〜 Hero (King of Kings)
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 人生の達人 

キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
ココロオドル


 広大なアルマージョ辺境領領都グラナダに数百名の兵士の一団が現れた。皆、一様に窶れてみえるその一団は遙か東方ヨッヘンバッハ公爵領より落ち延びて来た者達であった。ジュエルマイン・ザラライハを筆頭にヤーナハラ・ジュベ、バンバン・ビィ、ゼム・ゼノ等かつてのヨッヘンバッハ領でユルゲンの重鎮として仕えている者達であった。
 彼等はアルマージョに庇護を求め遣って来た旨を告げ、アルマージョは快くそれを承諾した。文官達は始めこれに反対したが、ヨッヘンバッハ領での事態を帝都でゲオルグより推測したジョルジュは彼等を庇護し、北方辺境域東部の事情を探っておこうと試みたのである。又、広大な領土を支配する上では、人材は幾らあっても足りないと解釈していた。
 ジョルジュは改めて軍部の編成を見直し、再配備を行った。太陽の旅団5000名の旅団長はガローハン、グラナダに駐留。閣議軍2500名の軍団長はダイアモント城代パープルワンズ侯、ダイアモント城下に駐留。貴族連盟軍3000名の軍団長はプルトラー男爵、
ライジング・サント(旧ストレイトス領領都ラスアルゲート)に駐留、グラナダ防衛軍1000名の軍団長はソル、グラナダに常駐。百の魔術80名の式鬼官はプエルトリコ子爵、グラナダに常駐。アバロン中央軍1500名の軍団長はアルマー城代オッペンハイム男爵、アルマー城下に常駐。サンタナ治安部隊1000名の隊長シラナー男爵、槍の町に常駐。グラナダ警察隊800名の隊長はザラライハ、グラナダに常駐。街道警備隊500名の隊長はジュベ、グラナダに駐留。ライジングサン予備部隊500名の隊長はビィ、グラナダに常駐。昇陽教民兵団1000名の団長代理にメイファー、サンタナに常駐(旧ディマジオ領)。情報部隊1000名の隊長にヘイルマン男爵、グラナダに駐留。ライジングサン中央連隊1000名の連隊長代理にフォーディス男爵、グラナダに常駐。太陽城警備隊300名の隊長に舞姫、太陽城に常駐。
 ジョルジュの軍勢は既に帝国一州のそれを遙かに凌駕していた。しかし、ジョルジュは更に軍勢を増やそうと考えていた。貴族達の私兵を自軍に取り込み、大公家にも劣らぬ軍事力を帯びようとしていた。



 蜘蛛の巣領での混乱は相変わらず続いていた。イシュタルは何とかして混乱を治めようと努力してはいたが、配下の傭兵達の数が少ない上、人材不足が祟り、一向に改善の兆しが見えなかった。
 そんな最中、三人組の男が蜘蛛の巣領に姿を見せた。簡素で何の飾りもない木製の仮面を付けた二人の戦士を引き連れた悪徳魔術師の様な恰好した者。
 
クーパーと名乗る悪徳魔術師風の男はイシュタルに助力する旨を告げた。凄まじい経歴を持つクーパーと云う男は麻薬の混入された配給の復活と井戸水への麻薬混入を提案する。
 始め、イシュタルはこの提案に反対したが、領民暴徒の殆どが麻薬中毒者である為、この案に乗る事にした。今、領内にいるラウやヤポン、ゼファにはこの事実を隠し、段階的に配給と混入を行い、取り締まりを強化した。クーパーは脱走、若しくは暴徒化した奴隷の殺害をも提案した。人手不足に伴い、収容所に人を回す事の困難さから、この提案にもイシュタルは乗り、奴隷達の虐殺を敢行した。これらの熾烈な対策により、ようやく蜘蛛の巣領の混乱は治まり始めたのであった。



M L

 戦争集団“緋の火”。“紅紅”ことアモルシャットの率いる西部戦線で著名な傭兵団であったが現在はライゾーの麾下にあって東方を荒らし、今又、北方辺境域に略奪をしにやって来た。今回はライゾー本人もやって来た。ガーベラム率いる装甲騎兵団“輝星”とゾップハッズの魔道兵団“凶霊”も参加する今回の略奪行はライゾーの全兵力である。
 北部貴族等を襲う事に何等問題はないのだが、今回の略奪行は悪名高い麻薬公ヨッヘンバッハの領土を襲い、その財産や物流、土地さえも得ようと考えていた。ヨッヘンバッハ公は、その豊富な資金源で多くの傭兵を従えるだけに留まらす、近隣諸候との連携、協力も相当なもの。如何に高名な緋の火であっても気は抜けない相手と想像出来た。

◇フェイドック

「北方に到着する前に幾つか確認しておきましょう。ライゾーも団長も良く聞いておいて下さいよ」
 スリムで身嗜みもしっかりした男。切れ長の赤い瞳は冷たく切れる。“
兎紳士”こと押しも押されぬ緋の火の軍師。

◇アモルシャット

「手短に頼むぜフェイドック。どうせ、相手見なきゃ何も分からんからよ」
 鍛え上げられた肉体には程良く脂肪が付き、見るからに歴戦の強者。燃える様な赤毛が眩しい、泣く子も黙る緋の火の団長。

◇エルデライク

「未知なる敵の情報は、知っておいて損はないです団長」
 赤銅色に灼け、締まった均整の取れた体。“
若年寄”と呼ばれる緋の火の副将格。

◇フェイドック

「北方辺境域東部は未開地、森林地帯、丘陵地帯、山岳地帯と地形的に西方や東方よりも起伏に富んでおります。小勢力の諸候達が点在する様に土地を持ち、多くは緩やかな連携を結んでおる様です。一般的な諸候の私兵は50〜200名前後と大した事はありません。ですが、ヨッヘンバッハ公の私兵は2000名ともそれ以上とも考えられ、懇意にある貴族の援軍が1000名程度と想像されます。彼の地の将はザラライハと云うハンダーフィルド麾下の元憲兵隊長を筆頭に第19西方州軍団副長を努めたジュベ、辛味噌を率いていたビィ等錚々たる連中がおるそうです」

◇アモルシャット

「ビィだと?バンバン・ビィの事か?ジュベってのは一神教上がりの姉ちゃんの事か?」

ライゾー

「其奴等を知っているのか、アモルシャット?

◇アモルシャット

「ビィって野郎は西部傭兵だ。おめえと同じく南武人だ。大瘤発棘猛槍棍っつ〜、でけぇ〜棍棒の使い手で“辛味噌”っつ〜、傭兵団を創った男で西部だったら、ちぃ〜っとは名の知れた奴だな。ジュベって姉ちゃんは一神教の国(*1)出身の女将軍で偉くテラー・ヘルに気に入られてたみたいだった。ザラライハってのは知らね〜が、相手にとって不足はね〜な」

ライゾー

「そんな奴等が居て勝てるか?北部貴族殆どが敵になるだろ?」

◇フェイドック

「兵数は向こうが上としても、指揮系統が各貴族共に散っておるのであれば問題はないでしょう。尤も、経験豊かな軍師たり得る者が向こうにおれば話は違いますが。地形的にもガーベラム殿の輝星は効果が半減するでしょうしな」

◇ガーベラム

「馬鹿野郎ッ!だらしねぇ〜帝国貴族共に後れを取っかよ!奴等ぁ〜、戦争の真似事しか出来ね〜阿呆ぉ〜だ!グラナダの時、見たろ〜?屁でもねぇ〜ゼ!」
 骨太の肉体に重装の鎧を着込み、大きな口から歯並びの悪い真っ白い歯が覗く。“
突撃”と渾名される装甲騎兵団の頭目。

◇アモルシャット

「ま〜、気楽に行こ〜ゼ、ライゾー。ガーベラムの云う通り、北部貴族なんつぁ〜、目でもねぇ〜ゼ!ワ〜ッハッハッハッハーッ!」

M L

 グラナダでは大規模な工事が敢行されていた。アバロンからの街道敷設とその全面舗装、街道沿いの宿場町建設、グラナダの城塞建設と区画整備、太陽城の修復と改築、兵舎や市場の建設、行政府や昇陽教寺院の建設等目紛しい変化に覆われていた。
 第3回の枢密院貴族閣議が軍団長就任祭の際に臨時で開催してしまった為、本格的な第4回枢密院貴族閣議開催に向けての準備もしていた。帝国北方大貴族連盟の拡大と強化を推し進める上でも次回開催の閣議は重要な位置付けが成されていた。

◇ハイドライト

「整備は順調に進んでおりますが、再開発ともなると様々な問題があります」

ジョルジュ

「問題?何が問題だと云うのだ、クームーニン?」

◇ハイドライト

「先ずは人足不足。アバロンでの失業者をフルに使うと云っても、州をも超える規模の領域と事業内容では明らかに人手不足。これは一つに治安への不安感からも云えます。アバロンの多くが恭順しているとは云え、未だ連盟に未加入な諸候がおります故、人足よりも傭兵となって稼ぎを得たいと思う者が数多くいる事が云えます。
 又、傘下にある諸候への監察官や巡見使等、余計な人手と出費も嵩んでおります。明らかに再開発の妨げになっていると云えるでしょう」

ジョルジュ

「成る程。俺の支配体制が緩い為に貴族共に限らず、下々にあっても体制崩壊を予感しているのだな。分かった、ならば盤石の支配体制と統治を成す為に俺の力を以て恫喝してやるか」

◇メルトラン

「恫喝ですか?一体、何をなさるおつもりですか?」

ジョルジュ

「俺の力が帝国北方辺境全域に迄及ぶ事を知らしめてやるのだ。辺境軍団を自ら率いて辺境中を視察して参る。アバロンだけに非ず、北方辺境域東部に迄足を運び、北方四州及び北方中心州以外の全てに俺の力が及ぶと万民に理解させ、俺に刃向かおう等とは思わせぬ様にしてやろう」

◇ロンタリオ

「ほほ〜、それは良きお考えじゃ。諸候への睨みと民草への認知に加え、帝国官吏としての職務遂行にも繋がる。そもそもの傘下の貴族達の締め付けにも十二分じゃろうな。上手く運べば連盟の力も増すじゃろう」

ジョルジュ

「よし、では俺は辺境軍団と巡察に行く。アバロンとグラナダそのものは俺の兵で十分だ。お前達はグラナダ統治法に基づき、滞りなく進めてくれ。巡察から戻った後、4回目の閣議を開く故、その準備も頼む。恐らく、その時の閣議が連盟の完成に近付く事になるだろう」

M L

 帝都にいるジナモンは退屈していた。元々、宮仕え等した事のない一匹狼の戦士。コロッセウムに入隊したとは云え、一般教養を身に付ける為の勉強と決まり切った訓練には性格的に向いていなかった。
 そもそも、コロッセウムに入隊しようと思ったのもサロサフェーンの強さに惹かれたのもあったが、自分自身に行き詰まっていた処が大きかった。野心がある訳ではないが、漠然と強くありたいと願うジナモンにとって今の生活は苦痛以外の何ものでもなかった。
 ジナモンの無気力振りをいち早く悟っていたサロサフェーンは、ジナモンをコロッセウムの詰め所コロッセオに呼び、話を切り出した。

◇サロサフェーン

「どうしたのですジナモン?勉強にも訓練にも身が入っていない様子。今のままでは仕事にも支障を来し兼ねません。筆頭戦士団員としての自覚を以て臨んで貰いたい」

ジナモン

「ええ、只、何かこう刺激、と云うか目的、と云うか、足りずにいて気力が湧かないんです」

◇サロサフェーン

「…そうですか…分かりました。では、貴方に任務を与えましょう」

ジナモン

「おおっ!任務ですか?一体、どんな任務ですか?」

◇サロサフェーン

「貴方の生家は北部辺境の小さな村と聞いております。生家に戻り、コロッセウムに入団した事を肉親の方々に告げに行って下さい」

ジナモン

へ?そんな事?そんな報告、伝令か何かで伝えればいいでしょ?

◇サロサフェーン

「話は最後迄聞いて下さい。生家への報告はあくまでも表立っての事。本当の任務は北部全域の視察、並びに動向調査です。コロッセウムの派遣は大変、重要な為、表面上は貴方の帰郷と云う事にして探りを入れるのです。我が師によれば“北に乱の兆し在り”との事。未然に防ぎ得る為にも北部域を知っておく必要があるのです。任務には共の者を付けます。序列は貴方より上になりますが、コロッセウムの団員は各々の判断に責任を委ねられる事になりますので、貴方の思う様、任務を遂行して下さい」

ジナモン

「成る程、分かりました。その任務、見事に勤め上げましょう」

M L

 北方第1州
ブルーローズ。この地に居を置く秘密組織『殺しの口付け』の外陣に席を置く刺客ドンファンであったが、今は組織に足を踏み入れられない状況にあった。
 個人的な逆恨みから組織を通さず、今は転封の憂き目にあったストレイトス公に独断でアルマージョ公暗殺の話を持ち掛け、見事失敗。ライジングサンの呼び名に相応しい程、日の出の勢いの如きアルマージョ公を敵に回し、味方である筈の組織をも軽んじた彼は居場所に窮していた。
 北方第4州
ノエルドの貧民街に身を隠していたドンファンは、組織の連中やライジングサンの手の者に見付からない様、細々と生活をし、ほとぼりが冷めるのを待つしかなかった。手元にある金も残り少なく、騒ぎにならぬ程度のゆすりと恐喝を繰り返す、ちっぽけな破落戸に成り下がっていた。
 そんな日陰の暮らしをしていたドンファンの下を訪ねる者が現れたのは、秋深まる雨の日の事であった。
 ドンファンの潜む荒屋に訪れた者は撥水性の加工を施したローブを頭からすっぽりと覆い、半ば崩れかけた扉をノックする。雨音に掻き消されるノック音を聞き逃さなかったドンファンは、付け爪を装着し、注意深く返事をした。

ドンファン

「誰だ?何の用があって、こんな処迄来た?」

◇・・・

「警戒する事はない。俺はお前を助けに来たのだ。案ずるな、中に入れてくれ」

ドンファン

「俺を助けに来ただと?巫山戯た事ヌかすなっ!何処の組織のもンだッ?」

◇・・・

「何処にも属しゃしないサ。俺は俺、俺自身の組織しか持たね〜サ。開けてくれ」

M L

 訝しげに思いつつもドンファンは扉を開ける。無論、警戒は怠らない。
 ローブを纏った男はフードを取る。一目で悪党と分かる程の凶相。瞳がないのかと思わす白眼は鋭く、何処となく風格さえ感じさせる落ち着き。並の悪党ではない、そう予感させる悪のオーラを放っている。

ドンファン

「何もンだ、あンた?俺に何の用があるってンだ?」

◇デヴィルム

「イ・ドンファンだね?俺は“下剋”のデヴィルム。組織に追われているお前を助けに来た。話を聞いて貰えるかね?」

ドンファン

「クフフッ、ま〜、話だけは聞いてやるよっ」

◇デヴィルム

「フフッ、物分かりがいいね。今、北方辺境域は過去に例のない状況に成りつつある。一つにまとまりかけている、と云う事だ。それを望んでない者がいるのも事実。その彼等が望んでいるのは以前と変わらぬ姿。つまり、混乱冷めやらぬ割拠。
 お前も以前の様な割拠の時代の方が生き易かろう?そこでお前に力を貸して貰いたい、と云う訳だ」
 膨らみ張った小さな布袋をドンファンの足下に投げ置く。ジャリッ、と金属の重なり合う音がなる。

ドンファン

「…クフフッ、具体的に話しなよ?俺に何をさせたい?」

◇デヴィルム

「手付けに銀貨200枚、旨く事を運べた時には更に金貨で8枚払う。お前の遣る事はこうだ。やがて、東方からライゾーと云う武芸者の率いる緋の火と呼ばれる軍勢が北方辺境域東部に侵攻して来る。奴等の軍勢の前では今の辺境域の諸候達では太刀打ち出来ない。そこでお前はライゾーの軍勢を混乱させるのだ。必要であれば奴等の要職にある連中を殺ってもいい。最終的に最も望ましいのは、ライゾーと北部貴族の何れも勝利したとは云えぬ形でライゾーの勢力が僅かにでも辺境域に残ればいい。理解出来たかな?」

ドンファン

「…クックックッ、相打つ程度にライゾーって奴の軍勢を混乱させ、それでいて北部に其奴等の勢力が残る様にすりゃいいンだよな?クフフッ、結構大変だよな〜?」
 (チョロい仕事だゼ!適当に暴れ回りゃいいンだろ〜?それで金貨10枚た〜、オイシ〜仕事だゼ〜♪)
「金貨10枚じゃ少な過ぎやしないか〜い?せめて15枚は欲しい処だな〜?オイ?」

◇デヴィルム

「なら、この話はなかった事にしよう。代わりは幾らでもいる」

ドンファン

「ち、ちょっと待てっ!金貨13、否、12枚でどうだ?」

◇デヴィルム

「予算はきっかり金貨10枚。それ以上は銅貨1枚とて払わん。分かって貰おうか。俺はお前が思っている以上に厳しい。お前が属している組織とは訳が違う」

ドンファン

「…クフフッ、分かった分かった。ヤッてヤるサ!

M L

 太陽城では、辺境軍団巡察の為の準備が進められていた。ジョルジュはシシリア他連隊長達との綿密な打ち合わせを終わらせると、親衛隊を私室に呼んだ。
 ムルワムルワ公との戦い以来、ジョルジュと親衛隊との絆は益々深まり、今回の軍団巡察にも引き連れて行く事を決めていた。
 親衛隊との打ち合わせの最中、ホークアイが徐に話を切り出す。

◇ホークアイ

「ジョルジュ様、お話、宜しいでしょうか?」

ジョルジュ

「ん?どうした?何かあるのかホークアイ?

◇ホークアイ

「以前、頼まれました隠密の件なのですが、なかなか隠密と云う者達はフリーの身にはないのが常なのです。彼等は信頼こそを最も重視する為、長年に亘って一つの勢力に仕えるものなのです。如何に帝国が実力主義とは云え、蔭に潜む彼等は主家の為に命を張るものなので、金銭や名声には左右されないものなのです」

ジョルジュ

「…つまり、俺の下に来る新たな隠密等おらん、と云う訳か?」

◇ホークアイ

「いえ、長年に亘って仕え続けるに相応しいか否かを一族を挙げて品評するのが彼等、隠密に御座います。幾人かの蔭の者に声を掛けた処、良き返事を得た一族がおります。それが“
スターレス88”の一族です。今、この場にお呼びしても宜しいでしょうか?」

ジョルジュ

「…スターレス?ああ、呼んでくれ」

M L

 ジョルジュと親衛隊を残し、ホークアイは私室から退席する。暫くすると、ホークアイは四人の男女を連れて戻って来た。
 ホークアイに連れられ来た者達は、皆一様に仮面を付けている。仮面と云っても鼻から目全体迄を覆う小さな金属の代物であり、表情全てが見えない訳ではなかった。
 四人はそれぞれ、女、大男、老人、少年であり、少年が真ん中に陣取り、その後ろに大人達が控える様に立っている。

ジョルジュ

「…君等がスターレス88の者達かね?俺は君等の事を知らん。詳しく聞かせてはくれまいか?」

◇・・・

「…お話致しましょう。その前にお人払いを」
 少年の左後ろに控える大男が話し掛ける。

◇舞姫

「初めて会った隠密を我が主の前に残して我等が立ち去る事等出来まい!」

ジョルジュ

「…否、舞姫よ。此処は一先ず、信用しよう。そうでなくては今後等有り得ん」

M L

 親衛隊達はジョルジュに促され、私室を後にする。

◇・・・

「…我等を信用なさるおつもりでしたら、影に潜む者と鎧われた者の御両人も御退出頂きたい」
 先と同じく大男が話し掛ける。

ジョルジュ

「…カノン、ウルハーゲン。お前達も外で控えておれ」

M L

 ジョルジュの足下の影からカノンが現れる。恐ろしい三つ目が来訪者を睨む。鎧のオブジェと化していたウルハーゲンも緩やかに動き、無言のままカノンと共に私室を後にする。

ジョルジュ

「話して貰おうか、君等の素性と経歴とを。無論、俺に仕える気があるかどうかも」

◇・・・

「…宜しいでしょう、お話致しましょう」
 先と同じく大男が話し続ける。

ジョルジュ

「…一族であるならば家長、族長、頭目の類が居ろう。その者が話すが良い」

◇ワグナー

「…非礼、お詫び致します。私がスターレス88の頭目“弥勒”のワグナー・オーム・グラナディオロ。以後、お見知り置きを」
 少年が口を開く。
「左に控える男を“
毘沙門天”、右に控える女を“弁天”、後ろの翁を“福禄寿”と申しまする」

ジョルジュ

「…グラナディオロか…続けよ」

◇ワグナー

「我等、スターレス88は然る王家に代々仕え続けてきた蔭の一族に御座いまする。昨今、御役御免と相成りまして漂泊の身にありますれば、殿のお側にお仕え頂ければ、この上ない至福に御座いまする」


ジョルジュ


「言葉を作り過ぎるな。端的に話せ。グラナダの残党であろう?」

◇ワグナー

 少年は微かに表情を強張らせる。
「…はい、確かに我等はグラナダ王家に仕えていた身です。しかし、最早関係は御座いません。グラナダ王家は滅び、我等に主家はありませぬ」

ジョルジュ

「グラナダ王家は400年近く前に国諸共滅んでおる。にも関わらず、今尚反乱に加担するその執念、主家が滅びようとも簡単に忠義を捨てられまい。何が目的だ?俺と帝国への復讐か?」

◇ワグナー

「復讐を果たしたい気持ちがあるのは事実です。が、我等はそれ以上に感謝しておりまする、殿に。我等の王女の最後を看取って頂いた殿に感謝こそすれ、恨む気持ち等ありませぬ。又、我等一族の存亡を考えるに、仕えるべき主を探すのが一大事。帝国随一の版図を有し、名声、実力共に最高の諸侯で在らせられる殿こそが我等一族をお救い下さる救世主、と受け止めておりまする。是非に我等をお側に」

ジョルジュ

「其方、グラナダ王家に連なる出自であろう、違うか?それが俺に仕えたとして、一族の末端の者の感情が俺や帝国を許せまい?俺の皇帝陛下への忠義は変わらぬ。何れ、相容れぬ命を下した時、どうするつもりだ?」

◇ワグナー

「王家の流れとは云え、それは遙か800年も前の事に御座います。我等は心身共に蔭に潜む一族。我等一族は主家に仕える事のみで存続致します」

ジョルジュ

「王国が滅んだ後、財産さえないグラナダ王家にのみに仕えていたとは思えぬ。帝国建国後は何処に仕えていた?」

◇ワグナー

「…はい。王国滅亡後、連合王国南部の小国家群を行き交い、後、グライアス王家に仕え、極最近では第四皇太子
イグレシアム殿下の下に庇護を受けておりましたが、先の大乱に際し、決別致しました」

ジョルジュ

「成る程、良いだろう。だが、俺に仕える以上、一族の存亡云々は云わせぬ。俺はお前達の絶対忠義のみを求める。代わりにお前達一族郎党に栄光を与える」

◇ワグナー

「はい、
スターレス88、殿にお仕え致します

M L

 北方辺境域東部最東端に入った緋の火の軍勢は、軍装を整え、略奪行の最終チェックに望んでいた。

◇フェイドック

「いよいよ、敵勢力圏内に入ります。貴族共がどう動くかは予想し辛い為、臨戦態勢を整えておきましょう」

◇アモルシャット

「ならよ、北方四州近く迄接近してから一気に東へ戻る様な感じで略奪すりゃ、いいンじゃねェ〜か?一端、素通りして見せりゃ、奴等も緊張感なくすだろ?それに、西から攻め上がれば、貴族共に逃げ場はなくなるだろう?」

ライゾー

「成る程、それはいい。折り返す手間もなくなると云う事は、退却も楽になるな。但し、ヨッヘンバッハ領の攻略はどうするのだ?」

◇フェイドック

「ヨッヘンバッハ領は盆地と聞いております。通常であれば、防衛側が有利ではありますが、各貴族共を襲撃し、諸候の領民を盆地内に誘導させてしまえば、混乱して我々への冷静な対応が出来なくなり、攻略し易くなります。迅速に周辺貴族共を駆逐し、民家を焼き、略奪をしながらヨッヘンバッハ領を回り込む様に侵入しましょう」

◇アモルシャット

「襲うのは俺達でいいが、略奪品そのものの運び出しはゾップハッズの凶霊達に任せるとしようゼ。大荷物持ってちゃ侵略が遅れるゼ、なぁ〜?」

◇エルデライク

「略奪品の運び出しは後でも宜しいのでは?凶霊を戦力に加えた方が勝率は上がるでしょう」

◇アモルシャット

「バカ野郎っ!凶霊なンぞ頼らンでも勝てるわっ!略奪が一番の目的だゼ?後回しなンぞ、デキッかよ!!」

ライゾー

「ああ〜、そうだな。アモルシャットの云う通り、略奪も同時に行うとしよう」

M L

 帝都から北に伸びる街道を駿馬に乗って走る二人。一人はジナモン、もう一人はコロッセウムの分隊長
エメリュート・ラファイア。序列はジナモンより上だが、ジナモンより七つも若い。
 二人の前に旅人がいた。それはブルンガーとノルナディーン、悪魔の三人を引き連れたヨッヘンバッハであった。ラファイアは駆け抜けようとしていたが、ジナモンは踏み止まり、ヨッヘンバッハに話し掛けた。

ジナモン

「男爵っ!ヨッヘンバッハ男爵ぅ〜!おーい、領地に戻る途中かーい?」

ゲオルグ

「?ンッ?むっ!ジナモンではないかーっ!おー、奇遇だな〜。こんな処でも会うとはの〜。そーだそーだ、俺は公爵だぞ、公爵っ!」

ジナモン

「へ?ま〜、そ〜だけど、北へ向かうのだったらこの街道使うしかないからな〜。って、公爵になったのか〜?凄いな〜」

ゲオルグ

「ふむ、そりゃ〜、俺は凄いに決まっておろう?ジナモン、君も頑張り給えよ〜」

ジナモン

「あれっ?云ってなかったけっか?俺、コロッセウムの一員になったんだよ」

ゲオルグ

「なっ、なにぃ〜っ!?コロッセウムだと〜っ!!帝国筆頭戦士団の一員になったのか〜?2000名の中に入ったのか〜っ!!?で、何故、北へ馬を走らせておるのだ?」

ジナモン

「ああ、それはだな、ある重要な任…」

◇ラファイア

「マーストリッヒャーッ!!何をしておるのだっ!早く親御さんに会いに行くぞっ!」

ジナモン

「おおっ、そーそー、実家に戻って俺がコロッセウムに入隊した事を報告しに行くんだよ〜」

ゲオルグ

「おお〜、それは親も喜ぶ事だろ〜!気を付けて行くのだぞ〜」

ジナモン

「おおっ!男爵、否、公爵も達者でな〜」

M L

 コロッセウムの二人は馬を飛ばし、街道を走り抜けていった。
 二人が立ち去った後、連れ達がヨッヘンバッハに話掛けて来た。

◇シーリー

「あの連中、何か隠してたわね〜。北に何かあるわよ〜」

ゲオルグ

「なに〜っ!?何かあると云うのか〜?」

◇ホワイトスネイク

「急いで北に向かった方がいいンじゃないかしら?もたもたしてると大変な目に遭うかもね〜?」

ゲオルグ

「む〜、ならば急いで帰るぞ〜っ!強行軍だ〜っ!!」

M L

 グラナダを発った第27北方辺境軍団は、アバロンに入り、各諸候の所領を巡回した。新軍団長による軍団巡察は各諸候の肝を冷やさせた。帝国北方大貴族連盟への加盟を促すアルマージョ公の威に悉く、諸候達は恭順の意を表明し、巡察は見事に成功していた。
 アバロンの巡察を終えた辺境軍団は北方四州の横断ではなく、北回りのルートを通る事にした。未開発地帯や大森林地帯を有する最北の辺境を横断するのは困難な事であったが、辺境軍団の威光を辺境中に示すのに有効であった。辺境軍団は北方辺境の全図を有しており、何度も最北端を横断した経験があるので何等問題はなかった。
 寧ろ問題があるとすれば、北方四州を挟んでアバロンとは真逆に位置する北方辺境域東部の諸候達である。余りにも距離があり過ぎる為、アルマージョの威光が届いていない可能性が高い。ともすれば小競り合いや抵抗が考えられる。
 辺境域東部に入る前に辺境軍団は、東部に所領を持つ諸候等への対応を検討し、作戦会議を開く事にした。

ジョルジュ

「辺境東部の諸候の数はそれ程多くはなく、小領土の者が殆どだ。アバロンより遙かに開発が立ち後れている。田舎であるが為に排他的であると想像され、干渉されるのを極端に嫌うだろう。だが、そもそもアバロンに所領を所望しなかった諸候達故、小心者が多いだろう。軍事的圧力を掛けるか、適当な罪状を以て弱小諸候を滅ぼし、威嚇するのが良いだろう」

◇シシリア

「確かに抵抗等がありましたらそれでも構わないとは思いますが、無理矢理冤罪を以て攻め滅ぼすのは承服致し兼ねます。無闇に戦闘を行えば、損害が考えられます」

ジョルジュ

「無論、分かっておる。一切の抵抗なく、帝国北方大貴族連盟に恭順すれば、何も戦争等仕掛けはしない。帝国北方大貴族連盟が完成すれば、治安面強化や小競り合いはなくなるのだ。そうすれば、辺境軍団は不測の事態にのみ対応する事が出来、平和利な運用や経費削減が可能となる。何等問題はない」

◇シシリア

「分かりました。では、危急の事態に備え、戦闘が出来る様、最低限度の準備をしておきましょう」

M L

 蜘蛛の巣領では緊張が走った。領代を勤めるイシュタルは、クーパーの策で混乱を乗り切った後、領内外の警戒を強めていた。兵数が少なく、被害の甚大な領土を周辺諸候から守る為には警戒と準備こそを第一に考えていた。自分達が蜘蛛の巣領を奪取する際、領内の丘陵地帯や森林地帯に簡単に潜伏出来た為、同じ事をされない為にも警邏を領境に集中させ、外敵に備えたのであった。
 そんな折、領境近くを西に向かって行軍する一団を警邏の兵が発見したのであった。報告を受けたイシュタルは、ヤポン、ラウ、ゼファ、クーパー、百人隊長等を呼び寄せ、謎の一団についての協議を行った。

◇イシュタル

「所属不明の一団が領境を掠め、西に行軍中との報告がありました。その一団は、かなりの輜重を持ち、3000強にも及ぶ兵団との事です。恐らくは北部辺境域の所属ではなく、遠方からの進軍と思われます。我が領は御覧の通り、警備の兵も乏しく、混乱覚めやらぬ状況にあります。如何なる不測の事態にも備えが必要ですので、皆さんの御意見をお聞きしたいのですが」

◇クーパー

「ほほ〜、成る程成る程。危険ですな〜。単なる傭兵団の移動であれば街道を通れば良い事。わざわざ、この様な辺境を行軍するからには何らかの任務に従事する、或いは示威行為等考えられますな〜。先手を打つ事は兵数的にも臣下の者達から鑑みても不可能である為、調査と警固を進めるのが得策でしょうな」

ゼファ

「しかし、その一団の所属を確かめずに何らかの行動を取ったら彼等を触発し兼ねないのでは?傭兵団であるとすれば、所属を直接訊ね聞くのが良いのでは?」

ラウ

「だったら俺が聞いて来ようか?所属を聞くだけでしょ?」

◇クーパー

「何を云っておるのかね?考え難いが、もし、その傭兵団が何処ぞの諸候の傘下にあるとしたら殺され兼ねませんぞ?」

ラウ

「ん〜、いきなり殺される様な事はないだろ〜?」

◇イシュタル

「しかし、此処は直接的な接触は控えましょう。寧ろ、我々が何等反応を見せず、秘密裏に警戒を強めるのが一番でしょう」

M L

 北部四州に近付いた緋の火の軍勢は、一端何もない広野で小休止をした。野営地を作る訳でもなく、暫くの間、その場に留まったライゾーの軍勢は、日没を迎えると突然、東に行軍し始めた。
 北部四州に程近い場所に小さな所領を持つドフィートン男爵は、物見の報告に慌てふためいた。早朝、西に行軍する大軍勢を発見し、その大軍が夜半近くに戻って来るではないか。しかも、明らかに自領に向かって来ていると云う。賊か何かは分からないが、30数名の私兵しか持ち合わせてはいない男爵に取っては一大事である。持ち運び出せるだけの財産を馬車に載せると、村を捨てて一目散に隣領キューベリス男爵の下に退去した。
 西から慌てた様子でやって来たドフィートン男爵を向かい入れたキューベリス男爵は、始めドフィートン男爵の話に懐疑的であったが、西の夜空が燃え上がる炎で赤く染まるのを目の当たりにすると、同じ様に財産を運び出し、50名足らずの私兵を率いて東の隣領へ退避した。
 ドフィートン、キューベリス、マストート、アージナス等12名の男爵とアウクレイオス、ゾムアーノン、アムノロッテス等5名の子爵、ノニータ、エンダーヴェナス両伯爵等は私兵と持ち出せる限りの財産を運び、蜘蛛の巣領を目指した。財産と所領に固執したヘンラーザ、クジュート両男爵、ピルファッサ子爵等は自領に残り、得体の知れない侵略者と戦火を交えた。

 緋の火の軍勢は、非戦闘員だろうと女子供だろうと容赦なく殺害し、領主がいなくなった村であっても火を放ち、悉くを略奪しまくった。
 そんな最中、ノニータ伯爵の村で緋の火の団員の一人が村外れの家屋に押し込んだ時の事。凶悪そうな面をした団員が、鍬を構えて家族を守ろうとする一家の家長を槍で突き刺し、無抵抗な子供と老人を殺害、逃げ惑う女を捕らえ、無理矢理犯そうとしていた。その凄惨な場面に似つかわしくない笑い声を団員は耳にする。
「!?だ、誰だッ?」
 女を押さえ付けていた団員が振り向くと、そこには不敵な笑みを浮かべるドンファンの姿があった。

ドンファン

「クックッ、クフフフフッ、西部で有名な傭兵団って聞いたから、どんなに凄い連中かと思っていたが、何の事はないネ。ヤル事は夜盗風情と変わらンのだな〜?」
 鋭い付け爪に塗られた毒液が光る。

M L

「て、てめぇ〜っ!なにもンだーッ!!」
 団員は立ち上がり、槍を手にする。が、ドンファンの動きは遙かに速い。槍を構え終えた団員が睨みを利かそうとした時、ドンファンは擦れ違い様に団員の背後を取る。僅かに首元に痛みを感じた団員が、首筋に手を当て、血を拭うと、団員の意識は遠退き、もんどり打って倒れた。
「クフフッ、良く効くだろ、俺の毒は?クックックックッ」
 助けを乞う女に微笑み掛けると、ドンファンははだけた女の太腿に毒爪を突き立てた。悲痛な短い叫びを上げ、女が倒れると、それを足でどけ、団員の亡骸に近付く。
「クフフッ、悪いなお嬢さン。俺は正義のヒーローじゃネェ〜のよ。顔を見られたからにはおネンネして貰わにゃ〜、しゃ〜あンめぇ〜?」
 独り言ととも取れる冷めた科白を吐き、ドンファンは団員の装備と装束を奪う。それ等に袖を通し、着替えたドンファンは家に火を放ち、悠然と表に出る。
「クックックッ、これで何処からど〜見ても緋の火の一員。暴れさせて貰うゼ〜ッ」

 ヨッヘンバッハ領では突然の諸候達の登場に慌てていた。所領を捨て去って来たかの様な彼等の姿に並々ならぬ不安感と危機感を読み取った。
 諸候達の話を聞いたイシュタルは急いで彼等の連れて来た私兵を纏め上げる事にした。逃げ延びて来た諸候達の私兵は総勢1500弱。自領の傭兵達凡そ300名を加えても1800名に満たない。所属不明の兵団は約二倍もの兵力。益して、寄せ集めの貴族の私兵達を完全に掌握するには時間が掛かる。しかも、町や城の城壁は全く修復が済んでいない。籠城戦さえ出来ない環境下では圧倒的に不利な状況であった。
 クーパーは周辺、特に未だ被害に晒されていない東側の諸候達に早馬を飛ばす事を提案した。今、此処に退避して来た19名の貴族達と領代イシュタルのサインを連ねた書簡を送る事で、諸候達の援軍を求めようと試みるつもりであった。僅かでも援軍が望めるのであれば、少なくとも今よりは増しになる。
 イシュタルは退避して来た貴族達と臣下を集め、手短な作戦会議を開いた。

◇イシュタル

「先日、見掛けた兵団が突然、見境ない侵略をし始めました。恐らく、彼の侵略者達は此処にも踏み入って来るでしょう。どうすれば良いか、皆さんの御意見をお聞かせ下さい」

◇クーパー

「お集まりの諸候の皆様のお話を聞きますに、侵略者共は各所領を略奪しながら攻め上がっている様子。これから考えますに、此処へ踏み入って来る迄には早くて数日、長くて二週間足らずでしょう。兎も角、早急に対処し得る方策を立て、急ぎ対応せねばなりますまい。伝令に応じ、周辺諸候が援軍を送って来るのが間に合うかどうかは正直、微妙。何とか今、此処にいる者達だけで対応し得る対策を」

ゼファ

「此処に迄やって来られると不味い事になります。城壁は酷く壊れ、町は荒れています。とても防衛戦等出来ません。何とか領内に踏み入れさせる前に打開せねば!」

◇イシュタル

「そうですね。とても籠城は出来ません。なれば土地勘を活かし、小勢力である我々の機動力をフルに使い、奇襲を以て彼等の戦意を削ぎましょう。1500名の兵を私が率いて出陣致しましょう。300弱の兵が町の防衛に。残った皆さんは、民衆に城壁の修復を指示して下さい。土嚢を積み上げる簡易的な修復で構いません。出陣した私達が戻る迄に何とか外壁だけでも出来れば有難いです」

◇クーパー

「であれば、私が指揮を執り、外壁の修復に取り掛かりましょう。簡易修復であれば土嚢を積み上げ、外壁近くの民家の建材を利用すれば何とかなりましょう」

ゼファ

「私はイシュタル殿と共に出陣致しましょう。少しでもお役に立ちたいと願っております」

ラウ

「よ〜し、俺は民衆と共に外壁修理に協力するぞ〜!」

◇ヤポン

「私がイシュタル殿に地形をお教え致します。周辺の土地であれば大体分かります」

M L

 貴族達は非戦闘員の家人達と共に領内に残り、クーパーの指示の下、外壁修復に勤しむ事になった。
 イシュタルは、ゼファ、ヤポン、百人隊長等を引き連れ、貴族達の私兵に合流し、応急措置的な編成を行い、1500名を選抜し、指示を与えた。夜半の逃亡劇で疲れている兵達に暫しの休息を与え、翌昼前に出立する旨を告げたのであった。

 始めの略奪から三日目。緋の火の軍勢は小部隊に分かれ、各村々を襲撃していた。極僅かの貴族が抵抗して来たものの、敵には非ず、略奪行をスムーズに行う為の分散化であった。
 そんな中、ドンファンは着実に仕事をこなしていた。この三日で9人の団員を殺害している。不用意に一人で略奪をしに行く者を追っては殺す、を繰り返し、最近、自信喪失気味だった自分の実力を再確認した。
 今も又、10人目のカモに成りそうな団員が、《
アモン》と表札の掛かった館に押し入ったのを見て、ドンファンはほくそ笑みながらその後を追った。
 威嚇のつもりか、団員は大声を上げながら館の奥に進み、調度品を槍で薙ぎ倒していった。表通りから見えなくなった辺りでドンファンはその凶悪な毒爪を団員に突き立てる。
「て、てめえ、裏切るつもりかーっ!?」
 藻掻き苦しむ団員を足蹴にし、ドンファンは煙草に火を付ける。ドンファンにとっては容易い殺害。一週間としない間に一個小隊分の団員が掻き消える事だろう。
「ケケケッ、俺以外にも雇われた奴がいるとは思っていたが、お前がそうか」
 物陰から何者かが姿を現す。筋肉質だが異常に痩身、肌は雪の様に白く、唇は血で染めたかの様に紅い。その眼差しは、刺客ドンファンをも凍り付かせる程に冷たく、危うい。手にする緩やかに反りの入った抜き身の剣がうっすらと光る。

ドンファン

「!!?クフフッ、俺に気取らせずにこれ程近付くとはネ。何もンだい?」

◇ラシュディール

ラシュディール、“怪鳥”って呼ばれてンよ。お前もデヴィルムっつ〜奴に雇われた口だろ?他にも雇われているンか知らンが、ま〜、お互い邪魔せず、殺ろ〜ヤ」

ドンファン

 (ラ、ラシュディールだとーッ!!?あの伝説の刺客か〜!!なンでこンな処に!?)
「クフフッ、あンたとヤり合う気は毛頭ないよ。それより、一緒に組まンかネ?」

◇ラシュディール

「ケヒヒッ、俺は仕事は一人でこなすタイプでな〜。誰とも組まンのよ。ま〜、お互い、生き残ったら酒でも呑も〜ヤ」

M L

 奥から物音がする。部屋の扉が勢い良く開き、男が現れる。齢60歳を回った程の男は厚重ねの段平を手にしている。扉の向こうには男とさして年の変わらぬ老女と若い女性が不安そうな面持ちでこちらを覗く。
「夜盗め、許さぬぞ!」
 男は段平をぶら下げ、ゆるりと歩み入る。一分の隙もない。

ドンファン

「?この家の主かい?黙って隠れていればいいもンを」

◇ダナモン

「我が名はゲルファルト・ダン・アモン。“骨断ち”のダナモン。ダンクローター男爵家剣術指南役。此度の狼藉、許してはおけぬっ!」
 抜き身の段平を引っ提げ、落ち着いた様子で構えを取る。

ドンファン

 (…こいつ、剣客か?隙がねェ〜ゼ!マズいな〜)
「クフフッ、俺とヤり合お〜ってか?死に急ぐ事になるゼ〜、ン〜?」

◇ダナモン

「下衆めっ!お主の方こそ覚悟せいっ!!」

◇ラシュディール

「ケヒヒッ、面白そ〜だネ〜。いいゼ〜、俺が相手してヤるよ。お前は下がって見ていなよ!ケケケッ」

M L

「ゆくぞっ!ハイッ、ハイッ、ハーッ!!」
 ダナモンの鋭い切っ先が翻る。ラシュディールは退きながら切っ先を躱す。
「ケーッケッケッケーッ!」
 ラシュディールの素早い反撃。小さな軌跡でダナモンを襲う。が、ダナモンは手首を返して段平で弾く。
「ぬるいわッ!トアーッッッ!!」
 ダナモンの凄まじい斬り返しがラシュディールの胸元の服を裂く。後退ったラシュディールが僅かにバランスを崩す。
「獲ったァーッ!でぇぇぇーいっっっ!!」
 ダナモンの渾身の一撃がラシュディールを襲う。ラシュディールの敗北を誰もが予感した。しかし、そこにラシュディールの姿はない。ダナモンの一撃は床を粉砕してはいたが、返り血処か掠った気配さえない。
「………此処だァーッッッ!!!」
 ダナモンは段平を自分の足下に突き立てる。深々と床を貫く…が。
「ケーッケッケッケーッ、はずれーッ!!」
 突然、天井からラシュディールが飛び降りてくる。逆手に持った剣がダナモンを襲う。ダナモンは振り返り様に見上げ、段平を振り上げる。
 一瞬の交錯。音もなく床に着地するラシュディール。段平を大きく振り上げたダナモン。暫しの沈黙。ダナモンの首筋に一筋の赤い糸。
「…つ、妻と娘だけは…見逃してくれ………ゴフッ!」
 両膝を床に付き、大量の血塊を吐き出す。ダナモンの苦悶の表情を見て、嬉々とした面持ちで切っ先を胸に突き立てるラシュディール。扉の奥から悲痛な叫びを上げる二人の女達。
 滑る様に奥の部屋に向かったラシュディールは、何の躊躇も感傷もなく、ダナモンの妻と娘を屠る。

◇ラシュディール

「ケヒヒッ、敗北は常に悲惨なもンなンだゼ〜。さ〜て、俺はお先に失礼するゼ〜。火でも放っておいてくれな〜。チャオッ」

ドンファン

 (こいつ、本当にすげぇーな!ヤり合わなくて良かったゼ)
「クフフッ、ああ、気を付けてな〜。又、会お〜ゼ」

M L

 ドンファンは慣れた体で館に火を放ち、裏口から脱出する。背後に燃え盛る館を見据え、ほくそ笑みつつ足早に離れたのであった。

 ヨッヘンバッハ領を出立したイシュタルの貴族混成軍は丘陵地帯に隠れる様に陣を敷き、偵察の兵を出して所属不明の兵団の様子を窺っていた。
 敵兵団は小部隊で散開しつつ、広範囲に亘って略奪行為をしていた為、状況把握にかなりの時間を費やしてしまったが、イシュタルはある程度の事態を呑み込み、混成軍首脳に話した。

◇イシュタル

「どうやら敵兵団は中隊程度の部隊毎に分かれ、各村々を襲っている様です。偵察の話を総合するに、彼等の正体は“緋の火”と呼ばれる戦争集団である可能性が高いものと思われます」

ゼファ

「緋の火?一体、何者なんですか、その者達は?」

◇イシュタル

「西部戦線で有名な傭兵団です。猛将“紅紅”のアモルシャット率いる武装集団で長年の西部での活躍から練度、装備、士気等何れを取っても一流の戦争屋と云えます。『グラナダの乱』の際、ドーベルム元帥に挨拶にやって来たのは確認済みですが、何故、この北方辺境に東からやって来たのかは見当も付きません。兎も角、敵に回したら相当、厄介な相手と云えます」

ゼファ

「その様な連中を敵にして劣勢の我等は如何にして戦えば良いのでしょうか?」

◇イシュタル

「はい、通常であれば彼等程のプロ集団を相手に貴族達の混成軍では歯が立ちませんが、一つだけ運が良いと云えば西部戦線で名うての傭兵団である、と云う事が上げられましょう」

ゼファ

「…どう云う事でしょうか、イシュタル殿?」

◇イシュタル

「私が貴族混成軍の指揮を執っている事を流布し、彼等に悟らせる様に仕向けるのです。私は西部第18次大攻勢の際、帝国側の総代軍師を務めた事があります。彼等は私を知っていますし、信頼も勝ち得ております。彼等は戦争のプロである為、私が敵側に居る事を知っても戦を止める様な方々ではありませんが、恐らくはその用兵に変化が生じる筈です。その機微を見逃さず、不意を突く形で計略を仕掛け、彼等の士気を削ぐ様、尽力致しましょう。そうすれば勝機を掴む事が出来るやも知れません」

ゼファ

「具体的にはどうすれば良いのでしょうか?」

◇イシュタル

「混成軍各々200を一隊とし、百人隊長セルヴンテス、グライスター、ボルトハイ、トーガ、ディスタロム、そしてゼファ殿とヤポン殿にも指揮をお願い致します。私は残る100名を率います。ゼファ殿とヤポン殿、私の部隊で遊撃と計略を施します。百人隊長各位の1000名を主力とし、陣立てを繰り返し移動しながら敵主力の目を逸らし、我等遊撃部隊500名で敵小部隊を駆逐し、敵戦力を削りましょう」

ゼファ

「分かりました。それでは早速準備に取り掛かりましょう」

M L

 略奪行に従事し、既に一週間が過ぎた。北方辺境域東部には規模の大きな集落が少ない為、部隊の分割化と広域に亘る作業の手間が嵩み、思った程の収穫を得る事が出来ない上、無闇な時間経過に悩まされていた。如何に緋の火が優れた戦争集団であっても、慣れない土地での戦争成らざる仕事には、その能力を発揮出来ないでいた。又、散発的に起こる小諸候や民衆の抵抗は思いの外、部隊の士気を低下させていた。長年に亘る諸候達の支配とその環境は、如何に強い軍隊での強攻策を以てしても一筋縄ではいかない事に気付き始めていた。文官の一人や二人を同行させるべきであった事をライゾーは悔やんでいた。
 そんな折、傷まみれの団員が駆け込んで来た。南方の略奪行に向かわせていた中隊の一員であるその団員は、部隊の全滅を告げると共に恐るべき敵勢を告げた。

◇アモルシャット

「なぁにィ〜!?中隊全滅だと〜!巫山戯るなーッ!!こンな田舎の骨無し貴族共相手に俺の精鋭がヤられる筈ネェ〜だろ〜がぁぁぁ?なンかの間違いだろっ、アーッッッ?」

◇フェイドック

「いえ、間違いではなさそうです。逃げ延びて来た者に話を聞けば、どうやら貴族共の総指揮には、あのイシュタルが就いているそうです」

◇エルデライク

「イ、イシュタル!?あの若き天才軍師が貴族達の指揮を執っているのか!」

ライゾー

「イシュタル?其奴を知っているのか、エルデライク?」

◇アモルシャット

「ライゾーよ、俺達西部傭兵等がイシュタルの名を知らね〜訳ネェ〜よ。あいつは西部第18次大攻勢の大逆転劇の立役者だゼ。未だ若い癖に落ち着いた物腰で、見た目からは想像も付かね〜策を打ち立てやがる。所謂、戦の天才って奴だな〜」

ライゾー

「そんな奴がいたとはっ!どーする、勝てるかアモルシャット?」

◇アモルシャット

「ケッ、しゃ〜ねぇ〜な。あいつが敵に回っちまったら無傷じゃ済まね〜が、此処迄来ちまったらヤるしかネェ〜だろ〜?だいじょぶだゼ、あいつは戦の天才だが、俺様は戦の大天才なンだゼ〜!!!なぁ〜、フェイドック?」

◇フェイドック

「そうですな、イシュタルが敵となっては最早、余裕等ありませぬ。広範囲に散らした部隊を集結し、大隊単位での用兵に切り替えます。地形的に考えてガーベラム殿の装甲騎兵は展開し辛いので敵主力との戦闘に集中して貰い、略奪行からは外れて貰いましょう。偵察隊を我等本隊の周囲10マイル迄に絞り込み、我が陣営の主力を明らかにし、陣形を組みましょう」

◇エルデライク

「大隊長の下、指揮を一本化した方で良いでしょう。イシュタルの計略は神懸かり的。無闇に各員が反応してしまえば、済し崩し的に戦力を失い兼ねません」

◇ガーベラム

「本隊の指揮の締め付けが出来てりゃ、おいそれと計略には引っ掛からンわな!奴の計略が発揮される前に俺等装甲騎兵で敵主力をブチ壊してヤるゼッ!!」

ライゾー

「頼んだぞお前等っ!俺達の武威を北部に刻み、恐怖をくれてやろうぞっ!!」

M L

 緋の火の各部隊に集結する旨が伝えられた。ドンファンは小隊を渡り歩き、団員の殺害を繰り返していた。既に数十名を屠っており、ドンファンの意気も昂揚していた。部隊の集結を聞き、決戦が近い事を知るといよいよ大物の始末を考え始めた。
 エンダーヴェナス伯爵領近くを流れるラート川の河原付近に終結した緋の火の部隊は二個大隊。大隊長ウェノラとアンガーゾランは本隊からの指示に従い、この河原に野営地を設置し、簡易橋梁を建設した。
 見晴らしの良い河原に築いた野営地は、敵勢の発見をし易く、部隊の展開にも幅が持たせられる。貴族達が終結しつつある事態を鑑みての行動であり、緋の火は幾つかのこうした野営地を築き始めていた。
 ドンファンは団員殺害を控えていた。集落での個人活動がなくなってしまった為、今迄の様な殺害が出来ずにいた。尤も、大物の殺害を目論んでいたドンファンに取っては部隊に馴染み、貴族軍との対峙を待っていた。
 伝令が訪れたのは二日目の昼前。此処から南東に8マイル程、マフェイ男爵領近くの草地で二個大隊が貴族軍の襲撃を受けた、と報告が入った。ウェノラは待機し、次なる報告を待つよう提案したが、アンガーゾランは救援に向かうと云って聞かず、アンガーゾランの大隊は南東に向かって出立した。
 ドンファンは居残ったウェノラの大隊の中にいた。伝令の内容を少しでも早く知ろうとドンファンはウェノラの側にいた。
 昼過ぎ、突然河原近くの森から矢が射られる。ウェノラは矢の射程外に逃れる為、大隊を川近く迄退き、森からの攻撃に備える。しかし、驚く事に川を埋め尽くす程の筏が流れ下って来ると、その筏に乗った多くの兵達が矢を射掛けて来た。
 慌てたウェノラは川近くから退くものの、森から現れた軍勢に背後を突かれ、隊列は分断された。この機を見逃さなかったドンファンは、背後からウェノラに毒爪を突き立て、自らは全速力で戦場から逃れた。
 走り去るドンファンは、緋の火の部隊が全滅する姿を確認し、アンガーゾランの部隊へ向かった。

 焼け打ち壊された村を臨む小街道に訪れた第27北方辺境軍団は情報収集に乗り出す事にした。辺境域東部に入り、多くの戦禍を目の当たりにしていた辺境軍団は慎重な行軍を執っていた。

◇シシリア

「どうやら略奪行為がなされている様です。しかも、かなりの規模に亘るものでその損害は甚大なものと想像出来ます」

ジョルジュ

「巡察だけでは済まなくなりそうだな。略奪行為をしている者達を特定出来てはいるのか?」

◇シシリア

「はい、緋の火と呼ばれる傭兵団の様です。他にも輝星と云う傭兵団も加わっている様です。首謀者はライゾー・ダテと云う東方に所領を持つ者だそうです」

ジョルジュ

「ライゾー?知らんな。只、緋の火は知っている。西部で著名な傭兵団だな。俺が西部に行った時にはおらんかったが、西部戦線の情報分析をしていた時にその存在は聞き知っている。西部に行った時、何処ぞに雇われる為に立ち去ったと聞き、グラナダの乱の際に元帥の下に挨拶をしに来たのを確認してはいるが、まさか東方に行っていたとは」

◇シシリア

「西部で著名であるとすれば、かなりの剛の者。戦火を開けば損害がでましょう」

ジョルジュ

「略奪をして暴れる傭兵団を放ってはおけまい?大丈夫だ、戦力的に辺境軍団を集中すれば負ける事は先ずない。そもそも、西部傭兵で俺が一目置くのは竜騎兵戦術“竜陣”の考案者グラムの率いる『竜騎兵』と辺境伯“力押し”のクナスト率いる帝国最大の傭兵商社『剣山』のみ。緋の火は戦力を増強させた際にそのまま軍団の構成に移行出来る強みを持っていると聞くが、一諸候に仕えている限りは不可能」

◇アイゼルボーン

「しかし、兵力増強を計っていないとすれば彼等が最も活動し易い事を意味しています。地形を活用した奇襲作戦等を執られた場合、まともな街道もなく、起伏に富んだこの辺りでの軍団行動は逆に不利になり兼ねませんぞ」

ジョルジュ

「成る程、確かに云う通りだ。ならば、連隊毎に分散させるか?」

◇ハースゼーベール

「いえ、それは止めた方が宜しいかと思います。合戦を想定するのであれば連隊毎での用兵が肝要ですが、先ずは風評作りが重要だと思います。ですから、軍団としての行軍こそが大切。周辺諸候への影響を考えるに重厚なる進軍が宜しかろうと存知上げます」

◇パックロック

「しかし、西部傭兵は総じて自信家。尚も挑戦的。雰囲気作りが有効に効くとは思えません。実際の戦闘を意識して作戦を考慮しておく方が良いでしょう」

◇エイリン

「遭遇戦への考慮は然るべきですが、前段階としてはハースゼーベール殿の意見に賛成です」

◇ガプロット

「俺は戦を覚悟した方がいいと思う。傭兵共は血の気が多い。いくら優秀な奴等でも戦争好きには代わり在るまい?まして、緋の火の連中は猛将アモルシャットが率いているんだ。戦火を交えず退く様な連中じゃない」

ジョルジュ

「成る程。カーロスはどう思う?」

◇メイファー

「私のような者が意見をするのは大変失礼ですが、閣下の威光を示されるのであれば緩やかな行軍こそが宜しいかと存じ上げます」

ジョルジュ

「…分かった。自然体、あくまでも自然に振る舞う。戦等素知らぬ振り、緩やかに巡察を続ける様に、緋の火等相手にせぬ程に仰々しく気高く行軍すべし!帝国正規軍は傭兵如きに心を惑わされはせぬ。世界最強の帝国軍の武威こそで威圧するっ!」

◇シシリア

「分かりました。遭遇戦と指揮系統の戦闘プログラムの履行、非常警戒レベルの引き上げ、偵察の要確認を行う以外は普段通りの視察行軍を行います」

M L

 戦力集結による引き締めを行った緋の火であったが、その一角を担う大隊の全滅を聞いたアモルシャットは怒りを露わにしていた。

◇アモルシャット

「あっっったま来たゼーッッッ!大隊長共にはあれ程、指示ある迄動くな、って云ったろ〜がッ!イシュタルの軍略をナめてヤがるのか?それとも、俺様をナめてヤがるのかっ?」

◇フェイドック

「やはり、完全集結するしかないかもしれませんな。イシュタル相手では大隊長達では手に負えない様です。貴族共の弱兵を率いて尚、あの機略。我等が機先を制さねば、次々と戦力を削がれ兼ねません」

ライゾー

「どーするんだ?神出鬼没の貴族軍を相手に先手を取る事等出来るものか?」

◇アモルシャット

「あ〜、簡単だゼッ!イシュタルの貴族軍の本拠地を襲えばいい。あいつは元々、軍師なンだゼッ!それが自ら兵を率いて来てるって事は本拠地に大将が居残ってる、って事を意味すンゼッ。なら、本拠地を叩けば自ずとイシュタルの遊軍を引きずり出す事が出来る、って訳だっ!敵が見えれば俺達が遅れを取る事はねェ〜よ」

◇フェイドック

「なればやはり、ヨッヘンバッハ領でしょうな。グラナダの折にイシュタルはヨヘンバッハ男爵の麾下にあると聞きました。同じ名であるとすれば、公爵と男爵は親類か何かでしょう。軍師が貸し出されている可能性を鑑み、ヨッヘンバッハ領に攻め入るのが一番でしょうな」

◇エルデライク

「いいのですか?盆地にある彼の領土を攻略するには、我等が襲った領民達を誘導し、混乱させてからのが確実。今、襲えば反撃を覚悟せねば」

ライゾー

「だが、このまま後手後手に回れば、無闇に戦力が削がれる。ならば、攻めた方がいいだろう。畏れるのは我等ではなく、奴等の方だッ!」

◇アモルシャット

「よっしゃ!そーと決まれば速攻だゼッ!奴等に緋の火の恐ろしさを思い知らせてヤろうゼッ!!」

M L

 故郷へとやって来たジナモンは絶句していた。村が焼け野原になっていたのだ。呆気に取られるラファイアを置いて、ジナモンは生家を探した。
 燃えカスと化した生家の瓦礫をどかし、必死に中を探す。追って来たラファイアも手を貸す。半日近く掛かって瓦礫をどかした二人の目に焼け焦げた三体の遺体が飛び込んで来た。
 ジナモンはガックリと膝を付き、力を失っていた。

◇ラファイア

「…まさかとは思うがマーストリッヒャー…親族なのか…」

ジナモン

「…ああ、親父、お袋、それに妹だ…間違いない…」

◇ラファイア

「…この有様…一体何があったと云うのだ!?夜盗の仕業か?しかし、村をこれ程迄に破壊し尽くすとは!まるで、戦争でもあったかの様だ」

ジナモン

「…ああ、巻き込まれたのかも知れない。惨過ぎる、クソッ!!!」

◇ラファイア

 焼死した遺骸を調べ、ハッと気付く。
「!?刀傷だっ!!男性の、親父さんの遺体に刀傷がある。こっちもだっ!皆、刀傷がある。しかもこれは致命傷に至るものだ。火を放たれる前に何者かと争った可能性がかなり高いぞっ!」

ジナモン

「!?そんな馬鹿なっ?親父はダンクローター男爵家剣術指南役だったんだ。いくら老いたとはいえ、そんじょそこらの連中に遅れを取る事等あろう筈がないっ!」

◇ラファイア

「だとしたら相手が悪かったのだろう…刀傷は頸と胸の二箇所。共に致命傷だ。実力差がなければ、もっと多くの傷があって然るべきだ」

ジナモン

「クッソーッ!許せんッ!!親父が戦って負けたのであれば仕方ない。だが、無抵抗なお袋と妹に迄手を掛けるとはッ!非道な畜生を放ってはおけんッ!!!」

◇ラファイア

「気持ちは分かる。だが、何故この様に村が破壊されたのかの調査と状況把握こそが先決だ。そうすれば自ずと仇も分かる筈。気を落とすより、調査に力を注ぎ、気力をを保つのが肝要だ!」

ジナモン

「…ああ、分かってる。絶対に突き止めてヤるッ!!!」

M L

 緋の火の行動は早かった。速やかに集結をしたかと思うと徐に南東に進軍を開始した。その進軍は明らかにヨッヘンバッハ領に向けられていた。山間に潜伏していたイシュタルの遊軍も即、行軍を開始した。

ゼファ

「敵勢はヨッヘンバッハ領を目指している。これは不味いのでは?」

◇イシュタル

「流石に敵将アモルシャットは勘が鋭い。地の利が我等にあると悟り、要所の攻略に切り替えたのでしょう」

ゼファ

「どうするのです?街道を使った敵勢の進軍のが我々より早くヨッヘンバッハ領に到着するでしょう。殆ど守備隊のいない町があれ程の軍勢の手に掛かれば、あっと云う間に落とされてしまいますよ。何か策でもあるのですか?」

◇イシュタル

「残念ながら彼等より先に町に入る事は不可能。町の対応はクーパー殿の手腕に任せる他ありません。ですが、敵勢は町にどれ程の守備兵力があるかを知りません。故に我等は百人隊長等と合流し、敵後方からの攻撃と威嚇を行いましょう。籠城戦には時間が掛かるものです。ですから、我等が後方から攻撃すると挟撃の様な形になるのです。彼等は籠城戦に突入する前に必ず後顧の憂いを排除すべく我等に戦を仕掛けて来る筈です。それを上手く誘導しながら敵勢を動かし、我等が先に町に入るのです」

ゼファ

「上手く行くのですか?被害から立ち直っていない町に仮に先に入ったとしても防衛出来るのでしょうか?」

◇イシュタル

「その時こそ、クーパー殿の打った伝令が役立つ時です。諸候達が自衛の為に軍を集結させれば、その実力とは無関係に事態は展開し得るでしょう。その時こそが我等が反撃の機会なのです。兎も角、敵勢の意識をあらゆるものに散らし、明確な目的を与えない様にしなくては」

M L

 緋の火の進軍は早かった。ヨッヘンバッハ領に近付くと陣形を密集させたまま丘陵地帯に侵入し、早々に野営地を築き、陣立てと物見を置いた。
 イシュタルは山間を進み、伝令を交わしながら百人隊長等の率いる混成軍の主力と合流を果たした。合流したとはいえ、緋の火の軍勢は自軍の二倍を上回る為、潜伏せざる負えなかった。
 高台に陣を築いた緋の火では戦闘準備を開始していた。

◇フェイドック

「流石にイシュタル。我等がこれ程、大胆な行軍を行ってみせたと云うのに全く食いついて来ないとは。物見にも斥候にも引っ掛からないですしな。ですが、これで明らかになりました。イシュタルの率いる遊軍では我等と正面決戦は出来ないと云う事でしょう。つまり、姿を現したが最後、奴等に勝利はない」

◇アモルシャット

「ああ、だが、奴等、確実に近くにいるゼ〜。必死に息を潜めて俺等の様子を窺っているのがヒシヒシと感じるゼ〜。この緊張感が堪らンな〜?ワーッハッハッハーッ」

◇エルデライク

「で、どうします?盆地を攻略する素振りを見せて、イシュタルの遊軍を誘き出しましょうか?」

◇アモルシャット

「いンや〜、イシュタル相手に策なンぞ通用しねェ〜よ。だから、本気で攻略すンゼッ!だが、攻略には俺等緋の火が当たる。ガーベラムは此処で待機だゼ」

◇ガーベラム

「あ〜っ!?なンで俺等が待機なンだよっ!アホか〜?俺等が攻略すンゼッ!!」

◇アモルシャット

「バ〜カッ!俺等が本気で動いたらイシュタルも動くンだよっ!こっちに来るにゃ、必ず街道か草地の低地を通らにゃならンだろ〜がッ?あいつ等が姿を見せたら、こっから一気にお前等装甲騎兵で突撃出来んだろっ?一番、効果的だろ〜がッ?」

◇ガーベラム

「あ〜っ!な〜る程なっ!分かったゼッ、奴等が見えたら駆逐すりゃいいンだナ?」

M L

 緋の火の幹部の処へ物見からの伝令が駆け寄って来た。北西と北で狼煙が上がっているのを発見したのであった。

◇フェイドック

「?狼煙?一体これは?何を意味する狼煙だ?…起伏に富んだこの土地ならではのサインか?だとしたら、何のサインを送ったと云うのだっ?」

ライゾー

「フェイドック、お前程の軍師でもあれが何か分からんのか?」

◇アモルシャット

「…な〜ンか引っ掛かるな〜。何故、今此処で狼煙なンだ?あンなもの上げたら、てめぇ〜等が近くにいる事を俺等に教えてヤる様なもンだゼ?俺等を挟撃でもする合図か?集結の合図か?それとも只のハッタリか?」

◇フェイドック

「ど〜します?アレの意味を探るか、或いは見守るか。それとも無視して攻略するか?何れにしても機先は我等にある。選択は自由」

ライゾー

「俺達の作戦はもう決まっているんだ。それを決行するのはいつでも出来る。暫く様子を見ても問題ない筈。一日二日経って何もなければ、あの意味を探る迄もない!」

◇アモルシャット

「…ああ、ま〜、おめぇ〜が云うならそ〜すっか。イシュタルがど〜仕掛けて来ても俺達の行動は変わンねェ〜しな〜」

M L

 一方、イシュタル率いる混成軍の方では。

ゼファ

「この狼煙は何の合図なんです?我等の位置を敵勢に晒してしまうのでは?」

◇イシュタル

「…特に意味はありません」

ゼファ

「何ですって?意味もないのにこの様な危険な事をなさったのですか?」

◇イシュタル

「いえ、特別な効果を狙ったものではない、と云う事です。敵勢と盆地にいるクーパー殿に我等が近くにいる、と云う事を伝えたかったのです。これは又、周辺諸候の派遣した軍にも見えれば良く、兎も角、此処に何かある事を知らせられれば良いのです。付け加えれば、敵緋の火には優秀な軍師がおります。この狼煙を深読みしてくれれば、彼等の行動は遅くなりましょう」

ゼファ

「ですが、時間を稼いで何かあるのですか?」

◇イシュタル

「周辺貴族の派兵部隊の接近や町の外壁修理が進めば、それだけでも有効です。又、戦が長引けば、遠方から遠征して来ている彼等の不利になります。時間経過は如何に優れた軍隊であっても士気の低下に繋がりますから」

ゼファ

「では、これからどうするのですか?」

◇イシュタル

「時、場所を変えて狼煙を上げます。時には定期的に、時には不定期に狼煙を上げ続け、あたかも意味のあるものに見せるのです。敵を惑わせるのです」

M L

 二日が経過した。緋の火では、度々上がる狼煙に首を捻っていた。真意を掴み損ねており、中にはイラつく者も出始めていた。そんな最中、盆地の町からも一度だけではあるが狼煙が上がった。アモルシャットは狼煙に然したる意味はないものと踏んでいたが、こうなるといよいよ迷いが生じ始めていた。
 夜半近くに緋の火の幹部は再び協議した。

◇アモルシャット

「ど〜も、解せねェ〜な。あの狼煙、ありゃ何だ?どーしてイシュタルはあンなに狼煙を上げるンだ?盆地からも単発、上げやがって!どーなってヤがる?俺はハッタリだと踏ンでたンだがな〜。こ〜なっと分からネェ〜ゼッ!」

◇フェイドック

「ハッタリかどうか試してみましょうか?明日、こちらも狼煙を上げてみるんです。何の意味もなければ、彼等の反応に変化がある筈。その反応次第で作戦を決行するかどうか決めれば宜しいでしょう。無闇に時を過ごしては士気に関わりますからな」

ライゾー

「よしっ!明日、朝一番に狼煙を上げて反応を見よう。何もなければ昼に攻略を仕掛けるぞっ!!」

M L

 幹部の下に斥候に出ていた者が慌てた様子で駆け込んで来た。息を切らした斥候は気も漫ろに報告した。
 街道を夥しい数の軍勢がこちらに向かって行軍して来たのを確認したと云う。揃いの鎧を纏ったその軍勢の旗頭には辺境軍団を示す紋が施され、ゆっくりと確実にこちらに向かって来ているとの事であった。

◇エルデライク

「!?…辺境軍団だって…?確か、前任者から赴任先がグラナダになった筈?何故、こんな離れた辺境域東部に現れるんだ!?貴族達が救援の早馬を飛ばしたにしても、軍団がやって来るのには早過ぎる!!」

◇アモルシャット

「軍団?軍団だとっ!?一個や二個連隊じゃなく、軍団がヤッて来たンか!?どーなッてヤがるンだッ?そりゃー、反則だゼッ!!」

◇フェイドック

「どうします?我々の略奪行を犯罪として問われると処罰の対象となります。と云うより戦になります。爵位を買っているとはいえ、我等の兵力は明らかに保有制限過多。貴族間の抗争とは取ってくれますまい」

ライゾー

「クソ〜ッ!退くしかないのか〜」

◇アモルシャット

「い〜や、もし、おめぇが逆賊になっても覇者を目指してぇ〜、ってンならヤり合ってもいいンだゼ〜?正直、一個や二個連隊なら兎も角、軍団相手となると死を覚悟せにゃいかねェ〜が、おめぇにそれだけの気概があンなら、付き合ってやンゼッ!!」

ライゾー

「!?………未だ早いか…東で領土拡大を断念した意味がなくなってしまう。此処は潔く退こう」

◇アモルシャット

「ああっ、見事な決断だゼッ!今回の略奪程度じゃ〜、遠征費で相当足出ちまうが、な〜に、東で燻っているよりは実戦演習出来たと思えば安いもンだゼッ!なぁ〜?」

◇フェイドック

「そうです。負けた訳ではありません。イシュタルと云う世界に名だたる三大軍師を敵に回し、戦って来たのです。勘を取り戻すには十分でした。亡くなった者達に祈りを捧げ、今後の糧に致しましょうぞ」

ライゾー

「…悪かった、俺の見込が甘かった。許してくれっ」

◇ガーベラム

「おーいっ!感傷に浸ってる場合じゃねぇ〜ぞーッ!これから長ぇ〜撤退戦に突入するンだゼ〜。辺境軍団とイシュタル相手の撤退戦だゼッ!?簡単にゃ〜、済まンゼッ」

◇アモルシャット

「ンな事ぁ〜分かってンゼッ!明日夜、闇に紛れて丘陵沿いに東に移動して一気に退却すンゼ。ガーベラムッ、てめぇ〜しンがり務めろヤッ!!」

◇ガーベラム

「ケッ、嫌な仕事は全部俺だなァ〜?ま〜、いいゼ!俺等しか務まらンだろ〜からなッ。安心しろヤ!」

◇フェイドック

「辺境軍団の新任者はマゼランやストレイトスと違い、元々正規軍にいたエリートの軍務経験者。元帥府で参謀を務めていた男です。正直、どの様な用兵をするか想像もつきません。益して、イシュタルを呑み込み、その軍略を乗せて来た場合、余りにも危険な撤退戦になり兼ねません。十分御注意をっ!」

M L

 東で多くの狼煙を確認した辺境軍団は緩やかに進路を東に執った。間もなく、貴族自衛軍代表としてイシュタルの名を記した書簡を伝令が届けて来た。

◇シシリア

「イシュタル殿が貴族達の私兵を纏め上げて略奪軍と対峙している様です。どうなさいますか?合流し、共同戦線を張りますか?」

ジョルジュ

「うむ。だが、合流する前に敵にも味方にも新生辺境軍団の精強さをアピールしてやろう。鋒矢の陣形で一気に敵陣に接近し、数万の弓矢を一斉射撃した後、一気に退き、貴族自衛軍と合流する」

◇シシリア

「!?ですが、情報では敵陣は丘陵地帯の高台にあるとの事。私達の行軍を見て反応する筈ですが?」

ジョルジュ

「何の為に新たな合成弓を持たせたと思っている?今回、考案して持たせた新作の合成弓は帝国で最長有効射程距離を誇る、俺の自信作だ。射程外と思わせる程の距離から数万本を射掛ければ、如何な強精な傭兵達とて鼻白む事間違いない」

◇シシリア

「分かりました。その性能を測る上でも見事、成功させましょう」

M L

 緋の火に伝令が駆け込む。ゆっくりと進軍して来た辺境軍団が突然、歩を早めたとの事であった。確認の為、物見に訊ねると、まるで突撃でもしてくるかの様な勢いで迫って来たのであった。

◇フェイドック

「なんて事だッ!?我等が集結しているのを貴族共から聞いていたのか?一気に殲滅するつもりか!?信じられん!帝国軍団中最弱の北方辺境軍団がッ!?」

◇ガーベラム

「突撃だとォ〜!?参謀上がりの軍団長が執るとは思えネェーッ!!どーなってンだッ!?」

◇アモルシャット

「最悪、盆地を突っ切って東に抜ける事を考えなきゃ〜なンめェ〜!あンな進軍されたら丘陵沿いを抜けるンじゃ、間に合わネェーよっ!盆地を突っ切って町の側を駆け抜け、ショートカットせにゃ〜なッ!!」

M L

 辺境軍団の突然の進軍速度の変化を聞いたイシュタルは、貴族混成軍に出立の指示を下した。

ゼファ

「どうしたのです、イシュタル殿?突然、出立なさるとは!?辺境軍団の動きに呼応なさるおつもりですか?しかし、我々の兵力は敵勢より遙かに劣ります。突出してしまえば危険ですぞ!」

◇イシュタル

「新軍団長閣下の用兵は大胆にして劇的。これを知らない敵勢には少なからずの動揺が走っている筈。なれば、同調する事で敵に更なる動揺を与え、盆地に分け入る機会を狙うのです」

M L

 緋の火の陣の北の森林地帯から突然、軍が現れた。イシュタルの率いる貴族混成軍であった。イシュタルの軍は緋の火の陣を目指すのではなく、東側の丘陵地帯を目指して進軍した。
 規模としては半分に満たない程度の貴族混成軍であったが、東の退路と決めていた丘陵地帯への進軍により、緋の火が目論む盆地越しの退却は不可能になった。貴族混成軍が如何に弱兵で寡兵とはいえ、迫り来る辺境軍団を背後にし、森林や丘陵地帯での戦闘は長引き、予想し難い。アモルシャットはライゾーに判断を仰がずに独断で陣の引き払いと丘陵地帯を下り、街道に出る指示を下した。
 危険な駆け引きであった。盆地東側の丘陵地帯の退路を貴族混成軍に断たれたと判断したアモルシャットは、街道に降りて一気に東へと駆け抜ける作戦に移行したのである。迫り来る辺境軍団ではあるが、寡兵である緋の火の機動力であれば振り切れると判断したのだ。
 丘陵を下り、街道に出た緋の火と迫り来る辺境軍団の距離は十分にあった。しかし、予想もしていなかった遠距離射撃が緋の火を、しんがりを務める輝星を襲った。無数に襲い掛かる矢弾の雨霰は、風を切り裂く恐ろしい演奏を奏で装甲騎兵の悉くを貫いた。
 アモルシャットは陣形無視で街道を東に突っ走った。立ち止まる事も、新たな命を下す事もせず、只々、退却した。凄まじい撤退振りに高台に陣取ったイシュタルでさえも何の命も下す事が出来なかった。

 緋の火の姿がすっかりと東に消えた頃、イシュタルは盆地に入った。同じく、盆地に程近い街道沿いに野営地を築いた辺境軍団からアルマージョ公が町に訪れた。
 町に居残っていた貴族等がイシュタルとアルマージョを出迎えた。援軍要請に応えてやって来ていた貴族軍も居り、戦勝ムードが漂っていた。

◇クーパー

「いや〜、お見事でしたイシュタル殿。至る処で狼煙が上がった時にはどうなる事かと思いましたが、健在の証なのではと思い、こちらでも上げさせて貰いました。ご無事で何よりですな!」

◇イシュタル

「いえいえ、これも御協力下さった諸候の皆様のおかげです。それに辺境軍団の皆様が来て下さらなかったら、どうなっていたか分かりません。本当に有難う御座います、軍団長閣下」

ジョルジュ

「私が来たのはたまたまだ。辺境巡察を行っている最中、戦禍に苛まれた村を見つけ、只ならぬ事態が巻き起こっていると思い、偵察を強化したのだ。間に合って良かったよ。
 それより、領主ヨッヘンバッハの姿が見えないが、如何致した?」

◇イシュタル

「…ヨッヘンバッハ様は公爵位購入の為、帝都に出向いており、未だお戻りになっておりません」

ジョルジュ

「…それは難儀な事だな。良い臣下を持った様だなヨッヘンバッハは。でだ、今回のこの戦禍により辺境域東部の被害は甚大だ。直ぐに復興とは行かぬだろう?私は帝国北方大貴族連盟を発足させておる。被害にあった諸候は勿論、相互協力を目指しておる故、集まっておる貴族達と話をするつもりだ。又、村を焼かれた村民等には無償で土地を与え、支援するつもりだ。辺境域西部には土地が余っているので、少しでも協力したい。ヨッヘンバッハが戻ったらこれらの事を伝えておいてくれ給え」

◇イシュタル

「はい、必ずお伝え致します。この度は本当に有難う御座いました」

M L

 アルマージョが貴族達と話をしている最中、ゼファはイシュタルに話掛けた。

ゼファ

「イシュタル殿、あの軍団長閣下も公爵なのですか?」

◇イシュタル

「?ええ、僅か数ヶ月で封爵、軍団長になられた御方です」

ゼファ

「大変失礼なのですが、我が師が云っていた公爵とは彼の事かも知れません。ヨッヘンバッハ殿が帝都へ出仕している理由と云うのが公爵位購入の為であれば、師が指す公爵には当てはまらないのです。それに師の示した人物の特徴に彼が当てはまる。もしかしたら、私は勘違いをしていたのかもしれません」

◇イシュタル

「…然様ですか…ですが、もう暫くしたらヨッヘンバッハ様もお帰りになると思います。是非、一度お会いになって下さいませ。軍団長閣下に負けず劣らず、素晴らしい御方ですから」

ゼファ

「ええ、勿論ですとも。お世話になりましたし、イシュタル殿がお仕えする程の方なのですから、こちらこそ是非、お会いしたいと願っております」

M L

 東方とも北方ともつかぬ辺境迄一気に退却した緋の火の中にドンファンの姿があった。ドンファンは怒っていた。巻き込まれたとはいえ、強行軍でこんな田舎迄連れて来られてしまった上、あっさりと退却してしまった為、仕事は不成功になってしまった。何の為に神経を磨り減らし、大勢の者を殺害したのか意味が分からない。こうなってしまったのは、全て不甲斐ない指導者ライゾーのせいだと考えていた。
 いつしかドンファンの歪んだ復讐心はライゾーに向けられ、ライゾーの殺害を目論む様になっていた。ライゾーに近付く為にその一挙一動を観察し、ライゾーが一人部隊から離れるのを待っていた。
 その機会は意外と早くに訪れた。名も知らぬ河に差し掛かった時、部隊は小休止し、夜半にライゾー一人が水浴びをしにいったのだ。ドンファンはそれを見逃さず、後を追った。
 水浴びをするライゾーの後を追ったドンファンは木陰から機会を窺う。一瞬、ライゾーの肌が金属の様な光沢を帯びた。錯覚か?
 無防備に背を晒すライゾーにドンファンは近付く。

ライゾー

 振り向く事なく、水浴びを続けながら、
「何の様だ?気付かんとでも思ったか、鼠?」

ドンファン

「!?クックックッ、流石に武芸者だけはあるネ〜、気付いててわざわざ一人になるとはネェ〜。恐れ入ったゼッ!」
 付け爪にたっぷりと猛毒を浸す。

ライゾー

「雇われに来た訳ではなさそうだな?ヤり合うのであれば止めておけ。鼠如き、俺の敵ではない」

ドンファン

「クフフッ、凄い自信だネ〜。でも、武器も持たない武芸者なンて怖くないゼ〜。それとも何か暗器でも隠し持ってンのかな〜?クックックッ」

ライゾー

「フンッ!ヤり合えば分かるッ!掛かって来いッ、鼠ッ!!」

M L

 ドンファンは勢い良く河に走り入った。身構え振り返ったライゾーは目を見張る。ドンファンは水面を滑る様に走って来たのだ。翔躍術を活かした神技。
 一気に間合いを詰められたライゾーは、姿勢を低くしてドンファンの手刀をやり過ごす。擦れ違い様、ライゾーは拳を叩き込む。が、ドンファンは走り抜け、後ろに蹴り上げる足裏でその拳をガードし、一際高く跳び、間合いを見直す。
「クックックッ、どうした武芸者さン?足を水に取られ、自由が利かないのかい?」
「これぐらいのハンデが必要だろう?」
 ドンファンは水面を走りながら円を描く様にしてライゾーに急接近する。ライゾーは水をすくい、ドンファンの顔に引っ掛ける。ドンファンは左手で水を弾き、突きを繰り出す。ライゾーは上体を捻り、突きを躱し、そのまま回転して裏拳を繰り出す。ドンファンは体を反らし、バック宙をして退く、もう一度水面で跳ねて距離を取る。
「どうした鼠?口だけか?」
「クフフッ、テメェ〜もヤり難そ〜じゃネ〜か?次で決めてヤるよッ!」
 ドンファンは姿勢を低くし、今迄以上に強く跳ねた。しかも、水面ではなく、水面下に。勢い良く潜ったドンファンは凄まじいスピードでライゾーの足下に接近。触れ合う程に接近、水上に向けて跳び上がる。
 水面下からの鋭い突きがライゾーを襲う。だが、落ち着き払ったライゾーはドンファンの突きを掴み、毒爪を弾き飛ばす。
「付け爪に毒でも塗ってあったか?終わりだッ!!」
「目出度い奴ゥ〜、これでも喰らいヤがれッ!プッッッ!!」
 ドンファンは口にくわえた小さな金属の針状笛から霧状の物質を吹き出した。ライゾーはその霧状の物質をモロに顔面に受け、仰け反る。間髪入れず、付け爪を取られた利き手で五度、ライゾーの胸目掛けて突き入れた。
「取ったァーッ!
五点掌爆心拳ッ!!!テメェ〜の命はこれで終わりだッ!!」
 血を吐いてライゾーは河底に膝を付く。噴霧された物質も毒物。ライゾーは目も開けられず、河に倒れ込む。
 倒れ、河に晒されたライゾーを見下ろしほくそ笑むドンファンは、意気揚々と引き上げ、河原に向かう。ライゾーの持ち物を見つけると静かに歩み寄り、物色し始めた。仕事での報酬が見込めない今となっては、大物食いの名声と金品を奪う事でドンファンは、その歪んだ欲求を満たそうとしていたのであった。
 突然、ドンファンは頸椎に激痛を感じる。目が眩み、三半規管が麻痺する。一体?
「鼠ッ!盗人如きが俺を倒す事等出来ぬわッ!!」
 ライゾーが手刀を叩き込んで来た。河で倒れた筈のライゾーが復活している。有り得ない。猛毒を吹き付け、五点掌爆心拳を叩き込んだのだ。生身の人間が立ち上がれる筈など有り得ない。チラッ、と覗いたライゾーの瞳が金属の膜で覆われた。錯覚、ではない。化け物?
 ライゾーの拳がドンファンの右脇腹を捕らえる。平衡感覚が狂ったドンファンは躱す事が出来ない。肋骨が砕ける。腹の底から血が湧き上がる。内臓も痛めたか?
 ドンファンはありったけの力を振り絞り、翔躍術で飛び跳ねた。河へと飛び込んだドンファンは遠退く意識の中、ライゾーの体の秘密に悩まされたのであった。

 焼け崩れた村々を馬で歩むジナモンとラファイアは戦火が交えられていた事実を知る。辺境軍団も関与した事を知ると西に進路を執った。

◇ラファイア

「この凄惨な有様と戦について辺境軍団に直接聞くのが良いだろう」

ジナモン

「ああ、でも、帝都での就任式から考えて、辺境軍団の行動がこんなに早いのはおかしいのではないか?軍団長は戻っていない可能性も高いのでは?」

◇ラファイア

「それは分からない。だが、軍団長不在のままで軍団一つが動く事は有り得ない。何らかの魔術的支援を借りて軍団長は戻っていると仮定した方が説明がつく。取り敢えず、何があったのかを聞きに行こう」

M L

 ヨッヘンバッハ一行がようやく蜘蛛の巣領に戻って来た。晴れて公爵となったヨッヘンバッハは凱旋でもしたかの様な態度で町に入ると、周囲に笑顔を振りまきながら入城した。
 待ち侘びていたイシュタルは先ず戦争について話した。始め、興味を示したが、領土が戦禍に晒されなかった事を知るとヨッヘンバッハは安心して興味を失い、長旅で疲れている事を理由に損害や経費等の報告を後回しにする様、イシュタルに伝えた。次にイシュタルはクーパーとウー、クー兄弟を紹介した。クーパーの凄まじい経歴を聞いたヨッヘンバッハは大いに喜び、即答で手元に置く事を伝えた。その後、ゼファを紹介した。

ゼファ

「お初にお目に掛かります。私はゼファ・スヴァンツァ・ファンデンホーヘンツワイスと申します。騎士修行中の身であり、“北に乱の兆し在り”と師より訊ね聞き、こちらに参った次第です。公爵殿が御留守の間、イシュタル殿には大変お世話になりました

ゲオルグ

「ふむ、俺が大君主ゲオルグ・ヨッヘンバッハ公爵だ。白の女神の神官にして天翔る大戦士。騎士修行中と云う事は騎士ではないのかね?残念よの〜、騎士であったら幾ら出しても良いものなのだがの〜。幾ら欲しいかね?」

ゼファ

「…私はお金が欲しい訳でも雇われたい訳でもありません」

ゲオルグ

「む〜、では食客として置いてやろうではないか」

ゼファ

「…いえ、結構です。御挨拶が出来ればと思っていただけですので、直ぐにでも出立するつもりです」

ゲオルグ

「そ〜かそ〜か、残念よの〜。長旅で疲れておってな〜。まぁ、いつでも来給え。そちの事は忘れぬ故」

M L

 グラナダに舞い戻った辺境軍団は多くの流民と貴族を保護していた。住居の仮設を済ませ、改めて帝国北方大貴族連盟の確認をした。既に300有余名の貴族達が参加するに至り、辺境北方域西部は完全に支配下に置き、東部にも発言力が増した。
 最早、北方辺境域では揺るぎない支配体制を敷いていたジョルジュではあったが、何故か冴えない面持ちであった。

◇プルトラー

「いや〜、先日の巡察は御苦労であったな。治安問題、統治体制、職務遂行、人足不足、連盟拡大等々各種問題を一気に解決したではないか!大したもんだ、全く」

ジョルジュ

「否、駄目だな。やはり、俺は嘗められている。たかが一傭兵団が、全速前進する我が軍団の前に飛び出して来たのだぞ。イシュタルの率いる寡兵との戦いを避け、いくら退却の為とはいえ、我が前にケツを晒すとは。俺には功績、否、名声が足らん!」

◇プルトラー

「何を云っておる?お前には実績があろう?既に帝国で最大版図と云っても過言ではない程の所領を持っているではないかっ!軍団長に就任したのも今迄の事を評価されての事だ」

ジョルジュ

「与えられた功績、帝国の評価では駄目だッ!万民が認める程の功績と名声がなくてはっ!西部戦線での功績さえも軽んじられる程の実績。そう、前代未聞の実績。その時こそ、真の評価が得られるッ!!」

◇プルトラー

「西部戦線で功績を挙げる以上の実績?そんなものが今の帝国にあるのか?」

ジョルジュ

「ああ、一つ思いついている。尤も、未だ時期尚早。年内は領内整備と新法樹立等の支配体制の強化に努めるつもりだ。だが、その事を考えると心躍る気分だ!何れ、帝国中をアッと云わせてやるサッ!」

M L

 主無き帝国北部辺境域に誕生した王者。混迷を窮めた割拠の時代に終止符を打った事でこの先一体、何が起こると云うのであろうか?
 蠢動する個性達が触発されて芽を出し始めた。彼等の想いは一体、何処へ向こうとしているのだろう。巨大な帝国の掌の内で弄ばれる者達。彼等の雄飛が帝国の巨体を揺り動かす事があるのだろうか。未だ多くは謎の中。      …続く

[ 続く ]


*1:帝国に次ぐ版図を持つ宗教国家。唯一神を掲げ、帝国に挑み続ける。正式名称コルラヴァード西部戦線とは、帝国とこの一神教の国との国境沿いの戦争を指す。

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