〜 Hero (King of Kings)
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 人生の達人 

キャンペーン・リプレイ 〜 帝国篇 〜
要塞消滅(プロローグ:予兆と蠢動、そして始まり)前編


 帝国歴341年、【帝国】はやがて訪れるであろう混沌の足音を聞く事になる…

 あまりにも広大なその所領は大陸で比肩するもの等なく、その圧倒的な軍事力と見事な迄の組織力、そして[
秘密の力]によって大陸全土全ての人々から恐れられていた。刃向かえばその力によって制圧されるのは時間の問題、常勝無敗の大帝国に逆らうのは愚の骨頂、挑む事さえ許されない、数少ない常識の内の一つだった。只、世の人々にとって救いだったのは、今の帝国が領土拡大政策を実施していない事実、それであった。円熟期を迎えた帝国にとって侵略や制圧は既に興味対象ではなく、栄華と秩序こそ美徳とされた。
 帝国には栄華と秩序がある…偏見なしで云えば間違いない。法の範疇であれば自由に満たされ、才覚ある者には栄光が待っている。能力至上主義、是こそが帝国の礎にして絶対の法。中央に腐敗や汚職はない。有り余るその圧倒的な力は、半端な倫理や道徳を遥かに凌駕し、この上ない理想国家を成している。英雄皇帝への尊敬の念と宰相の手腕は帝国全域隅々に迄行き渡り、満たされている。
 しかし、しかし何時の時代にも妬みや嫉み、不安と焦燥、反感と欲求は拭いされない。始まりがあれば終わりもまたある。様々な思惑が時代にそう投げ掛けている。思惑はやがて力となり、人を育て、時代を動かし、歴史を刻む。悠久の時の流れがそう教えてくれている。帝国もまた、時代に望まれ、現れいでて、再びそれを投げ掛ける。未来は露に、過去は積まれ、今と云う刹那の煌めきに人生を問う。
 『
君達は人生の達人になれるのであろうか?

 【
帝国】はやがて訪れるであろう混沌の足音を聞く事になる…尤もその足音に気付いている者は未だ少ない…「」ぐらいであろうか?君達には聞こえているのだろうか、この微かな震えに…



 帝国歴341年初頭、北部辺境域グラナダ地区にて武装蜂起。首謀者はデル・クリオ“ブリッツ”グラナダ。自称グラナダ王家正当王位継承者。組織名『息吹永世』。既に打ち捨てられたグラナダ要塞に拠を置き、周辺域を武力威圧。第27北方辺境軍団及び北方自治貴族私設軍によりグラナダ要塞周辺域の奪還、並びに治安回復に成功。デル・クリオと息吹永世は要塞に籠城。籠城後、傭兵や破落戸等、帝国に背く無法者が合流。その数、三万数千名に迄上り、稀に見る大規模反乱へと様相を遂げつつある。一軍団と貴族軍では手に負えない状況となり、軍務省に派遣を要請。軍務省は早急に是を快諾、精鋭を派兵したのだった…


M L
(*1)
 帝国北部辺境は冷涼で比較的乾燥した荒野が広がっている。北には険しい山脈が横たわり、冬には乾いた冷たい風が吹き下ろし、寒冷となる。降雪は比較的少なく、年間通して降雨量は少ない。只、森林地帯が東西に延びているので、地下水が豊富である。帝国による侵攻以前には小国家が乱立し、南北の交易で栄えていたらしい、が当時の文書が残されていない為、はっきりとはしない。
 
グラナダ要塞(グラナダ・ラトゥーリ)、元は城塞都市であったが統治領域区画整備の際、北部四州から外れた為、打ち捨てられて朽ち、一部の自由民が比較的安全な交易地として使われる程度であった。周辺の貴族達も無意味な嫌疑を掛けられるのを避ける為にグラナダに入る事を避けていた。
 デル・クリオと『息吹永世』がグラナダに入るのは至極当然であった。継承権の言動と戦略的見地から見ても彼らがこの地に拠を構えるのは理想であった。
 要塞から15
マイル、小高い丘陵地とその周辺第27北方辺境軍団が野営地を置いている。更にそこから南東10マイルの位置、疎らな森林を背に北部自治貴族の私設軍連合が陣を張っていた。
 その連合軍の中に2人はいた。

ゲオルグ

「…で、一体何者なんだ、グラナダとは?イシュタル、イシュタルはおらんのか?」

ジナモン

「イシュタル殿は軍団長と作戦会議の為、早朝早々に軍団野営地に向かったよ。貴方が寝てる間にね。緊張感が足りないよ、ヨッヘンバッハ男爵

ゲオルグ

 頭を掻きながら、
「…う〜ん、君は誰だっけ?」

ジナモン

「忘れたのか?パルムサスの乱の時、共に戦っただろう。貴方が“あの恐ろしい”パルムサスの剣を受け止めた時、俺も傍らで敵の凶刃から貴方を守っていたよ。
 
マーストリッヒャー・ジーン・アモン、“瞬き突きのジナモンだよ」

ゲオルグ

 目をシパシパさせながら、
「あ〜、覚えているとも
我が友よ、“瞬き月?の”ジナモンよ。よく来た。会いたかったよ。…で、今日は我がヨッヘンバッハ男爵軍に助太刀しに来たのかね?」

ジナモン

「正確には違うんだよ。軍団長を助けに来たんだが、手が足りないのは貴族軍の方だから、と命を受けてこちらに来たんだよ、男爵」

ゲオルグ

「そーか、そ〜か、我が友よ。では早速働いてもらうとするか。まずは身の回りの準備を…」

ジナモン

「ちょっと待ってくれ。実はさっき軍団野営地から早馬が着いたんだ。軍団長が中央に打診してあった派兵要請が通り、今日夕刻にでも中央の精鋭が到着するらしい。だから、早く野営地に向かおう」

ゲオルグ

「なにぃ〜!!何故、そのような大事な事を何処の馬の骨とも分からん輩から聞くはめになるのだー…我が友よ。ともかく急ごう」

M L

 重厚だが継ぎ接ぎだらけの金属鎧を身に纏ったヨッヘンバッハは、部下に留守を頼むとジナモンと共に丘陵地にある軍団野営地に馬を走らせた。時刻は昼過ぎ、夕刻には十分間に合う距離だ。
 この距離からでも視認出来る。2万名弱の辺境軍団の野営地は何とも大規模なものだ。一つの都市にも匹敵するこの集団は、丘の最も高台に本陣を置き、警戒を怠らない。既に軍団側は、騎乗の二人に気付き、出迎えの兵を寄越した。
 中央からの援軍は未だ到着してない様だ。
 本陣に通された二人は、軍団長と軍団首脳、先に到着していた他の北部貴族達や代表と顔を合わせる。

◇マゼラン軍団長
(*2)

「よくいらした。諸卿等の御尽力、このマゼラン、心に染み渡る。今日、お集り頂いたのは他でもない。前々から打診していた中央からの援軍がようやく到着するのです。中央は援軍を快諾、どうやら私の援軍要請を見て素早く対応して頂いた模様、予想より遥かに早い到着と見舞えました。これで不敬な反乱軍へ鉄槌を喰らわす事、相成りましょう」
 品性な顔立ちのその初老の男性こそが
第27北方辺境軍々団長、“仁の人マゼラン伯爵その人である。

ゲオルグ

「お久し振りですな〜、伯爵。パルムサスの乱以来ですかな〜」

◇シラナー男爵

「ヨッヘンバッハ男爵。我々はグラナダ周辺域掃討戦で協議済です。貴殿は来られなかったが、イシュタル殿が代わりに出席しておりましたぞ」
 銀髪を靡かせた痩身の男爵。物腰は柔らかく怜悧。

ゲオルグ

「はて…そうでしたかな?で、中央からは誰が来るのですかな〜?」

◇マゼラン

「うむ、中央から来られるのは…ドーベルム元帥閣下であらせられる」

◇一同

「な、なんとドーベルム元帥!!」

ゲオルグ

 頭を掻きながら、
「…ドーベルム?ああ、ドーベルム元帥ね〜」
 全く記憶にないが嘯き、愛想笑い。

ジナモン

「ドーベルム元帥閣下とはどのようなお方なのですか?俺は中央に疎く、よく存じ上げないのですが?」

◇バーグ男爵

帝国三元帥のお一人、誰が呼んだか知らないが“帝国の狂犬”と知られる偉丈夫。戦が三度の飯よりも好きだって噂の人物さ。参戦した戦は必ず勝つ、尤もその凄惨な戦いっ振りは度が過ぎるんで、降格処分を受けては昇進を繰り返しているお方さ。
 そうか、今は元帥に返り咲いていたんだったな」
 焼けた肌を露にし、ラフな服装で会議机の端に座って爪を研いでいる。彼も貴族。

ゲオルグ

 ほ〜、なる程ね〜、
「まぁ、それは兎も角、君は何故この大事な議場におるのかね、ジナモン?」

◇シラナー

「宜しいではないか。この危急の最中、一人でも人材は欲しい」

◇ディマジオ子爵

「人材?正規軍でもなく、貴族でもない人材が必要なのですかな、シラナー男爵?此処はこれからの大戦で命を賭して望む栄光ある指揮官が重大な策を練る場所。如何に知人であれ、優秀であれ、場所を弁えよ、と糾すヨッヘンバッハ男爵の心気こそ、北部貴族の誉れ。そうは思いませんかな、軍団長閣下?」
 下ろしたての鎧を纏った片眼鏡の男。神経質そうに机の書類に目を通し、顔も上げずにそう発言した。

ジナモン

「丁度、剣の練習の時間なんで、俺は失礼します」
 そそくさと議場を後にした。

ゲオルグ

「全く、庶民は一度心を許すと厚かましくなる。一戦士としてはそれなりに気に入って認めてはおるが何とも教養の乏しい輩よのぅ」

◇ゲバダン男爵

「うむ、ヨッヘンバッハ男爵の申す通りである。如何に懇意に掛けておるとは云え、軍団長閣下もお気を付け頂きたいものですな。論功や報償に私事は無用。実績と事実とを踏まえて、公正且つ明瞭でなくてはならないものですぞ」
 脂ぎった腹を摩りながら胸に飾った勲章をこれ見よがしに見せつける。

◇ドブロッゾ伯爵

「如何にも、男爵の云う通り。我らは自身の所領から時間と費用を掛けて遠征して来ておる訳であり、こうして自軍を引き連れておる間は所領の治安や民衆の田畠は荒れてしまう。我らの軍は我が所領の貴重な男達を引き連れて来ており、一介の者とは責任も身分も違う。マゼラン卿もよくお分かり頂きたいものですな」
 
ドブロッゾ5代目当主アンダルーサは30代に入ったばかりの精力的な男。蓄財の多くを私軍に注ぎ込み、北部貴族の領地紛争と云う名のゲームに積極的に興じ、次期北部辺境軍団長を熱望している人物である。

M L

 早急に作り上げられて本陣の簡素な議場の扉をノックする音。
「只今、元帥軍先遣隊がお着きになりました。お出迎え無用との事ですので、こちらにお連れ致します。暫くお待ち下さい」
 兵士の言葉で議場は静まる。

◇マゼラン

「待つ間、諸卿各位、書類に目を通して頂きたい。ヨッヘンバッハ男爵麾下の軍師イシュタル殿と我が軍団副長アイゼルボーン子爵らの協議の末に作り上げたグラナダ要塞攻略の概要です。御一読頂き、承認頂ければ、この計画で元帥にお伝え申すつもりですが?」

ゲオルグ

 目ヤニを取りながら、
「イシュタルが考えたのならば、読む迄もないですな」 

M L

 一方その頃、議場を後にしたジナモンは剣の練習に勤しむ為、本陣から離れた野営地へと足を運ぶ。
 徐に剣を抜き、ブンブン振るい始めるが、戦前で元帥軍が到着間際に抜き身の剣を振るうのは殺気立って無粋で場違いあった。兵士長に咎められ、否応無しに野営地から遠く離れた荒野迄下り、半ば出鱈目に剣を振るい始めた。

ジナモン

「小難しい話はよく分からん…」
 (俺にとって最も大事なのは剣の腕だけだ。戦場に赴くのも様々な経験をする為だけだ。そして、近いうちに“奴”の首を獲る)
 一心不乱に剣を振るう。

M L

 それ程遠くない荒野の先に土煙が立ち籠める、馬の嘶きと共に。

ジナモン

 (なんだ、あれは?)
 様子を見に土煙の方に駆け寄る。

M L

 抜き身の剣を手にした男を一人確認。正規軍の軍装とは異なる。貴族の私軍、或いは傭兵?野営地近くに得体の知れない戦士…『息吹永世』の一員である可能性も捨て難い。
「隊長、如何致しますか?」
「私が確かめて来る、参謀には事実のみ伝えよ」
 斥候にそう答えるとヘイルマンは馬を走らせ、ジナモンに近づいた。

◇ヘイルマン隊長

 仕立ての良い皮鎧に身を包み、馬首を翻し、ジナモンに駆け寄る。距離は20フィート。それ以上近寄る事はなく、騎馬の左側面を見せる事もない。
馬上から失礼致す。出迎え…かね?」
 薄い色素の瞳は鋭く、ジナモンを値踏みしているかの様。

ジナモン

「いや、違うが…何者だ、あんた?」

◇ヘイルマン

「失礼だが、そちらから名乗って頂こう」

ジナモン

「俺が先に聞いたんだ、あんたから云いいなよ」

◇ヘイルマン

「…」

・・・

 制止を拒み、お輿を得体の知れない男の方へ向けさせる。上質の紫檀で拵えた輿には金襴の直垂で入り口を塞いではいるが、透き通る様な白い肌をしたその右腕を隙間から徐にし、移動の指示を指差す。
 只成らぬ空気の張りつめた二人の近くに迄、白馬四頭で支えられた輿を誘導させた兵士は退き、二人からは輿が正面になる位置で直垂を中から押しやり、天蓋に金襴が輝く。

◇ヘイルマン

「ジョルジュ様!!」

ジョルジュ

 ドンッ!!輿から勢いよく何かが飛び出す。人か?宙空で伸身二回転捻り、更に捻って着地。片膝を地に、頭を垂れ、煌めく金髪が揺らめきそよぐ。
 暫し間を置き、突然立ち上がる。女?否、男か?何と美しい、この世のものとは思えぬ造形、白い肌は真珠の如く、腰より長いその髪は黄金の糸でも紡いだかの様。異常に長い睫毛は天を仰いだまま瞳を閉じ、つぶったままゆっくりと二人の方に顔を傾け、熟した果実さながらに濡れた唇を開く。
「らしくないね、ヘイルマン」
 低いとも高いともとれる不思議な声色、只、やけに通る声。

ジナモン

「何者だ、お前ら!?」

ジョルジュ

 細く長い彫刻の様な人差し指を静かに、厳かに口元にあて、
「シッ。静かに、此処は戦場だよ。秘め事の様に、睦言の様に」

ジナモン

「だから何者なんだよー、貴様らは!?」

ジョルジュ

 片膝の埃を軽くはたきながら、固くつむった瞳を開く。闇を劈く様な輝き、その瞳は正に黄金、金剛石の如き煌めき、閃き。抜刀している男の瞳を覗き込む様に、
ジョルジュ

ジナモン

「だから誰なんだよ、お前はー!!」

ジョルジュ

 口元から遠ざけた人差し指を左右に振りながら、
「ジョルジュ、
ジョルジュ・アルマー・ダイアモントーヤ、アルマー男爵家嫡男、父の名はロベルト、皇室御用達宝飾美術品献上男爵家正統当主。帝国軍元帥府直下第一統合幕僚本部付特等参謀ジョルジュ・アルマー・ダイアモントーヤ。皆、私を“太陽の”ジョルジュと呼ぶ。君も気軽に“太陽の”ジョルジュと呼んでくれても結構だ」

ジナモン

「…は?何だかよく分からんが俺の名は…」

ジョルジュ

 男の発言を遮り打ち消す様に、
結構だ!聞く必要はない。君が戦場で名を挙げれば、自ずと私の耳にも聞こえて来よう。聞こえて来なければ、それ迄…覚える価値もない、そう、そら君の足元に咲くその雑草の様に…」

ジナモン

「雑草?」

ジョルジュ

 踵を返し、
「行くぞ、ヘイルマン。どうやら軍団長からの迎えが来た様だ」

ジナモン

「おい、ちょっと。ちょっと待て、どう云う意味なんだ?」

ジョルジュ

 既に遠ざかり、振り向かず、顔だけ横に向け、
「ちなみに、君の足元に咲くその雑草の名はオオツムギムラサキハゴロモ。多年草で成長しても1フィート足らず。只、初春に薄い紫の花を咲かす北部域にのみ生息するアブラナ科の野草。春を告げる花として一部の北方氏族に知られ、子を宿した母に贈る幸運の首飾りを作る為とその強い生命力から痛み止めとして用いられる為に摘まれる事がある。覚えておき給え」
 口元に上品な笑みを浮かべ立ち去る。

ジナモン

「…へ?」
 (何だ、あいつは?)
 取り敢えず、後を追って野営地に戻る。

M L

 遠巻きにしていたジョルジュの兵達の元へ野営地からの迎えの兵士が訪れていた。整然と兵は野営地に移動し始めた。彼らは比較的軽装で、皆騎乗していた。兵数はおよそ200前後、元帥軍の先遣隊であろうか。
 野営地に迎えられた際、第27軍団の兵士は歓迎して向かい入れたが、出迎えの式典等を先遣隊は断った。本陣近くに彼らは彼らの野営地を築き始め、幾人かは参謀、隊長と共に議場に入った。

◇マゼラン

「お待ちしておりました。遠い処、私共の為よくいらっしゃって下さいました」

ジョルジュ

 議場に置かれた椅子の背もたれの上に両手を付くと、馬跳びして椅子に腰掛け、足を思い切り高く掲げた後、足を組む。
「別に貴方達の為に来た訳ではない。命に従っただけの事…しいて他に云うなら北風に乗って聞こえる鍔鳴りを止めに来ただけの事」

ゲオルグ

「ところで君は何方かな?随分と若く見えるが…」

ジョルジュ

「名乗らせて頂こう、ジョルジュ。ジョルジュ・アルマー・ダイアモントーヤ、アルマー男爵家嫡男、父の名はロベルト、皇室御用達宝飾美術品献上男爵家正統当主。帝国軍元帥府直下第一統合幕僚本部付特等参謀ジョルジュ・アルマー・ダイアモントーヤ。皆、私を“太陽の”ジョルジュと呼ぶ。
君も気軽に“太陽の”ジョルジュと呼んでくれても結構だ

ゲオルグ

「おお、是は是は親切にどうも。では、我が名は…」

ジョルジュ

「結構だ!聞く必要はない。此処に出席しておる全員の名は既に諳んじている。誰がどの戦場でどの様な戦果を挙げたか、誰が何処に所領を有し、どの程度の税を帝国に収めているか、誰がその所領で如何なる評判で民衆に知られているか、誰が帝国にどの程度忠誠を誓っているか、既に知っている。語るだけ時間の無駄」

ゲオルグ

「ほ〜、中央では俺をどう評価しているのか知りたいものですな〜」

ジョルジュ

「中央?帝都の事かね?帝都では誰一人、君を知らんよ。私ぐらいの早耳でなければね。先達ての『
パルムサスの馬鹿騒ぎ』の際には君の個人武勇が遠く遥々聞こえて来たよ。何でも、あの“剣の魔神”の剣を受け止めたそうな?真実であれば“百の剣”から御呼びが掛かりそうだね」

ゲオルグ

「百の剣?…おお、あの
皇帝親衛隊の事か?それ程迄に俺の武勇が評価されておるのか〜。他には何を聞いておるのだ?」

ジョルジュ

「ハハッ、“あそこ”は欠員が多いからね〜。そうだな、他には…そうそう、確か相当厄介な男爵を倒したとか?かな」

ゲオルグ

「おうおう、それそれ、そうなのだよ、あの邪悪な圧政者を退治したのだよ」

ジョルジュ

「ン?邪悪な圧政者?私が聞いているのは男爵の領土を奪い、その配下の悉く一兵卒に至る迄の首を城壁に晒した“串刺し公”としてだが?」

ゲオルグ

「串刺し公?俺がか?とんでもない、あれは部下がやった事だ。何より悪いと評判だったブラックホーク男爵を退治したのだ。民は救われたのだ!」

ジョルジュ

「ほ〜、それは良かったな。只、ブラックホークの帝国への納税額は小さな所領であったにも関わらず、相当なものであったから是から大変だね。今年の納税額が低ければ横領の容疑で財務省から査察が入るかもね。気を付け給え」

ゲオルグ

「何を馬鹿な!彼奴は民に重税を敷いていたからだ。忠誠の証から来る納税では断じてない」

ジョルジュ

「ならばその男爵が貯め込んでいた国庫があったろう?そこから払えば良い。そう云えば、君が男爵位を買ったのが丁度のその頃だったね?」

ゲオルグ

「貴族位が無くては所領を領有出来ぬ法があろう。再び圧政者が現れてしまっては意味がない。だからこそ、領有権を主張する為に男爵位を買ったのだ」

ジョルジュ

「何も君が領有する必要はなかろうに?圧政者の登場を危惧するのであれば、帝国の直轄地として内務省に伺いを立てれば良かったのでは?帝国直轄地にならぬ迄も北部州の一部に編入出来れば良かったのでは?それに君の意見を踏まえて鑑みれば、国庫の蓄財は民衆のものだろう?何故、返還しないのだ?」

ゲオルグ

「それ程の蓄財はなかったのだ!」

ジョルジュ

「是は否。この戦に望むに十分な私軍を用意するには十分だったのかね?何でも君は“
白の女神”とか云う神を救っただとか、入信しただとか?聞くにその女神とやらの神殿の復興と信者獲得に動いている、と尋ね聞いているが?如何に?」

ゲオルグ

「それは仕方あるまい。軍は治安を維持するのに必要であるし、神殿の復興は神との約束なのだ。信者がいなけば、女神の力は甦らんではないか!」

ジョルジュ

「ハハッ、ならそう内務省や財務省辺りに云い給え。私はあくまで軍人なのでね。君の“所有物”を兎や角云うつもりはない。但し、覚えておき給え。中途半端な倫理にほだされては指揮官や指導者、まして為政者たりえはしないよ。
 さて、本題に入る前に君が帝都で知られる最大の理由を挙げておこう。君の麾下にある軍師イシュタル…彼の名声だよ。彼を部下に持つ事、只この一点でのみ君の名は帝都で知られている」

M L

 軍団長の傍らに立つ痩身の男、彼が“運命の眼”と呼ばれる天才軍師イシュタル。世界三大軍師と誉れ高いこの男は今、ヨッヘンバッハ男爵の配下にある。彼と男爵の間に何があるのかは知られていないが、彼曰く“運命”との事である。
 イシュタルは軍団首脳陣と前もって作戦会議を重ね、大まかな戦略を立てていた。尤も机に置かれた作戦原案は極めて有り触れた正攻法であった。イシュタルは軍団の軍師を半ば任されてはいたが、自身の身の置き場はあくまでもヨッヘンバッハ男爵の私軍の軍師であり、その私軍は500名弱にしか過ぎない。これは当然の事である。男爵位の者が保有できる私軍は500名迄なのであったのだ。
 イシュタルにとって最重要課題は、如何にヨッヘンバッハ軍の損害を抑えた上で最大の戦功を挙げるかに限る。正攻法を選択したのは、攻城の主を大規模な兵力を集中できる正規軍に任せ、開城後に予想される乱戦時に少数である自軍の小回りの良さを活かし、敵『息吹永世』の首脳陣を捉えるか、によるのであった。勿論、自軍、つまりヨッヘンバッハ軍の戦術迄は、この作戦原案には記されていない。

ジョルジュ

 作戦案の記された書類を机に放り投げ、
「何ですかね?この眠たい攻略原案は?話にならない」

ゲオルグ

「そうかね?完璧ではないか!
流石は俺が見込んだ軍師イシュタル!

ジョルジュ

「元帥閣下は酔狂なお方だ。この様な誰でも考えつく正攻法等、選択されはしない。ましてだ、来もしない兵力を想定した攻略法等聞いた事もない。流言飛語、若しくは兵力を誤摩化し見せる策略でもあるのかね?」

◇イシュタル

「来もしない兵力?兵力を誤摩化す?とは一体?」

ジョルジュ

「ここに記された我々の兵力、最低兵数6万5千とあるが、半分にも満たぬだろう?」

◇マゼラン

「どういう事なのか、詳しく話してくれるかね、参謀?」

ジョルジュ

「勘違いしている様だから話すが、我ら帝都からの増援は元帥お抱えの虎の子『
狂犬部隊』とそれに随行する第一統合幕僚本部付の三名の参謀が率いる三大隊のみ。又、我ら参謀が率いる大隊は情報処理偵察大隊、故に一般大隊より規模は劣る。結果、我ら増援軍は2千名強となる。君ら第27軍団と諸貴族連合らを合わせて2万5千前後、我ら増援軍を加えても3万弱が妥当な処だろう?」

◇イシュタル

「帝都からの直接の増援は考えてはおりません。距離、時間、何より費用が掛かり過ぎ、負担出来兼ねますから。ですが、北部四州々軍団が動かせる筈では?」

ジョルジュ

「動かせるよ。でも、今回の要塞攻略には動かさないよ。仮にこの原案通りにした場合、敵味方でその兵数は10万を超える事になる。過去、黎明期や西部戦線を除き、この規模の戦乱、まして帝国領内での内乱は有り得ないし、あってはならない。帝国の威信に関わる由々しき事態だよ。そもそも、グラナダ要塞に拠を与え、3万強に昇る程の反乱軍を野放しにしたのは、君ら第27北部辺境軍団の怠慢と野心から領土紛争に明け暮れる北部貴族の過失からなる、と云って過言ではあるまい?帝都が援軍を快諾したのは、地方の窮地に応える広い度量と反旗を翻す愚か者への恫喝、そして元帥起っての希望に他ならない。死ぬ気で頑張り給えよ、君達」

◇マゼラン

「然様ですか。それならばこのマゼラン、命を賭して奮闘致します。で、元帥閣下はいつ到着の御予定ですかな?」

ジョルジュ

「明日、正午頃に到着予定ですよ。まぁ、もう一度よく原案を練り直しておいて下さい。補足、或いは代案は幾らでも用意致しますから。それでは私は忙しいのでお先に失礼致します。皆様、素晴らしい夜をお過ごし下さい」
 机に放り出した原案の書類の表紙を引き千切り、徐に鼻をかみ、奇麗に包んで胸ポケットにしまい、深々と会釈を済ませ、部下達を引き連れ議場を後にした。

M L

 議場に残された面々は各々慌てふためき、騒然としていた。軍団長は出来る限り落ち着いた態で皆に自由を許すと、力無く議場を足早に立ち去った。各々、溜息や憤慨の怒気、落胆、途方に暮れて議場を後にする。残されたのはヨッヘンバッハ男爵とその軍師だけとなった。

ゲオルグ

「我が軍師イシュタルよ。どうすれば良いのだ?何か拙い事になっておる様子だが」

◇イシュタル

「はい、然様です。予想さえしておりませんでした。西部戦線とは訳が違う様です。ですが御安心下さい、ヨッヘンバッハ様。増援に来るドーベルム元帥と私は旧知の間柄です。何とか原案を踏襲したまま、改案を提言し、私達が功名を得る様働きかけてみましょう」

ゲオルグ

「おお、流石は俺が見込んだ軍師イシュタル!元帥とやらと旧知の仲とは。ならば問題あるまい。何とかなるな?」

◇イシュタル

「はい、何とかなるやもしれません…」

ゲオルグ

「ん?何だ、何を含む事がある。俺とお前の仲だろう。はっきり云うがよい」

◇イシュタル

「…何ともならないかも、しれません…」

ゲオルグ

「何を弱気になっておるか、イシュタル。俺達には“白の女神”がついておる。それにだ、何時だって俺達は正義だ。
正義は勝つ!」

M L

 最後の賓客達が議場を後にした。静まり返った議場はやけに寒い。初春とは云え、未だ本格的な春は遠い。明日以降の動静を予見する者等ないまま、今日も又、いつもと同じく夜は更ける。星の瞬きだけが目につく、そんな夜更けであった。 …続く

[ 続く ]


*1:Master of Lifeの略。【人生の達人】のゲームマスターをこう呼ぶ。
*2:◇の付いたキャラクターはNPC。勿論、MLが演じているが分かり易くする為に分けている。

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