〜 Hero (King of Kings)
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 人生の達人 

キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
北風と太陽


 帝国暦342年、【帝国】はやがて試練を迎える。ある“計画”によって…

 その“
計画”は秘密であった。着実に、確実に、現実のものとする為にその“計画”は立てられていた。秘密、漏らしてはならない、決して。何故なら、それこそが運命であるから。
 しかし、しかし、“計画”は早まった。時期の問題ではない。不測の事態、予想外はつきもの。だが、それも構わない。悠久の時の流れに逆らう事等出来やしない。見守るしかない、今は未だ。
 歴史は刻まれる。その日を、その出来事を。“
切っ掛け”に気付く者は少ない。見守るしかないのだ、今は未だ。

 帝国暦342年、【
帝国】はやがて試練を迎える。ある“計画”によって…装填されてしまった。最早、トリガーを引くのは時間の問題。“そいつ”を止める事は出来ない。“そいつ”に触れる事は破滅を意味する。“そいつ”に触れる事は【】を意味するのだ!



 帝都、その奥の又奥に、彼等は集まっていた。
 選び抜かれた者しか集えぬこの場所で、彼等は待った。
 やがて訪れた小さな老人が上座に着く。いつも弄んでいる杖に顎を乗せ、老人は軽く首を振る。
 “
合図”を確認した彼等は、一斉に思い思いの言葉を投げ掛けた。重大な事実、用件、要請、報告、体験談、最近の出来事、愚痴、自慢、不満、ジョーク、与太話、批評、奇声…実に、実に多くの発言が飛び交う。そんな中、老人に質問が投げ掛けられた。
「何故です?何故、再調査をさせるのです?
外郭侵攻軍団(*1)再編の指揮官は彼で決定、そう全会一致で決めたではありませんか?何故、今なのです?」
「そうですぞ。しかも、その再調査にあの
ベイダーを送られるとは!白いものも黒い、と云わしめさせるあの男を送られては、一溜まりもありますまい?」
「全くですな〜。
外郭侵攻軍団の指揮にあの者は最適。あの者以外に適任者は居りますまい?」
「それとも何ですかな?彼の者には能力が無い、とお考えでしょうか?以前にも申し上げましたが、彼の者は軍部に居った時から各方面の作戦提案を起草しております。政治力、組織構築能力、掌握能力、将才、危機管理能力、維持能力、環境適応能力、判断力、闘争心何れも極めて優れております。法にも明るく、知識量も抜群。これ程の逸材を潰されてしまっては勿体無いです」
「そ〜だよ、勿体無いよ〜!それに恰好い〜よ〜、あの人。キャッキャッ」
 静かに頷きながら聞いていた老人は、悪戯な表情を浮かべ、軽やかに口を開く。
「逸材、全く以て惚れ込む程の逸材じゃ。が、お主等が想う以上のタマじゃ。故に送ったのじゃ」
「どう云う事なのでしょうか?つまり、再調査を行ってもクリアなされる、とお考えでしょうか?寧ろ、それをクリアしてこそ、とのお考えでしょうか?」
「それにしてもあの男を送るのは如何なものでしょう?その身一つで一国をも滅ぼし兼ねない、あの男を送られては、流石に。
執行人(*2)にいと近しい存在を前にしては何とも…」
 老人は尚も静かに頷き、微笑みながら口にする。
養殖と天然の違い、じゃ。どう出るか見守ろうではないか」
 僅かの沈黙。再び発言された内容は全く別の懸案であった。今話した内容が再び繰り返される事は二度となかった。



M L

 蜘蛛の巣城…ヨッヘンバッハ城の俗称。長年に亘り、暴君の住まう城として在り続けた恐怖の象徴。所有者である当の本人ゲオルグは“白き城”と名付け、自由と解放の象徴と位置付けをしていたが、これが民衆に根付く事は生涯なかった。
 蓄財に余裕のあったヨッヘンバッハは、蜘蛛の巣城の改修を優先させた。ブルンガーの術や先の争いで被害の大きい城では警備の面で不安である、と云うのが名目であった。しかし、その実、諸候となって以来、初めて持つ居城を立派に見せたい、と云う処が大きく、イシュタル等の反対を押し切り、増改築を敢行した。結果、町の復興は後回しとされ、荒れた町並を背景に豪儀な城が築かれつつあった。
 弟ユルゲンの雇っていた家人達は、ゲオルグへの忠誠を誓う事でその刑罰を免れていた。忠誠を拒んだ者達は容赦なく見せしめとして極刑に処せられていた為、家人の多くはゲオルグに仕える事にしたのであった。
 新年を迎えた蜘蛛の巣城では祝賀会が催された。近隣諸候への出席要請は、又しても復興を理由に断られていたが、州から名士や富豪を呼び寄せてのパーティーはそれなりに盛り上がり、ヨッヘンバッハも満足していた。
 当面の不安もない蜘蛛の巣城では、今日も又、豪勢な食事を前にヨッヘンバッハは舌鼓を打っていた。そこへクーパーが訪れた。

◇クーパー

「公爵閣下、お食事中失礼致します。先日の件に御座いますが、お考え下さりましたでしょうか?」

ゲオルグ

「む〜、食事中に仕事の話とは気の利かんヤツよの〜!先日の件?何の事かね〜?
 それにしても、愚か者のユルゲンめにしては一つ褒めてやらねばならン事があるの〜。雇った給仕の腕が良いッ!特にこの帝都風ステーキが美味いッ!牛がいいンだろ〜な、牛がッ!うむうむ」

◇クーパー

「警固の新規雇用のお話に御座います、閣下。お考え下さりましたでしょうか?
 それからそれは、
帝都風、ではなく、アバロギア風、に御座います、閣下」

ゲオルグ

「ん?ま〜、どっちでも良いッ。美味い事に代わりない。
 で、警固の事か〜?必要ない気がするの〜?ラウにヤポン、ブルンガーにノルナディーン、それに悪魔の三人もおるしな〜。必要になれば傭兵共から引っ張れば良いのではないかの〜?」

◇クーパー

「閣下、よくお考え下さい。ヤポン殿は軍編成の面でイシュタル殿との協力に忙しく、ラウ、ブルンガー、ノルナディーンのお三方は術士に御座います。悪魔の三人は素行が悪い上に勝手気まま。常日頃から閣下の身辺をお守りする者を新たに雇い入れなければ、いざと云う時、お困りになりましょうぞ」

ゲオルグ

む〜、分かった分かった!そちに任すわッ。ま〜ったく、食事時にする話でもなかろ〜に!はよ〜、下がれ下がれッ

◇クーパー

「ははっ、然様で御座いますれば、私めにお任せ下さい。それでは失礼致します」

M L

 コロッセウムの二人は揉めていた。ライジング・サンとの接見以後、ジナモンが東方に行く事を主張して曲げないのである。任務である事を主張し、何とか北方に留まらせていたラファイアであったが、それもいよいよ厳しくなって来た。

ジナモン

「なぁーっ!も〜い〜だろ〜、分隊長?ライゾーのトコに向かおう!」

◇ラファイア

「いい加減にしてくれないか、マーストリッヒャー!我々は特務に就いているんだ。動向調査は北方に限られ、東方ではないのだ。君の気持ちは分かるが、どちらを優先すべきか分かるだろう?」

ジナモン

「どちらが優先かだと?そンなの決まってンだろッ!!俺の家族をあンな目に遭わせた緋の火をブッ潰すのが優先だッ!!」

◇ラファイア

「なッ!?何を云ってるのか分かっているのか!我々は帝国筆頭戦士団の一員なのだぞ。筆頭戦士団とは、帝国を代表して国を守るものなのだ。北に乱の兆し在り”と団長から聞いているだろう?忘れた訳ではあるまいっ!

ジナモン

「兆し、だろッ!こっちは家族殺されてンだよッ!!兆し、なンて云〜想像に付き合ってられっかよッ!!仇が分かってンのにほっとけっかよ!!」

◇ラファイア

「!?何と云う巫山戯た事をッ!これは命令だッ、任務遂行に集中せよっ!!」

ジナモン

「フザけてンのはテメェ〜の方だッ!!団長は各々の判断に任せる、って云ってたンだよッ!俺がど〜動こ〜が、テメェ〜に指図される覚えはネェ〜よッ」

◇ラファイア

「!!?何と云う愚か者ッ!私怨に興じるのと団員としての責務は全く別物だっ!!国の為に重き役回りを与えられた我等を何と心得るッ?例え、肉親が敵となろうと、我等は国を守らねばならん!それが我等、筆頭戦士団なのだぞッ!!」

ジナモン

「小難し〜話は分かンねーけど、家族殺られて黙ってられっかつーのッ!めンどくせ〜事云うンなら、コロッセウムなンて辞めてやンよッ!!」

◇ラファイア

「しッ!?信じられん!本当に試験に受かったのか!?一体、君は何の為にコロッセウムに入隊したのだ!!?」

ジナモン

「そンなの、強くなりたいからに決まってるだろッ!兎に角、俺は東に向かうッ!!」

◇ラファイア

「!!!?手に負えん程に病んでいるッ!?…こんな男がコロッセウムにいたとはッ!!?」

ジナモン

「じゃ〜な、分隊長ッ!又、会おう。さらばだ」

M L

 天照州領都ジョルジーノ。新年の祝賀会は、そのまま第5回枢密院貴族閣議の開催をも意味していた。帝国北方大貴族連盟所属の各諸候達は思い思いの趣向を凝らして新年を、否、ライジング・サンを祝った。ライジング・サンを模した白亜の彫像や黄金で編み込んだ鎖帷子、玉や琥珀をあしらったお輿、宝石を砕いて描いた肖像画、宝剣、旗、名馬等、実に金貨数万枚相当の財宝が贈られた。ライジング・サンからの返礼は詩であった。“
詩将”の称号を賜ったライジング・サンの詠んだ詩は、ある意味芸術品として一流の価値があった。しかし、それ以上に驚くべき事はその内容にあった。諸候一人一人に贈られた詩には、各人の趣味や家族とについて詠まれていた。察しの良い貴族なら気付く事だが、これにはライジング・サンが諸候各人を把握している事を意味し、云わば一種の圧力でもあった。祝賀会は、新年を祝うだけに留まらず、高度な駆け引きの様相を呈していたのであった。

 祝賀会を終えた頃、太陽城に
情報局北部支局局員を名乗る二人の男が客として訪れた。唐突な訪問に重臣達は驚きはしたものの、去年末のコロッセウムの例もあり、慌てた素振りはなかった。しかし、内務省の官吏を名乗るその二人からは、何とも云い様のない不吉な感じが漂っていた。
 後にこの二人との接見があの事件の引き金となろうとは、未だ誰にも分からない。

ジョルジュ

「このような辺境迄よくぞ来られた、内務省の官吏達よ。今日は又、どう云った用件かね?」

アルベルト

「御機嫌よう、軍団長閣下。私は内務省一等監査官北域監査役のアルベルト・アルベインと申します。この者は同じく内務省統合情報局二等情報技官のショパーニ。統合情報局北部支局は臨時設置された部局で、私は特別に中央より出向して参いりました情報監査司官で北部支局次長にあります。以後、お見知り置きをッ」

ジョルジュ

統合情報局?…地方行政監査局でなく、統合情報局なのかね?…で、何の用件かね?

アルベルト

「新年のご挨拶も兼ね、辺境域での情報収集に、是非とも軍団長閣下のお力を拝借したい、と考えて参ったのです」

ジョルジュ

…どう云った情報を求められているのかね?

アルベルト

「そうですね、例えば辺境における資金調達法とその運用や軍需品の確保とその使用目的、諸候達との条約項目とその実態見分、軍の運用基準とその仮想戦闘相手先、領内分法と帝国法との摺り合わせ実態、過去における行動の一部始終と今後の展望等々、多岐に亘る様々な情報ですな」

ジョルジュ

「…宛ら詰問の様だな」

アルベルト

「騎虎の勢い、と云う言葉をご存知でしょう?意図は兎も角、その勢いを止められない。手に余ってはおりませんかな?」

ジョルジュ

統合情報局とは国防上の検査機関であろう。それを必要とするのは州や大都市。辺境地には無縁だろう。違うか?

アルベルト

「古来、堅牢なグラナダにあって乱を興す者数知れず。恐らく、州から離れ、帝国の威を肌に感ずる事の出来ぬ鈍感な者を育む環境が此処にはある様です。吹けば飛ぶ、塵芥の如き存在である事を忘れ、一時の栄華に酔い痴れ、蒙昧な行動に走らせる。出来れば、二度とその様な痴れ者が現れ得ぬ事を望んでおります」

ジョルジュ

「…無官の栄達ともすれば或いは有り得るかもしれぬが、国家安寧を求む立場にある者であれば、その様な愚挙に走る者等在りはしないだろう

アルベルト

「葛、と云う植物をご存知ですかな、閣下?日が当たる場所であれば、際限なくその蔓を伸ばし続ける。上等な饗応と成り得るものの、決して主食とは成り得ない。邪魔となれば蔓は刈られ、その根は小さく成り果てる。小さな根には価値等ありません」

ジョルジュ

「…何が云いたい?私に叛意があるとでも?」

アルベルト

「何をおっしゃいますか、閣下。帝国の重責を担う閣下をお疑いする等、同じく帝国の為に、とその末席の身にある私如きが思い及ぶ筈も御座いません。それとも何ですかな、思い当たる節でも?」

ジョルジュ

「ザリガニは共食いをする。餌が少ない時に頻繁だが、それ以外にも共食いが起こる。どんな時に起こり得るかご存知かな?」

アルベルト

「?何をいきなり?何か関係あるのですかな、閣下」

ジョルジュ

「脱皮、脱皮した直後に喰われる事が多いのだよ。未だ、殻が固くなる前、新しい体を得た直後だ。それともう一つ。繁殖が盛んな時。増えすぎた時にも良く見られる」

アルベルト

「…何をおっしゃりたいのですかな、閣下」

ジョルジュ

「自分が不愉快になる様な事を人に行うのは慎み給え。鏡に写った自身を見て狼狽える様では獣以下と云う事だ」

アルベルト

「…ふふっ、閣下は勘違いをなされている様だ。共に帝国の忠臣たろう、と欲す者達にとって、必要不可欠な共通認識は只一つ、帝国の為、と。そこには自我の介在する余地等なく、ひたすらに帝国の益を追求するもの。益とならぬ屑は駆逐されて然るべき。ゴミは放っておくとトンでもない事態を引き起こすものなのですよ、閣下」

ジョルジュ

「フッ、ゴミ自体がゴミ掃除等出来るものなのかね?それと、帝国とは陛下の所有物であり、臣下の身で語るものに非ず。忠臣たるとすれば、陛下の為、であり、それが結果的に帝国の為となるだけ。勘違いをしているのは君の方だったな」

アルベルト

「ほほう、これは又、妙な事を語られましたな、閣下。帝国とは皇帝陛下のもの、と認識しておられるにも関わらず、何故殊更に二元論を展開なされます?帝国と皇帝陛下とを敢えて分けてお考えなさる、閣下の真意をお聞かせ願いたいものですな」

ジョルジュ

「君は、結婚相手を家名や財産で選ぶタイプか?だとしたら、永遠に分かるまい」

アルベルト

「…閣下、閣下に是非ともお訊ねしたい。閣下にとって、帝国法は何なので御座いましょう?」

ジョルジュ

「陛下の御意志の前では無力。無論、詔勅に次いで遵守すべき臣民に下された義務と権利。法とは陛下の慈悲の顕れの一端を万人に介す為の文言であり、それそのもに何の意味もない。陛下の寛恕にこそ感謝すべき。凡庸なる者達が偉大なる陛下に代わって施政に従事する際の指針。真に求むるは陛下の尊慮こそぞ」

アルベルト

「危うい、危うきお考えですな、閣下。ともすれば、皇帝陛下への忠義を盾に摺り替えの論理を展開なされているかの様。それは則ち、正当化する為の方便である、とも取れる。御自身の在り方を肯定する為の修飾なのでは?」

ジョルジュ

「剣と鞘の関係をどう思うかね?君は剣を“
抜く”ものかね?それとも“収める”ものかね?」

アルベルト

「…辺境軍団の視察行軍、なさりましたな?州総督や官庁よりの受諾と同時に開始なされたとか?届け出から準備なされたのでは、とても出来ぬ程の早さ。もし、受理されなかった場合、閣下はどうしておりましたかな?」

ジョルジュ

「錠を前にしたらどう思う?君は錠を“
掛ける”ものかね?それとも“外す”ものかね?」

アルベルト

「…閣下は以前、所領を得る際、譲渡と継承によって事を成したと発表なされてはおりますが、真相は如何ですかな?」

ジョルジュ

「日の出をどう思う?君は“
朝の訪れ”と解釈するかね?それとも“夜の終わり”と解釈するかね?」

アルベルト

「…はぐらかされるには訳がありますな、閣下。都合でも悪いのですかな?」

ジョルジュ

「断定、から入る主観は決まって同じ答えを求め得るもの。鹿を指して馬と称す者と、如何に意見を摺り合わせる事等出来ようものか」

アルベルト

「!?…ふふっ、挑戦、と受け取って宜しいのですかな、閣下?云っておきますが、私は甘くはないですよ」

ジョルジュ

「フッ、挑戦、とは下位の者が上位にある者に用いる語。この場合、あしらう、と云う語が適切」

アルベルト

「くくくっ、宜しい。内務省だけに留まらず、宰相府に連なる者がどれ程のものかご覧にいれましょう」

ジョルジュ

「ああ、楽しみにしている。尤も、思い知るのは君の方だろうがな」

M L

 蜘蛛の巣城の大広間。今日も又、いつも通り、豪華な夕食を楽しむヨッヘンバッハの下にクーパーが訪れる。

◇クーパー

公爵閣下、お食事中失礼致します。先日の件に御座いますが

ゲオルグ

「む〜、またもやそちか〜。食事中に仕事の話を持ち掛けるでない、と申したであろ〜に?気が利かないのではなく、そちは阿呆か?」

◇クーパー

「大変、申し訳御座いません。実は警固の者達を雇い入れましたので、是非、閣下にお目通り願いたいと存じ上げますれば、急ぎ参った次第に御座います」

ゲオルグ

「何かと思えば、その様な事か〜。明日でも良いだろ〜に?執務の時間は夕刻迄と決めておるのものを、そちも知っておろ〜?ま〜ったく使えぬ奴よの〜」

◇クーパー

「はい。大変、申し訳ありませぬ。ですが、多くの者が閣下の身辺を心配しておりますので、このクーパー、敢えて時間を押して迄も閣下にご紹介したい、と愚考したものであります。是非とも、ご覧頂けますでしょうか?」

ゲオルグ

「そ〜か、皆が心配しておると云うのであれば仕方あるまいの〜。食事に埃が入らぬ様に、その者達を静かにさせるのだぞ」

M L

 クーパーは一端、退出してから8人の者達を引き連れて舞い戻って来た。男6人、女2人のその者達は、装備そのものがバラバラであった。

◇クーパー

「閣下、この者達が新規に雇い入れた警固の者です。左からブロディ、HHH、ラドン、ダフ姉妹、燃える闘魂、グリズリー、ドンファンに御座います」


ゲオルグ


「そ〜かそ〜か、ん〜、ン?その右端の者、何処ぞで会った事はあるまいかの〜?」

ドンファン

クフフッ、初めてお会いしますよ、閣下。何処にでもある顔ですからネ〜」

ゲオルグ

「そ〜かそ〜か。ま〜、俺の為に一生懸命、働くのだぞ。ン、下がって良しッ!」

◇クーパー

「ふむ、下がっていて宜しい。
 では、閣下。明日からこの者達が身辺警護に付きますのでお忘れなき様、宜しくお願い致します」

ゲオルグ

フムフム、分かった分かった。そちも下がって良しッ!それから、今後、食事時には仕事の話を持ってくるでないぞ。守らんと給金を下げるからのッ!

M L

 太陽城を後にした情報局員の二人は外壁沿いの酒場に向かった。最近では、その酒場を情報交換の場所として頻繁に利用しており、寝泊まりはそこから程近い小さな宿屋に部屋を取っていた。
 城を出た後、アルベルトは堪え切れない、と云った様子で笑みを浮かべ、ショパーニに話掛けた。普段、仕事以外の話を余りしないアルベルトの饒舌振りにショパーニも困惑していた。

アルベルト

「どうでしたか、ショパーニさンッ!あの男はッ?実に、実にイイッ!ウフフッ。何ともヤリがいのある者かッ!待っていましたよ〜、あの様な男をネッ!」

◇ショパーニ

「引き締めて掛からなければならないと推測致します。監査役のお話にも顔色一つ変えないとは!」

アルベルト

「ウフフフ〜、あの尊大さ。他の馬鹿貴族とは全く違う、己の才覚に自信を持つ者特有の尊大さが、何とも心擽りますネ〜。あの綺麗な顔が、やがて苦悩に喘ぐかと思うと、笑いが込み上げて来ますネッ!ウププッ」

◇ショパーニ

「…しかし、あの者があれ程の尊皇派とは知りませんでした。情報の何処かに取りこぼしがあるのでは?」

アルベルト

「方便でしょ?何れにせよ、尊皇だろうと勤皇だろうと、帝国法の恐ろしさを見せ付けてヤりますよッ!尤も、その前に疑心暗鬼に陥っているかも知れませんネッ!」

◇ショパーニ

…然様で御座いますか…

M L

 情報局員の去った後の太陽城では、俄に慌ただしさに包まれていた。ジョルジュは重臣達を集め、臨時会議を行っていた。

ジョルジュ

「早急に奴等の情報が必要だ!コロッセウムの連中とは訳が違う。あからさまな悪意で俺を陥れるつもりだ。大至急、情報を集めよ!」

◇ヘイルマン

「しかし、ジョルジュ様。内務省統合情報局の情報を集めるのは不可能と思われます。況して、臨時設置された部局ともなれば、如何ともし難く…」

ジョルジュ

「公式文書記載で構わん。疑わしい箇所は俺自身で判断する。又、奴等の手口を洗い出してくれ。シミュレートする必要がある」

◇ハイドライト

「内務省の遣り口は多種多様に亘り、シミュレートは難しいです。何せ、本来であれば統合情報局は辺境には派遣されぬのが通例。仮に派遣されたとしても、それは内乱を誘発支援さえ行う危険な部署。何か別の方策を講じるのがよりベターだと」

ジョルジュ

「下らん事を云うなクームーニン!自ら絵を描く事の出来る者であればいざ知らず、官吏には必ずマニュアルがある。マニュアルが手に入らずとも、過去の判例が記録として残っている。それを見て推測出来る」

◇シャメルミナ

「あぁ、あたし知ってるよ〜。前に読んだ事あるから〜」

ジョルジュ

「よし、ならば後でシャメルミナから聞こう。それから軍関連書類をもう一度確認する必要があるな」

◇メルトラン

「それでしたら直ぐにでもご用意出来ます。防衛関連に関してはソル殿から直接聞かれるのが宜しいかと思います」

ジョルジュ

「分かった、フォーディスに任せる。五芒星と共に過去の一切の記録をまとめておくのだ。後は、貴族共だな。連盟の公式記載を改めて見直す必要がある」

◇ロンタリオ

「カッカッカッ、連盟と諸候達との事は儂に任せておりなされ。何等問題なく、文章化しておるでな。つつかれてもビクともせなんだわっ!」

ジョルジュ

「そうか、ならばバルボーデンに任す。オッペンハイムとヒュルトブルグ、パープルワンズにも連絡を取り、引き締めを促すのだ。問題は軍そのものだな。膨大、且つ個々人であるが故、どうすべきか…」

◇ザラライハ

「私にお任せ下さりませぬか、閣下」

ジョルジュ

「成る程、お前がいたか。よし、ジュエルマイン、お前はジュベと共に兵に情報制限の通達を出すのだ。ガローハンはプルトラーと共に領内警固を強化せよ。疑わしい者を諜報員、工作員として捕らえよ。ホークアイは公儀隠密を以てジョルジーノの警戒に当たれ」

◇ワグナー

「殿、一つ気になる事があります。あの情報局員達は、大分我等の内情を知っている様でした。もしかすると、我等の情報が何処からか漏れているのやも知れませぬ」

ジョルジュ

「…ああ、それは俺も気になっていた。奴等の解析が済み次第、内部調査を行うとする。だが、未だその前段階。勇み足をしては、内部崩壊が起こり兼ねん。皆の者もこれをよく理解して行動するのだ!」

M L

 この会議に出席を許されていたゼファは、驚きを隠せなかった。一体、このライジング・サンと呼ばれる男の素顔は何処にあるのか、と。只の貴族とも、一辺境将軍とも割り切れない、この男に興味を抱きつつあった。
 自分も何かをしなくては、そんな衝動に駆られたゼファは、太陽城を飛び出し、ジョルジーノの町を哨戒したのであった。

 蜘蛛の巣領は一見、穏やかに見えた。税率は引き下げられ、漸く町の復興に着手し始めていた。町の被害は甚大であったが、こうして復興が始まると賑やかさが出てくるものであった。
 しかし、領主は知らない。蜘蛛の巣領の本質は、前領主の時代から何も変わってはいない。本来、農耕地でしかないこの地方が商業地として在り続けるには、ヨッヘンバッハ家が代々行って来た麻薬の栽培と売買、人身売買と強固な奴隷制が必要不可欠なのである。領民のほぼ全てが中毒患者である為、配給制による麻薬の混入を止める事は暴動の誘発を意味する。麻薬や人身売買を止めてしまえば、あっと云う間にインフレが巻き起こる。税率を引き下げた処でヨッヘンバッハの家臣達に支払われる膨大な給金は、受け皿である町の規模を遙かに凌駕しているのである。それは物価高騰を引き起こすに十分な要因である。結果、領民の暮らしは良くなる処か、以前の様な奴隷制における最低限度の生活保障だけが薄らぎ、金銭に頼らざるを得ない苦しい状況が続いていた。
 クーパーの打ち出した外貨獲得政策は、代々行われていた以前からの領内市場開放政策とは表向き異なっていたが、本質は同じものであった。当主ゲオルグの打ち出した改革案の柱である麻薬栽培、及び売買の禁止と人身売買の禁止、風紀取り締まり、性風俗の取り締まりは、内需の縮小と失業を誘発するものであった。クーパーの外貨獲得政策は、半ば領外取引を合法化したものであり、国庫に潤いはあるものの、流通すべき市場が領内に存在しない為に物価高騰だけをもたらした。
 町の復興に着手した事で、表だって失業者はいない様に見えたが、その実、失業者見込指数は膨大であり、復興が終わる時には大恐慌が予想された。
 尤も、これを認知しているのはクーパーだけであった。分かっていて尚、クーパーがこの政策を敢行するには理由がある。当主ゲオルグを満足させるには、この政策しかないのであった。当主自らの定めた改革案に触れず、しかし、以前と変わらない程の資金調達とその維持、明らかに負担となる軍事費捻出と家臣への給与、加えて、町の復旧と風土的、伝統的な頽廃感への摺り合わせ。
 恐らく、以前の様にイシュタルが政務を取り仕切っていたとすれば、既に破綻が来ていてもおかしくはない。それ程にギリギリな状況での政務が続いていた。
 しかし、領主は知らない。城内にあって貴族然とした生活に安穏としていた。それ処か、その要求は益々増長の一途を辿り、欲望の限りを露わにしていた。

ゲオルグ

「誰ぞ〜!誰ぞあるか〜?」

◇クーパー

「どうなされましたか、公爵閣下?旅支度をなさっておられるのですか?」

ゲオルグ

「ふむ。町の復興にも漸く兆しが見えて来たであろ〜?そ〜なるとだ、棚上げしておった最重要案件を解決せねばの〜」

◇クーパー

「最重要案件?私は聞いておりませぬが?」

ゲオルグ

「そちがおらなんだ時の話故にな〜。な〜に、以前俺が居った所有地の明け渡し要請と神殿の移設、後は賠償問題とかだな〜」

◇クーパー

「!?何ですと?その様なお話があったので御座いますか?一体、それはどちらに?」

ゲオルグ

「ライジング・サンと云う男を知っておるか?奴は俺の友人なのだが、何とも責任感の強い奴、と云うかコす狡い男での〜。俺の領土と女神を掠め取りおったのだ。であるからして、それを返して貰うのと、賠償責任を突き付けてやるのだ」

◇クーパー

「お待ち下さい。それ程重要な案件でしたら十分な討議が必要ですぞ!徒手空拳で臨まれても結果はついて来ませぬぞ」

ゲオルグ

「だいじょぶだ!話せば分かる男だ。それに俺の話術と真摯な態度があれば万事上手く行く事、間違いない」

◇クーパー

「お待ち下され!今暫く、今暫くお待ち下さい!必ずや、その案件に役立つだけの材料を御用意致します。ですから、暫しの間、お待ち下さい」

ゲオルグ

「む〜、仕方ないの〜。じゃ〜、ちゃンと調べて考えておくのだぞ!」

M L

 不機嫌な表情を浮かべてヨッヘンバッハが去った後、ドンファンがクーパーの下に訪れた。

ドンファン

「おいおい、クーパーさンよ〜。驚いたゼッ!公爵さン、俺等に云わね〜でどっか行っちまお〜ってしてたンだゼッ?」

◇クーパー

「そうでしたか。未だ、システムが出来上がっていないので機能する迄は色々あるでしょうな。閣下から目を離さぬ様、気を引き締めるて掛かりなさい」

ドンファン

「それにしても何でなンだ?何であンた程の人があの公爵さンに仕えてるンだ?ちょっと前迄、外務省の長官だった人だろ、あンた。その気になれば、皇太子付きのお偉方やら外国の大臣にだってなれンだろ?って云〜か、大貴族にだってなれンだろ〜?そもそも俺みたいなチンピラと、こうして話してンのも可笑しいぐらいだゼッ」

◇クーパー

「…公爵閣下は並の人物ではない。凄まじい運気を持つ御方。やがて、驚く事をやってのけるかも知れない」

ドンファン

「そうかネ〜?あの貪欲さと勘違いっ振りは暴君の相だゼ?ま〜、運はあるンだろ〜な〜。あンたやイシュタルって奴が傍にいるぐれ〜だからな〜」

◇クーパー

「君主とは、常人では及びも付かない域に居なければならないもの。我等凡人が詮索するものではない」

ドンファン

「…クフフッ、あンた、顔のワリにまともなンだな〜?」

◇クーパー

「ふむ、それはお互い様であろう。嫌われぬ様、心掛けて行こう」

M L

 太陽城では急ピッチで情報局員と内務省関連の情報を集めていた。そんな最中、一通の書簡が太陽城に投函された。
 その書簡には、枢密院貴族閣議での議事録や軍議内容、連盟の重要条項、更に決議前の法案等も記載されていた。書簡の差出人名はアルベルト。ライジング・サンの実情を掴んでいる事を示す、明らかな圧力であった。

◇プルトラー

「随分と明け透けな示威行為だな。本気で追い詰めるつもりか?」

ジョルジュ

「…恐らくだが、奴は内務省の人間ではないな」

◇プルトラー

「なにッ!?どう云う事だ?何故そう思う?」

ジョルジュ

「俺の軍団長任命には国民院代表自らが来ている。帝都での任官式もお披露目も文武官総出だ。それから未だ日も浅く、特に問題を起こした訳でもない。役職を解くだけなら通達するだけで良く、俺を犯罪者として吊し上げたければ、わざわざ任官等させはすまい?つまり、奴を送り込んだ者は、俺の何かを試している、と想像出来る」

◇ヘイルマン

「しかし、アルベルトは確かに内務省統合情報局一等情報監査司官北部支局次長として統合情報局北部支局に出向して来ている、と記録にあります」

ジョルジュ

「出向以前はどの部局にいたのだ?」

◇ヘイルマン

「帝都の統合情報局本部です」

ジョルジュ

「いつ入局したか分かるか?」

◇ヘイルマン

「帝都大学を出て直ぐ、との事ですが」

ジョルジュ

「同期の者を探し出し、裏を取れ。
 それから、これは重要だが、情報を流している者がいる。それを探り出す」

◇ハイドライト

「どの様に探すのです?内通者ともなれば、あらゆる可能性を考えねばならず、この場にいる者も疑わねばならなくなりますぞ」

ジョルジュ

「俺が直接雇ったお前達は大丈夫だ。諜報員は兎も角、内通者は俺の軍団長就任以降、情報局員が来る以前に来た者。俺が人事に関与していない下級官吏の線も考え様によってはあり得るが、漏洩した情報の重要度から推測すると別。そう考えると、最も可能性の高いのは第3回枢密院貴族閣議以後に連盟に与した貴族となる」

◇メルトラン

「しかし、如何致しますか?あの数の貴族達個人個人を詰問するとなれば、膨大な時間が掛かる上、相手方にも対策の機会を与え兼ねません」

ジョルジュ

「絞り込む。先ずは帝都大出身者、帝都出身者、中央官吏出身者、親族にこれらを持つ者を洗う。その他、爵位を得て間もない者、資産の少ない者、中央に接触を持つ者、領内収益に比較して資産の多い者、中央や州に蓄財を持つ者等を探せ」

◇ロンタリオ

「絞り込めますかな?多かれ少なかれ、貴族達は中央に接点を持つものじゃよ」

ジョルジュ

「俺が貴族達を疑っている、この事実だけで十分だ。スターレス88を各貴族に忍び込ませ、俺の疑心が連盟に向けられている事を知れば、貴族達の対応も変わる。小心者の内通者であれば自重し、情報の流れがストップする事で情報局員も動きが緩慢になる。才覚に自信のある者は対策を取る様、動くだろう。不安に思う者であれば、情報局員と接触を試み様とする。何れにしても、漏洩が何処からか分かる」

◇シャメルミナ

「もしさ〜、内通者が貴族達じゃなかったらど〜するの〜?例えば、此処にいる誰かだったりしたらサ〜?」

ジョルジュ

「…その時は…その時は、俺が何とかする」

M L

 ジョルジーノの町を自発的に哨戒していたゼファは、外壁近くの寂れた一角に迄、足を伸ばしていた。ありとあらゆる処で活気付いているこのジョルジーノにも、この様な場所があるものだ、と感慨深く思っていた。
 州都並の建設規模を誇るジョルジーノには、未だ未だ未整理区画が多い。都市開発事業計画書を見せて貰っていたゼファは、その構想の規模と理想とに胸膨らませてはいたが、その過程となる実際の建設復興ともなれば、人手の関係や重要度等の現実問題から、この様な立ち後れた箇所が出来てしまうのも頷けた。兎に角、ライジング・サンの所領である天照州は広大である上、辺境地の為、全てにおいて開発の余地がある、と云っても過言ではない。如何に優秀な家臣団と優れた施政者ライジング・サンとを以てしても、
時間、が必要なのである。云い換えれば、ライジング・サンの勢力拡大がそれ程早く、現実が未だ追いついていない、と云った感じであった。
 ライジング・サンはこの事実を知っているのだろうか。ふと、ゼファはそう思い、この寂れた一角を歩んでいた。
 そんな折、パッと目にした小さな酒場に近寄った。自分の恰好からして、その酒場に立ち入るのは憚られるが、道に面した窓から軽く覗く程度の気持ちで歩み寄った。
 覗き見た処でゼファは目を疑う。太陽城に押し掛けて来た、あの情報局員二人がその見窄らしい酒場の中にいたのだ。小さなテーブルに並んで座る二人は、間違いなく情報局員。対面には見知らぬ者が座っている。記憶にない顔。何者?
 この事実をライジング・サンに伝えなくては。ゼファはそう思い、情報局員の対面に座る者の容姿を網膜に焼き付けた。下手に現場を押さえたり、尾行等しない方が得策。内務省に連なる諜報員や工作員であったら、捲かれるのがオチだ。
 ゼファは息を潜め、素早く酒場から離れると、太陽城を目指し駆けだした。

 蜘蛛の巣領では平穏な日々が続いていた。
 そんな中、ヤポンと共に領内の地形調査に出ていたラウが久し振りに蜘蛛の巣城に戻って来た。ヨッヘンバッハに調査報告をしようとやって来た時、ドンファンと出くわした。

ラウ

「ン?お前、見た事ある…何処だったかな?」

ドンファン

「クフフッ、そ〜ですかい?初めてじゃないか?」

ラウ

「…アッ!?思い出したッ!お前、此処の悪い領主を倒しに来た時、ヨッヘンバッハを襲って来たヤツじゃないかッ?また、悪さをしに来たのかッ!許さンッ」

ドンファン

「クフフッ、ちょっと待ちなって。今はそのヨッヘンバッハに仕えてンだよ。ま〜、仲間って事だわな〜」

ラウ

「なに〜っ!お前の様な悪いヤツを仲間に等出来るかーッ!俺は許さンぞーッ」

ドンファン

「クフフッ、あンた、頭わり〜ネェ〜?俺は雇われもンなンだよ〜。前に襲ったのは、そン時の主人の命だったンだゼ?しかも、それは今の公爵さンの弟だゼ?わり〜とか、そンなンは関係ネェ〜よ!それにだ、てめぇ〜の意志なンざ関係ね〜よ!」

ラウ

「許さンッ!悪いヤツは倒すッ」

ドンファン

「クフフッ、ほンと、たり〜ヤツだな?いいゼ、ヤッてやるゼ?てめぇ〜の手の内は知れてンだよ!前の様にはイカね〜ゼ?」

M L

 そこへウー、クーを伴ったクーパーが訪れた。

◇クーパー

「いやいや〜、ラウ君、御苦労でしたね〜。処で、そのドンファン君は新たに閣下の護衛として雇い入れた8人の内の一人。争い事は慎んで頂きたいものですな」

ラウ

「俺はあンたも悪いヤツだと思ってる!悪いヤツは皆、許さないッ!」

◇クーパー

「…ふふふ、ラウ君。君はもう少し、社会と云うものを知る必要がある。君は自分に正直過ぎるせいか、少々度が過ぎますよ?ヤポン君と仲が良いのは良い事だが、もう少し立場を弁え給え」

ラウ

「立場?俺はヨッヘンバッハに雇われてるんじゃないぞ!友として此処に居るんだ。友に必要な事をしているんだからお前に文句を云われる筋合いはないっ!」

◇クーパー

「君はッ!君は、この城で衣食住の全てを賄っている。それは国庫から捻出されたものなのです。今迄、どの様な生活をして来たかは興味ありませんが、此処にいる以上、最低限のルールは守って貰う。自分勝手は止めて貰う」

ラウ

「悪いヤツの言葉等聞かないッ!悪いヤツは倒さねばならない!」

◇クーパー

「…兎も角、ルールは守って貰います。それだけです。さあ、ドンファン君、行きましょう」

ラウ

「悪い事は許さないからなッ!覚えておくンだぞーッ!」

M L

 太陽城では多くの人間達が忙しなく動いていた。膨大な資料がライジング・サンの執務室に集まっていた。その全てに目を通し、確認作業に没頭する。
 執務室には多くの出入りもあり、文武官の何れかが必ずライジング・サンの傍にいた。貴族連盟の資料に目にしていたライジング・サンはある事に気付く。

ジョルジュ

「…こいつだな。こいつが疑わしい」

◇ハイドライト

「?誰です?何か引っ掛かる人物がおりましたか?」

ジョルジュ

「ああ、このソロンダイモスと云う男爵。所領は領代に任せ、その殆どは州にあって二等次官として官吏の顧問をしている。この男が顧問となった官吏の多くが罷免されている。なのに資産に影響がない。閣議には自ら出席している。こいつで間違いないだろう」

◇ロンタリオ

「じゃが、一貴族では知り得ぬ情報迄もが洩れておるぞ。そやつだけ処罰しても情報漏洩を抑える事にはなるまいて?」

ジョルジュ

「…近くにいると云いたいのか?」

M L

 執務室にノックをしてゼファが入って来る。
 ライジング・サンは、臣下や仲間に対してフランクであった。意図的なのか、否かは分からない。彼はある意味、寛容であった。

ゼファ

「閣下、お話しておきたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

ジョルジュ

「話?何の話だ?」

ゼファ

「実は町外れで、あの情報局員二人を見たのです。見知らぬ者と話し合っているのを見たのです」

ジョルジュ

「何?見知らぬ者、だと?」

ゼファ

「重臣お歴々の方ではありません。もし、閣下の身辺の方で、私の知り得ない者がおりましたら、是非面通しをお願い致したい、と存じます」

ジョルジュ

「貴殿の知り得ぬ者?その様な者等おらん…否、待て。居るな。スターレス88の面々であれば貴殿の知らぬ者もおるやもしれぬ。
 誰かっ!ワグナーを呼べッ!!」

M L

 文官の一人が急ぎ、衛兵に伝え、ワグナーが執務室に呼び出された。

◇ワグナー

「どうなされましたか、殿?貴族達への張り込みと町の警戒は順調ですぞ」

ジョルジュ

「このゼファに諸君等、スターレス88を面通しさせたい」

◇ワグナー

「?面通しとは…!?まさかッ!まさか、殿!我等をお疑い召さるるか!?」

ジョルジュ

「疑っておる訳ではない。ゼファが先頃、情報局員と話す見知らぬ者を見た、と云う。文武官の何れかであれば、ゼファも顔ぐらい見知っておるだろう。とすれば、知り得ぬ者はお前達だけとなる。犯人捜し、と云うより、この先、不要な邪推を生まぬ為の処方の様なものだ」

◇ワグナー

「…しかしッ!しかし、我等一族郎党全てとなりますれば、その数は極めて多く、又、この時期におけます面通しともなれば、一族からの殿への心象が…」

ジョルジュ

「ワグナー!お前達の主は俺だ。俺がお前達の顔色を窺うのではない。云ったであろう?俺はお前達の絶対忠義のみを求める、と。それにだ、一族全ての面通しをする訳ではない。俺の極身辺の警護や会議、執務室を努める者、その内、現在、このジョルジーノに居る者達だけで良い」

◇ワグナー

「…そうなりますと、一族の中でも私に近い者、若しくは信頼おける者になります」

ジョルジュ

「…そうだ。今、直ぐに呼び寄せろ」

◇ワグナー

「…はい…殿のご命令とあらば…」

M L

 暫くして謁見の間に移ったジョルジュとゼファの前にスターレス88の面々が集まった。皆、一様に押し黙ってはいるが、ピンと張り詰めた空気が辺りを包み込む。
 ワグナーの手引きでゼファに面通しがなされる。一人一人を見ては記憶の糸を辿るゼファであったが、符合しない。それなりの時間を掛けてみても合致する者はいない。とうとう、最後の一人となった面通しでもゼファの記憶する人物とは違い、この面通しが、将来への危険な軋轢を感じさせるものとなっているかの様であった。

◇ワグナー

「…殿、以上で御座いまする。持ち場に戻させても宜しいでしょうか?」

ジョルジュ

「…ああ、分かった。下がらせて構わぬ…」

ゼファ

 (…何か引っ掛かる…何だ、この漠然とした違和感は…ハッ!)
「!!お待ち下さい、閣下!今一度ッ、今一度、面通しをっ!」

ジョルジュ

「…これ以上、時間を費やしてどうする?お前の見た者は、俺さえ見知らぬ者であったのだろう。これ以上、乱すな」

ゼファ

「お待ち下さい。あそこで見た者の姿が、そのまま、とは限りません。見知った者の多いこの町中で局員と会うからには、変装も考えられます。もう一度、面通しを!」

ジョルジュ

「…仮にそうであったとして、如何様に見極める?簡単には行くまい?」

ゼファ

「…目を見ます。瞳の色は変えられても、その光迄は変えられません!」

ジョルジュ

「…分かった…これが最後だ。
 ワグナー、今一度頼む」

M L

 ワグナーは無言で頷き、再び一人一人をゼファの前に送る。
 異様な緊張感が謁見の間を包む。暖の取られたこの空間を、一種の冷気が包み、外気の寒さを思い浮かべさせる。僅かに紅潮したゼファの、そのアクアマリンの眼差しは、射る様に鋭く、スターレス88の面々を劈く。
 やがて、一人の男と目が合う。その交錯が生む、一瞬の違和感。感情をコントロールする事に長けた隠密が、密かに感情を忍ばせた様。極僅か、微妙過ぎる虹彩の変化。無意識の反応。しかし、それはゼファの心に語り掛けて来る。
こいつ、だと。

ゼファ

「!!お前だッ!局員と話していたのはッ!!」

M L

 その場にいた者全てが一瞬、たじろぐ。それ程、ゼファの意志が強い。否、その断定の様が一種異様。

◇ワグナー

「!?なッ、何ですとッ!?」

ジョルジュ

「!?何だと!それは真かッ?」

ゼファ

「間違いありません!この者こそ、町外れの酒場で局員達と話していた者です」

◇ワグナー

「!何を根拠に貴殿はっ…!?」

M L

 ゼファに問いつめられた男の額に僅かな汗が滲む。汗ばむ程の室温ではない。
 ワグナーの表情も強張る。まさか、自分の部下に限ってその様な事が。
 問いつめられた男に、最早感情を押し殺す余裕はなかった。周囲に居た者達に取り押さえられた男は、為す術もなく床に倒され、手足を押さえ付けられ、口には指を突っ込まれた。自害をさせない為に。
「ま、まさか、貴様…本当にその様な大それた事を!?」
 ワグナーの表情が怒りに満ちている。普段のそれとは違い、子供の表情を僅かに覗かせる。

ジョルジュ

「…やはり、そうであったか…内通者は、俺が軍団長就任以後に登用した者の中に居る、と考えていた。その中で、俺自身の目で見ずに入った者、つまり、傘下に与した貴族の何れか、と集団の中にある、と。その中で内情に詳しい者は、重鎮を除けば、警固に当たる者、それも密に。近くにあって気付かれず、内情を知る事が出来るのは、隠密であるお前達の何れか。しかし、それを特定する策がなかった。
 去年のグラナダの乱には、帝国最深部の暗躍を見て取れた。漂泊の身にあったお前達の何れかが、帝国暗部と結託していようとも何等不思議はない。同情こそすれ、怒りは、無い」

◇ワグナー

「何と云う事だッ!殿にお仕えし、これから我が一族の栄光を取り戻そうとしていた矢先に!これ程の、これ程の失態を招くとはッ!!」

M L

 押さえ付けられた男が語る。
「頭目は未だ若いッ!当の昔に滅んだ主家に忠誠を誓うだけでは、一族の存続等不可能ですぞ。我等一族はグライアスにあった時から帝国外務省の手引きで、その存続を永らえて来れたのですぞ。イグレシアム殿下の下に居った際に、漸く帝国の隠密等に信頼を勝ち得たのです。我等がグラナダの乱に遅参したのは、帝国内部の親心。我等が帝国の一端を担える為にと、帝国の配慮なのですぞ!それをッ、未だ夢物語の様に亡国の復活に現を抜かし、訳の分からぬ一辺境将軍に下るとはッ!頭目は甘いッ!!」

◇ワグナー

「虚けがーッ!!生き永らえさせられ、何が隠密だッ!誇りと信義を捨て、生き恥をさらせと?己ぇ〜ッ、我等一族の覚悟を何と心得るっ!如何に嫌われ様とも、如何に馬鹿にされ様とも、如何にあしらわれ様ともッ!堕ちてはならぬ淵を知れッ!!!」

M L

 押さえ付けられた男は尚も語る。
「落ち着かれよ、頭目っ!我を殺しては後悔しますぞ。帝国への入り口には今一歩」

◇ワグナー

「…こ、この痴れ者めが〜!一族の名誉を踏みにじりおって〜…」

ジョルジュ

「ワグナー!そやつを斬るな。そやつの身は俺に委ねろ。分かったな?」

◇ワグナー

「し、しかし、一族の恥は我等の手でッ!」

ジョルジュ

「ワグナー!恥をかかされたのは俺も同じだ。お前は一族の結束に力を注げ。二度と同じ過ちを繰り返さぬ様、心しておけッ!」

◇ワグナー

「はっ!断じて、断じて繰り返させませぬ!!何卒、何卒ッ、殿のお傍にッ!!!」

ジョルジュ

「当たり前だ。お役御免等と一言も云っておらんだろう?直ぐにソロンダイモスと云う男爵を引っ捕らえて来い!その裏切り者と男爵は、俺の指示ある迄生かしておけ」

M L

「はっ!」
 ワグナーとスターレス88は、短く頷くと謁見の間から散った。
 残されたゼファは、ライジング・サンの表情を窺う。隠密の変装を見破った程の眼力。長きに亘る、余りにも長きに亘る騎士修行の賜物。ゼファの人を見抜くその力は疑いようがない。だが、それでもライジング・サンの心が読めない。このライジング・サンと云う男は何者なのだろうか。英雄になる器か。将又、奸雄か。
 見守ろう。この男を見極める事が出来れば、自ずと自分の修行にもなり得る筈。雑念を捨て、師の言葉を信じ、今は只。見守るのだ。

 北方第4州
ノエルド。ジナモンはその州都に訪れていた。
 ラファイアを振り切り、東方を目指すジナモンは、どうしても此処に立ち寄っておきたかったのだ。
 此処、ノエルドにはアモン流剣術宗家が住まう地。北方第14州軍団の軍団長の剣術指南役を務める
アモン宗家とは、剣術のみを生業とした武人の家。軍団長が代わろうとも、代々ノエルドにあって軍団長の剣術指南を務めている。古くは帝国に滅ぼされた王朝の剣術指南家として存在し、今尚、その剣流を継承している。
 現当主は22代アモン流剣術正統伝承者
ナイトハルト“ザ・ドラゴン”デイ・アモンと云う若き剣術家。
屠龍刀“砕鱗丸”の継承者。
 ジナモンは、このアモン宗家に訪れ、どうしても秘剣“
断鎧斬”を学びたかった。ジナモンの太刀筋は確かに切れ味鋭いものであったが、戦場の剣術ではない。介者剣法を学ばねば、緋の火の傭兵達を斬り刻んだ後にいるであろうライゾーを倒す事等できはしないだろう、と考えていた。どうあっても、その剛技“断鎧斬”を習得すべく、宗家の門を叩いた。
 町外れの閑静な区画に悠然と門を構えている。広い敷地に木造の館が建ち並び、多くの門徒が修行に励む。宗教と練兵所が一緒になった様な、そんな雰囲気が感じられた。
 敷地奥に歩を進め、一際目立つ平家の館を目にする。それこそ、宗家の住まう館。幼少の頃、幾度も訪れた場所ではあるとは云え、成人してからは訪れていない。気付いてくれる者がいるだろうか。
 奥庭に面した縁側に老人が座っている。老人と云っても、醸し出す空気は肉食獣の様。その眼差しは猛禽類のそれを思わせる鋭さ。そう、その老人こそ、二代前の宗家、19代アモン流剣術正統伝承者
ジグヴァイン・ダイ・アモン、“墓石斬り”のダイモンであった。

ジナモン

「御無沙汰してます、ダイモン翁。マーストリッヒャーです」

◇ダイモン

「…ゲルファルトの小倅か。相変わらず“覇気(*3)”の乏しい奴」
 白髪白髯の老人の眉間には深い一筋の縦皺。覗き見える腕や胸元には無数の乾いた傷。口元に刻まれた傷は、粗雑な縫い方のせいか醜い。僅かに白濁した黒い瞳の意志は強く、全身からピリピリとした闘気を発する。老人とは思えぬ覇気。

ジナモン

「ダイモン翁!俺に断鎧斬を教えてくれっ。どうしても必要なンです」

◇ダイモン

「断鎧斬だと?ぬしの父から学ぶが良い!奴には免許皆伝しておる」

ジナモン

「親父は亡くなりました。その仇討ちの為に、どうしても断鎧斬が必要なンです!」

◇ダイモン

「…そうか、奴は死んだか。だが、仇討ちとは何の事だ?」

ジナモン

「緋の火って云う連中に襲われたンです。親父だけじゃない!お袋も妹も、皆、奴等に殺された!奴等に復讐しなければッ!!」

◇ダイモン

「…戦って負けたのであればそれで良しっ!勝敗は時の運。戦い敗れたのであれば、その気概はアモンの名に恥じぬ。戦わずして逃げるは恥!ぬしは父を褒めて良い」

ジナモン

「そンな事じゃないっ!卑怯な手口で殺られたンです!それにお袋と妹は剣術とは無縁。それを黙って見過ごす訳には行かンのですッ!!」

◇ダイモン

「戦場でっ!戦場では卑怯も糞もないっ!戦い挑み敗れるに口を挟む事はない。だが、卑怯等と戯れ言をほざくは、下の下!亡き者の名誉を蔑む言。況して、身内であらば剣に生きずとも、剣を知ろうと努むるが我等が家訓。母と妹も又、剣に生きた父の傍らで死ぬるは本望。ぬしは剣に生きるを履き違えておる」

ジナモン

「ダイモン翁っ!今はそんな話をしてるンじゃない!俺は仇討ちの為に断鎧斬を教えて貰いたいンだっ!頼むっ、教えてくれッ!!」

◇ダイモン

「…何故、ぬしはアモンの剣流を名乗る事が許されず、その奥義を伝えられておらん事が分かっておらぬ様だな。本来であれば、年老いた父ではなく、ぬしが剣流を伝承していなければならん。いい年をして、未だ剣を佩く意味さえ分からぬとは。ぬしの父を不憫に思いつつ、指導者としての未熟さを否めぬ」

ジナモン

「どうあっても教えてはくれないのかッ!!」

◇ダイモン

「技とはっ!技とは目的を成す手段に非ずっ!技とは、平素より得た鍛錬の集約に過ぎぬ。無論、作るは難し、使うは易し。だが、応じて為すは平素の鍛こそ。伝えるが為の技であれば、教える事も出来よう。学ぶ事も出来よう。だが、ぬしはそもそも伝えるをせぬ性。必要と感じ入った時にのみ、のこのこ顕れるがその証。剣に生きる、とは死とも共存するを指す。ぬしはこれを理解せねばならぬ」

ジナモン

「小難し〜話は分かンねーけど、それならそれでい〜サ。自分の力で何とかするッ」

◇ダイモン

「…これだけは伝えておこう。ぬしは幼少より小手先の剣捌きに頼る嫌いがある。先の先を取るは重要だが、後の先の“(*4)”を籠めた渾身の一撃こそ肝要。戦いの本質を体で感じ取るが良いッ!」

ジナモン

「分かった、ダイモン翁。又、会おう。さらばだ」

M L

 太陽城に局員二人が訪れたのは間もなくの事であった。
 意気揚々と現れたアルベルトは、自分の部下にでも云う様にライジング・サンの衛兵に呼び止め、接見を取り繕う準備を促した。
 間もなく、謁見の間での接見の許可が下りたものの、アルベルトは重要な話である事を理由に、個室での話し合いを要求した。僅かな時を経て、その許可も下り、ショパーニを伴って、ライジング・サンの執務室へと向かった。
 執務室にはライジング・サン一人がテーブルに付いていた。

アルベルト

「御機嫌よう、軍団長閣下。その後、如何お過ごしでしたかな?」

ジョルジュ

「おかげで充足した毎日を送っておる。で、今日は何の用だね?」

アルベルト

「ふふふっ、今日お訪ねしたのはですね、そろそろ、決着を付けたい、と思いましてな。何しろ、閣下の町は退屈でしてね。賑やかな都市を恋しく思っている訳ですよ」

ジョルジュ

「フッ、寂れた一角で隠れる様に過ごす者の発言とは思えぬな。で、決着とは?」

アルベルト

「先ずは兵数保有制限につきまして。閣下は、公爵位と辺境伯位をお持ちですが、明らかに今、保有なされている私兵の数が多過ぎますな?」

ジョルジュ

「何等問題はない。編成の為、一見私兵に見えるが、実質的には各貴族の私兵群である。私は連盟の盟主として統括代行をしているに過ぎない」

アルベルト

「では、その貴族達の爵位購入費を徴収しているのは、どう説明なさいますかな?」

ジョルジュ

「安定した連盟の維持と資金運用の為の銀行制度に近いものだ。何等問題はない」

アルベルト

「成る程、では所領外での刑罰の施行やその税制については何とお考えかな?」

ジョルジュ

「帝国北方大貴族連盟とは、貴族諸候の相互協力による支援連帯を意味する。辺境貴族の所領内での自由は保証されているが、資産運用や商取引に関しては厳しい規制を敷かれている。爵位の維持費は高額であり、内需だけでは財産の食い潰ししかおこらず、則ち貴族の家名は数代で消え失せる。私の提案した法案であれば、その所領同士の結びつきで内需拡大と商業発展、税収拡大、技術向上、物流上昇が望める。その為には各諸候の所領間の枠を超えた法整備と共通税制が必要。これは貴族間での遣り取りであり、帝国法に照らし合わせても何等問題はない」

アルベルト

「ほ〜、成る程成る程。全て法すれすれでこなしている様ですな〜。しかし、それは全て貴族における権利内の話。以前にも触れましたが、所領獲得時のお話をお伺いしたいものですな。譲渡と継承の件として提出なされておりますが、何故、縁もない閣下に譲られたのでしょうな?」

ジョルジュ

「先見の明があったのだろう。今、こうして私がこの立場にある事を知れば、当然と云うべきか」

アルベルト

「強情な方ですな、閣下は。正直、時間を掛けたくないのですよ、私は。こう見えても忙しいものでしてね。分かりましたっ!仕方ありません。では、私の左目をご覧なさい。両の瞳を見開いて、しっかりと、さぁ!ほらッ!!」
 鼻眼鏡を外す。左手を左目に添え、瞼を大きく開く。くすんだグレーの瞳の虹彩が拡大し、白濁すると、突如、凍てつく様なアイスブルーへと変貌する。

ジョルジュ

「!!!?………な、何だこれは………じゅ…術…か………」

アルベルト

「ふふふっ、閣下。私の声が聞こえますかな?」
 変色した左目を指で押さえる。閉じない様に、瞬きをしない様に。

ジョルジュ

「………ああ…」

アルベルト

「では、早速。貴方は法を犯しましたね?」

ジョルジュ

「………な…何の…こ…事…だ…」

アルベルト

「ほ〜、頑強な精神の持ち主ですな。では、直接問いましょう。貴方はディマジオ子爵の所領継承で不正を働きましたね?」
 見開いた左目に力を注ぐ。

ジョルジュ

「………じ…実力…を…示した…だ…け…」

アルベルト

「実力を示す?抽象的な言葉ではなく、具体的に答えなさい。分かりますね?」

ジョルジュ

「………ああ………お…俺は…ディ…マジオ…から…しょ…所領を…う…う…う…」

アルベルト

「何ですかね?早く答えなさい!奪い取ったものだとネッ!」
 更に目を見開く。

ジョルジュ

「………しょ…所領を…う…う…」
 ズンッ!両の親指を立て、黄金の両目に突き立てた。
「………承ったのだ。ディマジオ子爵からな」
 瞑った両目から血の泪が頬を伝う。

アルベルト

「!!?…な、何と云う事をっ!!!」
 左目に激痛が走る。破られた術のエネルギーがそのまま自身に返って来たのだ。

ジョルジュ

「誰かっ!あの二人を呼べッ!!」

M L

 執務室に親衛隊が二人の男を連れて入って来る。ソロンダイモス男爵と裏切ったスターレス88の男。

ジョルジュ

「内情を探るのに必死であった様だな?合法とは云え、この様な囮捜査で我が実務を妨害するとはな。帝国の軍籍にある俺の執務を妨害したとあれば、処分されるのは君の方だな」

アルベルト

「くくくっ、知りませんな〜、その様な輩。処分?任務を遂行しただけの事。良くある事です。何でしたら、直接、局にお訪ね頂いては如何ですかな?」

ジョルジュ

「それは何処に訊ねれば良い?内務省統合情報局か。それとも、宰相府政務監査局の方かね?」

アルベルト

「!?…なにっ!」

ジョルジュ

「名はどちらで聞けば良い?アルベルト・アルベインか。それとも、本名のベルト・ベイン・ベイダーの方かね?」

アルベルト

「!!?…そこ迄調べたていたか」

ジョルジュ

「代々、宰相府に仕えて来た官僚輩出の名家ベイダー家。その名家にあって特出した能力を有した者に与えられるベイダー家特有の称号アルを冠した男。だが、それだけの男。空白の一年を探る事迄は出来なかったが、先の一瞬に垣間見た」

アルベルト

「…成る程。まあ、宜しい。攻め手に回るのであれば、それでも一向に構わないですよ。尤も、武官出の貴方に何処迄出来ますかな?中央官庁は私の庭。この辺境にあって、果たして何が出来ましょうか?まあ、楽しみにしておりますよ」

ジョルジュ

「フッ、何とも自意識の高い男だな?貴様に興味等ない。集る蚊を払っただけの事。己を知る事から遣り直せ」

アルベルト

「…ふふっ、いいでしょう。ですが、次はこの様には行きませんよ」

ジョルジュ

「貴様に興味はないと云っただろ?さっさと去ね!」

M L

 太陽城を後にした情報局員二人は、足早に大通りを歩んだ。

◇ショパーニ

「監査役、如何致しますか?再調査致しますか?増員要請を出しましょうか?」

アルベルト

「…いえ、一度帝都に戻ります。今回は準備不足でした。やはり、現地の田舎者達だけでは使い物になりませんでしたね。今一度、帝都の優秀な人材を連れ、挑む事に致しましょう」
 憔悴しきった表情からは気迫がない。“
盲た宰相の片目”の術は、それ程に精神力を費やす。それも初めて破られた。消沈振りは深い。

◇ショパーニ

「…然様で御座いますか…」
 この男に深入りしては何れゴミ同然に切り捨てられる、そう確信したショパーニであった。

M L

 局員の立ち去った後、執務室でライジング・サンは目を両手で押さえ、詠唱しながら血を拭う。拭うと目を見開き、視界を確認する。その黄金の瞳は、傷一つなく再生していた。
 親衛隊にソロンダイモスとスターレス88の裏切り者の処分を命令し、退出させた。
 僅かの時を隔てて、執務室にヘイルマンとソルが入って来た。局員達との遣り取りが終わるのをいてもたってもいられない様子で待っていたのだ。

◇ヘイルマン

「ご苦労様でした。査察を排除した事でこれから信用度も増す事でしょう」

ジョルジュ

「ああ。だが、これで俺の決意も定まった」

◇ソル

「!?決意とは、一体?」

ジョルジュ

「プルトラーには以前、少し話したのだが、西部戦線でのいかなる功績をも超える偉業の達成。前代未聞の実績。帝国史上初の快挙を為す。その決意だ」

◇ヘイルマン

「!?何故、局員をやり過ごした直後の決意なのですか、ジョルジュ様?」

ジョルジュ

「術に頼った奴はやり過ごせたが、時間と人員を投入されれば、俺等吹き飛ぶ。それが帝国のパワーだ。なればこそ、圧倒的な実績と名声を轟かせ、俺を排除しようと云う動きを起こさせない様にすれば良いッ。それを今回の査察で思い知ったからだ。今のままでは、本気となった帝国中央による政略には歯が立たない」

◇ソル

「ですが、閣下。今、この安定した帝国にあって、その様な快挙を得る機会等ありましょうか?」

ジョルジュ

「ああ、一つある。既に領内支配は万全。後は俺が動くのみッ!」

◇ヘイルマン

「一体っ、一体それは?」

ジョルジュ

「…グライアス(*5)だッ!!!」

M L

 凍てつく北風と沈まぬ太陽との戦いは終わった。何れが勝者となったか等、問題ではない。只、この衝突が後に大きな影響を齎す事に間違いない。少なくとも、その意識は刻まれたのだ。
 強烈な思惑がうねり、歴史を突き動かす。
帝国が震撼するその事件は、未だ微かな蠢動。だが、確かな“切っ掛け”が幕を上げる。最早、止める事は出来ない。それ程にその眼差しは強く、激しい。やがて、巻き起こるあの恐ろしい時を回避する事は出来ない。誰であっても…     …続く

[ 続く ]


*1:昔、帝国の最精鋭軍隊で、その規模は今の軍団編成の3倍であった。現在の辺境軍団。
*2:宰相の完全な代理人として現地に派遣される、とされる謎の存在。フォーカードとも。
*3:人生の達人】における総合的な経験値。達人となる為の必須要素。風格をも左右する。
*4:アモン流剣術における気合の概念。その出自が東の大陸にあるとされるアモン家特有の云い回し。東の大陸出身の武人は“”と云う語に特別な意識を持つ。
*5:帝国北方のグライアス盆地にある小国。幾度となく帝国の侵攻を退かせた事で知られる。

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