◇エージャ

「!?此奴、愚弄しておるなッ!
 此奴に司法取引等無用ッ!無論、弾劾裁判等無駄ッ!!況して、儂等が議論する事すら不要ッ!!!
 今直ぐ、此奴を殺してしまえッ!何なら儂が斬り捨ててヤるッッッ!!!!」
 勲爵院代表神の器ノーオーブオス・エージャ。白髪白髯に片眼鏡をかけた老人だが、その威圧感はド迫力。元天鳳騎士団八葉”の一角を占めた騎士であり、当時は凄腕の剣士としても知られた。

◇アボタイ

「否々、エージャ殿。お焦りめさるるな。
 どの道、其奴に選択の余地は御座らんて、気に喰わんのはこの際、止めておきましょうや?」
 司法院代表偏頭痛アボタイ・ペル。禿頭隻眼の老人で、胡桃を片手で弄ぶ頑強そうな老人。元帝都第3軍団軍団長を勤め上げた軍人上がりの文官。

ゲオルグ

「む〜、血の気の多い爺ぃ〜よの〜。
 ま〜、ジョルジュを監視するのは良しとして、あやつを倒すのはちと難しいの〜」

◇タイタンブルー

「取引成立以降、帝国は一切、貴公に関知しない。
 故に何か問題があるのであれば、この場で語ってみなさい。勿論、応じるか否かは内容次第ですがな」
 祭儀庁執行頭太陽タイタンブルー

ゲオルグ

「ふむ、ジョルジュの処には凄腕の術士がおるようでの〜。
 ちょっとしか見た事がないから分からんが、多分、あの“三つ目”が怪し〜の〜」

◇アルカナ

「三つ目の術士〜?そンな変なの居たら、分かるよネ〜?ウキャッ、ウキャッ」
「あ〜ッ、アレじゃン、カノンちゃン!術士じゃないけど〜、ウケッ、ウケッ」
「っぽい、っぽい!云われてみたら、っぽくなくない?クププッ、クププッ」
「それにしてもヨッヘンちゃン、ギザキモス!あ〜、お腹減った!ウキャキャッ」
 法術庁法術頭喜怒哀楽アルカナ・シスシス家の三女、四女、五女、六女。四つ子の姉妹で、四人まとめて“アルカナ”と呼ばれ、13人衆に数えられている。

◇ショッカー

「ふ〜、ならば丁度良いですな。
 捕らえたばかりのラシュディールを解放すれば良いでしょうかね〜?」
 神道庁神道頭罰当たりジョーカー・ショッカームーン教団(*11)の大神官の一人。

ゲオルグ

「?何だか分からんが、ジョルジュ相手に何とかなるンだったら、サッサと其奴を寄越さぬかぁ〜っ!」

◇マグネス

「そう云えば宰相閣下。
 おっしゃられておりました正体不明の者、と云うのは如何致しますか?」
 財務長官黄金虫マグネス・ロンダーリン。白目をむいた濁った右目に荒れた白髪、下卑た笑みから洩れる口元には黄金の総入れ歯。凶悪な容貌の持ち主。

◇カリオストロス

「うむうむ。正直な処、巨龍の見た夢の話を聞かされている心地(*12)じゃ。
 その様な輩には、西の大陸の暦で予定を立てる(*13)他あるまいて。用意は出来ておるかの、メシュメール?」

◇ポーポー

「はい、用意は出来ております。
 ご許可頂ければ、何時でも解放致します」
 封土庁監視頭太陰メシュメール・ポーポー
 机に奇妙な多角形の小箱を置く。上部に色めく宝石が着いているが、何とも禍々しい光を放っている。

ゲオルグ

「?なンの話をしておるのだ?説明を致せ、説明を!」

◇カリオストロス

「封土庁地下に封印しておった悪魔ナヴァロラカーン(*14)をそちに与えよう。
 北の太陽の黒点(*15)にも何とか潰しが効くのではないか、と期待しておるのじゃが?まぁ、試してご覧なされ」

ゲオルグ

「む〜、さっぱり合点が行かぬわい!分かるよ〜に説明せんかい!」

◇ポーポー

「お話してもご理解頂けないでしょうから、ご体験召され」
 小箱に着いた不気味な光を発する宝石を半回転させる。

M L

 一層、禍つ輝きを強めた小箱の宝石が、爆発する様に閃光を発した。
 感覚に及ぼすエネルギーに疎いヨッヘンバッハですら全身に感じる圧倒的な瘴気に身が竦む。
 邪悪な気配が辺りを包むと、突然、左腕に激痛が走る。
 ヨッヘンバッハの腕に、点滅を繰り返す不気味な光彩を放つ、得体の知れない物体が喰らい付く。
 ニギャ〜スッ!
 ヨッヘンバッハは絶叫を上げる。
 ヨッヘンバッハの腕はバリバリ喰われ、みるみる失われ、代わって喰らい付いた物体が腕の形に変貌する。そして、その化け物が一言。
「よろぢぐだ、ヨッふぇンう゛ぁッハッハッハッハーッ!」
 痛みに強いヨッヘンバッハではあったが、一瞬で片腕を喰い破られた激痛には耐えられず、気絶した。

 気絶したヨッヘンバッハが運び出された議場では、静かに議題が進行する。
「何故あの様な小物を遣わされるのですか?」
「ふふ、態度だけは大物でしたがな」
「彼の者の配下に誰がおるのか知っておりますかな?」
「有象無象、禿鷹の部類で御座いましょう?」
「驚きめさるな、クーパーアボロ殿ですぞ!」
「!?何かの間違いではないか?」
「彼奴の運気は一国の建国王のそれに近しい」
「王者の運気?愚君の相でしょう?」
「否、爆発的な運気を持ち合わせておる。しかし、惜しいのは…」
「運気を浪費していますね、しかも一方的に…」
「付け加えるのであれば、悪魔に取り憑かれては、最早、運気を得る事も出来ず」
「堕ちるだけ、堕ちて貰いましょう。周りも巻き込めば、助かりますしな」
「さて、そろそろ本題に入りましょう。もう、彼とは二度と会いませんしな」


 帝国軍と天照州軍の戦いは数日間に亘って膠着状態、と云って良いだろう。
 両軍共に有効な戦術を展開出来ずにいる。
 天照州軍は、“百の魔術”と云う術士からなる中隊を投入し、一部戦局において有効に働いたが、戦局そのものには影響しなかった。
 とは云え、兵数で勝る天照州軍が徐々に帝国軍を圧倒し、ジリ貧となった帝国軍は後退を余儀なくされていた。

 やがて、天照州軍の長弓部隊による超長距離射撃が第13軍団の輜重部隊を襲い始めた頃、帝国軍にとって念願の援軍が到着した。中央第10軍団(*16)の到着である。
 第10軍団の到着によって戦況は変化した。

 終始、天照州軍に圧され続けていた帝国軍であったが、第10軍団によって戦況は一気に好転した。
 第10軍団を加えても帝国軍は兵数で天照州軍に劣っているが、この第10軍団は特殊であった。
 ムーン教の神官戦士からなる第10軍団は、その信仰による御利益(*17)で奇跡の魔術を披露していた。

 逆巻く神風を巻き起こし、天照州軍自慢の長弓の飛距離を妨げ、それ処か帝国軍の矢弾を遠く運び、射撃戦の有利不利が一気に逆転した。
 天照州軍は、百の魔術を第10軍団に向かわせるものの、2万人の神官戦士の祈りの前では、何等好転の兆しは得られなかった。
 これにより射撃戦から白兵戦に突入し、益々、混迷を極めた。

◇ザラライハ

「参りましたな。頑強なブラッカンに加え、強力な魔術支援が可能な第10軍団が揃ってしまった事で、最早、力圧ししか出来ない状況です」

◇ソル

「攻城兵器を活用し、宗教者達の集中力を妨げるしかないのではないでしょうか?」

ジョルジォ

「…最悪な状況だな。やはり、俺が打開せねばなるまいな」

◇ドーベルム

「あぁ、そろそろいいかもなぁ?あいつ等、緊張の糸が切れたみて〜だしな」

ジョルジォ

「では、太陽の旅団で突撃を敢行するぞ!」

◇ドーベルム

「おぉ、派手にヤッて来いや!ンで、どっちをだ?」

ジョルジォ

「フッ、勿論、“アイツ”だッ!!!」

M L

 両軍併せて17万人を超える兵卒達がぶつかり合い、大地を揺らす。
 第10軍団の魔術的戦術に伴い、戦力は拮抗、寧ろ、帝国軍の士気は高くなった。
 兵力差を除けば、確実に有利となった帝国軍ではあったが、寡兵である為に断続的な戦いで疲弊し切った兵卒が大半である。これ以上の戦闘継続は不利、と判断したブラッカン元帥は、一旦、退却する事を命じた。

 混戦状態にあったとは云え、何れの軍も攻勢を仕掛けていた訳ではなかった為、帝国軍の退却はスムーズに行き、十分な距離をとって野営地を築いた。

◇ガーデルハイド

「援軍のご到着で、本当に助かりました。
 誠に有難う御座います、ムーン将軍」

◇リエル

「何なのですか、この状況は!?
 第11軍団と第14軍団はどうしたのです?」
 中央第10軍団軍団長巫女リエル・ムーンムーン家直系の血筋で、ムーン教団第三位の大神官でもある。剛毅な女将軍として知られる。

◇ピッチョッラ

「第14軍団とは音信不通。第11軍団は謀反軍によってほぼ壊滅、軍団長タルトムラ将軍は討ち死、名士会貴兵団は殲滅、団長メレンドルフ侯爵は行方不明。戦況は芳しくありません」

◇リエル

「散々たる状況ですわね。
 ドーベルムは調略され、北方州軍団は寄って集って辺境軍団長一人に翻弄されるとは、戦闘指令長官ブラッカン元帥が指揮を執られているとは思えませんわ」

◇ブラッカン

「…誠に不甲斐ない結果を齎し、申し訳御座らん」

◇リエル

「異教徒共は我等の輜重を狙って来る事でしょう。
 第13軍団では輜重を守り続けるのは困難でしょうから、私達第10軍団が輜重を守護致しましょう」

ジナモン

「!?何でだ?将軍は良く戦ってるし、頑張ってるぞ!
 輜重部隊を移す必要なんか、無いんじゃないか??」

◇リエル

「輜重は軍運用の肝。
 私達であれば、第13軍団よりも上手く守り、且つ、異教徒共を屠る事が出来ますの!お分かりかしら?」

◇ブラッカン

「了承致しましょう。
 輜重部隊はムーン将軍の下で庇護して頂きましょう」

◇リエル

「ええ、了解致しました。私達が戦えば大勝利は確実なものとなりますわ!異教徒共を伐ち滅ぼしましょう!!
 御利益ッ!バンザ〜イっ!!!」

ジナモン

「…何か納得いかないな。ま、頑張りなよ!」

M L

 再び、帝国軍と天照州軍は衝突した。
 天候が良いせいもあってか、両軍の攻防は以前とは比べものにならない程激しく、特に天照州軍の攻勢は凄まじい迄に苛烈を極めた。

 これ程峻烈な攻勢を受けたのは、この戦い始まって以来であった帝国軍は、謀反軍の指揮がドーベルムに因る用兵ではないかと察知し、ブラッカンは全軍に対し、防戦に集中する命を下した。
 左翼に第10軍団、右翼に第12軍団、中央に元帥軍、後詰めに第13軍団と配置した帝国軍は、各々の距離を狭め、天照州軍の猛攻に耐える様、備えた。

 守勢に転じて間もなく、謀反軍の一部から朱の軍装の一隊が分離する。
 天照州軍から分離した遊軍は、帝国軍左翼方向に急進し、弧を描き回り込むかの様な動きを見せ、突進する。
 まるで、後衛に配備された第13軍団のみを標的とした様なその用兵に、第10軍団は機敏に反応し、その遊軍の進路を断つべく、素早く展開した。

 速やかな第10軍団は鋒矢の陣形で進軍、太陽の旅団による長蛇の陣は中央から分断され、前後に引き裂かれた。
 太陽の旅団を分断した第10軍団は素早く反転、引き裂いた敵軍の前衛、敵の進行方向側の部隊を攻撃し始めた。

「フン、バカめ!かかったな!異教徒の首魁を討ち取れッ!」
 ムーン将軍の怒号が響く。
 第10軍団は分断した太陽の旅団前衛部を急速に半包囲し、猛攻に転じた。
 密集防衛で第10軍団の猛攻を辛うじて防ぐ太陽の旅団にムーン自ら率いる最精鋭の神官戦士団“巫女神一番隊”が突入する。
「神を偽称する叛徒アルマージョに真の神の鉄槌を下すのだ!」

「ダイアモンド陣形ッ!」
 ジョルジォの声に反応し、密集陣形を執る太陽の旅団が菱形に変貌を遂げ、第10軍団の突出した巫女神一番隊に向け、楔を打ち込む様に陣形を変えた。
 突然の太陽の旅団による陣形の変化に第10軍団は対応出来ない。
 突出した巫女神一番隊は太陽の旅団の密集した楔状の部隊によって本隊と切り離され、その脇腹を晒す事になる。
 左側面を完全に突かれたムーン将軍は、太陽の旅団の密集陣から放たれた小部隊に接敵を許し、その一隊に黄金を鎧う男とも女ともつかない顔を見る。

◇リエル

 盾になろうと迫り出した神官戦士の男を薙ぐ様に前に出て、
「お前がッ、偽る神、異教徒共を叛徒へと導くアルマージョかァーーーッ!」

ジョルジォ

 白馬を駈り、接敵しつつ、
「そう云う君はミディウス(*18)の妹君か?」

◇リエル

「見るからに面妖奇っ怪なッ!吾が神々の怒りを感じ取るが良いッッッ!!!!
 みっこ巫女にしてやンよっ!」
 神具を翳し、護衛の神官戦士に突撃を促す。

ジョルジォ

「憐れな仔羊…神に仕える下僕と御身に大神を宿す主とでは“”が違う」
 親衛隊“公儀隠密”達に攻撃を命じる。

M L

 精鋭からなる巫女神一番隊の、その中でも特に優秀なムーン将軍の護衛達“巫女巫女ムーン”がジョルジォの公儀隠密に立ちはだかる。
 しかし、奇々怪々な独自の技を繰り出す屈強なジョルジォの親衛隊達には遠く及ばない。次々とムーン教の精鋭達は斬り倒され、ムーン将軍に押し迫る。 

◇リエル

「!?クッ!な、何をしてる!異教徒共に遅れをとるなんてっ!」

ジョルジォ

「フッ、終わりだリエル。せめて、自分自身の為に念仏でも唱えていろッ!」

M L

 神官戦士達を打ち倒した公儀隠密達は、ジョルジォの前にムーン将軍迄の一本道を築く。
 ジョルジォは自身の駈る白馬でムーン将軍の騎馬に激しく当たり、彼女を落馬させ、大地に這わす。

 愛馬から女将軍を見下ろすジョルジォは、弦も矢もない弓“天弓”を絞る。
 ジョルジォの強靱な精神力が、やがて、輝く弦と光の矢を作り上げ、ムーン将軍を狙う。

「さらばだ、ムーンの巫女!君の魂を、我が黄金教の一柱に加えてやろう」
 天弓から放たれた強烈な閃光が女将軍を射抜こうとしたその瞬間、煌めき輝く白刃が翻り、精神の矢弾を防ぎ弾く。

「!?何奴ッ!………貴様か?…やけに早いじゃないか?」

 ムーンに駆け寄った馬上の男はサロサフェーン・ド・プーライ
 帝国のカリスマ、黄昏の七騎士第1騎士。帝国筆頭戦士団“コロッセウム”の筆頭戦士にしてその指揮官。
 馬上にあって彼は、その磨き上げられた剣を薙ぎ、光輝く切っ先でジョルジォの天弓からムーンを救い、静かな視線を投げ掛ける。

ジョルジォ

「待っておったぞサロサフェーン。
 歴然とした力の差に堪えられなくなったブラッカンが雷獄を使うその前に到着するとは、流石に七騎士。褒めて遣わす」

◇サロサフェーン

「アルマージョ公、お止め頂けないないだろうか、此度の戦。
 貴公もこの様な戦、望まれてはいない筈。違いますか?」
 下馬し、落馬の衝撃で体を痛めたムーンを抱え、愛馬に背負わせる。

ジョルジォ

「…フッ、七騎士ともあろう者が畏れをなしたか?
 粛正、と云う名の嫉妬に付き合わされているのは俺の方だ。
 粛正処か、その勝敗さえ危ぶまれ、戦禍拡大が如実となったこの時期に、被害者のこの俺に矛を収めよ、とはどの口で申しておる?」

◇サロサフェーン

「貴公が皇帝陛下に忠義を誓っているのは存じ上げております。
 貴公の才覚は誰しもが認める処。やがて、必ず帝国の為となりましょう。私とあまり年の変わらない貴公であれば、今後50年は帝国の忠臣として祀られましょう。
 今此処で矛をお収め下されば、私が全力を以て貴公を推挙致しましょう。お約束致しましょう」

ジョルジォ

「…フッ、如何にも騎士らしいリアリティに欠ける提案だな。
 大元帥と宰相、文武両長の承認で執行された粛正を、貴様一人の力で如何様にして覆せる、と云うのだ?」

◇サロサフェーン

「私は黄昏の七騎士、皇帝代理権(*19)を持つ陛下の代理人。
 私がお約束したものは陛下がお約束なされたに近しい。一度、お約束致したものに口を挟まれる事は、宰相、大元帥とて出来はしますまい」

ジョルジォ

「…貴様の云う通りだろう。
 此処で俺を説得し、終戦を迎えれば、確かに此度の騒動は不問となろう。恐らくは俺への追求も止み、帝国の威信も七騎士の名において保たれるであろう。全ては万事丸く収まる。その通りだ。
 だがッ!全ての奴原が貴様の様に物分かりが良い訳ではない。
 貴様の与り知らぬ処で、俺を排斥しようと試みる者が帝国には腐る程いる!
 俺にとっては身に掛かる火の粉を落とすに過ぎぬ争いを、俺に敗れた者共と、その意にそぐわぬと妬む輩とが、ありとあらゆる手口で襲いかかって来る事等、容易に想像出来る」

◇サロサフェーン

「私がお助けする。
 ガチャンガル殿とミディウス殿も喜んでご助力願えよう。
 貴公を不当に陥れ様とする者あれば、七騎士がそれを決して許さぬ。それが約定」

ジョルジォ

「…フッ、七騎士か…見事だ…
 しかし、貴様は我が“皇帝陛下”ではない!

◇サロサフェーン

「!?七騎士の叙任は皇帝陛下直々。
 宰相、大元帥の任命は七騎士にあり。貴公も存じておられる筈」

ジョルジォ

「…フッ、優等生らしい理想的な返答だ。誠、帝国の英雄として正しき義、立ち振る舞い。同じく陛下に仕える臣下として誇らしくもあり、また、儚くもあり…」

◇サロサフェーン

「…何をおっしゃりたい?
 私の力が足りない、と?或いは、陛下の任命に異を唱えるお積もりか?」

ジョルジォ

帝国は、帝国法によって生かされ、帝国法によって腐り廃れた!
 七騎士の位は形骸化され機能せず!極度に理想化された制度の悉くは隠匿された情報にのみ集約し、一部の特権的一門とその周辺にのみ開かれ、権力中枢に及ばぬ箱庭においてのみ自由競争を激化、才覚の研鑽と人物象の選定とを実験的にのみ繰り返し、肥大化した版図を持て余す。
 蓄積した知識と技術とを部分開放する事で支配層の望み得る一定方向の意志を指し示すが故、高度な文化を身に付けるには至ったものの、知恵無き無味乾燥な文民のみを育み、真の臣民を育てる事を放棄した。
 その怠慢を誰一人追求する事も出来ず、尚、顔色を窺い、その大執行を待つだけの教養を帝国の頂きに添え、大法を担い説くとは片腹痛い!
 帝国法が如き矮小な雑記で、陛下を慮る我が信念を誅しようとは愚の骨頂!」

◇サロサフェーン

「…宰相閣下に不信を抱かれておいでか?
 しかし、無用の心配。宰相閣下の陛下への忠は誠、固く真実。時が経とうとも揺るぎなく淀みなく事実。約束しよう、宰相閣下に他意はない」

ジョルジォ

「故に宰相への罷免なく、常に選任されるのはカリオストロス、と云う訳か?」

◇サロサフェーン

「…如何にも。
 彼の御仁程、帝国を憂う者は帝国史上類はなし」

ジョルジォ

「やはり気付かぬかサロサフェーン。尤も、気付かぬが故の七騎士ではあるがな」

◇サロサフェーン

「!?………分かりました。貴公の意志は固い。ならば、戦場で雌雄を決しましょう。
 手加減は致しません。陛下を仰ぐ同胞として貴公を斃します」

ジョルジォ

「無論、手加減無用、心配無用。
 何れが救国者たるか、己が身で確かめるが良かろう!」

M L

 長蛇の陣に突き入り、半包囲を行った第10軍団の進軍は、太陽の旅団の作戦の内であった。
 ジョルジォを囮とし、旅団の前衛部隊を包囲させる事で後続部隊が第10軍団の輜重部隊を強襲し、これに白兵戦を仕掛けていた。
 神官戦士達の奇跡の術により、中遠距離において遅れを取っていた天照州軍ではあったが、自ら接敵を仕向けさせた太陽の旅団の動きに嵌り、泥臭い白兵戦を余儀なくされた為、ムーン教団の精鋭部隊としての能力を十分に発揮出来ない状況に晒されていた。

 勿論、白兵戦においても遅れを取る神官戦士達ではないのだが、指揮官ムーンの指示はなく、且つ、第13軍団から譲り受けた輜重部隊を守備しながらの戦いでは、軽快に戦場を駈ける太陽の旅団とは相性が悪過ぎた。
 また一時とは云え、ムーンの所在を見失った第10軍団の指揮は浮き足だっており、コロッセウムによる援護がなければ半壊し兼ねない状況に陥っていた。

 援軍として訪れたコロッセウムは、太陽の旅団に伐ち込みはせず、第10軍団の退路を確保する事だけに集中し、混乱を収めつつ、後退した。
 ジョルジォを取り込んだ太陽の旅団は、これを追撃するのではなく、第10軍団の術が途切れている間に長弓による集中砲火を浴びせ、帝国軍の雑兵を存分に狩り取り、余力を以て天照州本隊と合流を果たした。

 斯くして、両軍の激しい戦闘は一応の終熄を見、再び僅かな静けさを荒野に齎したのであった。


 ヨッヘンバッハが目を覚ましたのは豪華な一室のベッドの上であった。
 どれ程、気を失っていたのかは定かではない。
 あの悪夢の様な体験が事実であったのか夢であったのかさえ判断を迷う。左腕を覗いてみても特別変化は見当たらない。
 試しに、つねってみる。当たり前の様に痛覚がある。指には逆剥けもある。何なら僅かに痒みさえ。別段、意識せずに左手は、動く。
 何一つ変わっていない様に見える左腕。しかし、感覚とも意識ともつかない妙な違和感がある。そんな気がする。
 気持ちの問題?
 何れにしても強烈に覚えている事が一つ。自分の左腕がバリバリと喰われた、と云う光景。あれは何だったのだろう。

 綺麗な女中が現れ、意識を取り戻したヨッヘンバッハを見つけると何者かを呼びに戻る。
 ヨッヘンバッハは体を起こし、伸びをする。
 体調は頗る良好。それよりも腹が減った。
 ここが何処であるかの疑問はさておき、先の女中が戻ったら食事の催促をしよう、と考えていた処で部屋の扉が開く。

 部屋に入って来たのは女性。
 先程の女中も一緒だが、何と云う美しさだろうか。
 その女中もパッと見で美しいと感じたが、連れ戻った共の女性の美は、正しくレベルが違う。顔立ちや造形、否、根本的に次元が違う。
 体の中から、或いは心の中からの美しさが醸し出す様な、それとも美意識そのものが捕らえられたかの様な美しさ。しかし、射抜く様な攻撃的な美しさとも違う。
 温もり、謂わば、温かな日差しに咲く花の様な、だが、儚さではない気品が。決して遠い存在ではなく、かと云って日常のそれとも異なる、何という美しさ。
 美、と云う概念を個々の選り好みなしで万人がそれを美しい、と表現するに相応しい女性が、そこに立っている。

ゲオルグ

「ムホッ!何たる美形!これ、そこの、もそっと近うへ」

◇リーゼンテリア

「お初にお目に掛かります、リーゼンテリア・シス(*20)と申します。
 宰相様よりヨッヘンバッハ公のお世話を仰せ付けられました者に御座います」

ゲオルグ

「ほぉ〜!あの老い耄れ、意外と気が利くのぉーッほッほッほォーっ!
 これ、遠慮せずとも良い、もそっと近う寄れ、近う寄れっ」

◇リーゼンテリア

「それでは失礼致します」
 ベッドに近付き、濡れる様な瞳を注ぎ、ヨッヘンバッハの左手に触れる。

ゲオルグ

「うむッ!天晴れ!
 ささっ、此処へ。ほれっ、此処へ」
 掛け布団を捲ってベッドのマットをペンペンと叩く。

M L

「うぉぉぉーーーいぃッ!客が目ぇ〜覚ました、っつ〜のはマジかぁーーーッ?」
 部屋の外から野獣の様ながなり声が響く。
 ヨッヘンバッハは心臓が飛び出す程に驚き、女中の立つ扉辺りを覗く。

 決して低くはない扉をくぐる様にして部屋に入って来たのは羆の様な大男。
 その形相は忘れ様がない。そう、この狂暴そうな男こそ帝国最強の大戦士ガチャンガル(*21)である。

ゲオルグ

「!!?おわァ〜ッ!?な、何故、そちがおるのどァ〜〜〜っ!!?」

◇ガチャンガル

「ぁあ〜??そりゃ、てめぇ〜んちなんだから当たり前ぇ〜だろぉーがぁッ!
 にしても、悪党の匂いがプンプンしやがんなぁ〜、ぁあ〜?。匂いが染みついちまう前に、さっさと追い出せよリーゼンテリアっ!」

ゲオルグ

「??匂い?何を申しておるのだ?
 それより、こちらの刀自とそちの関わりは〜…??」

◇ガチャンガル

「なんだてめぇ〜は?気持ち悪ぃ〜なぁー??かみさんに決まってるだろ〜がァ。
 さっさと出てけ、糞くせぇ〜からッ!」

◇リーゼンテリア

「でも、まだ完全に癒着しておりませんから、今、外に出られるのは芳しくありません。今暫くご滞在頂き、様子を見られた方が宜しかろう、と存じます」

◇ガチャンガル

「けっ!卦体糞悪ぃ〜!
 置いてやるが、面倒かけさすんじゃね〜ぞ!」

ゲオルグ

「ふむ、面倒ついでに共の者を呼びたいのだが〜…良いだろ〜?」

◇リーゼンテリア

「勿論、結構に御座います。
 お呼び立て致しますので、共の方々のお名前をお知らせ下さい」

ゲオルグ

「ふむ、分かった分かった。
 して……ちと小腹が空いて目が回りそうだわい。何か用意して賜れ」

M L

 帝国軍には続々と援軍が集結し始めていた。
 とは云っても援軍に訪れる部隊は皆、小部隊。遠方の小諸侯や暇な都市貴族、聞いた事もない小規模な傭兵団等、天照州軍との兵力差を埋めるには程遠い。
 しかし、その頼りない援軍の中にあって唯一、帝国軍の士気を高めるに至った存在があった。それがイプシアーヌ(*22)率いる“ガリアの牙”と云う組織である。

 援軍の集結しつつある帝国軍を遠方に臨み、天照州軍でもガリアの牙の存在を確認していた。
 一線を退いたとは云え、歴戦の強者が帝国軍に加担すると云う事実は少なからずの反応を見せた。
 尤も、帝国正規兵の大軍を前に一歩も退かず、ここ迄優位に戦いを進めて来ていた天照州軍にとってみては、著名な用兵家が一人二人増えた処で何等方針転換はない。
 天照州の首脳陣が僅かに顔を合わせ、ジョルジォの判断を仰ぐ。

◇ドーベルム

「ブァーッハッハッハッハッ!
 サロサフェーンに加えてイプシアーヌの野郎迄揃いやがったか〜!
 ここ迄粒が揃う事なんざ西部戦線でもありゃしね〜ゼ、なぁ〜?愉快、愉快っ!」

◇プルトラー

「ダイアモントーヤ、これからどう戦う?
 ムーンを伐ち損じた代償は大きいぞ!我等が勝っているのは正に兵力、唯それだけ。将の質と数で圧倒的に劣っている我等に、果たして勝機は望めるのか…」

ジョルジォ

「悲観するなプルトラー。
 中の上、その程度の将が集った処でこの戦の趨勢は変わらん。
 ブラッカンの混成部隊はその陣容故に力を発揮出来ないでいる。そもそもコマンド部隊は通常軍装で此処迄来た。完全にこの地の気候風土を嘗めていたのだ。
 第12軍団は最大の特徴である機動力の過半数を失い、精彩を欠く。元帥の混成軍程度の働きにさえ及ばない。
 第13軍団は崩壊した第11軍団の残兵処理に追われ、そもそもが野戦に不向き。
 第10軍団も同様。所詮は拠点防衛用の砲台が如き茶坊主の群れ。重装備過ぎて動きも鈍い。元帥軍を中心とした各部隊共にその構成上、難があるのは詳らか。
 コロッセウムは騎士の如き戦術しか組まず、御し易い。一番まともなのはガリアの牙かも知れんな?」

◇ソル

「閣下のおっしゃる通りでは御座いますが、帝国軍の規模から云って、また、我等の疲弊度から考えますと、そう易々と勝利を得る事は出来ないのでは、と推測されます。具体的な方策が必要かと」

◇ドーベルム

「が〜っハッハッハ〜ッ、いいじゃね〜か真正面からの総力戦でッ!
 バンッ、とブツかって喧嘩四つに組んでブチ当たれば、あいつらのが不利だゼ」

ジョルジォ

「奴等が帝国の正規軍である以上、損害はそのまま奴等の首を絞める。
 故にこの戦、どう転んでも我々の勝ち」

◇ガローハン

「ワーッハッハッハッ、なら迷う事ぁ〜ねぇー!
 帝国をぶちのめすのみ!奴等に悲鳴を上げさせてヤるゼぇ〜!!」

M L

 簡単に話を切り上げたジョルジォは、野営地を離れ一人になる。
「…カノン、居るか?」
 足下の影がのそり、と動き、這いずり出す様に濡れたローブの男が現れる。
「はい、お側に…」

ジョルジォ

「一つ、頼まれて貰いたい」

◇カノン

「…改められてどの様なお申し付けで御座いましょう?」

ジョルジォ

「イプシアーヌの暗殺を頼みたい」

◇カノン

「…イプシアーヌですか…
 彼の御仁の暗殺となりますと…私が行くしか御座いますまい」

ジョルジォ

「否、お前は俺の下にあって神官戦士やコロッセウム共を屠って貰う。
 故に、今用意出来るお前以外の最上の刺客を放て」

◇カノン

「…御意。
 用意出来る最強の刺客を放ちましょう。しかし、今回ばかりは上手く行く保証は御座いません」

ジョルジォ

「…そうか…
 まぁ、いい。刺客に狙われている、その事実だけでも良しとするか…」

◇カノン

「…ご不安ですかジョルジォ様?
 勝利を積み上げ、尚、ご心配とは、一体何をお悩みでしょうか?」

ジョルジォ

「…第14軍団の足取りが掴めていない。
 2万もの軍兵の足取りが掴めぬ等、過去聞いた事もない。
 帝国軍の戦術も明らかに第14軍団をないものとして用兵を行っている。アバロンにもグラナダにも、無論、グライアスでも確認出来ない。
 第14軍団の存在の有無が俺を惑わす」

◇カノン

「…ジョルジォ様は見えぬものへ想いを馳せ過ぎに御座います。
 見えぬものは捨て置き、今、目の前にある事実にご関心召されませ」

ジョルジォ

「…そうだな…
 霊感のないこの俺が、胸騒ぎに怯えるとはな…疲れで神経が過敏になっているのか、将又、何かの前触れか…
 ファンデンホーヘンツワイスの語っておった言葉が今になって気になる…」

◇カノン

「…ゼファ殿のお言葉…それは一体?」

ジョルジォ

北に乱の兆しあり
 果たして、それがこの戦を指す風刺か、或いは………」

M L

 帝国軍の秘密の使者が訪れた。
 帝都から訪れた宰相の使者の言に、如何なる時であっても冷静なブラッカンはたじろぎ、常に優しげなサロサフェーンが血相を変えた。居並ぶ将軍達も呆然、一種異様な雰囲気。
 空気の読めないジナモンだけは平然とし、重鎮の下に駆け寄る。

ジナモン

「団長ぉ〜!久し振りッス、どーしたんッスか〜?」

◇サロサフェーン

「………キミか…
 ラファイアはどうしたのですか?」

ジナモン

「?分隊長はまだ、団長に会ってないのか??
 それより何かあったんですか?」

◇サロサフェーン

「……私は今から帝都に戻らなければならない。
 君は元帥殿と共に行動し、後日、帝都でコロッセウムに合流してくれ給え」

ジナモン

「えっ!?
 これからアルマージョと本格的に戦うんじゃないんですか??」

◇ブラッカン

「君は私の下でサポートして貰う。
 これから極めて難しい撤退戦に挑まねばならない」

ジナモン

「えぇ!!?
 撤退戦だって!?そりゃ、確かに負け続けてるけど、逃げんのは早過ぎるだろッ?」

◇サロサフェーン

「今はまだ云えませんが、我々は極めて切迫した事態に直面しております。
 これからの撤退が粛正とは無縁で行われるものと叛徒に悟られてはなりません!」

ジナモン

「??どーゆー事です?」

◇ブラッカン

「我々の撤退は、謀叛軍との戦いに際して形勢不利である為に立て直しを図る上で撤退を余儀なくする…そう思わせる必要がある、と云う事だ。
 ドーベルムを向こうに回し、上手く運べるかどうか、非常に難しい処だ」

ジナモン

「…?何か大変な事が起こってんだな?
 だったら俺は団長に着いて行くゼ!こんなトコでジッとしてらんないゼッ!!」

◇サロサフェーン

「…確かにその通りですね。君もコロッセウムの一員ですから許可致しましょう。
 元帥殿、申し訳ありません。彼も連れて参ります。どうかお気を付けて下さい」

◇ブラッカン

「了解致しました。我々も合流出来ます様、細心の注意を払い努力致します!」

M L

 帝都第2層、帝国の重鎮のみに許された最高級居住区に館を構えるシス家に呼び寄せられたのはヨッヘンバッハの家臣達。
 誰の目から見ても似付かわしくない連中が名門中の名門、シス家の邸宅に足を踏み入れた。
 ラウやヤポンは兎も角、悪魔の三人は自らの意志で殊更に違和感を振りまいていた。
 屋敷の女中に絡み、高価な調度品を壊し、そこら中に唾を吐いていた。

ゲオルグ

「これこれ、そち達、も〜少し態度良く出来んものかの〜?」

◇ホワイトスネーク

「何をおっしゃってるのかしらゲオルグちゃん?
 あたくし達を放ったらかしておいて、こんな豪勢な処でヌクヌクしていたなんて。このコ、ひっ叩いてやろうかしら?それとも切り刻んでやろうかしら?」

ドンファン

「クフフッ、まーまーホワイトスネ〜クさン、落ち着きなって。公爵さンも忙しかったンだろ〜からサ〜」

ゲオルグ

「うむ、ドンファンの申す通りだ!
 そち等ドサンピンとちご〜て俺は常に忙しいんだ!少しは察するが良いわッ!」

◇シーリー

「!?ナニ云ってくれちゃってんの、アタシらに??
 最近、痛めツケてなかったもんだから、チョ〜シに乗ってる〜、アンタ?」
 ナイフをヨッヘンバッハに向かって投げ付ける。ヨッヘンバッハの頬を掠めて、後ろの壁に突き刺さる。

ラウ

「お前達、悪さをするなッ!
 悪さをするヤツは許さない!悪さをするヤツは倒さねばならないッ!」

◇グリフィス

「未開人がほざくな!
 汚ね〜指でてめぇーのケツの穴でも弄ってろ、このダボがっっっ!」
 抱き寄せていた女中を突き飛ばし、壁を蹴り飛ばす。

◇リーゼンテリア

「お止め下さいませ。
 物をお傷付けなさりますのは幾らでも結構で御座いますが、我が家の給仕に迄ご無体な働きをなさるのはお控え遊ばせ」

◇ホワイトスネーク

「アラ?お綺麗なお嬢様だこと。
 その端正なお顔立ちの様にアナタの臓物もキレイなのかしら?
 苦痛に歪むアナタのお顔を見ながら生皮をベリベリ剥がしつつ、肉を切り裂き、鮮血の中、血管と神経を摘み上げてみたいわ〜!考えただけでゾクゾクしちゃうわ」

ラウ

「何て悪いヤツだ!
 そんな悪いヤツを許してはおけない!悪いヤツは倒さねばならないッ!」

◇シーリー

「ナニ、ふがふが云っちゃってんのさ?
 アクセントが出鱈目過ぎて訳分かんない。下男は下がってお黙りッ!」

ゲオルグ

「コラッ!そち等、偉そ〜にするではないっ!
 この大ヨッヘンバッハに恥を掻かすでない。誰のお陰でそち等の様なゴミ虫風情が大帝都のド真ん中に出入り出来ると思っておるのどァーーーッ!」

◇グリフィス

「ぁあ〜〜〜?
 この表六玉がぁ!てめぇーの汚ねェ〜腐れチ○ポ引き抜いて、てめぇーでシャブらせっぞッッッ!!!」

ゲオルグ

「ぬくくぅぅぅ〜!何たる不埒!この汚穢屋風情の禄盗人めがァ〜!!
 今の今迄目を瞑って来たが、今日と云う今日は如何に寛大で慈悲深いこの大ヨッヘンバッハであっても許さんぞ!そち等の体中に犬の文字を刻んでくれるわッ!!!」

M L

「ッてめぇーーーらぁぁぁ、うッるせぇぇぇーーーンだよォォォーーーッ!!!!」
 廊下の奥から野獣の様ながなり声が轟く。
 鬼の様な形相のガチャンガルがヨッヘンバッハ一味に駆け寄り、咽を鳴らす。

◇ガチャンガル

「人が折角、昼寝してっ時にギャンギャン吠えやがって!
 俺はクソ垂れってっ時と昼寝してっ時に邪魔されんのが無性にムカツくんだよッッッ!!!てめぇーーーら、一生喋れねぇーよーにしてヤんぞ!」

◇シーリー

「!?ナニ、がふがふ云っちゃってんのさ、このデカブツ?
 アンタ、親類が見たって分からない程に細切れに切り刻まれたいの??」
 両手でナイフを取り出し、身構える。

◇ガチャンガル

「!?くっせぇーーーッ!香水くせぇーし、イカ臭ぇーッ!
 淫売特有の匂いで目眩がすっゼ!気に食わねェ〜な」
 左手で鼻を摘んだ後、掌をシーリーに向けて仰ぐ。

M L

 一瞬の出来事。
 シーリーがぬるり、と足を踏み出し、ナイフを突き出す。
 ガチャンガルは突き出されたナイフに向かって抜き手を繰り出し、繰り出されたナイフを握る手首を砕きつつ、その巨大な掌でシーリーの顔を包み、こめかみを掴む。
 間髪入れず、掴んだ腕を左に大きく振るう。棒切れの様にシーリーの体は跳ね上がり、廊下の壁に叩き付けられ鈍い音が響く。
 続け様、握ったシーリーの頭を壁に打ち据え、血飛沫が辺りを染める。
 ゴリリッ。
 それが人間の頭であったとは思えない肉塊を壁に擦り付け、ガチャンガルの恐ろしい眼光が辺りを睨む。

「キィーッ!許さないわよォーッ!!」
「気持ち悪ぃ〜奴だな!てめぇーも気に食わねェ〜な」
 ホワイトスネークは疾風の様にガチャンガルに接近し、鋭い突きを繰り出す。
「!!?まっ、待てッ、ホワイトスネークッ!そいつはっ…!!」
 グリフィスの制止の声。しかし、時、既に遅い。

 ぎろり、とホワイトスネークを睨みつけたガチャンガルは、その丸太の様な右腕をのそり、と左腰に帯びた剣の柄に伸ばすと、その場に居合わせた誰一人として追う事が出来ない程の抜刀を披露。刃鳴りが遅れる程の速さ。
 瞬間、接近していたホワイトスネークの上半身と下半身が永遠に分断された。
 目にも止まらぬ強烈な真一文字の横薙ぎがホワイトスネークの胴体を両断し、血のカーペットを床に敷いた。

「次はてめぇーか?いい面構えしてんじゃねーか?」
 無造作にグリフィスに近付く。
 グリフィスはごくり、と息を飲み、厚重ねの段平を抜き、身構える。隻眼は血走り、全身の筋肉は緊張で隆起する。
「分かってんだろーが、俺には“睨み(*23)”なんざ気きゃーしねーぞ!」
 ガチャンガルは碌すっぽグリフィスを見ずに剣を振り下ろす。先の横薙ぎとは違い、遅く鈍い一撃。しかし、空気は響動き、地鳴りが走る。

 鈍く重い金属音、続いて火花。グリフィスはその段平でガチャンガルの一撃を受け止める。
 ゴギィッ、軋む音。袈裟に放たれた剣撃を正面左で受け太刀したグリフィスの、その左腕の尺骨と鎖骨は砕け、肘と肩は亜脱臼を起こし、柄を握る指の幾つかは有らぬ方向へとひん曲がる。剣圧が上腕部から左胸、脇腹迄を裂き、遅れて切っ先が肩口に食い込む。

 苦痛に表情を歪めるグリフィスを見据え、
「なかなか頑丈じゃねーか、おい?後、2回持ち堪えりゃ“百の剣(*24)”に入れてやんよ」

ゲオルグ

「!?…こ、こ、こらこら〜ガチャンガルッ!
 な、なんて事をするのどァーッ!この大ヨッヘンバッハの家人に何と云う酷い仕打ち!止めぬか下郎」

M L

「雑魚はスッ込んどれっ!」
 ヨッヘンバッハに目を向ける事もなく、左腕を開く様に裏拳を振るう。
 避ける事も受ける事も叶わず、モロに拳を喰らったヨッヘンバッハは15フィート程吹き飛ばされ、壁に激突。
 衝撃で右肩が外れ、右膝を強打、奥歯が吹き飛び、おまけに鼻血が止まらず。

ラウ

「なにをするンだーーーっ!
 友に手を上げるヤツは許さないッ!悪いヤツは倒さねばならないッッッ!!」
 ガチャンガルに駆け寄り、右拳を打ち込む。

M L

 ラウの拳をガチャンガルは左手人差し指一本で押し止める。受け止められた衝撃で、打ち込んだ筈の、ラウの拳の方が砕ける。
 しかし、ラウはへこたれない。そのままの勢いで右足を蹴り上げる。
 ガチャンガルは眉一つ動かさないまま、今度は中指でラウの膝頭を押し止める。
 ベグォンッ、猛烈な音と共にラウの膝蓋骨は割れ、その右足は明後日の方向に折れ曲がった。
 ガチャンガルは目一杯空気を吸い込むと口を窄め、勢い良く呼気を吐き出す。
 一塊の空気がガチャンガルの肺活量によって弾丸の様に打ち出され、ラウを襲い、6フィートも吹き飛ばす。
 重厚な調度品と大理石の床に衝突したラウは、そのまま白目を剥いて気絶。

 奥で矢筈を番え、狙いを定めるヤポンにガチャンガルは一睨み。
 長年の感からなのか、ヤポンは背筋に悪寒が走るのを覚える。じわりと滲む脂汗の量が尋常ではない。弓を握る腕が小刻みに震え、狙いが定まらない。そもそも、ガチャンガルの視線に合わせる事が出来ない。蛇に睨まれた蛙の如く。

「閣下、お止め遊ばせ。お客様に失礼にあたりますよ。
 返り血でお顔もお召し物も台無しです。私がお流し致しますから湯殿へ参りましょう。さあ、こちらへ」
 リーゼンテリアが割って入り、淀みない口調で諭すと、怒気に包まれていたガチャンガルは憑き物でも取れたかの様に静まり、云われるがままにヨッヘンバッハ達の下から立ち去る。
 リーゼンテリアは女中達にヨッヘンバッハ等負傷者の手当と死亡者の葬儀、周辺の片付けを命じると、静かにガチャンガルの後を追った。

 後に残されたヨッヘンバッハの共の者はお互いに顔を見合い、肩を撫で下ろす。

ドンファン

「…ありゃ〜、バケモンだな…
 あの男と戦おうなンて、死ンでも思っちゃいけね〜よ、な〜?」

◇ビルテイル

「あっ、いや、えっ、その〜…アッ、はい。
 あの〜、私、そもそも争い事が嫌いでして、え〜、争いと云いますか暴力と云いますか、あ〜、非論理的解決の行動心理に関しましては〜………ま、この〜…」

ドンファン

「…クフフッ、そンな怯えなさンなって。
 アレだよ、あンた、あンま考え込ンじまってっと、長生き出来ねぇ〜よ〜?」

M L

 天照州軍野営地本陣、寝苦しい熱帯夜を終えた黎明。
 ジョルジォの天幕にカノンが現れる、暗がりから静かに。

ジョルジォ

「カノンか。相変わらず仕事が早いな。で、どうなった?」

◇カノン

「誠に申し訳御座いません。しくじりました。
 現在、この場で調達出来る最強の刺客“蝙蝠”を差し向けたのですが力及ばず…」

ジョルジォ

「…蝙蝠程の男を使っても駄目であったか。
 フンッ、遣りおるわ、あの老い耄れめ」

◇カノン

「それでジョルジォ様、この後、どうなさりますか?
 新手を送り込みますか?確率は更に落ち込んでしまいますが…」

ジョルジォ

「…良いだろう。暗殺が上手く行かずとも、奴の安息を妨害するだけで十分。
 質より量を送り込み、奴の神経を磨り減らせ!戦に集中させぬ程に、あの老い耄れにストレスを与えるのだ。親衛隊上がりの腕自慢が、大戦を前にしては如何に無力であるかを奴に思い知らせてやれ!」

◇カノン

「…御意」

M L

 澄み渡る夏の青空の下。
 対照的に荒野では土煙舞う泥臭い断続的な戦闘が繰り広げられいる。
 帝国軍と天照州軍は、即かず離れず小競り合いをしては、互いの巨体の陣容を次々と変貌させ、藻掻き苦しむかの様に勝利を掴もうと足掻いていた。

 援軍が到着したにも関わらず、帝国軍の動きはどちらかと云うと消極的。
 とても、謀反軍と揶揄する天照州軍を粛正する、と云う態度ではない。寧ろ、積極性は天照州軍に見られ、圧すも退くもキレが見られるのは北の雄であった。

 数日の間、断続的ではあるが先の見え難い戦に終始していた天照州軍の首脳達は、突如、気まぐれな支配者の意志によって、この小康状態の中、野営地本陣の天幕に集められた。

◇ガローハン

「どーしたんだ大将?
 決戦前に決め事でもあんのかい?」

ジョルジォ

「否、そうじゃない。
 腑に落ちない事が多過ぎ、大事を見失いかけている、そんな気がする。そこで一度、集まって貰った」

◇プルトラー

「何か気掛かりな事でもあるのか?
 確かに膠着状態ではあるが、帝国軍も有効的な策を執れないでいるぞ」

ジョルジォ

執れないでいる、正にその一点が俺を曇らせる。
 コロッセウムが到着したにも関わらず、何等奴等の用兵に変化が見られない。それ処かその姿も前線に見せない。
 敵の消極策が如何にも頑強で実直なブラッカンらしい用兵だ。援軍到着前の背水の陣を敷いたあの気概も見えない。寧ろ、普段のブラッカンの用兵、つまり、負けない戦に戻った様に見える。
 だからと云って、以前の様な粛々とした粛正の実行とも違い、殊更に堅い。まるで、兵力の温存にでも努めているかの様だ」

◇ソル

「確かに閣下のおっしゃる通りです。
 明らかに勝つ為の戦から負けない戦に変わった事が伺い知れます。奇妙な事ですが、帝国軍の士気が顕著に落ち込んでいる様に見受けられます」

◇ザラライハ

「云われてみれば妙ですな。コロッセウムは兎も角、あの第10軍団やガリアの牙にも全く勢いが感じませぬしな。何か大掛かりな作戦でも仕掛けて来る予兆でしょうかな?」

◇ヤーナハラ

「戦術的優位に立つべく大規模な用兵は考え難い様に思えます。
 互いに戦略兵器(*25)を持っているのですから、一気呵成に仕掛けては自身も命取りになります。サロサフェーンやブラッカンがその様な危険を冒す筈はありません」

◇ドーベルム

「ブァーッハッハッハッハッ!
 お前ぇ〜んトコにはなかなかイイ粒が揃ってンじゃねぇ〜か?アレだけ戦いながらよぉ〜く気付きやがったな〜?ブァーッハッハッハッハーッ」

ゼファ

「!?何をおっしゃられているのです元帥閣下?気付く、とは一体??」

◇ドーベルム

「あぁ〜、用兵っちゅ〜もンは糞とおンなじもンだっ!
 調子の善し悪しがすぐ分かるっちゅ〜か、まぁ、考えがこ〜、ブバァ〜ッ、っと出るっちゅ〜かよ。ブバァーーーッ、とよぉ〜!分かっか?」

ジョルジォ

「…何かあったのかも知れんな。
 粛正と称する帝国の威信を賭けるこの戦以上の何かが!」

◇プルトラー

「?この戦以上の事だと!?
 七騎士に元帥2人、北方州の総力を賭けたこの大戦以上の事が起こり得る等考え難い。一体、何があったと?」

ジョルジォ

「…分からん。戦場にあっては推測する事さえ愚かしい。
 だが、確かめねばなるまい。此処で見誤る訳には行かんッ!」

◇ヘイルマン

「ジョルジォ様!帝国軍の後方に斥候を放ちましょうか?」

ジョルジォ

「否、無用だ!
 戦場での異変の要因は戦場にあっては探る事は出来ない。戦略は何処迄も政略の内。つまり、帝国軍の異変を探る為には帝都に向かう他あるまい!」

◇プルトラー

「!!?な、なにッ!帝都に向かうだと!?
 援軍が結集しつつある帝国軍を前に、お前が戦場を離れる訳には行くまいッ!!」

ジョルジォ

「案ずるなプルトラー。
 ドーベルムも云った通り、俺が戦場を離れてもお前達であれば帝国軍に遅れを取ることはない。それにだ、俺は帝都に一飛びで向かう術がある。馬を跳ばす訳ではない故、長く留守にするつもりはない」

◇ドーベルム

「おぅ!行って来いや!
 な〜に、お前ぇ〜の一人や二人居なくても負けるなンざ俺がさせねぇ〜からよ!まぁ、勝っちまったら許せや?ブァーッハッハッハッハーッ」

ジョルジォ

「フッ、任せたぞ。
 “北の乱”は俺が制す!」

ゼファ

「閣下、是非、お共させて頂きたい。私も真相を探りたいのです」

ジョルジォ

「否、貴殿は戦場にあって皆を助けてやってくれ。
 “北に乱の兆し在り”…師の言を此処で見極められよ!」

M L

 ジョルジォはカノンの技で帝都へと向かった。

 北の大戦は未だ続く。やがて、終熄する為に、隠匿された“仕業”の為に。
 北の大地は揺れる。
 峻烈な意識の渦は、北で育ち、やがて全土を駈け巡る。
 帝国の始まりがそうであった様に、時は繰り返す。より激しく、劇的に!


 燃ゆる街並み、焦がす空。劈く悲鳴、交差する意図。揺らぐ大地、惑う人群れ。
 もう止められない。ジャッジは下されたのだ。

 計画】は実行された!

 勿論、全てが意図した通りではない。驚く程の変更が余儀なくされたのも事実。
 しかし、もう止められない。
 無情にも突き進むだけ。見通す事等何人たりとも出来はしない。当人であっても。英雄の誕生に迄はもう暫くの時が必要だろう…

 尤も、英雄はお前達の望み得るものとは限らない。
 お前達、達人たれ、人生においての!              …続く

[ 続く ]


*1:帝国の大首都。その名は禍々しく響く為、普段、使われる事は稀である。
*2:ジョルジォが士官学校時代に発案した戦略論。想定される最大の損害を最小となる様に判断し、決断する戦略。現代のミニマックス法と同じ。
*3:オルスウォーゼ・スウェーデンボルグ黄昏の七騎士第4騎士。帝国全軍総司令にして帝国最後の大元帥
*4:天照州最精鋭部隊。スーパー・ワンにのみ忠誠を誓う軍隊であり、元グラナダ傭兵を中核とした職業軍人。短期間に集中的な実戦のみを主として組織され、その練度は西部傭兵に勝るとも劣らない程に高まり、且つ、ジョルジォの兵法と兵器、黄金の理念により屈強な戦闘集団と化した。
*5:闘神”と渾名される前大元帥。現在はザーナディーにて第四皇太子イグレシアムの下、最高軍事顧問に就いている。現役を退いたとは云え、その兵学と用兵術は未だ畏れ敬われている。
*6:車懸かりとも。方円の陣に似るが、各部隊が移動する事で接敵部における戦闘は常に消耗の少ない新部隊が参戦する。攻防一体の優れた陣形。その分、陣立が難しく、指揮者の能力が問われる。
*7:虎と獅子の合の子。父が虎、母が獅子。逆に父が獅子、母が虎の場合にはライガーと呼ぶ。
*8:ジョルジォの旧姓。爵位購入前の名はジョルジュ・アルマー・ダイアモントーヤ。ダイアモントーヤ姓は、養父ロベルトが愛用していた姓で、ジョルジォが6歳の時より名乗る事を許される。
 爵位購入前の友人は、非公式の場では彼をこの名で呼ぶのが常。部下はファーストネームに敬称を付けて呼ぶ事が専らで、彼をどう呼ぶかを探ると、自ずといつ彼と接触したかが伺い知れる。
*9:詳しくは『帝王の器』を参照。
*10:皇帝代理の絶対権限を持つ帝国の筆頭家老。一時代に定員七名、しかし、多くは空席である。最後の七騎士は、サロサフェーン、ミディウス、ガチャンガル、スウェーデンボルグ、カリオストロス、エルラーダ。
*11:帝国国教である多神教。歴史は古く、帝国だけに留まらず大陸中にその信徒を持つ。
*12:よく分からない、の雅語。宰相は比喩表現から自作の雅語を多用する。その為、何を云っているのか意味を解するのは困難である。
*13:妖しげなものを使う、の雅語。
*14:新しき妖帝ライムハイムに与した悪魔。封土庁の地下に封印されていた。
*15:黒騎士ウルハーゲンを指す雅語。“北の太陽”はアルマージョ公を指す。アルマージョ公を指す他の雅語には、辺境の太陽、無神論者による教典製造業者、霊長類人科神属、砂金の王、女形の将、上古の吟遊詩人、魔神の猶子、七騎士第八騎士、北の開拓王、グライアス新王他。
*16:帝国中央領域に位置するムーン教の総本山ラ・ムーンに置かれた帝国正規軍。と云っても、この軍団はムーン教の神官戦士からなり、他の中央軍団とも異質な兵団である。
*17:ムーン教団に限らず、この世界の多くの神教や宗教は、宗徒に現世利益を齎す。打算的ではあるが、この効能により宗教に入信する者も多い。勿論、現世利益とは無縁、純粋な信仰や慣例に基づいて入信する者の方が大半である。打算的な入信は、教養豊かな帝国臣民ぐらいである。
*18:ミディウス・ムーン黄昏の七騎士第2騎士。ムーン教教主にして帝国神官戦士団“半月刀”の司令官。
*19:黄昏の七騎士が帝国臣民の頂点に立つ理由の一つ。七騎士は皇帝の代理人であり、その権限は皇帝その人が下す命と等しい。七騎士の権限に上下はなく、各員が皇帝の代理権を有する。
*20:名門シス家の現当主。シス家は代々女性が当主に就く。夫は七騎士の一人、ガチャンガル。
*21:ガチャンガル・シス黄昏の七騎士第3騎士。帝国最強の戦士にして皇帝親衛隊“百の剣”の隊長。また、野盗七福の大頭目。
*22:義の人イプシアーヌ。元黄昏の七騎士。かつては皇帝親衛隊を率いた。今は戦闘部隊“ガリアの牙”を率いている。
*23:邪眼”の能力を指す比喩。効果は使い手により異なるが、ここでは“金縛り”を指す。
*24:皇帝親衛隊“ハンドレッドソード”。ガチャンガルの下で編成された帝国最強部隊。
*25:竜の火”や“雷獄”を指す。普段、元帥府の武器庫にて厳重に保守されている。


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