〜 Hero (King of Kings) 〜
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キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
太陽粛正/前編:激突!


 【太陽粛正】…北の辺境の跳ねっ返りを討伐する為に名付けられた作戦名。これが、帝都が帝国全土に向けて発した最後の軍事行動である。
 ブラッカン元帥は元帥直属のコマンド部隊6000名と帝都三州名士会貴兵団12000名、帝都義勇団4000名を引き連れ、北に出立した。強行軍等、必要ない。既にドーベルム元帥が虎の子の“狂犬連隊”3000名を引き連れ、早々に出立していたからだ。
 北方州軍団の準備は万全である。春先のパルムサス伯の迎撃の為の準備がそのまま残されているからだ。念には念を入れて、東方視察に赴いているサロサフェーンの派遣も決定された。三席しかない元帥の内、二人をも派遣するからには、その命令系統を一本化する為にも、皇帝代理権を有する“黄昏の七騎士(*1)”を送らない訳にはいかない。ともすれば、昨年の【グラナダの乱(*2)】の英雄として知られるサロサフェーンが適任と云えた。これに応じ、筆頭戦士団コロッセウム2000名の派兵準備もなされていた。
 しかも、ラ・ムーン(*3)より神道庁経由で第10中央軍団の派兵許可要請が帝都に届いた。ラ・ムーンの能動的な意志表示は極めて稀であり、宗教的な問題が原因とされた。これは一時、ミディウス・ムーン預かり、とされたが、恐らく、許可されるであろう事が予測された。
 時が経てば、恐らく北方や東方、西方からも義勇軍が送り込まれるであろう。昨年の皇帝遠征程ではないにしろ、帝国軍の兵力は莫大なもの、と予想された。
 何れにしても、幕引きは見えている。そう、両元帥に貸し与えられた“秘密の戦略兵器”でその全てが終わる。傷付く事なく、威厳と威信と風格を保ち、整然と、雄大に、そして、強烈な迄に、帝国の力を見せつけられる。圧倒的な迄に。この後、30年は反逆等有り得ない事だろう。
 そう、勝敗の行方等、端から帝国の完全大勝利以外、在り得なかったのであった。少なくとも、今、この時点では。



 ジョルジォは馬を走らせた。誰から学んだ訳でもないが、彼は乗馬が上手かった。
 道無き荒野を疾走するジョルジォとその親衛隊。南東方向を目指し、休みなく駆け抜ける。
 “強奪”、親衛隊の面々は、只、それしか聞かされていない。しかし、それだけで十分であった。付き合いは短い。未だ、一年と経っていない。だが、常に共に居た。

 演説や謁見では神を気取り、偉そうな事を云う。笑ったかと思えば、声を荒立て怒り、普段は無表情に激務をこなす。気紛れに町に降りては領民と共に汗を流し、不意に所在の掴めない君主に詰め寄る重鎮の姿を度々目撃する。一人部屋に籠もる事が多く、人間嫌いかと思えば、気さくに訪問者を喜び、積極的に人と話す。何でも一人で決めてしまい、度々口論を目にするが、必ず人の話を聞き、修正案を出す。あれ程、人前での恰好を気にする男だが、総じて、普段は気取らない。全く、金に執着しない。否、金だけじゃない。衣食住の全て、臣下の者以外にはあれ程飾る癖に、普段の生活は闘いを控えた剣闘士奴隷の様。臣下の誰より遅く迄寝ず、臣下の誰よりも早く起きる。何でも自分でやってしまい、時折、雑用係が惚けているのを目にする。にも関わらず、その雑用係を「気が利く」と褒め、食事に呼んでは馳走を振る舞う事がある。何も雑用係に限った訳ではないが。
 尊大で孤高で独善的、容赦無く、気性激しく、才覚を誇り、人を罵声する事屡々。訳が分からない。善人じゃない。況して、聖人君子からは程遠い。なのに、憎めない。何故?
 死地を共にしていたからだ。危険を顧みない、その所業のただ中にあってこの男は、常に自身を配していたのだ。此処ぞ、と云う時、この男は確実に、必ず其処に居る。失敗を畏れない。例え、失敗してもその怒りの矛先は自身に向く。彼の怒りは失敗に向けられるものではなく、その過程に向けられている。全力を尽くしたのか、と。努力を尽くしたのか、と。他人に向けられた怒りも又、然り。失敗にではなく、過程とその気概にこそ。
 今、又、彼は荒野を駆ける。夥しい数の帝国正規軍が、正に天照州に殺到し、前代未聞の大戦が始まろうとしている。臣下の者達は、その危機に直面している。しかし、彼は荒野にある。それは即ち、それ以上の危険と冒険とを兼ね備えた死地に赴く事を意味しているのだ。

 ジョルジォは駈ける。その背には、信念がある。風に靡く豪奢な黄金の髪は、太陽の光を受け、一層、輝きを増し、金色の残像を残す。暖かな夢の如き、その金色の光に手を伸ばそう、と親衛隊は続いたのであった。


M L

 何もない暗く狭い石壁に囲まれた部屋。湿気が多く、しかし、冷ややかな空気は、恐らく此処が地下である事を想像させる。
 手足に繋がれた鎖は、何らかの魔術的な施術が為されている。その様な施術等なくても、鋼製の鎖から逃れる術等持ち合わせてはいない。
 アルベルトは、耐え難い屈辱に打ち震えていた。帝都大学を首席で卒業し、宰相府政務監査局に入局し、エリート街道まっしぐらであった。自ら、情報局や危機管理対策局他、内務省に迄出向し、積極的に仕事に励んだ。宰相に仕えるベイダー家のその最高の才覚者として宰相本人に認められ、アルの称号を授かった。更に高みを目指す為、一年間を秘密の任務に就く為、敢えて諜報機関に所属し、功績が認められ、“盲た宰相の片目”を授かった。
 しかし、彼はしくじった。アルマージョ公を制御する事に失敗した処か、前代未聞の外征を止める処か見抜く事さえ出来なかった。エリートコースにあった彼にとって、致命的なミス。取り返しようのないダメージ。
 だが、彼は賢い。彼の不服は、アルマージョ公への詰問がそもそも出来レース、と云う事にあった。十三人衆(*4)の全てではないにしろ、多くがアルマージョ公の外殻侵攻軍団(*5)再編の際の新たな軍団長就任を後押ししていた。その中での失態、否応なしの失敗。自分に否はない。
 深く冷たい怒りに燃え、帝国への恨みが募っていった。

 そんな中、暗く沈む部屋に天井から滴れ落ちる水滴が床を叩く。見る見る水溜まりが大きくなり、コロイド状の体積を有し、突如、人型の容積を取りながら迫り上がる。やがて、迫り上がったコロイド状のものが緩やかに人型を明らかにし始める。
 暗がりに浮かぶ奇っ怪な光景に驚きを禁じ得ないアルベルトは、残った右目で状況を追う。膠質状の物体ははっきりとはしない人型を維持したまま、語り掛けて来る

◇・・・

「…ベルト・ベイン・ベイダー…だな?」

アルベルト

「!?…なっ、何者だッ!?」

◇・・・

「…お前は運がいい…他の重犯罪人と同じ様に官庁の独房や中央刑務所に監禁されておれば、この様に接触を図る事等出来はしなかった。お前自身の役職と隠匿された任務とが、公表されずに処断されたからこそ、この様な緩い場所に措いておかれる」

アルベルト

「…何を云っている?此処が何処か等、私は知らないし、知り様もない!それより、お前は何者だっ?」

◇・・・

「誰でも良かろう。只、分かっているのは、今、この場よりお前を救い出してやる事が出来るのは、この私をおいて他の誰でもない、と云う事だ」

アルベルト

「宰相閣下の命を受けての事か?それ以外であれば、私が此処を出て行く筈がないでしょう。所属と身分を明らかにして下さい」

◇・・・

「忠誠心か?フフフッ、何とも惨めなものだなベイダー。お前はもう、切り捨てられたのだ。帝国にとって既にお前は、無能、との烙印を押されたのだ。お前も知っているだろう。一度、切り捨てられた者に、最早、帝国は機会を与えない」

アルベルト

「…私は期待されている。一度の失態で捨て去られるものではありません」

◇・・・

「今、こうしてお前の前に私が訪れた、その事実だけで、賢しいお前ならば分かるであろう。帝国は、お前に何の興味も抱いていない」

アルベルト

「…だとしたら何なのです…私に帝国を裏切れと?冗談ではありません」

◇・・・

「お前は端から執行人(*6)になる事等出来なかったのだ!知恵があっても力がない。それがお前だ!帝国の執行人は、始めに力ありきなのだ」

アルベルト

「…ち、違います!忠誠と知恵、力は必要に応じて授かれば良いもの…」

◇・・・

「我々であればお前に力を授ける事が出来る。それも無償で。忠誠も代償も、責務も、制約も必要無い!只、授けるのみ」

アルベルト

「!?ば、馬鹿なっ!甘言に乗る、私ではないっ!!」

◇・・・

「信じずとも良い。だが、事実だ。お前を助け、力を与える。只、それだけ。後はお前の自由。畏れる事はない。お前自身が帝国への忠誠を確信しているのであれば、何一つ畏れる事等なかろう。違うか?」

アルベルト

「…わ、私の忠誠心は絶対だ…う、疑う余地等ない…」

◇・・・

「フフフッ、ならば何も問題ない。此処から出してやろう。そして、力を手にするが良い。お前がお前である為に、お前がお前らしくある為に」

M L

 意志持つ膠質状の物体がアルベルトを包み込む。抵抗する事も出来ず、アルベルトの体はコロイドに包まれた。
 やがて、力の抜ける様な感覚に襲われ、気を失う。
 鈍い音を立てて鎖が床に落ちる。椅子の主の姿はなく、その下に大きな水溜まりが出来た。時間を逆行するかの如く、その水溜まりから雫が天井へと昇る。その奇っ怪な光景が終えた時、水溜まりさえも消えていた。


 ヨッヘンバッハ文化革命総合職能訓練学校と名付けられた施設が建設された。
 先頃、ヨッヘンバッハ公は自領と近隣に人材を広く募集し、『ジ・オーディション』なる珍妙奇天烈な登用を行っていた。その合格者と臣下とを講師に据え、人材育成機関として教育機構を作ろう、と躍起になっていた。
 金貨1500枚にも及ぶ資金を投入し、貴族の邸宅を思わせる程の立派な校舎を建設し、ミス・ターマザーを礼作法専任講師、ナディスクローツを総合学術一般教養教授、ピロシキを総合学術一般教養講師、コキューを総合魔術専任講師、システィーナを神学名誉教授、グラムを戦術専任講師、イシュタルを軍学専任講師、ゴッヘを農畜専任講師、ウェルフゴーズを任侠学専任講師、ゲゲイを伝承学専任講師、ラウを精霊魔術専任講師、ヤポンを地理学専任講師、ノルナディーンを魔神学専任講師、アボロを副学長、ヨッヘンバッハ自身は学長に就いた。
 一見、機能的な機構の様にも見えるが、その実、この機関は空転に終わる。ピロシキを除く講師陣の誰一人として在中せず、そもそも人に何かを教授する術を知らず、システィーナに至っては遙か遠いアバロンの地で祀られているのだから。そもそも、学費が年間金貨1枚と云うのが篦棒に高い。しかも、この教育機関で学んだとしても何ら働き口や資格が与えられる訳ではない。勿論、ヨッヘンバッハは、この学校で優秀な者がいたら雇い入れるつもりであったが、元来、帝国において辺境地に住まう民と云うものは、その全てが農奴なのである。州に出て戸籍を得て、ギルドに属し、働き口を探すのに役立つのであれば、教育を受ける価値はあるが、移ろい易い一貴族の下で働くだけであるのであれば、コネを使った方が簡単。ヨッヘンバッハは家人と兵士を常時、募集しているのだから、少し賢い人間であれば、わざわざ、この教育機関を利用する筈もなかった。

 クーパーの提案通り、公有地での麻薬栽培と医療機関の創設にも渋々、ヨッヘンバッハは金を出した。その資金は金貨300枚が上限とされた。一度、放棄し、止めてしまった麻薬栽培を外貨獲得目的の規模に復活させる為の予算としては、余りにも少な過ぎた。況して、領民の殆どが中毒患者であり、その治療を目的とした機関の設立には程遠いものであった。
 逆にグラムとイシュタルの要望には、喜んで予算を組むヨッヘンバッハであった。グラムもイシュタルも帝国有数の兵法者であり、虚飾を嫌い、実を得るタイプであったが、共に質に拘り、グラムの為の新兵募集と訓練施設建設に金貨1500枚を、イシュタルの為の衛兵隊創設とその詰め所設置に金貨1000枚を追加計上した。

 ヨッヘンバッハはこの時点では未だ知らない。国庫が逼迫し始めていた事を。
 帝国貴族には、所有資産制限が設けられいる。公爵、と云う最高位の爵位を持つ者が有する事の出来る資産は、帝国金貨にして5万枚相当である。これは莫大な資産ではあるが、それは所有する全てを含めての事である。私財は勿論、家人の様な人的資源や土地建物も含まれる。
 ヨッヘンバッハ家は悪辣な支配体制下で実に多くの資産を得ていた。勿論、その資産は帝国法すれすれの財産隠しや財産分配で巧妙に存続させて来た。帝国がその気になれば、直ぐにでもその不正を暴き、粛正の対象とされるものだが、少なからず、帝国にとって辺境のヨッヘンバッハ家程度の資産隠し等、調査費用と粛正に用いる費用から考え、又、その規模的にも考え、取るに足りない存在であったが為、捨て措かれていたのであった。
 故に、ゲオルグがこの蜘蛛の巣領を奪った時、国庫には唸る程の資金があった訳だが、その全てではない、と云う事も又、事実であった。恐らく、ゲオルグによる異母弟殺しの恩恵を最も受けた者は、ヨッヘンバッハ家の財産隠しに協力をしていた者達であろう。ゲオルグは、これらの隠し財産の事は知らないし、それを探る事さえ出来ない。大老アイゼンバウアーを斬ってしまった今となっては、全てが闇の中。或いは、クーパーであれば造作もない事であったかも知れないが、蜘蛛の巣領を奪った当初、未だクーパーは臣下になかった。
 兎も角、蜘蛛の巣城の主が入れ替わり、未だ然程時も経ってはいなかったが、公爵位購入、城の増改築、町の復興、祝賀会と祭の連続、貴族的な生活、膨大な給金支払、新規雇い入れ、増大する軍事費、新規事業、自尊心を満足させる為の出費、そして、減収。既に2万枚を超える金貨が国庫から消えた。公爵位の年間維持費は、金貨5000枚である。既に国庫は悲鳴を上げていたのであった。
 そんな最中、財政とは無関係な問題がヨッヘンバッハの下に転がり込む。イシュタルとアボロの両人は、ヨッヘンバッハの私室に訪れた。

◇イシュタル

「ゲオルグ様、お耳に入れておいて頂きたい事が存じます」

◇アボロ

「ふむ、イシュタル殿もかね?儂の方でもお話しておきたい事があるのじゃが…宜しいかの?」

ゲオルグ

 鼻歌混じりで大きな鏡の前で新しい衣装を写し、楽しみ、機嫌良く答える。
「ムフフ〜、そち達か〜。良い処に来た!どうだ、似合うかの〜?むふっ。ラングリスト伯に頼ンでおった、帝都で最新のコーディネートが届いたのだよ〜。むほっ。抜群のセンスだの〜、伯は〜!取り寄せに金貨300枚も掛かったのだゾ!ムフフ〜、次の社交界では俺が主役だの〜?ンッ、いつも俺が主役かっ!のーっほっほっほーっ」

◇イシュタル

「!さっ、300枚…ですか…お似合いだと存じます…」

ゲオルグ

「そちもそー思うか〜?であろうな〜、俺でなくてはこーは似合うまいっ!で、話と云うのは何だね〜?軍事費なら出すぞい」

◇イシュタル

「いえ、治安警固に関しましてのご報告に上がりました。物価高騰によります犯罪が多く、暴徒化した連中も衛兵隊で抑えているのですが、気になる事がありまして…」

ゲオルグ

「?ふむ、申してみよ!」

◇イシュタル

「はい、実はグリフィス殿、シーリー殿、ホワイトスネーク殿のお三方の事に御座います」

ゲオルグ

「悪魔の三人がどーかしたかの〜?」

◇イシュタル

「…はい、そのお三方が夜な夜な町に降りては、領民を殺戮し、物を奪い、無惨にその亡骸を晒すのであります。町では彼等の事が噂になっておりまして、正直、治安の悪化を招く一つの要因になっております」

ゲオルグ

「!?む〜、困ったの〜。しかし、奴等とは約束してしまって、法で縛れンからの〜」

◇イシュタル

「如何致しましょうか?」

ゲオルグ

「む〜、考えておくから、暫くは目を瞑っておくのだ!で、そちの話とは?」

◇アボロ

「ふむ、治安問題に比ぶれば、大した事ではないのじゃが、公爵殿に伝えておかねばならん事があるのじゃ。ウェルフゴーズとクーパー殿の護衛フェイ兄弟の事じゃ」

ゲオルグ

「?フェイ兄弟?あ〜、ウーとクーの事だな?それがどーしたのだ??」

◇アボロ

「実は、ウェルフゴーズとフェイ兄弟には、拭い去り様もない深い確執がある様なのじゃ」

ゲオルグ

「確執?何だ、それは??申してみよ」

◇アボロ

「詳しくは知らんのじゃが、かつて、両者の間にいざこざがあり、争った事があるのだ、と云う。その結果、フェイ兄弟の末弟“撲殺”のマーがウェルフゴーズに殺された経緯があるのじゃ、と」

ゲオルグ

「!?む〜、物騒な話だの〜。しか〜し、今は共に俺の臣下なのだから、お互い争う事もないだろ〜?」

◇アボロ

「だと良いのじゃが、こればかりは確証は持てぬからの〜。予め、何等かの手段を講じておいた方が良い、と思うのじゃがの〜」

ゲオルグ

「む〜、考えておくから、暫くは放っておくのだ!う〜む、それにしても、大君主ともなると全く大変だの〜。俺にめんどーを掛けさせンで貰いたいもンだな〜」

M L

 北方第一州ブルーローズ。第11州軍団の宿舎では、相変わらず緊張感が漂い、皆、あくせく働いていた。
 直に元帥ドーベルムが北方に到着する。今回の討伐では、恐らく、ドーベルム元帥の下に第11、14軍団が配され、ブラッカン元帥の下に第12、13軍団が置かれる筈。本来であれば、一人の元帥の下に北方四個軍団が配される筈であるが、今回は特殊である。東方、北方からの援軍を予想し、それをブラッカン元帥の下に配備し、西方からの援軍がドーベルム元帥の下に配備されるであろう。その両元帥をサロサフェーンが束ね、第10軍団を直下に置く。これが討伐軍の全貌、となる筈。その規模は、帝国正規軍が凡そ10万、援軍を含めると15〜20万規模になる。多くの者が予想するより大規模な兵力で臨み、一気に殲滅する、これが帝国の基本方針であった。
 タルトムラの第11軍団がドーベルム麾下に入るのは当然とも云えた。西部戦線での従軍において彼は常にドーベルムの傘下にあり、西部軍団長時代においても直属の部下であったのだ。彼の渾名“豚っ鼻”は、そのドーベルムに付けられた呼び名だ。タルトムラは鼻を啜る癖がある。特に熱っぽく話す時と何かに集中している時は、それこそ顕著に大きな低い音を立てて鼻の奥を鳴らす。帝国きっての智将にとって何とも恰好の付かない渾名だが、当の本人は全く気にしていない。寧ろ、その呼び名のニュアンスから敵が侮る様な事があれば、尚、良いぐらいに考えていた。

 タルトムラは連隊長を集め、陣容の最終確認を執っていた。そこには今回の戦に限り、本陣を詰める旗本として軍団長の護衛に当たるジナモンの姿もあった。

◇タルトムラ

「…と云う訳だよ諸君!何か質問や確認、提案等あったら話してくれるかね?」

◇ホスナー

「工兵部隊や攻城部隊を多く配備し過ぎな気が致します。万が一、野戦にでもなってしまうと、機動力、防衛力共に友軍に面倒を掛けてしまうのでは?」
 第11軍団長補佐の任に就くはナッブル・ホスナー。所謂、タルトムラの副官である。自身が卓越した軍師でもあるタルトムラにとって、軍団長補佐に就く者に知略は問わない。只、処理能力と判断能力とに秀でていれば良い。その点に於いてホスナーはタルトムラの信用に足る人物であった。

◇タルトムラ

「うむ、ホスナーの云う事は尤もだが、今回に限り問題はないのだよ。数で劣る謀叛軍が私等討伐軍を抑える為には、辺境諸侯所領群(*7)に於いて各所領毎に小部隊を置き、各貴族の居城を支城とした防衛線を張るしかないのだよ。残念ながら、グルスカルハーン将軍の第14軍団は、騎兵と騎馬歩兵からなる制圧的戦術を中心としている為、謀叛軍の支城を主とした防衛戦の前では極端にその行軍進度が制限されてしまうのだよ。その為、私等第11軍団が各支城の攻略と所領間の街道確保に従事しなくてはならないのだよ」

◇ティグナイツホーン

「宜しいでしょうか、閣下。果たして、ドーベルム元帥は辺境諸侯所領群に進軍致しますでしょうか?街道を通らず、南東方向から荒野を攻め上がり、直接、グラナダ(*8)へ進軍なされる可能性は如何なのでしょう?」
 第11軍団第1連隊長ディザンタル・フォータス・ティグナイツホーン。この若き連隊長は、北方軍団長に就任した後にタルトムラによって抜擢された人物である。隠している訳ではないが、何と彼は騎士(*9)であり、それを知る者は少ない。

◇タルトムラ

「うむ、ティグナイツホーンの云う事は尤もだが、今回に限り問題はないのだよ。元帥の御性分を考えるに、サロサフェーン閣下が御到着前に限り、単独での進軍を御所望なされる、と容易に想像が出来るのだよ。又、進軍をなされるのであれば、それは必ず交戦する事を目的とされ、只、荒野を行軍するより、辺境諸侯所領群を平らげながら攻め上がるを良し、となされるのだよ。
 一見、無用な戦とも思うかも知れないが、実は大変、巧妙なのだよ、これは。ブラッカン元帥が辺境諸侯所領群を進軍するより、ドーベルム元帥が進軍なされた方が効果的なのだよ。ブラッカン元帥であれば、支城攻略と所領制圧、街道確保を並列的に行われるであろうが、ドーベルム元帥であれば、街道制圧にのみ集中し、最短ルートでの進軍を望まれるであろう。両元帥の用兵に差があるのではなく、その御気性に差があるだよ。ともすれば、ドーベルム元帥は第14軍団と御自身の狂犬連隊で次々と謀叛軍を駆逐なされるだろう。仮に謀叛軍がゲリラ戦を仕掛けて来ても、その突破力の為に効果を成さないだろう。私等第11軍団がこれに従い、後詰めを行えば謀叛軍に一分の勝機さえ与えないのだよ。
 付け加えれば、南東方向から荒野を進軍するのであれば、ブラッカン元帥の陣容の方が適しているのだよ。ガーデルハイド将軍の後方処理能力と運搬能力は、補給線が伸び、野営地が点在する程にその実力が示されるのだよ。クリューガー将軍が前線で最も力を発揮する為にも野戦は、ブラッカン元帥に任せるべきなのだよ」

◇エルゼノラ

「閣下。謀叛軍が州都に攻め入って来る可能性は考えられませぬか?我等より寡兵とは云え、夥しい兵力を有している事も又、事実。勝てぬ、と知ってグラナダを捨て、北回りで州都に攻め入る暴挙に出られては、州の防衛兵団だけでは防ぎ切れぬが現実、かと存じます」
 第11軍団第4連隊長エルゼノラ男爵。都市貴族である彼らしい意見。

◇タルトムラ

「うむ、エルゼノラの云う事は尤もだが、今回に限り問題はないのだよ。私等第11軍団は、元帥と第14軍団の後詰めとして北東方向後方から辺境諸侯所領群に入るのだよ。辺境の大森林を大部隊で進軍する事は不可能である上、私等は北東方向から南西方向への進路を保ち、斥候を通常行軍の三倍放つのだよ。私等は急く必要はないので、進軍速度は問題にならないのだよ。寧ろ、辺境諸侯所領群の制圧と謀叛軍の状況把握に努める事こそ肝要、と云えるのだよ。
 又、各地からの増援は、一度、州に入って貰う様、打診するのだよ。万が一、謀叛軍の迂回を見逃す事があったとしても、私等第11軍団は辺境諸侯所領群に本部を置き、州の防衛兵団と私等で挟撃すれば良いのだよ。その際には、第13軍団と連携し、謀叛軍を完全に包囲すれば良いのだよ。これで謀叛軍は進退窮まるのだから」

◇ダーキュイン

「閣下っ!もし、奴等が思いもよらぬ戦を仕掛けて来たらどうします!例えば、グラナダを出て、全軍で野戦に挑んで来る、等」
 第11軍団第2連隊長ダーキュイン。第11軍団きっての猛将、として知られる。

◇タルトムラ

「うむ、何事も想定し得なければならない事もあるのだが、今回に限り先ず、それははないのだよ。討伐軍と謀叛軍の勝利条件を考えれば自ずと分かろう事なのだが、私等の場合は拠点制圧さえすれば良いのだよ。チェスであれば、お互いキングを取り合う訳だが、今回、私等は相手方のキングが元々あったマスに駒を置く事が出来ればそれで良いのだよ。キングそのもののチェックメイトは、この戦ではなく、その後でも良いのだから。つまり、謀叛軍が敗北しない為には、そのマスを明け渡してはならない、と云う事なのだよ。即ち、キングがグラナダを出る事は有り得ないのだよ。
 勿論、相手方にも駒はある。しかし、チェスに於いて駒は補充出来ない。故に“利かせる”必要がある訳だが、ともすれば、やはり、戦場は辺境諸侯所領群となるのだよ。農奴を盾に使う事や地理的な利を使うのが常、と云うもの。駒を無闇に取り合う野戦は愚策、と云うものだよ。況して、私等の駒は補充も利くし、この盤上には私等のキングは無いのだから。
 謀叛軍は必至でチェスに勝つつもりで来るだろう。しかし、私等のチェスは少しばかりルールが違う。彼等が必至でクィーンを潰し、戦略的に優位に立つ事があったとしても、勝敗と云うものは、やはり、キングを詰まねばならないものなのだよ」

ジナモン

「将軍、ちょっといいですか?小難しい話はよく分からないンだが、アルマージョって男はビックリするくれぇ〜戦争強ぇーぞっ!突然、敵の後ろに現れたり、いつの間にか城、落としてたりするンだゾッ!気を付けた方がいいぞっ!!」

◇タルトムラ

「!…ブゴッ、ブゴゴゴゴッ、うむうむ、それは面白い話を聞いた。ですがジナモン君、私も結構、戦は強いのだよ。相手の知略が優れていればいる程に、私も源泉の様に知謀が溢れ出てくるのだよ。楽しみだよ、ブゴゴッ」

ジナモン

「ナメたらダメだぞ将軍っ!あいつ、“奇跡”を使うンだゼッ!!」

◇タルトムラ

「!?ブゴッ、ッゴゴゴッゴッ、うむうむ、ならば、私も奇術ぐらい見せなければならないのだな、ブゴッ、ブゴッ、ブゴッ」

ジナモン

「へっ?…ン〜、楽しみ見ておくサッ、将軍ッ」

M L

 荒野にあるジョルジォ一行は、見晴らしの良い小高い丘にいた。
 ロックマンやホークアイ、カノン等を斥候に放ち、西から行軍して来る一団を発見した。
 報告によると、その一団が『闘牛連隊』である事が分かった。闘牛連隊とは、“闘牛士”と渾名されるホセ・バレンサスが率いた傭兵団『雄牛の蹄』の改称である。雄牛の蹄は、昨年の【グラナダの乱】にグラナダ側に付き、敗戦後、ドーベルム元帥を頼り、西部戦線で傭兵働きをしていた。太陽の旅団を率いて西部戦線に挑んでいたジョルジォは彼等を知っていた。
 闘牛連隊が此処に向かって来る理由は一つしか考えられない。ドーベルム元帥の下で今回の討伐戦に参加するのだろう。闘牛連隊は凡そ1000名からの傭兵で構成されている。傭兵団としての規模はそれなりに大きい。しかも、彼等は野牛を駆る。その突進力は凄まじい。それがドーベルム元帥の指揮下にあれば、より効果的に用いられるだろう。野戦であれば、彼等を止めるのは至難の業、と云えた。

 ジョルジォ一行は、丘から立ち去り、点在する小さな森に身を隠しながら闘牛連隊を追跡した。
 南南東に向かい、荒野を追跡し、ジョルジォ一行は緊張感を強めた。遙か荒野の先に土煙が立つ。馬の嘶きと猛犬の吠え声が辺りを包む。そう、恐るべき狂犬連隊であった。
 ドーベルム元帥は戦王(*10)の称号を持つ。戦王の称号を持つ者は、自身の私兵を保有制限なく、雇い入れる事が出来る。これが何の意味を持つかはさておき、兎も角、ドーベルムは3000名にも及ぶ私兵“狂犬連隊”を創設した。
 狂犬連隊は、百勝以上挙げた恐るべき剣闘士奴隷の猛者達を更に特別に軍事訓練した凶悪な兵士達である。その練度も精強さも、帝国有数の部隊であり、何より非情さと冷酷さは無類である。個々の力は“百の剣(*11)”に及びはしないが、その集団としての能力は私兵の域を遙かに凌駕し、他国であれば元首の親衛隊以上の力と云えるだろう。
 闘牛連隊が狂犬連隊に合流するのを待ってからジョルジォ一行は動き出した。

 闘牛連隊の合流した狂犬連隊では、元帥ドーベルムが搭乗する巨大な6頭立ての軍装馬車に馬を寄せる者がいる。
 壮麗なシルクの衣装を纏い、伸縮ロッドを腰に帯び、眼鏡の奥に潜む冷たい眼差し。彼の名はジル・ド・シヴァ。そう、昨年の【グラナダの乱】でジョルジォと共に元帥に従軍した三参謀の一人。乱終結後、他の者同様に降格処分となったが直ぐに参謀に復帰し、再び元帥の従軍参謀を志願した。
 帝都大出身の彼は、帝立大出身者であるジョルジォをライバル視していた。同期の中では自分が一番だと信じて疑わない男。昨年の降格処分の折、ジョルジォは自ら除隊した。それを聞いたシヴァはほくそ笑んだ。しかし、僅かの間で立場が逆転した。自分が参謀に復帰した直後にジョルジォは軍団長に抜擢されていたのだ。しかも、公爵位を得て、あのグラナダで殿様気取り。許し難い出世。
 だが、チャンスは到来した。天狗に為ったジョルジォは軍の命令を無視、グライアス王国に外征。あまつさえ、帝国大法を軽んじる発言を行い、現体制を批判した。最早、彼は終わりだ。反りの合わないドーベルムに従軍したのも、自身の手で幕引きを演出する為。大戦に滅法強いドーベルムに自身の策を乗せ、ジョルジォを葬る為。
「元帥!闘牛連隊隊長バレンサス殿、合流致しました」
 軍装馬車の窓越しに声を掛けるシヴァ。
 馬車の中から猛犬の吠え声が響く。その騒音を劈く様ながなり声が反応する。
「あぁ、分かったッ!偵察が戻ったら出立だ、以上!」
 いつもの様な手短な応答に頭を下げ、シヴァは自身の情報大隊に戻る。偵察兵が戻り次第出発、その迅速な対応に遅れを来しては、又、いつもの様に怒鳴り散らされる。肝を冷やしながら、大隊に戻ろうとしたその時、物見から伝令兵が慌てた様子で訪れた。
「参謀ッ!1マイルと満たない北北西に小隊規模の一団を発見!接近中ですッ!」
「!?…随分近いですね。しかし、小隊程度に慌てる事もないでしょう」
「そっ、それがッ!…」
「何を慌てているのですか。伝令は端的に伝えなさい、端的に」
「ハ、ハイッ…金色に輝く日輪の旗頭っ!その先頭に黄金の武者姿ッ!!ジョ、ジョルジュ・アルマージョ・ダイアモントーヤ、その人でありますッ!!!」
「!!!?ばッ、馬鹿なッ!!?ダイアモントーヤだとッ!!!何故、此処にッ!!!!?」

 ジョルジォ一行は徐に駆け出した。一気に接敵するかの如く、馬を駆り、恐るべき元帥の一陣に走り寄った。
 元帥の一団後方から一部隊がこちら正面に立ち塞がる様に移動した。それが情報大隊である、とジョルジォには分かった。元帥本人の指示であれば狂犬連隊を差し向ける筈。恐らく、参謀の独断で展開したのだろう、と推測出来た。
 ジョルジォは馬の歩を早める。そこには、僅かに懐かしい顔を見る。そして、忘れかけた嫌悪感を呼び覚ます。かつての同僚、シヴァの姿を発見したのだ。

◇シヴァ

「久し振りだね、ダイアモントーヤ君。否々、今は軍団長閣下、とお呼びした方が宜しいですかな?」
 先に話し掛けたのはシヴァ。大隊から抜け出し、馬をジョルジォに近付ける。

ジョルジォ

「あぁ、君か。参謀に復帰出来た様だね。知っていれば祝いの一つでも持って来させたものを。実に残念だよ」
 親衛隊を留め置き、シヴァに近付き、数歩前に馬の歩を進める。

◇シヴァ

「…それにしても、君、何とも大それた事を仕出かしてくれましたね〜?今回ばかりは、除隊届けを出す程度では済まされませんよ〜、クックックッ」

ジョルジォ

「そうだな、君の住所を聞いておくとするか?後で届けさせる様、手配をしておきますよ。それとも、分かり易く元帥府のが良いかな?否、待てよ、此度の作戦で責任を取らされるだろうから、此処はやはり、住所の方が良いだろう」

◇シヴァ

「…巫山戯た事をっ!のこのこ俺の前に現れるとはなッ!!その素っ首ッ、叩き落としてくれるわっ!!!」

ジョルジォ

「フフッ、功に焦る奴。そうやって周囲の者の命を亡くす。熟、哀れ」

M L

 シヴァがスッと手を挙げる。
 呼応するかの様に情報大隊がジョルジォとその親衛隊を包囲し始める。反応仕掛けた親衛隊を押し止める様にジョルジォは手を横に差し出し、微笑む。
「何が可笑しいっ、貴様ァーッ!」
 がなるシヴァに掌を向け、黙る様に仕向けるジョルジォ。続け様、シヴァの後ろを指差す。
 ハッ、と振り返るシヴァが目にしたのは、ジョルジォ一行を包囲しようとする情報大隊を、更に半包囲する形で後方に陣取る狂犬連隊と闘牛連隊の姿であった。
 一瞬、たじろいだシヴァが情報大隊を制す。見れば、6頭立ての軍装馬車が抽んでて現れ、こちらに近付く。シヴァは馬首を返し、それを迎える。
 迎えに近付いたシヴァを、突如、馬車から飛び出して来た猛犬達が襲う。暴れた馬に慌てふためくシヴァは、思わず手綱を放し、落馬した。背中を打ち付けたシヴァの眼前に迫る猛犬達は、リードの張力で制止を促される。そのリードの先、馬車からガタイのいい男が現れる。元帥ドーベルムであった。

◇ドーベルム

「シヴァ、お前ぇ〜、何を勝手にしてンのかと思えば、ハァッ!面白ぇ〜ヤツと話してンじゃねぇ〜か!ンン〜?」
 リードを部下に渡し、シヴァに目もくれず、ジョルジォに歩み寄る。

ジョルジォ

「久しいな、元帥。復帰、御目出度う。再び、こうしてお目に掛かれて光栄ですよ。そうそう、馬上から失礼っ!」

◇ドーベルム

「ハァッ、お前ぇ〜、随分偉そ〜な態度取る様になったじゃねぇ〜か、あぁ〜?ンで何だぁ〜、まさか、お前ぇ〜、白旗挙げに来た訳じゃあンめぇ〜なァ〜?」

ジョルジォ

「フッ、元帥もお人が悪い。素よりこのジョルジォ、戦の前に挙げる白旗等、持ち合わせてはおりません。尤も、戦の後にもですがね」

◇ドーベルム

「ハ〜ッハッ、なら何しに来たッ!!口上でもほざきに来たかァ〜ッ?それとも、早死にしに来たかッ!!!」

ジョルジォ

「フフッ、元帥、“強奪”ですよ、強奪」


◇ドーベルム


「!?…あぁ〜、そ〜いやお前ぇ〜、情報将校だったな〜!よく嗅ぎ付けたじゃねぇ〜か?鼠でも放ったってか?ンで、お前ぇ〜、ど〜やって俺から“竜の火(*12)”を奪うつもりだ!その小部隊でよ〜、あぁ〜?」

ジョルジォ

「強奪するのは、竜の火ではありません…元帥、貴方御自身をです」

◇ドーベルム

「!?俺を、だと〜?ハァッ、俺を人質にするって、それこそど〜ヤルつもりだ??」

ジョルジォ

「元帥ドーベルムッ!俺の下に来いッ!!帝国に在っては決して見れぬ夢を見せてヤるッ!俺に付けっ!!俺に着いて来いッ!!!」

◇ドーベルム

「!!?…てめぇ〜、つまンねぇー事、ほざくなっ!!俺を懐柔して乗り切ろ〜って魂胆、見え見えじゃね〜か!てめぇ〜のクソ芝居に付き合う俺じゃねぇーンだよッ!!!」

ジョルジォ

「俺はお前に何もくれてやる事は出来ぬ。寧ろ、お前の地位も名誉も奪ってしまう。だがッ!帝国では決して与えてはくれぬ、只一つの事を、俺なら与えられるッ!!」

◇ドーベルム

「…てめぇ〜、見くびンなっ!俺は生まれてこの方、貰えるもンは洩れなく貰って来たが、てめぇ〜から欲しがった事は只の一度もねぇーンだよッ!!てめぇ〜と一緒にすンなッ!!!」

ジョルジォ

「戦ッ!俺がお前に与える事が出来る唯一の所業。世界最大最強の軍隊を向こうに回して暴れ回る大戦ッ!!それだけじゃない。騎士団領(*13)だろうと、コルラヴァード(*14)だろうと、連合王国(*15)だろうと、俺の前に立ち塞がるものであれば、その全てを叩き潰す!果ては、大海を越え、遠く三大陸(*16)さえをも」

◇ドーベルム

「!!!?…て、てめぇ〜、狂いやがったかッ!?下らねぇー妄想に、この俺が付き合う訳、ねぇ〜だろーがァ!!?」

ジョルジォ

「狂うておるのは素より承知ッ!去年、お前に噛み付かれて以来、熱病に取り憑かれている。無論、今は妄想!しかし、お前と云う逸材を得て、現実のものとなるッ!!!」

◇ドーベルム

「……てめぇ〜、本気で云ってやがンのか!?」

ジョルジォ

「無論ッ!俺は陛下にだけ尊崇の念を抱く者。なれば、陛下の如き大君主を切望する、を行うは必定!!ならばッ、帝国をも超える大国を築くが理想ッ!!!」

◇ドーベルム

「………てめぇ〜…てめぇにとって“戦”った〜、何だッ!」

ジョルジォ

「戦の前に英雄無し、戦の後に英雄在り!しかし、多くは英雄無き戦が巻き起こる。英雄無き後、世は荒み、希望は失せ、人は惑う。この世から戦を無くす事等妄執!なれば、せめて英雄在りきの戦としよう!即ち、俺の戦をするッ!!!」

◇ドーベルム

「……お前ぇ〜、英雄に成りてぇ〜、ってか?」

ジョルジォ

「英雄とはッ!英雄とは、成るものではなく、為した後に呼ばれる者!人々の口々にて語られる者!俺は只、為すだけ。結果、英雄であろうと奸雄であろうと、どちらでも構わぬ。だが、その時、必ず“英雄”は現る!俺はその切っ掛けに過ぎぬ」

◇ドーベルム

「………ブッ、ブブッ、ブァッ、ブァ〜ッハッハッハッハーッ!面白ぇ〜、気に入った!!よっしゃ、お前ぇ〜が何すっか見届けてやンぜッ!」

◇シヴァ

「!!!?おっ、お待ち下さい!?な、何をおっしゃられておいでですかッ!!」
 慌てふためき、ドーベルムに駆け寄る。

M L

 ジョルジォが白馬からヒラリ、と飛び降りる。
 優雅に、しかし、力強く歩を進め、ドーベルムに近付く。

ジョルジォ

「俺は戦場を与える。お前はその戦場を縦横無尽に駈け抜けろッ!」

◇ドーベルム

「ブァーッハッハッハッハッ!あぁ、いいゼッ。お前ぇ〜が戦略を練りゃ〜いいンだ。俺は只、勝ちゃ〜いいッ!!!」

◇シヴァ

「っお、おっ、おッ、お待ち下さいぃ!?元帥、御自分が何をおっしゃられておいでかお分かりに在らせられますかッ!軍法違反、いえ、謀叛ですゾッ!!」

◇ドーベルム

「あぁ〜?つまンねぇー事ほざくなっ、小童ぁーッ!面白ぇ〜からこいつに付く!気に入ったからこいつの戦場を駈けるっ!帝国元帥はこれで終ぇ〜だッッッ!!!!」
 胸の勲章をもぎ取り、元帥杖を砕き折る。

◇シヴァ

「!!!!?あッ…あぐっ、あぐッ、グッ、げ、元帥が狂われたッ!だ、だっ、誰かっ、誰かッ!元帥とこの謀叛人を引っ捕らえるのだァッ!!!」
 蒼白の表情で虚ろな命を叫ぶ。

ジョルジォ

「時代の機微が読めぬ戯けがッ!机の上で空虚な小理屈でも捏ねていろッ!」
 秀麗な詠唱が響き、ジョルジォの頭上に太陽が輝く。
「我が金色の日輪にて浄化せよッ!《金輪惨悔僕滅》」

M L

 強烈な光を発し、日輪の円がシヴァの頭上から舞い降りる。
 ギャァァァーッ!ズシュゥーッ。絶叫を掻き消し、金色の輪がゆっくりとシヴァの体を下降する。その輪の面にあった筈の肉体は、一瞬の内に蒸発し、僅かな炎と焦げた臭いを周囲に残し、やがて、地に着き消えた。そこには、何も残されていない。

 ドーベルムが首を傾け、合図を送る。
 直後、半包囲していた狂犬連隊が情報大隊を襲う。ものの数分と経たず、情報大隊は全滅。逃げ延び様と必至に包囲を振り切った情報官も闘牛連隊に殺到され、敢え無き最期を迎える事となった。
 骸となった情報官の骨と肉を、いつまでも貪り喰う獰猛な猛犬達。凄惨な光景が広がり、静寂が包む。

◇ドーベルム

「…にしても、お前ぇ〜、術士だったンだな〜?まぁ、それはどーでもいい。ンで、先ず、俺はどーすりゃいい?」

ジョルジォ

「グラナダの南東に展開する我が軍と合流し、その指揮を執ってくれ。プルトラー、ソルと云う両名より編成を聞き、俺が合流する迄、守りに徹せよ!」

◇ドーベルム

「あぁ?分かった。ンで、お前ぇ〜はどーすンだ?」

ジョルジォ

「俺は“太陽の旅団”と云う俺の兵達を迎えに行く。後、辺境軍団に命を下し、お前達本隊と合流する。我等に余剰戦力は存在しない。竜の火を所有する事を明らかにし、その抑止力を以て、戦火を最少に食い止めよ!
 カノンッ!カノンは居るかッ!」

◇カノン

 ジョルジォの影からズルリ、と這い出し、
「はい、お側に控えております、ジョルジォ様」

ジョルジォ

「お前は直ぐに発ち、プルトラー、ソル、ヘイルマン、オッペンハイム、クームーニン、バルボーデン、フォーディス、シシリア、ガローハン、ワグナー等に、今、此処で起きた事実を有りの儘、伝えよ。プルトラー、ソルの両名には、そのまま作戦を実行させ、ドーベルム合流後、その指揮下に入る様、伝えるのだ。俺自身が到着する迄、被害は最小限に抑える様、申し付けるのだ!ワグナーには、スターレス88を以て、この伝令を臣下、貴族の全てに浸透させる様、伝えよ。全てに伝え終えた後、お前は俺に合流せよ」

◇カノン

「御意。お易い御用に御座ります」

ジョルジォ

「では、ドーベルム、後日、又、会おう。次は戦場で互いに馬首を並べる事になる」

◇ドーベルム

「あぁ〜、楽しみにしてるゼッ!サッサ、と合流しろよっ!帝国軍と戦うなンつぅ〜、面白ぇ〜事、滅多にねぇーからよッ!ブァーッハッハッハッハーッ!」

M L

 蜘蛛の巣城に珍しい客人が現れた。
 その客とは“永久番人マクストラルフェイス。“白の女神システィーナに仕える人間型の彫像。古の何等かの術式によりこの様な姿を取っている。白の女神の第一の信徒にして女神の護衛、寺院防衛の戦士である。
 その彼が神殿を遠く離れ、蜘蛛の巣領に迄赴いたのには訳があった。
 ヨッヘンバッハとの接見に現れたマクストラルフェイスのフルヘルムから覗く単眼は、怒りの色を放っていた。

ゲオルグ

「誰かと思えば、そちか?よく来たな〜。疲れておろう、今日は此処で休んで行くが良かろう…ムホッ、そちは彫像だから疲れ知らずかの〜っほっほっほっほーっ」

◇マクストラルフェイス

「…相変わらず、否、前にも増して増長しておる様だな、ゲオルグ!我が怒りを微塵にも感じぬとはっ、甚だ、不信心であるっ!」

ゲオルグ

「む〜、全く、冗談の一つも通じンとは、何とも頭の固い奴よのう…ムホッ、そちは彫像だから頭が硬いのも当然、と云えば当然かの〜っほっほっほっほーっ」

◇マクストラルフェイス

「…冗談?冗談だとっ!では、我が女神の居わす神殿を荒らす、あの者を送り込んで参ったのも、冗談だとぬかすつもりかっ!」

ゲオルグ

「?…何の事だ??全く、見当も付かンぞ〜?」

◇マクストラルフェイス

「何と云う痴れ者っ!お主の配下にナディスクローツと云う者が居ろう!彼の者が発掘、と称し、神殿を荒らしておるのだっ!聞けば、お主の許可を得た、と云うではないかっ!どう云うつもりだッ!!」

ゲオルグ

「ど〜云〜つもりも何も、彼奴を雇う時にそ〜約束したのだから、仕方あるまい?それに俺は大神官だぞ!大神官の俺が良い、と云〜のだから良かろ〜に」

◇マクストラルフェイス

「痴れ者めがーーーッ!!!女神の居わす神殿を何と心得るっ!神聖にして不可侵の領域に在らせられるぞ!それを余所者に許可を与えて盗みを働かせるとは、どう云うつもりかッ!!」

ゲオルグ

「む〜、それは盗みではないぞ〜。遺跡の発掘調査であろ〜?分からンのかの〜?」

◇マクストラルフェイス

「何とッ!?何処迄も傲岸無礼なっ!我が女神の神居を騒がし、それ処か調べ上げるとは、不敬の上の不敬っ!それを感ずる事なく、暴虐無尽な考え改めず、尚、小癪にも異論を唱えるとはッ!少しでもお主を信じた我を呪わしく思う」

ゲオルグ

「?…何を申しておる?…ムホッ、信じておるのは、そちではなく、俺の方だぞ!女神をだがの〜っほっほっほっほーっ」

◇マクストラルフェイス

「…悔い改めよ、ゲオルグ!悔い改めるのであらば、慈愛の心を以て、寛大なる沙汰を下す故…」

ゲオルグ

「そンな事より、どうだ、信者は増えたかの〜?少しは力を付けてくれたかの〜?いい加減、力を付けてくれンと、クソの役にも立たンわい!はよ〜、傷の回復やら防御やらに役立つ奇跡を起こせンもンかの〜?」

◇マクストラルフェイス

「!………終わりだ、ゲオルグ…お主は今日の今を以て、破門、とする。神殿は封鎖する故、立ち入りを禁ず。以後、お主と我等の間に何の関係も無い。只、あるとすれば、我が女神の慈悲の心のみ」

ゲオルグ

「!?な、何を申すかーッ!この阿呆ぅ!何故、そちにその様な真似が出来るンだぁ〜っ!システィーナに聞かねば分からンだろ〜がッッッ!!」

◇マクストラルフェイス

「我は女神より対人交渉の委細を任されておる事を忘れたか。信徒との繋ぎも又、然り。我が女神に仇為す者を繋ぎ留めておく事、叶わぬ。因って、破門、とす」

ゲオルグ

「ぬぅ〜っ!認めン、認めンっ、認めンッ、認めン!断じて、認めぇ〜〜〜ンッ!!!」

◇マクストラルフェイス

「…お主が認めようと認めまいと、関係無いのだ。既に我が女神とお主との神的交信は途絶えた…それさえ、感ずる事も出来ぬか?…哀れ…」

ゲオルグ

「ぬぬぅ〜っ!誰が何と云お〜と、俺は白の女神の大神官だァーッ!!!女神の剣は、絶対に返さンぞぉーッッッ!!!」

◇マクストラルフェイス

「…良いだろう…それが我が最後の慈悲となろう。神的交信は途絶えたとて、その剣が触媒となって女神の声を聞く事もあろう…それが女神の慈悲の最後となろう」

ゲオルグ

「ぇえ〜いッ!出てけっ、今直ぐ、出て行けっ!そちの面等、二度と見と〜ないわっ!くぅ〜っ、胸糞悪いわいっ!塩を撒けっ、塩をッ!!二度と敷居を跨がせはせンぞォーッッッ!!!」

M L

 蜘蛛の巣城の別室広間。ヨッヘンバッハの臣下の集うサロン。
 ノルナディーンと悪魔の三人の強い要望により作られたこのサロンは、金貨にして約500枚掛けて増築された代物である。品のない装飾と額面だけ一流な無名の品々の並ぶ、この巨大なサロンには、常に豪華な料理と酒、フルーツが置かれている。
 アボロ等新規雇用組が来る前迄は、それこそこの広間に、素性の知れない破落戸や遊女迄もが、ほぼ毎日、ノーチェックでやって来ては屯していた。
 流石に、治安悪化と財政難からチェック無しでの民間人の立ち入りを禁じたアボロではあったが、ノルナディーンや悪魔の三人が連れて来る“仲間”と称する連中の立ち入り迄は禁ずる事は出来なかった。
 臣下の集う、と云う名目ではあるが、実際に集まる者達と云えば、役職に就いていない者達が主であった。
 専ら、屯しているのは、ヨッヘンバッハの為にクーパーが雇ったドンファンを含めた8人の護衛連中、ブルンガー、エントロジートリザソードマスター(*17)夫妻、ウェルフゴーズ、コキュー、神殿発掘の出来なくなったナディスクローツ、そして、ノルナディーンと悪魔の三人達であった。
 定期的に訪問するのは、ゲゲイワーニャ達。やって来ては豪華な食事を大量に持って帰るだけであった。忙しい仕事の合間をを縫っては稀にウー、クーを従えたクーパーやシャッターが訪れた。彼等は、他の臣下達との親交を深める為に訪れる。最も理に適った使い道で、このサロンを利用する。ターマザーやアボロ、ピロシキ、ビルテイル、イシュタル、グラム、ヤポン等は顔を出した事さえない。忙しいのもあるが、雰囲気が悪い、と云う噂を耳にしているからだ。ゴッヘはちょくちょく摘み食いにやって来る。同じ様にラウも腹が減っては訪れていた。彼は金銭感覚、と云うものを持ち合わせていない。その為、金を持たない。故に、腹が減っては此処を訪れ、適当に腹を満たしていた。
 実は、ヨッヘンバッハは此処を訪れた事がない。彼の持論では「君主たるもの、臣下とは一線を画すべきもの」だそうである。故に最近では、私室は疎か、執務室にさえ臣下を入れない。それは護衛の者達も例外ではない。所定の手続きを踏み、しかも、執務時間内でなくてはならない。例外があるとすれば、お気に入りの世話係と給仕に宮女、母に仕えた侍女であるターマザー、ゴッヘ、そして、ラウだけであった。

 来客に腹を立てているヨッヘンバッハを知る由もなく、この日も腹を空かせたラウはサロンに訪れては、名前も知らない食事を手に取っては頬張っていた。
 先客はいつもの面々。余りに広い空間のせいか、気の合う連中同士は固まり、その間には隔たりがある事は、人付き合いとは無縁のラウであっても分かっていた。
 暫くして、珍しくクーパーがフェイ兄弟を引き連れ訪れた。文官が三人増え、政務の筆頭から外れ、激務に僅かな余裕が出来た彼は、親交に余念がない。
 ドンファン等ヨッヘンバッハの護衛達と軽く語り合い、その後、ソードマスター夫妻と話し、本を読み耽るナディスクローツの下に向かう。その途中、フェイ兄弟が歩きながら食べていた果物の皮を離れた場所に一人で座るウェルフゴーズに投げ付けたのだ。
 ギッ、と鋭く重い視線だけをフェイ兄弟に向けるはウェルフゴーズ。その視線に対し、中指を立て煽るフェイ兄弟。勿論、クーパーはそれを窘め、距離を取る様、誘引する。ウェルフゴーズの方でも、直ぐに視線を下ろし、スッ、と立ち上がって、隣接するテラスへと移動した。嘲り笑うフェイ兄弟を窘めつつ、クーパーは会釈を他の者達に贈る。
 クーパー達を本能的に嫌うラウは、ウェルフゴーズが気掛かりだった。未だ、話した事のなかったラウは、自分もテラスに出て、接触を図った。

ラウ

「やあ、俺、ラウ。ヨッヘンバッハの友だ。ヨッヘンバッハから“森の人”って二つ名を貰ったもンだ。宜しく。処で、あいつ等と何かあったのか?」

◇ウェルフゴーズ

「…咲くも華なら、散るも華。ならば、咲かそう男の華道。誰が呼んだか“極道(きわめみち)”流れの任侠ウェルフゴーズ!何の因果か分かりやせんが、流れ流れて辿り着きやした。仲良くしてつかーさい」

ラウ

「…ン〜、え〜、と…あいつ等、ほら、あのフェイ兄弟との間には何かあったの?」

◇ウェルフゴーズ

「…男も三十路間際になりやすと、歩いた分だけ痛みもありやす。痛みにゃ滅法強ぇー方ですが、心に木枯らしは辛ぇーもんです。日陰もんにゃー付きもんですが、へへっ、分かってつかーさい」

ラウ

「……ン〜、ん〜…あー、何処から来たんだ、あンた?」

◇ウェルフゴーズ

「…昨日から来て、明日に向かう…さりとて、今日の道も踏みしめやす。風の吹くまま、気の向くままに、明日は明日こそ、募らせて、一歩一歩と棺桶に。つまらねぇー男です」

ラウ

「………ンン〜、んん〜……あ〜、えーと、今迄はどンな事をしてたんだ??」

◇ウェルフゴーズ

「…望んで歩いた道ですが、人様に誇れるもんじゃーありやせん。不器用な男が一丁前に、こーして歩いて来れたのも、汗水垂らして働いてくれる、よすがの堅気のお陰です。お天道様がヤケに眩しいのは、あっしが歩く道のせいですかねぇ〜…」

ラウ

「……………?あ〜、俺、ヨッヘンバッハのトコ、行って来るわ!ンじゃ、又ッ」

◇ウェルフゴーズ

「…御苦労様です。親分さんには宜しく伝えといてつかーさい…」

M L

 ラウがテラスから離れ、サロンを出たのを確認すると、ドンファンが立ち上がり、ウェルフゴーズに近付き、話し掛ける。

ドンファン

「クフフッ、随分と煙に巻いてたじぇねェ〜かよ!ククッ」

◇ウェルフゴーズ

「…あにさん、聞いてたんですかい?あにさんも人が悪い、へへっ」

ドンファン

「クフフッ、ンで、ど〜よ、あンたから見たあいつの印象は?」

◇ウェルフゴーズ

「…童の様な純粋な目をしておりやした。あっしなんかと付き合っちゃなんねぇー、そんな綺麗な眼を持ってやした。あんな眼を持つ、あの日の頃に戻りてぇーなぁー…只…」

ドンファン

「クフフッ、只、何よ?」

◇ウェルフゴーズ

「…只、山野を駈ける獣の目も又、純粋なもんです。獣は何時、畜生になるとも限りやせん。へへっ、近頃どうも穿った見方しか出来ず、何とも寂しい野郎です」

ドンファン

「クフフッ、流石だネェ〜!一瞬であの野郎の性を見抜くとはネェ〜。なっ、云った通りだろッ?金も貰わず、仕える奴なンざ、信用ならねぇ〜ンだよッ!あンたも気を付けろよッ!あの野郎に目ぇ〜付けられっと、公爵さンに嫌われちまう。俺やクーパーの旦那みたいになっちまわねぇ〜よ〜に、付かず離れず、上手くヤれよッ」

◇ウェルフゴーズ

「…あにさんにゃー、いつも気ぃ揉んで貰って、ほんと、すいやせん」

ドンファン

「クフフッ、そンな事、気にすンな、ってなッ!っで、打つかい?壷にすっかい?札にすっかい?」

◇ウェルフゴーズ

「…あにさんに預けやす」

M L

 ダテ領を出立した緋の火と輝星の両軍は、北西方向に進軍していた。
 以前、略奪行に向かった北方辺境域東部を迂回し、北方州を北回りに大森林を抜け、北方辺境域西部に入り、北西方向から辺境諸侯所領群に侵入する。この遠大な行軍ルートは、街道を使わない為、時間と経験とが問われていた。だが、彼等はプロの戦争集団である。不慣れな土地とは云え、この難しい行軍をこなし、その先にある厳しい戦に勝つ、と皆、信じて疑わなかった。

 ライゾーの一軍が東部辺境域西部を進軍中、一週間と経たず、東南東方向から謎の騎馬軍団が現れる。
 統一性のない軍装を思い思いに纏い、けばけばしい傾いた騎馬武者は総勢1000名弱。騎馬武者の背から突き出た旗には“勒禍亞奈大連合”と記されている。その騎馬武者達の先頭に、一際、派手な出で立ちの男が颯爽と現れる。そのド派手な男の錦紗の外套の背には「天上天下唯我独走・愚者上等」の文字が浮かぶ。
 緋の火には緊張が走る。寡兵とは云え、得体の知れない騎兵が突如、現れたのだ。東南東方向に転換し、密集隊形を取る。
 前方に布陣した武装集団に対し、傾く騎馬軍団も突撃隊形を敷く。先頭に立つ騎馬武者は腕組みをしたまま、口元に笑みを浮かべ、叫ぶ。
「Are you ready, guys?」
 Yeeeeaaaaahhh!!!騎馬武者達が一斉に応える。
 騎馬武者の先頭の男を見て、ライゾーは表情を一瞬、強張らせる。が、重々しい態度のまま、歩み出る。止め様とするエルデライクの手を振り解き、騎乗する男に近付き、睨み付ける。

ライゾー

「大公の放蕩息子かっ!何しに来たっ!」

◇パレール

「A〜haッ?見回りだゼ?Cheapな力自慢が荒らさね〜よーに、見て回ンね〜とよ」

ライゾー

「ふんッ、笑止っ!うぬの様な軽い輩に何が出来るッ!!」

◇パレール

「Haッ!あンたよりはマシさ。いつ迄もちょ〜し乗ってっと、痛いめ遭うゼ〜?」

ライゾー

「我がいつ迄も大人しくしていると思うなっ!このまま干渉し続けるのであれば、うぬもその家名も永劫に消え失せるぞッ!!」

◇パレール

「O.K.〜、Chicken!いつでもヤッてヤるゼッ?」

◇エルデライク

 対峙する二人の間に割って入り、
「お止め下さいライゾーさん。争う相手が違いますぞ!これからの長旅を前に無用の争い事はお控え下さい。
 パレールさんも絡むのはお止め下さい。我々はこれから北方に向かい、討伐軍に義勇兵として参戦するのです。何一つ、疚しい処は御座いません」

◇パレール

「…Ho〜、That's weird。義勇兵ね〜?まー、いいんじゃないの、そーゆ〜のも」

ライゾー

「うぬには関係ないわっ!父親の庇護でも受けておれッ!」

◇パレール

「Okey-dokey!確かに俺にはかンけーね〜な。精々、死なね〜よーに頑張りな」

ライゾー

「ふんッ、うぬに心配される命等、端から持ち合わせておらぬわっ!行くぞッ、エルデライクッ!」

◇パレール

「Yep yep. that's all right!覇気はあっても生気のね〜男だな、あンた?所詮は井の中の蛙かっ!ほンとの戦を知らね〜ンだなッ?You know what I mean?I mean!Haッ、かンけーね〜か?じゃ〜なっ、アデューッ」
 馬首を翻し、傾く騎馬武者達に歩を進め、
「O.K. guys!Here we Go!Ya〜Haッ」

M L

 傾奇武者達は一斉に叫び声を上げながら、パレールに続き、やって来た方向に戻っていった。

 騎馬武者の一団が過ぎ去った直後、緋の火の首脳がライゾーの下に集まる。

◇フェイドック

「ライゾー、気を付けて貰わねば困る。チンピラとはいえ、あの数の騎兵を相手にしたとあっては、それなりの損害も考えられる。慎重になって貰いたい」

◇ガーベラム

「別にイイじゃねぇ〜か?大公のバカ息子如き、たたンじまえゃイイッ!」

◇アモルシャット

「い〜ヤ、フェイドックの云う通りだゼッ!目標があンだから、その前に問題起こすンじゃネェ〜よッ!!」

ライゾー

「…あぁ、分かった…控えよう」

◇ガーベラム

「!?珍しいじゃネェ〜かアモルシャット、おめ〜が慎重論を唱えるとはなッ!それにヤケに素直じゃねェ〜かライゾ〜?おめ〜等、これから戦なンだゼ?もっと、覇気を持てっ!っつ〜ンだよッ!!」

◇アモルシャット

「バ〜カッ!いつ迄も雇われ根性のヌけネェ〜ヤツだな、おめぇはよっ!俺等の本拠は東にあンだゼ?幾らバカ息子相手とは云え、気を付けた〜方がい〜ンだよ!それにだっ、フェイドックの云う通り、あの騎兵の数をナメたらダメだゼ。無駄な損害をココで出すのはアホのヤるこった。もっと、状況を読めっ、このアホがッ!」

◇ガーベラム

「…ケッ、ゾップハッズがいなくなってから、何か変だゼっ!…まっ、いいわッ」

M L

 ジョルジーノの南東の荒野にプルトラー率いる天照州本軍は進軍し、仮設砦を築いていた。その中にあってゼファは、一小隊を宛がわれ、砦本陣の警固と建設の任に就いていた。

 そんな最中、物見が砦に単騎で向かって来る者を発見した。
 向かって来た騎馬の者はコロッセウムに所属する者特有の出で立ちで、使者を意味する小旗を背に差していた。
 ザラライハは、この使者を捕らえ、殺害する旨を提案したが、プルトラーはこれを退け、接見する事にした。接見には、プルトラーとゼファのみが当たる事にした。やたらに要職にある者を使者に知らせる事を避ける為のソルからの提案であった。
 使者として訪れたのは、以前、太陽城に訪れた事のあるラファイアであった。

◇ラファイア

「御接見頂き、誠に有難う御座います。コロッセウム第一大隊麾下の分隊長エメリュート・ラファイアに御座います…失礼ですが、軍団長閣下はいずこに?」

◇プルトラー

「指令代のプルトラーだ。軍団長はお会いにならん。用件だけを申せ」

◇ラファイア

「…はい。此度の謀叛、何卒、お考え直して頂きたく存じます。ご再考頂けましたら、このラファイア、全力を以て宰相府に御訴え申し上げまする」

◇プルトラー

「…有難いお心遣いに感謝致す。先ずは確認しておこう。これは謀叛ではなく、世直し。因って、再考の余地はない。又、仮に君の意見を聞いたとして、地位身分の低い君の助力が如何程のものであるか。使者を差し向けた提言者の名と役を挙げよ」

◇ラファイア

「………私の一存に御座います…」

◇プルトラー

「!?君の一存とは…是非も無し!軍団長を想い憚る気持ち、有難く頂戴する。が、殊、この提案には甘んずる気は毛頭ない。尚、この地にあるを伝えられては些か面倒である為、君を拘束する。抵抗致すは容赦願いたい」

◇ラファイア

「…はい、分かりました…」

ゼファ

「お待ち下さい、指令代!この者の身柄、私にお預け頂けませんでしょうか?」

◇プルトラー

「!?貴殿に?…良いだろう。だが、一応、監視の者を付けさせて頂くが、それでも宜しいか?」

ゼファ

「勿論、結構に御座います」

M L

 ゼファは仮設砦内の兵宿舎の一室にラファイアを移し、話をする。

ゼファ

「…何故です?何故、コロッセウムに所属する貴方が独断で、しかも、軍団長を擁護する様な立場を取るのです、自ら、危険を冒して迄?」

◇ラファイア

「…私にも分かりません。強いて挙げるとすれば、団長と正反対の所業を敢行なさるあの御方を、見守りたいのだと思います」

ゼファ

「…サロサフェーン(*18)…殿、と比較なされるか…」

◇ラファイア

「私が御質問させて頂くのは大変、御無礼とは存じますが、貴殿は何故、軍団長閣下の下に在らせられるのです?今、軍団長閣下のお立場は危うく御座いますれば」

ゼファ

「…それは…それは、我が師の忠言に従い、肝を鍛え我がものとし、世情に在って真を看、以て己の心を悟らんが為と…」

◇ラファイア

「…聖騎士アラベス(*19)様に云われたのですね?」

ゼファ

「!?我が師を存じておるのか!…そうか、コロッセウムに在っては当然か…」

◇ラファイア

「…迷われておられるのですね…おいたわしい。若輩者の私が語るのも御無礼とは存じますが、お師匠様の言を信じておられるのであれば、御存分にお迷いなされませ。必ず、光明が差しましょう。
 我が師が申しておりました。見聞を広め良く察し、尚、分からずば己に従え、尚も分からずば、踏み込め、と。答えはそこにあるものだ、とも」

ゼファ

「…貴方も良い師に恵まれましたね。失礼だが、貴方の師のお名前は?」

◇ラファイア

ガナー伯に御座います」

ゼファ

「!?ガナー伯!あの“巧み”と称される筆頭騎士(*20)殿が貴方の師だったのか!?しかし、あの御方に弟子がいたとは…」

◇ラファイア

「…正確には師、とお呼びするのはおかしいのかも知れません。師弟関係を結んで戴いたのは、私が騎士叙任した後の事ですから…」

ゼファ

「?どう云う事です?失礼でなければ…」

◇ラファイア

「…元の師は、父。その父は、ガナー伯と戦い、敗れました…勿論、恨みもしました。しかし、悩み、悩み抜いた上、ガナー伯の従者を志願致しました」

ゼファ

「!!?叙任後に従者とはッ!…若いと云うのに貴方は…それに引き替え私は…」

◇ラファイア

「私はッ、今、私は己の進む道の分岐点に差し掛かっております。それを見極めたい、と願っております。その為にも、軍団長閣下には健やかであられたい、と切に願っております!何卒ッ、何卒、閣下をお止め下さいっ!!お願い申し上げるッ!」

ゼファ

「…それは…それは、私には出来ない…貴方に道がある様に、軍団長にも御自身の道がある筈…それをお止め立てする事は、私には出来ない…」

◇ラファイア

「………分かりました…見守ります。邪魔せぬ様、瞼を閉じて…」

M L

 ブルーローズ、第11軍団作戦指令室。タルトムラは焦っていた。作戦案の大幅な修正、否、新たな作戦案の作成と指示に追われていた。
 元帥ドーベルムが消息を絶った。より正確には、ドーベルムの一団の把握が出来なくなってしまったのだ。
 今迄、定期的に連絡があった。狂犬連隊と共にあった情報部隊からの定期連絡だ。その連絡が途絶えてしまい、偵察兵を送ってはみたものの、誰一人帰って来ない。それは、辺境諸侯所領群やグラナダ周辺に送り込んだ偵察兵も同じだった。
 とっくに到着していて良い筈。それ処か、既に作戦を実行に移し、軍を出立していてもおかしくはない時期。此処に来てのこの遅れは、当初立てた作戦案にとっては致命的であった。
 ドーベルム元帥は度々、軍規や作戦を無視する。今迄の経験から考え、消息を絶ったのも、恐らくは独断によるものだろう、と推測出来た。誠に困った人物ではあるが、その多くが驚く程の戦果を残しているのも又、事実。苛つきはするものの、その全てを否定する事迄は出来ないタルトムラであった。

 兎も角、新たな作戦案を作り上げるしかなかった。ドーベルムを見失ってから時間が経過してしまい、最早、ブラッカン元帥の到着も間近。ともすれば、ブラッカンの下での行軍を視野の中心に据えなければならない。
 短時間で考え、今迄の下準備と編成を考慮した上、作り直した案はこうだ。
 ドーベルムの所在が分からない為、自身の軍団の配属先はブラッカン麾下となる。元帥ブラッカンの用兵は、実直で堅実、且つ、壮大で理路整然としているが故、辺境諸侯所領群の攻略はそもそも無用。しかし、敵勢による辺境諸侯所領群方面から北方州への進軍は大いにあり得る。因って、必要最低限度の兵力を辺境諸侯所領群方面に配備する必要性がある。
 従って、辺境諸侯所領群には第14軍団を押し進めるのが得策。侵入する敵軍を抑えつつ、押し返すだけの力を軍団長グルスカルハーンは備えている。それ処か、辺境諸侯所領群制圧に乗り出すだけの圧力も兼ね備えている。自身の第11軍団は、工兵と攻城部隊で編成をしているが、これはそのままグラナダ攻略に用いれば良く、つまりは、第12、3軍団と共に元帥の指揮の下、南東方向からグラナダに進軍する。辺境諸侯所領群攻略を考えなければ、寧ろ、攻城部隊の数を増やした方が得策。初戦や散発的な野戦は、第12軍団と元帥直属部隊で十分と考えられ、第11軍団は支援的運用で問題ない。援軍受け入れの野営地設置を荒野に定め、後続の部隊も南東方面からの運用とする。これには第13軍団と協力して行えば良い。

 新案が荒削りである事は否めない。だが、本来、北方州四個軍団は一人の元帥の下で運用されるものである為、作戦そのものの移行は意外と容易い。最初の案の方こそ、変わっていたのだ。元来、元帥ドーベルムは西部方面の指揮が主任務。それが危急の事態であるが故に北部に送られて来たのだから、新案でも十分である。
 実際の指揮はブラッカンが執り、最終局面の見極めはサロサフェーンが号令する。タルトムラはあくまでも、その準備をこなせば良い。後は、戦場での戦術に奔走すれば、何の問題もなかった。
 しかし、原案を提示した後の新案であったが故に、タルトムラには気恥ずかしさがあった。この照れ臭さは参謀経験者ならではのもの。タルトムラは密かに、戦術的戦果を熱望していた。そのせいか、タルトムラらしからぬ愚案を一考した。
 ジナモンが呼ばれたのは、その後の事であった。

ジナモン

「俺に用、って何だいっ、将軍?」

◇タルトムラ

「うむ、ジナモン君。お前さんに頼まれて欲しい任務があるのだよ」

ジナモン

「!?俺にかい?あー、何でも云ってくれっ!俺に出来る事なら何でもヤるサッ」

◇タルトムラ

「うむ、実は今回の作戦で勝利する為の要、とでも云うべき特別部隊を編成する事にしたのだよ。その名も“矛盾特別攻撃隊”。各連隊より特に腕の立つ強者100名ずつ、計500名からなる特殊大隊を編成したのだよ。それをお前さんに率いて貰いたい、と思っておるのだよ」

ジナモン

「!?お、俺がかっ!?500人もの大軍を率いた事なンて、俺、ないですよっ!」

◇タルトムラ

「うむ、任務は至って簡単なのだ。普段、戦場に於いて、私の護衛として本陣にあり、平時の指揮は私が執る。お前さんは、万が一、攻め入ってきた敵兵を隊員達と共に斬り捨て、私を護れば良いのだよ。又、私が特別に指示を出した時に、敵部隊に攻め入り、その部隊指揮官の首級を挙げて貰いたいのだよ。その際には、先頭を切って隊員達を率い、存分に暴れて貰う。即ち、矛にして盾の如き働きをする特殊部隊、と云うべきものなのだよ」

ジナモン

「!おぉ〜っ!そりゃ、凄い。分かった、引き受けたっ!」

◇タルトムラ

「うむ、では今より矛盾特別攻撃隊、通称、特攻隊、その隊長にお前さんを任ずる。この白い鉢巻をやるので兜か額に巻くのだ。謀叛人共を斬った返り血で、その鉢巻を真っ赤に染め上げるのだっ!戦功を挙げた暁には、お前さんが再びコロッセウムに戻れる様、特別に取り計らってやるからな。ブゴッ、ブゴッ、ブゴゴゴゴッ」

ジナモン

「おぉ〜っ!?よっしゃーッ!期待に応えまス。頑張るゾッ!」

M L

 乾いた赤い土壁に囲まれた暗い部屋。その端に置かれた石作りのベッドの上でアルベルトは目覚める。
 灼ける様な喉の渇きと眩暈がする程の空腹、体中に激痛が走り、吐き気を催す程の頭痛に襲われる。酷い目覚め。体は軋み、微かに残った右目で周囲を探る。
 部屋の中央に立つ者。意匠の込んだ豪奢な装束を纏うその者の姿は正に奇っ怪そのもの。肌や肉に当たる部分はガラス細工の様な透明度を保ち、水飴宛らの滑らかさとしなやかさを持つ。驚異の容姿は、その透明な肉体に透けて覗く骨格と臓器、そこから走る血管。その血管は時々、光の粒を発し、あらゆる箇所を走り抜ける。一言、化け物。心臓の弱い者であれば、一目見て卒倒する様な生ける解剖標本。
 衝撃の生命体を目にし、アルベルトはか細く吐き出す様に問う。

アルベルト

「こ、此処は…い、いったい………お、お前は何者…」

◇捧ぐもの

捧ぐもの…それが私の名。近しい者達には“水晶の王”と呼ばれている」

アルベルト

 体中を激痛が走り、止め処なく吐き気に襲われる。
「捧ぐもの…水晶の王!!?…い、一体、私に何をっ!?」

◇捧ぐもの

「“”を与えた。浸透する迄、多少、時間も掛かろうが、直、馴染む」

アルベルト

「!…力…ですってっ!?…なっ、何をっ!?」

◇捧ぐもの

ネガゲノム魔王の肉芽”を移植した。やがて、お前は“力”を確信する」

アルベルト

「ネガゲノム…魔王の肉芽ですってッ!!?何なのですっ!“力”とは一体っ?」

◇捧ぐもの

「お前には3つの能力が備わった。その能力は、お前に自信と本心とを明らかにさせ、その運命を変える事となろう」

アルベルト

「!?…3つの能力!何なのですかっ、それはッ!?」

◇捧ぐもの

「1つ、お前の体は、お前の意思の思うがまま、あらゆるものと“一体化”する事がで出来る。有機物、無機物の隔てなく、意識体であるか否かに左右されず、そのものと一体化し、それを肉体の一部として“意識”する事が叶う。意識、とは即ち、支配。肉体の一部として、一体化した組織を機能させる事が出来る。その組織は、本来、そのものが持つ特性を維持したまま、お前の意識下において力を発揮する」

アルベルト

「一体化!?…触れたものを肉体組織の一部として取り込む、と云う事ですか?」

◇捧ぐもの

「そうだ、肉化、とも云う。肉化すれば、取り込んだものの力をお前のものとする事が出来る。だが、気を付けねばならない事がある。取り込めるものには、ある一定以上の密度が必要だ。簡単に云えば、固体との肉化は可能だが、液体や気体との肉化は出来ない。より正確に云えば、液体や気体との肉化も可能だが、肉化するにはその対象物の体積や容積が重要となる。肉化しようとする対象物の体積や容積が大き過ぎると、お前の意識下に留めておく事が出来なくなる。即ち、支配が及ばなくなる。それ処か、お前自身の意識が霧散する恐れがある。対象物が固体であれば、その体積や容積が大きくとも、意識を一定範囲に集中しておけば意識の拡散も防げるのだが、流動的な液体は意識を集中させておく事が難しい。気体ともなれば、益々、困難だ。密度の疎密と流動性には十分、気を配る必要がある。
 又、対象物が意識体である場合、その意識体をお前の意識で抑え込まねば支配出来ない。つまり、お前の意識を超える強烈な意識を持つものを支配する事は出来ない。もし、支配下においてあったとしても、お前が気を失う事があれば、その意識体はお前の支配から解放される。意識体は肉化のメカニズムを知らずとも、本能的にその一体化から解放される。即ち、分離だ。尤も、その意識体が望めば、一体化を持続させ続ける事も可能だがな。これは意識体による肉化の逆支配。気を付けねばならない。
 特に注意すべきは、信仰の対象物だ。信仰対象物は、多くの意識の集合体であるが故、お前一人の意識ではどうにもならん。お前の意識は掻き消えるだろう」

アルベルト

「…肉化…まるで寄生体の様ですね…」

◇捧ぐもの

「どう捉えてもお前の自由。要はお前の意識の問題だ。そう、どうあっても肉化出来ぬものがある。それは純度の高い貴石と特別な術式の施された対象物だ。一体化そのものが出来ぬ故、直ぐに分かろうがな。何れにせよ、力とは、その使い方に細心の注意を払う必要がある。それ程に、その力は強力なのだ。
 さて…2つめの能力だが、これは先に述べた肉化に附随する精神支配。肉化が対象物そのものの特性、つまり、肉体組織としての一部にする事が出来るのに対し、これは意識体の件で述べた意識下における支配の特性を色濃くする。簡単に云えば、意識の乗っ取りだな」

アルベルト

「…意識の共有…ですかね…」

◇捧ぐもの

「共有ではなく、奪うのだ。例えば、お前がかつて、持っていたあの“おもちゃ”は、一種の遠隔催眠で標的の意識を操るものであったのだろうが、所詮、その意識は第三者、つまり、標的そのものにあり、訊ねるにしても、動かすにしても、その標的自体の主体性が必要であった、と云えるだろう。云わば、間接的な精神支配。だが、肉化をする事で、意識は完全にお前の制御下に置かれる訳だ。即ち、直接的な精神支配。肉化をする事で、対象物の意思も知識も経験さえも一瞬で“知る”事が出来るのだ。この特性は一体化し続けている間、効果を発揮し続ける。又、一体化を解いた後であっても、一度、知った事実をお前は記憶して置く事が出来るだろう。但し、記憶は記憶であって、実際に経験したものではない故、その認識はあくまでもお前自身の判断に委ねられるのだがな。同様に実際に身に付く訳ではないので、その特性をお前自身が使える訳でもない。記憶はあくまでも記憶、と云う事だ。」

アルベルト

「…成る程…肉化している間は意識も経験もその特性も操れるが、肉化を解けば、記憶だけが残される訳ですか…」

◇捧ぐもの

「その通りだ。だが、此処でも気を付けねばならない。意識体の多くは本能的だが、故に感情や価値観をも記憶する事になる。意識体が概ね、記憶による刷り込みによってその意識を保つものであるが故、お前がその記憶を得続ければ、お前自身の意識に変化を齎す事になり得る。凶悪犯であれば凶悪犯の、人徳者であれば人徳者の、その意識がお前の本質に少なからずの影響を齎す。即ち、お前自身の意識が別物へと変貌する事を現す。故に肉化をする際、一体化した肉体組織の一部としての能力と精神支配とは分けて扱うべきなのだ。敢えて、1つ、2つとその能力を分けて説明したのには、こう云う事実があったからだ」

アルベルト

「…肉化には、体組織としての一体化と精神の一体化…その両面があり、それは分けて扱うべき能力…そう云う訳ですね…」

◇捧ぐもの

「流石はベイダー家随一の才覚者、呑み込みが早い。尤も、実際にその能力は、経験してみなくては、如何に凄まじい能力であるか、と云う事と、如何に難しい能力であるか、を知る事は出来ぬだろう。万人に与えられる能力ではなく、何故、お前にだけ、この特別な力を与えたか、それをお前自身で悟るが良い」

アルベルト

「…追々、考えるとしましょう…で、3つめの、最後の能力とは…」

◇捧ぐもの

「最後の能力、これが最も凄まじい。無論、これも肉化による恩恵、その真価とも云うべき力。だが、これを今、明かす事は出来ない。お前がこの肉化を完全に掌握し、意識する事さえせずとも、この能力を己のものとする事が出来れば、自ずと最後の能力に気付くであろう。その時、お前は何者をも畏れなくなる。お前は全てを手に入れる。尤も、その時、お前がお前で在り続けているとは限らないのだがな…」

アルベルト

「………で、私に何をしろ、と?」

◇捧ぐもの

「フフフッ、お前を助けた時にも云ったであろう?我々であれば力を授けられる、と。無償で。忠誠も代償も、責務も、制約も一切、必要無い。只、授けるのみ」

アルベルト

「…私を自由にする…そう云う事ですか…」

◇捧ぐもの

「フフフッ、何をするのも、思おうのも、その全てがお前の自由!帝国に戻るも良し、戻らぬも良し。只、思うがまま、為すがまま。
 但し、負司術士(*21)と騎士達には気を付けるのだ。奴等はお前が何者であるかを見抜く事が出来る。お前が何者であるかを見抜かれれば、それはお前にとって大いなる危険となろう。細心の注意を払うのだ!お前がお前である為に、お前がお前らしくある為に!!」

M L

 蜘蛛の巣領の財政難が表面化したのは、本格的な夏を控えた涼しい頃の事である。
 文官達の苦言には厳しく接していたヨッヘンバッハの下にイシュタルが赴き、財政が逼迫している旨を軍事財形的に説いたのである。
 イシュタルは文官ではない。経済や財政についての知識等皆無である。しかし、軍師と云う立場に長くあった彼は、物資面、殊、軍隊運用の維持費には気を配らない訳にはいかなかった。国庫から資金が投入され、領外から買い付けた物資を領内に安価で卸す現行の施政に不安を抱き、国庫の物資備蓄量を自分なりに調査した。すると、現状での右肩上がりの軍事費増加が危険である処か、実際の軍隊運用、つまり、派兵や合戦はほぼ出来ない事が分かった。運用、と云うより軍隊として効果を発揮出来るのは、領内防衛ぐらい。それも長期戦等有り得ない、と云う事実であった。
 張り子の虎でしかない現状のヨッヘンバッハ軍を機能させる為にイシュタルが提案したのは二つ。一つは兵力の縮小。もう一つは物資備蓄量の確保であった。
 戦好きのヨッヘンバッハにとって軍事力の縮小は考えられない。従って、自ずと物資備蓄量の確保の提案を選択する事となる。
 これを聞いたビルテイルは強固に反対した。財政難必至であるにも関わらず、更に国庫を枯渇させ、いつ使われるとも知れない物資の確保等、経済を担当するビルテイルにとっては考えられない。物資を備蓄すると云う事は、維持費も掛かるのである。
 アボロから備蓄物資確保の反対を聞いたヨッヘンバッハは、クーパーに命じ、物資確保の為に資金投入を断行させた。ヨッヘンバッハは、考える事なく、極自然に誰が自分の意見に従うか、を分かっている。その点に関して、ヨッヘンバッハは部下の使い方は上手い、と云えた。クーパーが自分の意見に反対する事は決してなかった為、当然とも云えた。
 結果、国庫に残る資金には、補正予算を計上する事が出来ない限界に迄、枯渇した。尚も領内には物資を安価に卸し続けなけらばならない。アボロは、資金不足解消の手立てをヨッヘンバッハに求め、何等方策を見い出す事の出来なかったヨッヘンバッハは、税率を七割に迄引き上げる事を渋々、了承した。しかし、領民が町離れを起こしている現状においては何の効果もなさない事が明らかであった為、直ぐに税率は八割に訂正された。既にユルゲン統治時代と近しい程に迄、税率は戻っていた。
 町にある商人達は、この短期間の政策転換へ敏感に反応する。資産維持の為に彼等は商品の値段を釣り上げた。結果、最悪のスタグフレーションが領内を包み込んだ。
 町では打ち壊しや暴動が再発した。町の至る処で燃え上がる火が夜空を赤く染め、偶然、それを見掛けたヨッヘンバッハは血相を変え、深夜にも関わらず、ラウとブルンガー、ゴッヘを部屋に招き、相談を持ち掛けた。

ゲオルグ

「む〜、どーすれば良いものかの〜?無能者共めが、ちっとも働かぬ故、大君主の俺が気を病むとはの〜。統治者とはまっこと大変だの〜。しかし、俺が考えねばの〜」

◇ブルンガー

「すまんのだが私にはよく分からない。世情には疎いもので」
 直後、続け様、三匹の小人が甲高い声で………喋らない。
「Zooooo…」
「スー、スー、スー…」
「グゴゴゴゴゴァ〜…」
 深夜なので小人達は寝ていた。

◇ゴッヘ

「ム〜、オラも分がらねぇだス。ヨッヘンバッハ様サぁ〜、ぃでさぇぐれば、安心ズラ〜。あどはみなサ、いっしょげンめぇ〜はだらげばぇぇのンだス、かの〜」
 訛りは直ってきてはいたが、ヨッヘンバッハの口調が移っている。

ラウ

「ンー、俺は町で暴れて悪さをするヤツ等を捕らえればいいと思う。悪いヤツは捕らえねばならないッ!悪いヤツは倒さねばならないッ!」

ゲオルグ

「む〜、そーしたいのは山々なのだが、全てを捕らえても収容しておく施設がないからの〜。金さえあれば、全て丸く治まるのだがの〜」

ラウ

「ン?金か〜?隠し場所に行けば少しはあるけど。後は、ババリアの山賊から貰った金塊ぐらいしかないな〜」

ゲオルグ

「!?金塊だとっ!ババリアの山賊はそちに金塊を渡した、と云うのかッ?」

ラウ

「ン?あ〜、そうだよ。俺は重いからいらない、って断ったンだけど、取っておけ、ってしつこいから隠し場所に置いて来たンだ」

ゲオルグ

「…ふ〜む…そーかそ〜か…ムホッ!で、そちの云う隠し場所、と云うのは何処ぞにあるのだ〜、ンン〜?」

ラウ

「ン?隠し場所か?此処から近いぞ。何でだ?」

ゲオルグ

「…ふむ、俺も大事なものがあるのでな〜。そちと同じ処に置いておけば大安心、かと思ぅてな〜」

ラウ

「ン?じゃあ、俺が預かって、隠し場所で大事に保管しておこ〜か?」

ゲオルグ

「!?いやいや、そちに手間を取らせる訳には行かン!俺に教えてくれれば、自分で持って行くから大丈夫だ。それに二人で守っておいた方が何かと安心だろ〜?」

ラウ

「ン?あ〜、それもそーだな〜。良しっ、じゃあ、教えよー」

M L

 ラウはヨッヘンバッハに隠し場所の在りかを教えた。
 後日、ラウの隠し場所から金と金塊が何者かによって奪い去られる事になる。ヨッヘンバッハは、部下に懸命の捜索を行わせる約束をし、ラウを落ち着かせた。
 無論、ヨッヘンバッハの仕業であり、捜索等しはしない。クーパーに北方州に赴き、金塊を換金する様、命じ、ほくそ笑んでいた。
 しかし、クーパーが北方州で換金して得た金貨の量を見て、ヨッヘンバッハは激怒する。想像していたよりも遙かに換金率が低く、国庫を潤す処か焼け石に水でしかなかったのだ。クーパーにとって、これは想定の範囲内であった。純度の低い金塊を換金した処で大した額にならない事は分かっていたし、何より州と辺境間での持ち出しには多額の関税が適用されるのだ。ヨッヘンバッハの罵声を静かに受け止めた。

 ヨッヘンバッハは再びブルンガーとゴッヘを私室に招き、相談した。バツが悪いのか、この時にはラウを呼びはしなかった。
 この両者から何かしらのアイデアを得る事等、出来はしない。結局、無駄な時間を過ごすかに見えたのだが、ブルンガーの持つ七つの秘術の一つで金塊を生み出す事が出来るのを知る。金塊を生み出す秘術には、それを切望する者の能力を代償としなければならない事を聞かされたが、ヨッヘンバッハはこれを安易に考え、実行させた。急激な脱力感を覚えたヨッヘンバッハではあるが、ブルンガーの秘術は見事に成功し、金塊が現れたのを目にして大いに喜び、褒め讃えた。
 クーパーの換金に疑念と不信感を抱くヨッヘンバッハは、こうして生み出された金塊の換金をシャッターに任せ、州に送った。そして、戻ったシャッターを激しく責め立てる事となる。戻ったシャッターが運び入れた金貨の量は、クーパーと比較にならない程に少額であった。シャッターの才能は疑う余地なく優れている。だが、クーパーとは比較にならない。ヨッヘンバッハからの凄まじい叱責に、常に笑顔を絶やす事のないシャッターでさえ、流石に表情を強張らせる程であった。
 兎も角、国庫は涸れ、財政は逼迫し、どん底の様相を呈していた。

 そんな中、ヨッヘンバッハは自らを“人外のもの”と称する『百鬼夜行』のメッセンジャー、“織姫”ことテスタロッテと出会う。ゲゲイの物の怪(*24)と上手く付き合う術は、施政とは無関係に辛うじて都市機能が麻痺しなかった要因に挙げられるのだが、それを知る者はいない。只、その物の怪の活性化が人外のものを呼び寄せた。
 テスタロッテは無害である。それ処か、その存在を知っていさえすれば有益でこそある。しかし、上手く行かない施政にさじを投げた君主にとっては害となる。
 元来、ヨッヘンバッハは非論理的な事象に心躍らせる気質。かつて、偶然、発見した神殿の遺跡に在った白の女神システィーナに傾倒し、その信徒となった事からも伺える。側に控えるブルンガーの秘術も目にしている。彼にとって、奇跡のなせる業こそ、最も信頼するに値するもの。そこに理屈は必要なかった。
 施政に疎いヨッヘンバッハは、面倒な政を臣下に任せ、テスタロッテの魅力とその力の秘密とに焦がれ、益々、浮世離れして行った。最早、税率がどれ程なのか、国庫に資財がどれ程あるか、今日の料理が何なのかにさえ、気にもしない。
 今ある栄華に酔い痴れ、只々、ひたすらに奇跡の到来に思いを馳せた。


 ブルーローズ、第11軍団作戦指令室。タルトムラは慌てていた。元帥ブラッカンの到着が予定よりも遙かに早かったのだ。
 元帥ブラッカンの判断は常に的確。先遣隊として出立していた元帥ドーベルムとの伝達が損なわれ、その消息を見失った時点で、彼は緩やかな行軍から一転、速やかに強行軍へと移行した。戦場への直接合流であれば、これ程の強行軍を行う事は決してしなかったであろう。しかし、州都での合流を目的としていた為、その進軍を早め、自身が作戦の指揮を掌握し、兵達には休息を与えようと判断したのであった。
 到着早々、ブラッカンはタルトムラを訪れ、その作戦の概要を聞くと各州軍団の具体的な戦略を煮詰め始めた。
 タルトムラの作戦原案通り、グラナダへの進軍は南東方向の荒野を進軍する事となった。辺境諸侯所領群からの進軍をブラッカンが望むべくもない。謀叛首謀者である辺境軍団長の本拠であるグラナダを直接突く事が最優先されるべきであり、その配下に恭順する貴族達との小競り合いは無用、と判断した。
 原案通り、第14軍団を辺境諸侯所領群に差し向ける事を採択はしたが、制圧的進軍は行わせず、州への敵軍の侵入を阻止する、その防衛戦一点だけに集中させる様、作戦は修正された。
 荒野を進軍する際の布陣は、各州軍団の編成から左翼に第11軍団、右翼に第12軍団を配し、第13軍団を後方に待機させ、州との補給路を確保し、元帥自身はその中央にあって直接指揮を下す部隊と共に戦況全体を掌握する事となった。
 後に到着するサロサフェーンやコロッセウム、第10軍団は、直接、荒野に布陣した場所での合流を第13軍団から伝え促す。その後の布陣は第10軍団を左翼に置き、第11軍団は中央後方に配備される事となったが、実際にはサロサフェーンの指示に一任される。
 元帥と共に第11軍団が行軍し始めたのは、4日後の事であった。第13軍団を配備する予定箇所15マイル後方の辺境域迄一気に進軍し、其処で三個軍団は合流を果たし、野営地を作って各軍首脳陣が集まり、作戦会議が開かれた。
 特攻隊隊長に就任していたジナモンもこの作戦会議に出席していた。

◇ブラッカン

「…以上が作戦の全貌だ、諸君。何か不明な点や確認、意見等はあるかね?」
 元帥ブラッカン・ゼルウェンス。“戦鬼”と呼ばれ称される帝国屈指の将。堅牢な用兵術に比肩する者はなく、三元帥(*22)中、最も負かす事の難しい将、とされた。

◇クリューガー

「元帥、宜しいか?今回、指示に従い多くの騎兵から編成した我が軍団と第11軍団との配置位置が近過ぎる気がする。遭遇戦ともあれば結構だが、謀叛軍と対峙した時を考えると機動力を生かし切れない気がするのだが」
 第12北方州軍団長ランガーオ・クリューガー。“獅子王”と渾名される勇将。剣闘士奴隷(*23)から軍団長に迄成り上がった頑強な精神と肉体の持ち主。

◇ブラッカン

「無論、検討した。結果、謀叛軍との対峙戦よりグラナダ包囲を優先させる事とした。第11軍団の編成が攻城部隊を主とする為、行軍速度に支障を来す事を憂慮しての配備だ。順当に行けば、サロサフェーン殿の到着が包囲に先んじるであろう事から当面の配置はこれで行きたい」

◇ガーデルハイド

「元帥、宜しいでしょうか?前線と私達の距離が遠大になり過ぎる気がします。グラナダ包囲に集中するのであれば、私達の配備もより前線に近い方が宜しいかと存じます。補給路の維持より輜重に集中すれば、軍団機能も向上しますが?」
 第13北方州軍団長ガーデルハイド。“炊事番”と褒め称えられる女将軍。軍団長であった夫の下で後方処理に従事し、夫の没後、退役するが、優れた処理能力を請われ、現役に復帰した。

◇ブラッカン

「現兵力での包囲戦を実行するのであれば、そうしたい処だ。しかし、援軍がどれ程やって来るか予想出来ぬ故、致し方ない。補給路確保と誘導に集中して貰おう」

ジナモン

「元帥、ちょっといいですか?」
 周囲の軍首脳はどよめく。大隊長クラスの新参者の発言に驚きを禁じ得ない。

◇ブラッカン

「うむ、何かね。多くの意見を聞きたい。発言は自由だ。話し給え」

ジナモン

「小難しい話はよく分からないンだが、アルマージョって男はビックリするくれぇ〜戦争強ぇーぞっ!突然、敵の後ろに現れたり、いつの間にか城、落としてたりするンだッ!気を付けた方がいいぞっ、マジでッ!!」

◇タルトムラ

 無表情にジナモンを見つめる元帥を見て、慌てた様子で割って入る。
「ブゴッ、ブゴッ、ブゴゴゴッ。これこれ、特攻隊長。それは気に留めておくので、今は発言を慎むのだよ」

ジナモン

「ナメたらダメだって云っただろっ、将軍ッ!ほンとにすげぇーンだからっ!」

◇ブラッカン

「君は謀叛首謀者アルマージョの用兵を知っておるのか?もし、知っておるのであれば、何でも良いので詳しく話を聞かせて貰いたい」

ジナモン

「へ?用兵??否、知らない。でも、すげ〜って事は分かる。気を付けないとッ!」

◇タルトムラ

 無表情にジナモンを一瞥する元帥を見て、又も慌てて割って入る。
「ブゴッ、ブゴッ、特攻隊長よ。この野営本陣の周囲を哨戒して参るのだ。いつ何時、謀叛軍の奇襲を受けるとも分からんので、特攻隊を率いて見回りに行くのだよ」

ジナモン

「へ!?今直ぐですか?分かった!じゃあ、途中退席する事になるけど悪いッ!それじゃ〜、皆、頑張ってくれっ!後で会おう、将軍ッ」
 颯爽と席を立ち、会議を後にした。

M L

 作戦会議は夕方過ぎ迄続いた。合流した元帥軍が出立したのは翌朝の事であった。


 ジョルジォと親衛隊の一行は、北に向けて馬を飛ばした。
 グライアス山脈の麓の街道沿いの宿場町に配備していた“太陽の旅団”と合流を果たした。自ら旅団の指揮を執ると、一路南東に向けて行軍した。
 アバロンの北西の大森林地帯の南の平地に野営地を築き、待機していた第27軍団と合流したジョルジォと旅団は、作戦会議を開いた。

ジョルジォ

「諸君、既に聞いておるだろうとは思うが、元帥ドーベルムが俺に付いてくれた。これで“竜の火”により、戦略兵器の抑止力を身に付けた事を意味する上、戦略的にも遅れを取る事はなくなった。正当性を説く上でも有利に働こう」

◇シシリア

「はい、正直、驚きを禁じ得ません閣下!此処迄、準備が整いました今、私達も天照州本営と合流し、来るべき大戦に備えるべきかと」

ジョルジォ

「否、それは叶わぬ事だ、フィオレンティーノ」

◇シシリア

「!?…どう云う事ですかっ!?」

ジョルジォ

「俺は今日を以て、北方辺境軍団長を辞任する。従って、諸君等に一切の拘束力を発揮する事はなく、俺と諸君等の間には一切の関係性はない。既に書類は用意してある。後で確認する旨、申し付ける」

◇シシリア

「!!?…な、何とおっしゃいますか閣下!?閣下にとって、これからが正念場。最も困難な時を迎える閣下をお助けせず、如何に名誉を保て、とおっしゃいますかっ!州軍団と立場は違えど、辺境にあっては閣下の兵なのです。忠義が何処に向けられているか、お分かりにならない閣下ではありますまいっ!」

ジョルジォ

「それ以上云うな、フィオレンティーノ。疑われ、誹りを受ける事になるぞ。諸君等の忠義は我が陛下、唯、御一人にのみ向けられる。俺が率いるは私兵、ドーベルムが率いるも私兵。只の一兵足りと、陛下の親兵を私事に用いる事は無いっ!陛下の御採択ある迄は。俺が粛正の対象となろうとも、何等関係性を持たぬ諸君等に一切のお咎めは無い!安心するが良い」

◇アイゼルボーン

「お待ち下され閣下!我等は保身の為に軍籍にあるのではありませぬぞ!辺境軍団一員は生涯を辺境にて全うする者。信ずる事の出来る御方を待っておったのです。見栄や虚飾で軍団長たるを語らず、まっこと潔き軍人、否、主君をっ!」

ジョルジォ

「慎め、アイゼルボーン。連隊長に在り、帝国貴族でもある諸君等が滅多な事を公言するものではない!上官と部下の間柄がなくなり、公的な関係性がなくなったとは云え、諸君等の想いと俺の想いに隔たりが出来るものでは無い。立場の違い、只、それだけ。しかし、これは重要な事。諸君等を守るには、これで良い」

◇ガプロット

「なら、閣下ッ!俺も今、此処で連隊長を辞すゼッ!俺は貴族じゃねーし、軍籍退きゃ、只の民間人。否、州に戻らなきゃ、戸籍もねーから辺境に在っては農奴か?なら、辺境を支配する殿様の所有物なンだ。俺は閣下に付いてくゼッ!」

ジョルジォ

「…フッ、まさかお前が小理屈捏ねるとはな…良いだろう、好きにするが良い」

◇ハースゼーベール

「私とて同じ。軍籍であろうと、爵位であろうと捨て去るのみ!在るべき姿は、己の信ずるものにこそ!ならば、農奴であろうと、反逆者であろうと、関係無し!」

ジョルジォ

「駄目だ!連隊長に在る者が一斉に辞めてしまえば、軍団として機能しなくなる。俺を想うのであれば、此処は黙って軍団長最後の命を聞くが良い」

◇エイリン

「!?軍団長最後の命ッ!?最後の命とはッ?」

ジョルジォ

「ライジング・サントに向かい、アバロンに駐留せよ。帝国軍との交戦には応ぜず、勧告があれば投降せよ。帝国軍との接触がない場合、状況を見て庇護を求めよ。その際、気の狂れた軍団長の指揮から逃れた旨を伝えよ。以上だ」

◇パックロック

「!!?それが最後の命ですとッ!?……その様な命は…」

◇シシリア

「…分かりました閣下…最後の命、滞りなく、忠実に実行致します閣下…」

ジョルジォ

「うむ、期待しているぞ…そう、これは俺個人の願望だが…」

◇シシリア

「!はい、何でしょう閣下!」

ジョルジォ

「…帝国にあって俺の臣下達の無事を祈ってやってくれ…」

◇シシリア

「!!………はい…私達、辺境軍団各人、全力を以て!」

M L

 翌早朝、早くにジョルジォと太陽の旅団は出立した。
 南方彼方では、自軍が夥しい数の帝国軍と対峙しているだろう。否、既に交戦しているかも知れない。逸る気持ちを抑え、堂々と、悠然と、行軍を開始した。


 明け方から暗く重々しい不気味な曇天が夏の日差しを遮る中、帝都からの早馬が到着した。
 予期せぬ訪問にヨッヘンバッハは、何を思ったか上機嫌であった。早馬の使者を早く通せ、と家人をせっつき、あれ程アポなしでの謁見を嫌う男が無邪気に喜んだ。
 上機嫌なヨッヘンバッハを前に、帝都からの使者は事務的だった。自身が外務省に席を置く者だ、とだけ告げると書簡を手渡した。書簡の封を開け、中を見ると、帝国公式文書式に纏め上げられた召喚状が一通入っていた。使者は召喚状が正式な手続きで発送された事を告げ、内容確認を促し、滞りなく召喚対象者であるヨッヘンバッハ本人に手渡した旨を確認する。手短な説明を一方的に終えた使者は、最後に召喚状に記載された召喚期日迄に帝都外務省に出頭するよう告げる、と挨拶もそこそこに蜘蛛の巣城を後にした。
 呆気にとられたヨッヘンバッハは、意味の分からぬまま、しかし、帝都に再び行く事に嬉しさを隠せない様子であった。それが帝都からの要請ともなれば、ヨッヘンバッハの自尊心は満足この上ないものであった。それが召喚、であったとしても。
 俄に活気づくヨッヘンバッハを目にしたクーパーは、何があったかを家人に問い質す、と血相を変えてヨッヘンバッハに詰め寄った。

◇クーパー

「閣下、帝都に赴かれてはなりません!私が事態を把握、収拾致す様、奔走致しますので、今暫くお待ち下さいます様、何卒、お願い申し上げます」

ゲオルグ

「!?何を申しておるのだ、そちは〜?帝都が俺を呼ンでいるのだゾッ!行かぬ訳には参らンだろ〜?期日も限られておるンだっ、早々に出立せねば間に合ンわいッ!」

◇クーパー

「ですからこそ、暫しお待ち下さいます様、お頼み申し上げているのです。聞けば、外務省からの召喚状が届いた、と。出頭する旨を告げられたので御座いましょう。何卒、お待ち頂けます様、お願い申し上げます。外務省の事は誰よりも存じておりますれば、必ずや事態の打開をお約束致します」

ゲオルグ

「??さ〜っきから、な〜にを云っとるかァーッ!収拾だの奔走だの、打開だの、と。帝都が俺の到着を待ち望ンでるのだゾッ!期待に応えるのが、この大ヨッヘンバッハであぁぁぁ〜〜〜るぅぅぅ!!それが、帝都の期待ともなれば、益々以て至極当然ッ!何人たりとて、この大ヨッヘンバッハを止め立て出来るものでは無いのでぇ〜っアァァァーーールゥゥゥッ!!!」

◇クーパー

「…然様に御座いますれば閣下、私を是非、お供させて頂きたく存じます!」

ゲオルグ

「!?…む〜、そちをか〜?う〜む…否、ダメだダメだダメだぁ〜〜〜っ!そちが付いて来ては、無用な問題を引き起こし兼ね〜ンッ!そちは残り、与えた職務を全うするのダァーーーッ!!」

◇クーパー

「………御意に御座いますれば…」

M L

 ヨッヘンバッハは旅支度を早々に調え、出立した。
 帝都への旅に同行させるのは、悪魔の三人とヤポン、ビルテイル、ラウ、そして、ドンファンの7名であった。クーパー唯一の救いは、護衛の8名の中からドンファン一人だけであっても、ヨッヘンバッハに同行させる事に成功した事であった。
 再びヨッヘンバッハを蜘蛛の巣城に迎えるのは、真夏の事となるのであった。


 帝国全軍に激震が走る!

 帝国元帥ドーベルム、謀叛軍に寝返る…これを聞いたブラッカンは始め耳を疑い、事実と知ると驚愕し、やがて、憔悴した。
 自分と比肩し得る将の裏切り。“帝国の狂犬”と渾名される戦の大天才。幾度と無く軍規を乱し、度重なる命令違反、その都度、降格されては多大な戦果を挙げて、元帥に返り咲く男。品性粗悪ながらも、戦をこよなく愛し、それ故に戦場に臨んでは真剣そのもの。並の将、否、一流の将とて、この男の戦における情熱と真摯な態度を見抜く事は出来まい。その男が寝返ったのだ。信じ難い事実。
 ドーベルムは“竜の火”を持って出ていたのだ。自身に貸し与えられた“雷獄”は、最早、切り札ではなくなった。抑止の為だけに存在する。つまりは、互いの用兵比べ。負ける気はしない。自分の用兵に絶対の自信があり、将兵の質は正規軍を率いる自分に圧倒的に有利。疑う余地も無い。しかし、勝ちが見えて来ない。かつて、これ程迄に勝ちの見えない戦に臨んだ事があったであろうか?西部戦線での緊張感とも全く異質。
 実にも恐ろしい…恐ろしいと思うのは、ドーベルム個人を指してではない。自分に対して。人から“戦鬼”と称される自分。軍人の鑑と評される自分。しかし、今、自身の心を俄に包むのは、悦にも似た感覚、高揚感。自分が認め得る数少ない将を眼前に控え、この感覚は危険。自身の用兵は、この感覚とは無縁な処にこそ、最大の強みがある、と知る。少なくとも戦場では抑えなければ。そう、戦場を離れれば浸るも良し。だが、今は抑えねば。彼の者を敵に回しては、隙を見せてはならない。例え、微妙な心境の変化と云えど。

 第11軍団を指揮するタルトムラは、二重のショックに打ち拉がれていた。
 最も信頼し、最も評価していた上官ドーベルムの裏切り、そして、この荒野で対峙する敵は明らかに謀叛軍本隊。野戦は、散発的、小規模しか予想していなかった。完全に読み違えた。戦略兵器の抑止を想定すれば、或いは大規模野戦も読めたか?否、それでも無理だ。ドーベルムと共にあった戦略兵器を抑止力として謀叛軍を推し量る事等、誰が想像するのだ。想像する者がいたとすれば、甚だ妄想家と云えよう。
 しかし、現実には野戦を仕掛け様と、謀叛軍の本隊が目前に布陣している。裏切り、それに読み違い。軍師として高名を博したタルトムラの自尊心は大いに傷付いた。ともすれば、将としての面目を立てなければならない。戦場での功績を。

 左翼に第11軍団、右翼に第12軍団、中央後方に元帥直属部隊を配備した帝国軍は、緩やかに前身した。軍隊構成の読めない謀叛軍の出方を窺い、戦術の見極めをする為であった。
 反応は意外と早くに見受けられた。編成の違いから、騎兵を多く保有する右翼が僅かに突出すると、そこに敵弓兵による集中射撃が仕向けられた。予想し得る遙かに遠距離からの一斉射撃は、しかし、右翼の前衛を捉え、若干ながらも損害を被った。
 速やかに後退した帝国軍各隊に第11軍団長の名で伝令が発せられる。
 “敵謀叛軍の主力は、長距離射撃にある。移動式防護壁や車輪付防護壁を前面に配するを見て、守勢にあって我等に損害を与えるカウンター戦術と予想。そこで、騎兵や騎馬歩兵による白兵戦展開に臨むを廃し、第11軍団を主とした攻城部隊による遠隔攻撃で対応。敵謀叛軍の長距離射撃が優秀な改造軍装であっても、その主が手持ちの長弓や弩である以上、攻城兵器とは比較にならない。従って、より遠距離から敵陣容を突き崩し、以て白兵戦をされたし”と。
 第11軍団は攻城部隊を前面に配置し、遠距離攻勢に備えた。この時、驚きを得たのはタルトムラ自身であった。
 攻城兵器を前衛に配そうと部隊を動かしたのに遅れる事なく、敵軍は速やかに雁行の陣形を取り、敵右翼を退かせたのだ、攻城兵器の射程距離範囲外に。
 敵軍には優秀な軍師が居る、しかも、それは攻城兵器にも精通している。そして、これ程大規模な兵力を展開しながら、速やかに陣立を変える事が出来る者等、元帥ドーベルムを於いて他にいない、と悟る。
 戦場における刹那の用兵術でドーベルムを負かす事等出来はしない。タルトムラは再度、伝令を放ち、全軍の一時後退を伝えた。ブラッカンは、これを承知し、左翼を最初に後退させ、同じく、直接指揮下にある元帥直属部隊を僅かに前進させ、様子を見てから右翼と共に後退する。
 帝国軍の陣容変化に謀叛軍も反応し、魚鱗の陣を取った時、元帥ブラッカンは冷や汗を掻いたが、謀叛軍も退いた為、勢いを止める事なく後退を命じた。

 大きく後退した帝国軍は、直ぐに作戦会議を開いた。
 大幅な変更ではない。緻密な修正が概ね、話し合われた。
 右翼第12軍団の主力である騎兵を、騎馬歩兵として活用する事が先ず一つ。左翼第11軍団は前衛に歩兵を配し、攻城兵器は後衛に配し、支援攻撃を目的とする。自軍敵軍共に遠距離攻撃の緩衝地帯を故意に設け、白兵戦を主とする。敵軍が守備的兵装を持つ事から、短期決戦ではなく、持久戦的野戦に転じさせ、損害と焦燥感を煽りつつ、援軍の到着を待つ。展開、並びに陣立、用兵の一切はブラッカンが直接指揮し、両軍団長は前線指揮に徹する。概略としては、こう云うものであった。

 再び両軍が対峙した時、戦況は膠着する事となる。
 数で勝る謀叛軍は、雁行、鶴翼の陣をしきりに展開し、帝国軍の側面を突く動きを見せた。援軍の到着を待つ帝国軍は、正面突破を選択する筈もなく、謀叛軍の回り込む動きに鼻っ面を付き合わせる事なく、その都度、後退しては距離を保ち、散発的な小競り合いをしては、互いに退き、戦場がどちらかに傾く事はなかった。
 こうした戦は幾度となく行われ、互いに牽制しては互いの隙を狙っていた。

 焦る必要の無い帝国軍に在って、タルトムラは頻りに前線を気にしていた。彼は、謀叛軍の中にあって反応の遅い部分を探り、その一部隊を捉え、そこに活路を開こうとしていた。前線に立ち、注意深く観察を続けていたタルトムラは、ある程度、的を絞り込む事に成功し、ジナモンを呼んだ。

◇タルトムラ

「そろそろ、お前さん達、矛盾特別攻撃隊の出番だぞ!私の側にあって合図を待ち、号令と共に私の示した敵部隊に速攻を仕掛けるのだっ!」

ジナモン

「!おお〜っ!いよいよ出番が近付いて来たンですねー。腕が鳴るな〜」

◇タルトムラ

「うむ、指示した敵部隊の指揮官を仕損じる事の無い様、号令を聞いた後は敵部隊に集中し、突撃するのだっ!敵指揮官の首級を挙げる、若しくは、それが難しいと判断する迄は、私の護衛に戻る必要はないので、縦横無尽に駈けるだッ!」

ジナモン

「よっしゃ、分かったよ将軍っ!敵の大将首を幾つも持ち帰ってヤるからなッ!」

M L

 何度目の戦闘かジナモンには、はっきりしない。敵軍と向かい合っても、実際に自分が戦うとは限らず、無闇に戦場を走ってみては、戻るを繰り返しているかの様であった。
 タルトムラからの号令を聞き逃すまい、とジナモンは軍団長の近くに陣取り、戦場を駆ける事が常であった。それ故、広く戦況を知る事はなく、又、知ろうとも想わなかった。

 この辺りの夏の気象は移ろい易い。見渡せば、小高い丘と点在する小さな森林、後は見渡す限り、一面荒野。今日も、朝方、強い日差しが肌を灼くかと思えば、俄に雨が降り出した。
 昼頃には北方辺境ならではの冷たいスコールの様相を呈し、豪雨のただ中にあって、敵影を探す事さえ困難な状況であった。
 タルトムラはこの大雨の最中にあっても前線で指揮していた。自慢の遠眼鏡のレンズを吹いては覗くを繰り返し、叩き付ける様な雨脚の早さに目を凝らした。
 北北西方向に敵影の一団を見付ける。はっきりとはしないが、3、4個連隊はあろうか。未だかつて、謀叛軍が兵力分散をした事はない。もしかすると、この豪雨の中を狙って、その一団を遊軍として奇襲を仕掛けて来るとも限らない。
 タルトムラはこれを機とし、特攻隊の出動を促した。目標は、敵謀叛軍本隊と遊軍の間、その連結部となり得る、伝令を送ると思われる北側に配備された敵本隊右翼最右端一隊。タルトムラの読みが的中すれば、敵遊軍は孤立する。数の上で優位に立つ第11軍団が敵遊軍を包囲、損害を与えれば、増援の期待出来る帝国軍の勝利は確定付けられる。豪雨は我に味方せり、タルトムラは号令を発した。

 ジナモンは、その号令を聞くと、枷が外されたかの様に特攻隊を率い、敵右翼に突撃した。雨脚の強いこの中であれば、矢弾を畏れる事もない。一気に突入し、敵右翼の右端一隊に攻撃を仕掛けよう、としていた。
 しかし、肉薄し、視認出来る位置迄接近した時、敵軍の状況を見てたじろぐ。持ち運び式の防護柵を敷き詰め、長槍を無数に構えた幾重にも亘る敵軍の陣容が守勢一辺倒である事を知り、もしも、数で勝る敵勢が防護柵を盾に包囲して来たら逃げ場を失う危険性を悟る。
 雨音が強く、声の通り難い現状、判断は早く下さねばならない。ジナモンは、突撃を止め、タルトムラの下に戻る事を特攻隊員達に告げた。

 敵勢からの強力なボウガンの矢が特攻隊を襲う。
 敵勢を背にし、一気に退くジナモンは自軍左翼から飛び出す、黒い騎兵の影の存在を知る。が、引き連れる特攻隊にこそ気を配る。
 退却の判断の早かった特攻隊は、殆ど損害を被る事なく、第11軍団の下に戻ったのだが、つい一時間前の整然さはなく、混乱と怒号が飛び交う光景が広がる。
 戻ったジナモンは、軍団長の姿を探す。雨脚は強く、走り回る兵達の蹴り上げる泥と水飛沫、滝の様な雨の雫を大地が弾き巻き上げる水煙とが、益々視野を狭め、軍団長を何処かに隠す。周囲を包む、悲鳴にも似た怒声がジナモンに不安感を抱かせる。
 最中、徒と騎乗と幾人もの伝令が慌てた様子で何かを叫び、伝え走る。やがて、ジナモンを見付けた伝令が駆け寄る。

◇伝令

「司令官殿、討死ッ!司令官殿、討死ィーッ!!」

ジナモン

「!?討死っ!誰がっ?討死したって誰の事だッ??」

◇伝令

「ぐ、軍団長タルトムラ将軍でありますッ!」

ジナモン

「!!!?…うっ、嘘だろッ!!?そっ、そンなバカなーッ!」

M L

 直後、大地が唸る様な音を上げ、雨に血煙が舞う。刃鳴りと馬の嘶き、続いて絶叫が木霊する。
 何事?疑問は直後、確信へと変わり、柄を握り締めるジナモン。敵襲、混乱、そして、殺戮。敵とも味方とも知れない者共の絶叫が辺りを覆い尽くす。ジナモンは、剣を振った。只、ひたすらに。

 …覚えていない。
 日差しが強い様だ。担架に乗せられたまま、寝かされている。いつだろう。
 軍団長を失った。直後の奇襲、混乱、続けて乱戦。朱に染め上げられ軍装。白馬を駆る者の豪奢な金髪が水飛沫を上げていた。笑みを浮かべていた、多分。違うか?
 再び、微睡む。疲れが体中を縛り、休息を欲す。やがて、意識を取り戻す為に。


 時代が騒ぎ、変容を渇望している。急速に、劇的に、確実に。
 気紛れな運命の女神達は、喉を潤す、望まず流した血で。やがて流される涙で。巨大な車輪が緩やかに回り始める。行く先等分からぬまま、告げる事なく、静かに、ひたすらに。引き摺られる。只、何処ともつかぬ未来に。
 始まった。帝国を審判する物語が、否、そこに在る者達の歴史が。感じるのだ、新たな力を、意思を、息吹をも。極めろ、今を、明日を、自分とを。達人たれ!達人たるのだ!しかし、未だ、序章に過ぎない…             …続く

[ 続く ]


*1:皇帝代理の絶対権限を持つ帝国の筆頭家老。一時代に定員七名、しかし、多くは空席である。
*2:太陽粛正】との因果関係が疑われる事件。帝国暦341年、グラナダ古王朝の末裔達による帝国北方辺境西部域で巻き起こった大規模反乱。詳しくはリプレイ【要塞消滅】1〜4を参照。
*3:ムーン教団の総本山のある中央州。便宜上、神道庁預かりとされる宗教都市とその領域。
*4:帝国12省庁と長官とその筆頭。帝国官吏の頂点に君臨する。皇帝と宰相にのみ責任を負う。
*5:昔、帝国の最精鋭軍隊で、その規模は今の軍団編成の3倍であった。辺境軍団はその名残。
*6:宰相の完全な代理人として現地に派遣される、とされる謎の存在。フォーカードとも。
*7:此処ではアバロンを指す。アバロン[我覇竜]とは天照州側の呼称で北部貴族の所領が犇めき合う北方州に隣接する北方辺境西部域の東側を指す。所謂、辺境域における人口密集地。
*8:北方辺境西部域にある城塞都市。ジョルジーノは天照州側の呼称。反逆の都、とも。
*9:騎士技”を習得した者の称号。その称号を持つ事で一廉の人格者と分かる。騎士修行を成就させるのは至難の業。多くはジャラルディン騎士団領で修行を行う。一般に憧れの存在である。
*10:皇帝より賜る特別称号の一つ。帝国史上、19名しか授与されていない。
*11:皇帝親衛隊“ハンドレッドソード”。ガチャンガルの下で編成された帝国最強部隊。
*12:元帥府の武器庫に保管されている戦略兵器の一つ。宰相カリオストロスの許可なく、持ち出す事は出来ない。圧倒的な破壊力を有する秘密兵器。
*13:帝国東方に隣接する騎士達の国。七名の筆頭騎士により統治される騎士修行の聖地。
*14:帝国西方に隣接する一神教の国。大陸に於いて三番目に広大な国土を有する神権国家。常に帝国に聖戦を挑み続ける事で知られる。西部戦線とは、帝国と一神教の国との戦場を意味する。
*15:帝国の遙か北に横たわる大国。帝国に次いで広大な国土を有する神秘国家。伝説の英雄ヘルム・ホーリナーを永世王として仰ぐ。
*16:世界には四つの大陸がある、とされている。それぞれ東西南北を付けて呼ばれ、帝国のある大陸は、北の大陸、である。
*17:魔剣保持者の意。活性化した魔剣を保持し、共生関係にある者達を云う。寄生体とも。
*18:サロサフェーン・ド・プーライ黄昏の七騎士第1騎士。帝国筆頭戦士団“コロッセウム”の団長。帝国のアイドル的存在のカリスマ騎士。
*19:その人徳は広く知られ、敬意を以て“聖騎士”と呼ばれる。筆頭騎士に推挙されるが、あくまでも一騎士に拘る。聖騎士とは称号ではなく、敬称。サロサフェーンの師としても知られる。
*20:ジャラルディン騎士団領を総括する七名の騎士。騎士の代表格であり、超一流の人格者。
*21:心魂からエネルギーを導く魔術形態の一種。術式の幅が広く、謎めいた知識も多く、様々な亜流の術法を持つ。時には倫理悪とされる奥伝も存在し、術士の存在は極めて稀である。
*22:大元帥は常に黄昏の七騎士である為、帝国正規軍の事実上のトップ。各々、各方面を担う。
*23:技能奴隷の一種。辺境での占有が認められない特別な奴隷。自衛の権利の無い奴隷達の中にあって闘技場でのショーに於いて唯一、自衛の権利を与えられている。殺人娯楽専門の奴隷。
*24:残留思念の擬人化。一定の決まり事を守れば、生活に役立つ智恵と技術を提供してくれる。

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